ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第十四話

 すぐに追いついてミカヅキに問い質したいところだ。

 が、警備たちがバイクを乗り捨てた2人組を探している以上、迂闊に連れ立って歩くわけにはいかない、焦れる心中を押し殺し――いや、膝が笑っていてはどのみち走ることも適わず、黙々と歩き続けるしかなかった。

 小山前の交差路に差し掛かると、道幅が広くなるとともに人の数も格段に増え、開けた視界の先に噴水広場が見え始める。

 直進すればGBN国立博物館、右に向かえば科学博物館と西洋美術館に突き当たる噴水広場、シン・マツナガ公園随一のランドマークだ。

 複数の博物館に出入りする客がひっきりなしに往来する一方、日中は地場の露天商がベンチに鈴なりになり、左手にある動物園エリアからは子供の歓声が通奏底音よろしく聞こえてくる。平日でも人波が途切れることはなく、素人バンドや大道芸人がそこここで客を集めてもいる。

 馬にまたがった<ゴッドガンダム>の銅像が見下ろすもと、その噴水広場の人ごみに分け入ったミカヅキは、傍目には待ち合わせ相手を探すそこいらの学生という風情だった。

 詰所の警備が駆け寄ってきても身構える気配ひとつ見せず、そのまま行き過ぎた警備を尻目に動物園の方へ向かう。エイジも10メートル程度の距離を空けてあとに続いたが、ミカヅキのように泰然自若というわけにはいかなかった。

 動物園前のこども遊園地でカメラを手にした中年の男。

 段ボールの束を抱えたホームレスのようなダイバー。

 売店の軒先で人待ち顔をしている女。

 誰も彼もが敵に見える。

 広場には隠れられる木陰もなく、<シャクルズ>のエンジン音も先刻よりも重みを増してのしかかってくる。どくどくと胸を打つ鼓動すら押し退け、全身を静かに搦めとってゆく見えざる圧――そういえば、黒須が殺されたのもこの公園のすぐ裏手だった。

 その時に知覚した深い闇。

 五感を塞ぐ濃厚な闇。

 それが不意に目の前に立ち現れ、足を止めてしまったのがいけなかった。ふと視線を感じて顔を感じると、訝しげにこちらを見据える警備の目がほんの数メートル先で光っていた。

自転車を降り、いったん目を逸らしながらこちらの行く手を回り込もうとする。職質されるとわかったエイジは、素早く左右に目を動かし、傍らを走り抜けていった子供を視界に入れるや否や体の向きを変えた。

「アキオ! 勝手に先に行くんじゃない!」

 と怒鳴り声を張り上げつつ、狭い路地にぎっしり遊具が詰め込まれた遊園地に足を向ける。今時、アキオはないか、と言ったあとで後悔したが、警備にはそこには気を留めなかったようだ。遊園地に入るエイジを訝しげな目で追いはしたものの、ついてこようとはせず、自転車にまたがり直して、その場を離れてゆく。   

 溜め込んだ息をそっと吐き出し、エイジは子連れ客であふれかえる遊園地を抜けだした。過去の時代をイメージさせた稼働している乗り物群はやたら動作音が大きく、頭上の<シャクルズ>の音も聞こえない賑やかさだった。

動物園の隣には、一昨年リニューアル・オープンしたガンダムSEED美術館があり、両施設には他のエリア方面へと至る間道が横たわっている。

 駅とは反対側に通じる道であるため、観光客の足が向くことはなく、見るべきもののない1本道は日中でもほとんど人通りがない。こんなところで襲われたら最後と思える道だったが、ミカヅキは臆すること様子もなくそちらに向かい、動物園の旧正門に差し掛かったのを潮に早足になった。

 隣接する美術館の裏手まで進むと、道端に放置されたようなプレハブ小屋の前でようやく足を止める。

 周囲の木立に目を凝らし、見える範囲に追手がいないことを確かめてから、エイジはおもむろにパーカーの背中に近づいて行った。ミカヅキは小屋の入り口と向き合い、ポケットから取り出した鍵をドアノブに差し込もうとしていた。

 最初に差し込んだ鍵では合わなかったらしく、ホルダーに束ねられた別の鍵をあてがい直す。

 バンプキーだろう。

 複数のピンからなるピンシリンダー錠であるなら、原理的にほぼ全てを会場できる窃盗犯御用達の鍵。

 使い方は簡単。シリンダーのタイプごとに分かれたバンプキーを差し込み、軽く叩いてやるだけで事は足りる。叩かれた衝撃でピンが跳ね上がった瞬間にノブを回せば、そのドアは苦も無く開放するという仕組みだ。ブランクキーがあれば容易に作成できるし、海外ではネット通販されている代物だから、ミカヅキが手にしていても驚くに当たらない。

 鍵の数からして、市販のシリンダー全種類に対応している鍵を持ち歩いている周到さも想像の範囲内だが、こんなプレハブ小屋に忍び込んでどうしようというのか。

 幅3メートル、奥行7、8メートルはあろう平屋作りの小屋は、よく見れば堅牢そうな石材で造られており、ドアのある前面部分のみが安手の木材の板張りになっている。

 倉庫としてはおかしな造りで、板張りの部分はあとから付け足したのだろうが、それにしても数年は経っていそうな汚れ具合だった。

 実際、ドアの前には積年の古葉が堆積し、長いこと誰も出入りしていない様子がうかがえる。再整備が進むGBNディメンション内にあって、人けのない歩道にぽつんと残された正体不明の遺物だ。

 風景に馴染んでいるため、気にしなければ目にも入らない小屋とはいえ、隠れ家にしてはあまりにもみずぼらしすぎるし、追手の目をごまかせるとも思えない。

 どうする気だ、とミカヅキに詰め寄りかけたエイジは、間近に聞こえたサイレンの音に口をつぐんだ。

 間道を100メートルほど進んだ先、橋と美術館を繋ぐ452号線から聞こえてきたその音は、警備仕様に改造された<GBN-ガードフレーム>から発せられたものに違いなかった。

 よく聞き取れない拡声器の声音は、付近の車両に検問の実施と協力を呼びかけているらしい。中央通りでも検問実施中だというのに、いったいどれだけの警備が動員されているというのだ? 耳を澄ませた途端、  

 今度は先刻とは波長の異なる飛行音が聞こえてきて、エイジは思わず空を振り仰いだ。

 木立ちと美術館に遮られて見えないが、あの運営機とは別の航空機が接近しつつある。

 警備か、報道か。

 どちらにせよ、出足が早すぎる。騒動が持ち上がってから、まだ10分と少ししか経っていないのだ。まさか、付近で巡回してきた航空機が出張ってきたか、もしくは運営機が増援を呼んだのだろうか? いや、警備もあらかじめミーユ達と連動していて、いち早く公園を包囲する態勢を整えた可能性も――。

「心配ない。あれは援軍だ」

 益体のない恐怖と不安を一蹴して、新たなキーをドアノブにあてがったミカヅキが言う。

「私たちだけじゃ逃げきれない。あの公園に踏み込む前に、手配中の詐欺師がいるって通報しておいた。警察が動き出せば、〝対策室〟の連中もこれ以上の無茶はできない」

 言い終わるや、小さく舌打ちした横顔がまた別のキーを取り出す。事前に捕り物があると聞かされていたなら、警備部のこの異様な立ち上がりの早さは納得できる。身柄確保に動き出したところに予想外の騒動が勃発、事件の関連性を云々する間もなく緊急増員がかけられ、通達を受けていた各部署が迅速に動いた……のだろうが、なるほどと感心して済ませられる話では無論のことなかった。

 ミカヅキが通報した手配中の詐欺師が、誰であるかは考えるまでもない。エイジは、

「なっ……!?」

 と呻いた顔面を硬直させた。

「お、お前、なんてことを! 俺がどれだけ苦労して別人になりすましてきたか――」

「メモリ、渡したのか?」

 鍵穴に注いでいた視線を一瞬だけ振り向け、ミカヅキが遮る声を出す。年甲斐もなく気圧され、ついでに怒る気も削がれたエイジは、背広の胸ポケットに不詳不詳の指を突っ込んだ。

「あの女が持ってったのは、俺の秘蔵コレクションの方」

 指に挟んだUSBメモリーを取り出し、少しは見直せ、の含みを込めてひらひらと動かす。ミーユに渡したのは、手の中ですり替えた自作の『A金貨』資料ファイル。

 こちらもプロの端くれであるなら、交渉材料になるかもしれないブツを簡単に渡したりはしない。

 ミカヅキは思いきり顔をしかめ、

「ミーユはカンカンだぞ」

 と、脅しともつかない声を返した。

「きっと死に物狂いで追いかけてくる。急ごう」

 鍵穴にはまったキーの握り部分をキーホルダーで叩き、同時にノブを回す。ギッと引き開かれた鉄扉の向こうからかび臭い冷気が漂い出し、エイジは思わず半歩引き下がった。

「おい、こんなところに隠れたって……」

 かけた声を聞かず、ミカヅキは躊躇なく小屋の中に入ってゆく。サイレンとサブフライトの<シャクルズ>の音に追い立てられ、やむなくあとに続いたエイジは、戸口の向こう側に広がる光景を見て息を呑んだ。

 そこは小屋の中ではなかった。

 戸口から少し進んだ先に地下に通じる階段があり、どこに通じるとも知れない洞穴に濃厚な闇が吹き溜まっている。しんと冷えきった空気は、もう何年も外気から遮断された証左だろう。小屋に見えていた石造りの建物は、この階段を覆う天蓋に過ぎず、これはもともと地下に降りるための入り口であったらしい。

「なんだ、ここは……」

「使われなくなった作業モビルスーツ用の通路だ。早く」

 小型のフラッシュライトを取り出し、闇を照らしたミカヅキがさっさと階段を下り始める。「閉めて」と続いた声に背後のドアを閉めたエイジは、次第に遠ざかるライトの光輪を追ってそっと階段に足を着けた。

 ごうごうと鳴る地下鉄駅特有の風音、ライトの反射光に朧に浮かびあがるタイル張りの壁。言われれば思い当たる節がある。

「古いバージョンの作業用通路か……」

 と、我知らず呟き、エイジはあらためて遺跡と言っていいMS用のハンガーを見回した。

 ここいらを根城にしていた頃、何度か使った覚えがある。ジオン共和国の根城のミニチュアのような西洋様式の出入口が印象的だったが、あれはガンダムSEED博物館に隣接する前のバージョンで、一方のMSハンガーに隣接する出入り口がもうひとつあったのだろう。

 昔、旧バージョンで使われていた時には動物園エリアに直接アクセスできる出入口として重宝されたが、正門が噴水広場寄りに移設されてからは存在価値を失った。以来、長らく閉鎖されたまま、出入口の建物だけが放置されてきたというわけだ。

 MSハンガーそのものが閉鎖されたのは何年も昔だが、ここが閉じられたのはそのもっと前――動物園の正門が現行の形になった時期に合わせてのことなら、それこそサービス開始の時ということになる。何年も前から……口中に呟き、下れば下るほど濃くなる異臭に鼻を押さえたエイジは、階段を下りきった場所に壁があるのを見てぎょっとした。

「隣の美術館の資材だ。閉鎖されてからは倉庫に使われていた」

 そう説明したミカヅキは、ライトの光輪とともにするすると先に進んでしまい、エイジは唯一の光源を見失わないよう、迷路に等しい資材の山を必死にすり抜けざるを得なくなった。

 木箱の角に背広が引っかかり、布の破れる致命的な音を立てたかと思うと、それとは別種のか細い音が箱の隙間を駆け抜ける。ネズミ、それもどこで栄養をつけたのかと思うほどでかいネズミどもだ。猫と見間違えるような黒い影が天井付近を走り、高い天井に点々とぶら下がる裸電球を揺らしては闇に消えてゆく。

 こんなところで迷子になって、ネズミの栄養になるという末期はいただけない。背広が破けようとかまわずに前進し、ようやくミカヅキの背中に追いついたところで、シリンダー錠の開放する音が再びエイジの耳朶を打った。

 バンプキーを引き抜き、前面のドアを引き開けたミカヅキに続いて戸口をくぐり抜ける。ハンガー内から動物園口に通じる通路は射出口は資材で塞がれ、この行き先はその一画に設けられた通用口であるらしい。

「持ってるだろ、モビルスーツ」

 じろ、とミカヅキはエイジの方を見やった。

 

 

 

 

 

 作業用MSのハンガーを抜けた先はただっ広いモビルスーツ用の作業用通路で、意外なことに電気がついており、薄暗い蛍光灯の上を見ることができた。おそらくは開業以来、一度も改修されることなく使われ続けてきた通路は、バージョン初期にある計器が昔生まれのエイジの目にも奇異に映る。

 ガンダムのワンシーンに迷い込んだかのような現実感のなさだったが、のんびり見物という心境には毛ほどにもなれなかった。

 通路の横はすぐに作業員用通路で、端の方には土嚢や木材が放置され、床に堆積した埃とともに廃然とした空気を醸し出している。それでも天井の蛍光灯が消えていないのは、線路自体は現役で使われているからだろう。西エリアと東エリアと結ぶ通路は、日に何度となくここを通過し、時間の停まった廃墟に今の風を送り込み続けてきている。

 <モビルドール・ミカヅキ>に続いて、エイジの乗る<ジム>でホームに足を踏み入れた途端、そのモノレールが轟音がとともに近づいてきて、エイジはモビルスーツごと身を隠す場所を探さねばならなくなった。

 閉鎖された通路にモビルスーツを見つければ、GBNの警備部は間違いなく運営センターに報告を入れる。向かいの通路に通じる作業用のモビルスーツが使う通路がちょうどいい避難場所になり、<ジム>と<モビルスーツ・ミカヅキ>は歩き続けた。

 ごうごうと構内を鳴動させる。天井から漏れる光が薄暗い駅の壁を照らし、壁画のペンギンを不気味に浮かび上がらせる。

 地下のモビルスーツ用通路は完全に電気が消え、出口であろう穴はラバコンやパレットなどの工事資材でほぼ塞がれている。隠れるにしてもぞっとしない場所で、轟音が行き過ぎるのを待ち、エイジはホーム側へ出ようとして、右のレバーを動かそうとした時、無言で腕をつかんだ<モビルドール・ミカヅキ>に強引に引き戻された。

 行き過ぎたと思った轟音が再び大きくなり、西エリア方面に向かうモノレールが2機の天井の音が聞こえたのは、<モビルドール・ミカヅキ>が頭部を下にうつむけた時のことだった。

 2本目のモノレールが通過するのを待ち、<モビルドール・ミカヅキ>は何も言わずに立ち上がった。何をする気かと様子を見守ったエイジは、その背中がいきなり追いかけるように線路へ走るのを見て仰天した。慌てて駆け寄ったこちらを見ようとせず、<モビルドール・ミカヅキ>は西エリア方面に通じるトンネルを見据え、

「急いで。またモノレールが来る」

 などと平然と言う。

「急げって、なにを」

 と、呆れた声を張り上げたエイジは、いぶかし気にこちらを見上げた<モビルドール・ミカヅキ>のカメラアイと直に目を合わせた。

「ここを抜ける。直に帰宅時の過密ダイヤになるから、〝対策室〟の連中も簡単には追ってこれない。早くついてきて」

「抜けるって、この地下のトンネルをか? 出口で待ち伏せされたらどうにもなんねぇだろうが」

「サービス開始直後に造られた抜け道がある。〝対策室〟のデータベースでもすぐには見つけられない。そこから包囲の外に出る」

「わけわかんねぇこというな! だいたいその〝対策室〟ってのはなんなんだ」

 巷間言われる『A金貨』の由来に、先刻の航空機を重ね合わせれば、思いつく推測がまったくないわけでもない。些細な表情の変化も見逃さず、エイジはミカヅキが口を開くのを待ったが、返ってきたのは「今はそんなことを説明している暇はない」の一言だった。

「早く。やつらがくる」

「じゃあ、せめてここを抜けたあとのプランを教えろ。わけもわかんねぇでつきあわされんのはもうゴメンだ」

「つきあわされているのはこっちだ。貴方が余計な調査をしたりするから、ミーユに嗅ぎつけられて――」

 珍しく感情を露わにした言葉を唐突に切り、<モビルドール・ミカヅキ>は身軽さで壁に沿うように走った。

「なんだよ……」

 ほどなくモノレールがどよもす甲高い風音が近づき、エリア11西エリア向けのモノレールの音が線路を滑り込んできたが、ミカヅキの注意が他の何かに向けられていることは明らかだった。

 モノレールの音が走り抜け、まだらな反射光が照らし出すペンギンの壁画を見つめて数秒。

「ミカヅキ、いるんでしょ?」

 声が轟音の余韻に入り混じり、エイジは心臓がひとつ大きな脈を打つ音を聞いた。

「おとなしく出てきなさい。トンネルの出口は両方とも固めたわ。逃げ場はないわよ」

 どこからか発せられた声音が、四方の壁に当たって構内中に響き渡る。あの女、どうしてここまでたどり着いた? 階段口の壁に背中を押しつけ、薄暗い構内をセンサーを稼働させたエイジの<ジム>は、

「エイジさんもよ」

 そう続いたミーユの声に2度心臓を跳ね上がらせた。

「今ならまだ酌量の余地はあるわ。危害は加えないから、早く出てきて」

 円柱状の柱が定間隔に並ぶ向こう、ゴミ用の射出口からのびる薄い影がわずかに蠢く。

 1機ではない。

 ミーユの乗機を含め、おそらく2、3機のモビルスーツの影が曲がり角のあたりに潜んでいる。

 トンネルというこんなところで1戦交えるのは気が進まないが、今なら連中が近づく前にトンネル内に逃げ込めるか? ホームの端と端にいる両者の位置関係を見定め、エイジは是非を問う目をミカヅキに向けた。

 耳をつんざく轟音が爆発し、目前で散った火花が視界を真っ白に染めた。何発もの発砲音がホームに散らばり、長く尾を引く轟音がトンネル内にこだまする。連中の機体に装備されている〝道具〟は、警備よりよほど簡単に引けるものらしい。

 唯一の退路である向こう側のトンネルがぐんと遠ざかったように思い、エイジは血の気の失せた顔をミカヅキに向けなおした。

「おい、お前はもってないのかよ? なんか撃つの」

 と肩をつつくと、

「銃は嫌いだ」

 と取りつく島もない言葉が返ってきた。

「じゃあどうすんだ。向こうは1機じゃないぞ」

 エイジはトンネルの反対側に意識を凝らし、張り詰めた僚機の横顔をいっそう険しくしたように見える<モビルドール・ミカヅキ>――?、不意に左手に巻いた腕時計に目を落とした。「話を」と押し殺した声が後に続き、エイジは片方の眉をひそめた。

「なんでもいい。時間を稼ぐんだ」

 得意分野だろう、とでも言いたげな視線に煽られ、エイジはとにもかくもミーユたちが潜むトンネルの方に意識を向けた。

 向こうはこちらが丸腰であることを知らず、反撃を警戒して簡単には近づけずにいる。

 向かいのホームに渡る連絡手段はここにしかないから、敵機の影の動きに注意していれば背後をつかれる心配もない。どうにかそれだけの状況を把握したエイジは、「嘘つき!」と外部スピーカーで最初の一声を投げつけた。

「不意打ちなんかするからよ」

 とミーユの声が即座に投げ返される。

「おとなしく出てくればなにもしない。約束します」

「信じられるか、今更」

「それはお互い様。データ、一杯食わされたわ。私たちの目をごまかすなんて、さすがじゃない」

「中、見たのか?」

「ざっとね」

「じゃあわかんだろ。あんたらはオヤっさんの仇だ。言うこと聞く義理は1ミリもないぜ」

 一拍の沈黙を挟んで、「あれは事故」とミーユの声が構内に反響する。「ふざけんな」とエイジは間も置かず言い返した。

「私が子供の頃に起こったことよ。私は関わってない」

「でも、命令されたらやるんだろ。今みたいにさ」

 亡霊の呻きにも似た風鳴りが次第に高まり、再び訪れた沈黙の間を埋めてゆく。またモノレールが近づきつつある。いったい何を待っているんだと思い、エイジはコクピットの中で、焦れた目を<モビルドール・ミカヅキ>に向けた。

 <モビルドール・ミカヅキ>は立ち膝で座ったまま、顔を上げようとしない。

「あんたらの十八番だろ。事故に見せかけて殺すってのは。オヤっさんとかさ。ここには俺たち以外誰もいない。おあつらえ向きじゃないか」

「強情な男ね。私たちに悪役押しつけて、自分はなんのつもり? あなた、〝A〟が何をしようとしているかわかっているの?」

 すっかり意識の外にしていた設問だった。エイジは虚をつかれ、「彼は秩序の破壊者よ」と続いたミーユの声を無防備に聞いた。

「勝てる見込みもないのに、このGBN……いえ世界中を敵に回そうとしている。一緒に行ったらあなたも道連れよ。そうでしょ、ミカヅキさん?」

 静止したままの<モビルドール・ミカヅキ>の肩がびくりと震えたように見えた。微かに上げられた視線がエイジの<ジム>のそれと交わる。そうなのか? と問うた目に応じることなく、<モビルドール・ミカヅキ>のデュアル・アイは気圧されるほどこちらに向け続けた。

「今ならまだ止められる。〝A〟のことを思う気持ちがあるなら、私たちに協力しなさい。あなたは、〝A〟を死刑台に送る手伝いをしているのよ?」

「殺させはしない。その為に私がいる」

 <ジム>と合わせた視線を外し、ミカヅキはそれだけは是非もないという声をスピーカーで響き渡らせた。「ひとりでなにができるっていうの」と、ミーユのいらだった声が応答する。

「いまやめなければ、みんな破滅するだけよ」

「何もしなくたって破滅する。その時は、世界の半分の人間……ELダイバーが道連れだ」

 ざわりと肌が粟立ち、ぼくと一緒に世界を……と言った時の〝A〟の顔が脳裏にかすめた。はったりにしても、世界の半分が道連れとは。半ば呆れ、半ば言葉だけ度は済まない何かを知覚しながら、エイジはあらためて<モビルドール・ミカヅキ>の黒い瞳を凝視した。

 先刻、見つめあった一瞬に実を結んだあの印象は――。

「〝A〟は覚悟している。貴方にもわかっているはずだ」

 ミーユの方に向けた瞳を動かさず、ミカヅキは一段低くした声で言いきった。どこか諭すような声音で耳に残り、追う者と追われる者というだけでは説明のつかない、両者の間に漂う隠微な空気を浮き立たせたが、それも「あなたはどうなの、エイジさん」とミーユに矛先を向けられるまでのことだった。

「中身も知らないことのために命を捨てる? それとも、私たちと取引する?」

 ごう、と風を切る音を立てて向こうのトンネルにをモノレールが通過する。エイジは急ぎ<モビルドール・ミカヅキ>の顔を視野に捉え、その瞳の中に先刻の印象を確かめようとした。

 少し戸惑う素振りを見せたのも一瞬、ミカヅキもエイジの顔を正面に見返す。薄闇の中でも、しっかりと見開かれた黒い瞳。わずかな光も見逃すまいとする張り詰めた瞳――やはり間違いない。どこかのエリアに通じるのモノレールの音が行き過ぎ、車輪とモーターの狂騒が遠ざかるのを待って、<ジム>は中腰になっていた体を立ち上がらせた。

 物言わぬモビルドールの目と目を合わせ、奥底で瞬いた光と傾きあってから、エイジはゆっくりとペダルを踏む。

 <ジム>は壁の外に1歩を踏み出す。そのままトンネルにまっすぐ走り、無防備な体を立ち尽くさせた<ジム>は、曲がり角からのびる機影がすっと動き出すのを見た。

 向こうの曲がり角から影の主――<ストライクダガー>、20メートルほどの距離を置いて正面に立つ。てっきりライフルを手に現れるかと思ったが、ミーユの機体もまた無防備だった。

 左曲がり角の陰から別の機体……部下の乗る<ジェガン>が顔を出し、威嚇する眼差しを向けてきたものの、やはりライフルをのぞかせようとはしない。手出し無用と言い含められたのだろう機体を尻目に、ミーユ機は遠目にも手強い瞳をエイジに捉え、「コクピットハッチはあけなくていいわ」と硬い一声を放ってきた。

「正しい選択よ。ゆっくりこちらに歩いてきて」

「どうかな。オヤっさんが殺された時から……いや、その前から、ずっと気になっていたんだ」

 モノレールの音が背後から近づいてくる。

 まだだ……まだ……。

 <ジェガン>のバイザー・アイが険しさを見せている。異変を察知した機体がわずかに揺らぐのを感じられた。

「あんたらが言う秩序……〝システム〟って、いったいなんなんだって。人を、ダイバーを、はたまたELダイバー縛りつけて、時には殺すほどの価値があるものなのかなって」

 壁に身を寄せる<モビルドール・ミカヅキ>が、はっと息を呑んだ拍子に頭部をこちらにむける。

 そうだよ……と胸中に繋げつつ、エイジは正面に立つミーユの姿だけを視界にとらえ続けた。このミカヅキって小娘も、あんたや〝A〟と同じ目をしている。

 闇の中で見開かれた目、闇に憎んだ者の目。支配されることに疲れ、怒り、反撃の機会をうかがってじっと力を溜め込んでいる。

 この俺の中にもある破壊者の目だ。

 誰も気にしないことを気にし、疑わないことを疑い続けてきた者の目――既存の〝システム〟から逸脱してしまった者たちの目だ。

「バカな真似はやめなさい。怪我だけじゃすまないわよ」

 ミーユが叫ぶ。<ストライクダガ―>がビーム・ライフルを構える。背後から近づくモノレールの音が大きくなり、黄色がかったライトの光が<ストライクダガー>の顔を照らし出す。

 時間通り。腕時計を確かめた<モビルドール・ミカヅキ>がわずかに顔を上げ、スタートの合図を待つスプリンターのごとく腰を深く落とす。

「やめたいよ、できることならな。でも……」

 どうにもならない。システムの外へ――そこに何があろうと、今はとにかく飛ぶしかないんだ。

 口中に続けた刹那、<モビルドール・ミカヅキ>が壁際から飛び出し、<ジム>もありったけの力を込めて床を蹴った。

 <ストライクダガー>がライフルを抜き放つ。ミーユが何事か叫び、侵入してきたモノレールがこちらにまっすぐこちらに突っ込んでくる。驚愕に見開かれた運転士の目が<ジム>のコクピットモニターに映る。モノレールが巻き起こす風圧に機体が微震した直後、エイジはミカヅキとともにペダルを思いきり踏んだ。

 鋼鉄の圧倒的な質量が傍らをかすめ、急ブレーキの甲高い音が耳のすぐそばで爆発する。

 猛然と行き過ぎた車体を装甲一枚でかわし、ミーユと部下たちのモビルスーツとすれ違った2機は、それでは勢いを殺しきれずに向かいの線路に転がり込んだ。線路の角に嫌というほど衝撃が襲い、声も出せない激痛に歯を食いしばりながら、どうにか機体を立て直す。

 緊急停止をかけたモノレールの車体が暗闇の向こうを流れ、鉄の軋む音を立てて動きを止めてゆくのが見えた。それは銀色の巨大な壁となって前面の視界を塞ぎ、ミーユたちがいる曲がり角を見えなくしていた。

 この時間だけ、この場所を通るモノレールたち。

 4両分の長さしかないホームで、8両あまりの電車が立ち往生したのだ。

 ミーユたちはもはや線路を渡ることができず、こちらの通路に来るにはない。完全な闇、しかも資材置き場になっているらしい通路を渡り切るのに、どれほどの時間がかかるものか。相手が常人でないことを思えばさほどの余裕はなく、エイジは食い縛った歯をさらに食い縛り、悲鳴をあげる体で<ジム>を無理やり立たせた。

 急に酷使した脳と体に血がめぐり切らず、機体がよろけかけたところに支えの手が入る。自分の肩にエイジの肩を巻きつけ、半ば持ちあげるように走り出した<モビルドール・ミカヅキ>につられて、エイジは西エリア方面に通じるトンネルに一歩を踏み出した。

 緊急停止の動揺から立ち直った乗客が目を丸くし、呆然とした顔を車窓ごしに並べる中、トンネルの闇だけを見据えて足を動かす。乗客がツールのカメラ機能を使ったのか、1つ、2つと瞬いたフラッシュの光に追い立てられ、2機は地下の常闇に踏み込んでいった。

 おんおんと唸る風音に、ミーユの声が混じったと思ったのは気のせいだろうか? 不思議と危機感はなく、最後に見た哀しそうな目の印象だけを抱き直したエイジは、あとは何も考えずに、<ジム>を線路の上をひた走らせた。トンネルの終わりは一向に見えず、このまま地の底までつれていかれるのではないかと不安になった。

 

 

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