ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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この回で第2章終わりです。


第十七話

 耳のイヤホンから着信音が鳴ったのは、乗機の重モビルスーツである<ドム>のバズーカから放たれた砲弾が敵機のコクピットを貫いた時だった。

 5年ぶりの着信。

 5年ぶりに見る番号ディスプレイだった。わずかにさざ波立った胸を他人事のように傍観しつつ、アローンは、通知ボタンを押した。

「アローン?」

「はい」

 一声を吹き込むと、

「アローン?」

独特のイントネーションが応答して、自動的に切り替わって頭が、

「はい」

 そう発声していた。

「頼みたい仕事ができた。詳細は追って知らせる。とりあえずは、ログインしてきたダイバーの監視行動だが、状況によってはハード・オプションに移行する。すぐにかかれるな?」

「はい」

「じきにマツカワという男がおまえに接触する。身辺を整理しておけ」

「はい」

 それだけだった。

 電話の相手、マイケル・プログマンは一方的に通話を切り、アローンは指でウィンドゥを閉じた。午前8時5分の時刻を腕時計に確かめてから、まだしんとした空気が漂う操縦席を見渡す。

 あてがわれた陸戦用モビルスーツ<ドム>はGBN公式でリースされた機体にしては、出来は悪くなかった。だが、際立ったものはなく、改造した特長もない何のつまらない、<ドム>だった。全体のシルエットは、大柄な男と思わせる以外の何の変りもなく、胸部にはただ光る機能のある拡散ビーム砲。手持ちのジャイアント・バズーカと背中にヒート・サーベルを装備しているだけの簡素な装備。

 太い両足のホバー・ユニットは足裏に装備されており、その巨体に似合わない速度を出すことができる。それでも、アローンにあてがわれたその機体は何の変哲もない、ただの<ドム>であった。

 じきにリーダーが申し込んでいたフォース戦も終わる。

 もうここにいる必要はないと最初の判断を下し、敵フォース側の<ストライク・ルージュ>を撃ち落としたアローンはモニターに映る自分の姿を見た。

 GBNのフォースに加入してから支給された薄緑色のポロシャツを着こみ、操縦桿を握る電子生命体……ELダイバーの青年がひとり。〝誕生〟した時から、肩まで伸びたアッシュブラウンの長い頭髪はまったく変化が見られず、白い肌もまったく老いはみられなかった。

 なるほど、これが俺の姿か。

 アローンは未知の生物を見る面持ちで、モニターの中の自分を見た。いつ来るかわからない〝仕事〟に備え、肉体のメンテナンスは定期的に行っているが、自分を見るという習慣についてはついぞもった試しがない。10秒はそうしてからか、操縦桿をぐいぐいとレバーとペダルを踏み動かし、<ドム>を8の字に描くようにして、動かしていた。

 降り注ぐ数発のミサイルが着弾。

 回避。

 横から切りかかる<ダブルオーライザー>が斬りかかる。

 回避。

 <ブリッツガンダム>が光学迷彩を使い、後ろから迫る。

 回避……。

 実際、<ドム>はよく反応してくれていた。公式からリースされているモビルスーツは、出来の悪いものが多いが、これは良いものだ。

 バズーカを構える。発砲。

 地上にいた2機に放たれた砲弾は、敵機のコックピットを貫いた。貫かれた敵機はもう動くことはない。コクピットごと貫いたモビルスーツは動くことはないのだから。

(そこが終わったんなら、こっち手伝ってよ。人手が足りないんだからさ)

 そんな同僚のダイバーの声が追いかけてきたので、相手をするつもりで向かおうとした。

(シカトかよ)

(キメェ)

(なんで生きてんの、あれ)

 吐きかけられた通信を背に、アローンは<ドム>を僚機のモビルスーツに向かわせた。

 

 

 

「……辞めますだぁ?」

 フォースネストとは名ばかり。ようは控室兼ロッカールームに事務机ひとつを持ち込んだだけのネストは、30代のリーダーがひとりで書類仕事を片付けている時間だった。

 当人は物分かりのいい管理職のつもりでいるものの、僻み屋のうえに癇癪持ちで、ELダイバーが加入すると、運営から一定の現金がもらえるという給付金目当てでアローンを引き込んでいるというのが雇われているダイバーたちの評価で、職場の空気はお世辞にもいいとは言えない。この時も顔を合わせるや、「なに、忘れ物?」という苦々しい一瞥を投げかける始末。

 エリア11を根城にしているダイバー集団――フォース『コーヒー・ブレイク』に所属しているダイバーの数は、ELダイバーのアローンも含め11人。フォース戦やイベント、給付金の分け前を始めとして、日々に作成されるメンバー表はそれなりに複雑になる。

 傭兵プレイしている上級ダイバーは自分の都合が通らなければ辞めてしまうし、急な欠員が出てGBN運営に頼んで、募集を出しても、すぐに応援……ELダイバーもとい給付金を増えただろうに、よこしてくれない。メンバーが開いた穴は、残りのフォースメンバー自身が埋めねばならない、いわばサービスプレイということになる。

 あまり保護しているELダイバーの残業が増えると、GBN本部のチェックに引っかかるからで、フォース戦やら行事をあけたのはリーダーの管理能力不足という論理の下、ただで尻拭いをするのは当然という風潮がまかり通っているのだった。

 必然、ELダイバーの急な辞職は、リーダーにとって最大の悪夢となる。

 すでにひとり欠員が出ているうえに、5年もつとめてきた……しかもELダイバーがやめるとなれば、事はサービスプレイの増加だけでは済まない。

 案の定、リーダーは辞職の理由をしつこく問いただし、怒り、泣き落としが聞かないとわかるとまた怒り始めた。運営部から管理職の資質を問われかねない以上、必死になるのも無理からぬところなのだろうが、それにしても往生際の悪い絡みぶりなのではあった。

「だいたいさぁ、辞めてどうすんの? 生活できるわけ? なんか世間はELダイバーの保護にやっきになっているわけなんだけどさぁ、基本はこっちも慈善事業なのわけよ。アローンさん、これまでも、運営部から斡旋されたフォース、転々としてきたわけでしょ? いくら気楽なELダイバーだからって、今の自分の立場とか考えて、もう少し慎重になろうよ。言っとくけど、ここで辞めたら、もうこの業界じゃ働けないからね。あんたの名前、ブラックリストに挙げて、どこも雇ってもらわないようにしてもらうからね。本気だよ、ぼくは。だいたいあんたらELダイバーは、金が出るからってなめてんだよ世の中を。ぼくなんか一流大学を出て、ようやく大口の就職を見つけたと思ったらさ、こんな場末のフォースを作って素人軍団を率いることになっちゃってさ、アローンさんには関係ないだろうけど。だいたいさ、ELダイバーはこっちで保護されて、仕事も食べ物も支給されて甘やかされているから、そのうち何とかなると考えているんだよ。サラ……だっけか。みんなあんたらELダイバーが下手打って、どうにもならなくなったじゃん。そうやってむっつり黙り込んで、他のみんなとも話しないしさ。気持ち悪いよ、あんた。そんな人が他にどんな仕事ができるかって……」

 意味をなさない音が、風になって流れてゆく。その間、アローンは石になって立ち尽くし、それだけ別の生き物のように蠢くリーダーの口を眺め続けた。

 これが初めてのことではない。

 5年あまりの勤務期間中、必要以外の口は開かず、罵られても蹴られても反応しない石ころに徹してきた。目の前のこの男を始め、他人の発する声音はすべて風音と同じ。意味のある言葉、聞く必要のある声は、GBNウィンドゥの音声機能を介してのみ、耳に入ってくる。

 今度の〝仕事〟の舞台は海外サーバー。

 ロシアGBN……。

 アローンにとっては、今、留意すべき言葉は他にはない。国外サーバーでの〝仕事〟となれば、期間はある程度長期にわたる。休暇願いで茶を濁すよりは、すっぱりと退職したほうがいい。ハンターの鉄則に鑑みても、そろそろ河岸を変えるべき時だった。

 荷物は少なく、世間との関わりは最小限に。

 自分という人間に生来関わった才能を見抜き、この仕事に引き込んだ人間たちは、繰り言のようにそう言い続けていたのだから。

 この世界に誕生した時の記憶はほとんどない。が、自分と〝財団〟に引き合わせた人間が何者であったかははっきりしている。

 日本国内に浸透し、アメリカ本国に情報を送り続けた日系二世。ドレル・中村。

 彼は日本にとどまり続け、特殊工作機関の長として、アメリカ政府のもとで働いてきた。〝財団〟が設立したあとも黒子を務めあげ、GBNが完成した時、外枠をくみ上げたらしい。

 誕生してから特殊な才能を発揮していたアローンを、人間たちがどのような思いで見つめ、この〝仕事〟に引き込むに至ったかは定かではない。そんなことは気にもならないし、気にする神経を断線しているのも才能の一部だと中村は言っていた。

 アローンは中村から才能を引き延ばす訓練を受け、〝財団〟から強化を受け、精神的に成熟するであろう頃には完璧なハンターへと仕立て上げられた。

 日本にもGBNの運営を司る〝財団〟を守護するサイバー機関は存在するが、ジョンブレイズ直轄の清算人の仕事とはいささか趣が異なる。

 アメリカの権益と同義であるジョンブレイズ一族の権益を守り、必要とあれば日本側の〝財団〟関係者にも牙をむく。役所の複雑な機構とは捕らわれがちな〝対策室〟とは異なり、シンプルかつ絶対的な行動原理で動く任務遂行のマシーンとなった。

 自分の才能を遺憾なく発揮できる。

 これから始まる時間こそすべて。

 他は仕事と仕事の合間に流れる一時の幻。セミの幼虫が血の底で見る夢に過ぎない。

「ああ、なんかこっちまでおかしくなってくる。もういいよ、いっちまえよ」

 そう言われたのを潮に、アローンはリーダーの前から離れた。

 ドンと壁を殴りつけ、「白肌のイカソーメンが……!」と呻いたリーダーの声を受け流し、自分のロッカーを開けて私服に着替える。ギャンブル、嗜好品ひとつない青年のロッカーはきれいなものだ。制服は本社の方で引き取ってもらうとして、あとは私服のボストンバックを取り出せば、アローンの痕跡は皆無になる。

 いつ来るかもわからない仕事に備え、ボストンバックの中には必要な道具が一式揃っているが、すぐに使えるように準備しておいたほうがいいだろうか。バッグの中から、アルミ製のボールペン状のアイテムを取り出し、二重底の下に収めた道具を眺めたアローンは、ふと不安を覚えてまぶたをぴくりと震わせた。

 肉体同様、道具のメンテナンスも怠ってはいないが、最後に仕事をしてからずいぶんと時間が経っている。道具に充填されているウィルスプログラムが、所定の効能を保っているかどうか。先刻、窓ガラスの中に見かけた平凡な青年――それなりに年月を過ごした自分は、本番の間隔を忘れてはいまいか。考えても始まらず、試しておく必要があると判断したアローンは、道具を袖口に隠し持ってロッカーから離れた。

 そのまま、リーダーの机の脇を通り、部屋の出口に向かおうとして、すっと横合いから伸びた足が行く手に横たわった。

 アローンは直前で立ち止まり、素知らぬ顔で足を伸ばしてるリーダーの後頭部を見下ろした。死んだ魚の目をちらと振り向け、リーダーは舌打ちといっしょに横に出した足を引っ込めた。

「避けてんじゃねぇよ。イカソーメン」

 低く吐き捨て、背けた顔を机上の書類に戻す。特にどうというともなく、アローンはリーダーの頭を見下ろし続けた。視線の先をうなじのあたりに移し、右手を軽く振る。袖口から滑り落ちた道具が手のひらに収まり、その慣れ親しんだ感触を確かめた直後、自動的に動いた右腕が為すべき事を為していた。

 飛ぶように繰り出されたアイテム――注射器の針が、リーダーのうなじに垂直に突き刺さる。充填されている、ウイルスプログラムをリーダー……いや、リーダーというプログラムの塊に注入し、針を突き刺すまで一秒未満。

 うなじを突いた針は、ちくりとした痛みすら――あらゆるプログラムを透過させる。微かな風圧を感じたものか、リーダーはうなじに手をやり、まだいたのかといわんばかりにアローンを睨みつけた。

「なんだよ」

 口を尖らせたリーダーを静かに見下ろし、アローンは頭の中でゆっくりで数を数えた。

 痕跡を隠す可能性が皆無ではないという意味では、あまり褒められた行為ではない。が、一般ダイバーや、ノンプレイヤーダイバー……通称NPDで試すよりは確実な結果が得られる。再び書類に向き直ったリーダーから目を離さず、10秒、20秒……と数え続けたアローンは、急に頭を持ち上げたリーダーが胸に手を当てるのを見た。

 リーダーの粒子が発し始めた途端苦しみ始め、机上の書類を残す。粒子を発しながら、立ち上がろうとして果たせず、椅子を蹴倒しながら床に転がると、弓反りに硬直した体が感電したかのごとく痙攣する。汚物にまみれた顔が天井を仰ぎ、なにか言いたげに唇を震わせたが、そこにはもう意思は残らず、リーダーは粒子の向こうに消えつつあった。

 ウィルスプログラムによって、バイザーとパソコン本体を繋いでいるケーブルが不調をきたしたのだった。流れている電圧が急激に上昇して、バイザーを繋いでいる頭部を通して、全身に電流がながれて大きな損傷を与える。

 電子レンジと同じ要領だ。

 ただそれだけのことで、間もなくそれも終わりの時は迎える。52、53……と継続して数を数えながら、アローンは半ば消えつつある白目を剥いたリーダーの顔を覗き込んだ。

 唐突に襲い掛かってきた現実世界での死に引き倒され、今まさに呑み下されようとしている者の恐怖と悲しみをたたえた目――そんなものではない。ほかの臓器同様、電流を流されて、肉塊に立ち返りつつある混濁のみがその眼球にはある。

 それがどんなものであれ、30と余年の人生が今ここで立たれたのだという現実。

 他人を足蹴にすることと、金に無心した自己を保てない命に引導を渡してやったのだという暴力的な爽快感。   

 どちらも霞ほども感じられず、感じられない自分に一抹の戸惑いを覚えたアローンは、足早に事務所を出た。

 時刻は午前8時25分。じきに朝のミッションを終えたダイバーらがセントラル・エリアに戻ってくる。そして、現実世界でリーダーの死体は発見される。おそらくは運営に連絡がいき、対処および処置が決まるだろうが、もう現実世界でのこの男の心臓は動くことはない。検死解剖されたとしても、機器の異常を起こしたという以上の事実は発見されず、リーダーの死はただの死として処理される。

 ウィルスも、自分も、まだ所定の機能を失っていない。そう確認したアローンはボストンバックを片手に、フォースネストの玄関をくぐった。

 ダイバーの群れに逆らい、交差点をくぐって海外サーバーへ行くためのセントラル・エリアへとむかう。晴れ渡った青空の下、心臓に豆粒のような感覚がよぎったが、それが何なのかは知りようがなかった。

 5年間の反復に別離を告げることへの感慨もなく、アローンは二度と訪れないであろう職場をあとにした。

 

 




<ELダイバーの扱いについて>

 ここのGBNのELダイバーは、1万人も確認されています。
 この作品のELダイバーたちは、GBNでの労働やフォースに加入することができます。もちろん、労働したら報酬のビルドコインをもらうことができます。
 ELダイバーがフォースに加入すると、フォースに保護給付金という現実世界のお金をもらうことができます。

 ですが、この方法を悪用するダイバーもいるのです……。
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