ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第三章 ロシアに沈む
第十八話


 GBN日本 森林エリア。

「……な? 悪い話やないやろ?」

 粗末な事務椅子から身を乗り出し、タダシは相手の目をのぞき込むようにする。「はぁ……」と震える声を返した男ダイバーは、眼鏡面をうつむけてすぐに視線を逸らしていた。

 たっぷり20畳はある廃工場だった。古びた打ちっぱなしのコンクリ壁に、朽ちかけた木棚が備え付けられ、部屋の中ほどでタダシと男を取り巻いている。棚には、ガラクタの類が並べられていたが、その内訳は、いかにも中小企業の工場、といったような感じで、工具やボルトなどの鉄製品、加工前といわんばかりいくつかの鉄骨、経年で赤黒くなった鎖の束、加工した鉄から出たと思われる細かな鉄くず等々。 

 もっとも極めつけは、隅に置いてあるフォークリフトでその荷台には、石畳、鉄板、木板何重にも重ねられていた。これも棚のガラクタと同様に薄汚れており、リース会社へ回収を依頼しなかったあたり、家主がほっぽっていったと理解できる。

 よく見れば、モビルスーツ用の部品が隅につまれている。

 工程表と思わしき大型の黒板が壁にかけられ、戸口脇でほこりをかぶる作業用のヘルメットともども、わかる者にはわかる倉庫の素性が明らかにしているのだが、それはこの際、重要ではない。

 どんな仕事にも、それを行うのに最適な場所がある。一見では、夜逃げした社長が潰した町工場にしか見えない、この部屋の荒廃した風情こそ、タダシがいま取り組んでいる仕事に最適な環境といえた。

 事実、目前の男は完全に雰囲気にのまれている。もはや、むやみに脅し文句を重ねる必要はない。親身に振る舞い、話せる相手と思わせておくのがいい。勝手に怯えた心が、勝手に救いを見だし、こちらの要求に苦も無く従ってくれる。

「迷惑しとるんやろ、あんたらんトコ。あいつら……ELダイバーいうたか? 畑から生えるダイコンように増えよるからな。あんたんとこも、デカイ顔されて、迷惑してるんと違うか、ん?」

 男はうつむいたまま、「えぇ、まぁ……」と蚊の無く声で応える。『第二次有志連合戦』の手伝いでさんざん見たが、どうもヴァーチャルММОのスタッフというのは、総じて線が細く、昼行燈の類が多い気がする。この男も例外ではなく、肌の白い顔、GBNスタッフを意味する制服とブランド物の眼鏡らしい身を固めておきながら、中身の主張がないせいでまったく見栄えがない。

ぴったりなでつけた髪と言い、猫背でやせぎすな体型といい、まるで漫画にでてくる小役人さながらだ。雑踏に放り込んだら、あっという間に見失ってしまうにちがいない。

 対してタダシは、たいていの雑踏なら見失われない自信がある。背丈はそれほどでもないが、存在感たっぷりの体躯に、ジオン公国軍の軍服を着て、精力的な禿げ頭はリアルの年齢である50代後半を示しているものの、ランカーである自分を誇示させるには十分だった。男の背後に立つ配下のダイバーであるメダチに比べても……いや、扉の脇で睨みをきかせている2人の子分さえ、この肌の張りと色艶にはかなうまい。

 「機動戦士ガンダム」が生み出した、ジオンという国。チンピラであった自分には、実力さえあれば成り上がれるという場、立派なキャラクターが勢ぞろいな所を見て、輝いて見えたのだ。

 ジオンのパイロットになった自分を夢想する。ジオンの生み出した最たる兵器、モビルスーツに乗って宇宙を駆ける。操縦桿を巧みに操り、アクロバティックに宇宙を駆ける撃墜王。ジオンの武人こそそうでなければならない。連邦が生み出したモビルスーツなど猿真似に過ぎず、何機いようとも敵ではない。だから決して、こんな廃工場で、しかも子分を引き連れて恫喝していることはあってはならない。そんなものは新米兵士にやらせればいいので、武人という足場を手に入れたタダシは特別な存在であり続けなければならない……と思っていた。

 引き連れている子分と言っても、2人ともリアルでは40過ぎで、しかもガンプラを実際にリング上で動かして戦わせる、GPデュエル時代からのプレイヤーである。6歳年下のメダチに糖尿病を患って以来、一気に老け込んだという事情はあるが、それらを差し引いても自分はまだまだ若く、人並み以上の存在感はある。こんなところで終わる器ではない、とタダシは信じていた。

 構成員5万人、日本随一のヤクザの勢力である『鋭林会』。たかがプラモのオンラインゲームもバカにできず、シノギになるとわかったため、そのスポンサーに納まっているが、その条件が組員たちをGBNのダイバーに参加させること。

 その中の弱小の弱小フォース『タダシ組』。

 その長であるタダシ。その分け前が入ってくるはずだったが、昨今のマスダイバー排除とELダイバー保護傾向の風潮の中では、まったくうまみがないときている。

 おいしいところは主役に食いつくされ、負の遺産ばかり引き継がされたという意味では、『第二次有志連合戦』後のおいしいところは、新世代のフォースとやらに食いつくされ、負の遺産ばかり引き継がれたという点では、ブレイクデカール事件後の後処理に追われるエンジニアの男と変わらない。そんなしみったれの、後始末とその場しのぎに終始する人生ではなく、もっと前向きで充実感のある何か。やったらやっただけの甲斐がある、なにか別の生き方が――。

 それはさておき、いまは今日明日の糧を手に入れなければならない。サングラスの下の目を動かし、ええんですか、と無言で問うたメダチに目でうなずき、タダシは今や掌中の虫になったエンジニアの眼鏡面を観察した。

 こういう時、そこらにある物を蹴り飛ばし、目ぇ見て話さんかい! と凄んでみせるのが副リーダーたるメダチの役目だが、物には順番というものがある。2人の子分たちがこちらを注視し、いつでも怒鳴れる体制でいるのを横目で注視しつつ、「わかるでぇ」とタダシは猫なで声を重ねた。

「あいつら、ほんま腹立つわ。あれやろ、ガンプラ遊びにしか体がないくせに、プラモ作こうてもらって、それ自分の体にして、いい気になっとんのやろ? その材料はどっからきとんのかっちゅう話や。モビルドールいうたか? いっちょんちょんのあんなん、ちっさいプラモやないか。そら、材料代もかかるし、サーバーの維持料も増やさなあかんわ。それがいつしか当たり前になって……なにがELダイバー保護活動や。どんだけ甘えてんねん!」

 怒声を張り上げると同時に足を踏み鳴らし、棚の前に立つ子分に目を走らせる。心得た子分が棚の上からカゴを落とし、中の金物がばらまかれる派手な音が室内に響き渡る。びくりと振り向いた眼鏡面の視線面の視線の先で、子分は億劫そうに金物を拾い上げ、食器のナイフを手にニタリと笑う子芝居を忘れなかった。

 そう、その呼吸だ。

 子分と呼ぶにはとうの立ちすぎた連中だが、近頃の若い連中と違って基礎ができている。こいつらのためにも……と頭のもたげた思いを押しとどめ、〝そのスジ〟の強面を装い直したタダシは、よりいっそう青ざめた眼鏡面を正面に捉え直した。

「まずその、モビルドールづくりやら、なんとかデカールをやめさせるというのをやめんかい。その時間、ゲーム使ってる奴らのためにぎょーさんえぇアイテム配ったり、ビラでも刷って人集めしたらえぇやないか。その方がなんぼも、ゲームの役にたつわ。なぁ?」

 メダチを筆頭に、子分たちが一斉にうんうんとうなずく。メダチの視線が微妙に遅れ気味なのは、糖尿病のせいで視力が落ち、ダイバー固有の視力補正がかかっていてもなお、暗い場所で目が効きにくくなっているせいだ。

 薄暗い廃工場でサングラスをかけていればなおのことだが、7年以上守られてきた彼のポリシーに口出しするわけにもいかない。「はぁ……」とあいまいに頷いた男に目を戻したタダシは、少し悲しい気分で言葉を継いだ。

「それにな、1番の問題は、保護活動のダイバー達んなかに、過激派あがりのタチの悪い連中がいるっちゅうこった。タチ悪いでぇ、あいつら。右も左も何もわからんガキのダイバーにうまいこと言うて、ここぞとばかりに騒ぎよる。中には自己満足だけでやっとるほんまもんのアホもおるけれど、どこそこのサーバーでどこ攻撃したとかって実績があるいうてな、あっちこっちからカネ出させてな、あんなもんネット詐欺師と変わらへん。あんたらん所も、官僚ОB抱えておるんやろうけど、そこまで面倒見てくれへんやろ。スジから強請られて、国からは電話代たかられて、その分経費で上乗せしようと思うとも、ダイバーの目が厳しくて、プレイ料金の値上げもようできんときとる。ほんま、あんたら八方塞がりや。同情するで」

 スジとは、サイバー犯罪集団と反社会勢力。電話代とは、防衛庁から必要な情報を聞き出すための回線料、すなわち官僚へ貢ぐ裏金を指す。インターネットという言葉が世に広まったころ、アニキ分から聞いた言葉だ。お客様サービスセンター本部という呑気な名前の部署とはいえ、GBNに勤務するスタッフなら、知らない道理はあるまい。

「スジ、ですか……」と呟いた眼鏡面がこちらを見、あらためて畏怖の色を浮かび上がらせるのを見てとったタダシは、「わしらが、それをキレーイに片付けたる」と会心の笑みで押しかぶせた。

「そら、マスダイバーが使こうとった、ブレイクデカールでの騒ぎはひどいもんやった。今も、それが怖くてゲームができん人がいると思うと、胸が痛むで。そういうの、なんというとったかな、ト、ト、ト……ええ、トンプソン?」

「トラウマでっせ」

 そうメダチが小声でささやく。

「わかっとるわ、アホ!」と脊髄反射の怒声がタダシの口から噴きだし、文字通り飛び上がった眼鏡面ががたんと椅子をならした。

「胸が詰まってよう言葉がでえへんのや。控えたらんかい」

「へい、すんません!」

 と、これも脊髄反射の素早さでメダチが一歩引きさがる。まぁ、黙っていたらいたで、『気ぃきかせんかい!』と怒鳴られる羽目になるのだが、それは仕方ない。それに耐えられないやつは、こんな世界に来なければいい話だ。

「とにかく、トラウマだらけでゲームがうまくでけへんっちゅうことや」

 と続け、ジオン公国軍の軍服の胸元を正したタダシは、なにごともなかったかのようにひたと眼鏡面を見据えた。

「ここんとこ、おもちゃ会社でプラモが売れへんっちゅうのも、その影響っちゅう話やないか。こら、企業危機やで」

「はぁ、その……おっしゃる通りで」

「それに、や。ブレイクデカールの暴走事故は、日本サーバー内で起こったことで、ほかのスポンサー企業は知らんぷりや。ひどくあらへんか。そういうことはワイらも、放っておかれへん。あんたとこういうことになったのも、なにかの縁や。本社の方で筋道つけてくれはったら、今度のことは内々に始末しよやないか。そらまぁ、わしらもカスミ食っているわけじゃあらへんから、若干の経費は必要やけどな。そんなもん、サーバーの維持費に比べたら、安いもんや。会社は得、あんたも個人的なトラブルを解決できて得。わしらも社会的責任を果たせるっちゅうことで、こらまったくウィンウィンちゅうこったで」

「はぁ……」とうつむいた眼鏡面から目を離さず、右手を掲げてひとさし指と中指を突き出す。メダチがすかさずタバコを添え、口にくわえるのを待ってライターを差し出す。深々と紫煙を吸い込みながら、正念場やとタダシは内心につぶやいた。

 ――焦ってはいけない。

 こんなチャンスは2度とないし、成功如何によっては今後の貧乏フォースの運命も決まるのだ。

 3つ押したら1つ引き、気づいた時にはゆであがっているガマを追い込むように。

 かつて土地売買の詐偽でならした兄弟筋の言葉を念頭に、「ま、あんたの心配もわかる」とタダシは辛抱強く重ねた。

「どこも締め付けがきびしい時代やからな。企業としては、わしらみたいなモンとのつきあいも慎重にせなあかん。せやけど、正味の話、新しくできた暴条例(日本暴力団排他条例)なんてええ加減なもんやで。あんなん、コンピュータのコの字のわからん官僚ОBの就職活動と一緒や。人が集まったら、ロクなことにならん。ネットで集まって、ヤクザができる。みんなで排除しましょ言うてキャンペーン打ったら、ネットの規制対策の外郭団体が作りやすうなるからな。本気でヤクザなくそうなんて考えてへん。そんなん、商売あがったりになるんは、向こうかて同じなんやから」

「えぇ、まぁ、そのお話はまったくごもっともなんですが、GBNでもさまざまな部署がございまして、わたしの一存ではどうにも……。あのブレイクデカール事件後にですね、GBNの上層部さんは、その排除宣言を出しましてですね、わたしどももそれに倣って――」

「なにをぬかしとんのじゃアホ!」

 遠慮しいしいの言葉を一撃で吹き散らし、腹の底から大声を出す。アイドリング抜きのフルスロットルは、この仕事をするうえでは必須の特技、一種の瞬発力の賜物だ。眼鏡面は電撃を受けた体で凍り付き、目を逸らすのも忘れた風情でこちらを見返している。ぺらぺら理屈並べおって、なにが『上層部さん』や。ユーザさんやらゲストさんやら、最近の女子供に媚びたネット言葉とやらは全くもって度し難い。こういう中身のない大人が仕事でも使い始めるから、どんどんGBNはおかしくなるんや。

 胸中の不快感を押し殺し、

「いやいや、あんたのことやない。GBNの上層部さんのことや」

 と予定通りの言葉を付け足したタダシは、これも瞬発力で肉厚の頬をにたりと緩めてみせた。

「GBNの復旧にヤクザが入り込まんようにせぇっちゅう、あれやろ? 何眠たいこと言うとんねん。あんなことなくても、ヤクザきっちり、ゲームの中に入り込んどるがな。ちっさい子会社の了解から始めて、エンジニアの手配、それに使うサーバーの運送、開発と。みーんなヤクザ抜きには、なんもでけへん。さんざんずぶずぶの関係続けとった癖に、今更なに言うとんのや。わしの兄弟分のフォースにも、しこたま儲けた奴おるで。ゲームのテスターの寄り合いでも並んで一緒に写っとるし」

 現在のエンジニアの給料は40万ほど。しかし、VRオンラインゲームの開発バブル急騰期では、エンジニアひとりにつき、月額ひとり300万円もの金が支払われていたという。仲介料もろもろにしても、10人集めたらそれだけで1500万円。組単位で人かき集めれば、毎月数千万の金が転がり込むことになる。

 夢のような話だ。 

 あの頃はよかった。

 どうせ、チンピラまがいになるんやったら、わしはなんで10年早く生まれんかったやろ。

「あのツカサっちゅー、ブレイクデカールとかそのあとに起きたうちゅじんのサイバー攻撃とか、わしらが裏でバリケードになって、走り回ったった。そういう古ーい関係がわしらとこのGBNにはあんねや」

 あん時わしは鉄砲玉にされた話やけんど。

「表では解決できへんトラブルを、裏できっちり処理する。そういうシステムができあがっとるのに、使わん奴はアホや。わしらに任せたら、うるさいマスダイバー連中1発で黙らせたるで。いろんな所に仲間いてるからな。動員かけたら、有志連合の比やないで」

 眼鏡面は途方に暮れた様子でうつむき、膝上に置いた手のひらを落ち着きなく動かしている。床にタバコの灰を落としたタダシは、

「わしらもプロや。もちろん、あんたんとこに雇われたことは表に出さん」

 と、噛んで含める声で続けた。

「あんたは上の人間に話通して、わしらの出す領収書を処理できるようにしてくれればええ。そう難しいことやないやろ。アンタが今抱えているトラブルに比べたら」

 トラブル。

 その一語に、思わずというふうに顔をあげた眼鏡面がこちらを直視する。

 なぜ、と問うている目。

 別にそれほど大それたことをしたわけじゃない。男なら誰だって落ちる土ぼこに足を取られただけだ。

 それなのに。なぜ。どうして。自分だけがこんな目に――。

 その問いに対する唯一の答えは、人生とはそのようなものだ、という常套句でしかないがそのくらいは空っぽのオツムでも承知のことだろう。

 背信を重ねて残りの人生に安寧を得るか、なにもかも失う覚悟で抵抗するか。

 いや、そうではなく、この状況から逃げ出すにはどうしたらいいか、という思考しかこの男の中にはない。問題解決のための話し合いを……ありきたりの誘い文句に乗り、うかうかこちらのテリトリーに足を踏み入れた時点で、こいつは端から選択肢を放棄しているのだ。

「しかし、私の一存ではどうにも……。私個人の問題ですから、私のできる範囲の――」

 皆まで言わせず、連続した甲高い音が耳をつんざいた。子分が再び、棚の上からガラクタ達を落としたのだった。

 この土地を買った際、金目のものは残らずビルドコインにしたが、こういう時のためにいくつか残してある。

 何も選ばず、選べない自分の立場を表明しただけの言葉。こんなものは答えではない。縮み上がった眼鏡面を注視したタダシは、

「できるかどうかは聞いてない。やらなあかんちゅう話をしとる」

 と、ゆっくり、最後通牒の因果を含めた声で言った。

「ええんか? 会社のみんな、びっくりしよるで? 権力つこうて、気に入った女のダイバーの個人情報調べて、辺りつけまわしてたって。ストーカーやん。最低やな。会社に知られたら、いられなくなるやろな。しかもあんたの叔父さんは、GBNの専務クラス、あんたを今の地位まで押し上げてくれた恩人や」

 その恩人が、しかもゲームマスターと縁故があるっちゅうことが、ワレの不運の源やで。口中に付け加え、タダシは、眼鏡の底でじっと震える目を睨み据えた。

 そうでなければ、こんなチンケなシノギに自分が乗り出したりしない。子分に任せておけば済む話だが、これを機にGBNから金を引っ張りこれるとなると、自ら縄につくリスクを負ってでもやる価値がある。

 自分の借金をきれいに片づけ、子分たちにも手当を払うぐらいの金は手に入れられようし、うまく専務らと縁故関係ができればGBNの利権に食い込める日もある。こんなGBN日本の片隅で、ケチな商売で食いつないでいるチンピラが、大企業とのずるずるべったりという、花道街道を歩けるようになるかもしれないのだ。

 『疫病神のタダシ』と自分を笑いものにしてきた仲間たちを見返し、何年もご無沙汰にしている高級クラブで札をばらまき……他にもやりたいことはごまんとある。後始末と尻拭いでしかできない人生に別離を告げる。

 その第一歩がこれだ。

 絶対に逃がしたりはしない。

 これは神が与えたもうたチャンスなのだ。

 GPデュエルから乗り換えて、フォース結成以来の伝統を守り、どんなに苦しくてもチートツールには頼らず、鉄砲玉がわりもし、吹けば飛ぶような三次団体に身を落としてまでも、このフォースを維持してきた。

 GBN日本屈指の真面目なチンピラ、それゆえに被らないいい泥をかぶってきたタダシ……松音正に対する、最初で最後の天からの大盤振る舞い――。

「こりゃまずいで、アンタ。わか――」

 どがん、と何かが爆発する音が遠くで響き、工場の空気を揺らしたのはその時だった。

 ぎょっと身をすくませてから、メダチと顔を見合わせ、次いで眼鏡面を睨みつける。この工場のある土地は、他フォースの退去が済んで久しい。

 都市部から外れたところにあり、この時間はダイバーもろくに通らないところとなれば、疑うべきはひとつ。こいつが自滅覚悟で保安部に連絡し、あらかじめ保安部隊を張り込ませていたという可能性だ。離れたところに、子分を乗せた自走砲<マゼラ・アタック>が2台、モビルスーツも数機ほど配置していたはずだが、ひょっとしたら保安部のモビルスーツ部隊に撃破されたのかもしれない。

 見てこい、と子分のひとりに目で命じる一方、タダシは椅子を蹴って眼鏡面の前に立った。その膝を膝で小突き、

「会社の恥やからって、わしらをお縄にさせようとつもりやったら、考え直したほうがええぞ。こういう不道徳な話が許せんっちゅう知り合いはいくらでもおんのや。こらワイドショーも騒ぎ立てるで。一大オンラインゲームの関係者が職権乱用で、ストーカーしとったって」

 眼鏡面は目をいっぱいに見開き、小刻みに首を横に振るばかりだ。違う、か……?

「大型掲示板も大騒ぎやろな。あんただけやない、会社の明日もわからんで。あんた、それでも――」

(お仕事ご苦労様)

 スピーカーからその声がしたのは、天井の半分近く剥がされ、青色のモビルスーツである<ケンプファー>のモノアイが見えたからだった。

 胸部のコクピットが開き、女がひとり、アンカーガンで<ケンプファー>から降りてきた。たしか、ガンダム00……の登場人物に出てくるイイモンの組織が着ていたやつと同じ青いジャケットだったか? それを羽織った女がひとり、工場の入り口にりつ然と立っていた。

 年の頃は20代前半、いって25になりたてといったところで、すらりと長いスラックスの足をしっかと床につけ、眼鏡面を恫喝しているタダシを平然と見つめている。様子を見に行った子分はどうした? 思う間に、工場に残っていた子分が、

「なんじゃ、ワレ!」

 と声を荒げ、タダシは目前の眼鏡面を改めて凝視した。体をしぼませ、頭を小刻みに動かしている。演技とは思えない。こいつも知らないとなると――。

「美人局で恐喝って……。そんなことばかりやってるから、今の時代に適応できないのよ。最新のガンダム、知らないでしょあなたたち」

 子分の怒声を風と受け流し、入り口から離れた女がこちらへ近づいてくる。こいつはあかん。恫喝に慣れている。正面きってぶつかるのは不利だという本能が働き、

「なんや、あんた」

 女は特に警戒する様子もなく、辺りに散らばった資材を興味深そうに見まわしている。ガラクタを弄りながら、

「なるほど。こういうのを作って、お金を稼いでいるわけね」

 と、感心した様子で独りごちる。この工場のこともお見通しか。苦り切ったタダシの顔を見ることなく、女は茫然と立ち尽くす眼鏡面に向き直り、

「ここがどういうとこか、知ってる?」

 と話しかけていた。

「開発フォースが、任務とかでもらった物資でパーツとか作るところ。ここのほかにも、こういう所がいっぱいあるわ。最近は、スタビライザーとか自分だけのパーツが欲しいっていう需要が増えて、開発専門のフォースがたくさんできたわけ。でも、こういうのはシノギを削っているみたいで、駄目なとこはどんどん借金が増えてゲームをやめざる負えなくなってるんだって。で、今は閉鎖されて、こういう人たちの仕事部屋になっているってわけ。なんにも知らない素人を怖がらせて、言うこと聞かせる仕事のね」

 顔をあげ、眼鏡の奥の目をしばたたいた目が、そういうことか……と言いたげな視線をタダシに流す。つまらん種明かししよって。あらぬ方向に顔を背けたタダシは、

「あなたもあなた」

 と、続いた女の声をほとんど背中で聞いた。

「こういう手合いとは、絶対に相手の陣地で向き合っちゃだめだって知ってるでしょ。天下のGBNのスタッフであろう者が、リテラシー低いわね」

 まだ状況が呑み込めていない顔で、眼鏡面は、

「あ、あの……」

 とくぐもった声を出す。やはり、こいつも知らない……ということは、こいつが知らぬ間に会社が雇った手合いか。見張り番に加え、様子をうかがいに行った子分も帰ってこないところを見ると、外にはこの女の連れが――おそらくは保安スタッフか、警察のサイバー犯罪対策か何かがひとりならずいると思ったほうがいい。タダシは嘆息混じりの鼻息をつき、「警備の奴か」と言った。女は否定も肯定もせず、腕まくりをしてまっすぐこちらを見返してきた。

「言うとくけど、わしらはなんも法を犯しとらせんで。お互い合意のもと、ここで話しおうてたんや」

「暴条例、知らないの? 組織を使っての威圧行為は、それだけで警察への検挙対象になるんだけど」

「アホぅ、組織の名前なんか一個も出しとらんわい」

「本当?」

 本当……だと思う。言われれば自信がなく、メダチと困惑気味の顔を見交わしてしまったタダシは、その分の苛立ちを込めて眼鏡面を睨みつけた。

「後悔するで」

 とぶつけた声に、

「いや、私は何も……」

 と眼鏡面は戸惑った声を出す。

 女はもうどうでもいいという感じで、手をひらひらさせ、

「さ、あなたは帰って」

 と子供をあしらう声を眼鏡面に投げつけた。

「こいつらの言っていることは全部でたらめよ。このフォースタダシ組はいつも上位フォースの弾除けをひっかぶさせられて、しかもヤクザへの上納金を支払うのでピーピー。仲間うちからは見放されてるし、仲間を集める力もない。あなたを通じて、GBNの上と繋がって、金を引き出して、そのままドロンって寸法ね。ついでにローラって女ダイバーはわざとあなたを誘惑してたらしいわ。本人締め上げたから間違いないわ」

 呆然とした様子で目をしばたたいた後、眼鏡面がにらみつける勢いでこちらを見る。本当か、と問い詰める目と目を合わせるつもりはなく、タダシは痒くもない禿げ頭を掻いて視線を逸らした。きつく拳を握りしめ、なにかを言いかけた唇をぎゅっと噛みしめると、眼鏡面は入り口の方に歩いていく。一度だけ立ち止まり、

「あなたは、どこの……」

 と恐る恐るの声を出したが、女も彼と目を合わせるつもりはないようだった。

「いいからいいから。火遊びはほどほどにね」

 と、顔を動かさずにいい、もうお前と話す口はないと、言わんばかりにタダシたちだけを見据え続ける。その横顔を訝る目を向けたのも一瞬、眼鏡面はほとんど直角に腰を折り曲げ、つんのめりそうになりながら戸口の向こうに走っていった。

 天からの授かり物、フォースの苦境を救う金づるが手元をすり抜けていく。思わず追いすがりそうになった足で椅子を蹴りつけ、タダシは残ったもうひとつの椅子にどすんと尻を落とす。

「さて、これで話ができるわね」

 と言った女を横目でにらみつけ、

「なんの話じゃ、ボケ」

 と吐き捨てる。

「あんたもGBNのスタッフのはしくれなら、わかるやろ。わしらダイバーにはメンツっちゅうもんがあるんじゃ。それつぶされたら、法律も何もあらへん。メンツのために体張る若いダイバーがいくらでもおるんや」

「ガンダムの主人公みたいなセリフ、痺れちゃう。でもそういうのって、似合う人と似合わない人っているのよね。あなたは圧倒的後者。それに、いろいろ用意するものも大変だって聞いたし」

「似合う似合わへんの話やない。男のメンツつぶされて、黙ってる奴がいるかっちゅう話や」

 メダチの長身がゆらと動き、女との距離を縮める。もう1人の子分も少し離れて回り込み、年季の入った威嚇の視線を走らせたが、女は微塵も怯む気配を見せなかった。ちらと目を動かして2人の位置関係を測り、

「へぇー、それなりの人望はあるんだ。ま、こんなこと言う連中だもんね」

 と肩をすくめる。

「じゃ、教えといてあげる。私はGBNの保安スタッフでも、警備でもない。ここに来ていることは誰も知らない。だからどうとでもできるあなたたちに、その度胸があればね。ただし――」

 ひた、とタダシを睨み据え、女は続けた。

「ここんとこ、私イラついてるの。それでもよければそれでもどうぞ」

 にやと笑った女のアバターだというのに、全身から風圧にも似た殺気が噴き出した気がした。同時にメダチが前に踏み出し、

「おいこら、ええ加減に――」

 と女の胸倉に手を伸ばす。

 あかん、とタダシが思った時には遅く、電撃的に動いた女の手がメダチの手を取り、手の甲を支点にグイとひねり上げていた。女ひとつ頭以上大きいメダチの体が、あっさりと折れ曲がる。

「なにしとんじゃ!」

 すかさず吠えた子分が背後から飛びかかった。女は素早く身をひるがえし、併せて動いたメダチの腰を蹴りつけていた。背骨と腰骨を正確に突いた一撃は、メダチの長身がはじけ飛び、突進しかけた子分と衝突して床に転がった。

 骨と骨がぶつかる鈍い音、サングラスが割れる音をタダシは聞いた。五指をいっぱいに伸ばして痙攣したきり動かなくなり、子分は起き上がろうと身を震わせているがどうにもなっていない。ようやく、女が黒い仕込み鉄板のブーツを履いていることに気付いたが後の祭りだった。

 ぱんぱんと手をたたき、

「あれよね。戦力の決定的差がなんとやらってやつ?」

 そう言った女は息ひとつ切らしておらず、タダシは全身の血が引いていくのを感じた。

 裏街道を歩いている柄、暴力沙汰を目の当たりにする機会は少なくないが、この女のそれはチンピラのそれとは違う。いわゆる格闘技やGBNの格闘スキルとも異なる、人体を効率よく破壊するための薄暗い技術――。

 その直感が、何年も流血沙汰とは無縁の体を硬直させ、タダシは椅子から動けぬまま女の横顔を見つめた。

 たしかにこいつは、GBNのスタッフなんかじゃない。

 警備部門の警備員でもない。ひとりで来たというのも嘘ではなく、外に配置していたモビルスーツ隊も、メダチたち同様に倒れていったのだろう。

 とりあえず、それだけは理解した途端、女の目が再びこちらを見て、併せて動いた靴の爪先がタダシを射程距離に捉えた。

「さ、少しはストレス解消になったし、ビジネスの話を始めましょうか。私はミーユ。実はもうけ話を持ってきたんだけど聞く気ある? タダシフォースリーダー」

 鋭く見据える瞳はそのまま、口元にのみ笑みを浮かべた女が言う。いつ来るかわからない爪先を視界の端に、タダシは強張った首を縦に振るよりなかった。

 

 

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