ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第三章、始まりです


第十九話

 モビルスーツの指からトリモチを発射させて黙らせ、レンタルのワンボックス車に積み込むまでに30分あまり。エリア11南にあるタダシ組フォースネストに着いた先には、時計の針には23時を回っていた。

 エリア11にある南部は、大きな川を面して広がるエリア有数の歓楽街だ。サーバー移動用の駅の周辺には飲食店やカジノ、成人ダイバー用の風俗店がひしめき、夜になれば小休止用の小型ホテルのネオンがピンク色の光を際立たせるエリアだ。

 一方で、ミニシアターやライブハウスも建ち並ぶ混沌ぶりは、東京でいうなら渋谷に近い猥雑さといったところか。いや、地場に密着した泥臭さも漂うという点では、上野などのほうが近いかもしれない。  

そういう場所であるからには、悪質プレイヤーのあだ名である、マスダイバーを中心とした悪質なフォースのフォースネストも複数入り込んでいて、数だけ言うなら、『鋭林会』と同じくらいの数がある。棲み分けが徹底している他の海外サーバーとは違い、モザイク状に縄張りを分け合う日本人ダイバーならではの構造だが、タダシ組のネストは駅前からかなり離れた南部にあり、勢力図的には下から数えた方が早い……というより、いっそ最下位に位置づけられる。

 昨今は、暴条例で外部収入も激減しており、運営から借りてるフォースネストの家賃は滞納3か月。それでも自転車操業でやっていけるのは、傘下のフォースが律儀に傭兵代を支払っているからで、これはもっぱらタダシの人徳のいたるところで大きいらしい。

 実際、新設のフォースが行っているミッションの応援やら子供のダイバーへの季節の催し物やら、こと金にならない公共活動に限っては、タダシ組の活躍は目覚ましい。エリア11の縄張りを活かしつつ、この時世にあってもエリア共生の座を維持しているという意味では、それはそれで理想的な〝ベテラン〟フォースの在り方に見えなくもないが、やはりというべきか、同業の見解は大体にして辛らつだ。

 

『ああいうのは余裕があるやつのやること。あいつのはただのええかっこしい。共生なんてもんじゃなくて、ただ弱い奴に飼われているだけ』

 

 そんな状況では、新人の若い奴など居つくはずもなく、タダシを含めた6人のダイバーはリアルの平均年齢、40代後半。ここ数年はアナザーガンダム世代しか知らぬマスダイバーすら飼っておく余裕もなく、掃除員のELダイバーさえ雇っていないネストは、荒れ放題に荒れている。

 ネストに足を踏み入れ、資料通りの惨状を目の当たりにしたミーユは、

「汚いとこねぇ……」

 と率直な感想を口にしていた。

 10坪あるかないかの面積に、事務机がぎっしりと押し込まれ、何年も前に買いそろえたであろう古いプラモの雑誌が何冊か散らばり、その上に押しかぶせるように、帳簿のファイル、雑誌が埋まる。脂臭さが漂っているのは、GBN有料アイテムとして配られている、タバコの臭いだろうか。

 さらには、封も解かれていないダイレクトメールか何かの束が床を塞ぎ、ほとんど足の踏み場もない状態だったが、当のタダシは器用にそれらの障害物を避けて部屋の奥に行ってしまい、「やかましわ」と返した声を仕切り壁の向こうで響かせた。

「今度のシノギで1発逆転するやったんや。それを邪魔しくさってからに……。さっさともうけ話を離さんか。ケチや話やったら、ただじゃおかへんで」

 仕切り壁の向こう、社長室ということになっている6畳ほどの小空間で、タダシはそれだけ妙に高級な革製のスツールにどっかと腰を下ろしつつ言う。掲げた指にタバコを挟み、火をつける子分の一連の動作は見ずに、ミーユは割と片付いている方の空きスペースをざっと見まわした。

 フォースの名前を記したステッカーが壁際に並び、応接セットのテーブルにはいかにも人を殴り殺せそうな、ガラス製の灰皿。運営などのガサ入れに備えて、違法なツールはネスト内に置かないというのが常識だし、タダシ組にはそもそも財力がないから、購入する余裕はない。

 判で押したような、リーダーの部屋。それ以外の何者でもない調度を確かめ、ひとつだけそぐわないものを見つけたミーユは、壁に掲げられたそれに顔を近づけた。

 額縁に収められた定形の賞状に、感謝状の文字とフォース『AVALON』リーダーの名前が記されていた。

 

"タダシ殿、貴殿はGBNで大きな被害を受けた仲間たちの救援に尽力され、戦局の向上に大きな貢献をしました。ここにその感謝の意を表し、フォース一同を代表して、AVALONリーダー、クジ――〟

 

「これ、参加したの? 有志連合」

「あぁ、行ったで。売名行為になるから。本部からは隠せって言われたんやけれどな。まぁええやろ。こんなちっさいデータでも、わしらみたいなもんには勲章や」

 タバコの煙をふかしふかし、タダシはそれがどうしたといわんばかりに言う。意外にもさもありなんとも思える複雑な感想を胸に、ミーユは執務机と向き合うソファに腰を下ろした。

「実際、あなた達の本部のことは報道されなかったわね。『鋭林会』系列に総動員かかったって話だけど」

「うちとこだけやない。あの宇宙人もどきとの戦いの時には、世界中の仲間たちが戦いに参加した。ありったけの兵隊をかき集めてな。最初の何日かはひどかったで。上下左右、360度にクモみたいに敵がわんさかおってな。弾の雨は降るわ、見たこともない戦艦の艦砲射撃はあるわ、休む暇はないわで。トイレ休憩も決まった時間にしかいかれへん。しょうがないから、一升瓶に小便ためて、なんとかしてたけどな」

「でもタダシ組としては、破格の収入がもらえたんじゃない?」

「アホ、世話なっとるGBNが駄目になるかならないかっちゅう時に、んなアホなこというとるちゃうやろ。2回目のアバロンからの集まりかて、わしらタダシ組が真っ先に突っ込んださかいに、アイテムを都合させてもろうた。損得の話やなくて、理念なんや。裏街道歩いとるわしらやから、こういう時、人のお役にたてっちゅう、わしらタダシ組の」

 本気でむきになっている顔にふーん……と、ミーユは我知らず感心の息がもれた。小ばかにされたと思ったのか、タダシは「わからんかていいわい」と怒った顔を背けてしまった。

「さっさと話すこと話せや。わしの気がかわらんうちに。うちの兵隊がここにおる奴らだけとは思わんほうがええで」

 聞き耳を立てていたらしいメダチが、仕切りの切れ目からぬっと長身をのぞかせる。そのサングラスは片方しかレンズが入っておらず、額には絆創膏というありさまで、睨みをきかすにはいささか心もとない。

 ほかのメンバーたちも似たり寄ったりの損壊具合だが、現実世界で痕や痛みが残るほどのやり方はしていないし、放っておいても問題ない。命じられればまた挑みかかってきそうな片目サングラスを見やり、新しいの買ってあげたら? とタダシの方を向き直りかけたミーユは、その目があらぬ方を見ているのに気づいて口を閉じた。

 賞状の下に貼られた、1枚の写真。

 戦地で撮ったのであろうそれには、他フォースのメンバーの子供らと肩を組んで笑うタダシの姿が映っている。

 芸人と見間違いそうなあけっぴろげな笑顔も、当時の感慨にふけっているらしい少し悲し気な横顔も、人の良い浪花節のおっさんという以外に形容する言葉がなく、ミーユも複雑な思いを抱いて写真を見つめた。

 子供ら、青いシャツを着た少年と白いドレスを着た少女は、タダシのことをどこまで知っていたのか。

 この『ビルドダイバーズのリク』の異名を持つ少年。

 そして『ELダイバー』というワードを世界に浸透するきっかけとなった電子生命体の少女は。

 有志によるダイバー連合の戦いに勇ましく参加したこの男が、小1時間前には、ひとりの人間を脅しつけ、破滅させようとしていたなどと誰が信じられようか?

 これと決めた相手への自己犠牲をいとわぬ献身と、人を人とも思わぬ暴力性が1個の人格として矛盾なく存在する。それがタダシという人間であり、反社会勢力もとい半グレと呼ばれる人種の本質だ。特にタダシは、警察の資料の中にもそう記されているという昔気質として知られている。

 小学生の頃から、補導とGPデュエルを繰り返した問題児が、お定まりの転落コースをたどり、シャバと鑑別所を行き来する息抜きに始めた、GBN。

 そこで繰り返した問題行動がきっかけで『鋭林会』系列に拾われた。特に目立った功績もなく、ただその人柄を気に入られて、分家となった。

 立ち上げたフォースの維持は安泰だったことは一度もない。

 腕と金儲けの意欲はあるが、昔気質の浪花節が災いして時代の潮流にのれず、他に行き場のない仲間たちを抱えて青色吐息――。

 警察と共有する資料に記録された、タダシの経歴は10や20ある反社勢力の世界においては珍しくもない。大きな成功も失敗もなく、この裏道を生きてきたという意味では、大多数の日本人と根を同じくするステレオタイプと言える。

 このネット時代に対応する努力は怠っても、ひと昔前ならここまでの凋落はなかった普通の男。彼らのような人間が最初に割を食う理不尽な構造転換は、堅気の世界同様、この反社の世界でも確実に起こっていた。

 ヤクザの離合集散で職を失った組員たちが力を失い、代わりに暴走族あがりの青年たちがマスダイバーとなり、振り込め詐欺、闇金融など数々の犯罪行為を行うようになった。この集団のことを『半グレ』と呼ぶようになったのが語源であり、いわゆるマスダイバーの新しい流れと呼ばれることとなった。

 暴対法、インターネットの進化に象徴される異端の徹底排除、隣近所における密告奨励社会が今日の日本の太平の正体であれば、これに不満を持つ者は少なくなく、情より合理を旨とする価値観――彼らの言う、ろくでもない世界――は、社会の必要悪としても機能した。

 社会の制裁と称して、四角四面だった政治家に手傷を負わせ、抹消された事例はひとつならずあるし、反対に若者たちの結託においては彼ら無しには成り立たなかった。彼らはある意味では若者のあこがれの存在としての側面を持たれ、一般社会との棲み分けに成功していたのだ。

 それが前内閣時、国の反共政策に同調して左翼勢力のカウンターを演じ、保守勢力からお墨付きをもらうようになって、高度経済成長に足並みをそろえるがごとく、国中の半グレ集団がますます肥大化。政界や財界と結託して、談合やらインターネットビジネスやらに乗り出し、堅気の世界に着々と版図を拡げ、昔のヤクザと変わらない組織へとなっていった。結果、当の国から疎まれ、新内閣発足を境に排除されるようになった経緯など、このタダシには理解の外に違いない。

 得体の知れない構造転換が起こっているなど肌身に感じていても、今は景気が悪いの一語で思考を停止させ、もう2度と訪れることのない春をじっと待ち続けている。写真の白いドレスを着た少女も、あるいは彼の正体に気付いているのかもしれない。

 先刻のタダシの口上ではないが、GBNを始め、イベント事業には必ず地元の半グレがついてまわる。法外に中抜きされようと、交渉から職の斡旋まで一括して面倒を見てくれる彼らは多くの市民にとってありがたい存在だった。

 そうした共生関係が存続していればこそ、暴対法が目を光らせている時でも、半グレは動くことができたし、タダシのように時代錯誤のユルい半グレでも存在が許される余地があった。お情けで『飼われている』存在でも、地域社会にへばりついていられたのだ。

 しかし、今はそれが許されなくなりつつある。 

 新たに制定された暴力団排除条例は、タダシが語った通り、警察と業界団体のマッチポンプではあるが、そうして少しずつ首に巻かれた真綿が締まり、臨界点に到達する日は遠からず来る。

 これを社会の浄化と取るか、余裕の喪失かと取るかはおくとして、このタダシというダイバーが瀬戸際に立たされている事実、適度に抜けた適度に貪欲な、昔気質の浪花節の男である事実は変わらない。

 〝A〟に投じる一石にはちょうどいい。

 そう再確認したミーユは、薄い笑みをうかべて、タダシの恫喝を受け流した。「慌てない慌てない」

 そう返しつつ、禿げ頭に埋め込まれた両眼を正面に見据える。

「うまく運べば、それなり以上の見返りが期待できるわ。少なくとも、たまりにたまった借金を清算して、このネストを立て直すくらいにはね」

 半信半疑にも届かない疑いの目を向けながらも、タダシは聞く準備があることを示してこちらを見ている。ミーユはソファに預けていた身を起こし、

「ダイバーネームはエイジ。リアルでは金家栄治って名乗っているんだけど、覚えているわよね?」

 と本題に入る一声を切り出した。

「忘れいでか。あの腐れ詐欺師がどないした」

 一転、タダシの眉間に皴が寄り、血走った目がぎろりと音を立ててミーユを直視する。

 釣れた。

 快哉を叫ぶ内心を隠し、「6年前、仕事した時に知り合ったのよね」とミーユは続けた。

「GBNで商売をするには、経営に1枚噛んでいる鋭林会に仁義を通しておく必要がある。そこでエイジはあなたに目をつけた」

 カモは、Aランクに属するフォース。よそ者が仁義を通すからには、本部に伺いを立てて事前に配分を決めねばならないが、それをすればタダシ組には一銭も入らず、うまみがない、その点、タダシとコンタクトを取り、形だけでも身内ということにしておけば、タダシ組にたっぷりと上納することができる。

 タダシにしてみれば、断る道理のない話をもちかけ、エイジは例によって『A金貨』詐欺を仕掛けたのだが――。

「でも土壇場で、計画は失敗。エイジは逃走した。以後、警察のサイバー係も行方を追っているけど、いまだに消息不明」

「わしにさんざん泥をひっかぶせた上で、や」

 どんと拳で机をたたき、タダシは続けた。

「警察の馴染みに笑われたわ。『おっさん、囮アユにされたな』やて。本部からは大目玉食らうし、仲間内のヤバイ商売話も断れん流れになって……。うちがこんなありさまになったのも、元をただせばあいつのせいや。ほんま、飛んだ貧乏神やで。あの腐れ、今度会うたら、この手で……」

 実際の話をすると、タダシ組は当時から財政危機に瀕しており、それゆえ目をつけられることになった。ついでに言うなら、計画が失敗したのも、タダシが当初の計画から逸脱し、現場に余計なちょっかいを出したからだというのが、GBN運営と警察の見解だが、タダシには聞く耳のない話だろう。

 現在の不運を、すべてエイジに押しつけ、精神の均衡を保っている節がこの男にはある。何しろ、6年の月日が経った今でも、あちこちの寄り合いでエイジの名を吹聴し、居所が知れたら教えろと触れ回っているのだから、その執着ぶりは本物だ。

 読み通り。

 エイジという餌を放れば、タダシはそれこそ端の端まで食らいついてゆく。微かに吊り上がった唇を自覚しつつ、ミーユは「で、仁義は終了していないのよね?」と確かめる口を聞いた。

「んあ?」

「契約。返してもらってないなら、まだエイジは鋭林会の身内ということになる」

 血走った目を左右に忙しなく動かし、タダシは様子をうかがう顔になった。

 ここからが本題。

 ひそかに息を詰めたミーユは、「今、エイジは大きい計画を立ててる」と噛んで含めるような声で告げた。

「現金で十億単位、ビルドコインで換算してもそれぐらいのアガリが見込める大仕事よ。彼がまだ鋭林会の一員なら、いくらかは親分に上納する義務があるんじゃない? この6年分の稼ぎをさかのぼって請求すれば、全額を総取りすることだって……」

 じっとこちらを凝視したまま、タダシは何の反応も示そうとしない。理解できなかったと思った刹那、

「メダチ!」

 ドスのきいた声音がその口から飛び出し、ミーユは危うく肩を跳ね上がりそうになった。

「へい!」

「いつもの酒屋に電話や。特上大吟醸を3箱」

 メダチがすかさず踵を返し、黒電話ならぬウィンドゥを開く気配が背後に伝わる。何事かとその顔を見返したミーユの前で、タダシはスイッチを切り替えたかのように表情を崩し、

「姉ちゃん、ここの大吟醸は最高にうまいんや。飲んでみぃや」

 と、猫なで声を出した。とりあえず、得になる話であることは理解したようだ。   

 ホッとしたのもバカらしい思いで、

「一応、仕事中なんだけど」

 そう、ミーユは応じておいた。

「ほんで、あいつは今、どこにおるんや。もちろん、わかっとんのやろ」

「1週間ほど前に国外に逃亡して、現在の足取りはつかめていない。でも行先はわかっているの。ロシアよ。ロシアGBN」

「ロシア……?」

「立ち寄り先も察しがつく。親分さんがその気になれば捕まえられると思う。ただし、問題が――」

「メダチ!」

「へい!」

「酒、待て」

 仕切りから顔をのぞかせたのもつかの間、すぐに引っ込んだメダチが、

「ちょっと待っとけ」

 と受話器に吹き込む。タダシは急に曇った顔で唇を突き出し、

「わし、それ嫌い。最後に『問題が』ってやつ。大概、そこでがっかりすることになんねや」

 そう言いだす始末で、ミーユは嘆息を堪え堪え、「単純なことよ」と続けた。

「ロシアに入国するには、1か月前にビザを取らなきゃいけないの。あっちのGBNにインするためにもね。もちろんそんな時間はないから、非合法な手段で入国することになるけど」

「なんや、そんなことかいな。手配してもらえるんなら、問題ないがな」

「もうひとつ。だからってわけじゃないんだけど、私は同行できない。現地に協力者も用意できない。行ったが最後、あなたたちは自力で行動するしかなくなる。もちろん、電話で情報交換はするけれど、仮にロシア当局に拘束されるようなことがあっても、私は身柄の引き受けはできない。なにか問題があった時点で、私は消える。あなたたちと接触した事実も含めて。完全に」

 それだけは、芯に理解してもらわねばならない。ミーユはタダシの目の奥を覗き込んで、鉄面皮に言い切った。タダシはすぐには返事を寄越さず、やはり奥まで見通す視線を返してきたが、

「メダチ!」

「へい!」

「大吟醸3箱」

 それが返事だった。「やっぱり持ってこい」と吹き込んだメダチの声を背中に聞きながら、ミーユは動かないタダシの視線を受け止め続けた。「ほな、『ワレ何者や』と聞いても無駄やな」と言い、薄く笑った顔に若干の凄味が差し、ミーユは初めて緊張を覚えた。

「せやけど、その話がホンマやったら、まずはエイジの仕事を成功させなあかん、でないと金は手に入らへんからな」

「そうね。そうなる」

 鋭さを増した瞳が、目的はなんだ? と問うていた。ユルさにかけては鋭林会きっての半グレでも、危険を察知する嗅覚は人並み以上ということか。見つめ返しも逸らしもせず、ミーユは目前の視線を漫然と受け流すことに務めた。ひどく長い数秒のあと、タダシは不意に唇の端を吊り上げ、「まぁええ」と言って目を伏せた。

「がったがたフォースの半グレひとり、こんな面倒かける暇人もおらんやろ。のせられたる」

「理由くらい聞かないの? 私がなぜエイジを――」

「聞いてもほんまのことは言わんのやろ。そんな時間の無駄より、ワレの目や」

 短くなったタバコを灰皿で揉み消し、タダシは机の上に両肘をつきつつ言った。

 粘り気を帯びた視線に搦めとられ、ミーユは一瞬、心のひだがめくりあげられる錯覚にとらわれた。

「伝書バトの目と違う。あの腐れダイバーにどんな仕事に関わっとんのか知らんが、誰に言われてそれをどうこうしようっちゅうことはないわな」

「……どういう意味?」

「女は、仕事の時はそういう目ぇせぇへんっちゅうことや」

 予想外の一撃だった。

 鉄面皮を装った顔に、亀裂が入るのが感じた。素人相手に情けない。弱っている自分を振り払い、「それだけ? 随分と簡単なのね」ととっさに返したミーユを気にする風でもなく、「人間っちゅうもんは、目や」とタダシの格言めいた声音が続いた。

「さんざん騙されたり騙したりしとるうちに、それだけは身についたわ。ま、だからワレを信用するっちゅう話やないけどな」

 言いざま、勢いよく立ち上がったタダシは、もうミーユを見ることなく、メダチ達のいる方へむかった。

「お前ら、リアルに戻って旅支度するで。ロシアや」

 発せられたタダシの声に、

「ロシア?」

「モスクワでっか?」

 子分たちが戸惑い気味に応じる。

「ロシアはロシア。ロシアGBNにカチコミに行くっちゅうことや」

「へ?」

「いや、親分親分……」

「まぁええやろ。細かいことは気にすんな」

 続く声を聞き流し、ひっそり息を吐いたミーユは、まだ同様の余韻を残す手のひらをきつく握りしめた。

 これでタダシ組は動く。適度に貪欲、適度にユルい半グレ……いや、どうもそれだけでもないらしいが、例え本当の話をしたとしても、彼らには理解できまい。

 〝対策室〟。

 それも特別資産管理室に所属する自分に海外での活動権限はなく、動くには外部の人間を非公式に使うしかない。

 そう説明したとしても、タダシ達の頭で想像がつくのは保険会社か何かの話というくらいか。どだい、外部協力者に素性を明かさないのは通例の措置で、今回に限ったことではない。

 が、そういうことではない。その自覚は間違いなくあるし、タダシにも見抜かれてしまっている。

 先日でのエリア11の騒動以来、〝A〟をめぐる〝対策室〟の対応は変わった。

 これまでは独自裁量で進められた調査が、局全体の緊急課題になったことで有象無象の参入を招き、いまや事案はミーユの手を離れつつある。それでもと既得情報の公開を渋り、なんの連携も取れない捜索活動が続けられた結果、ミーユの与り知らぬところで、チェック漏れが頻発し、金家とミカヅキの国外脱出をみすみす許してしまった。

 押収したダイバーギアを解析し、一時フォルダに残されたデータから彼らの行先に当たりをつけられたのも、ようやく2日前と体たらくだ。

 出国が確認されてから、すでに6日もの時間が流れている。複数の偽造パスポートを用い、複数の国を経由して移動する彼らが、その間にどれだけ計画を進めたものか。

 〝対策室〟にも海外情報を入手する網の目はあるが、その実態は〝A〟の頭にも入っている。事案の複雑ゆえに満足に動けないこちらの盲点をつき、〝A〟は難なく金家たちに網の目をすり抜けさせるだろう。彼らの身柄を押さえるには、目的地で待ち伏せをするしかない。正規の手順が踏めないなら、非正規雇用者を現地で派遣してでも。

 事態はそれほどに切迫している。

 彼らが残したデータには目的地を欺瞞するダミーも混在していたが、自分に解読できたことが〝財団〟にできなかった道理はない。〝財団〟も彼らの行き先を知り、おそらくはジョンブレイズ筋のハンターがすでに動き出している。

 金家たちの国外脱出が確認されて以来、〝対策室〟は事態に関わる意欲を失っており、〝向こう〟への丸投げを決め込んでいるという事情がある。役立たずの番犬を尻目に、ハンターは、金家たちを補足し、〝A〟の正体をつかむに違いない。

 そうなったら最後、自分にできることはなくなる。相手が誰であれ、〝財団〟は自らに敵対する者を決して許さない。ハンターの手が及ぶ前に、実力行使で彼らの計画を叩き潰し、〝財団〟の手を届かないところに撤収させる。〝A〟を思いだたせることができなかった以上、それが実行可能な唯一の方策だ。

 そのための駒……と内心に呟き、ミーユは仕切りの切れ目越しを見やった。

「よし、お前ら。景気づけや。飲むで」

 とがなり、と戸惑う子分の尻を蹴飛ばしたタダシは「ええか、お前ら!」とネスト中に響く大声を張り上げていた。

「わしらに泥かぶせて逃げた腐れ外道、エイジからけじめを取るためにロシアGBNに行く。見つけても、すぐに手ぇ出したらあかんぞ。あの外道が張ってる仕事を成功させて、そのアガリをいただくんやからな。目立たんようにしていけよ。隠密やで」

 鼻息荒いリーダーに調子を合わせ、

「えらいこっちゃで」

「ロシアGBNで目立たんカッコってなんや」

「やっぱアレやろ。長い帽子」

「有料で売ってたで」

 と子分たちの声が続く。

 それでいい、と口中に呟き、ミーユは同様に消し去った顔を正面に戻した。だからタダシ組を選んだ。いかにも騒々しい彼らが動くなら、金家たちを見つけ出せなくともよい。行く先々で痕跡を残し、金家……エイジの名を吹聴して、そうとは知らずに〝A〟の計画を邪魔してくれるだろう。

 万一、彼らが金家を発見したら……それはそれで、誰の腹も痛まない。『A金貨』に憑りつかれた哀れな詐欺師が、自業自得の結末を迎えるだけのことだ。

 そう、確かにこれは仕事ではない。仕事ならこんな不確定要素に賭けたりはしない。〝システム〟を守る価値はあるのかとうそぶき、その外側に飛び出していった金家。彼には身をもって学んでもらおう。〝システム〟のそばにいる人間がいつでも〝システム〟を守るとは限らないことを――。

「おい、姉ちゃん。こっち来て飲もうや。詳しいこと話そ」

 飛んできた声を背中に聞きながら、ミーユは微かに汗ばんだ手のひらをしっかりと握りしめた。

 

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