ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第二十話

 これがおやっさんの初代<ガンダム>の力か?

 薄闇の中、<ガンダム>がもたらす性能、モビルスーツが生み出す加重にあたふたしつつ、エイジは驚いている暇もなく、速度を出し過ぎている警報ブザーが鳴った。

 <ガンダム>は右脚で踏ん張って、振り回されている自分で自分の奥歯をかみしめた。

 警報ブザー。

 <モビルドール・ミカヅキ>が飛びかかってくる。

 <ガンダム>はステップを踏みながら、<モビルドール・ミカヅキ>をかく乱する。

「お前、強すぎだろ!」

(機体に振り回されている。貴方の力量はこんなものではないはず)

 <ガンダム>はライフルで牽制しつつ、距離をとる。セオリー通りなら、距離を取る。

 が。

 <モビルドール・ミカヅキ>はビームの弾幕を交わしながら、接近。

「あぁっ、くそっ!」

 インしている、エイジは毒づいた。

 現在、GBNにインしている金家とミカヅキが乗っているジェット機は普通の旅客機よりやや甲高く、そのくせ壁のすぐ向こうで唸っているような重さがある。

 実際、このジェット機の全長は20メートルもなく、機体後部に直付けされたエンジンの鳴動が大きく聞こえるのは致し方のないことだが、ゆったりのした客室の作りが大手航空会社のファーストクラス並みで、およそセスナに毛が生えた程度の小型機の中とは思えなかった。何しろ、客室後方にはバーカウンターまで備え付けられ、頼めばパツキンの乗務員が好みの酒を注いでくれるのだ。

 その1週間あまり、夜通し寝台車に揺られ、魚臭い漁船の甲板で横になり、人目を盗んで国境から国境を渡り歩いてきた。

 最近の旅客機はエコノミークラスでもパーソナル・モニターが装備され、GPSと連動した現在位置情報サービスのチャンネルがあるものだが、アルスター・フレイヤが所有するこのビジネスジェットでは望めない。

 飛行機に乗りなれているセレブは、自分が今どこを飛んでいるかなんて気にせず、寸暇を惜しんで取引先との財務諸表でも眺めているのだろう。まるでそれを思えば、天国とも思える乗り心地……。

 だが、ここにダイバーギア用の配線プラグがあるのがいけなかった。

 特訓をしましょう。あなたがもってきたモビルスーツに慣れておく必要があるから……。

 しかたねぇなぁ、と軽い気持ちでうなずいたのがいけなかった。

 どんよりと重い頭に手をやり、エイジは腕時計を見やる。そういえば、これで何回目の特訓だろうか、と億劫さと機動による定期的な加重に断念。

 代わりに弾のひとつでもくれてやろうかと、<ガンダム>の右手に持っているビームライフルを<モビルドール・ミカヅキ>に向けてやる。

 <モビルドール・ミカヅキ>はというと、樹木を盾にしながらこちらにむかってきている。

 照準。

 射程に入ったところで<ガンダム>はビーム・ライフルを構えた。途端にすさまじいまでの白色光がモニターに漏れ出し、暗闇に慣れきった網膜を容赦なく焼いた。

 思わずうめき声を漏らしてから、反射的に閉じたまぶたをそろそろと開ける。モニターの向こうは、どこが上か下かもわからない白色の原。

 初めは雲海の中だと思った。

 いや、違う。

 次第に光に慣れてきた目に、視界の3分の1ほどを埋める空の青が映り、空と大地の境目が映り、よく見れば微細な陰影に彩られた真っ白な平原が映る。

遥かな高みから見下ろす、遠く地平線まで途切れなく続く雪原。

 見渡す限り山はなく、河もなく、無論のこと町の類いもない。テレビで見た南極とか北極とかを想起させる白一色の大地……ここはいったいどこ――。

 物思いはふけっている場合ではなく、<モビルドール・ミカヅキ>は右脚を横一直線に振っていた。

 

 回し蹴り!

 

 反射的に左手の盾を構え、蹴りを防ぐ。

 続いて、右突き、左突き。

 シールドを構えさせたまま、バルカンを斉射しながら、ペダルを踏む。

 レバーを後ろに退く。スラスターを焚いて、小さくジャンプして攻撃から逃れた。

 ――くだらねぇなぁ。

 そうひとり毒づきつつ、エイジはペダルをふみつつ、<ガンダム>のバックパックからビーム・サーベルを装備させ、振り回し続けた。

 雪原、という言い方は違う。今の状態では見渡すことはできないが、大地をまんべんなく覆いつくす白は雪というよりは氷といった方が印象に近い。道路もなければ動くものもない。完全に静止した世界。地球が生まれた時から手付かずなのではないかと思える、清浄で荒涼とした凍てついた大地――。

「ウラル山脈を越えて、北西連邦ディメンションに入った。今はネネツ自治エリアの上空辺りだ」

 いつからか背後に立っていた!? 後ろから轟音と衝撃がいっしょくたになって、エイジに襲ってきた。

 気がつけば<モビルドール・ミカヅキ>が<ガンダム>を締め上げる。

「お前いつの間に知ってたんだよ!」

 中国は大連空港でこのビジネスジェットに乗り込む際、併せて着替えたELダイバー用の背広姿はコクピットの中でも背広姿に寸分の乱れもなく、その秘書然とした立ち居はセレブご用達の自家用機にはふさわしい。

 話す相手が自分ではなく、この機の本来のオーナーであるらしい〝A〟であったなら、その広告の絵に使えそうなほどの似合いぶりだ。昨日までは、俺は風呂に入る余裕もなく、難民同然のありさまで漁船の甲板に転がっていたのに。モビルドールはそんなことはないらしい。

「ロシアに行くから。勉強した」

 と通信機から声が吹き込まれた。

「だから、こんな雪景色が……」

 呆れたようにエイジは呟いた。

「一年中だ」

 締め上げた態勢のまま、ミカヅキが即座に反論し、

「7月の短い期間をのぞいて、この辺はずっと凍り付いている。永久凍土ってやつだ」

「永久?」

 思わずモニターに目を戻してから、エイジはあらためてロシアの巨大さを知った。

「このただっぴろい広い土地がみんな……んがっ」

 容赦ないパンチのコンビネーションが<ガンダム>に当たった。

「見える範囲は。ネネツディメンションは、4分の3以上がツンドラ地帯なんだそうだ」

 容赦なく腹部に肘鉄をぶちあてる。

「ぐおっ! じゃ、ここにダイバーなんて……」

「ELダイバーによるトナカイの放牧が少し行われているくらいで、基本的にはダイバーは来ない。サンクトペテルブルクを含む北西管区ディメンション、ダイバーを含めて勤務している人口自体、この辺は推して知るべしだ」

 <ガンダム>は吹き飛ばされ、雪の地面に叩きつけられた。

 <モビルドール・ミカヅキ>は両手を離し<ガンダム>から、白色の反射光を返す氷の大地の上に立った。

 エイジは慌てて、<ガンダム>を振り向かせて構えさせる。

 現在のロシアGBNは7つの連邦管区に区分けされ、構成主体と呼ばれる83の地方行政体を管理している。

 このうち、サンクトペテルブルクに本部を置く北西のロシアGBNは、西は東欧各国と軒を接しており、北はそのまま北極海に直結する。管区といってもその大きさはモンゴルがすっぽり入ってしまうほどの広大さで、日本の間隔ではとても捉えきれない。北極海に面するネネツディメンションだけでも、優に本州の面積は超えていると思える。

 その4分の3が1年に渡って氷漬けで、人の手が入りようのない永久凍土とは。

「日本が3つ4つ入っちまいそうな土地に、首都圏程度の人口しかないのか……ぐあ」

 独りごち、何やらめまいにも似た感覚に襲われたエイジは、独りごちた。

「謎が解けたよ。どうしてヨーロッパGBNのように、経営が大陸レベルばかりなのに、ロシアGBNだけが単独であんのかって、ずっと不思議だったんだ。ユーラシア大陸の半分はあろうかって国土があんのに、いったいどういう管理の仕方してんのかって。土地は広くても、人間の住める場所は限られてるってわけだ」

 ミカヅキの機体は頷くでもなく、<ガンダム>に向かって、体勢を低く構える。彼女は構えたまま、動こうとしない。それでも向こうから話しかけてきたのだから、出国以来の過酷な旅で多少は距離が縮まったということか。一方的に殴られてるけど。

 少しは打ち解けた空気を期待して、エイジは、

「しかしおまえ、すごいな。なんでも頭に入ってんじゃん」

 と息も絶え絶えに言ってみた。<モビルドール・ミカヅキ>は構えたまま、

「好きなんだ。そういう勉強するのが」

「なんで」

「世界が見えてくる気がするから」

 地を蹴って、<ガンダム>に突撃した。さらりと言うと、話は終わりといわんばかりに。

 またガンプラの修行か。

 こちらが眠りこけている間も、ずっとやっていたのだろう。相も変わらず取りつく島のないミカヅキを見て、小さく苦笑したエイジも、一切の色彩を拭いさった眼下の凍土に視線を下げた。

 人類の手の及ばない白い大地……まだGBNにはこんな場所があるというのに、俺たちは何を行き詰っているんだろう。

 誰にともなく向けられた問いは、頭から捨て、エイジは操縦桿とペダルに力を入れた。

 

 

 

『ミカヅキに関しては、いずれその素性を知る時が来ると思う。〝A〟なんて名乗っているそいつといい、秘密だらけで不愉快だろうが、お互いの身を守るためだと思って勘弁してほしい。すでにあんたも経験している通り、我々のことを快く思っていない輩は多いでね』

 そう言ったのは、福田輝義だ。

 アルスター・フレイヤ社の社外取締役ということになっている大柄な男で、年の頃は50代半ば。〝A〟と並んだ姿は親子といってもよく、世間知らずの2人と違って―まぁ、〝A〟の場合は知らないというより、知ったうえで無視している風情であるが―浮世に足をつけている印象も、感じられたが、それで何が安心できるものでもなかった。

 勢いで1枚噛むと決めたとはいえ、まだ何も知らされていないに等しい。USBメモリーに記録された資料を見て、彼らの当面の目的は理解できた。

 できること、できないことを吟味し、とりあえず実行に移れるだけの絵もかけた。

 しかし、その先にあるもの、〝A〟に言わせれば『世界を救う』なにごとかに、これがどう結びつくのか。

 そもそも彼らが何者かがわからないままだし、福田が加わったところで、数々の疑問が解消される気配もない。いや、福田と言う一見まともそうな人間と出会ったことで、むしろその辺の圧が高まった節があり、金家は何度かの会合で溜まり溜まった懸念と不満を爆発させたものであった。

 

 

 ――わかってるよ。すべて知らせるのは、事が終わった後、真実も報酬のうちっていうんだろ? 別にかまいやしない。盗んだ『A金貨』はあんたらどう使おうが、俺には関係ねぇ話だ。ただ、それをするには心が必要だの、愛だの、世界を救うだの、余計な言葉遊びがついてくんのが気に食わねぇんだよ。

 

 

 〝対策室〟の目をかすめて国外に出る算段を整える間、場所を変えつつ何度か持たれた会合の最中だった。

 この時は、東京湾岸に近い賃貸マンションの一室で一同が集まっており、ソファに巨体を預けてじっと聞き入る福田、ノートパソコンの端に座るミカヅキ、下ろしたブラインドごしに夜のベイエリアを望む〝A〟と、文字通り三者三様の姿が金家の目前にはあった。

 

 

 ――あんたらが本気だってことは認めるよ。

 生まれも学歴も聞いちゃいないが、みなさん頭の出来の良いエリートだってことも察しがつく。でもな、頭のいい連中ほど、理想って言葉が持つ毒に無自覚なもんだ。

 あんたらは違法ツールが諸悪の根源みたいな言い方するけど、ブレイクデカール騒動にしてもさ、その発端は優等生のあのチャンプがぶちあげた理想論だろ? ELダイバーを保護して、良い顔しようってのが、今のELダイバー保護活動の正体さ。

 金持ちにELダイバーを保護させて、金を流通させるって発想は美しいよ。うまく回り続けりゃ、みんなが豊かなユートピアだろうさ。だが、ELダイバーにも限りはあるし、ネットワークは広しといえど有限だ。一巡すりゃ、ELダイバーに支払う養育費を払うのもおぼつかなくなる。残ったのは世界中が束になっても返せない借金と、もうELダイバーを養育できない、アパートにも住めない何万人ものホームレスだよ。

 

 

 半分は、向こうの出方をうかがうための牽制球。

もう半分、〝A〟が頭でっかちの理想主義者で、ミカヅキのような若い女ELダイバーをたぶらかしているだけという話なら、その仮面をひん剥いてやらなければ気が済まないと感じている自分がいて、返答次第によっては降りるという思いも半ば本気だった。

 ミカヅキはちらとこちらに目を向けたのも一瞬、答を待つ顔を彼の〝神〟に向け直した。自分が応えるべきことでないと了解しているのか、福田に押し黙ったまま、〝A〟の方に視線を流す。

 

 

 一同の注目を浴びて、〝A〟はおもむろに窓際から体を離した。つかのま見せた鋭い眼差しを瞬時に消し去り、

『金家さん、株って買ったことあります?』

 と、涼やかに言う。

『原則原理に従って言うなら、その企業の将来性に投資をして、成功した際の利益分配にくみいるためのシステム……ということになりますが、現実がその通りになっているとは言い難い。みんなが買えば値段があがり、みんなが売りに出せば値がさがる。ようするに、人の欲と恐怖のせめぎあいから成り立っているのが証券市場というやつです。恐怖、すなわち損をするかもしれないという警戒感が勝てば、人は投資を引きあげて市場を低迷させる。逆に儲かりそうだという欲が勝てば、際限のない投資がバブルを膨らませる。

 おっしゃる通り、その損をするかもしれない可能性……誰かが責務を払えなくなるリスク自体を証券化して、売りさばいてみせたのがあのオンラインゲーム、すなわちGBNでした。ブレイクデカールによるテロで大規模な信用収縮が起こり、行き場を失った金がまた流れ込んだというのが定説ですが、それ以前から不安は始まっていたように思います。ネット社会は、もう成長の伸び代をいっぱいに使いきった。より人間的な生活、豊かさを追い求めて前進するターンは終わり、ここから先はもうなにもないのではないという不安。先進国でインターネット人口の縮小が始まり、不安が現実になるのはそれから数年も経ってからですが、漠然とした不安は前世紀の末から現れていた。「閉塞感」というキーワードとともに」

 不快の波が、ざわざわとどよめいて胸の底を洗う感覚があった。ふと視線を外し、〝A〟は無数の灯が瞬く夜の街をブラインドごしに見遣った。

『でも、考えてみてください。サービス開始時の人数はおよそ100万人。それから、次のアップデート2倍近くに膨れ上がった。それに伴い、現実世界ではネットワーク依存症が爆発……これは明らかに異常です。ネット機能向上の関係でプレイする世界人口が増えたせいでもありますが、本当は人口爆発の鍵になったのは新世代と呼ばれる子供たち、強者という上位ダイバーたち、そしてGBNで繰り返される世界大戦がもたらした影響は、それほどに大きかった。復興するには、マンパワーを増やすよりないという思惑と欲望がELダイバー誕生ブームを生み、旧ELダイバー世代を生んだ。そうであるなら、復興の完了とともにELダイバーの誕生数が抑制されるのは道理です。

 大戦による喪失を埋め合わせるために、特例的にプレイ人口が増えた異常を、旧上位ダイバー世代がプレイヤー離脱傾向によって正常化しようとしている。このまま行ったら、何十年後かにはGBNの年間出生数は1人になるなんて試算がありますが、ぼくはそうは思えません。旧ダイバー世代が永眠し、人口が一気に減少し始めれば、ELダイバー出生率はおのずと下がってゆく。人口の適正値が何人かはわかりませんけど、どこかで底を打つ時が来ると信じています。ELダイバー人口がいまだ増加傾向にあるのは、GBNにはまだいろんな意味で伸びしろがあるということかもしれませんが』

 そう言った〝A〟の目が、ちらとミカヅキに注がれる。合わせた視線をすぐに逸らし、ミカヅキに向き直った。なにかひっかかるものを感じながら、結構だね、と金家は応じた。この歳で独り身をやっていると肩身が狭いけど、人類の未来のためだと思えば気も楽になる。

『問題は、現在の社会制度と保護システムは、すべてその頃を基準に策定されているという事実です』

 皮肉を風と受け流し、〝A〟は再びこちらに視線を据えた。

『ELダイバーはますます増え、GBNのもたらす利潤の生産量と消費量は右肩上がりを続け、そのおかげで国家も企業も年々成長し続ける。確かに産業革命以来の100年余りはそれでやってこれた。でも金家さんも言ったように、永延に成長し続けるものは存在しない。繰り返される大戦の反動で始まった高度成長という異常を正すために、現在の世界はむしろ収縮を余儀なくされている。しかし成長を前提にしたシステムは、どんな事情があっても頭打ちという状況を許さない。去年より売り上げを下げた経営者は無能と断罪され、国家は経済破綻予備軍に入れられてしまう。なぜだかわかりますか?』

 

 ――なぜって、そりゃ……。

 国債とかの価値が下がりゃ、買ってる連中が黙ってないからだろ。銀行だって、取引先の含み損が増えりゃ経営に口出すだろうし。

 

『そう。金を借りた者は、必ずその金を返さなくてはならない。当たり前のことですが、こんにちの貨幣経済システムにはもうひとつの当たり前があります。金を借りた者は、必ずそれを増やして返さなくてはいけない。この〝利子〟という制度が、我々の社会に永遠の成長を強いているのです』

 それこそ当たり前すぎて、考えもしなかった話だった。微かに身じろぎした福田を見て、言葉をなくした金家に視線を戻した〝A〟は、

『それが今の、ネットワークの、ELダイバーを含めた〝システム〟です』

 と静かに続けた。

『銀行も、投資家も、GBNがELダイバーが将来的に富を生み出すのであろうという予測、すなわち信用に基づいて金を出す。信用が失われれば誰も金を貸さない。有り余る金は金庫に死蔵され、経済は回らなくなり、みんなが困窮する本末転倒が引き起こされる。宇宙人襲来、ブレイク・デカール、度重なる大戦、すべて構造は同じです。伸びしろを使い切ったと誰もが暗黙に了解している世界では、いともたやすく信用不安が起こる。

 先に話しましたが、ブレイク・デカールの……ひとりのテロリストが起こしたテロの、はけ口になったのがGBNの前身である、GPデュエルを無くされた怒りでした。立役者は、かの司馬司を筆頭に投資銀行、ヘッジファンド、各国政府御用達の国富系ファンド。未来なき時代に、将来を見込んだ従来型投資では大きなリターンは望めない。もっと利己的で、短期の収益が望めるやり方にシフトチェンジしない限り、各種の部門機構も維持できなくなる。それ以前から始まっていた信用不安に容認され、投機にのみ特化した彼らのやり方には、ネットワークで企業を育てるという新世代の成長本来の観点がありません。それどころか、利ザヤを稼ぐために為替相場も食い物にして、一国の通貨体制を破綻させるようなことまでする。

 個人参加の投資家も抱き込んで、「モノを言うダイバー」なんて言葉を流行らせたのも彼らです。ゲームの調子が鈍いなら、経営に口出ししてでもGBNの価値をあげさせろ。できない経営者は首を切れ。そんな風潮が当たり前になれば、企業は短期収益が望める仕事しかできなくなる。長期開発投資が不可能になった企業は空洞化し、実業たる産業はさらなる衰退に追い込まれて、すべてが金融市場に寄りかかった脆弱な社会構造ができあがった。税収がアップすればいいとばかり、各国の規制機関も見て見ぬ振り……いや、彼らが仕事をしやすいように次々と規制を撤廃して、ブレイク・デカール騒動もあらたまる気配が――』

 

 

 ――企業を育てるのが投資家、株の上げ下げにヤマを張るのが投機家。確か、グレアムの定義だったよな。

 雪崩のような言葉を遮り、金家は意識して嘲る声音で言った。

 

 ――だから投資家より投機するダイバーが幅を利かせるようになれば、このゲームの本来に回帰する調整機能を狂わされ、あらゆる玩具企業が衰退の道をたどる。その通りになったのが、この21世紀の人類社会ってわけだ。

 

 聞きたいのは一般論ではない。本音で話せ、と伝えたつもりだった。これほど言葉を重ねているのに、こいつはまだ大事なことはなにひとつ話していない。金家は〝A〟を睨み据え、〝A〟も静かに金家を見返していた。

 互いの奥底を推し量る数秒のあと、沈黙に耐え切れなくなったのは金家の方で、〝財団〟もその事業ソサエティの一部だったんだろ、と苛立った声が口について出ていた。

 

 

 ――だが、だから『A金貨』を盗んできてもいいって理屈には乗れないぜ。盗みは盗み、詐欺は詐欺だ。俺はな、代替え案もないくせに、正義面で反対反対って叫んでいる連中が一番、虫が好かねぇんだよ。そんなに今のネットワーク社会が嫌いなら、ネットのない国にでも亡命すりゃいいじゃんか。それとも『A金貨』を元手にして、またGBNで革命でも起こそうってか? だったら、俺は抜けさせてもらうぜ。ネットワーク史上主義っていうのも虫が好かねぇもんのひとつなんだ。

 

『なぜ?』

 

 ――頭でっかちで人間と向き合ってる気がしねぇからだよ。顔もわからねぇ奴が1位だ2位だ、無理だろ。生きてりゃ自分の力を試したくなるし、他人より優れてるとこがありゃ尊敬もされたい。力が全部じゃねぇけど、やったらやっただけの見返りってもんが必要なんだよ、人間には。その辺を無視して、みんなが強くなるってやった結果がネットゲーム依存症、課金闘争に明け暮れる階級社会ってやつだろ? どんな理想も、押しつけた瞬間に理想じゃなくなるってこった。選択の自由がない限りな。

 

『ネットワーク主義には、人間の欲を充当する機能がない。人間性は否定されるべきではないという点において、オンラインゲームもまた否定するべきではないと考えています』

 

 ――だったらどうするってんだよ。そのネットワーク主義もまたガタピシいってるって話だろ。どうやって世界をお救いになるつもりなんだ?

 

『人の善意に期待しています』

 

 その夜に聞いた言葉でも、とりわけ呆れさせられたのがその一語だった。口を半開きにした金家を見て、小さく笑みを浮かべた〝A〟は、『ビルドコインで土地を買い、土地がビルドコインを生む……まるで錬金術ですよね。つまりイカサマだ』と独りごちるように続けた。

『でもあなたも言っていたように、その方法を考えた誰かは人をペテンにかけようとしたわけじゃない。むしろこうすればGBNがもたらす格差をなくせるかもしれないと、本気で考えていた節もある。マルクス同様、始まりは理想論なんです。ネットワーク世界の富の90パーセントを独占していると言われる富裕層……総人口の1パーセントに満たない人々にしても、みんなスクルージみたいに強欲な人間というわけではない。いや、そのスクルージでさえ、ひと皮むけば良心にあふれた善人だった。ままならぬ人の世で生き抜くため、自己防衛のためにとやってきたことが、彼を冷酷な金貸しにしていたのに過ぎません』

 遠い昔、民放で見たミュージカル映画のワンシーンが像を結んだ。

 3人のゴーストに己の過去と未来を見せられ、分かち合う喜びに目覚めてゆく業つくばりのスクルージ。1度ならず見た覚えがあるのは、クリスマスが近づくたびに放送していたからだろう。クリスマスとは無縁の冷えた部屋で、毎年飽かず見ていたような気がする。いつ帰ってくるかもしれない母を待ちながら……。

『人は欲で動く。それは生きるための本能です』

 つかのま遊離していたこちらの意識を感じ取ったか。〝A〟は強く断定する声で言っていた。

『食欲や性欲は言うに及ばず、町を作って自然を破壊するのも、より多くの富を得ようとするのも、すべては生き永らえるための本能がそうさせてきたことです。自然のまま、裸で生きていけるほど人間は強靭ではありませんからね。子孫に安全と豊かさを遺すためには、そうする以外になかった。逆に言うなら、それは人類という種を存続させようとする利他精神、善意の発露でもある。己の血筋を遺したいという、エゴと表裏一体の――』

『流行の環境保護、エコだって同じことだ』

 反論しかけた金家の機先を制した。

 

 ――美しいGBNを次の世代に遺そうって言葉には、人間にとって都合のいいネットワーク環境を維持しようって意味が隠れてる。みんな忘れがちだが、人間も、ELダイバーだって天然自然の産物なんだから。みんな自然を食いつぶして、GBNがとるに足らないゲームになったとしても、ネットワークにしてみりゃみんな自然の成り行きだ。ネットは人間のことなんか気にしちゃくれないし、人間だって御身が大切だと思ってる。ただ、生き永らえるためには、ネットを守らにゃいかんって最近になって気づいただけだ。これを人間のエゴと取るか、利他精神と取るか。

 

『折り合うところは折り合って、共に生きていけばいい。確かにELダイバーは電子の産物だけど、動物とは違う。心、魂と呼ばれる何かが存在していて、本能や欲望とは異なる律動をこの体の奥で刻んでいる』

 意外に骨ばっている手のひらを胸に当て、〝A〟はうっすら熱の帯びた目を金家に向けた。

 大抵の人間、クズと呼ばれる人間にでさえ、持ち合わせている何か――黒須を破滅的な行動に駆り立て、自分と言う人間をも逸らせているなにか。あのエリア11の河ぼとりでミカヅキと向き合った時によぎった言葉が不意に浮かび上がり、金家は無言でその顔を見返した。

『でも、それは目に見えず、形に現すのも難しい。現実に反映させる手段はなく、ここまでELダイバー主義に善意が入り込む余地はなかった。市場原理の見えざる手に事態の収拾を委ねて、本能の赴くままバブルを繰り返すしかなかったんです。

 そして、ここに来て限界を迎えた。ブレイク・デカール騒動以来の信用不安は、もとより破綻を宿命づけられたネットワーク経済が溜め込んだ数百年分の膿です。ネットに課金という基本条件が付く以上、ネットワークシステムは果て無き発展を強いられる構造を持つ。その構造、システムを維持するために、ぼくたちは自分の尻尾を食ってでも成長するよう仕向けられている。善意から始まったシステム、人を生かすためのシステムが、人を取り込んで使役する逆転現象が……暴走が起こっているんです。その性質上、いつかは起こると予測されていたネットの暴走が』

 

 ネットの、暴走……。

 

『だけど、私達人間の、心は死んでいない。ただ生き永らえるだけでなく、よくありたいとする欲求が人間には埋め込まれている。現行の経済システムにそれを活かす機能がないなら、システム化して組み込んでやればいい。環境保護がビジネス化されたように、利他精神の充当がビジネスに結びつく経済システムの構築……すなわち、善意のシステム化』

 瞬間、〝A〟の顔をびっちり覆った仮面がわずかにずれ、なにか想像外の素顔が垣間見えたような気がしたが、突拍子もない五感にめくらましされる方が先だった。善意のシステム化……ね、と呟き、金家は発熱している頭をソファの背もたれに押しつけた。〝A〟は卓上のミネラルウォーターを口に含み、長い話の終わりを暗に告げていた。

 

 ――まいったね。ホントにこんな壮大な話を聞かされるとは思わなかった。なんだかよくわかんねぇけど、具体的にはどうするんだい? あの携帯ツールを使って、あんたら3人のゴーストが強欲はよくないって説いて回るのか?

 

 〝A〟、ミカヅキ、福田を順々に見ながら、冷笑混じりに言う。

 そうでもしないと、得体の知れない深層に引き込まれそうな恐怖があった。なにも考えず、逆になにかを確かめる目をこちらに注ぐミカヅキと福田を差し置き、『もう3人じゃない』と〝A〟が微笑み混じりに言う。勘弁しろよ、と金家は天を振り仰いだ。

『具体的な手段については、今はまだ伏せさせておいてください。あなたを信用していないわけじゃないけど、冒すリスクは少ない方がいいので』

 

 ――ま、俺があんたらのことを〝対策室〟にチクんねぇって保証はないからな。身の安全といっしょにな。

 

『そんな取引をしないでも、彼らには知りたいことを聞き出す手段が幾通りもある。聞き出したことを忘れさせる方法も』

 脅しではない。事実を淡々と述べる声に肝が冷えた。思わずその目を見返した金家を真正面に捉え、『でも、あなたの疑問の半分には答えたつもりです』と〝A〟は続けた。

『言葉遊びではなく、この計画は本当に心を持つ者が必要なんです。〝システム〟を書き換えるために……。あなたには、参加の資格がある。そして「A金貨」を使えば、それが実現できる。あれは、もともとその為に遺されたものなのですから』

 それきり、〝A〟は口を閉じて窓に向き直った。押しても引いても揺らぎなさそうにない背中を見つめ、金家も話を締めくくる嘆息をついた。結局わかったようなわからなかったような曖昧な話――だが、身に馴染んだ不快の根源が分解され、より確かな実体に再構成されたような感覚がないわけではない。『で、策は?』と福田に促されたのを潮に、金家は実務向きの顔を彼に向け直した。

 彼らが作った資料は勘所を得た代物で、2,3の確認が取れれば絵は描けそうだったし。実際この時には大ラフの下絵も準備してもいた。そのへんの突き合わせ作業は福田の受け持ちで、豪放な中に繊細さを併せ持つ彼と向き合い、できることとできないことを選り分けていく間、〝A〟は窓外を見つめて一歩もその場から動こうとしなかった。

 牢獄に囚われている男が、脱獄の機を狙って意思を凝らすかのように――いや、〝システム〟という言葉がたまさか響きあっただけのことで、〝A〟の内実は依然としてわからない。今はわかる必要もないと思い、以後の会合はロシアで張る計画の事前準備にのみ費やされた。

 〝A〟と〝財団〟がどう関係しているのかは気になるところだが、ここでごり押ししても得られる答えはあるまい。どだい、ミカヅキのせいで警備にまで手配される羽目になったからには、しばらくGBN日本で商売はできないのだ。ほかにやることはなし。

 あとは報酬の余禄――『真実』とやらに期待するほかないと自分に納得させて、金家は日本をあとにしてきたのだった。

 

 

 それから、じきに1週間。

 陸海空のあらゆる交通手段に揺られ、複数のパスポートを用いての長旅も終わりに差し掛かり、エイジとミカヅキはロシアGBNの永久凍土の上で模擬戦をやっている。

 目的地のサンクトペテルブルクまで、あと4、5時間。

 GBNという仮想の世界なのに、ロシアの大地はどこまでも白く、広い。自分で作ったシステムに踊らされている人間の存在など、地球にとってはなんの意味もないと言わんばかりに。

『策は?』

 あの夜に聞いた福田の声音が、気流を風音に混じって耳元をかすめた。偉そうなことを言って、本当は自分の事業を成功させたいだけのペテン師か。はたまたネット主義の〝システム〟を書き換え、本気で世界を救おうとしている稀代のバカ者どもか。

 いずれにせよ、〝システム〟を司る者たち――黒須を殺した連中の上前をはね、『A金貨』を頂戴する大仕事がこれから始まる。

「……やりようはあるさ」

 その時に答えたのと同じ言葉を呟き、金家はコクピットのレバーをぎゅっと握りしめ、<ガンダム>を突撃させた。眼下の永久凍土は果てる気配がなく、この先に本当にサンクトペテルブルクがあるのかと疑いたくなった。

 

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