ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第二十四話

「やった。奴は乗った」

 その夜、グランプラスの目と鼻の先にあるホテルのスイートルームで、金家は部屋備え付けの電話を肩と耳にのせ、吹き込んでいた。

(言い切りましたね)

 と、〝A〟が地球のほぼ裏側から呆れ気味の声を返してくる。金家は耳に受話器を挟みつつ、ガンプラの脚のパーツ部分を組み立てていた。

「明日、とどめを刺してくる。あの谷沼って野郎、根っからのシステム屋だな。〝プレゼント〟の話をしたら、お礼にロシア最高のガンプラバトルを紹介するって張り切っちまって。俺らはそれに同行する。たしか……アーリー……じゃなくて……」

「アーリヤナ」

 ミカヅキがすれ違いざまに口をはさむ。

 ちょうどリビングの大テープルに夕食の支度が整ったところで、電話にバイパス配線したタブレット端末のディスプレイを見て、問題なしという顔で去っていったミカヅキの向こうには、窓越しに臨む夕暮れ時のサンクトペテルブルクが広がっている。   

 ホテルに向かう途中、ゴミ箱に捨てられた<ジム>のキットだが、こんなシチュエーションで組み立てるのも悪くない。

 時刻はすでに午後8時過ぎだが、陽はまだ沈みきっていない。道路を挟む大ホールも、芸術広場の緑も、薄紫に染まった空の下で辛うじて自らの色を保っているように見える。これが春から夏にかけての時期になると、日没はさらに遅くなり、薄暮が1日中続くらしい。北極圏にほど近いサンクトペテルブルクは、北欧諸国と並ぶ白夜の景勝地だ。

 ガンプラを組み立てている最中もその薄暮れの古都を光景にして、豪奢な室内灯が照らす下にロシア料理の数々が並ぶ。

 ペイルグリーンの壁に、白で統一された天井と間柱の配色は目に優しく、唐草模様の彫刻が施されたビロード張りの椅子も、その下に敷かれたペルシャ風の絨毯も、嫌味にならない程度に部屋を飾っている。

 数十万円という宿泊費には気おくれするが、裏の仕事に手を染めた〝財団〟の幹部、それも途方もない成功を目前にしつつある〝キノシタ〟としては、このぐらいの部屋に泊まってみせねばなるまい。これぞ役得……これが旅行であれば、もっと最高なのだが。

 モビルドールサイズに小さくした盗聴発見器を手に、これで3度目の室内点検に勤しむ背中を目の端に捉えながら、

「そう、アーリヤナ(闘技場)。そのガンプラ大会を観戦するそうだ」

 と、金家は吐息混じりに続けた。

「その次は奴さんの誕生会がある。それにも出ることになった」

(予定の行動にはありませんが?)

「それにあわせて、計画を修正した。社長室にあるデータを持ち出すのは、難しそうだ。資料で見たのよりも、ずっとセキュリティが厳しくなってる。たぶん、世界中の支部がそうなってんだろ。誰かさんがさんざん、ハッキングをしかけたせいでな」

 ぱちり、と小気味よい音をたてて腕パーツが組み上がった。

(個人フォルダのほうは?)

「きっちり抜き取ったさ。ミカヅキがさっきまで洗い出ししてたけど、パスワード関連の情報はありそうもない。あいつ、特別措置の話を持ち出しただけで、相当びびってたからな。虎の子のパスワードを個人フォルダに入れとくほど、バカじゃないってことだろう」

 GBNのウィンドゥに備えられた個人フォルダから、データを抜き取るのは、他人へアイテムを押し売りするよりも易しい。

 相手に近づき、ツールを操作すれば侵入完了。

 すぐ隣で肩を組むなり、相手に近づいていれば、疑った方がいいのが業界の常識だ。

 今日の谷沼にそんな気を回す余裕はなく、彼のGBNのデータは洗いざらいミカヅキのタブレットに移植済みだが、こちらの計画に役立つ情報は得られなかった。この仕事にそうそう近道はない。手順通りにやるだけ決めて、金家は電話台の傍らにあるソファにどさりと身を預けた。

 今時コードレスではないアンティーク風の電話は、ミカヅキに言わせれば防諜装置を施すのに好都合な代物で、コードに接続されたタブレット端末のディスプレイに安全を告げるグリーンの表示が灯っている。

 同様の装置は〝A〟の側にも取り付けてある。警告のサインが出たらすぐに電話を切れ。

 ミカヅキの言いようを思い出す傍ら、ソファに沈み込んだ体が急に重くなってきて、金家はひとつ大きなあくびを噛み殺した。

 昨日まで泊まり歩いていた安ホテルとは別世界の、柔らかなソファと空調。サンクトペテルブルクに滞在してから、すでに1週間、ついに迎えた本番をやりおおせた充実感と疲労感に包まれ、このまま朝まで眠れてしまいそうだった。

 いつもそうだ。

 仕事にとりかかっている間は、なにも考えずに日々の疲労に身を任せていられる。そして終わると、それまでの反動のように不快の波が襲い掛かってくる。今度もそうだろうかと考え、金家はすぐに打ち消した。これは、その不快の波の根源に攻め入るヤマだ。『A金貨』の真実を知れば、きっと――。

「ま、パスワードだけ手に入れてもしょうがない。問題は、〝財団〟の専用端末にどう細工を仕掛けるかだが、夜中にこっそり建物に忍び込んで通帳を拝借……ってのは、ありえない以上、ちょいと搦め手を使う必要がある。ロシアのガンプラ・トーナメントがいいチャンスになりそうだ」

(どうするんです?)

「USBメモリーを使って、ちょっと……な。予定通り、今週末には、片がついているだろうから、そっちに戻ったらゆっくり説明してやるよ」

(素早い展開ですね。大丈夫ですか?)

 苦笑混じりでも、本気で心配している声で〝A〟は言う。

 都内にいくつか用意したセーフハウスを転々し、息を殺す日々が続いていれば、能天気に見えるお坊ちゃんも懐疑的になるのも当然か。

「1週間かけて描いた絵だぜ。おまえらと膝詰めでさ」

 と返した金家は、半ば横になっていた上身をよっこらと起こした。

「確かにガンプラ大会はイレギュラーだけど、言った通り計画に組み込む算段はつけた。現地雇いのおっさんも、特訓の甲斐あってなかなかの役者に仕上がってたし、尾行も確認してちゃんとヤサに送り届けてきたんだ。今んとこ、万事計画通りに進んでんだから、しても始まんねぇ心配はしなさんな」

 サンクトペテルブルクに到着してからこっち、今日という日まで1週間の時間をかけたのも、すべてその心配を最小限にするためだ。

 筆頭課題は計画の要となるエフゲニー役の訓練で、実戦での使用に耐えられるレベルに仕立て上げるのに、この1週間のほとんどが費やされたと言っても過言ではなかった。

 ロシアに縁のあるドレルの紹介で、少しは素地のあるダイバーを用意できたとは言え、当のエフゲニーは、初心者狩りと女ダイバーのナンパを楽しみにしている飲んだくれのニート。

 彼をエフゲニーという架空のダイバーになりきらせるべく、ミカヅキを通訳に挟んでの教育は控えめに言って、熾烈を極めた。

 声のトーンは一定に。

 決して笑わず相槌も打たず、どんな流れになっても自分のペースを崩さないこと。

 なんでも、ニートになる前は劇団に所属しており、他人の技能や自分の才能に絶望しての退団というお決まりのものであったが、老人相手に詐欺に手を染めていたということだけあって一応の舞台度胸がすわっているのが救いだった。

 日中はGBNにダイブし、想定問答と演技指導を繰り返し、夜は文字通りの一夜漬けで可能な限り歴史書などのデータを読ませて、どうにか仕上がったのが昨日の夕方。

 こんなに勉強したのは生まれて初めて、という当人の弁はおそらく誇張ではなく、今頃は馴染みの酒場で1週間分の酒を浴びていることだろう。大きく現実に近づいた、多額の成功報酬を夢見ながら。

「それより、俺は明日の〝プレゼント〟の方が心配だよ。福田さんのネタは確かなんだろうな?」

(現役の運営マンがつかんできたネタです。それこそ心配いらない)

 〝A〟はさらりと言う。へぇ、運営……と感心しかけてから、金家は思わず受話器を取り落としそうになった。

(えぇ。言いませんでしたっけ?)

 本当に意外そうな口ぶりに、力が抜けた。

「これだ……。おまえらとつきあってると、まったく退屈しないよ」

 と返し、金家は再びソファの背もたれに寄りかかった。

「とにかく、そのネタが確かなら何も問題ない。朗報を待ってな。……あ、そうそう心配事ってわけじゃないんだけど、さっきミカヅキが――」

 妙な気配を感じて……と続くはずの言葉を遮り、受話器が下からぱつん、と弾かれた。ぎょっと顔をあげた金家は、いつからか、ランナーの棒を投げつけたミカヅキがこちらを睨みつけているのを見た。

 無言で首を振り、両腕を大きく上げて受話器を差し出す。

(もしもし、どうかしたんですか?)

 と騒ぐ受話器を耳に当て直した金家は、

「いや、なんでもない」

 ミカヅキと視線を絡ませたまま言った。

「そっちも気を付けてくれってさ。あの怖い〝対策室〟の姉ちゃんに見つからないように」

(心得ます)

 応じた〝A〟の声を聞いてから、受話器を置く。無言でイスの方に戻ろうとするミカヅキを見て、常とは異なる断絶を感じ取った金家は、

「なんで隠すんだよ」

 意識して軽い声を出した。

「確かなんだろ。あのエリアで、妙な気配を感じたのは」

「確証はない。〝A〟に余計な心配をかけさせたくない」

 目をあわせずに言い、ジャンプを繰り返しながらテーブルまでたどり着いて座る。仕事柄、所作の類いはすべて頭に入っているが、こうした時に見せるミカヅキの所作は実にそつがない。

 どこか気品のある顔立ちとあわせて、一流どころのパーティーに送り込んでもボロがでないだろう。もともとの生まれがいいのか、〝A〟がよほど周到に仕込んだのか。

「情報は細大漏らさず共有するのが決まりだろ」

 と続けて、金家は探る目をミカヅキに向けた。

「珍しいな。〝A〟にべったりのおまえが隠し事――」

「報告すれば、多分〝A〟は計画を即刻中止させる。それは、誰にとっても望ましいことではないはずだ」

 目を見てひと息に言うと、ミカヅキは決まり悪そうに顔をうつむけた。テーブルランプの灯が揺らめかせる横顔を見ながら、

「なんでそう思うんだ」

 と、金家が訪ねた。

「〝A〟が一番恐れているのは、この計画で犠牲者が出ること……だからだ」

 少し苦し気な声で答えてから、フォークを手に取る。こういう声を出したミカヅキは、もう何も喋らない。

「ふーん」

 金家は応じるだけに留めて、観察の目を注ぎ続けた。金家はグラスに白ワインを注いで、座った。

「それにしても」

 とミカヅキが聞く。

「ごみ箱から、持ってきたそれ」

 組み立て上がった、<ジム>のガンプラを見た。

「<ジム>はな、俺が初めて作ったガンプラだよ」

「なに?」

「俺がGPデュエル時代、よく乗っていた機体だ。質実にして剛健。バルカン、ビーム兵器と標準的なものはそろってる。モビルスーツ戦用のモビルスーツだから、<

ザクⅡ>からは装甲は低いが、こちらの方が闘うにはちょうどいい。そして――」

「私はモビルスーツのことはまったくわからない。別に興味もない」

「んだよ……。あと動きはないな?」

 金家は確かめると、わずかに口をグラスいれた。ミカヅキは

「表の通りに停まってる車に2人。さっきのロビーの見張りと交代した」

と即座に答える。

「相手がマフィアなら、隣の部屋を押さえることくらいはしてるかもしれない。集音マイク一式を持ち込んで」

 金家は含んでいたワインを、危うく吹き出しそうになった。思わず壁の方を見やった金家をひややかに見つめ、

「冗談だ」

 と付け足す。

「もしそうなら、センサーが発報している。この部屋は安全だ」

 部屋の隅に置かれたキャリーバックを顎で指し示し、何事もない顔で前菜を口に運ぶ。

 キャリーバックの中には、昔のオーディオアンプをさらにごつくしたような電磁波感知器が収まっている。指向性集音マイクの発する電磁波を探知する機械で、無論のこと一般の電気屋で買える代物ではなく、ロシア国内への持ち込みにはVIP入管がものを言った。

 出迎えから入管手続きまで、すべて個別待遇で済ませてくれる国営サービスは、旅費に特別料金を上乗せすれば、誰でも享受できる。

 身元が保証されているビジネスジェットの客となると、その特別待遇ぶりは国賓級と言ってよく、税関は儀礼的でほとんどノーチェック。VIP待合室に常駐する軍の係官に現金の持ち込み額を調べられた程度で、手荷物もスーツケースも開けられはしなかった。それもこれも、利用料金の大半が税関を受け持つ軍人らの懐に吸い込まれているから、なんて話もある。ワイロ天下の中国と言い、官僚と軍人利権が幅を利かせる腐敗構造は、共産主義体制を経験した国家の業病のようなものだ。

 そこにマフィアなど地下社会の住人が食い込み、利権を分け合っている構造もまた然り。金家たちが戻る以前からホテルに張り込み、玄関の出入りに目を光らせている連中は、谷沼の委託を受けたその筋の面々に違いなかった。案件が案件なだけにいきなりマフィアに持ち掛けたとは考えにくく――それでマフィアに社の不正経理を知られようものなら、絞まるのは谷沼自身の首だ――、おそらくは雇いの興信所が駆り出されているのだろうが、どちらにせよまずは想定内。

「わからんぜ。壁にコップ当てて聞いてるかも」

 そうやり取りしながら、金家はフォークを手にした。

 隣室を押さえるまではしなくとも、ホテルの従業員に聞き込みをして様子を探るぐらいのことはするだろう。彼らの疑心暗鬼を解くためにも、自然体に……差し当たっては、目の前の御馳走を平らげておかなくては。

 ロシア料理といえばピロシキとボルシチぐらいしか知らない身をよそに、本場のロシア料理は実は多彩だ。

 ピロシキも日本のパン屋で見かけるカレーパンもどきのものと違って、天ぷらのような食感の衣にたっぷりと肉汁が詰まり、一口かじると芳醇な味がじわりと拡がってくる。どこの店で食べてもこれだけは外れがなく、ホテル謹製のピロシキひとつをたちまち平らげた金家は、続いてクワスのスープに手をのばした。

 黒パンの原料で作られたクワスは、ロシアではポピュラーな飲み物らしく、瓶入りのジュースが街中のスタンドで売られている。気の抜けたコーラに砂糖をぶち込んだような味で、お世辞にもうまいと言える代物ではなかったが、スープはどんなものか。

 恐る恐る口に含んだ途端、酸味ともつかないさっぱりとした刺激が舌を包み、次いで肉脂と野菜の濃厚な風味が喉元で溶け合うのが感じられた。とっさには何を食べたかわからない複雑な味だが、すぐにまた味わいたくなる。

 見た目通り、酸味をきかせた中華スープと言えなくもないが、もっとまろやかで身近な味……そう例えばこれがロシアの味噌汁だと言われたら、大概の日本人は納得するかもしれない。

「うまっ」

 思わず口にしてしまってから、金家は上目遣いにミカヅキを見た。ELダイバーは飯を食わないのは、本当だったらしく座るばかりのミカヅキも、冷めた目でこちらを見返す。

「うまいぞ、クワスのスープ。ジュースは飲めたもんじゃなかったけど」

 取り繕うと、

「ご機嫌だな」

 と視線に相応しいミカヅキの冷めた声が返ってきた。

「なんだよ、お前もかよ。心配すんなとは言わねぇけど、そう神経質になるなって。この仕事で考えすぎると、あっという間にノイローゼになっちまうぞ」

 そんな同業者を何人か見たことある。サイコパスが多い一方で、天才肌の繊細な神経の持ち主が多いのもこの業界の特徴だ。自分がどっちだと考え、栓なきことと打ち消した金家は、

「あんまりうまくいきすぎて、拍子抜けなんだろ」

 と揶揄する調子で言った。

「でも現実はこんなもんだ。〝財団〟から、帳簿の徹底を命じられて、谷沼は絶体絶命の危機だ。だから俺たちの話を信じたがってる。見張りをよこしたのだって、信じる材料が欲しいからだよ。本人は石橋を叩いているつもりでも、こうなったらまともな判断は下せない。他に自分が助かる道はないって、信じたいことだけを信じ続ける。こっちが余程のドジを踏まない限り、な」

 釈然としない顔でも、ミカヅキは半分は納得という風情で目を伏せた。こういうところは成長過程の若者らしく可愛げがある。金家は残り少ないスープをスプーンですくい、

「むしろ俺は、パソコンの細工が気がかりだよ」

 と続けた。

「何年も〝財団〟のネットワークにハッキングしかけて、1度もうまくいかなくてもさ、それで、俺を雇ったんだろ? なのに、最後のひと押しは、やっぱりウィルスとか頼んなきゃなんないってのはさ」

「その何年かで改良を重ねて、ようやく開発したウィルスだ」

 むっとした顔を隠しもせず、ミカヅキは睨む目をこちらに据えた。

「旧防衛省がサイバー戦用に作った、アポトーシス型を基に、ブレイクデカールを参考にしたアンチプログラムシステムにも似せた――」

「ストップ。コンピュータの話は専門外だからいいよ。ようするに、そのウィルスを谷沼の端末に侵入させて……」

「彼が特別措置を発動させると、ウィルスが〝財団〟のメインフレームに割り込んで、融資願いを200通コピーする。500億の融資願いが、他にも200の取引先銀行に提出されて」

「しめて10兆円か」

 にやりと笑い、金家はスープを飲み干した。

 正確には10兆と500億。

 コピー分はこちらが用意した複数の口座に入金され、グランプラスの口座にはオリジナルの融資願いに従って、500億のみが入金される。後日、谷沼の下には、500億の借用書が201通送付され、銀行間取引の規則に基づいて即日の返済が要求されるという寸法だ。

 パスワードを盗み出し、こちらで偽造した融資願いを出す手もあるが、〝財団〟のネットワークのガードは国防回線並みに固く、メインフレームにアクセスできるのは、各GBNサーバーのリーダーのみ。

 その防護策も一枚岩でなく、発動権限を持つリーダーをたぶらかし、彼自身に特別権限を発動させる方法が考え出された。いかにリーダー権限を行使しようと、一度に10兆円もの金は動かせず、仮にやろうものならシステム監査が即ストップかけてくるが、上限額の500億なら通例措置として処理される。

 通例とは、融資が実行されたあとの事後通告が許される範囲内ということだ。

 営業時間中ならその日のうちに、終業間際なら翌日に、融資願いが出されたことが日本の〝財団〟本部に伝わり、担当理事が当該事務所への確認事務を行う。

 規定内の額とはいえ、それが200口以上も提出されたと知れれば騒ぎになり、休日だろうが夜中だろうが担当理事に連絡がいきそうなものだが、そこが機械処理の盲点で、〝A〟が入手した情報が確かなら、監査ブログラムは一事業所の借入額の総量をチェックするようにはできていない。

 1度の取引で500億を超えれば警告を発するが、それ以下の額なら何回取引が重ねられようと気に留めず、借入額の総量が500億を超えても通例の取引と判断してしまう。

 総量チェックでは通常取引との判別が難しく、システムがいたずらに煩雑になってしまうからというのがひとつ。

 特別措置の行使には厳しい発動条件が課せられ、複数申請は最初の認証の時点で弾かれるからというのがもうひとつ。一事業所が特別措置を同時多発させるという想定自体、そもそも存在していないのだった。

 が、谷沼の端末にとり憑いたウィルスは、それをやる。

 谷沼が特別措置を発動し、〝財団〟のメインフレームが確証したが最後、ウイルスはメインフレーム内で融資願いを複製し、200の銀行に一斉送信する。

 日本投資政策銀行の担保で提出された融資願いは、ネットワーク上で即日処理され、銀行間取引の通例に従って、間を置かず指定口座へ。監査プログラムはこれを限度内の取引と看過し、日本の〝財団〟本部にはルーチンの事後報告のみが届く。

 無論、ニューヨークのジョンブレイズ銀行にしても、報告を受け取るのは日本を経由したあとのことだ。つまり、日本が営業時間外になるタイミングを狙えば、本部の誰にも気づかれずに済む時間的猶予を手に入れられる。これらはその間ロシアを脱出してしまえばよい。

 誰も現物を見たことのない、その価値すら担保できない数字だけの金が電子世界を回遊し、相見互いに入り組んでいるがゆえの盲点……だが、その元栓は電子的手段のみでは開けられず、人間を介したコン・ゲームによってのみ開放される。

 計画の立案も実行も素人にできることではなく、『A金貨』に因縁浅からぬ、プロの詐欺師がスカウトされることとなった。

 高度なコンピュータ・ウィルスではびくともしなかった〝財団〟のネットワークが、詐欺の舌先三寸で元栓を開きつつあるわけだ。こんな話、ご機嫌にもなろうというものではないか。

「もったいねぇ話だけどな」

 チョウザメのソテーにフォークを突き立て、金家は独白混じりに言った。ミカヅキが怪訝そうな目をむける。

「だってよ、その理屈で言えば、いくらだって引っ張り放題なんだぜ。それこそ10兆が20兆だって可能だろ」

「時差を利用して、銀行間の連絡がつかない間に仕掛けるんだ。地域的条件に加えて、500億を貸し出せる規模的条件。もろもろ考え合わせると、融資願いに応じられる数は200が限界だし――」

「〝A〟は、それ以上の金は必要ないと言っている?」

 あとを引き取ってから、ソテーを口の中に放り込む。

 サメといえばアンモニア臭いものという先入観を裏切って、このチョウザメのソテーは大振りのようなエビを食べているような味と触感がある。わかっているなら聞くな、と言いたげな目を寄越しただけで、ミカヅキは何も言わなかった。

「それが『A金貨』の原資、〝財団〟宗主が手にした金塊の時価総額だから……ってんだろ。どういう基準で決めてんだか」

「時価だけで言えば20兆円相当らしいけど、最近の金相場は金融不安のあおりで上がり過ぎている。物価指数とか、購買力平価も加味した為替の変動を考えると、それくらいが妥当だとか」

「違うよ。原資分しか盗らないって基準はどこから来たのかって話だ。自己規制したって、盗みは盗みだぜ。そんな義理立てみたいな真似して、なんの意味があるんだよ。あいつにも〝システム〟があるんだけど、それがいまいちわかんねぇんだよな」

「簡単だ。すべてを話すのは、すべてが終わった時。それがあんたと私たちの間の〝システム〟だ」

 切り分けた肉を口に運びながら、ミカヅキは金家に淡々と言う。予想通りの反応だった。この1か月近く、折を見てつついているのだが、秘密の防壁は少しも揺らぐ気配がない。

「ま、そうだろうさ」

 と肩をすくめ、金家は日本から持ち込んだタバコをくわえた。

「別にいいけどな。俺の取り分がかわるわけじゃないから」

「50億」

 その時だけはひたとこちらを見据え、ミカヅキは言った。

「……そう」

 多少の引け目を感じながら応じると、その視線がますます冷たさを帯び、金家は、

「そんな目で見んなよ」

 と言わずにいられなくなった。

「俺はこうやったのに、〝A〟が勝手にさ……」

 5本の指を立ててみせた金家に、「何に使うんだ、50億」とミカヅキが間を置かずに問う。考えたこともない質問に面くらい、意味もなく顎をさすった金家は、

「そうだな……」

 と数秒の沈黙を漂ってから、

「とりあえず、FX取引に突っ込んでみる……とか?」

 言った途端、今度ははっきり軽蔑の視線が突き刺さってきて、金家はあらぬ方向に目を逸らした。

「いつか言ったことと矛盾してないか?」

 とミカヅキの詰問が追いかけてくる。

「〝システム〟に支配されて、数字稼ぎに踊らされている人生は虚しいとかなんとか……」

「俺が言ったのは、『酒は呑んでも呑まれるな』みたいなことだよ」

 アンティーク風の電話機が、外見相応の古風なベル音を鳴り響かせていた。互いに身構え、視線を交らわせながら、先にミカヅキの方がテーブルから飛び降りて、電話のほうに向かっていた。

 谷沼には電話の番号は教えてあるし、〝A〟の前にはメールを寄越すはずだから、いきなり外線からかけてくるとは思えない。デザートの運び時をうかがうルームサービスからの電話だろうと考える一方、そうではないという強い予感に縛られて、金家も鳴り続ける電話の前に立った。

 ミカヅキがバイパス配線したタブレットの操作を終え、こちらを見て頷くと同時に受話器を取る。

「ハロー」

 と吹き込むや否や、

(お久しぶり)

 と聞き知った日本語が返ってきて、全身の肌が音を立てて粟だった。

 

 

 

 香水の匂いが、ロシア料理の残り香を圧して蘇ってくる。動揺を押し殺し、

「控えめに言って、最高だね」

 と返した金家は、傍らのミカヅキに『〝対策室〟』と口を動かしてみせた。ミカヅキがわずかに目を見開き、タブレットにつないだイヤホンを耳に押し込むまでに、

(ずいぶん振り回してくれたわね)

 と、木城深雪の声が続いていた。

(例のUSBのデータ、私たちに見られるのも作戦のうちだったんでしょ。さんざん見当違いの穴を掘らされて、みんな頭にきてるわよ。ここはおとなしく指示に従って、心象の回復に努めるべきね)

「〝A〟がやったことだ。俺も乗せられた口だよ」

 嘘ではなかった。争奪戦を繰り広げたUSBメモリーには、海外に展開するGBN傘下の全系列会社のデータ――財務諸表、取引先、従業員の履歴から事業所周辺のロケーションに至るまで――と、1事業所の不正経理を仄めかす断片的な資料が記録されていた。

 すべてを並列に記録することで、こちらの狙いがどこにあるのかを不明確にし、また証拠提示によって〝財団〟にGBN海外支部の風紀粛清を促す。すなわち、あのUSBメモリーは〝対策室〟と〝財団〟の目に留まることを前提に作られ、金家に引き渡されたのだった。

 結果、〝財団〟はGBNの全海外支部に帳簿照明の徹底の通達をし、不正の当事者である谷沼をそれと知らずに追い込んでくれた。

 こちらの目的を欺瞞しながら、GBN本部に詐欺の片棒も担がせる一石二鳥。その目算がなければ、あの時点で無防備な計画死霊を自分に渡す道理はない。

 すべて、あとから〝A〟に聞かされたことだ。

 が、その周到な欺瞞を見破り、こちらの喉元まで近づいた者がここにひとり――。

(でも、これでおしまい)

 と続いた深雪の声が冷気になって体内に入り込み、ワインのアルコールを急速に蒸散させるのを金家は感じた。

(さっさと荷物をまとめて、日本に帰りなさい。でないと、袋に入って物言わぬ帰国ってことになるわよ)

「痺れんなぁ、そのセリフ。今度〝対策室〟の工作員を演る時に使わせてもらうわ」

 言いながら、ミカヅキを見る。ミカヅキは首を振り、タブレットのディスプレイをこちらに向けてみせた。逆探知設定にしたディスプレイには、世界地図の上に錯綜する通信回線の網の目が映し出されており、この外線電話がモザンビーク基地局からの発信であることを伝えている。

 深雪がアフリカから電話をかけているという話ではない。向こうもこちらと同様の機材を用いて、回線の追跡欺瞞を実行中というわけだ。

 日本からか。

 ロシア国内からか。あるいは、すでにこのホテルを視界に収めて――いや、部屋の外廊下からかけている可能性だって皆無ではない。

(強がりも結構だけど、あなたもプロなら状況読んだら? あなたたちはすでに監視下にある。いわゆる袋のネズミってやつよ。それとも、また地下鉄のトンネル使って逃げる?)

「そいつは御免被る。こっちの地下鉄は、東京のと違ってえらい地下深くを走ってるんでね。地上に出るのに難儀しそうだ。あんたも見たろ、エスカレーターがすげぇ速いの。あれでよく年寄りが怪我しないもんだよな」

(もともと湿地帯だったところに、時の大帝が強引に都を建設したんだもの。地盤が緩いんでしょうから、仕方ないわね)

 谷沼と接触したことも見られている……としたら打つ手なしだが、そうか?

 谷沼が寄越した見張りに動きはない。

 谷沼はまだ知らされていないか、〝対策室〟に動きを止められているかのどちらかだが、そうなら、なぜ深雪は電話をかけてきた? ここまで隠密裏に行動してきたなら、いきなり部屋に踏み込んで身柄を押さえた方が確実なはずだ。

 計画の全容を解明するなら、もう少し泳がせておくべし。事を未然に防ぐのが優先なら最初から谷沼に警告を出し、グランプラスで待ち伏せしていればいい。今、この段階で自分たちの存在を明かすのは、あまりにも中途半端だ。

 あまつさえ、荷物をまとめて日本に帰れという。

 追跡して〝A〟の身柄を押さえるつもりでいるなら、能天気にもほどがある。失敗した時点で、〝A〟は消え、こちらも2度と接触は試みない。それが最低限の安全措置であることぐらい、深雪には常識以前の話だろう。

 今、手を引かせるなど、〝A〟を含む関係者を一網打尽にする機会を捨て去るのに等しい。

決定的な矛盾だ。

 バカでなければこのタイミングで電話をしてくることはなく、バカならそもそもここまでたどり着くはない――。

 2、3秒にも満たない思考だった。

 唯一、気になることは……と考え、金家はとっさに送話口を手で押さえた。

「墓場で感じた気配、〝対策室〟の連中だったと思うか?」

 と素早くミカヅキに尋ね、

「違う……と思う」

 返事を得てから、あらためて受話器を耳にあてる。

 なら、やはりそういうことだ。

 我知らず唇の端を吊り上げた金家は、ひとつ息を吸ってから反撃の一声を繰り出した。

「悪ぃけど、仕事を成功させないと文無しでね。ホテルの金も払えないありさまなんだ。日本に帰れってんなら、迎えに来てくんねぇかな」

(脅しだと思ってるなら、認識を改めた方がいいわよ。自分でやめるか、やめさせられるか。あなたには、その2つの選択肢しかない)

「何をやめさせるんだよ。もうやることやっちまったぜ、俺たち。ロシアGBNにインした時点で止めとくべきだったな」

 少しの沈黙のあと、

(その手は食わない)

 と微かに苛立った深雪の声が響き、金家は己の推測の正しさを確信した。

(こちらのカードを見せる気はないわ。とにかく、ここから先は――)

「あんたら〝対策室〟の『A金貨』担当は、海外では動かせる手がない」

 小さく息を呑んだ深雪の気配が、電話越しにもはっきりと伝わった。

「〝A〟が言ってたんだ。図星だな」

 そう続け、金家は持ち替えた受話器を耳に当て直した。

「あんたは俺たちの動きをつかんじゃいない。ここを探り当てたのだって、ロシアのホテルを片っ端から電話をかけた結果だろ。俺たちみたいな年恰好の東洋人が2人、お宅に泊まっていませんかって。電話代いくらかかったんだよ。俺たちの血税、あんまり無駄にしてくれんなよな」

 沈黙が肯定の証だった。

 深雪はここにはいない。

 〝対策室〟の監視員もいない。

 モスクワのヴァイロンとサンクトペテルブルクのグランプラス、どちらがターゲットかわかっただけのことで、こちらの動向はなにひとつ把握できていない。こうして電話で脅しをかけるのがせいぜいだ。

「他に手持ちのカードがないなら、切るぜ。飯の途中なんだ」

 と、駄目押しした金家は、

(狙いはわかってる)

 と返ってきた深雪の声にびくりと頬を痙攣させた。

(私が知っているということは、他にも知っている人間がいるっていうこと。それは忘れない方がいいって、〝A〟に伝えて)

 傍らで膝をつくミカヅキの肩が、押さえきれない同様を示してわずかに跳ねる。どういう意味だと聞き返すよりも先に、

(先に)

 深雪の押しかぶせる声音が続いていた。

(私の手は2本だけじゃない。他にも動かせる手がある。命があるうちに日本に帰りなさい。でないと、あなたの〝過去〟が追いかけてくるわよ)

 最後のひと言を咀嚼する間を与えず、電話は一方的に切れた。金家は汗で湿った受話器を置き、糸が切れた人形の体でソファに座り込んだ。

「……どういうことだ」

 いつからか滲んでいた額の汗をぬぐい、金家は半ば呻く調子で言った。ミカヅキはタブレットのディスプレイに視線を落としたきり、顔を上げようとしない。

「〝対策室〟は日本国外じゃ動けねぇって、ウソじゃねぇか。しっかり動いてるぞ、あの女。これじゃ――」

「はったりだ。あの人はなんにもつかんでいない」

 遮り、合わせた視線をすぐに逸らしたミカヅキは、

「あんたが自分でそういった」

 そう続けて立ち上がった。逃げるようにその場を離れた背中を目で追い、「でも、サンクトにいることまではつきとめた」と金家は重ねた。

「狙いはグランプラスだってことは割れてる。今からだって、谷沼に警告を出すかもしれない」

「そうだな。すぐに動けるよう、荷物はまとめておこう。交替で外の連中の見張りだ。動きがあったら、すぐにここを離れる」

 言いつつ、ミカヅキはテーブルまで戻り、座り込む。その姿を見て、以前から漂っていた懸念がふと形になるのが感じられた。

「今のうちに、移動したほうがよくないか?」

 と相手をした金家は、ミカヅキの表情から目を離さずに自分も食卓に戻った。

「それこそ怪しまれる。今動くなら、行先は空港だ。計画は中断して、日本に帰るしかない」

「〝A〟に連絡は?」

「あとでしておく」

 視線を合わせず、黙して窓のむこうを眺めた。残り物を多く出したことが谷沼の耳に入るのはおもしろくないが、このかたくなさはそれが原因ではない。

「やっぱりな」

 と、独りごち、金家もフォークを手にした。ミカヅキがちらと目をあげる。

「あの女、木城深雪だっけ? あいつは単独で動いてる。組織の人間として、俺たちを挙げようって気はない。せいぜい脅して、手を引かせようとしてるだけだ。だから谷沼に差すような真似もしない。そんなことしたら、〝A〟も俺たちも〝財団〟に消されちまうからな」

 なにかを言いかけたミカヅキの瞳が揺れ、すぐにまた逸らされた。

「おまえにはそれがわかってる」

 と続け、金家はチョウザメの肉にフォークを突き立てた。

「でなきゃ〝A〟に警告してるはずだもんな。〝対策室〟に見つかった、そっちも気にすんなって」

「それは……」

「下手に報告して、計画を中止されたくないってか? ふざけんな。〝A〟を危険にさらしてまで、計画続行にこだわるお前じゃない」

 痛点をつかれてという顔で唇を噛み、ミカヅキは目を伏せた。

「追いかけっこをした時から、引っかかってはいたんだ」

 と重ねた金家は、すっかり冷めたチョウザメを口の中に放り込んだ。

「お前も木城も、どこか慣れあった感じがするんだよ。追って追われてをずっと繰り返してりゃ、気心が通じるってこともないじゃないけどな。お前らの関係はそれだけじゃない。〝A〟を間に挟んで、変な磁力が働いてるみたいだった。なんなんだ?」

 ろくに味のしなくなった肉をワインで飲み下し、ミカヅキを正面に見据える。いったん見返したものの、ミカヅキは無言を返事にして顔を背けた。

 そう、こいつにも確信はある。

 深雪は個人で動いている。

 邪魔はしても、自分たちの命を危うくする行為はしないと読んで、どこか信頼さえしている。GBNの廃駅で向き合った時、仲間外れにされたかのような寄る辺なさを覗かせた瞳。底なしの闇の中でもじっと見開かせていた、自分たちと同じ種類の目を持つあの女と。

「まさか、こっちと内通してるって話じゃないんだろ。あの女とはどういう関係なんだ?」

「……言ったはずだ。すべてを話すのは――」

「すべて終わった時、か」

 先回りした言葉が砂になるのを感じながら、天を仰ぐ。睨みつけようとして果たせず、ミカヅキは居心地の悪そうな顔で切り分けた肉を口に運んだ。根幹の部分で蚊帳の外に置かれ続けて、普通の仕事ならとうに席を蹴っているところだが、ここで押しても得られるものではないし、今はそれよりも気になるものことがある。

 背もたれに寄りかかったまま、ちらとミカヅキの顔色をうかがった金家は、「でも、ひとつだけ教えろ」と短く言った。

「さっき即答したよな。森で感じた気配は、〝対策室〟の連中じゃないって。なんでだ?」

 別の質問でジャブをかけてから、本命のストレートを放つ。ミカヅキから情報を取り出すには、この手に限る。案の定、ミカヅキは観念したように視線を合わせ、

「……冷気だ」

 と小さく答えた。

「冷気?」

「殺気というのとは違う。あれは……人間の気配ではなかった。物が物を見ているような……初めてだ、あんなのは」

 その瞬間を思い起こしたのか、強張った二の腕からワイシャツの上からさすったミカヅキは、

「〝対策室〟の人間……監視を請け負った人間の気配は、もっとわかりやすい。いったんつかめば、ぴりぴりした空気が伝わってくる」

 茶化す言葉も思いつかず、怯えの色を滲ませた瞳を凝視した金家は、

「なんだと思う?」

 と問いを重ねた。

「わからない」

 とミカヅキはいつになく素直に答え、

「場所が場所だ。幽霊の気配を感じたんだろうと言われれば、違うといえる確かな根拠はない。ただひとつ確かなのは……」

 ミカヅキははっきりと言った。

 

 

「もし、存在するならそいつの任務は監視なんかじゃないってことだ」

 

 

 

 

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