GBNを題材にした小説は初めてです!
週1のペースで投稿を目指して頑張りたいと思います!
呂名哲郎の7回忌法要は、命日より10日ほど早いその日、早大寺にて密やかに行われた。
銀座から歩いてこられる距離にある早大寺は、この国では珍しい石造りの本堂を持つ寺だ。太い円柱が正面入口のひさしを支え、巨大な象牙細工に見える装花屋根には精緻にレリーフが施されている。
古代インド様式に倣った建物なのだそうだが、いわゆる日本の仏教建築のイメージからは遠く、言われなければそこが寺であることすら判然としない。多くの事物同様、仏教もまた長い伝来の過程で変質し、その土地土地の風土慣習に最適化されてきたということだろう。まさに世は無常の教えを地で行く変遷であり、アジアの柔軟性をひもとく格好の証左とも言えたが、今日この地に集まった人々には無縁の事柄であるに違いなかった。
左右にある2つの伝道会館を含め、100メートル以上もの幅を取って鎮座する本堂の前には、学校の校庭と見紛うばかりの広大な空き地が設けられている。法要参列者が随時利用出来る駐車スペースで、日頃はろくに停まる車もないがらんとした空き地だったのだが、いまそこには黒塗りの高級車が列をなし、磨き抜かれた車体に残暑の日差しを照り映えさせる光景があった。
どの車も背広姿の運転手が収まり、彼らはほとんど身じろぎもせず、法要に出席した主人の帰りを寡黙に待っている。9月になっても一向に収まらない暑さの中、エアコンの効いた車内から出る気になれないのは誰もが同じだろうが、談笑に興じる運転手がひとりもいないのは奇異なことではあった。場所柄をわきまえてというより、すぐ戻ると主人に言い含められているからだろう。
実際、喪服の参加者たちは本堂に入ったのもそこそこ、型通りの仕儀だけをすませてとんぼ帰りをしてくるありさまで、その滞在時間は平均して10分にも満たなかった。まるで人目をはばかるかのような彼らのせいで、新大橋通りに面した正門はひっきりなしに車が出入りしており、守衛所に詰めている老警備員たちは出ずっぱりで交通整理をさせられているのだった。
駐車場にまで漏れ聞こえるありがたい読経も、参列者たちにとって文字通り馬の耳に念仏。7回忌ともなれば故人の思い出話も尽き、疎遠な親類縁者と顔を合わせても身の置き所がない。法要後の会食など気まずさの骨頂で、できれば供養料だけ渡してさっさと帰りたい――。法要、それも個人でなく企業団体が主催する法要に流れる空気など、そんなものに違いない。
民族・宗教を問わず、どこの国でも見られず儀式の形骸化ではあったが、この会場に立ちこめる後ろめたい空気はそれとは異なる。
ミカヅキは、"車の後部ドアを椅子がわり〟にし、本堂入口に通じる階段の脇をあらためて視線を注いだ。
ELダイバーの彼女は、人間よりも何百分の一も小さな体躯の"モビルドール〟なる身体に入っていて、通常の座席では人の姿を確認できず、こうして窓付近の場所まで上がって見るしかなかった。
臨時にしつらえた受付の長机を前に、供養料の受け取りや記帳の案内に立ち働く社員が5、6人。そのすぐ近くに、この場にはめずらしく談笑をしている2人の中年の姿がある。
ひとりは額の禿げあがった眼鏡面で、かっちりと着込んだ喪服は遠目にも仕立ての良さが目立つ。
もうひとりの喪服も高級には違いないが、こちらはどこか着崩れており、首に巻いたネクタイは半ば緩みかけていた。ぴったりとなでつけた頭は岩石に黒い革をかけたようで、行き過ぎる参列者を睨みつける目が時折り獰猛な目を放つ。
眼鏡面の目が表情の読めない冷たい空洞なら、べったり黒頭の目はきっかけひとつで暴発する癇癪玉だ。
「眼鏡の方がこの時世でのしあがったIT企業のひとつ、ファーレン・ネットワークの相談役で、日本ネットワーク経済連の中央団体副議長。べったり黒頭は通算6期を務めた元国家議員だが、政界の愚連隊ってあだ名の通り、半分その筋の息がかかってる……早い話が危険なオッサンだ」
太い指でとんとんとハンドルを叩きながら、運転席に座る福田輝義が説明する。ミカヅキは後部ドアに座らせた体を動かさず、窓を向けた目も動かさなかった。
「一昔前はテレビによく出ていたから、そこいらの閣僚経験者よりもよっぽど顔が売れてる。理事になったことはないが、ブローカーの真似事で小銭を稼いでいた時期もあったりして、〝財団〟とはそれなりに繋がりがある」
手にした扇子を忙しなく動かし、暑いなと口を動かしながらも、べったり黒頭はなかなかその場から離れようとしない。こういう時に自身の存在をアピールし、顔を繋いでおこうとするのも、利権の海を泳いで生きながらえてきた政治屋の本能といったところか。ヤクザといっても通用する面相を脳裏に刻みつけつつ、ミカヅキはスモーク張りの車窓ごしに外の様子を観察し続けた。
「眼鏡の方は200X年の終わりごろに理事をやってた。ご隠居が現役だったころを知らないネクスト・ジェネレーションってやつだが、ゼネコン汚職が騒がれる前からべったり黒頭とはよろしくやってる。例のブレイク・デカール騒動の時は、ぎりぎりGBNサービス終了にするのに反対にして、事態を悪化させた張本人のひとりだったらしい。ま、バックについてるオンラインゲーム推進委員会には、マスコミの重鎮も顔をそろえているから、その辺の真相は藪の中だがな。あの手の基幹産業と、地元の票が欲しい政治屋のなあなあがなけりゃ、地方には職も道路も行き渡らなかったのが日本の現実……お、めずらしい御仁がきた」
言った勢いで福田が助手席に身を乗り出し、乗用車の堅牢な車体が微かに揺れた。縦も横も大きい巨体の持ち主の福田だが、学生時代は柔道で鳴らしたというだけあって、その身のこなしは決して鈍重ではない。
視線の先を追ったミカヅキは、妙齢らしき黒髪の女性と、付き添いらしい40がらみの男を視界に入れた。受付の前にたち、眼鏡面とべったり黒頭がいることに気付くと、2人そろって深々と頭を下げる。
眼鏡面は軽く手をあげただけですぐに目を逸らし、べったり黒頭は憎まれ口でも叩いたものか、40がらみの男の方を指さしてガハハと笑っている。
頭を手にやり、ぺこぺこと追従する男をよそに、女性は泰然と記帳をすませ、凛としたたたずまいで本堂の階段を昇り、男もすごすごと、あとへ続いていく。
「あれは、ご隠居の……おつきの家政婦だった女性だ。日本経済がノリにのってた頃、友人の勧めで、若くして住み込みで入ったそうでな。んで、ご隠居が亡くなってからは、どこかへ嫁にいったかと思えば、そのままご隠居の邸宅に住んでいるそうだ。んで、その為の維持費をだしてやったのが〝財団〟。そん時にコネができたんだろう。何年かして、女性の弟がクスリに手を出して挙げられそうになった時には、あの眼鏡頭が手を回して立件を防いだってこともあった。ちなみにその弟が、となりにいるあの弟。いまは地方の銀行勤めをしているはずだが……更生しましたってツラじゃねぇな」
表情がないというとは違う、瞳孔が開ききった状態で硬化したほの暗い眼球。男の目には、薬物による放埓を知ってしまった者特有の陰惨な険が確かにある。ふと、故郷に漂っていたすえた臭気が鼻につき、ミカヅキは男の背中から視線を外すと、窓に映りこむ自分の顔を見るともなく眺めた。
黒いインナースーツに白いサイバー系ジャケット、その上に長い長髪を結わえたポニーテールに細面の白い顔――少し切れ長の瞼、20代前半の仏頂面の女顔がひとつ。
ELダイバーと呼ばれる、新たな命をもった存在。そんなうっすら窓に反射する自分の顔、故郷にいた頃とは別人に等しい何者かの顔をしばし見つめてから、喪服の男女が往来する駐車場に観察の目を戻す。
出入りが激しいため、人も車も立て込んでいるという印象はない。が、法要が始まってからすでに300人は下らない人々が参列しており、よく見ればそこここで立ち話をする者たちの姿もちらほら散見される。
福田に言わせるなら、この場で経済連の臨時会合が開けるメンツであり、また系列をまたいだ暴力団同士のトップ会談を開けるメンツでもあるとのことだが、ミカヅキの目に映るそれらの顔はひと括りに老人……それも穏やかに歳をとることを忘れ、枯れた体に不似合いな生気を漲らせる物の怪のごとき老人たちだった。
誰もが旧友を温めるという隠微な面持ちを突き合わせ、当たり障りのない会話で情報交換を済ませると、時間を無駄にしたと言わんばかりにせかせかと車に戻ってゆく。
故人と関係があると人には知られたくないが、義理を欠いてあとで思わぬしっぺ返しが来るのも怖いし、もうけ話があるなら聞き逃したくもない。それぞれに〝財団〟に関わり、地下社会の実態に触れた者たちに本音を吐かせれば、一様にそんな答えが返ってくるに違いない。
当の故人は……伊豆の別荘で一度だけ会ったあの剛直な老人は、どんな思いで彼らを見ているのだろう。漫然と考え、ミカヅキは同じく後部座席に収まる男の横顔をちらりと見遣った。
その男――〝A〟は、先刻からなにも言わない。福田の説明を聞き流し、窓を閉めきった車内で黙然と時を過ごしている。まだ20代でも通る30代の顔は、いつも変わらず涼しげに見えた。
〝財団〟に関わる人間が一堂に会する機会は少ない、全員の顔と名前をよく頭に叩き込んでおくといい。そう言った時と同じ、静かな熱を内奥に秘めた瞳がミカヅキの傍らで底光りし、ここではないどこかを見つめていた。
目立たぬよう駐車場の端に停めた乗用車だが、車内の顔ぶれはかなりの異色だ。
運転手然とした顔で収まっている50代の福田と、この場では毛も生えそろっていないと見なされるであろう30代と20代の男女がひとりずつ。唯一、違和感のない年代の福田にしても、本来なら法要に参列してしかるべき立場と職業の男であるから、運転手の真似事をしているところを知る人に見られたら驚かれるに違いない。事実、彼の職場の上司らも法要に招かれ、何人かが焼香に訪れてもいるそうだが、そのこと自体は驚くことに当たらないとミカヅキは思っていた。
これまでに知らされた〝財団〟のことを思えば、福田の職場の人間が呂名哲郎の法要に参列するのは当然のことだ。なにしろその昔、『A金貨』は政府直轄の大銀行の地下金庫に眠っていたのだから――。
「本当なら、つきあいがあるって人に知られるだけでもヤバい間柄なんだがな。べったり黒頭はついこないだつまらん横領で立件されて、もう政治屋の芽はない。眼鏡面もブレイク・デカール騒動以来、蟄居されているようなもんだから、もう怖いもんはないってとこだろう」
一向に立ち去る気配のない2人の中年を見るのをやめて、運転席の背もたれに身を預けた福田が言う。つかの間遊離しかけていた意識を引き戻し、ミカヅキは窓外に顔を向けなおした。
「3回忌の頃は、まだ公安やマスコミの連中が出張っていたもんだが、いまは誰も来ちゃいない。ご隠居が先導した国造りの神話は遠い過去になって、いまや人間の時代が到来したってことだろう。ご隠居の志を忘れて、目先の利益を分捕ることしか知らない子悪党どもの時代がな。いま〝財団〟を動かしているのは、ああいう連中だ」
福田が顎でしゃくった先で、ひとりの男が足早に本堂にむかってゆく。専用の送迎者ではなく、タクシーで乗り付けたらしい。30代後半の整った顔立ちに、ミカヅキは写真で見た記憶があった。
「谷沼悟志。〝財団〟直轄のGBN警備全般を率いるマネージャー。ロシアはサンクロペテルプルグに在住……だが、お忍びで来日してるって話は本当だったらしいな」
忙しなく記帳を済ませるや、谷沼は誰とも目を合わせずに本堂の階段を昇りはじめた。一瞥したべったり黒頭が、誰だ? というふうに眼鏡面に顔を寄せる。さあ、と眼鏡面は首を傾げる間に、谷沼の背中が階段を昇りきり、薄暗い本堂の玄関に消えていった。
「若い身空で無断取引なんぞして、勤め先のインターネット警備会社に大損させたのが10年前。本当なら両手が前で繋がっているはずだったが、〝財団〟の理事だった祖父さまに助けられて、いまの職にありついた。2代目体制に入って、〝財団〟もインターネット方面に明るい人材を求めてたって事情があるし、結果的にロシアの半分を求めているんだから、それなりに優秀ではあるんだろうけどな。一度、裏切った奴は、また裏切るっていうのか……」
「4年前、ロシアGBNがを一時凍結したために、巨額の損失をだした。世界大会以来、ロシアの国際ダイバーは連戦連敗をくり返して、いまや小国の国家予算並みの赤字を抱え込んでいる」
資料で読んだ通りのことを口にすると、福田は肉厚の頬をにたりと歪め、「そうだ」とルームミラーごしの視線をミカヅキによこした。
「経理操作で難を逃れているが、〝財団〟の監査が入ったらクビになるだけじゃ済まない。頼みの綱の祖父さまもくたばって、今のあいつにはなんの後ろ盾もないんだ。ご隠居と直の面識はなかったくせに、わざわざ顔を出しに来たのも本部の顔色うかがいってところだろう。ま、俺たちの計画に欠かせない人物のひとりだ」
〝計画〟という一語に、それまで静止していた〝A〟が微かに顔をあげる気配が伝わった。同じ気配を察したらしい福田の目がルームミラーごしに動き、〝A〟のそれと合ってなんらかの波長を共有する。ミカヅキはその様子を一瞥したきり、2人の間に立ち入るのを避けて窓外に目のやり場を求めた。
この数年、〝A〟と共に生き、その思考回路や行動様式を学んできたが、福田との間に働く波長だけはいまだにくみ取り切れない部分がある。年月をもってしか醸成できない関係があって、それは途中から計画に参加したミカヅキには共有のしようがないものなのだろう。特にこの2人が共有するもの年月は長く、歩んできた道程は余人の想像を超えるものだ。
「もっとも、苦境に立たされているのは谷沼ひとりだけじゃない。ブレイク・デカール騒動に宇宙人アルスの襲来、その後も危機また危機の連続で、ダイバーは現行の統治システムに対する信頼を失っている。民主の凋落で運営が盛り返したのはいいが、上層部で立てた金策も底が割れたし、少子高齢化のツケが回ってくるのもこれからだ。数字のマジックで国内総生産を増やしたところで、お先真っ暗じゃ国民の財布のひもは緩まない。政治的にも経済的にも道を塞がれて、いまは〝財団〟そのものが苦境に立たされてるのさ」
〝A〟と合わせていた視線を解き、福田は中年たちがたむろする駐車場に遠い目を向けた。
「だから、現役の理事どもも、谷沼みたいな男を放置している。ああいうバカが対症療法で傷口を広げているとも知らないで、考えることといや年度内の決算の帳尻合わせだけだ。問題を先送りにして、任期中の世過ぎにできればそれでいいと思ってる。右肩上がりのスキームで解決できることなんか、もうなにひとつ――」
「そのために、ぼくたちがいる」
不意に遮る声が発せられ、ルームミラーに映る福田の瞼がぴくりと震えた。波立った心中を押し隠して、ミカヅキは傍らの〝A〟に視線を流した。
「これから老いていく人たちには、新しい時代は見つけられない。ぼくたちの仕事だ。新しい〝システム〟を走らせる……たとえ、いまある世界を破壊する結果となったとしても」
内奥を秘めた熱が、今にも噴き出しそうな目だった。
世界の変革。そんなガンダムの作品があったな……とふと片隅に湧き出した。
「俺も老いていく人間に、片足突っ込んでいるんだが」
そう叩いた福田の軽口はほとんど耳に入らず、ミカヅキは〝A〟の視線に追随して外に振り向けた。
重い排気音を立て、黒塗りの乗用車が駐車場に入ってくる。オーダーメイドの仕様によっては、1億を超える高級車の搭乗に、寺に立ちこめる後ろめたい空気がにわかに張り詰め、受付に立つ社員らの顔に緊張が走るのが見て取れた。
空きスペースに収まった乗用車から運転手が降り立ち、後部ドアを開ける。出迎えに立った数人の男女を気にするふうもなく、ひょいと車から出てきた40がらみの男が早足で歩きだす。
駐車場を見渡し、秘書らしい女性になにかを伝えると、あとは誰とも顔を合わせず本堂へ。気づいた参列者らが深々と頭を下げても、軽く手を挙げただけで歩みを止めない。ここにいること自体が不快だと言いたげな顔は、間違いなかった。
「呂名信彦。呂名哲郎の長男にして、〝財団〟の現理事長」
福田が言う。これまで写真や映像で何度も見てきたが、直に見るのはこれが初めてになる。
「喪主が重役出勤とはね」
呟いた福田をよそに、ミカヅキは呂名信彦の一挙手一投足に注視した。
受付の横でたむろしていたべったり黒頭が直立不動になり、眼鏡面とともに一礼する。外山は数珠を持った手を前に突き出し、なにか話しかけたようだが、ここからは表情は読めない。またまた、というふうに破顔したべったり黒頭は、逃げるようにその場を離れる。外山は早足のペースを崩さず、本堂の階段を一息に昇っていく。
その背中から、感じたことのない〝圧〟がにじみ出ていた。神話の時代から譲られた巨大な力を受け止め、現世に合うよう造り変えた人間の背中。ブレイク・デカール、アルスの襲来この10年の間に起こった大変動を満身に受け止めながら、自らは神たりえず、充足することも知らずに、一族の呪縛を一身に負わされた男の背中――。
それが本堂の薄闇に吸い込まれると、息苦しくなるほどの〝圧〟も消え、直後に「行こう」
〝A〟の声が発した。ミカヅキは我に返った思いで窓から顔を離し、瞬きを忘れた目をしばたたいた。
「もう十分だ」
ここではないどこかを見つめ、独りごちるように呟く。
なにか言いたげな視線をルームミラーごしに走らせたのも一瞬、福田は車のキーを捻り、立ち上がったエンジン音が車内の空気をかき回し始めた。背もたれに寄りかかり、小さく息を吐いた〝A〟の横顔を見ることなく、ミカヅキは心持ち体を緩めた。