ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第三十八話

 深雪は動かなかった。

 何か言おうと口を開きかけたものの、結局は無言で顔をうつむけ、以来そういう形の彫像のように椅子に座り続けている。

 映像はやや俯瞰気味にその姿を捉えていて、伏せられた表情をうかがう術はなかったが、彫像より虚ろな目をしているのだろうことは想像に難くない。モニター越しにも鮮やかな黒髪を見つめ、子供の頃の印象をそこに重ね合わせてしまった呂名信彦は、「もういい」と言って映像から顔を背けた。

「なにかわかれば連絡がくる。これ以上は時間の無駄だ」

 会議室に居並ぶ面々の顔色をざっと見渡しつつ、離れた場所に立つ男に目で合図する。男は緊張した面持ちでモニターに近づき、〝対策室〟本部と直結したモニターの回線をオフにする。黒味に立ち返った20インチ大のモニターを横目に、20そこそこかな、と呂名は男の年齢を値踏みした。

 尋問のために特資室長に代わり、〝財団〟との連絡役を任されてここにいるのだから、まるで下っ端という事ではあるまい。部下の2、3人もいる幹部クラスなのだろうが、その印象はひどく若く、未曽有の事態に戸惑っているせいか、同年代の深雪よりも幼く見える。

 そう言えば、彼女もかつてはよくここに出入りしていた。入局したての頃、室長のお供や連絡係でここと〝財団〟の保有するサーバーにログインしていた深雪は、仕事を覚えるのに余念がない新卒の若者らしく振る舞う一方、気がつけば理事の誰かと話し込み、世間話のついでに懸案の情報を引き出しているのだった。

 キャリアの足しにしようというなら可愛げがないが、そこは深雪も公私の一線を引き、見聞きした状報をそのまま本部にあげたりしない。

 父親の仕事の関係で幼いころから海外を回り、ボストン大で学位を取得、同じGBN運営のエリートコースに進めたはずが、何を血迷ったか、〝対策室〟の一員になる道を選んだ。周囲の反対を押し切ってそうしたからには、中途半端にはしないという彼女の意地がさせていることで、少なくとも呂名が知っている限り、そうした深雪の行動を疎んでいた理事はいなかった。

 深雪ちゃんにあっちゃ敵わないな。

 そんな言い方で〝財団〟の内情を故意にもらし、〝対策室〟との意思疎通を曲げる理事はひとりならずおり、彼女もそれを承知で隠微な伝書バトにに徹していたように思う。

 父親が営むネットワーク産業に興味が持てず、用意された縁談に乗るようなタマでもないとなれば、それもいい。

 〝対策室〟に呂名の一族が加わるのも一興、それはそれで役に立つ日も来ようと見過ごしていた結果がこんな形で報われることになろうとは。

 彼女をあまり見かけなくなってどれくらい経つ?

 〝A〟の名が聞こえるようになってからか?

 そうなら、彼女が最初から〝A〟の正体が知っていたなら、〝対策室〟に入ったこと自体が英一の側面援助だったということか。一族同士が騙し合い、殺しあってきた呂名家にあって、彼女もまた宿命的に配信の道を歩んだということか。

 『A金貨』のA……とうに無くなった呂名哲郎の呪縛に囚われ、人生を狂わされた者がここにひとり――。もはや吐くべき嘆息もなく、呂名はこの場に参集した役員たちの姿をあらためて見回した。

 いまから何十年も前、いまだGPデュエルという名でガンプラバトルがエンターテイメントの頂点に達していた頃、〝財団〟の産声はなく、統括している人数も8名しかいなかった。それが現在、〝財団〟を名乗るようになった時には、常任・平を合わせた役員たちの数は32人。

 GBNの原資となりきった『A金貨』の総量が膨れ上がれば、管理する人間の数が増えるのは当然ではあるが、こうして東京の本部に集まった顔を眺めると、数が増えた分だけ個々のの中身が薄まったように見える。血縁や役職による世襲が常態化して久しいのもそう感じさせる一因か。呂名は、長方形のモニターを取り囲む男女をひとつひとつ確かめていった。

 まずは副理事長を務める内藤官房長官。

 これぞ役職による世襲制の権化で、古来、理事長の女房役は現役の官房副長官が任じられることになっている。官房長官には計3名が任命され、そのうち2名は防衛省から選出された議員が務めるが、内藤はキャリア官僚から任命される事務担当副長官であり、その権限は官僚機構の頂点と見なされる。

 総理大臣が政治家のゴールなら、副理事長は国家公務員が辿り着ける最高の権力の座と言っていい。これより上を目指すなら政界に進出するほかないが、今回の事件で味噌をつけた内藤にその目があるかどうか。

 その彼の隣。

 外務省、財務省などのから派遣された官僚が並び、政界からは与党所属の議員が3人、野党からも2人。

 全員、祖父や父親の代から〝財団〟に関与する2世・3世議員か、過去に理事職を経験している官僚出身議員で、こちらも世襲制が強い。そのへんの事情は政界組を変わりなく、GBNの制御系はGPデュエル時代からの伝統でそのОBが3人。巨大電力会社が持ち回りで寄越している電力系はそのОBが1人。

 金融系は『A金貨』の預け先である日本帝国銀行は無論のこと、離合集散が激しい旧財閥からも2人が参与し、通信系は並み居る電気通信事業者たちを差し置き、これも旧電電公社時代から続く伝統でサーバー会社のОBがひとり。

 彼ら個々人に血縁のしがらみはなくとも、会社それ自体の因習を背負ってここにいるのだと思えば、総体の印象はやはり世襲の集まりという他ない。父の座を引き継いだ呂名自身を含め、さながら創業者時代の拡大劣化コピーといったところだった。

 GBNのほかに電気、鉄鋼、重工業など、かつて『A金貨』の恩恵を受けた企業からの参与者も入れて、日本側の理事の総数は25人。残りの7人分はフェアチャイルド側に選出権があり、定期的に人の入れ替えが行われているが、定例の理事会に顔をだすことはほとんどない。

 日本側も似たようなもので、今日のように特別なことでも起こらない限り、毎月の理事会の出席者は半数に満たず、地方在住の理事の中には年に1回も顔を見せない者もいる。それでも、各々が引き連れてくる秘書や護衛の数も含めると、この本部に集う人と車の数は相当数に上り、理事会の際は常駐の事務員が総出で対応に追わせるのが常だった。

 大通りから2本も3本も引っ込んだ閑静の住宅地に立つ〝財団〟本部は地上6階の比較的こぢんまりのとしたビルに過ぎず、地下駐車場に入りきらない車は路肩に止めておくのもない。

 黒塗りの車が列をなす様子を見て、近隣の住民は反社組織の事務所かと噂し合っているそうだから、8割型の理事が駆けつけた今日はさぞ物々しいことになっているたろう。

 その物々しさは、しかしあくまで物量が醸し出すだけのものであって、理事たちの顔から〝財団〟に与する緊張感が抜け落ちて久しい。数十年も昔、別の名前、別の場所で〝財団〟が機能していたころには、そうではなかった。

 呂名哲郎を上座に置く理事会は、厳粛な空気に包まれ、満席の理事たちは案件をひとつひとつ慎重に討議し、各々が背負う利権への影響を計るに余念がなかった。

 〇〇商事がジャカルタにガンダムベースを建て、インターネットを広める。支払いは賠償で〝財団〟がもつからテッパンだ。

 今後の事業継続を含めて、何棟が妥当か。ここいらのビジネスは××さんがインドネシア方面を仕切っている。発注したあとでかちあったら事だ。

 フェアチャイルド財閥も事業の拡大を求めていることだし、××さんには例の電源開発を握ってもらうことで手打ちにできないか……。

 国富目的という建前は建前にすぎず、実態は米資本のGBN投資窓口――それも反共政策とセットに押しつけられた〝システム〟の触媒であっても、当時、『A金貨』は生きた金であり、日本のネットワーク社会にはその注入いかんで無限の飛躍が期待できる伸びしろがあった。その管理運営を任された〝財団〟の理事たちは、一方では、人の生き血をすすって21世紀初期の混乱期を生き抜いた貪欲な魑魅魍魎であり、一方では、日本ネットワークの復興と繁栄を希望する一途な愛国者でもあった。

 当時、〝財団〟と名乗る前だった組織に籍を置きつつ、まだ30にも満たない身で理事会に出入りしていた呂名は、彼らGPデュエル派の目に欲得だけでは測れない光が宿っているのを覚えている。生きるために、活かすために、誇りも信念も人間性も捨て去らねばならなかった敗戦国の無惨、子供たちが子供たちでいられなくなる貧困を、次の世代には味わわせたくない。

 ほとんどトラウマと言っていい思いに突き動かされ、高度経済へと至る体質をこの国に根付かせていった彼らには、しかし未来を背負っているのだという責任感が等しく在った。この理事会での決定で、国を動かし、GBNを動かし、一度は死んだネットワーク社会、日本という国家に再起を促す縁となる。そんな自負が欲得ずくの利害関係を律し、壮大なヤミ金たる〝財団〟に救国の気骨を養っていったのだ。

 ひるがえって、今の〝財団〟はどうか。

 理事会はインターネット事業の報告会でしかなく、持ち回りで派遣される理事連には事実上やることがない。『A金貨』の運用は谷沼のような企業CEОに一任され、高度な情報工学に基づいて為されるネットワーク型運用には素人には理解できず、運用実績の折れ線グラフを見ては曖昧に頷くばかり。

 〝財団〟に与していれば、公表前のGBN情報を知ることができることもあるし、他企業との連携や利害調整を内々に済ませられる場合もある。フェアチャイルド筋の外交官やネットワーク業者にコンタクトを取り、表にはでないアメリカの本音を聞ける役得もあるが、それがなければ理事会に名を重ねるメリットもない。

 自分の懐が痛むわけでなし、『A金貨』に関しては極端に減りさえしなければよく、アメリカの機嫌を損ねなければどうでもいい。元常務に連れられ、この中では若者と呼べる40面を末席に置くサーバー東日本会社の社員はGBNの電源開発をめぐるアメリカの陰謀遠慮など知りもしないし、そこに『A金貨』が介入した故事も故事以上の意味を持たないだろう。

 裏の経団連みたいなものだ。

 役員クラスへの関門だ、と元常務に言い含められ、特殊な天下り先ぐらいの気分で理事会に参加している。『A金貨』が詳しく暴露する歴史も、真実も、その結果としてある現在も、時が経てばリンク切れになるネット記事と同程度の情報としか捉えられずに。

 めでたいでないか、と呂名は思った。

 宗主の呪縛に囚われた呂名の一門を尻目に、彼らはとっくに自由を手にしている。そこから抜け出したのではなく、檻を檻と感じる神経を端から持ち合わせていないがゆえに、あらかじめ自由なのだ。

 自分がそう仕向けた。

 この自分が父の信念を葬り、気骨の彼らもない理事たちを創り出したのだ……と認めた。

 『A金貨』をただの金の塊に変え、家をリフォームするのと同じように〝財団〟の在り方を変えた。

 熟し過ぎた国家に、進化目的ののヤミ金融など不要。

 役に立たない理念も必要ない。

 暴走しようがしまいが、金は金の赴くまま、金は金のしたいようにさせておけばいい。

 世界に対する責任。

 未来に対する責任。

 そんなものに縛られるいわれがどこにある?

 父親から歪んだ理念を押しつけられた息子として、その理念に息子を殺された父親として、自分にはすべてを変える権利があった。そうする以外、あの途方もない喪失を紛らわす術もなかった。

 そして、その結果がこれだ――。

 モニターを消した〝対策室〟の局員が窓のカーテンを開け、午後の陽光が青ざめた理事たちの顔色を照らすのを見ながら、呂名は安堵と失望が入り混じる複雑な気分を漂った。深雪が口にした〝対策室〟の創設理念は、ここにいるほとんどの者が初耳だったろう。中には心動かされる向きもあると思ったが、顔色を見るに限り杞憂であったらしいという安堵。20数年かけてそのように仕向けたとはいえ、見事に骨抜きの連中がそろってくれたものだという失望。

 父がこの惨状を見たら、なんというだろうか?

 ふと思った途端、「なんてことだ……」と呻いた内藤が頭を抱えて机に突っ伏し、呂名は胸の振り子がより失望に傾くのを感じた。

「身内が主犯で、番犬が共犯……。信じられない。なんでこんなことに……」

 これで出馬の夢が絶たれたに等しい副長官には、他の感想はないらしい。呂名が冷めた目で見つめる目で見つめる間に、「まったく、とんだ失態だ」と60代の議員理事が口を開いていた。

「こういうことがないように、〝対策室〟では月一でメンタル・チェックとかをやっているんだろう? なんで今の今まで誰も気づかなかったんだ」

「それより、査察部の連中だよ。傘下の企業に不正が疑いがあるって、ついにこないだ総点検の達しがきていただろう」

 隣の2世議員が、担当理事は誰だと言わんばかりに一同を見渡す。「だから、それも〝A〟の計画の内だったんですよ」と吐息混じりに差し込まれた声は、外部官僚の口から発せられた。

「査察が動いてもおかしくない状況を作って、不正を働いていた谷沼を追い込むっていう」

「ロシアがGBNを独占がどうとか、とんだ与太に引っかかったもんだ。谷沼の祖父さん、草葉の陰で泣いてるぞ」

「谷沼だけじゃない。グランプラスを監視下に置いてきた〝向こう〟も見事に裏をかかれた」

 フェアチャイルドを指す〝向こう〟という隠語に、口をつぐんだ一同が上座の方を注視する。先刻まで深雪の尋問を映し出していたモニターとは別に、デスクトップのディスプレイが呂名の右隣に置いてあり、一同の目は明らかにそちらに注がれていた。

 そう、口の利き方には気をつけたほうがいい。自分が担当外のつもりでも、〝向こう〟からすれば、これは〝財団〟の責任だ。

 胸中につぶやいた呂名は「谷沼の行き先の見当は?」と議員が気まずそうに言葉を継ぐのを聞いた。

「奴の父親と兄貴は現役の運営官僚だろう。副長官の方でなんとかならんかね」

「谷沼を捕まえてどうすんです。奴のあけた穴なんて、もう問題じゃないでしょう」

 財務官僚がうんざりと言う。官僚トップの副長官を気遣う声にも聞こえたが、当の内藤は頭を抱えたまま動かず、「おしまいだ……」と呻くばかりだった。

「失った金も、信用も、取り返しがつかない。GBNを支えてきた私たちの〝財団〟が、これで白紙に……」

「ちょっと、情けない声ださないでくれる?」

 甲高い、少女のような声がよどんだ空気を突き通り、消沈しきった内藤の顔さえあげさせた。全員が視線を向けた先で、派手な服装で身を固めた少女が、背筋をぴんと伸ばしていた。

 

 大山リンである。

 

 

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