ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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お待たせしました。
主人公エイジの登場です。


第三話

 

「始めたのは、ぼくじゃない。60年前、呂名哲郎が『A金貨』を手にした時から……それ以前から戦いは続いている。やめる権利なんてない。ぼくにできるのは、終わらせることだけだ」

 

 

「あの人が求め続けた答えは、すでに目の前にある。〝システム〟……『世界』という魔物に手綱をつけるチャンスは、今しかない」

 

 

「古い〝システム〟が、すべての可能性を消し去る前に……。残された時間は、そう多くない」

 

 

「あらゆる方法を考えて、手も尽くしてきた。でもなまじのやり方では、〝財団〟の元栓を開けることはできない。『役者』が必要なんだ。ぼくたちにはない資質、与えられた役を完璧に演じられる天性の『役者』が」

 

 

―――――――

 

――――

 

―――

 

 

 

 ガンプラバトル・ネクサス・オンライン。

 日本GBN エリア11

 

 

「神も仏もならぬ……連邦もジオンも、はたまたプラントも連合もあったもんじゃない。このバーチャルオンラインゲームGBN世界で、唯一、頼りになるのは自分の経験と〝鼻〟です。こいつの匂いをかぎ取る才能ってやつです」

 ひとさし指と親指で円を作り、にやと笑って見せる。積み上げた印象を覆す下卑た仕草であったが、いまは有効になる場面であった。予想通り、センターテーブルをはさんで向き合う男の顔色がにわかに変わり、防壁が下りていた目に畏怖混じりの好奇の色が浮かび上がる。

 ダイバー名、ルガール。

 性別、男。

 ダイバールック、角刈りタンクトップ。

 フォースランク30位。

 個人ランクS。

 『ガンダムシリーズ』にでてくる機動兵器モビルスーツを、模して造られたプラスチック製品『ガンプラ』を戦わせる大会、ロシアGBNで行われるガンプラバトル大会の優勝の数々を<ボルトガンダム>をカスタムした<ガンダムボルト・ギガント>で総ナメにし、ロシアでは敵がいないと見るやみるや日本へ来日。日本でもGBNをプレイし、同じくさまざまな大会で腕を振るったあと、腕1本でさまざまなフォースを渡り歩き、4年前、『スタンフォード』というフォースをたちあげた。

 エリート・オブ・エリートを自認するだけあって、非常に自尊心が強く、フォースメンバーと対立することが度々。その性格こそ、フォース内の出世レース脱落の最大の原因なわけだが、当人には残念ながら、ほぼほぼ自覚がない。

 ランクをあげ、順位をあげ、ぬるみきったフォース内の空気内では、実力の高すぎる自分は不釣り合いだと信じ切っており――早い話が、このルガールという男は、他人に認められたがっている。隣に座る七三のサラリーマン風の男――のダイバーであるアキバという男を腰ぎんちゃく代わりに脇に置いているのもその表れだろう。

 だが、フォースでのこの男はスタンフォードの懐刀。メンバーを先導して、ストなりデモなり起こしてもいいだろうに。次の体質改善で大量解雇が始まるなら、こういうルガールみたいなやつが、切られていくだろう。

 やはり、事前の調査報告のあった通り。だとしたら、事はそう難しくない。

 相手が焦れるほどの間をとり、両者の反応をたっぷりうかがってから、エイジはおもむろにソファから身を乗り出した。

「実際、嫌になりますよ。話が話なだけにいつもこういうことになる。しかしね、ルガールさん、あなたの懸念を完全に解消する言葉があるかと問われれば、持ち合わせていないと答えるしかないのが私の立場です。私だって運営に雇われているにすぎない。その〝財団〟の理事たちでさえ、すべての答えを知ってはいないでしょう。どだい、ひとりの人間が背負いきれるものではないのですよ。この『A金貨』という奴は」

 各種ミッションのクリア認定証、自身のガンプラのバトルでのフォトグラフや、どこかの『あれはいいものだ』とかいいそうな白磁の壺、これまた極めつけには、自分のダイバー姿である角刈り頭の顏の写真。言えばきりがないほどの調度品の数々が飾られた10坪弱の部屋に、動揺を押し殺した重苦しい沈黙が流れる。

 いま、エイジらは隠れ家替わりのビルの一室にいる。応接セットを挟んで、向き合う、ルガールとエイジ、アキバ、それに戸口脇で寡黙に一同の様子をうかがうガストとかいう男ダイバーのみ。人の出入りは、女性がコーヒーを運んできたのを最後に、禁じられている。

 地球連合軍の白い軍服に身を包む姿の、長身に凛と立たせるガストという男は、機動戦士ガンダムSEEDに出てくるモブ軍人を大柄に変えたように見える。

 だが、その肩書きは、GBNの財務局課長補佐だ。

 50代後半の貫禄のついた男のダイバールック姿は、エイジにとってはうれしい援護射撃だった。エリートを自称するような男からすれば、エイジは、ただのCランクそこそこのダイバーにすぎない。

 初顔合わせ以来、オンライン内では習得し得ない所作をもってルガールたちを圧倒してきたガストという男だが、今日はいささか分が悪い。

(わたしなりに調べてみたが、どうも『A金貨』に関してはよくない噂しか聞こえてこない。せっかくの申し出ではあるし、ご紹介していただいた上位ランカー先生の顏をつぶさないためにもここは――)

 そんな言い方でシステムウインドウへのサインを拒んだルガールに対して、およそ感情を表にださないガストに関しては不安の目が浮かんでいる。

(あわてるな)

 ちらと流した目がそう伝え、エイジは改めて、ルガールの顏を直視した。バカな同僚者のとばっちりでやりにくくなっては、かまわん……。

「あなただけではありません。いざ契約の段階となると、誰でも不安になるもの。中には約束をやぶって、運営スタッフなどの第三者を立ち会わせる御人もいます。その場合は、我々は静かにただ、退くまでです。結果、その方は詐欺の被害を免れたのか、幸運の機会をのがしてしまったのか……。私どもは、答えを知っていますが、その答えが正しいと証明する手段は持ち合わせていない。その必要はないとする――〝財団〟の考えに共鳴しているからです」

「どうして――」

「これも試験のひとつだと思っているからですよ。言ったでしょう、最後にモノを言うのは経験と勘。こいつをかぎ取る才覚だって」

 再び指で円を作りながら、エイジは視線をそらしたルガールにたたみかけた。

「今や、世間はガンプラバトルであふれ返っている。世界の行く末も決めるくらいです。ですが、これは才覚がなければ生き残れない」

「才覚か……」

「はい。その才覚の無い方は、『A金貨』は使いこなせない。〝財団〟の支援先選定が万全であるという保証はありませんからね。あえて決め手を提示せずに、支援先の勘と経験に基づいて判断していただく。それが最終試験というわけです。無論、マニュアルに明文化されている事柄ではありませんが」

「ま、まってください。そんなことで、何千億ものお金のあるないが決められるんですか? ぼく、ネットで調べましたけど、支援って――」

 押し黙ってしまったフォースリーダーを横目に、腰ぎんちゃくが口を開く。

「その理窟でいえば、このフォースに1000億ビルドコインなんて額、出すところはありませんよ」

 と一蹴して、エイジはルガールのみに視界を収めつづけた。

「おためごかしは、無しにしましょう。あなたの所、フォースリーダーは決めようとしているんですよね? そうなると、次の出馬を考えている。そのための必殺必中の武器が、いま進めているのが、他強豪フォースとの合併だ。これがうまくいけば、『スタンフォード』のランクはぐんとあがることになる。猛反発を喰う旧幹部は残らず追放。合理化政策を推進して、フォース価値を高めてきたあなたの努力が実を結ぶというわけです」

 アキバがなにか言いたげな仕草を見せたが、相手にするつもりはなかった。

 『スタンフォード』と持ちつ持たれつのあるダイバーに認可を得て、紹介状を持ち、『A金貨』の話をしてから1か月あまり。以後、フォースバトル、ミッションと共にしてきた中、このアキバという男はおしゃべりbotくらいにしか価値がないと承知している。

「『スタンフォード』のランクは、とても高い位置にあります。ですが、いきなり大きく下落し始めましたね」

「フォース内で、形容しがたい意見の祖語があったのでな。新たな連中がリーダーの方向に、馴染まない、こういうことはままあることだ」

「それはそうですが、タイミングがあわせたように、フォース資金がぐんと跳ね上がっているのは作為的ですね。まるで示し合わせたかのような……」

 ルガールの眉がはね、への口に引き締められていた唇が動揺をしめして歪む。

「〝オプション〟をお持ちでしたね」

 と続けたエイジは、自分もにたりと唇をゆがめた。

「"オプション〟。新設するフォースネストの土地自体の値段を、現在の価格のままで購入できる権利でしたね。あなたはフォースをたちあげる際、数々のフォースで獲得していたビルドコインをごまかして運営に納入していた。金額はわずかでいい。それが積もりに積もっていけば、自分は億万長者になれる。それで他のダイバーにむけて土地を買い、売っていけば丸儲け。まずばれない。まぁ、ブレイクデカールでオンライン空間が被災したりして、補填しなければならなかったのは、計算外でしたでしょうが、その後の復興支援でなんとか持ち直していらっしゃる。

 ……アキバさん。あなたも、相当お持ち何でしょう?」

 咄嗟に言葉を返そうとして、冷や汗をかいて口をぱくぱくさせたアキバの目が、ルガールに注がれる。

 リーダーの人事を決定する幹部役――無論、大半が〝オプション〟によって抱きかかえられた新メンバーだ――にも、色々と与えて、抱え込んでおけば、ルガールが唯我独尊的に決定できたであろうことは難しくない。

 ルガールはというと、じっとエイジの目をのぞき返すばかりであった。

「ルガールさん。こういうことは、どこのダイバー……フォースでもやっていることだ。あのナンバー1フォース、アヴァロンでもね。問題は、他フォースとの合併で、こちらがどこまでイニシアチブをとれるかです。それには、被災した負債額がどこまで片付けられるかにある。赤字に資産を喰われている状態では、合併相手に足元を見られますからね。ところが、現在の『スタンフォード』は、赤字に転落しようとしている。過去の負債は払えるが、それは今の所だけ。ここはどこかのフォースから借金をしなければならないが、簡単な理由ではコインは降ってこない。

 そこで、降ってわいたように大型支援の話が持ち掛けられた。話にしてはうますぎる。しかも相手は『A金貨』。少し物を知っている人間なら、それが架空支援詐欺の作り話でしかないことは常識です。疑いをもたれるのは当然でしょう」

 言い切ると同時に視線をそらし、勢いよく立ち上がる。びくりと体を震わせたルガールとアキバを尻目に、エイジはゆっくりとした足取りで応接セットから離れた。

「今やGBN新時代。世界中に広がったこのネットワーク世界は、誰もが可能性をつかみ、のし上がろうと必死です。今やちょいとまとまった金があれば、投入口はいくらでもありましたがね。ブレイクデカール騒動やアルスとかいう宇宙人との戦い、もうその他もろもろ……言ったら切りがない。GBNのスポンサーである日米経済は不安定で、ゲーム自体の存続も危うくなりかけたとか。新スポンサーを見つけようにも、海外の巨大企業も元気がなくて、困ってる。

 今は国家は、電子生命体保護政策やサイバーテロ対策の開発やら店づくりにてんやわんやで、ついには金がなくなってついには軍縮の傾向にあるらしいですから。ま、なかなか怖くて手がだせないっていうのは当然でしょう」

 1歩、また1歩と足を繰り出しながら、エイジたちが収まるソファの背後に回り込む。

 壁に設けられた作りかけの戸棚の上で、『あれはいいものだ』壺が、長年の貫禄を湛えて鎮座していた。ルガールが持ち込んだものだろう。

 リーダーの就任祝いに誰かから贈られた物か。調べるようにいっておくのだったな……と頭の片隅で考えながら、

「でも、『A金貨』はそうした凡百の支援金とは違う」

 とエイジは言葉を継いだ。

「日本の国家予算が一部抜き取られ、闇に葬られた金……。その出自は日本政府の高額納税者の隠し財産とも、反政府勢力の活動資金ともいわれていますが、私にも正しい所は分からない」

 一転して硬くした声音に、ルガールの顏の毛は逆立っているように見える。エイジは指を押して、小型のシステムウインドウを表示させるといろいろな風景をルガールとアキバに見せた。

「ブレイクデカール事件直後の混乱はひどいものだった。世界が砕けて、そう、GBNは死んだんです。世界を司る、ガンプラバトル条約にも危険が迫っていた。世界中から義援金から集まってはきたが、まだ足りなかった。それほど世界は壊れてしまったんです。そんな壊れた世界を生き返らせたのが、『A金貨』です。『A金貨』なくしての、GBNの奇跡的復興はありえなかった。

 今、GBNを支えるスポンサー企業のほとんどは、『A金貨』の存在を信じている。企業、個人でもかまわない。GBNにとって有益だと思った者には、低利子で貸し出される。

 ちょっと利回りのいい定期に放り込んでおけば、それだけでおつりが出てくるほどの低利で」

 陽光を浴びるエリア11の街並みが、システムウインドウに表示される。

 『スタンフォード』のフォースネストは一車線の道入った道沿いにあり、12階にあるこの部屋には、大小あるビル群と道路を走る色とりどりの車列を望むことかできる。

 いつまた、GBNが破壊されるかもしれないのに、なにごともない顔でそこにある無数の建物、車、人、人、人。利益もへったくれもなく、吹けばとぶとわかりきっている個々の活動を内包して――俺はなにをやっている?

 馴染んで久しい不快感を突き上げられたのも一瞬、すぐにウィンドウから目を離したエイジは、ありったけの意識を集中してルガールひとりを睨み据えた。

「ではなぜ、運営は自分たちで増やそうとしないのか? 市場のバランスが崩れるからだとか、表にだしづらい裏金だとか、色々な要因はありますが、最大の原因はひとつ。一種のリッチ・カテゴリであるからです。

 GBNを造り上げた創始者のひとりが、世界の復興と発展を夢見て作り上げたシステム……それが『A金貨』であり、我々はその管理運営を任されているにすぎない。この際だから申し上げましょう。その時々の実力者を理事に迎えている〝財団〟ですが、私はそのメンバーを知らない。

 紹介していただいた上位ダイバー先生の方さえもその、メンバーのひとりと面識があるというだけでしょう。私は単なる仲介人で、報酬は支援手数料の中から支払われる。あなたが署名をためらっておられる、その念書と小切手のことです」

 指さした勢いにつられて、ルガールの目がテーブルの上に表示されたウィンドウ・データに落ちる。固唾を飲んだ顔のガストをよそに、ルガールはずかずかとテーブルの方に歩み寄った。

「〝財団〟がなぜあなた方を選んだのか、私にはわからない。フォース内で針のムシロに座り続けても、信念をもって、フォース経営を進め、まとめあげた。その気骨をして、この国の未来を託すに足る資質があると認めたのかもしれないし、まったく別の理由があるのかもしれない」

「別の、理由……?」

「バタフライ効果ってやつです。蝶の羽ばたきで生じたミニマム的な気流の変化がめぐりめぐって、地球の裏側に……というやつです。上位ダイバーとの合併も、そういうことなのかもしれません」

「じゃあ、もしかして上位ダイバーとフレンドを結んでいる中小フォースがなにか……?」

「さぁ。でも、それは単純すぎるでしょう。好奇心は猫を殺すというコトワザが、諺だけではすまない業界ですから」

 あらためてウィンドウの文面に目を落とすと、ルガールは低くうなって動かなくなった。

 無担保、年利1.5パーセントで1,000億円をビルドコインに換金して支援する代わりに、元金の0.25パーセント、つまり2億5,000ビルドコインを、支援手数料として支払いすること。

 財務担当が発行した書類の文面を要約するなら、そういうことになる。ここで1,000億のビルドコインを手に入れれば、自分の地位は盤石になる。2億5千万のつかみ金など、経費の諸作でどうにでもなる額だ。

 〝財団〟は『スタンフォード』のことはもちろんのこと、リーダーたるわたしの個人情報まで知り抜いている。強大な後ろ盾をもっていることは間違いない。なんといっても、あのGBNスタッフの課長クラスがこの場に立ち会い、入金後の経理操作までしてくれるというのだ。

 正直、『スタンフォード』と他の上位フォースの合併がどんな風を生じさせてくれるのか知らないが、リーダーの座を盤石にさせてくれる自分には、うまい話なのはまちがいないだろう。重要なのは、このうまみの利幅を増やすことだ。考えることではないではないか――。

 

 ……などと、そういう思考回路を息巻いているにちがいない

 

 と考えたエイジは、

「ですが、私の見立ては違います」

 と、機先を制する声をだした。

「これまでのフォースリーダーとお会いしてきましたが、支援が成功するパターンには共通人物像がある。決して、清廉潔白な人物ではない、ということです。欲を持ち、野心を持ち、そのエネルギーを仕事に活かしているような人物。公私の区別を持たず、仕事は自己実現の手段と割り切って恥じない人物です。日本人で集められたフォースでは、そのような考えは窮屈でしょうが、そういう考えこそ事態を切り開くパワーがある。おそらく〝財団〟は、そこまで見たうえで融資先を選定しているのだと思います」

 考えるのに疲れ、迷うのにも疲れ切っていたルガールの目が、一縷の光明を見出したのごとくこちらに向けられる。

 そう、それでいい。俺だけを見ろ。

 すがる色を浮かべた目と目を合わせ、エイジはジンと痺れる脳髄の奥につぶやいた。

 他のヤツの言うことは無視しろ。

 俺はあんたを認めていると言っているんだぞ。アキバみたいな腰ぎんちゃくの他に、あんたを認めてくれる人間がどこにいる――?

「ま、すべては推測です。〝財団〟がなにを考えているかなんて、ただの仲介の私には興味のない話だ」

 たっぷり見つめあってから、すっと退く。手の中をすり抜けていった、何かを追い、惑う目をしばたたいたルガールをよそに、エイジはテーブルの上に表示されていた資料用のウィンドウをぽちぽちと押して、消し始めた。

「あなたがお断りになって、理事たちを失望させても私の腹は痛まない。成功報酬はいただけませんが、このひと月あまりの諸費用は経費として申請できますしね。見込み違いだと報告して、次の案件に取り掛かるだけです」

 最後のウィンドウを指で消した電子音にあ……と口の中で叫んだ、ルガールの声が相乗したような気がした。

「どうも、長々とお時間を取らせて申し訳ありませんでした。次のリーダー選挙、うまくいくことを祈念しております。それでは」

 退く時は迅速に、相手の暇を与えずに。さぁ、勝負、と内心に気合をあげ、エイジは踵を返した。ガストが開けたドアの方に向け、急ぎももたつきもない足で踏みだしていく。

「まってくれ」

 戸口をくぐり抜ける直前、絞り出すような声が背後から振りかけられ、中腰になったルガールの気配が伝わった。

 仕事が成功したことを伝える声。

 脳髄の痺れを全身に押しひろげ、射精にも似た快感を呼び込む声だった。

 すべての労苦は、この瞬間にこそ報いられる。エイジはそれとわからぬほどの笑みを浮かべ、ゆっくりと振り返った。

 

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