ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第四十五話

「……さっき、才能の話をしましたよね。ひとつの才能、ひとつの発明が世界の在り方を変えるのを。飛行機、電球、最近なら、スマートフォンも入れてもいいかな。でもこれらに革命をもたらしたコンピュータ、そもそも誰が発明したかご存じですか?

 大元をたどると、これこそ古代ギリシャの時代に似たものがあったそうですが、プログラム可能な自動計算機が最初に登場したのは1900年代の最初。ひとりのドイツ人が造ったそうですけど、知りませんよね。飛行機を作ったあの方や電球を作った方に較べても圧倒的に知名度が低い。これはコンピュータの開発が企業主導で行われてきた結果、いわゆるビッグサイエンスの産物であるからです。二大国の宇宙開発競争で需要が伸びれば、国家もこれに介入して相見互いの開発が重ねられてきた。コンピュータに限ったことじゃありません。過去に起きた2つの大戦争で、科学の発達が軍事力と国力を左右すると知った人類は、その研究者や発明を国家レベルで抱え込むことを覚えた。優れた才能は国や企業に吸収されて、いまや個人単位で大きな発明をするのは難しい。ガンプラをスキャンさせて動かすGPデュエルの基幹システムが有名になりましたけど、職務発明と言って、企業主導下における発明はその企業に帰属するのが〝システム〟ですから。必然、この数十年の発明や発見は、〝システム〟に基づいたもの、国や企業を利するものばかりになって、その外側にあるもの……本当の意味で世界を変える発明には誰も目を向けなくなった。向ける者がいたとしても、開発資金を得られずに断念するか、企業に組み込まれて当初の理念とは異なる形で歪められてしまう。ビッグサイエンスには、もとより個人をないがしろにする構造があったということです。

 でも世界を動かすのは依然として個人の才能だと僕は信じています。現実を現実と受け止めるだけでは、新しい発想や発見は生まれない。〝システム〟では規定も把握も出来ない事の本質を見極められるのは、見極めようと強く願う人間の心、濁ることを知らないまっすぐな眼差しです。職務発明であれなんであれ、折々に現れるそうした眼差しが〝システム〟を飛び越え、新たな発見を人の社会にもたらしてきた。才能とはそういうものです。そしてそれは、GBNにあまねく存在する。適切な教育と情報アクセスさえあれば、このヲチカタも世界を変える才能の持ち主は現れるはずです」

 なにかを煮炊きする匂いが、風に乗って漂ってくる。香草の効いた香りだが、タイ料理ほど刺激的ではない。やさしく、懐かしく、どこか物悲しい。きっとどこの国でもそれほど変わらない、1日の終わりを告げる夕げの匂いだ。

 それにつられたように、公民館に集まっていた村人たちは三々五々家に帰り始めている。彼らに押し出されている格好で公民館前を離れ、エーイチに誘われるまま歩いたエイジは、今は村を見下ろす小高い丘の上に立っていた。

 陽はすでに山の向こうに隠れ、先刻まで一面に注いでいた夕焼けの色はどこにも見当たらない。西から侵食してきた群青色が空の8割方を覆い、眼下に広がる村を薄暮で塗り込めつつある。それでも公民館や見張りの片腕<ザクⅡ>などの位置が判別できるのは、家々から漏れる明かりのお陰だった。

 太陽光パネルの他に、夜間だけ稼働する発電機があるのだろう。発電機の明かりは白々と冷たく、目に刺さる鋭さを感じさせるものだが、ここで見る明かりは温かく、やわらかい。まばらな灯のひとつひとつが胸に染み入り、郷愁ともつかない疼きを身の内に拡げてゆく。

 そういう風景を知っているわけでわけでもないのに、なぜだろう。

 長い旅の末に生まれ故郷に帰ってきたような、これから全てが始まる時代に立ち戻ったような、甘苦い感覚――。

 同じ風景をエーイチも見ている。

 山の輪郭を縁取る陽の残滓を受けて、しっかと見開かれる目が薄暮の中でも輝いて見える。

 濁ることを知らない目。

 〝システム〟の外にある何かを見極めようとする目。

 繰り返し聞かされた言葉を反すうするうち、その瞳が不意にこちらに向けられ、エイジは意味もなく心臓を高鳴らせた。エーイチは口もとを緩め、「あなただって、実例なんですよ」と笑みを含んだ声でいう。

「ヤクザがしきっていた闇ガンプラバトルで日銭を稼いでいた宿無しのチンピラが、黒須さんと出会ってからは自発的に『A金貨』の知識を蓄えていった。その『A金貨』詐欺を生業とする人たちとは何人か会いましたけど、あなたほど知識を持っている者はまずいない。独力で〝財団〟の存在を突き止めた分析力といい、生半可なものではありません。同じ境遇でいたら、誰でもそうしたとはあなたも思わないでしょう?」

 急に振られた矛先に、なぜだか胸がちくりと痛んだ。「天才となんとかは紙一重ってな」と返す一方、エイジは微かな痛みに意識を凝らし、<ガンダム>の方向に目を動かすと、いつか聞いた黒須の言葉を思い出した。

 ほれ見ろ、おめえのできのいいオツムは、本能的に勉強したがってんのよ。

 そうかもしれない。

 同じように闇バトルで日銭を稼いでいる連中は今頃どうしているだろう。

 意識して遠ざけたつもりはないのに、いつからか話すことがなくなっていった。その場に留まり続ける彼らとは共通する話題もなく、住む世界がおのずと違っていったからだろうが、別にドン底から這い上がりたいとか、1人前のガンプラバトラーになるとか、具体的な目標があってそうしてきたのではない。

 ただ、知りたかった。

 自分を取り巻く世界のなんたるか、を知りたくて、手掛かりになりそうな知識を片っ端から吸収していったのだ。

 その思いが黒須の事件を通して『A金貨』に集約され、数十年の放浪の末にいまはこんなところにいる。

 確かに誰でもすることではない。

 知ることに取り憑かれたバカでない限り……と考えたところで、エーイチが言う〝才能〟という言葉の意味が初めてわかったような気がした。息を呑んだエイジを見やり、そういうことです、というふうに目で頷いたエーイチは、笑みを消して眼下の村に視線を戻した。

「放っておけば、大半の人たちは3日もすればHAROをいじるのに飽きる。逆にのめり込み過ぎて、他のひとを手につかなくなる中毒患者も現れるかもしれない。そのへんのサポートは計画に織り込み済みですが、才能の持ち主たちには無用なことでしょう。誰に教わらずとも、彼らはこのHAROが持っている可能性に気づく。会ったことのない、会うことのなかった人たちと話すことを覚え、自分の才能を発信する術を学んでいく。さしあたっては、これまで接触のなかった村同士の交易が始まるでしょうね。ろくな資源も商業もない国のことですから、始めは高が知れたものでしょうけど、でも、例えばある村では役に立たないものが別の村では役に立つ、そういう死蔵された物や資源を融通しあうことはできるし、作物がいくらで市場に出回っているかがわかれば、自分たちで作付けをコントロールして直に取引することもできる。それに必要なものを持っている人、それを商える人。アイデア、資源、流通が自ずと結びついて、新しいビジネスの形から生まれる。100の失敗の中からひとつの成功例が生まれたら、それは大勢のELダイバーたちを巻き込んで拡大し、村単位で孤立していたヲチカタのELダイバーの思考をコロニー単位に組み直す。利益と効率を追い求める売買の原則、〝システム〟に従って」

 陽の残滓ではなく、内奥から湧き上がる光を受けてその目がぎらと閃く。〝システム〟の外に踏み出した獣がいよいよ牙を剥いたように思い、エイジは我知らず生唾を呑み下した。

「この携帯端末――HAROは、ひとつひとつが情報の保持とリレーを行う端末を使っています。ネットワークに接続した先には、我々のNPOが運営する教育専門の双方向サーバーであり、全国民が文字なり音声なりで登録した情報の海。ELダイバーの人たちにとっては学校の役割を果たし、読み書きから算数まで、段階に応じた教育が受けられるようになっています。サーバーはGBNのものから一部もらい、24時間稼働しているし、何度でも1からスタートできるから、誰かを取りこぼして先に進むってこともない。ELバースセンターを知らずに生きている者が、1から教育を受け直すことができる。音声だけでも記録と検索はできるけど、どこそこにマスダイバーが出没しているとか、地雷原の避け方とか、死活に関わる情報を素早く拡散するにはやっぱり文字が要りますからね。区域ごとに使われている文字は違うから、当面はローマ字表記に統一して、アルファベットを学んでもらおうと思っています。理念で動かない人も、その習得如何で生死が分かれるとなれば必死になる。そして才能の持ち主たちは、それをステップにリアル世界に語りかける方法を学び始める。

 現地の特産品を魅力的なパッケージとコピーで飾り立てて、独自に通信販売を行う業者が現れるかもしれない。医術の心得のある者なら、HAROから最新医術の手術法を学び、安い費用で医療を行うこともできるでしょうが、商業や学術方面で目立った動きが生まれるのは先の話でしょう。当面、期待されるのはガンプラバトルや芸術方面の才能です。どんな分野であれ、そこに新しい才能が存在するとわかれば、人はこのコロニーに注目する。何もしなければ埋もれたままだった才能が、このHAROを配布することで発掘された。ヲチカタで起こったことは他のコロニーでも、GBNをやっている半数を占めるELダイバーの中でも起こりうる……という理解とともに」

 背後を振り仰いだエーイチの目が、一点に注がれる。

 村人の手によるものか、山腹の切り立った岩壁に大きな絵が描かれているのが薄暮の中に見て取れた。

 5メートル四方の天然のキャンパスに、一見無秩序に書き散らされた極彩色の抽象画。ペンキをぶちまけただけと言ってしまえばそれまでだが、よくよく注視すると、人やモビルスーツらしい形が荒々しい色と線で描き出され、ある法則に基づいて配置されているのがわかる。宗教画のカラーセンスで、現代的に表せばこうなる……というところか。

 美術のセンスなどまるでないが、グランプラスの社長室に飾られていた現代美術の逸品に比しても、見る者に訴えかけてくる力は引けを取らないと思う。吸い込まれた体で巨大な壁画を見つめたエイジは「僕たちの価値観、〝システム〟にはめ込む必要はない」とエーイチが続けるのを聞いた。

「むしろ、ぼくたちには想像もできない厳しい環境で生きてきた者の知恵、荒々しい感性を発揮してもらった方がいい。そこから生まれる新しい考え方が、先進国のGBNに山積みしている問題を解決する力に……って、それもまだまだ先の話です。まずは才能の持ち主たちに必要な教育を与える事。彼らの存在を糸口に、世界にこのヲチカタを知ってもらうこと。その結果が芽吹いた頃には、もうこのヲチカタはもう識字率の低い悲惨な後発コロニーではなくなってる。全コロニー民がHAROを使いこなす情報最先端地区。あらゆる企業やフォースが優秀な人材と重要を提供する、新しい地になっているはずです。

 そこから先は、技術支援の原理の発動です。ヲチカタで起こったことは他の後発コロニーでも起こり得る。国民ひとりひとりにHAROを供給するという〝投資〟によって、すべての後発コロニーは活性され、先進国GBNは大きなビジネスチャンスを与える。投げっぱなしの援助でも、アウトソーシンクという名の占領化でもない。ELダイバーそのものに対する投資で、現実世界の資本は数倍に膨れ上がり、後発コロニーに蔓延する無知や貧困は撲滅される。ひとつ成功例が生まれれば、他のコロニーでも同様の投資が為される。信用不安で滞留している莫大なマネーが、新たな投資先を見つけて一斉に――」

「ちょっと、待ってくれ」

 言葉で溺れそうな恐怖に、エイジは咄嗟に遮る声を出した。エーイチは口を閉じて静かに見返す。

「理屈はわかったよ。でも、結果が出るまで何年も、下手すりゃ10年単位でかかる話だよな? そんな気の長い投資に付き合える企業やフォースがそうそういるか?」

 刻々と薄まる薄暮の中で、エーイチの目だけが衰えぬ光を宿していた。

 できれば、無条件に受け入れたい。

 これで世界が変わる。

 この仕事には意味があったと納得して終わりにしたいが、ここまで来たら、すべてを確かめずにいられない。自分でも判然としない衝動に駆られ、エイジは「前に、話してたよな」とエーイチを正面に見据えた。

「GBNの、周辺企業の評価は年度末決算で決まる。一般企業もだ。去年の売り上げが下がれば、企業の評価が下がり、経営陣の首もすげ変えられる。だから短期的なリターンが期待できる案件にしか、支援できなくなってることが問題なんだって。このなにもないコロニーが、ぽんと天才が出てくりゃ、人は注目するだろうさ。ガンプラバトルのチャンピョンが生まれれば、スポンサー企業が殺到するみたいに、しばらくはもてはやされて、このヲチカタで起こったことは、このGBNでニュースになるだろうさ。でもそんなブームは長く続いても半年だ。そこに新しい投資の可能性があるって認めても、それを生み出すのにかかるコストと時間を聞かされたら、大抵の奴は2の足を踏む。世界中のダイバーやGチューバ―をその気にさせるには、天才を1ダース揃えたって、まだ足りないぜ。10兆円を残らず投資したって、本当に火がつくもんか……」

 なにも言わず、エーイチは薄く閃かせた目をじっとこちらに注いでいる。

 もし、このまま返事がなかったら。

 納得のいる答えが得られなかったら。

 ふと考え、想像以上の失望におののきながら、エイジは口を開くのを待った。ほどなく視線を外し、<ガンダム>と<モビルドール・ミカヅキ>が停めてある村の外れに向き直ったエーイチは、「たしかに、簡単なことじゃありません」と一声を発した。

「でも、可能性はそこにある。それが僕たちの最大の武器だ」

 聞き返すよりも先に、その視線が再びこちらに据えられる。「エイジさん、いえ金家さん」と改まった声を出したエーイチに、エイジも退くつもりのない視線を返した。

「前におっしゃってましてね。〝システム〟という言葉を聞けば、自分にもぴんと来るものはあるって。あなただけじゃないんです。〝システム〟の限界、資金の暴走……言葉にできなくとも、いまは誰もが同じ不安を感じている。先の見通しが立たないのはいつの世も同じだけど、未来に対する不安がここまで蔓延した時代はなかった。この不安とは、すなわち変化を求めるニーズです。GBNで起き続けている侵略者達との大戦争の敗退、金と力が唯一の正義になって、誰もがその仕組みを疑おうとはしなくなった。金の限界、力の限界は、そのまま人の限界であると結論して、効率化を推し進めることでその場をしのいでいた。でも、他に道があるとしたら? 現在の〝システム〟を改善する方法があって、その成功例がひとつでもあるとしたら? それがELダイバーたちの将来を救うかもしれないのに、既存の〝システム〟が実現を阻んでいると知ったら?」

 なにかが頭の中ではハマりかけている感覚があった。エイジに据えた視線を動かさず、「おっしゃる通り、年度末決算と、サラリーマン比率を一義とする企業論理とは相いれない話だ」とエーイチは続けた。

「でもそのサラリーマンでさえ、ひと皮むけば将来に不安を感じる個人に立ち返る。この内外にあまねく存在するニーズを、スポンサーは無視できない。無視し続ければ不利益を被ることになる。新しい発想、新しいシステムを修正する答を求める命たちが、その利己主義を断罪するように働くからです。

 博司叔父さんにはそれができなかった。個人の声は個人のものでしかなく、情報発信はマスコミの専売特許だった。いまは違う。個々の声を共鳴させ、人間の社会に働きかけるツールが……国も企業もその監視から逃れられない巨大な装置が、誰の手にもある」

「ネットワーク。それもGBNか……」

 考えるより先に、その言葉がこぼれ落ちていた。そう、これはエーイチが1から始めたことではない。彼の叔父が、兄が、それぞれに出した答を経て紡がれた答だ。その正体を目前としている予感に半ば興奮し、半ば恐怖しながら、エイジはエーイチの顔を凝視した。エーイチは小さく頷き、「まだ、機能が十全に発揮されているとは言えません」と言葉を継いだ。

「でもGBNの拡大で、マスコミ操作は過去のものになりつつある。偽情報で正しい情報を打ち消すカウンターインテリジェンスは健在ですが、そこに真実がある限り、個々の声を完全に消し去ることができない。正しい情報の発信と共有……それこそが、叔父が、兄が出された答でした。その〝システム〟が実現した時、虚飾は剝ぎ取られ、不可侵性を失う」

「じゃあ、オヤジは……あんたの兄さんは……」

 あいつは違う。

 あいつは金の活かし方を知っていた。儲けはしても使い方を知らねぇ連中の中で、たったひとり――。

 かつて呂名正彦を指して言った黒須の声が明瞭に、エイジは息を止めてエーイチを見つめた。エーイチははっきりと頷き、

「陸天サービスに注入されるはずだった8000億円。あれは当時、まだ黎明期にも差し掛かっていなかったGBNを普及させるために、兄に独断で動かそうとした金です。近々、GBNがサービス開始するあの段階で、近々専用サーバーを作る段階で、日本のトップメーカーが巨額の開発予算を計上してたら、以後のGBNの在り方は変わっていたのかもしれない。いつか生まれる新しい奇跡のために……当時、兄はそう言っていたそうです。商業ベースである以上、スポンサーの意向で情報がねじ曲げられる危険性が伴うマスコミと違って、GBNは自由な情報交換の場にもなる。そこには〝システム〟の統制も及ばない。現時点で、GBNをリードできれば、その利益を還元して、安価な検索システムをGBNに供給することも不可能ではない、と。黒須さんも、それを承知で兄の手伝いをした。そして……」

 〝システム〟に触れた。

 続く言葉を呑み込み、は手にしたHAROを握りしめた。

 これは、おめえが生きてく世の中の話だ。俺の孫や、生まれてくる奇跡たちが生きてく世の中に関わる話なんだ――。

 あの夜、逃亡先のホテルの一室で聞いた言葉が数年をかけて腑に落ち、ぐらりと体が揺れるのをエイジは感じた。

 知っていた。

 黒須には見えていた。

 この世を、GBNを支配する〝システム〟。未来を食いつぶしながら増殖する悪意の存在を、あの時すでに目の当たりにしていた。<ガンダム>の方に視線をずらすと、<ガンダム>はこう言っているように聞こえた。

(だって悔しいじゃねぇか。顔もねぇ、正体もわからねぇモノが世界中を支配していて、俺たちの知らねぇところでGBNを動かしている。それは世界を動かしてるのと一緒だ。自分で決めたと思ってることも、みんなそいつらの手のひらの中だ。あいつはそれを変えようとした。俺は、GBNの秘密を明かした時のあいつの目を見ちまった。知らんぷりはできねぇんだ。無駄とわかってもやるしかねぇんだ。騒いで騒いで騒ぎまくりゃ、簾中も簡単にあいつを始末することは……)

 そうか、そうだったか。

 〝財団〟の妨害で宙づりにされ、詐欺師の汚名を着せられた末に自害した呂名正彦。

 周囲の白い目をものともせず、マスコミの取材を受けて無罪を訴えかけた黒須。

 彼らは精神を病んではいなかった。

 戦っていたのだ。

 予測される破滅的な未来、その通りに推移した現在を救うために、十数年前のあの夏に命をかけて。

 その理解が全身にのしかかり、エイジは震える拳を握りしめた。深々と息を吸い、気を抜けばくずおれそうな足を地面に押しつけて、頭上に拡がる無辺の空を振り仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 黒須は言っていた。

 〝システム〟は独りにする、と。

 こんなにいっぱいいるのに、人もGBNも独りだ、と。

 個々の欲望、他者へが『より多く』を求める人の心性をもとめ、金への渇望を育てる。

 増え続けねば維持できない資金のシステムがその渇望と響きあい、拡大を促して、世界……GBNは常に競争状態に置かれてきた。それが人の、ELダイバーへの向上心に繋がっている頃はよかったが、いずれ限界に達する時が必ず来る。

 いまや実証されつつある破滅的な危機を防ぐべく、呂名正彦は〝システム〟に戦いを挑み、巻き込まれた黒須もそれに同調した。エーイチはその兄の遺志を継いで行動を起こし、彼に雇われた俺もまた――。

「現在のGBNが、兄の思想通りに利用されているとは言い難い。〝システム〟に基づいて普及したそれは、企業にとってはビッグデータの収集装置であり、多くの人たちにとっては、ガンプラ自慢の窓口か、匿名で憂さ晴らしをするためのゴミ溜めだ。本当に有益な情報や、勇気をもって為された内部告発は、壮大なゴミの中に埋もれてしまう。しかし火が付けば一気に燃え広がる即時性は失われていないし、スポンサーや周辺企業もGBNを無視できなくなっている。道筋を作ってやれば、ニーズに従って必要な世論が形成されると信じています」

「道筋って……」

「財団を作るんです」にやと口もとを歪め、エーイチは続けた。「例の〝財団〟ではなく、後発GBNへの支援事業こそが、資本主義の歪みを正し、全体の利益を高めると訴える財団。一種の研究機関みたいなものです。金の暴走を懸念する者は、スポンサーや企業、政財界にだっている。彼らを雇い入れて、新しい資本主義の在り方を研究、宣伝してもらうんです。人事は現在の〝システム〟を参考にして、事務方には天下りの官僚を、前面に出る研究者にはメディアに露出しやすい知識人、あるいはGチューバーなんかも据えて、我々の考え方、ヲチカタがどう変わってゆくかを広く知ってもらう。潜在的なニーズを掘り起こし、言葉にして〝システム〟を修正する力に変えてゆく頭脳集団です。

 無論、相当な反発があるでしょう。個人的には賛同できても、GBNの周辺企業に与する組織人としては従えない。いや、ヲチカタの事業がうまくいったらいったらいったで、未整備コロニーの取り合いになり、結局は企業私有地ばかりになる可能性だってある。しかし、古い〝システム〟に固執してそれをする者は、GBNという監視装置を介して、社会に断罪される。HAROで現地の声も容易に拾えるとなれば、国自体が加担したとしても情報統制は不可能に近い。バッシング、反対運動……結果としてスポンサーが被る不利益と、未整備エリアへの長期投資によって生じる一時的な不利益。どちらがマシか、企業が天秤にかけるようになった時が、このGBNの変わり目です。ニーズに底支えられた世論が、必ず天秤に傾くべき方向に傾けてくれる。

 ブレイク・デカール事件の直後であっても、サーバー会社の株主総会で決を採れば、GBNのサーバーは維持される。そういう現実を目の当たりにしていては、夢物語に聞こえるかもしれません。でも、そのレベルでの〝システム〟の変更は実例があるんですよ。GBNにおけるELダイバー問題がそれです」

 思考の穴を突かれた思いだった。まだふらつく足を律し、エイジは先を促す目をエーイチに向けた。

「GBNの修正パッチやプログラムのリサイクル、エリアの美化活動に関する事業は、周辺企業にとっては利益にならない活動でしかなかった。でもひっ迫するGBNの違法ツールがELダイバーの保護のニーズとして育てて、今ではGBNの支援はビジネスにもなっている。エリア地区の売買とか、欺瞞的なところはありますけど、事業外だったGBNが事業にビルドインされるようになったんです。これって善意のシステム化の一例だと思いませんか?

 もとが規制からスタートしていることですから、まだ完全なシステムとは言えません。違法ツール対策のコストは相当なものですし、ネットワークが伝わっていない国や企業もたくさんある。それに比べれば、未整備コロニーへの投資事業の方がよほど乗りやすい。長期的にはリターンが望める投資、それもGBN、そして企業イメージの向上に繋がる投資です。広告費と割り切ったら、財源の確保も難しくない。世界中の企業が使う広告費の10分の1でも振り向けたら、それだけで楽にエリア一画分のHAROインフラが賄える。そのレベルから始めて、様子を見ながらじわじわ規模を拡大させていけばいい。10年かけて成功のモデルケースを造れば、あとは資金の原理がおのずと潮流を生み出す。後発コロニーに対する投資事業が常態化して、ELダイバーの住むコロニー群は本当の意味で平準化されていくはずです。

 〝システム〟を根本的から変えるわけじゃない。成長を指向する資金の原理はそのまま、矛先をちょっとずらせばいいんです。奪い合うのではなく、分かち合うことが利益と発展に繋がる、新しい資金運用の形、資金共生主義に」

「資金、共生……」

 かすれた声で繰り返してから、その語感の途方もなさにぞくりと震えが走った。絶句したエイジを見つめ、「こうまとめてみると、たいして新味のある話じゃありませんね」とエーイチは苦笑をうかべた。

「消えゆくGBNの復興の陰で、アメリカの投資窓口として機能してきた『A金貨』。今回もそういうことだ。その国の資源にだけではなく、将来的に形成されるネットワーク市場と人材に対して投資をするって意味でも似ている。ただ、ヲチカタに注入された『A金貨』は、相手を外交的に縛りつけたりはしない。植民地主義に成り代わる支配の方法、それを試す実験体にするわけでもない。軌道に乗ったらHAROの管理も国に預けて、すべて民意に委ねます。そこからのことは、新しく生まれるELダイバーたちに任せればいい」

 言いきり、村の方を見やったエーイチの視線が<ザクⅡ>の隣に歩いてきた<モビルドール・ミカヅキ>に注がれる。

 ちょうど見張りの交代の時間なのか、小さい人影が前任者と<ザクⅡ>のコクピットへ入れ替わる姿が遠目にうかがえた。いつでも動かせるようにコクピットの操縦桿をもって、<ザクⅡ>が立ち上がった。

 それから外れにいた<モビルドール・ミカヅキ>がやってきて頭部を左右に動かす。その動きがふと止まり、100メートル以上離れたこちらを凝視する。この暗がりの中、丘の上に立つ2つの人影を認めたらしい。たいしたセンサー能力だと呆れた間に、エーイチが右手を掲げて大きく振り、少し戸惑ったらしい様子の<モビルドール・ミカヅキ>の右腕が軽くあげた寸劇があとに続いた。

 思わずというふうに挙げてしまった手をすぐに下ろし、何事もなかったかのように周辺の警戒をデュアル・アイで左右に走らせる。この距離と暗さでは機体は完全に判別はできないが、その不器用な物腰は――間違いない。苦笑の鼻息を漏らしたエイジは、しかし笑っていないエーイチに気づいて口を閉じた。「助けられただけで、まだ僕は誰も助けていない」と呟き、エーイチはミカヅキを見つめる目を苦し気に細めた。

「フォースに誘拐されるだけじゃない。中には親に売られた子供のELダイバーもいる。有志連合のダイバーたちが売春宿から連れ出しても、家に戻された途端、また親の手で売られてしまう。まだ10歳にもなっていない子供のELダイバーたちが、です。彼らはまだ他の世界を知らない。理不尽を理不尽だと感じる知識さえ持たない。今、この瞬間にも、変態どもに弄ばれ、生体データへと切り取られる子供のELダイバーたちが何人もいる。彼らに、このHAROを渡すことができたら。いま目の前にあるものがすべてじゃない。声をあげれば届く場所があるんだってことを伝えられたら、それだけで彼らは結ばれる。僕たちだってそうです。今の〝システム〟が絶対じゃない。例え数字だけの虚飾だとしても、世界がこれほどの富を蓄えた時代はかつてなかった。必要な資金、技術はとっくに出そろっている。世界の半分以上を占める頼れる才能たちとともに」

 一気に、自分自身に言い聞かせるように言う。エーイチは息をついて少し表情をやわらげた。

 その視線の先にいる<モビルドール・ミカヅキ>のパイロットは、確かに特別な才能の持ち主に違いない。適切な教育と情報を与えられたからといって、全員が彼女のようになれる道理はないが、逆に言うなら、500万人いるELダイバーのGBN内でミカヅキひとりが特別ということもあるまい。ましてELダイバー人口の半数以上が占めるという未開の人々、まだインターネットを使ったことのない人々の中にあっては、いったいどれほどの才能が開花するものか。眠れる彼らが残らず目を醒ました時、世界の風景はどう変わってゆくのだろうか――。「僕の答は、そこにある」と明言したエーイチの声を聞きながら、エイジは凛と立つ<ザクⅡ>とモビルドールに目を凝らした。山の稜線を縁取る残照は完全に消え、いつしか満天の星が夜空を覆っていた。

「最初に会ってから、もう数年……。その間に勉強を重ねて、今の彼女はシステムの言語補正無しでも、6か国語を話せる。知識だって1流です。その気になれば、きっと博士号だって取れる。文字も読めなかった彼女が……」

 まだ我が事のように、エーイチは少しはにかみながら言う。実際、我が事なのだろう。答を見つめた時から、エーイチは世界と自分とを同一視している。それが自分自身を救うことになると信じているから、ELダイバーを救うなどという言葉を臆面もなく吐ける。

 無論、彼女が特殊な環境が影響してのことだが、考えようによってはこれは当然の物の見方だ。アメリカのスポンサー企業がひとつ破綻しただけで、日本人の懐にも否応なく影響が及ぶ。

 それがグローバリズムの正体で、我々はそういう時代を生きているのなら、この世に起こることはすべて自分にも関りがある。無縁な痛みはない。無縁な喜びもない。めぐりめぐって、それらはいつか自分の身に返ってくる。

 世間は狭い、が常套句では済まない時代。

 夢もロマンも持ちようがない、なんとも狭苦しく息苦しい世界――だが、一方で、ここには昨日まで意識の端にもなかった未知の地平がある。今日出会ったばかりの人々、いまだ会ったことのない人々がそこにいる。HAROという起爆剤を得て、すぐにでも爆発しそうな無数の息吹きが目の前にある。その熱波が遠からず世界中に伝播し、ちっぽけなこの身にも影響を与えるという予感と共に。

「才能は、あらゆる場所に……。世界は広いんです。ELダイバーたちが想像するより、ずっと」

 天を振り仰いだエーイチの目が、星の光を宿して薄く輝いていた。いつか見た黒須の目がそこに重なり、エイジは息を呑んでその横顔を見つめた。

 ついに『A金貨』の本筋と接触できたと打ち明けられたあの日、エリア11の片隅の酒場で向き合あった黒須はこんな目をしていた。張りが必要なのだと言い、堅気として生きていける人生を自分に手渡そうとした黒須。

 それが大金を手にする一世一代の仕事である同時に、GBNを救う仕事でもあるとすでに理解していたかもしれない。まだ20代の小物であった自分はそうして救われる世界、未来の象徴に見えていたのだろうか。

 その未来の戸口に、今、自分は立っている。

 生きるための本能のみではなく、善く在りたいと願う人間特有の欲。

 それを満たしつつ運営される新しい主義。善意のシステム化のひな型がここにある。数字だけの富を循環される不毛なマネーゲームを、ELダイバーたちへの有償支援という実態にスライドさせる新たなビジネスモデル――呂名哲郎が出した答、黒須への願いをステップに、より強かに設えられた未来への戸口がそこにある。

 ああ、俺は独りじゃなかったんだな。

 死に際、そう呟いた黒須が見つめていたのは、あの公園裏の底深い闇ではなかった。たどり着けなくとも、その先に確かな光を見据え、そこに帰っていったのだ。

 そう思えた瞬間、ふいに体が軽くなり、星空に吸い込まれそうな錯覚にエイジはとらわれた。

 もう恐れることはない。

 自分で不快の波に浸すこともない。

 この狭くて広い世界で、俺も光を見つめてみよう。

 ヲチカタの寒村にようやく灯った光、たまらなく懐かしい始まりの風景に身を委ねてみよう。

 いずれこの光は増殖し、頭上の星をかき消すほど強く輝くようになる。俺たちが歩いてきた道の繰り返し? いや、俺たちの〝システム〟に当てはめて考えることはない。先達の失敗を参考にして、眠れる才能たちがきっと別の道を見つけてくれる。

 この世界から未整備のエリアや貧困がなくなり、全部が完全に市場化されたら、次はこの空の向こう、宇宙に飛びだしていってもいい。

 思えば、叶わぬことはない。

 知らないこと、想像の及ばないことが、この世界にはまだまだある。

 世界の広さとは、見つける心の広さと同義なのだろう。

 この世に永遠に成長し続けるものがあるとしたら、まさにそれ、人間の想像力だ。終わりに立ち会っている俺たちは、同時に始まりの地に立っているはずだから。

 課題は山積み。でも、俺たちはその入口にいる。

 この仕事に関わった時から予感していた通り、観たことのない風景を目前にしている。俺は確かに世界を救う手伝いをしたらしいとわかり、エイジは笑った。呆気に取られた顔を見せたあと、

「笑うと思った」

 そう言ったエーイチも笑いだし、2人分の笑い声が山から吹き下ろす風に相乗した。

 声を出して笑ったことなど、何年ぶりのことだろう?

 思う端から可笑しさがこみ上げ、エイジはしばらく笑い続けた。

 向こうの<ガンダム>はこう言っているように見える。

(バカが。ついにこんなところまで追っかけてきやがった)

 風音に混じって亡霊の声が耳元をかすめ、満点に瞬く月に吸い込まれていった。

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