ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第七章 ガンプラ問答
第四十六話


「バカげている」

 それ以上聞くに堪えず、咄嗟に放った一声がよどんだ空気をふるわせた。誰も明かりをつけようとしない理事長室の薄闇に拡散していった。

 長広舌の口を閉じ、福田は薄く光っていて見える目をこちらに向けた。マイケルは暮色に染まった窓外の光景を見つめたまま、彫像になったがごとく動かない。

「資金共生主義などと……。共産主義でないだけ、マシだと言いたいところだが、もたらす弊害は大きい。ブレイク・デカール事件や紛争のせいで、いっそう多極化の進んだGBNを見てみろ。力の分散が不安や信用を生み、さらなる危機を招いた。ネットはいたずらにGBNの情報だけでなく、国家機密まで垂れ流して、いまや無法地帯だ。すべてが平準化された世界に、進歩や統制という言葉はない。選ばれたものが力が持ち、舵取りをしてこそ、世界の、GBNの秩序は保たれるんだ」

 ほとんどひと息にまくし立ててから、ふと砂を噛むような虚しさを覚えて口を閉じる。以前、同じような話をした気がする……と呂名は胸中に紡いだ。新年号の始まる頃、まだ改築される前の自宅で、独断で『A金貨』を動かそうとした正彦を相手に、傍らには今の自分と同じ年頃の父がいて、退かぬと決めた身で立ち尽くす孫を苦し気に――。

「……愚かにもほどがある。英一はともかく、なぜお前までそんな話に乗った? GBNの、フルダイブオンラインゲームの最前線にいれば、お前はあいつよりよほど現実が見えているはずだ」

 どうにか言葉を見つけ、間をとりつくようにして並べる。

 福田は無言を通した。

「多くを手にしたいという欲望と、失いたくないという恐怖。この2つが人間社会を動かしているはずだ。それはELダイバーとて同じだろう。そいつらへの善意が入り込む余地などまったくない。仮にお前たちの計画がうまく進んで、すべての未開地が発展したとしても同じだ。金の味を覚えた山猿どもが、数と勢いに任せてGBNへ災いをもたらす。それは大戦争時代の再現、追いつけ追い越せを大義名分にした殺し合いが大量発生するだけの話だ。それほどの混乱をもたらすか――」

「〝システム〟に反する」

 遮り、福田はぬらと光った瞳をこちらに据えた。「そういうことでしょう?」と続いた声に応じる言葉はなく、呂名は見を硬くして福田の顔を見返した。

「何の意味があるんです。1パーセントの富裕層や強豪フォースのためだけに回っている〝システム〟、その1パーセントの連中もいつも不安を感じているような世界に。そんなものを守ることに、いったい何の意味が……!」

 怒鳴った勢いでソファを蹴った福田が、その巨躯を執務机の方に1歩踏み出させる。同時に部屋のドアが蹴破られるように開き、踏み込んできた2人の男がするどい視線を室内に注いだ。

 元軍人のいかつさを隠そうともしない白人と黒人の黒服は、マイケルが連れてきた護衛だった。

 両方とも呂名の方は一瞥にせず、黒人は福田に威嚇の目を、白人は彼の主人に指示を請う目を向ける。微かに顔を振り向け、いいというふうに手を動かしたマイケルは、相変わらず窓の前から動こうとはしなかった。

 威嚇の目を残しつつ、黒人が室外に後退する。続いて廊下に引っ込んだ白人がドアを閉めるのを待って、福田はソファに座り直した。

「すまんな、身内の話だ」

 そう、英語で告げたマイケルに告げた声に、呂名はいつからか日本語で話していた自分に気づかされた。

「そういうわけさ。手持ちのカードはこれで全部だ。理事長がおっしゃる通り、書生論に毛も生えていない。ちょいと気のきいた経済学者なら、5分でずたずたに論破できるプランだよ。今度のことで〝財団〟のセキュリティの穴が見つかったわけだし、少々高い授業料を払ったと思って、もう俺たちのことはほっといてもらえねぇかな。あんただって、これで本当に〝システム〟が変わるなんて信じちゃいないだろ? まかり間違って上手くいったとしても、未整備のコロニーが発展してGBNの保有市場が拡大するってだけのことだ。あんたらにとっても損な話じゃないと思うんだがね」

「そうバカにしたものでもありません。あなたたちが造ろうとしているコロニーには、潜在的に大きな脅威が潜んでいる。あなたと呂名英一が命がけになる理由がわかりました」

 涼やかを通り越し、冷気を含んだ声でマイケルは言う。無理に薄笑いを浮かべる福田の前に、一条の汗が滴るのを呂名は見た。

「脱物質主義者的な無力と理想論をまといながら、その実、資金運用の根源である欲望を充当する機能を兼ね備えている。食えませんね。儲けるなとは言わず、儲けるというう観点の位相をずらすなんて、ヲチカタでの事業が成功したら、スタンピードが起こる可能性は十分にある。分かち合うことが利益になる資金共生主義……耳触りも悪くない。市場規模拡大の見込みがあって、なおGBNのイメージも向上するなら、拒絶する理由はないでしょう。こんな形で知ることがなければ、わたしも1枚噛んでいたかもしれません」

 足音もなく福田の背後に歩み寄り、袖口に高級時計を覗かせた左手をその肩に伸ばす。「結果、1パーセントに集中していた富と権力は、GBN中に拡大される」と続けたマイケルの手に触れられ、福田の肩がびくりと跳ねた。

「投資対象の利権を独占して束縛しようものなら、ネットという監視装置を介して世論に叩かれる。平準化、並列化による既存の権威の緩やかな失墜は必至。気づいた時にはもう遅い。権威者自身が、〝システム〟に従って自壊の手伝いをさせられる。ELダイバーの情報武装による〝システム〟の無力化……。呂名正彦の亡霊が、年を経て逆襲に来たというわけだ」

「そこまでわかってんなら、事前に対策も打てるだろ。この話には乗るなって、フェアチャイルド財閥の取引先に触れて回りゃいい」

「それでも金は集まるところに集まる。信用不安で金を動かしあぐねているスポンサーからしてみれば、これは久々に実のある案件だ。いったん流れができあがったら、雪崩を打ってそちらに向かいますよ。あくまで最初のモデル事業が成功したら、の話ですがね」

 ほとんど沈みかけた夕陽が、酷薄に笑ったマイケルの半面を浮かび上がらせる。最初のモデル事業を潰して見せる――事実上、そう宣言したも同然の声音に、呂名は寒気が走った。福田は「手遅れだったな」とかすれた声を絞り出した。

「金はもう世界各所のGBN支部に流れてる。さっきも言った通り、もう引き揚げることはできないぜ」

「金の回収にはこだわっていない、と私も先刻言ったはずです。もっと効果的な方法がある。あとに続こうにもできなくなる方法がね」

 平然と言い、マイケルは腕時計に目をやった。「じきに連絡がきます」と続いた声に、呂名は無意識に握りしめた拳を机に押しつけた。

「待ちましょう。そう長い事じゃない。あなたと呂名英一が雌伏したこの十数年……『A金貨』が眠り続けたあの日に較べれば」

 ゆったりとした足取りで福田の背後から離れ、向かい合うソファに腰を下ろす。隠しきれない焦燥を目を滲ませる福田とともに、呂名は得体の知れない圧を放つマイケルの横顔を凝視し続けた。窓から差し込む夕陽はいよいよ弱まり、午後5時30分を指す壁時計の音が奇妙に大きく薄闇に響いた。

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