ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第四十八話

「……わかった。行き先は迎えの連中が知ってる。そこに行って、しばらく待機していろ。〝対策室〟の連中が張っているぞ。気を抜くな」

 実際、待つ時間はさほど長くなかった。

 マイケルが連絡を待つと言ってから、かっきり15分後。

 彼の携帯電話が鳴り、呂名はある予感を抱いてその横顔を見つめた。事務的な会話は30秒とかからず、マイケルは通話を終えた携帯電話を懐にしまうと、

「英一くんが帰ってきました」

 おもむろに放たれたひと声に、覚悟はしていても心臓が跳ねた。福田も顔色を変え、「帰ってきただと……?」と呻く。マイケルはズボンのポケットに両手を差し入れ、2人の視線を避けてゆっくりと窓際に歩み寄った。

「一昨日、沖縄のアパートで身柄を確保しました。もっと早くお伝えできればよかったんですが、〝対策室〟も注目していますからね。身内に共犯者が隠れている可能性もありますし、これまで伏せておかざるを得ませんでした」

 一昨日といえば、事件が発覚した当日。その日のうちに英一は確保され、ログアウトさせる算段が整えられていた。

 呂名英一の処遇は我々に一任していただきたい――。

 同じ日に聞いた電話越しの声を脳裏に呼び出し、呂名はマイケルを睨み据えた。そんなことも知らず、福田に携帯電話を突きつけ、あいつと連絡を取れなどと促していたとは。

 英一にはもう何もできないわかっていながら、マイケルは何も言わず、そのさまを横目で見ていたのだ。

 決定だけが下知されるのはいつものこととはいえ、仮にも理事長がここまでコケにされた前例はない。度が過ぎる、と非難の声をあげようとした呂名は、しかしこれが前例のない事態であることに思い至り、なにも言えぬまま執務室に視線を落とした。

 理事長である以前に、今の自分は前代未聞の盗みを働いた謀反人の父親。マイケルにしてみれば腹いせにもならない些事だろうと思い、押し黙った呂名の代わりに、「ありがたいね」と福田が皮肉めいた口を開いていた。

「フェアチャイルドの計らいで、呂名一族が涙のご対面ってわけだ」

「こう見えても、私はアナログな人間なんです。電話で話すより、直接会って話す方が通じることは多い。あなたや御父上の顔を見れば、英一くん気も変わるしれない」

「アナログだってのと、古臭いってのを混同してもらっちゃ困る。『お父さんも泣いてるぞ』なんてやり口、きょうびテレビの刑事ドラマでも見かけんぜ」

 苦笑を返事にして、マイケルは宵闇が迫る東京の街並みに目を戻した。ちらと呂名に視線を流したのも一瞬、「まさか、これがお前さんの奥の手ってんじゃないだろうな?」と福田が挑発を重ねる。

「情に訴えたって、英一は動かんぞ。それで計画をフイにしちまったら、ELダイバーがつかめたかもしれない未来を失う。それはつまり、未来の可能性が失われるってことだ。ありきたりな人質は通用しない」

「使い捨ての詐欺師を見殺しにできなくて、こうなることを承知で正体を明かした英一くんです。話し合いの余地はあると思いますが?」

 即座の応酬に、福田はぐっと詰まった顔をあらぬ方に向けた。

 そう……あいつはそれほどに冷徹になれる男ではない。目的達成のために、一族郎党ょ道具にしようとした呂名哲郎とは違う。

 内心に呟く端から、英一はそこまで父親に絶望していない、と先刻の福田の言葉がよみがえり、呂名は因果、という言葉の重みをつくづく実感した。押し殺しきれない動揺に目に滲ませ、「……無駄だ。あいつは自分の弱点を理解している」と福田が言う。

「だから携帯機器も、支援団体も、他の人間を代表に据えていっさいの権限を手放した。その気になっても、あいつの一存じゃ止められない仕組みができあがったんだ。英一をGBNから引き剥がしたのはまずかったな。あいつがいなくなったら、現場はいよいよコントロールが効かなくなるぞ」

「そう思って、英一くんの腹心……ミカヅキさんでしたか? 彼女を現地に残してきました。彼女がいれば、あなたの意思を現場に伝えることは可能でしょう?」

 窓と向き合ったまま、マイケルは目を合わせもせず返す。さすがに言葉をなくした福田を見て、半ば薄闇に溶け込んだマイケルの横顔を見据えた呂名は、「いつ、話せるのかな」と静かに問うた。

「ここは〝対策室〟の監視下に置かれています。我々が用意した場所に来てもらえるのなら、すぐにでも。しかし、少し落ち着いた方がいいでしょう。あなたの顔を見たら、英一くんは意地になってしまうかもしれない」

 矛盾したかの言いように聞こえた。そうなら、英一を現実に引き戻した理由はなにか。眉をひそめた呂名から視線を外し、マイケルは「彼の説得は、あなたにしてもらった方がいい」と福田に言った。

「……今までなにを聞いていたのかねぇ。俺が協力するとでも?」

「話のもっていきようですよ。奥の手がある、と言ったでしょう?」

 にやと歪めた口もとが凄惨に映えたのは、光の加減のせいばかりではなかった。家族を人質に取られると予想してか、福田の顔がこわ張る。その瞬間には駆け引きの頭も働かず、「マイケル――」と叱責の声を出しかけた呂名は、いきなり点灯したスタンドライトの光に目を細めた。

「見損なわないでください」

 スタンドライトのスイッチから手を離し、マイケルは肩ごしの視線を振り向けた。

「そこいらのチンピラのような手口を、奥の手とは言わない。私のそれは、そこにあります」

 顎で示した先に、執務室備えつけのテレビがあった。今は何も映していない液晶パネルを見つめ、わずかに顔に伏せたマイケルは、「数日中に、我が国の情報機関が消息筋の情報をマスコミに流します」と事務的に告げた。

「現在、GBNのエリアの一つ、ヲチカタ・コロニーは国際サイバーテロ組織の拠点になっている。このテロ組織が現地のマスダイバーで構成されたフォース『KMF』と連携を強化した上、と連携を強化したうえ、頻繁な武装訓練を行っている。こちらのゲームマスター及び運営はこの情報を憂慮しており、GBNの安定のために近々なんらかの対策を――」

「初耳だな」

 淡々と続くマイケルの声を遮り、福田が鋭く言う。スタンドライトに照らされたその顔が、爆発寸前の圧を宿して紅潮していた。マイケルは微笑し、「多くのダイバーたちにとっては、そのコロニーというエリア自体が初耳ですよ」と肩をすくめた。

「全部が嘘じゃない。現地の組織と、国際サイバーテロ組織が地下マーケットで繋がっているのは事実だ。火のないところに煙が立たない。しかし小火を大火にする方法はいくらでもある」

 笑みを拭い去り、無表情になったマイケルが福田の前に立つ。〝システム〟を体現するその全身から冷気が滲み出し、呂名は肌が粟だつのを感じた。

「近々、有志連合の一掃されるだろう最貧コロニー。いかにインフラの整備が進もうと、そんなコロニー国家に支援する企業はいない。あなたの試みは彼の地で終わる。……これ、英一くんを説得する材料になりませんか?」

 笑っていない碧眼の下で、口だけが笑みの形でうごめく。睨み返しながらも、福田には明らかな動揺と恐怖がにじみ出ていた。

 偽情報による封殺。

 フェアチャイルドの力をもってすれば困難なことではないとはいえ、この短時間でそこまで手を打つとは。

 震撼とさせられる一方、これは彼らにとってそれくらい危険なことなのだとあらためて気づかされ、呂名は〝答〟と言った福田の言葉を脳裏に繰り返した。

 数十年前、呂名哲郎が『A金貨』に内蔵して送り出した問いかけ。本人も答えられず、託された子孫を呪縛し続けてきた、もとより回答の存在しない問いかけ。

 そのひとつの答。

 到底実現できるとは思えない答に対して、〝システム〟の支配者がこうも過剰に反応する。ならば、それは――。

「……まいったね。だが、俺たちにも口はある。支援団体のフォースたちは、ヲチカタ・コロニー内だけで1000人はくだらないし、インフラの整備もじゃんじゃん進んでる。携帯機器は今週だけで10万台を配りきる予定だ。彼らが報道がでたらめだって叫んだらどうする? 携帯機器を手にしたヲチカタ国民の写真付きで、GBN中に拡散したら? 全員にマスダイバーの濡れ衣を着せて、皆殺しにでもするか?」

 福田が反撃の口を開き、呂名は不意の物思いから立ち返った。マイケルは苦笑し、「そんな真似はしません」と返したが、その目は相変わらず笑っていなかった。

「まかれた種も無駄にはしませんよ。ヲチカタにはうちのグループから何社か送り込みましょう。GBNのヨーロッパ支部も開発され始めていることだし、情報インフラが整っているなら、IT関連のアウトソージングにも使える。せっかくのインフラを腐らしてしまうなら、支援団体のフォースらにもこれを受け容れてみては?」

 偽情報の鉄条網でヲチカタ・コロニーを覆い、芽吹いた種は残らずフェアチャイルド筋の企業が刈り取る。

 マイケルが言っているのはこういうことだった。

 もはや人質は英一だけではない。

 計画を中断しない限り、宙づりにされたヲチカタコロニー民と支援団体のすべてに累が及ぶ。「……なるほどな」と低く絞り出し、福田は憔悴を露にした顔をうつむけた。マイケルは微かに滲んだ汗を指先で拭う。

「同時に、日本では呂名英一の訃報が伝えられるってわけだ。知らない者には目にも留まらない事故、事情を知る者にはフェアチャイルドからの警告とわかる形で」

 英一が自発的に計画を中止しない以上、それは当然の予測だった。舐められたきりでは示しがつかない、と考えるのは、ヤクザには限ったことではない。今更ショックを受けるつもりはなく、呂名は無言でマイケルを見つめた。会わせた目をすぐに逸らし、背中を向けたマイケルは、なにかを振り切るような足取りで窓際に戻っていった。

 そろそろ人工の灯を際立たせるようになった夕景に険しい視線を注ぎ、ネクタイを心持ち緩める。

 彼は芯から嗜虐的な冷血漢ではない。

 保身のためには犯罪行為も是認する愚かな成り上がり者でもない。

 祖父の代から『A金貨』に関わり、外様としてフェアチャイルド財閥に迎え入れられたマイケルには、むしろ生粋の財閥出身者にはないある種の平衡感覚が備わっている節を見受けられるのだが、そういえばむきになって否定するのもマイケル・プログマンという男だった。

 アメリカのGBN本部のそれと同義と言っていい、フェアチャイルドの権益、彼らの繁栄を約束する〝システム〟に尽くせと育てられ、どれほど血を浴びても汚れぬという顔でそこに立ち続ける歪な魂は、それはそれで『A金貨』が作り出した犠牲者のひとりか。英一と10は歳の変わらぬ端正な横顔を見つめ、呂名は言われぬ無力感に嘆息した。

 まだ10歳にもならなかった頃に、マイケルは彼の両親とともに来日したことがある。

 正彦は留学中で、呂名が妻と共に同伴して、ガンプラバトルに興じた。

 帰り際、いつか英一にニューヨークでガンプラバトルをする、と言い残したマイケル少年。

 

 

 あの約束は果たされることはなかった……。

 

 

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