ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第四十九話

「ひとつ、教えてくれ」

 無為な物思いの間に、福田が重い声で言っていた。わずかに首をめぐらせたマイケルとみども、呂名は上体を屈めた福田の横顔を注視した。

「英一の計画をつぶすのはいい。だが、それでどうする? 今を乗り切ればいい、自分が死んだあとの未来がどうなろうと知ったこっちゃない、か?」

「意地悪な質問ですね。良識人を自認するなら、ノーと答えようがない」

「ここには俺たちの他に誰もいない。本音を言えよ」

 皮相な笑みと一緒にぶつけられた声に、マイケルは眉間に一抹の不快感を宿して窓と向き直った。「そうだよな。あんたの立場で、ガンプラバトル実力主義を全肯定できるわけがない」と追い打ちをかけた福田は、笑みを消して壁の1点を見つめた。

「売買、資金、そして実力……ガンプラバトルを支えるシステムは、すべてあんたたちが作ったものだ。プラスチック人形に名誉と栄誉をはべらせて、ガンプラバトル実力主義の根本を作ったレジェンドたちも、あんたたちの同族だった」

 全世界において、ガンプラ製作の仕事を任されていたのは、モデラーと呼ばれるプロの造型師であった。

 当時、ガンプラバトルを行っていた富裕層は、大会用のガンプラを製作させる代わりに金貨を与え、モデラーたちは代わりにガンプラを製作した。

 モデラーたちはその製作技術料をいただくというのが当初の仕組みであったが、その技術料はいつしか金貨として流通し、その金持ちの代わりとして戦うファイターへのファイトマネーにも用いられるようになった。

 世の決め事はガンプラバトルで決める。

 ガンプラを持つ抜きんでた実力者によって、ガンプラバトル実力主義はこうして、産声をあげた――。

 世界史やガンプラバトルを学ぶ者なら誰でも知っている基本事項だが、今ここでそんな話を持ちだしてきた意図は何か。同族、という言葉にぴくりと眉を動かしたマイケルを視野に入れつつ、呂名は奇妙に落ち着いて見える福田の横顔を凝視した。

「こいつは金持ちにとっては実に都合のいい発明だった。銃を持ち運ぶには、許可証がいる。しかし、ガンプラバトルの強い奴を秘書代わりに連れていけば、許可証はいらない。戦いは強い方が勝つ以上の価値はありえない。つまり、よりバトルの強い奴を連れていけば、資産は儲かる。領主の力も増強されて、産業興行にももってこいだ。産業革命、ネットワークの利権戦争、みんなガンプラによる闘争がなくっちゃ始まらない。世界中がこぞって、このルールを採用したが、ガンプラの技術はあんたらのご先祖が抜きんでていた。〝システム〟を立ち上げた張本人だからってだけじゃない。遠い昔に世界中に散らばっていた仲間の状況が、あんたらのご先祖に独自のネットワークを築き上げた。ガンプラバトルのすべてが、そのネットワークの中で開発され、発達されてきた。ガンプラバトル実力主義の〝システム〟はすべてあんたの同族の歴史によって成り立ってきたんだ。

 別にいいさ。優れた〝システム〟なら、誰がどんな動機で作ったものだろうとかまわない。世界をひとつに……あんたらが理想とするワン・ワールド構想が、グローバリズムだろうとなんだろうと、陰暴論をぶつ気もない。国を失い、世界中に離散しても、あんたのご先祖様は世界と人間に対する深い洞察力があった。絵を描いたのはあんたらでも、それを進んで為していったのは人間それぞれの自由意思だ。世界でもっともすぐれた民族のひとつだって尊敬もしてるし、そうならざるを得なかった苦難の歴史に同情もしてるよ。

 でもな、あんたのご先祖が作った戦いの〝システム〟には、最初から致命的な欠陥があったんだ。それが〝システム〟の暴走を招き、人間に自分の首を絞めさせている。あまりにも当たり前すぎて、それがない状態なんて想像もつかないものが」

「それは……?」

「戦争だよ。GBNの前身――GPデュエルでは、ガンプラ同士の戦いで、世の中を決めてきた。アメリカもイギリスもドイツですら、GPデュエルによる代理戦争には見て見ぬ振りをしている。ところがこれには抜け道があって、宗教出身の製作師が作ったガンプラはそのしがらみを逃れることができる。それゆえ、汚れ仕事とされていた質屋やガンプラバトル用の製作師はユダヤ人の仕事になって、制作業ともどもあんたらのご先祖の専売特許になったガンプラ。借りたガンプラファイターへの報酬は増やして返さなくちゃならないっていう。ガンプラ実力主義の大前提となっている破壊だ」

 早口でまくし立てた福田に、マイケルは気圧された様子でわずかに身をひく。

 昔、同じ話を父の書斎で何度もなく聞かされた。その時の厳しくもやさしい声音が福田のそれと重なり、呂名は両の瞼を閉じ合わせた。

「戦争って言うのは、いわゆる国と国の駒のせめぎ合いだ。駒を戦わせれば報酬より、返済金額のほうが多くなる。その分は、将来的な人生プランから……極論すれば他の誰かから奪ってこなければならない。価値を見出そうと思えば、さらに実力者を雇わなければならない仕組みになっている。

 結果、ガンプラ実力主義は駒が成長し続けることを強いられて、永遠の戦争状態に固定された。科学の発展が人間の幸福に繋がると信じられていた時代、ガンプラバトルの人口もそのガンプラの消費量も右肩上がりで、実力社会に無限の伸びしろがあるって信じられていた時代はよかった。未来っていう不確定な物件を担保にして、楽しいガンプラバトルをすることができた。いまは違う。高度成長の反動で先進国のGPデュエルをプレイする人口は減り始め、いくらアップデートを重ねても人間に無条件の幸福を約束するものではなくなった。ガンプラバトルは今や人よりマウントを取ることが最終目的になり、それをどう使おうか、どう人間社会に役立てるかって観点が抜け落ちて、不毛なゼロサムゲームを繰り返すばかりだ。ELダイバー対策も、このゼロサムゲームが続く限り誰も本腰を入れられない。このまま行ったら、あと何十年もつかわからない未来と未来を呼べるか?

 それでも〝システム〟は成長しろと言う。追いかけてくる力に呑み込まれまいと、ガンプラはELダイバーを、人間の未来と幸福を食いつぶしながら増殖を続ける。

 ガンプラ実力主義による集中管理。

 ワン・ワールド構想。

 人間の宿願が叶ったはよかったが、もうあんたらにもこの暴走は止められない。止まれば破綻するから自転車操業を続けて、どうにもならなかったらドカン。ブレイク・デカール事件はその最初の前兆だ」

「あれはとあるマスダイバーが人為的に引き起こしたことにすぎない」

 ようやく反論の糸口を見つけたという体で、マイケルが鋭い声が差し挟む。福田は少しも動じず、

「違う。俺たちは時計の針をちょっと先を進めただけだ、なにもしなくても、いずれも同じことは起こっていた。もっと取り返しのつかない規模になってな」

「では、今度は私が聞きたい、もしガンプラ実力主義が存在しなかったら? 私の祖先が構築されたがゆえの知恵を行使せず、金やダイヤだけが富を担保し続けていたら? 人間もELダイバーも幸せだったと断言できますか?」

 斜に構えていた体を福田に正対させ、視線を交らわせたマイケルが語気を強めて言う。福田は唇を噛み締め、無言で相手の碧眼を見返した。

「答えられないなら、私がいいましょう。ガンプラがなかったら、人類社会はいまだ中世の暗闇のなかにあった。土地をめぐり、世界をめぐり、限りある経済があったればこそ、人は闘争本能をガンプラバトルにシフトさせ、無益な殺し合いをガンプラバトルに収れんさせる術を覚えた。富の偏りが起こるマネーバトルの弊害などは、その恩恵に較べればささやかなものだと――」

「ガンプラバトルの運営委員会の理事国がよく言えたもんだ。あれはいわばガンプラを使った代理戦争なんじゃないのか? 外の世界じゃいまだにガンプラバトルを代償にして人が死んでるぜ。続いている小さな紛争も、数に入らないささやかな代償ってか?」

「そういう広げ方をするなら、ELダイバーの人口問題はどうなる、という言い方もできますよ。先進国は確かに保護傾向にありますが、新興国や後発国のネットワークで生まれたELダイバーたちの扱いは良いとはいえない。年間に数万のパーツ扱いが出ていても、あと10年と持たずに、億を突破しようという考えです。あなた方のプランでELダイバーの環境が改善されて、みんな生きられるような世の中になったら? 絶対的に不足するデータが無上の価値を持つようになって、それこそガンプラバトルなどなし得ない、ただの殺し合いが始まるのでは?」

「後発国に存在しているELダイバーが多人数なのは、無知と貧困、それに誘拐率され死亡する高さゆえだ。半数は、誘拐され生体パーツ扱いにされ、生き残れないと知っているから、貧困国のELダイバーは増加していく。経済が行き届いて、全員が生活水準が上がれば、誕生率は自ずと減っていくよ。経験した日本のELダイバーがそうであるなら、間違いない」

 予想外の反論に声を詰まらせたマイケルは、傍目にも語るに落ちた格好だった。

「痛し痒しだな。ELダイバーが増えすぎて、現行のネットワークの破壊が進むのは困る。しかし人口の増加にあわせて、出元のGBNを縮小するのは、〝システム〟に反する」と付け加えた福田は、ひとつ息をついてコップの水を飲み干した。

「別に、ELダイバー保護主義やガンプラバトル実力主義を否定しようってんじゃない。実際、あんたらの作った〝システム〟はよくできているよ。ただ、それがGBNが永遠に成長することを前提に作られたもので、今と言う時代には対応しきれない。だから新しい〝システム〟が必要がなんだ。ガンプラバトル主義って椅子取りゲームを続けるためにも……」

 ソファの背もたれに身を預け、いたわるように肘掛けをさする。怪訝そうに眉をひそめたマイケルを見ることなく、福田は独白めいた声を重ねた。

「昔は単純だった。ガンプラをもって、国の代表として歩いているのがその強者。椅子が5つなら、ゲームの参加者も5人しかいなかった。ところがELダイバーの出現で、ゲームの参加者が、ひとり、またひとりと増え始めた。信用で椅子の数も増えたように見えるが、いつ壊れてもおかしくない仮作りの椅子だ。実体として確実にそこにあるのは、いまも昔は5つの椅子のみ。でもゲームの参加者は、気がついたら100人になっていた。

 それでもガンプラが舞っているうちはよかった。見せかけの椅子も増え続けて、傍目には景気のいいエンドレスゲームだ。でも時折り、なにかの拍子にガンプラが舞えなくなったり、最悪、壊れたりする。、そうなるとパニックだ。ブレイク・デカール事件みたいなことが起こった途端誰もサービスの終了を感じ取って椅子に殺到する。確実に座れる椅子は、最初から5つだけ。仮作りの椅子に座ろうとして潰れた奴、弾き出された奴、5つの椅子に座れた1パーセントの連中……だが、その1パーセントも、椅子を奪われる恐怖にびくびくしてる。その椅子を奪われる恐怖にびくびくしてる。誰も幸せになれていない。GBNってゲームの会場も、参加者の多さに今にも床が抜けそうだ。

 でも人は、性懲りもなくガンプラバトルを始める。それが〝システム〟だから。そうする以外に椅子の周りを周りを回り続ける。戦いを絶やすな、もっと戦いの音色をあげろ。参加者を増やせ。仮作りの椅子も増やされて、ゲームはすぐに元の状態に戻った。参加者の数も増えて、ぱっと見にはブレイク・デカール以前より盛況なゲームだ。しかし、仮作りの伊豆は以前より貧弱で、毎日のように壊れては作り直されている。その材料もそろそろ打ち止めだ。ガンプラを舞う日が……いや、それより会場の底が抜けるほうが先かもしれない。みんなが同じ不安を抱えながら、死の行進に等しい椅子ゲームを続けている……」

 残酷なほど的確で、明確なたとえ話に聞こえた。反駁の言葉を探ろうとして、同意しか見つけられない胸中に戸惑いを覚えた呂名は、マイケルの反応をうかがった。マイケルは身じろぎひとつもせず、サファイア色の瞳を福田に捉えていた。

「今しなければならないのは、戦いの参加者を増やす事じゃない。小さかろうが、座り心地が悪かろうが、しっかりした作りの椅子を増やすことだ。5つしかない椅子でも、バラして組み直せば小さいのを増やすことはできる。じきに数十億に届こうってELダイバーたち全部を賄えるだけの椅子が作れるかどうか。それはやってみなければわからないさ。でも、なにもしなければELダイバーの半分が生きていけなくなる時代がくるんだ。実力主義を生きながらえたいなら、あんたらの〝システム〟は制度変更が必要なんだってことを――」

「その〝システム〟変更の主導権は、人類たちに委ねるべきではないと考えるのが我々です」

 

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