ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第五十話

 その瞬間を待っていたかのように、硬い反論の声音がマイケルの口から噴き出す。

 〝システム〟の守護者。

 権化となるべく育てられた男の眼に真正面から射すくめられ、福田が絶句する気配が呂名にも伝わった。

「あなたが言う『組み直しによる椅子の増産』は可能でしょう。しかしそれを民意に委ねれば、やはり暴走と混乱が起きる。経験した我々がが言うのだから間違いはありません。ガンプラバトル実力主義の味を覚えた日本という国家が、この昔にどれほどの秩序を乱してくれたことか。

 あなたにもわかるはずだ、と青い瞳がこちらを一瞥する。なにも言えない呂名をよそに、マイケルの目が再び呂名に据えされた。

「先ほども言いましたが、あなた方のプランはよく出来ている。成功の流れができれば、おそらくは世界中の企業やスポンサーがあとに続く。我々の同族筋もそれに乗り、多くのカネが後発エリアを目指して流出してゆくことになるでしょう。GBNの発達が、我が国の暴走を促した時と同様、誰にも止められないスタンビート……。それは実力主義の在り方を変え、この世からELダイバーをなくし、世界を真に平準化する発端になるかもしれない。しかし同時に、いまあるシステムは崩壊し、これまで欲望によって前進してきた人類の歩みは止まる。格差があってこそ生まれる向上心は共生の美辞麗句に搦め取られ、ELダイバーも総じてレベルダウンを余儀なくされる。

 わかりますか? あなた流に言うなら、みんなが小さな椅子に座って動かなくなるということです。みんなが静かにしていれば、GBNという会場の床は抜けずに済むかもしれない。でもそこには進歩もなければ発展もない。飼いならされた羊と同然だ。多くのELダイバーたちが阻害される事態は断じて――」

「ようやく本音を吐いたな」

 すかさず押し被せた福田の目が、あいくちの鋭さを放ってぎらと閃く。不意をつかれた悔しさを碧眼を滲ませ、マイケルは先の言葉を呑み込んだ。

「だが。違う。あんたが本当に心配してるのは、平準化された世界で自分たち以外の誰かが立ち上がり、主導権を奪われることだ。ようやくワン・ワールド構想を構想が実現したのに。お株を取られちゃたまらない。だからとっくに耐用年数の切れた〝システム〟にしがみついている。他人が作った戦艦に乗るくらいなら、全滅させた方がマシだ」

「それを被害妄想と言うつもりなら、安全な島国でのうのうと生きてきた者のたわごとである、と返しておきましょう。確かに、世界をひとつに、ガンプラバトルでひとつにするワン・ワールド構想の悲願でした。でもそれは、流通とネットワーク革命によって達成されると同時に、あなた方の言うGBNの暴走を招いた。ひとつになった世界の中で、個々の国家、個人はいまだ分断され、他者への警戒心を捨てられずにいるからです。常に奪われる恐怖に生まれ、より多くと願わずにいられないからです。

 善意をルール化したところで、それは変わらない。ELダイバーは永遠に人類を恐れ、自らを優位に立たせるために知恵を酷使し続ける生き物だ。故国を持たず、共生の歴史を生きてきたELダイバーは、どの民族はよりも深くその現実を理解している。部分改修だと言うが、あなた方の提案は根本のところで既存の〝システム〟とは相いれない。新たな〝システム〟は、既存の〝システム〟の延長上に設定されるべきだ。世界が破滅的に状況に陥る前に、それを手に入れる叡智がELダイバーにはあるとわたしは信じます」

 言いきったマイケルの目が、多少の揺れを含んで福田を射る。同じく動揺を滲ませつつ、退かぬと決めている福田の目がその視線を受け止める。

 なんということだ。

 両者の相互の無益さに思い至り、呂名は内心に嘆いた。

 既存の〝システム〟には先がない、ELダイバーの世界は救わねばならないという点で、彼らの見解はあらかじめ一致している。

 ただ、その立場と方法論がが違うために、対立は余儀なくされているのに過ぎないのだ。

 福田はELダイバーの可能性を信じ、これまで〝システム〟で規定されていた事々を手放せ、民意に託せと訴える。

 対してマイケルは、それはさらなる混乱と、別の誰かを支配者に成りかわされるだけだと主張する。

 それに各々の境遇、人生によって育まれた彼らの矜持であり、決して相容れることはない。

 人間の善意を信じるか否か、究極的ににはその1点をめぐる対立であり、どれほど言葉を重ねても妥協点は見いだせない人間観に関わる相互だった。

 それゆえ。

 英一と福田は内密に事を運ばねばならなかった。

 詐欺師を使った策略。

 そして『A金貨』を電撃的に事を起こす必要があった。

 当初から怪しげな動きを感知していながら、事ここに至るまで看過してしまったのは、泳がせて計画の全貌をつかもうとしたマイケルのミス。

 英一の正体露見を許し、開き直ったかのごとく断頭台に頭を載せているのは福田が自らを望んだ無謀だろうが、事はもうそういう問題ではない。

 世界を変えるか、変えぬのか――。

 否。

 よく在りたいというELダイバーの可能性を信じるのか、信じないのか。未来を決する選択肢において、彼らはそれぞれの信念に基づいて対峙することを宿命づけられ、今ここで不毛な論戦を繰り広げているのだから。

 では、自分はどうだ?

 答などないと父からの問いかけを退け、〝財団〟によるガンプラバトルの元締めに特化させた自分。

 そのくせ、マイケルほどの信念にもなく、息子2人にことごとく見限られ、なお、福田にとマイケルの対立を傍観しかできないこの自分は――。益体なく思考をめぐらせる間に、福田の目が不意にこちらに向けられ、呂名は小さく息を呑んだ。「おじさん……呂名理事長。あんたはこれでいいのですか」と日本語で問うた声は重く、受け止めた体が椅子に沈み込む錯覚にとらわれた。

「〝システム〟と戦うために、自らが〝システム〟の1部に……あなたの父親が始めた事とは、賭けにしても無謀すぎる。自分ではついに答を見つけられず、我々にその戦いを引き継がせた身勝手な人だ。

 ただ呂名哲郎は、GBNの利潤を増やそうとすることには決して執心しなかった。

 絶えずバトルの世界ランキングが変動する中で、『A金貨』の価値を維持するには実力主義に拝金する以外ない。未来のガンプラバトルに備えてそうしてきただけで、『A金貨』をむやみに増やそうという頭はあの人にはなかった。だから英一も原資分のの金額、10兆円だけを抜き取ることにこだわった。なぜだか、わかりますか?

 それが日本人本来の気質だからです。かの昔よりリサイクル精神を持ち、贅沢や浪費をもったいないと叫ぶ。その精神性こそ、闘争本能という魔物を制御できる可能性があると彼らは信じた。

 たしかにガンプラバトル・ブームに狂った。グローバリズムを超え、新しい外交の手札になるかもしれない魔法だと信じて。今もGBNって、〝システム〟を無条件に受け入れようとしている。でも、ブレイク・デカールと宇宙人襲来を経て、多くの人はそれが間違いであったことに気づき始めている。GBNで盛り上がろうと、溜めに溜め込んで1000兆円の借金がは減りゃあしない。むしろ、ネットワーク整備に爪先立ては、それに使った負債が増えたってって誰もがいわない。今こそ『アファーマティブ・システム』を解放する時だ。英一も立ち上がったというのに、なぜあなたはなにもしようとしないんです。なぜ一緒に戦おうとしない!」

「……黙れ」

「今からだって間に合う。英一を救ってやってください。あいつは呂名哲郎を都合を継ごうとしたんじゃない。あなたが、正彦を失ったあなたが、本心では苦しんでいることを信じる事を知って――」

「黙れ!」

 悲鳴に近い絶叫が喉を震わせ、老いた心身をみしみしと軋ませた。目を逸らさない福田を視界の外にして、呂名は窓際に立つマイケルを見やった。

 冷笑のひとつを寄越すかと思ったが、窓に映る自分を睨み据える横顔にそんな気配は微塵もない。平静を保とうとして保ちきれず、どこか思い詰めた表情をスタンドライトの先に浮きだたせている。

 彼も結局は人間。

 せざるを得ないからそうしている〝システム〟の囚われ人か。激昂のあとの放散に押し流され、呂名は虚だつした目を机に落とした。

 ソファのひざ掛けを握りしめ、福田は無言で答を待っている。

 それでいいのか――そうではない、と呂名は胸中に答えた。

 これまでの人生のおいて、良いか悪いかを選択基準にしたことは、1度もなかった。

 せざるを得ない……いつでもその思いが呂名信彦の選択を決定してきたのであって、今はそれは変わらない。人の善意を、ELダイバーを信じるか否や。自分に関する限り、その答えはもう出ている。

 そして、またひとつ大事なものを失うのだ。

 この世に残された最後の血筋、こんな自分をまだ父だと思ってくれている命を、疎遠になってもいても誰よりも近い、自分にとってのかけがえのない命を――。

 出口なく滞留する思いを言葉にする術はなく、呂名は目を伏せ続けた。

 

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