ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第八章 福田輝義
第五十一話


 モビルスーツ輸送機は、定刻通り18時35分にエリア11行きの空港エリアを離陸した。

 機体の高度が刻々と上がり、座席に沈み込んだ全身の血をじわりと押し下げてゆく。

 ヲチカタ・コロニーから脱出した時のゲートは、100キロ北方にあり、地平線の彼方に霞んで見えない。遠目にはこの世の楽園と思えるコロニーが、地球の丸みに沿って回っているばかりだ。

 紺色の闇を飛ぶ輸送機は、宇宙移動用のゲートをくぐって大気圏を突入、約3時間後には空港エリアへ。そこで航空ルートの手続きをしてから、さらに約4時間後にはエリア11に到着する。

 到着時間は午前6時10分。

 行きの苦労に較べて、帰りの工程は腹正しいほどあっけない。時間が経つまでの間、輸送機に格納されている<ガンダム>を室内窓越しに送った。

 その時間、4時間弱。

 国際空港の待ち時間を計算に入れてもヲチカタからまでたったの14時間だ。

 〝財団〟やフェアチャイルドの目を気にせず、正規の手順で移動ゲートを利用すれば、今は日本GBNならどんな場所でも24時間前後で行ける。奈良の大仏も北海道の大時計台も、岩手山でさえ2、3日で見てくることができようが、あのヲチカタに灯った微かな人口の光、〝始まりの風景〟を再び目にする日が来るものかどうか。

 今や月の裏側より遠い無名の小国、ヲチカタのコロニーはもう見えず、円形のゲートがあるばかりだ。

 その形を窓の向こうに追い、エイジは小さく息を吐いた。

 支援フォースに脱出用ということで用意された輸送機は正直、ありがたかった。

 30メートル大の大きな箱に飛行機の翼がついたようなデザインだが、ないよりかはマシだった。この輸送機はどこのフォースでも使われている一般的な輸送機で、モビルスーツを3機格納することができる。

 一番魅力的なのが、整備ドックがあることだ。

 <ガンダム>の整備をしてもらえるのがありがたかった。黒須の<ガンダム>の損傷は思ったよりもひどく、内部のパーツが砕けていたり、装甲にヒビが入ったりと散々たるものであったからだ。

 エイジ用に設えた座席から心持ち身を起こし、ウインドウを開くと、添付データを取り出した。

 シートベルト着用のサインランプはすでに消えている。ほぼひとりの座席に座っているのは自分ひとりだけで、あとはここに勤務する整備員だけだった。こちらの様子を盗み見る者はいない。そんな間抜けは、フェアチャイルドのハンターにはいない。偽造したパーソナルデータを用い、回り道に回り道を重ねた往路の時でさえ、尾行の気配は毛ほど感じられなかったのだ。

 よもやノーマークということもあるまいが、気にしたところで自分にはどうにもできない。

 歩いている整備員にウインドウの画面をのぞかれるようなことがなければ、それでいい。特別に、座席をひとつだけ作ってもらったのは、その配慮のためだ。

 自分の身分が仕方が仕方だったので、ヲチカタ・コロニーを出発する際には偽造データを用いはしたが、尾行をまく小細工はいっさいしていない――というより、誰の知恵もサポートも借りられないひとりの道行きでは、そもそもしようがない。

 ヲチカタ・コロニーから日本エリアまで、自分が最短ルートの途上にあることは、〝財団〟もフェアチャイルドもとうに知っている。

 承知のうえでまな板の上にのった鯉が、いまさらびくついてどうする?

 エイジはウインドウを操作し、『真実』と書かれたデータフォルダを取り出した。

 『A金貨』の真実、呂名英一が最後に送り出したそれを見つめ、フォルダを開こうとして指を這わせようとして、不意に指先が震え出すのを感じた。

 見れば引き返せなくなる――もう、そういうことではない。いま、自分の命があるのは、事後処理の混乱のなかで処分が保留されているからに過ぎない。とうに一線を越えた身が、のこのこログアウトした結果は考えるまでもなく、いまさら真実を知ることに躊躇するものではなかったが、やはりすべてを受け入れるのは怖い。

『A金貨の出自』。

『呂名家の呪縛』

『それらにまつわる世界の、闇』

 全部があきらかになった時、自分は今の自分でいられるのか。

 この先、1歩も進めなくなってしまうのではないか。

 そう考えると――どうしようもなく怖い。

 だが、見ないわけにはいかない。これからのこと、今日から先の自分を決めるために、昨日までの経緯はすべて知っておく必要がある。エイジは息を詰め、フォルダのアイコンを指で押した。

 ファイルロックなどの防護装置は施されていない。なんならこのまま拡散してくれてもかまわない、そんな開き直りが英一にはあったのかもしれない。思いつつ、ウインドウに指を走らせ、10数個に分かれたファイルの中から最初のひとつを開く。まず文書データが表示され、日本語で書かれた文字が、外国語に取り囲まれていた目にやさしく映えた。

 それは数十年前に記されたある男の遺言だった。読み進めるうち、周囲の音や景色は急速に色をなくし、エイジは異界に等しい未知の歴史に吸い込まれていった。

 

 

 GBN

 エイジ――金山栄治は吸い込まれていく。

 

 

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