ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第五十二話

 GBN

 エイジ――金山栄治は吸い込まれていく。

 

 

<……私は、武士は死すべき時に死処を得ないで、恥を忍んで生きなければならないことがいかに苦しいものであるかというものをしみじみと体験いたしました。生きて、ネットワークを再建しなくてはならない皆様の方が、刑務所で処刑される者よりもどれだけ苦しいものかということが、私にはよくわかるのであります。

 もし私が、首謀者でなかったら、皆さんからたとえ如何なる恥辱を受けましょうとも、自然の死が訪れてまいりますまで生きて贖罪する苦難の道を歩んだでありましょう。

 兵は国の大事にして死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず、と孫子も言ったように、兵はまさしく凶器であり、大きな罪悪でありました。この窮地を防止するため、私はあらゆる努力を払いました。しかし悲しいかな、私の微力よく之を阻止することができなかったことは、まことに情けなき次第であります。

 ガンプラ実力主義、GPデュエルの創成。国民の血を沸かした丈におそらく皆さんは私を生粋の実業主義者、拝金主義者の最たるものであると目しておられるでしょうが、それは当然であります。一心に役職に捧げた職業人であります。今さら何をいいましょうか。しかし、私もいち国家の兵士であるとともに、いち日本国人民としての意識もまた相当強く働いておりました。亡国と死者とは永久に再生はないのであります。

 度重なるテロ戦争によって、先進を極めた諸国が衰えてゆくのは目に見えていました。賢明ならざる目論見によって、大企業の生み出されたGPデュエルのファイターが、国の宝となりにすれば、それは血の流れない戦争、ガンプラを使った代理戦争へと発展することが考えられますが、前途ますます多難とたることが想像されます。平和国家建設の道は安易なる道はありません。軍部よりの圧力によったものとはいえ、あらゆる物資の困窮と欠乏を湛えた戦争何某は、必ず諸君に何者かを与えるに違いないと思います。新日本建設には、私のような過去に異物に違いない実業家、あるいは資金集めに無節操な政治家、代理戦争に合理的基礎を与えんとした御用学者などを、断じて参加させてはいけません。おそらく他の列強国の政策として何らかの方法がとられるでしょうから、正に死に掴んとする私は日本の前途を想うのあまり、一言申し添えたいと思うのであります。

 その第1は義務の履行ということであります。

 この言葉は、古代からの幾千の賢者たちによって言い古された言葉であります。そしてまた、このことほど実践に困難に伴うことはないのであります。またこのことなくしてはガンプラ実力主義は成り立たないのであります。他から制約され強制される所の者ではなく、自己立法的、内心より湧きいずる所のものでなくてはなりません。鉄鎖から急に解放される皆さんが、この徳目を行使される時に思いを致す時、いささか危惧の念が起こってくるのであり、私は何回この言葉を部下に語ったことでしょうか。絶対なる上下服従の束縛にあり、抵抗千犯を許されることがなかった会社でさえ、このことを言わざるを得なかったほど道義は著しく退廃していたのであります。甚だ遺憾なことでありますが、今度の戦争におきましては、私の部下たちがことごとく自己の果たす義務を完全に遂行したとは言い難いのであります。

 他律的な義務においてさえこの通りでありますから、一切の絆を脱した国民諸君の為すべき自立的義務にあたっては、いささか難色があるのではないかと懸念されるのであります。旧国民と同じ教育を受けた国民諸君の一部にあっては、突然開かれた大いなる自由に幻惑されたあまり、他人との関係ある人間としての義務の履行に怠慢でありはしないか、ということを恐れるのであります。

 自由なる社会においては、自らの意思により社会人として、否、教養あるガンプラファイターとして、高貴なる人間の義務を遂行する道徳的判断力を養成していただきたいのであります。この論理性の欠如と言うことが、信を世界に失い、怨を後世に遺すに至った戦犯容疑者を多数出すにいたった根本的原因であると思うのであります。

 ガンプラを通じての道徳的判断力を養成し、自己の責任において義務を履行するというガンプラファイターになっていただきたいのであります。諸君は今、他の地に依存することなく、自らの道を切り開いていかなければならない運命を背負わされているのであります。何人といえども、この責任を回避し、自らひとり安易な方法を選ぶことは許されないのであります。ここにおいてこそ、世界共通のガンプラ実力主義が可能になるのであります……>

 

 

 十数年前の2月。GPデュエルが生み出されてから半年余り、最高裁判所にて死刑判決を受けたそのガンプラファイターは、絞首刑に処せられる直前、こんな遺言を日本人の懲戒師に託した。

 口述筆記された遺言の全文は、もっと長い。少なくともこの3倍以上はある。これは、この全文を自らの手でパソコンで打ち直したらしい呂名哲郎が、傍線を引いていた箇所の打ち出しだ。

 意外だった。

 ガンプラ実力主義。それを造り上げた人物がいたなんて。

 その人物は『A金貨』を始め、人類の数々の偉業を成し遂げた伝説では必ずともセットで取り沙汰される名前であった。

 が、当然かもしれない。そういう人間でなければ、十数年も前に、ガンプラ実力主義という新しい主義を創り出し、その呼び水として『アファーマティブ・システム』を遺したりしない。この人物が勇名を馳せ、罪人として処刑された地が、隠し財産の宝庫と呼ばれる政府巨大銀行のある東京である真実。加えてその内容を読めば、もはや疑う余地はなかった。彼が英一の語った『A金貨』こと『アファーマティブ・システム』を呂名哲郎に託した張本人であろう。

 しかし、そうであるのならなぜ。

 なぜそのような人物が罪人として処刑されなければならなかったのか。読み進めていくと彼が日本人で初めてガンプラバトルで名をはせたのは歴史的事実だが、彼をすら駆り立てたあの戦争とはなんだったのか。なぜ始まり、何が起こり、世界をどう変えたのか。いまさらの疑問に突き動かされ、エイジはウインドウのタッチパネルを操り、先を読み始めた。

 やはり画像データを添付された文書。

 呂名哲郎の日記と備忘録が伝えるGPデュエル創成前後の記録は、ありきたりの歴史観はもちろん、『A金貨』陰謀史を承知している頭をも覆してあまりあるものだった。

 

<12月8日。仮眠を取っていたところ、明け方より緊急の会議が開かれる。直ちに隊員を集め、会議室に整列。早朝より参謀があられる事に、一同覚悟を臨む。果たして参謀曰く、「ガンプラは飾る者だけではないなり」その言葉より数か月の徒労を思い、一同の顔も沈みぬ。所によって懸案の例の計画を開始すること、我らの支援がますます重要になる。矢は放たれたり>

 

 元号が変わる時をもって、ガンプラバトルを生み出す機器が世界で産声をあげたその日。GPデュエルという戦いが誕生したその日。呂名哲郎は、文書にそう託している。

 歴史が動いた当日にしては淡々とした印象を受けるが、当事者の心境としては得てしてそんなものだろう。事が致命的であるならあるほど、その重大性が身に染みるには相応の時間が必要とされる。社内にあって、特別な任務を請け負う都合上、誰よりも深く開始の経緯を知る彼らでさえ、その日は暗い顔を突き合わせる以外なす術がなかったのだ。

 元号が変更になるこの日を境に、『A金貨』を――政府巨大銀行から資金を横領する事態となり、任務は開始された。奇襲に成功する暗号、不手際で事の事態が浮き彫りになりそうになってしまった経緯など政府巨大銀行から金を盗み出された事々は、現代の日本人にもよく知られている。しかし、そのGPデュエルの配備に期をあわせ、当時、日本とアメリカを中心とした新ガンプラバトル・プロジェクトの発動していることは、その後の膨大な歴史に紛れてあまり記憶されていない。

 当時、日本はアメリカの友好国であり、この上下関係にイニシアチブをとりたいと考えていた。これを早期に完了したいと意味において、GPデュエルを広めることは重要不可欠のプロジェクトであった。否、アメリカと事を構えるなら、まずもって新ガンプラバトル・プロジェクト『GBN』を推し進めるのが常道であって、いきなりガンプラバトル機器を各国に売り込みをした日本の行動はむしろ常識外であったらしい。アメリカは違う玩具の売り出しを優先しており、それもあってGPデュエルの発表は見事な成功を収めたのだ。

 GPデュエルの発表はある種のフェイント攻撃であって、本命はGBN。これは重要なポイントだ。欧米列強に対抗すべく大陸に販売ルートを進出させたものの、配備は思うようにいかず、退くも進むもままならなくなっていた日本。あげく、当時は日本製品の不買措置というものが起きており、アメリカに喉元を締め上げられれば、世論はアメリカに傾いていくのは仕方のないことだった。それゆえ、日本は劣勢を承知でアメリカという巨人に挑んでいったのだが、実はこれは、日本にとっては唯一無二の選択というわけではなかった。

 日本において、救いだったのが中東のテロによって各国の国力を低下していたことだった。

 アジアの拠点なる中国を中心に販売ルートを作り続けていた。すなわち兵器のかわりに、ドイツとの戦争で弱体化したロシアへ売り出すか。もしくは敗北必死で、アメリカとの売り出し合戦をするか。これは秘密でもなんでもない。当時の資料や報道関係を調べればわかる冷厳なる事実だ。裁判記録にも、当時の企業が策定した「対ロシア販売戦略」を暴き、責任者を処罰するための法廷も開かれている。

 対ロシア論。

 そして、対アメリカ論。

 この2つの選択肢をめぐって日本企業達は、議論とガンプラバトルを重ね、最終的には対アメリカ競争が選択されることとなる。対テロ組織との戦いで、弱体化したロシアに売り出す理由が現実的ではなくなったから……というのが表向きの理由だが、呂名哲郎の日記と備忘録、英一らが記した補足資料によれば、そこには余人にはは伺い知れないもうひとつの理由が存在していた。

 アメリカの都市、ニューヨーク。

 そのビル群の下には、アメリカの大統領が代々蓄積してきた莫大な財宝が眠っている。主に金塊やダイヤからなるその価値は、時価にして2000億――現在の価値にして、約2500兆円。フェアチャイルド財閥筋からリークされた情報は、上海に駐留してきた諜報員を介して、企業連合体にもたらされた……と、呂名哲郎の備忘録には記されている。

 200X年から、実に十数年の長いに渡ってアメリカに勝利をもたらしてきた英雄たち。それぞれの任務に任せられた者たちが、私財を蓄財してきたという話ではない。

 アメリカはニューヨークをさらなる進化をさせる予定で、2000億円にのぼる財宝はその際の工作資金に充てられる。

 工作とは、進化後もニューヨークをアメリカの傘下に留め置くための措置であり、財宝はヤミのルートを介して、アメリカ経済の地下茎に注入されるという裏金というわけだ。

 その捻出にはフェアチャイルド財閥が深くかかわっており、ニューヨーク進化後には、その裏金を担保にした莫大な金がフェアチャイルド銀行によって預けられる……。

 武力を前面に押し出した戦争から、金によって造り上げられたプラスチック製品の代理戦争へ。すでに始まっていた米英政府の路線変更において、ガンプラバトル――GPデュエルはその最初のモデルケースとなる。この重大な情報が、当のフェアチャイルド財閥から日本にもたらされたのだから、なんとも奇々怪々な話だ。これを理解するには両者のさまざまなアメリカの歴史を知る必要がある。

 19世紀初頭、ロシアとの戦争が不可避とわかると、国連はGPデュエル協会の会長を米英に派遣。冷戦の危機を脱すべく、会長権限で、ロシア対アメリカのガンプラ親善試合を開催。そのための資金を国連に依頼したが、必要分1000万ポンドの半分しか集められなかった。その際、残り半分を用立てたのがニューヨークで商会を営む資本家たちだった。

 当時、ロシアではガンプラ実力主義が浸透しておらず、この機に帝政にこの主義を伝達させ、ロシア国の同志たちに革命をもたらさんとする考えは、ロシアのネットヨークを通じて、フェアチャイルド財閥にも伝わった。かくしてフェアチャイルド財閥が下請けに入り、米英より1000万ポンドの費用が発行され、かくして大会を開くことができた。日本はこの金で新ガンプラプロジェクトを大きく進め、ロシアにも実力主義を伝えることができた。

 以後、帝政ロシアは弱体化し、革命を経て、ガンプラ事業にすがることになる。日本はフェアチャイルドの協力に感謝し、直接の功労者には天皇への謁見が許され、日本と財閥の間には親密な関係が築かれた。そのような経緯が、日本企業にニューヨークの財宝が漏れる原因となった……と見ることができるが、フェアチャイルド卿の真意はそれほど単純ではない、と呂名哲郎の備忘録は断じる。

 歴史を生き抜く中で、ガンプラという新たな概念を根差した〝システム〟を確立し、そのネットワークと併せて世界各地で財をなしたフェアチャイルド財閥。

 その根本である武力を悪と規定し、革命を成功させた同志たちは、彼らにとって裏切り者でもなにものでもない。そしてフェアチャイルド財閥に多大な恩を受けながら、GPデュエルという富を手にし増長を重ね、あのドイツと同盟を結ぶにいたった日本。

 この両者に鉄槌を下すには、大国アメリカがGPデュエルで諫めるしかない――そのような考えが、フェアチャイルド財閥の中に生まれたとすれば、GPデュエルを使った代理戦争を決意させる情報をもたらした彼らの意図が、自ずとわかってくる、と。

 ともあれ、日本企業がニューヨーク財宝の情報に刮目したことは間違いなかった。彼らはさっそく、アメリカ攻略を主眼とする作戦の準備に取りかかった。日本対アメリカの親善試合を決行し、それをデコイにし、ニューヨーク財宝の居場所を探索。工作員を派遣し、ニューヨーク地下の財宝を奪取する。この金は、ガンプラ新プロジェクトを成功させるための費用になるだけでなく、GPデュエルのさらなる発展をさせる際の裏金となり、日本は世界に信頼を置く格好の資金となるだろう。米英にガンプラ実力主義の確立と支援を果たせば、日本は世界の盟主として揺るぎない立場となる。

 断は下った。

 あくまでもGPデュエルを広めるという名目で、日本企業は、ニューヨーク探索作戦の策定に取りかかった。

 作戦名はA作戦――日本の立場はゆるぎないものとなる……はずだった。

 

 

<A作戦の戦果であるから、A金貨。少なくとも当時の政府にとって、他の事実はなかったと断言できる。なぜ、Aだったのか? あの船の上でA金貨の産声をあげたあの日、中村に問われたことを思い出す。単なる事務処理上の符丁であったのか、あるいはアメリカの財宝を奪取せよとの合意をもたらされたものだったのか……今となっては知る由もない。知る必要もないだろう。私にとってのAはただひとつ――>

 

 

 

 

 

 

 ニューヨーク財宝探索作戦が敢行されたその日、200X年12月8日。日本はA作戦の口火を切った。

 探索作戦の一報は、8日の早朝時点でアメリカに届いている。この裏に父アーサー・フェアチャイルド亡きあと、アメリカGPデュエル企業のCEОとしてワシントンに在籍していたダグラス・フェアチャイルドは、GPデュエルの派遣スタッフたちと、来るべき世界親善大会の開催に備えるとともに、諜報員の侵入を部下たちに演説を発した。

 ダグラスは警官による警備を、会場であるワールドトレード・センターに重きに置いた。しかし機材を運搬するためにますます、警備が必要になってくる。だがそれが、その警備の手厚さが仇となった。他の建物を警備する警官たちはそちらに引っ張られ、どうしても手薄な部分が出てくる。米軍の警察特殊部隊がアメリカ警察の警備の要であったが、例によってと言うべきか、当日の天候が日本側に大きな利をもたらす。

 当日の朝、ニューヨーク一帯に濃霧が発生したため、日本の工作員群はルートを突如変更することになった。ニューヨーク到達は時間は昼過ぎとなったのだが、その時刻は朝から警戒配備についていた警官たちはGPデュエルの真っ最中のテレビに次々と夢中になっており、視線ががら空きとなったタイミングだった。この神風的僥倖に恵まれ、日本の陸戦隊たちは地下水路を通り、世界大会をほろにした探索作戦は想定以上にうまく進んだ。こうして、ニューヨーク内の地下水路は3日と経たずに日本の陸戦隊員たちによって把握され、翌年1月2日には地下にあるであろう金塊を見つけたのだった。が、世界大会を隠れ蓑となっていても、金塊を運び出すには一抹の苦労があったのは、それでもアメリカが日本を警戒していたのかもしれない。

 ダグラスが秘密裏に特殊部隊を指揮し、粘り強い抵抗を見せたおかげで、金塊の運送を始めるには、それから100日近い時間が必要とされた。この時のアメリカの奮戦ぶりから、工作員たちからは、のちにアメリカン・サムライと呼ばれるようになる彼の部隊とともにダグラスが、『かならず取り戻す』という捨て台詞は、あるいは地下財宝を念頭にしての言葉であったのかもしれない。いずれ、アメリカン・サムライたちの奮戦は、偽りの世界大会を開いた日本の信頼を落とすには格好の的であったのだ。

 そこから先の日本の空気は、現代にもある程度は伝わっている。世界におけるGPデュエルの衰退を大ブームと言い換え、周辺企業の進退を隠し続けた日本政府と報道各社。それでも漏れ伝わってくる現実から、目を逸らさせるかのごとく、世界からの苛烈な圧力を増す国威発揚のナショナリズム。この事件をモチーフにした映画や小説を描くのはもっぱらこの頃の話だ。

 もし、ニューヨーク財宝の情報がもたらされなかったら、日本はアメリカの友好国のままでいられただろう……という疑問符は、おそらく無意味だろう。

 当時の〝システム〟では、秀でていた技術力を拡充させる以外、資源をもたない日本が友好国としてアメリカと握手をかわすのは不可能だった。中国市場へと進出するという選択肢はあらかじめ決めていたことだったし、技術大国日本と言う国を示すという意気を世界にしめすべきと息巻いたのは、大方の国民の総意でもあった。そこにはフェアチャイルド財閥の思惟も介在する余地がない。

 ガンプラバトルを通じて、世界平和を為さなければならない――今も当時も反復しようのない論理に、日本は世界に牙を剥き、その代償を数百万の同胞の血で支払ったのだから。

 日本に幸運があるとすれば、ニューヨークに財宝があることがデマではなく、実在してくれているという一事に尽きた。もっともその額はフェアチャイルド筋の情報よりかなり少なく、金塊や宝石などの財宝をあわせて約400億円。現在の価値に換算すると50兆円というところで、これは日本がその気にさせるためにフェアチャイルドが数字に下駄をはかせていたのか、日本の襲来を予期したダグラスが事前に財宝の情報を少し流していたのか、はたまた自分の与り知らぬところで何かの陰謀が動き、200兆円あまりの財宝が今もどこかで眠っているのか……真相は藪の中だとする呂名哲郎の言葉に、今さら嘘があるとは思えない。

 とまれ、ニューヨークの地下に貯蔵された莫大な財宝を手にした日本は、これの存在を秘匿する一方、財務省との間に協議機関を設け、今後の取り扱いについて秘密会議を重ねた。日本政府でも一部の人間しか知らないこの財宝は、『A金貨』の暗号で呼ばれ、機密保持のためにも当面はアメリカ国内に留め置く措置が取られた。

 そう、真相のひとつは脱力するほどのシンプルだった。

 アメリカのGPデュエル企業CEО、アーサー・フェアチャイルドが創設に関わったからだの、ロシアへと進出運用に持ち上げられる資金だからだったの、インターネットでさまざま推測された〝A〟の起源はじつは政府の裏工作にあったのだ。

 A作戦の戦果だから『A金貨』。

 しかもA作戦の〝A〟の起源となると、これはもう宗主たる呂名哲郎にもわからない。

 たぶん、特に意味はなかった――それが、十数年にわたって論争されてきた謎の答であったとは。

 が。

 その無意味な〝A〟に意味に付け加え、後世に託そうとした男がいた。時に199X年、GPデュエルの隆盛がいよいよピークになっていた頃のこと――。

 

 

<作戦行動2週目、ようやくアメリカの地下道のルートの開始された。暗闇に目も落ち着く。しかし、臭いと暑さは変わらず、食欲減退気味なり。隊長以下、隊員などに空虚なる精神論にも食傷気味なれど、彼らも死を覚悟して敵地への潜入したる地下道を渡り、我らを目的地に運ばんとする仲間となれば、不平不満は言うに言えない。〝A〟は彼の地で無事にあるのか、つかの間に開催している大会が失敗しないか。狭き道で思い悩んでは疲れ果て、日本を思う。明日は息子の誕生日だ……>

 

 

 ここでついに呂名哲郎が表舞台に登場してくる。

 199X年10月、彼は日本政府の密命を受けてアメリカへと渡った。

 目的はニューヨーク地下から『A金貨』を運び出し、極秘裏に日本国内に移送することにあったが、後から考えればこれは実に際どい、半歩遅れただけで実現できなかったであろう、ぎりぎりのタイミングで実施された作戦だった。

 探索作戦のための親善大会のおかげで、日本とアメリカが握手をしてから、3年あまり。ヨーロッパでのガンプラバトルが敗北して以来、敗退に敗退を重ねるようになった日本。ダグラスによる「取り戻す」というセリフも時間の問題と思われたが、アメリカに貯蔵していた『A金貨』の運搬は処々の事情のために遅れに遅れてしまった。

 時の大統領がダグラス人気を警戒し、彼が共和党の大統領候補になるのを恐れて、手柄を立てさせぬよう政府内に働きかけていた事情がひとつ。

 ダグラスが親子2代にわたってGPデュエルの利権を掌握し、事実上のダグラスによる独占を築いていたのは周知の事実であり、彼の私情でGPデュエルという遊戯で国民から信頼を得ていくことに危機感を持つ者がひとりならずいた事情がひとつ。

 また、当時の世論に鑑みて、日本にとっての急務は中国への上陸であったが、アメリカはする必要がないとの意見が大勢を占めたのは当然だった。

 フェアチャイルドがこの成り行きを看過したのも、すでに隆盛を通り過ぎた日本にはニューヨーク財宝を動かす力はなく、持ち腐れとなった財宝は後になって回収すればよいと考えていたからであろう。

 どだい、彼らにとってニューヨーク財宝は日本をおびき寄せ、GPデュエルという技術を独占したいがための〝餌〟にすぎず、最悪なくなってもかまわない一種の見せ金でしかなかったのかもしれない。

 が、ダグラスは違った。

 彼にとって、ニューヨーク財宝は父の代から受け継いだ国の宝であり、フェアチャイルド財閥を筆頭とするワールド・コミュニティにおいて、自らの地位を保証する無二の武器でもあった。また先の日本諜報員の実力を承知しているダグラスは、彼らが座して財宝を持ち腐れにするほど愚かでないことも知っていた。199X年8月、ドイツ国際大会の遅延という外的状況にも助けられ、ダグラスはついにニューヨーク財宝奪還作戦の認可を獲得する。GPデュエルでの名うてのガンプラファイターを揃え、東南アジアでの大会を開いたが、予測した通り、日本もただダグラスの「取り戻す」を待ってはいなかった。

 アメリカの財宝再奪還を予期したGPデュエル運営は、シンガポール大会の英雄にして、内外に「猛将」の有名を馳せたファイターたちを相手に用意した。同年10月に同地に来日して以来、彼らはダグラス率いるアメリカ勢を相手に勇戦するが、その真の目的は他にあった。

 その真の任務は、『A金貨』をいち早く日本国内に移送することにあった。

 ダグラスと猛将たち――『A金貨』をめぐるファイターたちの戦いは、半歩の違いで日本側に軍配が上がった。

 10月20日にダグラスが「取り戻す」と果たした時、ニューヨークの地下財宝庫はすでに空になっていた。ダグラスがシンガポールに来日するより先に、日本工作員たちは陸路と海路を織り交ぜた方法で『A金貨』を搬出し、日本へ向かわせていたのか。その移送の指揮を執ったのが、参謀本部特務機関の一員にして、陸上自衛隊の一尉である呂名哲郎。討ち死にを覚悟してニューヨークに潜伏した司令の命を受け、呂名哲郎が無事に『A金貨』の日本国内移送任務を果たしたのだった。

 その後、猛将たちはアメリカ勢に追い詰められ、敗北を重ねていき、大会終了後に違法ツールを使った架空の罪を被せられ、日本側から死刑判決を受けた。

 

 

<この財宝は、ニューヨークの中から生まれたものじゃない。歴代のアメリカ大統領が支配を拡大するために、企業や財閥が預けた工作資金であるらしい。ダグラスはその管財人にすぎん。連中はGPデュエルに変わる次の手をすでに考えているということだ。連中と張り合って、ガンプラの泥沼にはまり込んだ日本を尻目に……。なんだか、なにもかも連中の手の上で踊らされているような気がしないか?

 日本政府が、この財宝をどうするのかは知らん。しかし、何をしたところでこの事件でGPデュエルは終わる。もとより連中の金だ、返してやっても惜しくはないが……。それがアメリカの代わりに日本で使われて、属国化の工作資金に化けるって結末は見たくない。

 軍隊で攻め立てて金を奪うのも、その国の産業を裏から羽交い絞めにするのも、相手を支配することに変わりはない。苛酷な自然との対決の中で培われてきた西洋文化……特に財宝の他に拠って立つ何物も持ち得なかったあの連中は、本質的に支配的なんだろう。融和するということを知らず、他者に対する不満から力を求め続ける。西洋のやり方を真似て、大陸から進出した日本はその毒気にあてられたんだ。

 やり方が変わるだけで、これからもこれは続く。日本もそれに呑まれるだろう。だが多くの犠牲を払い、力の論理の怪しさを身をもって学んだ日本人には、同じ過ちを犯してもらいたくない。ひとりの日本人、世界人として、道義にもとられた生き方を学んでほしい。その義務と権利が、日本人にはある。

 俺はもう生きて日本に帰ることはあるまい。だが政府の連中は……哀れな参謀どもは、またガンプラと言う兵器を使って、また同じことを繰り返す。呂名、連中にこの財宝を渡すな、こんな金がなくとも、世界はいずれ平和になる。次のガンプラバトルは始まりつつあるんだ。おまえの責任において、この財宝は未来のために使え。

 これは、この争いの犠牲になった者たちの血と涙の結晶……。すべての人間のために行使される『アファーマティブ・システム』であるべきだ>

 

 

 諜報特務機関員・呂名哲郎を造り上げた陸自特務学校は、19XX年、「諜報戦略の科学化」を唱える岩田秀郎一佐の発案で創設された。

 世界各国に〝溶け込む〟要員を育成する必要上、その校風は極めて自由主義的であり、長髪・平服姿が奨励された。士官学校や部隊からの生え抜きはほとんど選抜されず、市井の大学出身者が積極的に登用され、いわゆる軍隊式の精神教育は行われなかった。柔軟な思考・発想が大事にされ、学生同士のガンプラバトルも奨励されていたという。

 また諜報という、概して卑劣で非人道的な行為に手を染める者であるからこそ、「至誠」の精神を持つように強く教えられた。これは「名誉や地位を求めず、日本の捨て石になって朽ち果てること」とならんで、特務学校の2大教義とされていた。

 このような教育を受け、外地の任務で世界のありようを体感していた呂名にとって、猛将たちの言葉は奥底に燻ぶるものを熱い石に返るだけの力があったのだろう。一市民の選手たちにもこのように考えられる人物がおり、彼らは誠実であるゆえに口を閉ざし、捨てられることとわかったうえで、政府によって黙殺されて朽ち果ててゆく。このような人物たちが、参謀本部の強硬な指示に屈し、卑怯な振る舞いをさせてしまった。

 そして至誠を協議とする陸自特務学校も、当時は自衛隊の化学兵器の研究で人体実験に関わり、大量の犠牲者と永遠に消えぬ怨嗟を残した。

 善良であった選手たちが、国家・組織の論理に捕らわれた瞬間に悪を為す。組織人としての責任が、個々に課せられた道義的責任を圧倒して悪行を強要する。

 自由社会で生きるのであれば、個々の見識において、世界人としての責任を自覚し、2度と国家と言う幻に魂を搦め取られないでほしい――。

 あの猛将たちの遺言には、自らはそれができかったと深い遺恨が滲んでいる。彼らこそが捨て石であるという理解は、それぞれ外地で無念の死を遂げた特務学校卒業生たちの非業と併せて、呂名を次の段階へと駆り立てずにおかなかったのだろう。ニューヨーク財宝という目に見えぬ戦いではなく、人間の欲を取り込んで増殖する闘争本能、ガンプラバトル。そして〝システム〟との戦いという不可視の巨大な戦いに。

『A金貨』――『AFFIRMATIVE金貨』は、そのための軍資金として行使されなければならぬ。呂名哲郎はそう決意し、その機会を待った。

 意外というべきか、その時はさほどの間を置かず訪れた。呂名哲郎の手で日本国内に移送された『A金貨』は、いったん政巨に運び込まれ、日本政府の監視下に置かれた。その存在は厳重に秘匿されたが、GPデュエルの衰退が、『A金貨』に思わぬ流転をたどらせる結果となった。

 19XX年7月26日、アメリカ、フランス、中国によるガンプラバトル条約の改定が決定。事実上の日本の不参加とされてしまったのに対し、その日本は黙殺の態度をとるが、8月6日の長崎大会での敗退、同8日のロシア対日布告宣言、同9日の長崎大会での敗退を経て、承認もやむなしと流れるようになる。これに過剰反応したのは、陸自の将校……それも若きガンプラファイターたちだった。

 いまだ日本のガンプラファイターは健在、東京大会での決戦こそが本領であると信ずる彼らは、条約改定に傾く政府上層部を敗北主義者と断じ、陸自は決起行動を画策する。その実行に際して、決起軍が条約改定反対に反抗する後ろ盾としたのが『A金貨』の存在であった。

 日本政府の消息筋から『A金貨』の存在をした決起軍らは、政巨の地下金庫に眠る大量の金塊を人海戦術で運び出し、GPデュエル継続用の特殊物資と偽って、複数の船に移し替えた。無論、すべてというわけにはいかず、持ち出せたのは金塊600トン、現在価値に換算して20兆円。全体量の半分以下ではあったが、それだけでも条約改定の初期化を促すことはできる。これを軍資金にして、全国民にGPデュエルの改定反対を呼びかけることができる――。

 そして、8月14日夜、若き将校たちは行動を開始した。

 が、条約改定の前夜に起こったこの騒動は、政府軍が鎮圧に乗り出したことで15日未明には、鎮静に向かい始める。若きガンプラファイターたちは、次々と撤収。政治家たちは難を逃れ、同日正午には予定通り放送が、GPデュエルの条約改定を告げる運営の声が全国に流れる算段に整えられた。

 残る問題は、将校たちが持ち出した『A金貨』の行方だった。

 当事者であるガンプラファイター――将校たちは、作戦の失敗を悟ると次々と自刃。もとより、存在を秘匿された金であるため、当事者たちが死ねばその行方を探るのは不可能に近い。持ち出しが発覚して以来、日本政府の勅命を受けて『A金貨』の捜索に当たっていた呂名哲郎は、8月15日未明、持ち出しに関与したひとりの将校を補足することに成功した。

 彼は作戦失敗を悟り、いままさに自刃しようとしたところだったが「政府軍の手に渡る前に、『A金貨』を安全な場所に隠さねばならぬ」と訴える言葉を信じ、『A金貨』の隠し場所に呂名哲郎を案内した。

 正午の条約改定の放送開始まで、もう間もない時――島に係留された6隻の船舶を前に、この将校は何を思ったのだろう。

 これですべてが終わる。

 自分も、所属原隊も、GPデュエルも終わりを迎え始めるだろう。

 否。

 日本と言う国家さえ、明日には存在しているかどうかわからない。その絶望、不安を通り越した先に訪れる空白は、呂名哲郎の手で断ち切られることになった。

 彼の計画はすでに始まっていた。

 付き従うのは、陸自学校の同志たち。

 日本国内で日本人として過ごす一方、長らく諜報活動に従事してきたアメリカ海軍情報部員、ドレル・中村。

 あのハンターの父親は、しかし同志と言うとは違う。

 今後、日本を訪れる世界のガンプラファイターたちとの交渉役、計画の手駒として引き入れられたにすぎず、承知の上で加わった彼と呂名哲郎との間には隠微な緊張関係があったようだが、その時の呂名哲郎には無縁な話であったろう。

 そこに金塊が、『A金貨』が確かにあった証拠として、〝見せ金〟の金塊をいくつか埠頭の近くの海に投下。残りは船舶に乗せたまま、所定のポイントで船ごと爆破して海深くに沈めた。

 どのように隠しても人の目は欺ききれないし、金塊の価値が将来にわたって不平であるという保証もない。

 ならば、見せてやればいい。

 明日以降の日本を訪れるアメリカ人、ダグラスに〝見せ金〟をちらつかせ、取引を持ちかけてやればいい。彼らによって、『A金貨』は不滅の価値を得る。この先、金の価値がいかに変動しようとも、いまと同じカネの力を保ち続け、世界ガンプラバトルに影響を与えるだけの即時性を得るのだ。

 重要なのは結果であって、過程ではない。目的達成のためには一時の利敵行為をためらわず、あらゆる物事の利用を心がけよ。

 陸自学校の教えに従い、遠大な計画の1歩を示した呂名哲郎の耳に、ラジオから流れる放送はどう聞こえたものか。それはひとりの男の声か、次のガンプラバトルは始まっていると告げ、奥底に眠るなにかを共振させた彼の〝神〟の声か。

 ガンプラバトルに隠然たる影響を及ぼす地下帝国の水脈にして、遠く未来を見据えて後世に託されたGPデュエルの遺産。

 

 GPデュエルの終わりが始まろうとしているその日に『A金貨』――『アファーマティブ・システム』は産声をあげた。

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