ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第五十九話

 GBNを用いたガンプラバトル東京大会で頂点を迎えた日本の好景気は、続く大阪大会の交響曲をして、最盛期に入ったとされる。ガンプラファイターががむしゃらに走り続けた時代はさらに加速を増し、立ち止まる勢いがないほどの攻勢を見出していったが、あらためて見るとガンプラというものは、悪魔かなにかとぎょっとするような感覚であったに違いない。

 発展の代償に国土にこびりついた不労所得者の数々。

 ガンプラバトルに命までいける、闇の者たち。

 海外に向ければ、日本の工場で開発されたガンプラを転売していく者たちも現れ始め、それを原因とする世界規模の経済混乱があり、そうした事々に対してなんら声のない日本の躍進ぶりはたとえようのない高揚感を運んでくる。

 我々はどこから来て、どこへ行こうというのか。

 そんな不安な言葉など投げ出していきそうな景気に、ひとまつの泡沫が投げ込まれたのが、20世紀初頭のブレイク・デカール事件だった。

 日本にとっては、悪名高いGPデュエルアメリカ大会から立ち上がりきったところに襲いかかってきた痛手であり、学生時代に影響を与えた衝撃だった。

 ブレイク・デカール事件というのは、時のハッカー、司馬司が起こした違法ツール『ブレイク・デカール』によるGBNに大きな傷を残した最初の事件であり、ガンプラとダイバーの実力は人機一体が大原則であったのに対し、ガンプラの性能を大きく上昇させるだけでなく、使用したダイバーの精神面にも使ったことに対する高揚感を生み出した。GBNをとりいれたアジア諸国も、ヨーロッパ諸国も、ガンプラを売っている転売屋もみんな、この被害を受けた。

 唯一、得をしたのが配布されたブレイク・デカールを購入したダイバーたちで、あらゆるガンプラを転売していた転売屋もまた、得をしており、自分の資金をビルドコインという換金をして、旨味をすするように出ていた。

 すべて日本で起こった出来事で、自業自得と言う以外にない事の経緯だった。

 今も当時も、日本は中東におけるGBNの統治になどほとんど関わってない。ダイバーたちと信頼関係にあるだけで、イスラエルを初めとする中東でのダイバーたちの信頼と見なされるのが理不尽なら、そのダイバーにペテンのようなやり方で、GBNを攻撃され、価値の下げられるのが理不尽としか下げられるのも、理不尽としかいいようがない。が、ダイバーと二人三脚で歩んできたのは、GBNの運営であり、自発的な運営方針を行わず、GBN……いや、インターネット一本に依存してきたのも日本だった。そのような環境下であるにも関わらず、発展を遂げる道を選んだのもGBNを牽引してきた日本とアメリカに他ならず、すなわち、すべての責任は日本と言う国家の選択に帰結するのだった。

 インターネット使用率世界第二位、アジア一位の経済大国になった日本が、有事に対する技術に甘えたまま、ここまで来てしまった。

 なぜ?

 そういう問いは、情報技術に甘えていたという当たり前の現実以上に重く、深く、ブレイク・デカールという違法ツールは、ダイバーたちの意識下に突き刺さった。

 GBNを得て、豊かになったはずなのに、少しも豊かではない。自分たちの与り知らぬところで、自分たちの、ダイバーたちの運命が弄ばれている。

 なぜ……こうなった?

 いったい、どこで間違えたのだ?

 そうではなく、間違うだけの自由をGBNは最初から与えられていなかった。アジア1の先進国になったのは、GBNを試用した新しい支配形態のモデルケースとなったため。

 技術の開発も、インターネットの依存も、すべてアメリカが立てた道筋にして、フェアチャイルド一族を始めとする欧米の意向だ。ただ与えられた環境の中で発展させられたというだけで、自分ではなにも決めてはいないし、なにも手に入れてはいない。

 その結果。

 覚悟も戦略もなく、このハッカーの風向きひとつで変わる歪な生活環境ができあがったのだ……という残酷な答えは、胸にしまわれたまま、ただ自分で自分の先行きを決められていない不安感が国民の間にも浸透して、この日本はだんだんと不確実性の時代に傾いていった。

 ブレイク・デカールを始めとした違法ツールを引き金に、獏としたタイバーの不安感としてか、『ダイバーの危機』や『GBN、ついにサービス終了か』という書物がベストセラーになる一方、利己主義が蔓延し、国民感覚と乖離した運営は実力主義を加速させ、GPデュエルで培われた仕組み、日本をインターネット大国たらしめる取り決めの数々は、高度経済成長を減速させ、欺瞞とごまかしの堆積としか見えず、かと言ってそれを変える手立ても自由もありはしない。

「いや、ある。ノーと言えばいいのだ」とばかり、GBN派の新世代が苦労知らずの図太さで運営に混乱を持ち込むのは新元号になってからの話だが、GPデュエル衰退の真相を知る者が口を閉ざし続けたことにする無知、不満、それらが引き起こす混乱の兆しがすでに始まっていたし、『A金貨』もその例外ではなかった。

 これまではGBNに偽装するうえで有効だった〝偽物〟たち――『A金貨』融資を騙っては手数料だけを掠め取る詐欺師ダイバーたちが、21世紀の中盤から急速に増え始めたのだ。

 本筋の部下たちが融資システムの中身が漏れたのだろう。

 彼らは言葉巧みに企業の主にすり寄り、日本に眠る地下資金の存在を莫大な支援話を持ちかけ、億単位の金を騙し取る詐欺がオンラインゲーム各種で起こり始めた。

 その被害者となるのは、重課金者だったり、フォース合併を前に借金を帳消しにしたい最上位のフォースリーダーのやつばっかりで、被害者が破産や自殺に追い込まれるケースも少なくなく、〝財団〟は喰いついたマスコミの対策に四苦八苦させられたという。

 差し当たっては、詐欺師に名前を使われたフォースを解散させ、リーダーを入れ替えて起団し直す必要があったが、地下茎に根差した詐欺師たちの情報網はバカなものではない。以後、ひとつ支援を行うたびに拠点となる〝在団〟の名前を変えねばならなくなったのは、情報を聞きつけては名を騙る偽物とのイタチごっこのせいだった。

 そこにはもう、違法ツールに侵されたGBNの復興をと発展に寄与すると言う最低限の題目すらない。

 儲けたい。

 ライバルに勝ちたいとするダイバーたちの欲。

 その欲につけこんで金を巻き上げる詐欺師の悪知恵があるのみで、表向きは利殖活動ができないダイバーの金やら、石油成金の国の地下資金やら、詐欺師ダイバーが騙る『A金貨』の素性も百花繚乱の体であった。そして、いまや民間のスポンサーにまで伝染したGBNのぐるみの実力主義、そして衰退したGPデュエルの総決算として、あの『ブレイク・デカール事件』が起こった。

 かつてのGBNの次期アップデートに使用しているサーバーに絡んだ際、違法ツール『ブレイク・デカール』を購入した、ダイバーたちによる多額の金が流れ込んだ事件は、ついには運営を、GBN自体を揺るがせるまでに事態にまで発展した。

 大手フォース。

 下位ダイバー。

 情報屋。

 そして、末端のスポンサー企業にまで至る芋づる式のルートは、この国が正義もモラルもないシステムを育んできたことの証明であり、この中で公共事業や地方のサービス開始に創出させてきたという意味では、日本がそもそもGPデュエルを使って培われたルールによって成り立っていた事実の証明にほかならない。戦後のGPデュエルの闇で造られた後ろ暗いルール――そう、ブレイク・デカール事件は単なるハッカーによる破壊行為ではなく、『A金貨」詐欺が社会問題化したことと併せ、日本の、一般市民にも暴露された最初の瞬間だったのだ。

 底が割れたか。

 ブレイク・デカールを使った違法ダイバーたちとフォース『アヴァロン』を中心とした第一団『有志連合』による戦乱『第一次有志決戦』が始まった時、呂名哲郎はそう漏らしたという。

 『A金貨』の宗主としては実感であったろう。

 インターネット国家としていちからやり直したつもりが、実はなにもやり直していなかった事実。

 戦後、解体されたはずの権威やルールが暗闇の中で生きながらえ、経済の〝システム〟を形成していた事実。底が割れた、という感覚は呂名哲郎だけのものではなく、すべての日本人ダイバーが突きつけられた現実の重さに絶句し、深く暗い沼に沈み込んだ。司馬司の私兵との代理戦争をさせられ、見当違いの戦いを続けた挙句に終焉を迎えた違法プレイヤー――マスダイバーとの無惨もそこに合流し、絶望に集約される空気がGBNを包み込んだ。

 一連の事件は、呂名家の周囲に昏い影を落とした。ブレイク・デカール事件が明るみに出たのは、アメリカとの提携している最中、司馬がブレイク・デカールのツールを制作する方法を暴いたせいだった。その衝撃が日本に上陸するよりひと足早く、呂名哲郎はアメリカにいる旧友を通して事件の予告を受けていた。

 共に『A金貨』システムを造り上げたかつてのアメリカ人、アレックス・マーカス。

 本国に帰った後、軍を退いてフェアチャイルド銀行に役員として迎え入れたマーカスは、フェアチャイルド一族の係累と末娘との間に孫を設け、当時は半ば隠居生活を送っている身だった。彼と呂名哲郎とを結びつける磁力を、友情の一語で表すのは語弊があるだろう。

 この時も、マーカスはフェアチャイルドの使徒として哲郎に一報を告げたのかもしれず、もはやその真意を探る術はないが、ともかく哲郎は、じきにブレイク・デカール事件の追及が始まることをマーカスの口から聞かされた。アメリカに飛び火するのを承知であるにも関わらず、この情報を流したアメリカの意図は、日米国交回復を成し遂げたきっかけになったGBNを追い落としにあることもその時に知った。そして、その黒い金脈に博司が深く関わり、『A金貨』が勝手に利用されているらしいことも、あわせてマーカスから伝えられた。

 哲郎には寝耳に水の話だったろう。

 政界や運営で着実にコネを築き上げつつある博司が、前運営の派閥に属していることは知っている。その縁で哲郎が毛嫌いをしている右翼系フィクサーと関りがあることも、彼らのうしろ暗い錬金術に関与していることも承知だが、そこに『A金貨』が利用されていたとは――。

 事件が表沙汰になれば〝システム〟にも傷がつく、と忠告したマーカスに促されるまでもなく、哲郎は博司を呼びつけて事件の真相を確かめた。

 マーカスの言葉に間違いはなかった。博司は、兄の邦彦も巻き込んだ『A金貨』を動かしていた。

 〝財団〟を使って、前運営の親族会社にフェアチャイルド銀行の特別融資枠を割り当てていただけではない。本筋の配下を動かして『A金貨』の融資があるかのように見せかけ、件のスポンサー企業を陥れる真似までしている真似までしていた。他社のGBNサーバーを推していた社長を失脚させての、ブレイク・デカール事件を闇に葬ろうとする専務を新社長に据えるために、『A金貨』を騙る詐欺師とそっくり同じ手口を、本物のシステムで再現するというやり方で。

 福田たちの前ではそんな素振りを見せず、また当人たちの本意も別のところにあったにちがいないが、少なくとも〝財団〟という家業を通して見る限り、呂名哲郎と博司の父子関係良好であったとは言えない。伊豆の集まりに対する博司の嫌悪感が象徴する通り、そこには彼の世代に共通する父親世代への野放し的な反骨精神と、それに対して沈黙を通すGPデュエル派の徹底した断絶があり、博司の謀反はどこかで想定されて然るべきものであったろう。

 が、つとに折り合いの悪さが感じていた次男のみならず、長男までもが事に関与していた。自分の理念を理解し、〝財団〟の後継者に目される正彦が博司に協力をしていたのはなぜか。

 驚き。

 嘆き。

 詰問。

 そうした父に、邦彦はうなだれて沈黙するばかりだったという。代わりに口を開いたのは博司で、その言葉こそ呂名哲郎を愕然とさせ、以後、伊豆の別荘で半ば隠遁生活を送らせる原因になったのだった。

 曰く、あなたのためだ。

 たしかに金権まみれの運営屋であるが、運営には馬力がある。日本改造論には地方にGBNと雇用をもたらし、日米国交回復によって日本はアメリカ外交に新たな可能性を得た。アメリカが他のサーバーを叩いているのは、前運営に必要以上に力をつけさせまいとするフェアチャイルドの意思だ。

 父さんは、インターネットによる経済回復をして日本に地力をつけさせ、いつか奴らに対抗するのだといった。しかし我々だけが抵抗したところで限界はある。奴らの奴隷ほ何十年も続けてきた日本には、危機に対処する国力を持つという発想すらない。前運営と組んで、奴らに劣らぬ力を身に付けることこそ、父さんの理想を実現する唯一の方法であるはずだ――。

 それは、かつてGPデュエルアメリカ大会が犯したのと同じ過ち……と呂名哲郎には聞こえていただろう。力に力で対抗しようとすれば、押しつぶされるのは目に見えている。同じ土俵に上がるのではなく、人同士が食い合う世界のルールを変革するアイデアこそが必要なものであり、『A金貨』はそれを実現するために使われねばならない。我が子の思わぬ熱情に胸を衝かれながら、呂名哲郎は博司の勇み足を戒め、前運営との断つように促した。邦彦もそれに同意し、しまいには二人がかりでの説得を試みられたそうだが、哲郎には徒労の二文字があらかじめ見えていたに相違違いない。

 いつかは答が見つけられるだろうと曖昧な希望を抱き、『A金貨』をもって日本を〝システム〟の支配下に置く手伝いをしたのは他ならぬ自分。

 そのくせ、ずっと反抗的だった次男こそが父の理念を真摯に受け止め、孤独な闘いを挑んでいたことに長らく、気づけなかった。

 事業家としても、

 父親としても、

 徹底的に粗忽であったと証明された男に、博司に意見する資格などない。我が子の中にかつての自分を見出した父親に、他の思いはなかったのだろうから……。

 博司は譲らなかった。

 おれはあなたの道具じゃない。たとえ、あなたが違うと言っても、おれはおれのやり方のあなたの信念のために戦う――。

 そう言い、あくまで自分たちを潰すつもりなら『A金貨』の、GBNのすべてを暴露する、その準備はしてあると続けた博司を、止められる者はいなかった。

 彼は背を向け、呂名家から永遠に立ち去った。

 〝システム〟に触れた博司を闇の摂理に委ねるか、

 彼をかばって一族ごと滅びるか。

 呂名哲郎にはその二つの選択肢しか残されておらず、あのアメリカ大会の時にも感じなかった深い敗北感がその身を満たしたに違いなかった。

 やがて公にでたブレイク・デカール事件は、大量の逮捕者と不審死者を出した末、うやむやの末に世間から忘れられていった。

 新聞記者や前運営の関係者など、事件の根幹にいたがゆえに怪死を遂げた者たちの中には、前運営派閥の若手ホープと目される呂名博司の名もあった。 

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