あと10年早く生まれていたら。
木城深雪を指して、親類縁者がよく気にしていた言葉だ。
あと10年早く生まれていたら。
日本が元気なころに大人になっていたら。
〝財団〟の仕事に関与するもよし、政ゃ商いの道にすすむもよし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった呂名一族の権勢にその才気を相乗させ、きっといずれの道でも権勢を相乗させ、きっといずれの道でも大成していったことだろう。いまと同じく〝対策室〟の門を叩いたとしても、GPデュエル衰退の前と後ではその規模も権限もまるで異なる。仮にGPデュエル隆盛時代に〝対策室〟の一員に加えられていたら、国外事案を所掌する外事部で功績をあげ、〝財団〟という地下帝国の発展にも多大な貢献をしたに違いない。
あと10年生まれていたら。GPデュエルが衰退などしなかったら。日本が借金漬けの3流国になっていなかったら。引きずられるように呂名一族の権威も失墜し、『A金貨』が資金を支援するために成り下がるようにならなかったら……。
無論、そこには何の根拠もない。買い被りという以上に老人たちの繰り言、昔はよかったと言う言葉の変形活用だ。
確かに学校の成績も悪くなく、スポーツでも弓道で国体2位、GBNガンプラバトル日本大会では優勝にまで進んだことはあるが、それは呂名一族にたかる自堕落な大人たち――己の不遇を時代のせいにして、自分ではなにもしようとしない連中――を反面教師とし、自己研鑽を怠らなかった結果であって、なにか野心があってしてきたことではない。少なくとも表面上はそう見えるに振る舞ってきたつもりだし、彼ら大人たちに才覚を惜しまれるということは、その欺瞞がうまく機能していた証拠だろう。
呂名の一門に生まれたからには地下帝国拡大の大望を抱き、その礎となる人生を了解せねばならない。そういう前時代的な考えに対抗するべく、跳ねっ返りの娘がひとり頑張っている。それは新時代を生きる若者の気概であるし、古い時代と心中しつつある老人の目にも心地よく映ったに違いない。
自分にもそんな時代があった。そういう甘苦い郷愁とともに。
実際は大きなシステムの庇護下で流されるまま、歳を重ねてきたというだけで、人生をかけて抗ったことなど1度もなかったにもかかわらず。
どだい、10年早くという計算からしてすでにおかしい。
深雪が社会に出たのは2000年代のこととで、10年早く生まれていたとしても、1990年代。
その頃、世界はとっくにGBNバブルから遠ざかっていて、エンジニアの失業率は80年代の不況以来の高水準に達し、リストラ、希望退職、一時帰休の文字はどこの業界を見ても躍っていた。
そのGBNバブル時代、我が世の春を謳ったインターネット・サーバー企業業界は経営統合が進み、低下しきったネットワーク産業の売り上げは横ばい状態が続く。だが、雇用が安定しなければ、GBNの収益も滞り、企業収益が落ちれば、このGBNの利用者も増加しない負の連鎖は、支払いきれないサーバー料金ともども、GBNに史上最高の不況を味わわせた。のちに20年後に修正されることになる『失われた10年』が、すでに幕があけていたのだ。
首切りに脅える中高年のガンプラ造形師は後進に範を垂れられず、就職氷河期を経て社会人になった若者たちはネットワークに依存しない保守化傾向を強める。
将来の展望はどこからも示されず、それまで外側に向かっていた人の興味は己の内面へと沈降した。とうをすぎた大人たちは、GBNに〝自分探し〟という現実逃避にモラトリアムを求め、自分で制作したガンプラが心の隙間に刹那の慰めを提供する。
現実社会に見いだせるものがないゆえに、誰もが何者であるのかを探し求め、浅慮で剥き出しのエゴを電脳空間に体を傾かせる無秩序は、それから20年を経た今日、もはや自分探しも億劫と感じる怠惰なネット社会を形成するに至るのだが、当時はそんな将来も分厚い霧の彼方だった。
GBNは終身雇用。
収益も右肩上がり。
従来の日本社会を支えてきたキーワードがことごとく潰え、誰もが肩を落としてその葬列を見送ったのが90年代であり、「10年早く」という繰り言は参列者らの哀借の弁、古いシステムとともに放逐された没落貴族の恨み言でもあったのだろう。
実際、〝財団〟の2代目理事長に就任した呂名正彦の改革は苛烈なもので、血縁関係のみで維持されてきた不採算事業への支援は容赦なく打ち切られ、理事も外部から積極採用されて、不要と見なされた者は同族であっても理事会に参与できなくなったという。
横暴だ、『A金貨』の理念に反する、と訴える抵抗勢力の声は、表のサーバー企業ですら相次いで破綻する現実を前に勢いをなくし、〝財団〟の資産が確実に増えていることを示す財務諸表によって退けられる。ブレイク・デカール事件終結以降による紛争の開始、新型インターネットの普及による世界同時即報・共同作業の実現、それゆえに可能となった中国やインドなどに対するGBNのサービス開始。日本が「失われた10年」を漂う間に、世界はデジタル革命によって単一市場に生まれ変わろうともしており、マイケル・プログマンと組んで主要先進国にGBNの網を広げた呂名正彦は、日本ではいち早く世界の潮流に乗ったと評価することができる。そのこと自体に是非はなく、彼がやらなければ誰かがやっていたに違いないが、問題は急激な改革を断行した邦彦叔父の動機だった。
まだ10代だった深雪が、当時の〝財団〟の空気を正確に知るものではない。が、資料をひもとくと、呂名正彦の長子たる邦彦の死を境に、改革の速度が急上昇しているとわかる。
同時期に就任したのだから、それを待って改革を本格化させたともとれるが、実態は違う。
〝財団〟の構造改革は、GBNバブルの絶頂ともとれる80年代後半から始まっていた。
それまでは旧来のシステムとの融和を目指し、3歩進んで2歩退がるを旨にしていた改革が、陸天事件を契機に強硬路線に転じたのは偶然ではない。呂名正彦は、息子をなくした怨念返しに〝財団〟の改革を完成させたのだ。
『A金貨』――否、『アファーマティブ・システム』の理念を実現すべく行動を起こし、〝システム〟に触れて命を落とした邦彦。その報復として、呂名正彦は『アファーマティブ・システム』の理念を抹殺しようとした。
息子を死に至らしめた〝システム〟。
そうではなく、彼を逸らせた理念を憎み、暴力的とも改革で復讐を遂げた。
あの月のように物静かな叔父のどこにそんな衝動があったのか。
初めて資料を読んだ時には信じられない思いだったが、いまならその気持ちは理解できる。
弟の博司の一件以来、距離を置くようになっていたとはいえ、呂名正彦にとって父たる哲郎の存在は大きかった。邦彦の死がその父の無為無策を露呈させたとき、呂名正彦は父を憎み、その理念を憎み、父を愛した自分をも憎んだ。
新時代不況を救えなかった日本型経済システムに失望し、『痛みを伴う改革』を性急に受け入れた日本人と同様、古いシステムと一緒に自分自身を葬ろうととしたのだ。
そんな心性は、どこかで木城深雪という人間とも通底している。
10年早く生まれていたら……を繰り言にしていた親戚連は、同時にこうも言ったものだ。
でも、今の若い人はいい、昔は怖いことがたくさんあったのだから。本家でも人死にが出たけど、ありゃ氷山の一角だ。他にも何人殺されているのやら。旧時代の伝説だよ、『A金貨』なんて。深雪ちゃんだって、普通の家に生まれていりゃ耳にもしなかっただろう。もう血なまぐさい時代は終わったんだ。旧時代の名残はGPデュエルと一緒に取り壊されて、抵当流れのネットにつるんとしたオンラインゲームが並ぶ。それが新時代の世ってやつさ……。
的外れの見解ではなかったろう。陸天事件を最後の花火にして、『A金貨』は完全に死語になった。時折り思い出したようにGBN内で詐欺事件が起こったものの大きな報道に発展することなく、特別な興味でもなければ、深雪たちの世代の目には入らない。
GPデュエルアメリカ大会からすでに半世紀、軍国主義からガンプラバトル実力主義に乗り換えた、軍国派閥は次々に永眠し、日本与党が口論を回す体制も終焉して、〝日本を陰から支配する巨大な力〟はフィクションでも成立しなくなった。〝政界の大たて者〟も〝箱根の老人〟も、社会が揺るぎなく存在してこそ機能するファンタジーだったとするなら、『A金貨』というファンタジーもまたGBNバブル崩壊後の日本では生き残り得なかったのだ。
〝財団〟が資金事業本部と化した90年代に10代を過ごし、その変節が国全体に拡がった2000年代に社会に出た身に、それらは物心ついた時にはそこにあった状況でしかない。
父の事業は木城の叔父の息子が引き継ぎつつあるし、政略結婚で派閥を拡大させる時代でもないとなれば、遅くに生まれた深雪には呂名家の呪縛に囚われない生き方があった。〝財団〟にも『A金貨』にも関わらず、自分で自分の人生を決める事を許されていたはずだったが、結局のところ、『A金貨』の番犬というもっとも血生臭い仕事が深雪の人生となった。
英一のために。
そう言いきってしまえば少しは格好もつくが、それは理由の一部でしかない。傍目には旧時代のきの字も知らない新世代が進んで一族のしがらみに分け入って入っていったのは、子供の頃から秘密を抱えてきた身の防衛行動――欺瞞の壁で周囲の目を欺き続けた女が、それを生業とする世界に居場所を見つけたからに過ぎない。一族の大人たちの観測とは裏腹に、深雪は幼いころから『A金貨』のなんたるかを知っていた。伊豆の大叔父……呂名哲郎が、おとぎばなしのように聞かせてくれたというだけではない。それが現実に存在し、時に人を殺しもする金であるということを、早くから身に染みて理解していた。
きっかけは、いま思えば実に他愛ない。気の持ちようによっては記憶の闇に封印されていただろう些細なことだが、現実は忘却を許さず、それ以後の世界を変貌させるだけの重みのをもって深雪の中に根付いた。
そう、あの時から。自分の戦いは始まっていたのだ。
憎しみの深さゆえに憎しみの対象と同化した、呂名邦彦のそれにも似た歪んだ戦いが、
そしてその道しるべとなったのが――。