ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第六十八話

 一方的に関係を絶たれてから、1年と数カ月。局内に私的に張り巡らせた情報網を通じ、呂名英一の帰国を知った深雪は、以前から温めていた計画を実行に移した。まずは別離のしこりをすっかり洗い流した顔で空港に迎えに行く。そしてあらためて同志の絆を結び直すのだ――彼の懐深く潜りこむために。

 ひとり出迎えに来ていた福田ともども、空港で自分と顔を合わせた英一の表情は忘れられない。日焼けして精悍になった面差しはほとんど別人なのに、変わらず優しい目。第三世界の過酷な現実を映してきた分、より深みを増した瞳が驚きに揺れ、絶望とも諦念ともつかない悲哀の色を宿すと、すぐに拭い去って寂しげな微笑を浮かべる。今にして思えば……否、当時から、この時点でバレたとわかっていた。にもかかわらず、それから5年以上の長きにわたって芝居を続け、肌を合わせさえした自分たちは、いったい何を期待してそうしたのだろう? とまれ、その時は先のことを考える頭は働かず、自然に浮き出た目の雫を盾にして、深雪は立ち尽くす英一に近づいていった。

 やり直せるとは思っていない。でも手伝わせてほしい。

 世界は大おじ様の予言通り進み始めている――確か、そんなこと言ったと思う。無論、英一は信じなかったであろう。ああいう別れ方をした女、特に深雪のような女が、自分からまた近づいてくるなどあり得ない。長い放浪生活でより鋭くなった観察眼を通じ、こちらの底意を読み取っていたに違いないが、この1年あまりを修羅の心境で生き抜いたのは彼ばかりではない。半身を引きちぎられた痛みを抱え、私は今日という日を糧に〝対策室〟に留まり続けた。深雪はその妄執を熱に変えて英一の胸に飛び込み、英一は戸惑いながらもそれを受け入れた。

 〝A〟と『A金貨』の番犬なる女の歪んだ共犯関係は、かくして幕を開けた。

 戦略アドバイザーとして〝A〟の計画に加わり、信頼を得られるまで実現に力を貸す。その全貌が明らかになった時点で〝対策室〟と〝財団〟に内容をリークし、計画のとん挫はもちろん、再戦の機会をも奪うというのが深雪のプランで、実行の際は〝A〟の正体を明かすことなく、存在そのものをフェードアウトさせる手順もあらかじめ織り込んでいた。〝A〟は〝A〟で、こちらの考えを察しつつ、ミカヅキの教育や〝対策室〟の反応を知るための道具として深雪を利用していたのだから、この間の2人の関係を表現するのに化かしあいという以上の言葉はない。

 表面上は協力し合いながら、裏では互いに相手を出し抜こうと知恵をめぐらせる狐と狸。そこには信頼も愛情も入り込む余地はなく、同衾も策略のひとつと割り切る荒んだ空気が漂いそうなものであるが、〝A〟と過ごした数年間の記憶は不思議と甘苦い。

 彼が〝A〟と名乗る以前、呂名英一と過ごした日々と較べても――いや、いっそその頃よりも純粋で、相手のひとだけを考えを考える真摯さが互いにあった気がする。深雪にとっての重要事は、〝A〟という一族の妄念を永遠の妄念を永遠に祓い、呂名英一を生きたまま取り戻すことにある。〝A〟もそれを理解するからこそ、ぎりぎりまで深雪をそばに置き続けた。相手を想う気持ちがなければ、きっとすぐにでも破綻していただろう関係の危うさが、逆に同志という以上の結びつきを2人にもたらしたと言うか。

 異星人の襲来により、GBNが崩壊寸前という予期せぬ災害が起こり、〝A〟の計画が遅延を余儀なくされたのも関係を深める一因であったろう。

 襲撃直後、〝A〟はミカヅキを伴ってプログラム修復の支援に飛び回ったが、あれは義務感に駆られての事ではなく、自分自身を落ち着かせるためだったと本人から聞いたことがある。そうでもしていないと、親父に電話をかけて怒鳴ってしまいそうだった、と。被災したGBNの復興のために、今こそ『A金貨』を動かすべきだ――否定されるのを承知の上で、もし本当に〝A〟が邦彦叔父にそう呼びかけていたら、事態は今とは異なる展開を示していたのかもしれない。

 呂名本家の次期当主でありながら、〝財団〟の経営にまったく興味を示さず、起業と称して本家の財産を食いつぶしている道楽者。そんな周囲の認識が英一と〝A〟とを隔てていたのであって、彼の本意が『A金貨』の解放にあると邦彦叔父に知られたが最後、正体を隠しきれていた自信は深雪にもない。

 結局、〝A〟は胸中の叫びをしまいきり、父に対して行動を起こすことはなかったのだが、その頃から以前にも増して計画にのめり込み、深雪と接触する回数も減っていったと記憶する。

 異星人の襲来に、国同士の代理戦争。ブレイク・デカールの痛手も冷めやらぬ時に未曽有の災難を体験し、我々はなにか大事なものを見落としてきたのではないか。GBNバブル崩壊で、旧運営という〝システム〟と決別させられたはずが、成長神話を忘れられず、効率化に勤しみ、つつけば崩れるような脆い社会と心性を養ってきた。

 今こそ変わるべきではないか?

 激動を経て日本がGBNで再出発した時のように、新しい価値観をもって自らを変えるべきではないか――。

 そうした論調は異星人騒動直後の報道でよく耳にしたが、現実は恐るべき修復力で異星人との戦いの記憶を遠ざけた。

 〝財団〟も戦いに対してはなんのアクションも起こさず、ヨーロッパ財政危機の中で財政支援を繰り返すのに終始した。

 もし、あの時点で世界が、変わっていたら。

 〝A〟はその存在理由を失い、呂名英一に戻れていたという想像は、深雪ひとりのものではなかったろう。あの呂名哲郎でさえ、『A金貨』の行方を追いながら、それが見つからずに終わることを願いもしたという。自由になれる、義務から逃れられるという儚い希望……それは異星人襲来後のGBNの現実に容赦なく打ち砕かれ、〝A〟は計画の実行に向けて走り出したのだ。

 歪んだ共犯関係はじきに終わり、真実の瞬間がくる。計画に必要な準備が整い、いよいよ最後の一線を踏み越えようという時、福田は深雪にこんな話をした。

 深雪姫の気持ちはわかる。俺だって、同じ立場にいたら似たようなことをしたかもしれん。でもな、もしそれで〝A〟を止めることができても……英一を危険から遠ざけることができても、君は結局、英一を失うぞ。もう前みたい関係に戻れなくなるってだけじゃない。君が知っている、呂名英一という人間そのものが失われる。あとに残るのは抜け殻だ。あいつはそれぐらいこの計画に賭けてる。命が助かりゃいいってもんじゃないんだ。それはわかってやってくれ……。

 偉丈夫の見てくれとは裏腹に、根が繊細な〝フクお兄ちゃん〟のこと。こちらの腹づもりを見抜かれているのは端から承知だったが、その真正面な言いようにはさすがに言葉は見つからなかった。

 言われるまでもない。土壇場で計画を覆す私を、英一は決して許さない。

 生きる目的も気力も失い、廃人さながらになることだってあるだろう。最前の結末とはいえないが、もしまた英一が〝A〟になろうとしたら、私は同じようにする。憎まれようと嫌われようと、何度でも妨害する。彼を〝死〟から遠ざけられるなら。彼が生きていてくれるなら。それが心の〝死〟を招き、本当の廃人になったとしても。その時は、自然の〝死〟が訪れるまで彼に寄り添い、共に生きていく覚悟も私にはある。

 エゴ、なのだろう。一方的に絆を断ち切られた腹いせに、私は復讐しようとしているのだろうか? 結果、〝システム〟を変える機会が失われ、一族を取り巻く闇が永続することになると知りながら。憎しみの深さゆえに憎しみの対象と同化した、邦彦叔父のように……。

 しまい込んだきり、何年も目にしていなかったひよこのハンカチを手に、福田の言葉を反すうしてから数日後、密かに糸を結んでおいた尻尾を切り落とし、〝A〟とミカヅキは姿を消した。

 任務部隊の長でいられる程度の情報を流し、〝対策室〟の目をくらましてきたことが仇となった。

 福田は平素と変わらず家とGBN運営部を往復していたが、彼が口を割る道理はなく、よもや拘束して尋問というわけにもいかない。〝A〟の正体について口を閉ざし続ける以上、彼の周辺にいる人物の監視や聴取は命ぜられず、思いつく立ち寄り先があっても独力で調査する他ない。

 次善の策としてミカヅキの名前と写真を公開し、GBN経由でも追いかけてみたが、もとより日本に縁のもたないELダイバーの足取りは容易につかめるはずはなかった。ましてミカヅキは深雪の生徒として訓練を受け、〝対策室〟のダイバーたちと同等のスキルをもちあわせている少女だ。

 見つけたいし、見つけねばならないが、見つけさせたくはない。深雪が恐ろしく歯がゆい捜索を続ける間に、〝A〟は着々と計画を推し進め、外部のダイバー――金家栄治ことレイジの協力を選定した。その金家が動いてくれたおかげで、ようやく〝A〟とミカヅキの動向が判ぜられたものの、彼らは深雪の追撃をことごとくかわして国外へと飛んだ。

 東京での騒動、タダシの親分、ロシア、フェアチャイルド財閥のハンター……あとのことは振り返るまでもない。その背中に追いついた時には遅く、〝A〟は自ら仮面をぬいで、死刑台に立っていた。

 自分にしてもそうだ。局の規定に照らせば、実刑判決は免れない。別件に粉飾されての送検、拘留、長い別荘暮らし。だが呂名一族の人間に、正規の罰則は適用されない。あるものをないように見せかける。〝対策室〟得意の嘘で深雪の嘘は粉飾され、適当なところで依頼退職という筋書きが待っている。

 金家の体の拘束と護送の任に就かされたのは、ほとぼり冷ましの間を繋ぐアリバイ工作といったところだろう。本事案において、彼女ほど詳しい者はいない。アメリカの介入が懸念される現在、その関係者の護送と聴取には立ち会ってもらう必要があり、彼女の処分は対処活動に一定の目途がついた時点で下される。呂名一族の人間であるがゆえ、木城一尉が特別な扱いを受けているという事実はない――。

 どうでもよかった。嘘をついてまで特別扱いする必要はない。それでは部内の規律が保てないというなら、薬物で〝処理〟してくれたっていい。福田は死んだ。英一もじきに殺される。すべては虚しいひとり相撲は終わり、私にはもう何もなくなった。今なら、人が人に与える理不尽な〝死〟も受け入れられるだろう。心のそれと違って、肉体の〝死〟はさほどのの恐怖ではないのだから……。

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