ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第六十九話

「……現実世界のあなたの体を拘束してる。ログアウトしても無駄。これはあなたの身を守るため。フェアチャイルド財閥のハンターからね」

 鈍い振動が定間隔に床下から突きあげてくる。タイヤが拘束道路の継ぎ目を踏むたび、車内に伝わる微かな振動だ。向き合う座席に腰掛けるエイジを直視しつつ、ミーユは言葉を継いだ。

「ヲチカタの報道は手始めに過ぎない。〝A〟の計画を潰すために彼らは今後、GBNにも日本にもなんらかの圧力をかけてくる。その時、一方的に押し込まれないようにするためのカードがあなた。あなたが見開きしてきたことには、それだけの価値がある。〝A〟の計画と、違法な手段でその妨害を企てたフェアチャイルド……。痛み分けにまではもっていけないでしょうけど、多少の譲歩は引き出せるでしょう。あなたが私たちに協力すればの話だけど」

 ふんと鼻息を吐き、エイジは顔を背けた。

 彼の背後にあるはずの窓は、装甲板で塞がれている。さして頑丈ではない。拳銃くらいは防げても、狙撃用のライフルなら一撃、モビルスーツならあっという間に――それほどの薄さだ。まぁ、その程度の任務、その程度の護送対象ということか。ミーユは小さく嘆息し、自分も塞がれた窓に背中を預けた。

 空港エリアを発し、高速自動車道を直進したワゴンタイプの人員輸送車は、今は湾岸線に入って日本GBN支部への道をひた走っている。

 車種はハイルーフのワゴン車で、荷室の窓をすべて塞いだ黒塗りの車体は異様ではあるものの、警備のそれと違って外見から用途は判別できない。

 通常は特殊要撃部隊要員の輸送に使われるだけあって、室内灯が照らす荷室の造りは簡素の一語に尽き、フレームが剥き出しの床に硬い長椅子が左右に設置されているのみ。運転席とを隔てる仕切り壁の覗き窓も今は閉じられており、ほぼ密室と言っていい空間にミーユとエイジはいた。耳に差し込んだイヤホンを通じて部下たちの通信は入ってくるが、袖口の送話器を動作させない限りこちらの声は伝わらず、代わりに監視カメラのレンズが天井から車内の様子を捉えている。

 わざわざこのために取り付けたものでもないだろうが、事案関係者の護送を命じた上、カメラ付きの密室で2人きりにさせたのだから、自分に対する〝対策室〟の信頼感は痛いほど伝わってくる。この期におよんで、本部はまだ自分の情報隠蔽を疑い、監視カメラの向こうで耳をすませているというわけだ。なにもありはしない。目前のダイバーと同様、自分は利用されて捨てられただけの女なのに。

 キャラバンの左、向こう遠くの空には、ザクに似せた連邦のモビルスーツ、<ハイザック>がスライダー型のSFSに乗って1機、飛行し、本部までの道程を警護している。さきほど、エリア10を通過したとの報告が、通勤ラッシュに巻き込まれなければ、あと1時間程度で支部に着くだろう。狙われやすい郊外から人目の多い首都圏に入って、警護要員たちも多少は息をついたところにちがいないが、そもそもが無駄なことだ。

 いかにフェアチャイルドのハンターでもエリア内で騒ぎを起こしたりはせず、〝対策室〟の局員にも手を出したりもしない。このキャラバンの運転手と助手も含め、警備要員たちが警戒するのは、むしろ依然〝A〟との内通を疑われる彼らの指揮官の動向かもしれない。

 所詮、すべては外部に対するポーズなのだ。

 本事案の重大性を受け止め、万全を期してやっているというポーズ。

 内通容疑者を迎えに差し向けたのは、護送対象から情報を引き出すのに適役と判断されたからであって、穏便に退官させるためのアリバイ工作ではないというポーズ。

 万一のことがあった場合には、護送対象もろとも無力化できる算段も整えているというポーズ――。

 重要機密を握った亡命者でもあるまいし、そうでなければ参考人ひとりに、モビルスーツつきの護衛をつけたりはしない。巻き込まれただけの哀れな詐欺師から引き出せるのは、既得情報の裏付けと補強くらいなものだ。

 が、そんな相手でも、フェアチャイルド=アメリカ政府の牽制には多少の役には立つ。生き証人はいつの世も強い。この男はハンターが無関係な人間を殺害した現場に立ち会っている。アメリカ政府が不当な要求をしてきた時に、革張りの盾程度の役には立つだろう。それで存立の危機を乗り越えられるかどうかはともかく、身内から不届き者を出した〝対策室〟の罪は多少なりと減免される。すべては外交上の〝システム〟に基づいて処理され,〝A〟が引き起こした事件も、ヲチカタ・コロニーで起こりかけた奇蹟も、誰にも知られることなく、闇の奥にしまわれる。

 状況終了――すべては〝システム〟のままに。「そういうわけ」と軽く肩をすくめ、ミーユはじろりとエイジに据え直した。

「殺害されたダイバーの副リーダーの検死結果も揃ってる。頭部の脳に電気反応が出たのは確認できたし、あなたの証言とセットでなんとかなるわ。少なくとも事後処理の決着がつくまで、あなたの安全は保証する。

 顔を背けたきり、エイジは何も言わなかった。どんな時でも虚勢を張り、皮肉めいた軽口を叩き返す男が、車に乗ってからはほとんどもひと言も発しようとしない。さすがに気詰まりになり、ミーユは施錠されたバックドアに目のやり場に求めた。

 怯えている、というのとは違う。ふて腐れていると表現するのが一番近いが、それだけではない気がする。

 怒り……そう、それだ。

 否定的なものではなく、根底に相手の近しさがある怒り。どう使えるか、どうわからせるかと、言葉を探しあぐねている者の怒りだ。口下手な父親が、子供に説教する言葉を見つけられずにいるような。

「なんで帰ってきたの?」

 そんな距離感で見き合われるいわれはない。少し気圧されている自分に気づき、ミーユは意識して硬い声を出した。エイジは相変わらず目を合わせようとしない。

「私たちには国外での活動権限はないって、知ってるでしょ? 香港エリアから人は付けていたけど、あなたが別の国に逃げれば手の出しようがなかった。〝A〟からもらった報酬があれば、世界中のどこかだって生きていけたのに」

 大儀そうに腕を組み、エイジはちらりと合わせた視線をすぐに逸らした。ミーユは苛立ち、「怖くなった?」とあざける声を出した。

「ハンターに殺されるくらいなら、私たちに捕まった方がマシだって。だったら早まったわね。あなたにそれほどの価値はない。まぁ派手に動けば無事では済まなかったでしょうけど、GBNでおとなしくしていればハンターも――」

「あんたは?」

 不意に問いだたされ、ミーユは先の言葉を呑み込んだ。じろと目を動かしたのを潮に、エイジは腕組みを解いてこちらに体を向けた。

「あんたこそ、なんで日本に戻ったんだよ。捕まるってわかりきってんのに。ロシアからとんぼ返りしてさ、俺たちと一緒にヲチカタにくりゃよかったじゃねぇか」

 数日前、薄暗い審問室で聞いた局長の声が脳裏をよぎり、ミーユは我知らず拳を握りしめた。まっすぐこちらを見つめるエイジから目を逸らし、「勘違いしてるみたいね」と低く返す。

「私は〝対策室〟の人間よ。あんたたちと行く理由はどこにもない」

「じゃあ、なんで〝対策室〟に入った?」

 即座に重ねられた問いに、心臓がひとつ大きな脈を打った。なんで生きてきた、と問われたように思い、ミーユはあらためて正面に座る詐欺師を見返した。両膝に肘をつき、エイジは強い視線をこちらに向け続けた。

「英一のためじゃなかったのか?」

 車の振動に小さく揺さぶられながらも、ひたと据えられた視線が問う。ミーユは答えられなかった。

「兄貴の、一族の無念を晴らそうとしているあいつを手伝ってさ、そのために〝対策室〟に入ったんじゃなかったのかよ。敵だらけの世界で、あいつを守ってやれるのは自分しかいないって。俺みたいな新入りと違って、2人だけのチームじゃなかったのか?」

 エンジンの音、アスファルトを踏むタイヤの音が消失し、その声だけが聞こえる音のすべてになってゆく。

 なぜ彼がそんなことを知っている? なぜここで言われなければならない?

 とっさにわき起こった怒りは、どこか悲しげなエイジの瞳に吸いこまれて勢いをなくし、替わって言いようのない脱力感がミーユの全身に拡がっていった。

 間違ってはいない。そういうふうに自分を規定した時もあった。でもそれは決して永続しない、稚気めいた情熱。〝対策室〟の水が私にはあっていた。必死に自分を奮い立たせねば、英一についていけなかった。〝システム〟を、世界を変えるほどの情熱は私にはない。いま目の前にある世界で、小さな幸せをつかめればいいと願う矮小な人間だった。英一は、そんな私の中に自分自身の弱さを見出し、ひとり離れる道を選んだ。

 失格者だったのだ、私は。〝システム〟の外に出て行くだけの勇気を持てなかった臆病な羊。それが必死に爪先立って、囲いの外に出ようとする者を引き留めようとしていた。

 愛している。ただそれだけの理由で。

 ひとり相撲という言葉がまた胸中に生まれ、ミーユは苦笑の吐息を漏らした。

 愛する男に人生を捧げた女……。

 エイジのような男が好むファンタジーだろうが、現実は違う。

「そう単純ならね……」

 吐息と一緒に、呟く。「単純だよ、あんたは」と怒ったような声が返ってきて、ミーユは口もとの笑みが凍りつくのを感じた。

「自分で思ってるより、よっぽどな」

 再び腕組みし、わかんないのかねぇ、と言わんばかりに壁に寄りかかる。この妙な圧迫感はなんなのだろう。以前とは明らかに異なるエイジの気配をいぶかしみ、いまだ気圧されている自分に腹を立てたミーユは、「私は〝システム〟の側についた人間よ」とエイジの顔を睨みつけた。

「彼とは違う。あなたともね」

「そう思い込んでいるだけだ。あいつに余計な重荷を背負わせないようにな」

「どういう――」

「〝対策室〟に入ったのはあなたのため、なんて言ってみろ。あいつは責任を感じて身動きがとれなくなっちまうよ。そういう奴だってわかってるんだから、人一倍スパイっぽくやってみせてんだろ? 自分はもともとそっちの人間でしたみたいな顔してさ。そんなことやってるから、自分で自分の気持ちがわかんなくなっちまうんだよ」

 あまりにもあけすけな物言い。怒るより先に呆れた。英一がそんな話をこの男にしたとは思えない。察してはいても、ここまで核心をつく言葉が英一の口から出てきたとは思えない。自分自身、言葉にしたことはなかったのだから……と思い、軽い戦慄を覚えたミーユは、エイジの目の底をじっと覗き込んだ。

 足を組んで斜に構えつつも、エイジは見返す目を逸らそうとはしない。まるで世話好きの上司と酒場で向き合っているがごとしだが、一笑に付せられないのも、先刻から感じている奇妙な圧迫感のせいだった。

 なんなのだろう? この抵抗できない感じは……。

 本当に長年つきあってきた上司のような……と考え、底光りする目をもういちど凝視したミーユは、不意にぞくりとした感触が体に走るのを覚えた。

 こちらの反応を観察する目。思いつきで喋っているのではない。この男は――。

「本当によ、当てられっぱなしだよ、こっちは」

 ぼりぼりと頭を掻き、エイジは出し抜けにに視線をそらした。予想外の挙動に一瞬前に思考を吹き散らされ、ミーユは目をしばたたくよりなくなった。

「あんたがロシアに松音を送りこんできた時……あいつは、あんたがひとりでやってることだって言ってた。〝対策室〟にも〝財団〟にも、狙いがグランプラスだってことは報告してないだろうって。あれは、昔の女を信用してるって口調じゃなかった。同志……あいつはまだ、あんたのことをそう思ってるんだよ」

 つかのま合わせた視線をすぐに逸らし、腕時計を見やる。こういう話は柄じゃない、と全身で言っているエイジを見つめる一方、ミーユは久しぶりに聞いた同志という言葉を反すうした。

 この世でたったひとり、心を通わせられた人。邦彦兄さんの葬儀で手を繋ぎ合った時から……だめだ、あのハンカチはもう彼の手元にはない。私は必要のない女だ。

「でもあいつはあんたと寝ちまった。男がよくやる失敗さ。あいつにとって、あんたは同志って言葉で割り切れる存在じゃなくなったんだ。同志より大切な人間に、危ない橋は渡らせられない。後悔してたと思うよ。あんたって女と引き換えに、かけがえのない同志を失くしちまったんだからな」

 言いながら、エイジは再び腕時計に目を落とした。そろそろスタッフたちの通勤ラッシュの始まる頃合いで、交通量が増えてきたのか、上空の<ハイザック>の通信が変わり始めている。さすがは詐欺師、口がうまいのね。声に出そうとして果たせず、ミーユは膝上においた手を握り合わせた。エイジの勝手な憶測か、男は皆そう感じるものなのか。どちらにせよ、おろかなことだ。身も心も愛せなくて、どうして人生を捧げる同志になれるというのだろう。

「だから、あんたを置いて旅に出た。捨てたんじゃない。重荷になったんでもない。独りにならなきゃ、先に進めなかったんだ。なにもしない、できないままでいるって選択肢は、あいつはなかった。同志より大切なあんたを巻き添えにすることも……」

 いつか、君と英一が初孫を抱かせてくれたら――数日前、去り際に言い残した呂名正彦の顔がふと像を結び、とうに虚空に成り果てたはずの胸中を騒がせて過ぎた。この男の言っていることは、それと同じだ。2人とも、私を慰めようとしながら、別の何かを慰めている。わかってやってくれと理解を強いている。あいつの気持ちを、あいつの不器用さを。

「男は、みんなでかばいあうのね……」

 他の感想はなかった。わかったからと言ってどうにもならない。こんなふうに言ってくれる人たちがいる。彼は決してひとりではなかった。わかればわかるほど、喪失の穴が拡がるだけのことだ。微かに目をすがめたエイジを見ることなく、「でも、もうおしまい」と続けてミーユは低い天井を仰いだ。

「彼は”システム〟に触れた。『A金貨』を守る〝システム〟だけじゃない、もっと大きな〝システム〟に」

 だから、その報いを受ける。じきにその存在は消えてなくなり、私も喪失という名の報いを受ける。同志より大切な存在だの、巻き添えにしたくなかっただの、男の論理でしてきたことの結果がこれだ。なにも救えていない。世界も、自分自身も、この私も。ひとり相撲はお互い様かと思い、ごうごうと振動する装甲板に頭をうちつけた刹那、「知らねぇよ、そんなの」とエイジの声が流れた。モビルスーツ隊になにか起きているのだろうか? 自然と高まる風圧とエンジンの轟音を気にしつつ、正面に視線を向けたミーユは、エイジがゆらりと立ち上がるさまを見た。

「当てにしてここまで来たんだ。あきらめましたなんてこと言って、がっかりさせんなよ」

「なにを言ってるの、座って」

「目だよ。地下鉄の駅で、おれの機体にライフルを向けた時。ロシアでひっぱたいてくれた時のあんたの目。あんた目をした奴が、そう簡単にあいつをあきらめるわけがねぇんだ」

 女は、仕事をする時はそういう目せぇへん。松音の言葉が思い出され、また胸の虚空をひと揺れさせたが、向き合う余裕がなかった。

 無線機から聞こえるパイロットの声が、ますます高まる。

 普通ではない。なんだ?

「座りなさい。痛い目見るわよ」

 そう一喝したミーユは、自分も立ち上がって袖口の送話器を口に近付けた。「悪いが、ここを出る」、とそうエイジが行ったのは、一斉送信で状況を確認しかけた時だった。

「え……?」

「あんたも一緒だ。まだあいつを助けたい気があるなら、手伝ってくれ」

 なにを聞いたのか、わからなかった。エイジのほうに向き直ろうとしたミーユは、次の瞬間、両腕をつかまれて運転席との仕切り壁に押しつけられた。条件反射の膝蹴りを繰り出すより早く、「俺はあいつを助けたい!」と叫んだエイジの声音が耳朶を打ち、その瞳に縫い付けられた視線が動かせられなかった。

「いや、助けなくちゃならない。それが俺の〝システム〟だ。〝財団〟もフェアチャイルドも関係ねぇ。この世に必要な〝システム〟は、たったひとつ――」

 モビルスーツパイロットの叫びが高まり、その声を聞こえなくなる。しきりに腕時計を見ていたエイジの態度の態度、機をあわせてモビルスーツパイロットの絶叫、嘘でしょう、と呟いた自分の声も轟然と唸るエンジン音に吸い込まれ……。

 直後。

 <ハイザック>が1機がアスファルトに墜落するすさまじい轟音、そして――。

 衝撃。

 それが車の外で発した。

 急ブレーキの音で足元で爆発し、いきなり減速した車体につられて体が仕切り壁に押しつけられる。同じく進行方向に引き寄せられていたエイジの体に圧迫され、息ができなかった途端、今度は急加速に転じた車が弾かれたように前進を再開した。

 後方からのしかかっていた慣性の力が一転、前方から怒涛のごとく押し寄せる、仕切り壁から引き剥がされ、バックドアの方に放り出されたミーユは、エイジに寄りかかる恰好で床に転がった。予期していたようにミーユを抱きすくめ、クッションの役を果たしたエイジが苦痛の声を吐き出し、エイジに目をむける。「あの野郎、激しすぎなんだよ……!」と呻いた声が轟音に混じり、ミーユは思わずその顔を凝視していた。

 すべて、予定していたこと――いったいなにを? 問う間はなく、これまでに倍する轟音と衝撃が車内をつきあげて、

 ミーユの体は上下も定かではない混沌に投げ出された。

 

 ……いったい、なにが起きているの?

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