ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第七十話

 <モビルドール・ミカヅキ>が護送車の一団と護衛のモビルスーツにむけて、輸送機から高高度降下。ハイザック1機を蹴り飛ばして落下させたのだった。

 空港エリアを発して以降、高度をあげて発信。辛抱強く護送車団を下に張りついていた輸送機は、首都高の結節点であるジャンクションに差し掛かったところで行動を開始した。

 まずは、護衛機である<ハイザック>に強襲をかけ、次いで本丸たるワゴン車の前に敵機を投げつけを敢行したのだった。

 護送車両のハンドルを握る〝対策室〟の警護要員たちにとっては、青天の霹靂と言っていい事態だった。

 護衛の<ハイザック>の上空に、輸送機が飛んでいたことは知っていた。しかし常にフライトラインには、食料を運ぶ目的と書いてあったし、地上は数台の車があるため、無理に高度を下げることもあるまい。物流の輸送機など珍しくもなく、照会もしなかったのだが、それがジャンクションのカーブに入るや否や、いきなり<ハイザック>を落としてきた。車間距離を極端に詰めて走る都合上、カーブでは減速を余儀なくされる護送団の弱点を突き、1号車たる先頭車の前に、その頑強なモビルスーツで道路を塞いだのだった。

 全長18メートル、標準なモビルスーツの重量を誇る<ハイザック>だが、道路を塞ぐにはちょうどいい。一般的なワゴン車でしかないこの車両は子供の遊具に等しい。

 半回転したワゴン車は、そのまま着地した<モビルドール・ミカヅキ>の爪先に押しつけられ、側壁に横っ腹をこすりつけて火花を散らした。サイドミラーが弾け飛び、車体のフレームが歪んで、ひびの入ったフロントガラスがこなごなに砕け散る。車内の警護要員たちはなす術もなく、あと少しで<ハイザック>ごと車体を押しつぶされるところだったが、<モビルドール・ミカヅキ>は次の獲物に狙いを定めていた。追突を回避しつつ、ハンドルを切って隙間を走ろうとしたキャラバンが、<モビルスーツ・ミカヅキ>を勢いよく追い抜こうとしたのだ。

 前続車に不測の事態が起こった際には、自己保全を優先して速やかに追い抜きをかけよ。

 護送任務のマニュアルをよみこんでいたミカヅキは、冷静に操縦桿を動かし、右に回り込んだ。あわせて、脇をすり抜けようとしたワゴン車を斜め後ろから掴もうとする。

 モビルドール自体の質量と速力は、ワゴン車にとっては砲弾かなにかにしかすぎない。ワゴン車は巨大なハンマーに弾かれたがごとく車体をスピンさせた。同時に<モビルドール・ミカヅキ>も片脚をあげ、そのまま膝を折って番兵さながら膝折ですわる。

 ワゴン車はというと、がりがりとアスファルトをけずり、粉塵と火花をあげ、横転して2車線道路をすべってゆく。そのまま慣性のまま従って30メートルも進み、さらに10メートル近くを滑って、ワゴン車もようやく動きを止めた。

 車道には、<ハイザック>の亡骸と砕けたガラスやアスファルト片、剥がれ落ちた被膜がが散乱し、滞留する粉塵ともども、鋼の巨人が暴れたような惨状を路面に刻んでいった。

 ちょうど湾岸線からエリア11に乗り入れる道路上で、対向車線は並走する別の高架上にあり、道路の幅はゼブラ帯を含めても10メートルと少ししかない。

 その路上に横倒しになった<モビルドール・ミカヅキ>と<ハイザック>は、後続の車をせき止める即席の堤防だった。

 護送対象を乗せたワゴン車はその向こう側で横転しており、様子を確かめるにはモビルドールをよじ登るか、地上20メートルの高架の上を伝っていくしかない。護送車団の最後尾の車に乗り込む警護要員たちは、これを偶然の事故とは思わなかった。運転席に収まるひとりが本部に一報する前に、それぞれ助手席と後部座席に収まっていた2人がアサルトライフルを手に車から飛び出す。

 〝対策室〟が独自に採用しているアサルトライフルは、この任務についてから初弾が装填してある。街中で、それも後続車のドライバーらの目のある中で抜いていいものではないが、目前の状況はこれくらいの火器でも足りない事態の到来を予告していた。

 ミカヅキは、キーボードを引き出し、兵装を頭部の横に外付けで装着していたバルカンポッドを起動。<モビルドール・ミカヅキ>は体をわずかにのめいていた。

 ワゴン車から漏れ出したらしい冷却水が水たまりを作りつつあるが引火する反応はない。とりあえず引火の危険はなさそうとはいえ、もし、故意に引き起こされたことなら次の攻撃を警戒する必要がある。ワゴン車は助手席側のドアを上に向けて横転しており、一報をいれていたことから、増援が来る危険性もある。

 ドライバーはまだ車内にいると見ていい。

 肩にかけ、両手保持したアサルトライフルを下にむけつつ、ひとりが慎重にワゴン車に向かい、もう一人は開放した車のドア陰に隠れて援護の態勢を取る。残るひとりは最初に追突されたワゴン車の様子をたしかめに行った。

 半回転の後、<ハイザック>の落下衝撃で側壁に押しつけられたワゴン車は、もう1台のワゴン車より100メートルも後方で半壊した車体をさらしていた。

 車は見るも無残なありさまだが、中の要員たちに大きな怪我はなく、彼らはすでに車を降り、近寄ってくる後続車のダイバーたちの牽制にとりかかりつつあった。

 大丈夫です。

 怪我はしていません。

 いま運営に連絡しましたから。

 両手をあげてダイバーらの接近を制止する要因の向こうで、幾人かが自分の車を引き返し、幾人かがウィンドゥのカメラ機能でこちらをむける。

 現在、午前7時52分。

 通勤や運送の車は刻々と増え、このジャンクションだけでも100らの車両が足止めを食っている。もう1台のワゴン車と連絡を取るまでもなく、彼らもこれが周到な攻撃であることに疑いはもってなかったが、今後も押し寄せるだろう野次馬の制止には最低2人の人員がいる。結局ひとりだけがワゴン車の対処に向かい、もうひとりは状況確認に出向いたワゴン車の要員と合流し、100メートル先の<モビルドール・ミカヅキ>へと走ったが、ミカヅキに対しては遅きに失した行動だった。

 彼ら警備要員に対して、被弾しないギリギリの距離でバルカンを発砲。その隙にコクピットハッチを蹴り上げ、モビルドールから飛びだしていたのだ。向こうの様子がわからないのはこちらも同じだが、この状況を偶然と捉えるほど〝対策室〟の人間がのんきでいるはずがない。すぐにでもモビルドールへ近づいてくることは間違いなく、ミカヅキは<モビルドール・ミカヅキ>のコクピットに隠しておいた備品のデイパックを取り出した。

 手のひらに収まる筒状の物体は、ガス手りゅう弾だった。1ダース分のすべてが、マスダイバーからの横流し品で、とうに使用期限が切れていたが、食材の賞味期限同様、それを過ぎればただちに用を為さなくなるというものではない。輪っかの安全ピンを引き抜き、ミカヅキは複数のガス手りゅう弾をモビルドールの向こうに放った。

 それらは道路に落ちると同時に延期信管を作動させ、黄色ががった催涙ガスを噴き立たせて、もうもうと立ちこめる煙幕が〝対策室〟の擁護要員を包み込んでいった。

 GBN内にも防犯グッズに使われているガスは、目に入ると激しい痛みを催し、呼吸器に付着すれば止まらないくしゃみになって襲いかかる。

 擁護要員たちは慌てて後退し、向こうのワゴン車に常備してあるガスマスクを取りに戻ったが、黄色がかった煙はたちまち彼らの車を包み込み、風に流されてさらに後方へと拡散していった。

 モビルドールの爪先から噴き出すガス上の煙、微かな刺激臭――有毒物質の漏出と考えた者はひとりだけではなく、撮影に勤しんだ野次馬たちは、蜘蛛の子を散らすという表現のまま自分の車にひき返し始めた。

 地上20メートルを走る高架上は、逃げる方向はおのずと限られており、風はたまさか高架に沿って流れている。中には車を捨てて逃げ出す者もおり、エリア11行きの道路と湾岸線とを繋ぐジャンクションはパニックの様相を呈し始めた。

 そんな喧騒は、モビルドールの防壁を挟んだこちら側では文字通り壁の向こうの出来事でしかない。これで多少の足止めはできるだろうが、〝対策室〟の車両にはガスマスクを常備してあるに違いなく、彼らは化学兵器の耐性訓練を受けてもいる。時間の猶予はないと判断したミカヅキは、横転したワゴン車に向かってアスファルトを蹴った。

 左面を上にむけて横たわるワゴン車の運転席では、激しい衝撃に見舞われた2人の警備要員がようよう意識を取り戻しつつあった。各々の無事を確認してから、助手席に収まっていた警護要員がなんとか手を動かし、頭上にまわった助手席側のドアから這い出そうとする。

 ドアはひしゃげて開きそうになかったが、窓ガラスが割れ砕けているのでそこから外に出られる。下敷きになった運転席側の警護要員が呻くのもかまわず、彼はもっていたハンドガンを手に窓枠から上半身を出し、ガス煙に包まれたモビルドールを見て息を呑んだ。そしてその光景を見たのを最後に、彼の意識は再び途絶することになった。ひと息でワゴン車の車体に飛び乗ったミカヅキが、背後から警護要員に襲いかかったのだ。

 右腕を首に回し、左腕でがっちり固定すると、ばたばたともがく警備要員の体を車外に引きずり上げる。頸動脈を圧迫され、たちまち意識を失った彼の体を放り出したミカヅキは、助手席の窓枠からワゴン車の運転席に飛び込んだ。

 立つもままならない体制でも、とっさにハンドガンを引き抜こうとした運転席側の警護要員を視界に入れるや否や、右足でハンドガンを蹴り飛ばし、その踵をすかさず顔面に叩き込む。ブーツの固い踵が顎の付け根にめり込み、脳震盪を起こした警護要員はそれきり動かなくなった。ミカヅキはその体の上に降り立ち、ダッシュボードからエンジンキーを引き抜くと、猿のような身軽さで再びワゴン車の車体の上にもどった。

 モビルドールが塞ぐののと反対側、エリア11行きに至る方向の路上でも先行する何台か停車し、携帯を手にした野次馬が事故の輪薄を眺める姿がある。ガス煙に怖れをなしてか、50メートル以内には近づいてこようとしないが、風向きのせいで煙はこちら側にはよせてこない。勇気を出してけが人を助けようとする者が現れないとも限らず、時間はないと再確認したミカヅキは、天を向いた側面ドアのカギ穴にキーを差し込んだ。

 この手の人員輸送車は、簡易な護送任務に使われることも想定して、2重ロックになっている。外側の鍵を開けても、内側の施錠を解かない限り解放できないのだ。中にいる〝連中〟が気絶していなければいいが。考えたのも一瞬、ミカヅキはキーを捻り、窓を塞ぐ装甲板に拳を振り下ろした。

 

 

 

 ドン、ドンと鈍い振動が車内を振動させる。横転したため、頭上に回った側面のスライディングドアの向こうだ。

 誰が叩いている?

 サイレンの音は聞こえなかったが、もう救急が到着したの足ろうか。

 朦朧とした意識で考えつつ、ミーユは身を起こすべく腕に力を入れた。

 右腕が痺れたように痛むが、骨折の痛みではない。頬もかすり傷があるだけで、出血はしていない。激突の直前、かばうように自分を包んだエイジの腕の感触を思い出し、室内灯の消えた車内を見回そうとした時だった、そのエイジが立ち上がり、頭上のスライティングドアに手をのばす光景がミーユの視界に映った。

 よろよろとふらつきながらも、内側のロックを解除する。同時にスライディングドアが勢いよく引き開けられ、外の光が車内に注ぎ込む。「動けるか?」と聞き知った声があとに続き、ミーユはぎょっと頭上を振り仰いだ。逆光を背負い、ほとんど影にしか見えない声の主と目を合わせて、呑み込んだ息が吐き出せなくなった。

「なんとかな。……ったく、派手にやりやがって」と応じたエイジが、戸口に手をかけて外に這い出そうとする。彼に手を貸すことなく、ミカヅキはベルトに挟んだハンドガンを引き抜き、戸口の向こうに姿を消した。すぐには状況を呑み込むことができず、ミーユは惚けたようにその場に座り込み続けた。

 〝A〟からの最後の命令を遵守し、ヲチカタ・コロニーに残ったはずのミカヅキ――

 なぜ、ここにいる? 

 いつ、ここに帰ってきた?

 エイジといっしょをに……あり得ない。これが意図的に引き起こされたことなら、武器の調達などの手配で最低でも一両日の時間が必要になる。ミカヅキはエイジよりも先にこのエリアに来ていた。そしてその準備が整うのを待って、エイジも帰国した。捕まるのを承知で――逃げおおせる算段を頭に描きながら。

 それだけの思考は組み立てられたものの、まだ状況のすべてを受け止めるには至らず、ミーユは頭上に開いた側面ドアの戸口を無為に見上げた。おそらくは護衛モビルスーツの墜落がきっかけだろうが、前後をは住む警護要員を完全に無力化できたとは思えない。

 モビルスーツで高速を塞いだとしても、彼らは短時間の内に障害を乗り越えて迫ってくる。

 こんな不確定な計画を実行する理由がどこにある?

 ミカヅキにできたなら、エイジも密かに帰国できることができたはずだ。

 彼らが危険を冒してでも帰国した理由、エイジが故意につかまったわけ――激突した直前に聞いた、あの言葉。ぐるぐると渦巻く思考がその一点で静止し、思わず目を見開いた刹那、「早くしろ!」という怒声が頭上で弾けた。

 車の外に出たエイジが、戸口から手を差し出している。何をしたらいいのか、何を早くすればいいのかわからず、ミーユは逆光に縁取られたその顔を呆然と見上げた。

「福田さんが、命がけで手に入れたネタがある。そいつを使えば、あいつを助け出せるかもしれない。あんたの協力が必要なんだ」

 ひと息に喋ったエイジに続いて、「来るぞ!」と鋭い声が外で発する。

 警備要員が動き出した。

 微かに漂う刺激臭にから判じて、ミカヅキはガス弾を使ったようだが、警備要員たちも素人ではない。運よく逃げおおせたとしても、すぐに追い詰められることはわかりきっている。現実的な理屈でエイジの言葉を退け、ミーユは差し出された手のひらを視界の外にした。

 福田が、フク兄さんが命と引き換えに遺したもの……それがなんであれ、もうできることなんかない。

 虚しい希望にすがり、失望に失望を重ねるのはもうこりごりだ。

 うまく、いきっこない。

 これまでもうまくいかなかった。

 それが〝システム〟……。

 その仕組みに従ってさえいれば、〝システム〟が規定するところの幸福は手に入れられる。〝システム〟が規定する成功も収められる。

 でもあと1歩でもその外側に出ようとすると、とてつもない徒労と喪失、個人という存在の破綻が待っている。邦彦兄さんも、フク兄さんも、英一も、みんなその暗く巨大な口に呑み込まれた。

 結局、夢。

 人もELダイバーも、〝システム〟に規定された幸福しか追い求める権利しか与えられず、たとえ人生を捧げても外側には踏み出せない。個人の幸福が全体の幸福を圧迫し、やがて幸福という言葉そのものを消し去ったとしても、私たちは〝システム〟のなかでいきるよりない。果てしない徒労と失望の末に、私はそれを理解した。

 夢はかなわない。

 望みも虚しい。

 それが〝システム〟に許容された夢や望みでない限り。

 金属がぶつかる激しい音が車体を叩き、ミーユは微かに瞼を震わせた。同時に間の抜けた発砲音が弾け、応射の銃声がすぐ間近で響く。

 ミカヅキが牽制しているのだろう。

「急げ!」

 飛び込んでくる、怒声。エイジが惑う気配が頭上に伝わった。

 横転した車体に乗り、側面ドアの戸口に手を突っ込んでいる姿は、狙う側からすれば格好の標的以外のなにものでもない。

 もう1度その顔を見る。ミーユは意識して、顔を伏せた。

 自分の変事を伝え、早く行けて促したつもりだったが、エイジは差し出した手を止めず、「あんたにも!」、それでも引っ込めず、「〝システム〟があるだろ!」と裏返った声を重ねた。

「だったらそれに背くな。他人が押しつける〝システム〟なんて無視しろ! 俺たちが従わなきゃならない〝システム〟は、たったひとつ――」

 銃撃にさらされ、頭を伏せられるだけ伏せたエイジが叫ぶ。

 他人が押し付けられるものではない、自分が自分に課す〝システム〟――その言葉が胸の深部に突き立ち、ミーユはもういちど顔をあげた。続く銃声に首をすくめながらも、エイジははっきりと目を合わせた。

 

「自分を、自分の心を裏切るなってことだ……!」

 

 飾ることを忘れた目と声が、手のひらと一緒にずいと迫ってくる。奈落の口に見える戸口から光が差し込み、震えるその指先がミーユの網膜に焼きついた。

 そうは言っても確証なんかない。

 でもやるしかない。

 暗闇で手がかり探し求め、懸命に中空を探る寄る辺のない手のひら。

 あの葬儀場で、病室で繋ぎ合った呂名英一の手のひらがそこに繋がり、ミーユは自分でも気づかないうちに手を――。

 持ち上げていた。

 互いの指先が触れあい、勢いを得たエイジの手のひらがミーユの手をしっかりとつかむ。握り返した途端、ふわっと熱い体温がそこから流れ込み、ミーユは流れの底から引き上げられていた。

 足に力を入れた覚えはないのに、易々と体が持ちあげられ、側面ドアの戸口をくぐってゆく。エイジにそれほどの膂力があるわけではない。おそらくは自分で体を動かし、外に這い出たのだろうが、意識する余裕はなく、それはエイジともども路上に転がり落ちてからも同様だった。アスファルトに頬を押しつけた直後、跳弾が目と鼻の先の路面を削るのを見たミーユは、そうと意識するより早く懐のハンドガンを引き抜いていた。

 <モビルドール・ミカヅキ>の爪先の装甲を盾にして、片手保持したハンドガンを銃火の爆ぜる方に突き出す。催涙ガスはすでに拡散しきり、横転した<ハイザック>の陰に伏せる撃ち手の姿が明瞭に視認できた。

 3人……いや4人か。

 防壁となった<ハイザック>の陰を縫い走り、限りなく身を伏せながら、それぞれに距離を取って十字火線を撃ち放ってくる。こちらと視線を絡ませたのも一瞬、応射を中断したミカヅキが車の陰に跪き、背中に背負ったデイパックから新しい道具を取り出すのを見たミーユは、トリガーセーフにかけていたひとさし指を引き金に載せた。息を詰め、モビルスーツの影に見え隠れする撃ち手との間合いを測る。

 ガスマスクの面体に覆われているため、表情は判別できない。が、ミーユと視線を絡ませたその撃ち手は、動揺を示して発砲をためらっていたようだった。

 裏切り者――きっと、あなたはそう思う。

 否定はしない。

 私は自分の〝システム〟に従って生きてきた。

 誰かのためでもない。

 〝システム〟はこの体の奥から湧き出るものだ。にもかかわらず、私はそれをずっと忘れていた。英一を失いたくない、その思いの強さゆえに心を殺し、他人の〝システム〟に合わせ、英一が失われている今もその中に留まろうとした。かつて拒食をもって自分の体に〝死〟を与えようとしたように、私は私の心に〝死〟を突きつけていた。

 心を持ってなきゃだめだ、と英一は言った。彼のために、それが私の〝システム〟だ。赦しは請わない。いつかこの身を引き裂いてくれていい。ただ、いまは、今だけは行かせてほしい――。

 1秒に満たない空白にそれだけの思いを押し込め、トリガーを引き絞る。

 立て続けに放たれた9ミリ弾がハイザックの足元に辺り、着弾の火花を閃かせる。怯んだ撃ち手がいったん後退し、火線が弱まるのを察知したミーユは、傍らに立つミカヅキを見やった。

 目で頷いたミカヅキが、リュックから取り出した道具をミーユに握らせる。どこから調達してきたのか、アメリカ謹製のアサルトライフルの感触を手のひらに確かめ、ミーユは周囲の状況に素早く目を走らせた。この銃は、〝対策室〟謹製のアサルトライフルとは違い、スナイパーライフルは鉄板など貫通してしまう、カスタマイズモデル。

 できれば、連射はしたくないが、彼我の戦力差を鑑みて躊躇はしていられない。こちらの銃撃を警戒して、撃ち手たちは<ハイザック>の装甲の後ろを乗り換えられずにいる。ワゴン車に乗り込んでいた2人は、車体の陰で倒れているから問題なし。背後にいる野次馬達も、銃声に怖れをなして後方に引き下がったままだ。

 オール・クリアー。目で向き合い、ミカヅキはもっていたアンカーで<モビルドール・ミカヅキ>のコクピット部分にひっかけ飛び、ミーユは這いずるようにその場でスナイパーライフルを構えた。

 <モビルドール・ミカヅキ>の頭部バルカンポッドから、フウゥゥン……という乾いた音でバルカン砲を地上にむかって斉射。ミーユは、ワゴン車にむかって射撃を繰り返す。

 戦技訓練をうけている〝対策室〟が、その音を聞き違えようはずがない。ひとりが<ハイザック>の装甲の隙間に隠れていた頃には、ミーユは頭を低くして走り出していた。

 スナイパーライフルを捨て、ミーユはひたすらに走った。<モビルドール・ミカヅキ>の右手が、100メートル先にしかれ、その上に降り立つ。 

 逃走経路は、こういうことなのかと頭の片隅で呟きつつ、青息吐息のエイジを機体の手に押しやったミーユは、背後の様子をうかがった。まだ黒煙が滞留している上、銃撃も警戒せねばならないとあっては、しばらくは追跡を断念するほかない。ミカヅキが予定した通りの効果を確かめたあとは、<モビルドール・ミカヅキ>の機体がふわりと浮き上がった。

「耳が壊れそうだ……」

 と文句を言うエイジを尻目に、自分も機体の手に収まり、身を預けた。

 迎撃機の時間はわかってる? と尋ねかけて、聞くまでもないかと自答したミーユは、休みなくスクリーンに目を動かすミカヅキの顔を眺めた。

 この1年。

 その容貌は、プラスチックの塊なのに、ずいぶんと大人らしく削りだされ、何より――人間らしくなってきたと思う。どこに、どんな経路をたどってゆくか、彼女にはすべて検討済みだろう。任せておけばいいと自分に言い聞かせて、機体の手の向こうの景色を眺めた。

 しばし、目を閉じる。

 <モビルドール・ミカヅキ>が降下してから、きっとまだ5分と経っていない。

 なにをしでかしたのか。

 どこへ向こうとしているのか。

 まだ夢うつつというのが正直なところだった。

 だが、自分は1歩を踏み出した、確かに。その充足感だけは間違いなく、胸の深いところにあった。

 

 

 ――「電話だよ、あんたに」

 

 

 

 ――「私に? もしもし」

 

 

 

 ――(ん、あんた誰……姉ちゃんやないか!)

 

 

 

 ――「親分さん……!? どういうこと、まさか、これ親分さんが……?」

 

 

 

 ――(テレビ見とるで。えらい騒ぎになっとるやないか。話もろた時は、ありえへん思うたけどな。本部も動いとるし)

 

 

 

 ――「本部って……」

 

 

 

 ――(積もる話は会うてからにしよ。ほなの。ダズビニャー)

 

 

 電話は、一方的に切れた。

 

 〝財団〟。

 〝対策室〟。

 そして、フェアチャイルド。

 こちらはわずか3人。どんな腹案があるにせよ、本物の〝神〟でも味方につけなければなさそうだが、エイジー-金家栄治とミカヅキが相応の覚悟を固めて帰ってきたことは間違いない。

 今は……それだけでいい。

 呂名英一を救い出し、ELダイバーをも救う『アファーマティブ・システム』を未来に繋げるために――。それぞれに退路を断った3人をのせ、<モビルドール・ミカヅキ>は空を進んでいった。

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