ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第七十五話

 参加フォース数1208団体、日本GBNの半分を超える勢力をのばすフォース連合永琳組だが、永琳組フォースメンバーと呼べる者はひとりしかいない。現在のフォースリーダー……組長、黒沢高次ことクロサワがそれだ。

 そして、永琳組はフォースという顔だけではない。GBNから多大なシノギを受け取る、反社会勢力という顔もある。

 その昔、GPデュエルによってもたらされた高度成長に乗って巨大化し、各地で闇試合を引き起こすようになった反社に対して、警察は決闘作戦と呼ばれる組織犯罪撲滅運動に着手。

 人・金・そしてガンプラ、すなわちダイバーと呼ばれる前の構成員の検挙、凶器などの応酬、GPデュエルの闇試合による資金源などの壊滅を柱とする締め付けが策定され、広域指定された10大反社勢力は壊滅的な打撃を被った。永琳組も例外ではなく、最高幹部クラスを狙い撃ちにした摘発攻勢にさらされた上、資金源も次々に絶たれて永琳組はフォースともども解散の危機に直面したのだが、この時、『たとえひとりになっても永琳組は解散せず』と当時の組長が豪語したことが、現在の特異な組織機構を永琳組にもたらすということになった。

 副リーダーを始めとする最高幹部はもとより、本家リーダーと親子の盃を交わした直系の子分にもそれぞれが運営する組とその下の運営するフォースがあり、それらは永琳組系列ではあっても永琳組そのものではない。松音のような3次団体以下の運営しているフォースリーダーがヘマをやらかしても、永琳組本体になんら影響がないのと同様、本家のナンバー2たる副リーダーからして永琳組の組員ではなく、仮に検挙されても本フォースには累が及ばぬシステムが構築されている。

 永琳組本体の看板を背負うのはリーダーただひとりで、ピラミッドの頂点でありながら実質的には宙に浮いており、ピラミッドを構成するどの石を外れても揺らぐことはなく、また偽装解散や改名、再結成などで抜けた石を即座に補填する方策にも抜け目がない。

 有志決戦以来の運営との攻防が、皮肉にもフォースの危機管理能力を高めてしまった格好で、最高幹部会が出席しない身長さもその現れだった。

 ひとりになっても解散せず。

 フォースリーダー不退転の覚悟で紡いだ言葉は、ひとりならそもそも解散しようがない、という逆説的知見によってシステム化されたわけだ。

 が、いかにも法的に実体がないかのごとく粉飾されていようと、永琳組は厳然と存在しており、このフォースネストも4万のダイバーを束ねる権威の象徴、最高意思決定機関の重みをまとってここにある。本部当番に就く下足番のダイバーに案内され、タダシともどもネスト2階の大広間に通されたエイジは、その重みを体現する20対の目と対面することになった。

 50畳はあろう広々とした屋敷――だが、間口に対して奥行が奇妙に広く、外に面した壁には曇りガラスがはめこまれているので、旅館の宴会場のような解放感はまったくない。そこには様々なダイバールックをまとった20人の男女がずらりと居並び、タバコの煙をもうもうと燻ぶらせていた。

 正面に上座を見て、右手側に座るのが副リーダーたちで、窓を背に彼らと対面するのが部隊ダイバー補佐たちの列。上座の方には議長たる本フォースの大隊長の他、小隊長、フォースネスト総本部長、2人の顧問がそろってあぐらをかく姿があったが、彼らの中央、床の間の背にした上座には人の姿はなく、座布団だけがぽつねんと置かれていたのが印象だった。

 本フォースリーダーは出席しなくとも、席は容易しておくのが決まりという事か。考えたのも一瞬、エイジは床に正座し、まずは深々と頭を下げた。同じく手をついたタダシがわずかに頭を上げ、

「えー、本日はお日柄もなく、最高幹部会にお招きいただいて至極に……」

 奮える声で口上を述べ始める。それはすぐに、

「ええ、ええ、そういうんは」

 と発した声に遮られ、「早う入れや。寒い」て別の声があとに続いた。

 へへぇ、と恐縮しきった体で頭を床に押しつけたきり、タダシは動こうとしない。エイジは意を決して立ち上がり、タダシの背中を軽く揺さぶてから広間の敷居をまたいだ。

「そこ、座れ」

 と下座につく副リーダー補佐が畳の一面を指さす。上座より5、6メートル空けて正対する位置で、無論のこと座布団はない。

 まるで将軍に拝謁する家臣。

 ……いや、

 白洲に引き出された罪人と言った方が実態に近いか。

 畳の縁を踏まないようにして正座しつつ、エイジはあらためて大広間を見渡し、一癖も二癖もある最高幹部たちの顔を目に焼き付けていった。

 さまざまなキャラクターを扮したダイバールックで実年齢を隠しているが、総じて大隊長格たちの方が年齢が高いだろう。上座につく本フォースの部隊長のホンマが50代、隣に座る大隊長リーダーのミサキが60歳前後だというから、補佐たちの年齢もおおむねそれに準じたものだろう。リーダー補佐が本家リーダー長の直系子分から取り立てられるのに対し、部隊長補佐は兄弟分から抜擢されるがゆえの年齢差で、中には本家からのリーダー筋でありながら、襲名時の盃直しで永琳組フォースに配された者もいる。

 年齢的にそれが難しい場合は、顧問と言う形で本家リーダー長と並列の関係になれるが、ご意見番であっても執行部に対する発言権はなく、定例会に顔を出すことも滅多にない。

 今日ここに来ている2人は、おそらく自分たち部外者を秘密裏に出席させるためのダミーだとエイジは想像した。顧問のリムジンが1台のみではいかにも不自然だが、複数の顧問が出席していれば怪しまれずに済む。今日は本家フォース副隊長格の意見が必要な寄り合いらしい、と外野に想像させるだけのことだ。

 やはり伊達や酔狂の話ではない。

 ここに自分たちを呼び寄せるために、永琳組執行部は並々ならぬ労力を費やしている。なぜだ、と考えるところで答はなく、エイジは副リーダー補佐の中ではもっとも上座に近い場所に座る男の顔を見やった。

 付け焼き刃では仕入れた知識ではなくとも、この白髪頭の若そうなダイバールックと名前は知っている。GBNの経営関連の事件では必ず取り沙汰される花組フォースのリーダー、花正治ことマサハルだ。

 血縁による世襲はないこの稼業で、めずらしくGPデュエル時代だった父の代から継いでリーダーになった男であり、京大経済学部卒という異色の経歴を持つ。

 いわゆるインテリ反社の草分けではあるが、だからヤワという話はまったくなく、GBNサービス開始付近では複数の企業を介して銀行や企業を抱き込んで、ITブームを牽引するとともに、そこから生まれる莫大な利益を永琳組にもたらした。経営・支援資金でも反社の締め出しが進む中、さすがにかつての精彩はないが、彼が永琳組随一の集金マシーンである事実はかわらない。日本はもちろん、欧米のGBN経営にもその名を知られた地下帝国の支配者のひとりだ。

 タダシの兄貴筋を手繰っていった先に、その名があったことがそもそもの発端だった。タダシと花組の間に面識はなく、直に言葉を交わすことはできないが、複数の反社筋を中継すれば連絡が取れる可能性がある。五分五分以下の可能性はあっても、声さえ届けば振り向かせられるし、面会のチャンスも作れるだろうと――そう、本来、あんたひとりだけを巻き込むつもりだったのだと、エイジはじっと動かないマサハルに内心で毒づいた。無論、マサハルが動けば永琳組本体も動き、組織の援助を受けられるという目算はあったが、こうも早く、しかも最高幹部会でプレゼンをする羽目になるとは、想定外どころではない。

 いったい誰の差し金だ?

 マサハルか?

 複数の口伝てで耳にしただけの話ら、こうまでするどんな価値をあんたは見出したというのだ?

 火のついたタバコを指に挟み、マサハルは変わらず動かない瞳をこちらに据えている。その向こうでホンマ部隊長とミサキ大隊長が同じくタバコを燻ぶらし、道橋のダンゴ虫を見るのももう少し情はあろうという冷たい視線を注いでいたが、そのどれもが一抹の戸惑いを含み、おまえはいったい何者だ? と問うているように見えて、エイジはそれとわからぬほどに眉をひそめた。

 彼らも状況を理解していない。勘定にも入らない下部フォースのゴミ虫が2匹――便宜上とはいえ、6年前の仕事でタダシから盃をもらっている以上、そう言えばエイジも永琳組の身内だ――、なんの用向きがあってここにあがりこんできたのかと、冷たさの中にも間合いをはかる慎重な色が各々の瞳にはある。だとすると、ここはマサハルが段どったことではないのか? タダシを介して発信したメッセージは、どこに届いてなんのスイッチを押してしまったのだ? あらためて不安を覚えた刹那、上座に近い襖が無造作に開けられ、部屋の空気が一変した。

 その場にいる全員が姿勢を正し、燻ぶっていたタバコを灰色に押しつけ、上座のほうに顔を向ける。隣に座ったばかりのタダシがよろめき、「あかんて……」と呻くのを聞くより先に、エイジは全身の肌が粟だつ音を聞いた。

 着流し姿の痩せた老人が、滞留するタバコの煙を裂いて広間に足を踏み入れてくる。

 誰とも目を合わせず、本家リーダーのために用意された上座の座布団にどっかりあぐらをかくや、片手をあげてひたと下座に視線を据える。ホンマがその手に素早くタバコを差し挟み、火をつけるまで、

「ワレか、わしらに話があるっちゅう詐欺師は」

 老人の声が広間に響き渡った。

 連合フォース永琳組。

 その一声にして細い。しかし、確実に耳朶を打つ重い声音だった。

 幹部たちの目が一斉にこちらに向けられる。やはりこちらの情報はまったく伝わっていなかったらしく、その視線には先刻までとは異なる険が濃厚に含まれていた。

 何モンかと思たら、詐欺師か。

 詐欺師風情がよう総本部の敷居をまたげたなぁ。

 四方から突き刺さってくる視線は、しかし正面から注がれる一対の眼光を前にほとんど色をなくし、エイジは、

「はい。エイジ……金家栄治と申します」

 と、頭を垂れた。

 慌てて畳に額をこすりつけ、小刻みに背中を震わせるタダシの動揺を間近に感じながら、ゆっくりと頭を上げてクロサワの姿を視界に入れる。

 どちらかと言えば痩せぎすのダイバールックだが、上背があるので弱弱しい印象はうけない。座っていてもその威圧感はすさまじく、左右に控えるホンマとミサキの視線を打ち消すほど、落ちくぼんだ眼窩の奥から放たれる光は強い。

 間違いなく、4万の組員を従える永琳組リーダーの顔にして、この連合フォース最強の戦士――だが、どうして?

 存在そのものが永琳組の看板に等しい組長、それゆえフォースの運営機構からは慎重に隔離されているはずの男が、なぜ最高幹部会に? 喉元までこみ上げた疑問は「みな忙しい」と投げつけられた声に吹き散らされ、エイジは雷に打たれた体で膝上の拳を震わせた。

「はよせえ」

 どうでもいいという顔でタバコを吹かしながら、こちらに据えた視線はそよとも動かさない。他の幹部たちの様子から察するに、彼らはリーダーの出席をあらかじめ承知していたらしい。とりあえずそれだけは理解したエイジは、

「では、失礼して」

 と断りを入れて立ち上がった。

 相手の出方が皆目読めないのはおもしろくないが、このまま向こうのペースにはめられるのはもっとおもしろくない。予定通りやるまでだ、と腹を決めたつもりでだ、と腹を決めたつもりで下座の方に向かい、膝立ちににりつつふすまを開ける。

「失礼します!」

 野太い声が弾けるや、廊下で待機していたダイバーが直角に腰を折り曲げ、手提げのアルミケースを両手に広間の敷居をまたいだ。

 同じく銀色のアルミケースを2つ、両手にたずさえた別のダイバーがあとに続く。そのあとにも1人、2人、と続き、最高幹部の眼前に手提げかばん大のアルミケースが並べられてゆく。ケースの重量は10キロを超えるが、本部ネスト当番で派遣されている屈強なダイバーたちにはさしたる重さではない。ケースを置いては退出するダイバーたちらを背に、エイジは畳におかれたそれらの蓋を開けていった。中に詰め込まれたものを目の当たりにして、それまで大儀そうにしていた最高幹部らがそろって顔色を変え、吸い寄せられるように身を乗り出す。

 アルミケースの中身は、隙間なく詰め込まれた札束だった。100万ごとに小封筒にで束ねられた札束が、1ケースにつき、100束入って1億ビルドコイン。それが7つ、8つと運び込まれて、最後の2つをたずさえたミカヅキが広間の敷居をまたいでくる。宅配業者に偽装しての運搬、積みだし、すべて問題なし。目顔で報告したミカヅキに小さくうなずいてから、エイジは残り2つのケースを開け、クロサワの面前に腰を据え直した。

 紺色の無地のネクタイを出しつつ、ミカヅキもエイジとタダシの後方で正座をする。反社相手にそこまで畏まる必要はないのなんのと、着いたらまず着替えろという指示に抵抗を示していたミカヅキも、このネスト総本部に漂う厳粛な空気には感じるところがあったらしい。常になく神妙な顔を一瞥し、おとなしくしていろよ、と目で念押ししたエイジは、あとはクロサワの反応を読み取るのに全神経を集中した。

 タバコの紫煙をたゆたわせるばかりで、クロサワは微動だにしない。まるで札束が目に入っていないかのようだったが、幹部たちの動揺は如実だった。目を血走らせて札束を凝視する者もいれば、なんの罠かと警戒を露にし、それでも札束から目を離せない様子の者もいる。

 最高幹部ともなると、ネスト総本部への上納金だけで日々100万ビルドコインの出資が要求され、他にも維持費やらなにやら、一般的なダイバーのビルドコインの年収入の金が飛んで行く。法律で既得権益が削られる一方のご時世に、今日の会費にも事欠く者も少なくなく、あのうちの一束さえあれば……というのが大多数の幹部の本音だろう。

 言葉や小切手では、この空気は作れない。

 先刻とは一変した幹部とは一変した幹部たちの態度を横目に、エイジは紙幣の表面にそっと触れた。英一から受け取った報酬――苦労してビルドコインにした価値はあった。

「1ケースにして1億ビルドコイン。ここにいる他にも40個、総計50臆のビルドコインをお持ちいたしました」

 タバコの煙を吐き出す音さえ途絶え、耳が痛くなるような沈黙が大広間に降りる。エイジは小さく息を吸い込み、

「この全てを、皆様に差し上げます」

 誰もひと言も発さず、身動きもしなかった。次の一声を待つ張り詰めた沈黙の中、クロサワだけがマイペースで紫煙を燻ぶらせ、感情の読み取れない目をこちらに注いでいる」

「ただし、使い道はこちらで指定させていただきます。皆様には、この金である財閥と戦っていただきたいのです」

 背後に座るミカヅキが、身を硬くする気配が伝わる。

 ここからが勝負。

 エイジは全員の顔をひとつひとつ見渡し、「戦う財閥の名は、フェアチャイルド財閥」と言葉を継いだ。

「そう、アメリカに拠点を置く老舗の巨大財閥です。詳しくは後ほど説明いたしますが、歴史を通じてさまざまな産業、そして各地でガンプラ大会を開いているので、皆様も耳にはしているでしょう。努力を惜しまず、このGBNにも多大な影響を与えている。いわゆる一族経営です」

 一族経営。

 その単語に、クロサワが白髪交じりのまゆを動かす。そう、あんたにならわかるだろう。これは永琳組が得意とするドンパチの話だ。口中に紡いだエイジは、クロサワの斜め向かいにいるホンマが立ち上がり、札束入りのアルミケースに歩み寄るのを見た。まだなにをどう捉えていいのかわからずにいる幹部らをよそに、札束のひとつを手に取り、慣れた手つきで中身を検分する。本物です、と頷いてみせたホンマに応じることなく、

「ほんで?」

 そう、クロサワが口を開いていた。

「この50億を元手に、真っ向から命を賭してフェアチャイルド財閥と戦えと言うわけではありません。実際にするのは私で、戦う方法はGBNでのガンプラバトルでございます。皆様の組織力と人脈をもってすれば、戦いには困らないでしょう。いえ、もし、この戦いでこのこの金は5倍、10倍に増やすことも可能かと存じます。その利益は、無論のこと皆様のものです。元金を含め、いっさい返却していたただく必要はありません」

 席に戻ったホンマの向こうで、クロサワがなんの反応を示さずにタバコを吹かし続ける。ウィンドウを呼び出し、なにごとか操作し始めたマサハルは、ネットの検索ボックスにフェアチャイルドと入力しているのだろう。リーダーの御前でウインドウをいじるのはご法度に違いないが、誰も咎める者はいない。結果が気になるのかホンマも首をのばして、マサハルの画面をのぞき込むようにしている。「で、あんたはなにをしたいんや?」と問うたのはミサキだ。

「フェアチャイルドそのものを潰して、幹部になることか?」

「いえ、そのつもりはありません」

「ほななんや」

「世界最大のフェアチャイルドの勢力と日本大手の永琳組の勢力が激突し、世間の注目が集まるという状況。それが、私がてにいれたいものです」

 老眼鏡の下の目を何度かしばたたいたあと、ミサキは太い眉を押し黙ってしまった。分別盛りの最高幹部とはいえ、反社は反社。観念的な話は通じないし、悪くすれば逆鱗に触れることになる。「事情はのちほど説明させていただきます」と話を切り上げ、エイジは丁重に頭を下げた。

「いささか長い話になります。ご興味を持っていただけたのなら、実務面に携わるスタッフの方々を紹介していただければと存じます。フェアチャイルドと永琳組が激突することで、なにが起こるのか。そこですべて説明いたします。仮に戦いに敗れたとしても、その時はこの50臆が消えるだけのこと。皆様ダイバー方々にはご迷惑をかけることは決してありませんし、その際は――」

「なんでわしらに持ってきた?」

 瞬間、クロサワが遮る声を指し挟み、エイジは急いで口を閉じた。

「ワレもスジもんなら、仲間のひとりくらい自分で集められるやろ。なんでわしらに話持ってきた?」

 フォースリーダーの一声に、全員がそれはそうだという顔をこちらに向ける。射貫くような眼力を正面に感じ、やはり口先でごまかせる相手ではないか……と観念したエイジは、息を詰めてクロサワの目を見返した。これぞ究極の観念論だが、他に現状を説明する言葉もない。汗ばんだ手のひらを握りしめ、笑わば笑え、と胸中に吐き捨てた勢いで口を開いた。

「世界を相手に戦おうというのです。個人では乗り切れません。それ相応の準備は必要と考え、以前にフォースに入ったタダシリーダーを介して連絡を取らせていただきました」

 急に話を振られて慌てたのか、少し面を挙げていたタダシが再び畳にこすりつける。エイジは姿勢を崩さず、クロサワと視線を交わらせ続けた。それまで動かなかった目をわずかに細め、クロサワは、

「世界やと……?」

 と、呻くように聞き返す。こうなれば自棄だ。なめとんかワレ、と身を乗り出しかけた幹部らの機先を制し、「私の有人を紹介させていただきます」とエイジは声を張った。

「彼女の名前はミカヅキ。ヲチカタ・コロニーの人間です」

 少し体をずらし、背後のミカヅキを手で指し示す。ミカヅキはきちんと正座をして動かず、クロサワを見つめる顔の表情も動かさなかった。本当なら頭を下げてもらいたいところだが、彼女の嫌いな〝暴力を売り物にする連中〟に囲まれ、おとなしくしているのだから、それだけでも良しとせねばなるまい。

「ヲチカタ……?」

「どこや」

 口々に言う幹部らの顔は見ず、エイジはクロサワの方に向き直った。

「今、彼の故国では途方もない可能性が……新しい〝姿〟の形が生み出されつつあります。しかし、それを快く思わない者たちが少なからずいる。彼らの手によって、ヲチカタで生まれつつある可能性が殺されようとしているのです。〝姿〟を追い求めるひとりの人間として、私はそれを阻止したい。彼らの可能性を、EIダイバーの可能性を、世界に知らしめ、その是非を世に問いたい。そうすることが、皆様を豊かにすることにもなると信じています」

「ああ、あれか」とクロサワが不意に口を開く。「ヲチカタちゅうたら、サイバーテロ組織の拠点や言われて、アメリカの連合チームがなだれ込もうっちゅうコロニーやろ。何日か前のニュースで見たわ」

 全員の目がミカヅキに注がれる。ミカヅキは無表情のまま、誰とも視線を合わせない。見かねたタダシがこの首根っこを押さえ、無理にでも頭を下げさせるのを尻目に、エイジはクロサワだけを凝視した。静寂から一点、隣り合う者同士でひそひそと話し始めたダイバー達らをよそに、リーダーはひとり表情とした顔を崩さず、「えらいきん臭うなってきたのぅ」というマサハルの声がひどく大きく響き渡った。

「どんな可能性か知らんが、アメリカさんに目ぇつけられたら終わりや。そんなコロニー、誰もよう近づかんわ。わしらかてごめんやで、そんな危ない話」

「サイバーテロ云々はは事実無根です。たしかに政情の安定しない国ではありますが、アメリカがそんな詐欺まがいの手を打って出たのも、彼らがそれだけの脅威を――」

「それをわしらにどう説明する? いや、そもそもフェアチャイルドと戦争するのと、この話がどう説明するんや?」

 険を前面に押したてつつも、マサハルは永琳組の防衛大臣とあだ名される理知を覗かせてこちらを注視する。

 乗ってくれた。

 エイジは気を逃さず、「そのヲチカタに住むELダイバーたちが、有望な者ばかりだとしたらどうでしょう?」と押し被せた。

「そこにいるのは、頭の良いELダイバーや、運動神経に優れたELダイバーが存在していて、だから価値のある場所なのだ……としたら?」

 微かに顎を引き、マサハルは腕組みをして黙り込んだ。どういうことや? というふうに目を向けたホンマにも気づかない様子で、考えをまとめているのかしきりに顎をさする。他の幹部らが困惑気味の顔を寄せ合い、ざわめきの音量を上げてゆく中、クロサワは相変わらず目尻の皴1本動かそうとしない。「兄ちゃんほんまかいな、その話」と小声でミカヅキに話しかけたのは、傍らで五里霧中の顔をしているタダシだ。

 ほんまなわけはない。

 内心で答え、エイジは記憶の中の光景に目を凝らした。

 乾いて白茶けたヲチカタの荒野と、モビルスーツ。使われたのは何年も前で、弾代も出すのもバカらしいとばかかりに放置され、朽ちるに任されていた。勝手な押し付けでやったきたダイバーの連中が、失望とともに置き去りにしていったモビルスーツ。

 そのモビルスーツで、ここで目を血走らせている連中に――正確には、彼らの傘下のフォースどもに――突撃してもらう。日本最大級の連合フォースとアメリカ財閥が激突すれば、必然的に世間の注目が集まる。いったい何が起こったのか。あのフォースは海外進出でもしようというのか。興味が興味を呼び、戦況が充分に温まったところを見計らって、第2の爆弾を破裂させる。

 かつてのELダイバーたちが居住権を入手したコロニーのひとつで、おそろしく知能指数の高い、将来有望な者たちが存在した。その者たちは、フェアチャイルド財閥も、運営部もノーマークのものばかりだったが、フェアチャイルド側が秘密裏に調査をしたところ、貧乏フォースの人材不足を補填するほどの有能なELダイバーたちが確認された。当然、これがあの財閥が見逃すはずはない。エイジがフェアチャイルドへとけしかけているのは、このためだ。

 フェアチャイルド側はそれを否定するだろうが、騙されてはいけない。彼らは各国のGBN支部の有名フォースは彼らの引き抜きに会うかもしれないがゆえに、金の鉱脈を掘り当てた事実を否定するのだ。それでも疑うなら、現地に行って直接足を運んでくるといいが、これは少し難しいかもしれない。

 なぜならこのコロニーは、いまやサイバーテロ組織の拠点と認識され、一般の入港許可が下りにくくなっているからだ。が、アメリカ政府の関係者もいるダイバーたちが集団で突き上げれば、あるいは。

 否。

 そのELダイバーを独り占めしたいがために、アメリカ政府を虚偽の情報を投げ出されている可能性もないではない。

 だとしたら――。

 GBNの最大の〝祭り〟この連中には、そのための導火線になってもらう。いまだ判然としない顔で囁き合う幹部たちを一瞥し、エイジは胸中に笑みを浮かべた。

 自分のものにできるかは、裁量次第。ドジったとしても失うものはない。

 言わば、他人の金ででかいドンパチができるのなら、悪い話ではあるまい。一昨日に発布された大統領令で、アメリカ国内の犯罪集団のアクセスが凍結され、永琳組もその対象となった。稼ぎ先をなくしてくるしい思いをしているダイバーたちは、いまや国内に限らず世界中にいる。こうして現ナマを目の当たりにした以上、断る理由はないはずだ、エイジは、先刻からひとり思案顔をしているクロサワに視線を定めた。

 こちらの動機はともかく、あんたにはもうこの話の意味が伝わっているだろう。永琳組の防衛大臣が落ちれば、他の幹部も雪崩を打つ。損はない話だと伝わってくれ――。ちらとこちらを見やったマサハルと視線を絡ませ、一気にたたみかける言葉を並べようとしたエイジは、「まるっきり詐欺師の口上に聞こえるのぅ」と発せられた声に身を凍りつかせた。

「自分でもそう思わんか、ん?」

 クロサワだった。鶴の一声に、幹部たちも私語をやめてエイジを注視する。いきなり喉元にナイフを突きつけられたようで、エイジは声の出なくなった口を虚しく震わせた。

 タバコを揉み消し、短い髪をくしゃりと掻くと、クロサワはおもむろに立ち上がった。一斉に集まった幹部たちの視線を見ることなく、まっすぐエイジの方に歩み寄り、アルミケースの中の札束をひとつ手に取る。「確かに本物や」と、そう言ったクロサワの目がすぐに頭上で閃き、エイジは腰の下から力が抜けてゆくのを感じた。

「まぁ見せ金にニセモン持ってくる者もおらんわな。あと40憶あるんやで? 全部ここに運んどんのか」

 ひたと据えられた目に、タダシがひれ伏す気配が傍らに伝わる。ほとんど物質のような硬さの視線に射抜かれながら、エイジは「はい」とかすれた声を絞り出した。クロサワは札束で自分のうなじをぽんぽんと叩き、「ワレ、詐欺師やろ?」と呆れ気味の声を重ねる。

「うしろ暗い身や。運営にも風林会にも手配されてて、逃げ続けてるんやて? こら、どこで野垂れ死んでもおかしないわ。なぁ?」

 同意を求める声音に、幹部たちが追従の笑い声を漏らす。どこかくぐもった音になったのも、全員がここから先の血なまぐさい展開を嗅ぎ取っているからか。「なんで考えなかったんやろ」と不思議そうにいい、クロサワは冷え切った視線をエイジに戻した。

「ここで体動けなくして、金総取りされるかもしれへんて」

 




 永琳組
 参加フォース数1208団体、GBN日本の半分以上が所属している巨大フォース連合。その実態はリアルではGBNからシノギをとっている反社会勢力である。
 つまり……あの方々です。
 リーダーは黒沢高次こと組長クロサワ。

 クロサワ/黒沢高次
 フォース連合体『永琳組』のフォースリーダー。現実では同名の反社会勢力を率いている組長を務めている。
 もともとはGPデュエルの闇試合を営んでいたが、GBNのサービス開始時、この売上をシノギとすることで、勢力を拡大。今のフォースとなっていった。
副リーダーを始めとする最高幹部はもとより、本家リーダーと親子の盃を交わした直系の子分にもそれぞれが運営する組とその下の運営するフォースが存在している。
それらは永琳組系列ではあって、永琳組そのものではない。
 松音のような3次団体以下の運営しているフォースリーダーがヘマをやらかしても、永琳組本体になんら影響がないのと同様、本家のナンバー2たる副リーダーからして永琳組の組員ではなく、仮に検挙されても本フォースには累が及ばぬシステムが構築されている。
 永琳組本体の看板を背負うのはリーダーただひとりで、ピラミッドの頂点でありながら実質的には宙に浮いており、ピラミッドを構成するどの石を外れても揺らぐことはなく、また偽装解散や改名、再結成などで抜けた石を即座に補填する方策にも抜け目がない。
 ファイターとしても指揮官としても実力は高く、なかでも機体から発するプレッシャーは群を抜いている。


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