ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第七十七話

 右腕にそえられたレバースイッチを押す。空を飛ぶ水色の<フラッグ>はそれに従い、右腕のディフィンスロッドが回転を始める。

 ガンプラ自体の作りが甘く、敵の<イナクト>の弾が当たればすぐに折れ曲がってしまうのは腹立たしかったが、この程度の代物しかないのだから仕方ない。リクライニング式のコクピットだというのに、シートの心地が悪いのも仕方なかった。

 ペダルを踏むと軽やかな機動であるはずの<フラッグ>背部のブースターが苦労して炎を焚き、よろよろ上昇してリニアライフルを敵機にあわせた。引き金のスイッチを押そうとした谷沼悟志もとい――ダイバーネーム・サトシは、付け髭のアバターパーツをつけ忘れていたことに気づいて顔をしかめた。

 レバーから手を離し、鼻の下の髭に張りつけた髭を慎重にはがす。ここ、2、3日剥がしたところがひりひりする。きっとアバターをくっつけるプログラムが粗悪なのだろう。現実世界での髭も伸びてきたし、もうつけるのはやめようか。アバターパーツだって、タダじゃないから……と考えるともなしに考え、<フラッグ>のコクピットに身をあずけた。

 どうも落ち着かない。

 なにか安い材料でも使ってるのかと思うほど味気ない。元来<フラッグ>のシートは、とても気持ちのいいものだと好評なのだが、なんだか糊のようにべたべたするし、安い生地を使っているみたいにごわごわしている。

 何気無しに買ったプラモデルの写真には、大空をバックに天高く飛ぶ<フラッグ>の絵がのせられていたが、実態はミツバチのようにふらふらと空を飛べる分だけのブーストゲージしかなく、火器管制もとてもズレている。ディフィンスロッドだって、すぐに折れ曲がってしまった。改造しがいのあるキットと言えば聞こえはいいが、ようするに〝外れ〟を引かされた。ぐずぐずだ。

 <フラッグ>は細身で戦闘機を思わせるシルエットであり、並みの高速機動が売りのモビルスーツだというのに。これではあんまりだ。敵機である<イナクト>も同じコンセプトという設定のはずだが、どうも何か違う。

 装甲の強度もいい加減で、本来、敵ではないDクラスのダイバーが駆る敵機の攻撃が当たった時には危うく撃墜されそうになった。

 戦闘中だというのに、ため息が漏れた。高品質な日本製ガンプラが恋しい。値段が高くったっていい。そんなガンプラが恋しい。さらに言うなら、こんなフリーバトルでDクラスのダイバーたちを虐めているような自分が哀しい。それでも隠れ家代わりのアパートには、<フラッグ>のほかにはない。サトシは無理にでもレバーのスイッチを連打した。

 <フラッグ>の持つリニアライフルは、その指示を聞いたように弾丸を放つも明後日の方向に飛び、敵機には届かなかった。

 調子の悪いレーダーには<イナクト>が3機映しだしていた。まだ残っていたのかと思えるレーダーに、「こんなポロいやつになにやってる!」だの「敵は1機だぞ!」と通信機から日本語に翻訳された声が飛んでくる。サーマルレーダー、パッシブレーダーとレーダーを切り替えていくと、なにかの機影をキャッチしたことを伝えた。

 <ガンタンク>……もう何十年の前の初代機動戦士ガンダムに出てくるモビルスーツだっけ。長距離支援用モビルスーツとは聞こえはいいものの、機動力は鈍重だったっけ。昔、付き合ってた彼女にプレゼントしたら、なぜか張り倒されたのを覚えている。<ガンタンク>に乗っているダイバーが「支援するかー?」とカタログ語の声で言い始めて、サトシはげんなりした。Dクラスってこんなもんだったっけか。なんだか気の抜けた声のように聞こえるが、僻地のDクラスはこれが当たり前なのだろうか。まぁ、翻訳されている自分の言葉もこんなふうに珍妙に聞こえるかもしれないな。ふと考え、心底どうでもいいと思いながら、出来る限りの戦闘機動―できるかぎりの速さで―をした。

 ここの雑居ビルを間借りして入っているガンダムベースには、別段、とくに見るべきものはない。ここのGBN世界と同じくらいくたびれた雑居ビルが立ち並ぶだけのことだ。雑居ビルの向こうには、マニラ市を縦貫する川があり、さらにその向こうにはまた別の市街の高層ビルが見えるはずだが……そんなことはどうでもいい。

 ここフィリピンでは780万の人口のうち、3分の2がスラムに暮らすマニラ市にあって、マカティのウォール街と称されるビジネス首都であり、市内の高級住宅地には富裕層と呼ばれる人たちが多く住む。マカティはもともとアメリカが開発した土地で、その大部分は当時から富裕層と呼ばれる者たちの所有物だった。ここにGPデュエルを広めるために『A金貨』をめぐって日米がぶつかり合ったフィリピンにおいて、富裕層たちはいかにして自分たちの土地を守り、その権益を新世代に引き継がせたのか。確かなことは、富裕層たちは世界一のリッチな者たちで、GBNを広めるためのうえでサービス開始されたという事実だ。本来、『A金貨』が耕すはずだった土地が、巡り巡って元の鞘に……いや、最初の取り決めに従ったように。

 呂名英一がいう所の古い秩序、その支配者たちが造った都市。そしてディメンション。そんな場所の膝元に逃げ込む羽目になるとは、なんとも皮肉な話ではあったが、あのスパルタクス・コングロマリットが用立てた密航船の行き先がここだったのだからどうしようもない。どだい、距離は10キロと離れていなくとも、マカティ市とこのトンド地区はほとんど別世界といっていい。

 悪名高いスモーキー・マウンテンを擁するトンド地区は、東洋最大のスラム街と知られ、マカティに住む富裕層の者たちは決して富裕層は立ち入ろうとしない。このホテルは隣接するサン・ニコラス地区とは境界線上にあり、スモーキー・マウンテンから5キロ近く離れている。

 GBN世界も同じだ。

 風向きによっては異臭は漂ってくるし、夜になれば、借りものであろう、フォースネストからの騒音も尋常なものではなくなる。怒鳴り声や公園へELダイバーを引き連れてから、何分も立たないうちに聞こえる喘ぎ声が聞こえてくるだけならまだしも、断末魔と思える悲鳴が森に響き渡ったり、電子ドラッグに浸ったダイバーが一晩中獣のような声で吠えたてたり。おとといは向こうで明らかに違法ツールをつかったであろうモビルスーツが暴れていたが、運営の部隊が来ることはなかった。

 サンクトペテルブルクから逃げ出して、すでに2週間あまり。自分の資産を残らずスパルタクス・コングロマリットに献上した対価としては個人用のダイバー・ギアのみというのは、あまりにも惨めすぎる。直前にサトシが処理しなかったら、グランプラスの資産はまるごと〝財団〟に差し押さえられ、スパルタクス・コングロマリットへの金は回収がおぼつかなくなっていた。

 個人資産の方は大部分が消滅確定とはいえ、数千万の損を未然に防いでやったのだから、もうちょっと見栄えの良いところに逃がしてほしかったのだ。目下の所、GBNをプレイできるということは追手のの気配は感じられないが、現実世界同様、こう治安が悪くてはおちおち買い物にも出かけられない。この<フラッグ>のプラモだって、必死の思いで買ってきたのだ。3日、持たせられるつもりで食料は買い込んだから、とりあえずはそれくらいは出なくて良い。でも、食料はよくわからない野菜ばかり。また買い出しに行くべきか、我慢するべきか。

 いや……。

 自分はどうしたらいいのか?

『ぼくと一緒に、〝財団〟を手にしてみませんか?』

 呂名英一の悪魔めいた笑みが思い出される。聞いた直後は夢心地だった。

 就職は氷河期、運営に配属されたとたんにブレイク・デカール。

 貧乏くじを引き通しだった自分にもついにめぐってきたのかと、英一1行が去った社長室でひとり小躍りした。が、ひとしきり興奮が過ぎ去ると、催眠術が解けたかのように不安がわき起こってきて、サトシは天にも昇る心地から一転、猜疑の泥沼に沈み込んできた。

 思えばあのエイジ……金家はプロだった。

 不安になるのを見越して声をかけ、先回りするだけではない。不安で焦れた心理を逆手に取り、逆に深く信じ込ませる周到さがあった。

 その点、呂名英一は素人でしかなかったのだろう。別れて1時間としないうちに彼の携帯電話を鳴らし、繋がらなかったことが決定打になった。

 部下たちを宿泊先のホテルまで差し向ける一方、サトシは身ひとつで逃げ出し、スパルタクス・コングロマリットの幹部と連絡を取った。呂名英一はホテルに泊まってさえいなかったという部下の報告は、逃亡の道すがらに聞いた。

 スパルタクスの口座から金を移し替える際、会社から引き出した逃走資金も、密航船の船長にぼられたせいで一気に残高が減った。スパルタクスの仕事である以上、船長の独断でできることではない。むしってやれ、とスパルタクスの連中に言われてきたのだろう。

 結局、ロシアで得たものはなにもなかった。

 <フラッグ>のコクピットモニターから映し出された空を眺めながら、サトシはつくづく悲しんだ。金をGBNの流れを右から左へ動かしただけのことで、手元には人脈ひとつ残っていない。

 顧客も、

 取引先のダイバーも、

 グランプラス代表のサトシ――谷沼という人間としてつきあっていたのであって、谷沼という人間に目を向ける者はひとりとしていなかった。とっくに〝財団〟に差し押さえられたオフィスで、事情聴取と残務整理に明け暮れているだろう部下たちにしても同じことだ。

 ぼくは独りだ。

 逃亡者になったからではない。きっと……最初から独りだった。

 これまで孤独を感じなかったのは、この身の内に宿る魔性――祖父にその存在を指摘されたGBNに惹かれる魔性が、寂しさを忘れさせてくれていたからに違いない。運営から排斥され、その魔性を満足させる餌がやれなくなった今、もう頼れるものはこの身中にはない。この抜け殻に等しい身体が孤独に立ち返り、世界のどこにも居場所が嘆くばかりだ。

 どこで間違えた?

 どこからやり直せばいい?

 あの詐欺師、金家が〝財団〟の監査役を名乗って現れた時から?

 いや、借金を借金を返し続け、返しきれなくなる地獄はそれ以前から始まっていた。そこから抜け出せると信じて、別の地獄に堕ちただけのことだ。

 本格的に戦闘する気がなくなり、サトシはまだ飛行中の<フラッグ>のレバーを置いた。

 日本のガンダムベース製の高級ガンプラとは言わない。せめて、どこかの地方の模型屋に置いてあるガンプラが欲しい。帰りたい、日本に。もう、2度と戻れない故郷に。景気が悪かろうが何だろうが、複数の選択肢があったあの頃に。今度は間違えたりしないから。

 いや、でも。

 仮に願いが叶ったとしても、おそらくぼくはまた元の仕事に戻るだろう。本当に戻りたいのは、故郷でも少年の頃でもない。運営の仕事だ。上からダイバーを管理するという風を浴びる事だ。そこから遠ざかり、戻れる当てがないのがなにより辛い。

 あの全能感に勝る悦びはない。狙い通りにダイバーたちを操り、取り締まった時の達成感、勝利感に匹敵する快楽は、このGBNにおいてない。戻してくれるなら、先がどうなろうとかまわない。悪魔にだって魂をくれてやる。あの詐欺師は、神様に会ったことがあるかと聞いた。

 もちろん、ない。

 これまでも。

 これからも。

 会いたいとは思わない。

 この思いを肯定してくれるのは、たぶん悪魔の方だ。

 どこかにいないか。自分をここから連れ出してくれる何者か、魂と引き換えに願いを叶えてくれる悪魔は――。

 こちらに接近してくる1機の<イナクト>の頭が火線により横から吹き飛んだのは、その時だった。

(艦砲射撃か!)

(正体不明!)

 ざらざらのだみ声をよそに、反射的にレバーに手をかけ、サトシは起爆間近の爆弾を見る思いで機体を後退させた。このサトシというダイバーネームはグランプラスの時とは違う。このフィリピンで、自分で設定した偽造アカウントなのだから、スパルタクス・コングロマリットにも所在は割れていない。誰も自分がここにいる事は知らないし、間違いでもなければ外部から通信がないはずだ。無視しようかと思い、鳴り続ける通信は、結局がん、とたたくように通信を開いた。

 相手が何者であれ、まずは状況を確かめねば対処のしようがないし、言葉の通じない異国での1週間あまりを経て、誰でもいいから話したいという欲求も抜きがたくもあった。通信機を開いて、ハロー、と恐る恐る吹き込んだサトシは(久しぶりだな)と返ってきた日本語の声音に絶句し、次いで口をあんぐり開けた。

 その目線の先には、はるか遠くにビームライフルを構えた機体を認知した。

 RX―78 ガンダム。

 〝財団〟の監査役、木下――いや、エイジという得体の知れない詐欺師がぬけぬけと言い、「あんた……」と辛うじて出した声がかすれた。(まぁでも、お互い長い時間だったよな。元気してる?)とあっけらかんと響き、

「んなわきゃないだろ!」

 サトシは外部スピーカーで何日ぶりかの大声を張り上げた。

「君さぁ、GBN好きだろ」

 答えず、逆にそんな質問を返してくる。ここは見つかった、急いでダイバー・ギアを外さねば、と身構えた心身が肩透かしを食らい、サトシは「はぁ?」と聞き返してしまった。

(いや違うな。GBNでガンプラバトルっていうより、ガンプラバトル通して何かを成すのが好きなんだ)とエイジは意に介さぬ様子で続ける。

(あのガンプラバトルの場所でさ、君、途中で目的見失ってただろ。こっちの身元を確かめるなんてのは2の次で、何かするのが好きなんだ。あれ、君にとってはたぶん仕事じゃないよな。ゲームってのも違う。生き甲斐だ。人生だ。普通、ガンプラバトルってのは手段で、なんに使うかってのが目的になるもんだけど、君の場合は何かを成せるか、そのものが目的なんだ)

 左手のレバーがひと揺れし、悪寒ともつかない寒気が這い上がってくるのが感じられた。

 なんなんだ、いったい。

 こいつは本当に悪魔なのか?

 ぼくの心を読んで再び現れたとでもいうのか? 生唾を飲み下す間に、<ガンダム>のビームライフルによる長距離からの火線が何度も放たれ、<イナクト>部隊のそれぞれの四肢が焼かれて墜落していった。

(また風を感じてみないか?)

 飲み込んだ唾が気管に入り、盛大に吹き込む羽目になった。

 やっぱりそうだ、間違いない。

 こいつは正真正銘の悪魔だ。

 <フラッグ>をジグジグと動かしながら、「浴びてみないかって……」と苦しい息を絞り出した。(無論、あのロシアでってわけじゃない。俺も君も、今は人目をはばかる身だからね)とエイジの涼しい声が返ってくる。

(ちょっと変わった場所にオフィスを用意した。出入りするのは不便だが、誰にも邪魔されずに仕事に打ち込める。まずは携帯式のダイバーギア持って日本に来てくれ。そこから先は迎えに案内させる)

「日本って……。行けたら苦労ないでしょ。貨物船に密航でもしろっての?」

(普通に飛行機で来いよ。そのくらいの金はあんだろ)

「着いた途端に捕まるって。〝財団〟の番犬どもに」

(〝対策室〟のことなら、話はついてる。フェアチャイルドの方も、今は君にかまってる暇はないから、偽造旅券を使う予定もない。大手を振って帰国すりゃいい)

「いや、だって、あんたらだって逃亡中の身だろ? 話はついてるってなんだよ。あんたは、もう捕まってて、ぼくはおびき出す手伝いさせられてんじゃないの? そりゃ命だけは助けてやるとかなんとか言われて。そんなの――」

(しょってんなよ。そんな面倒しなくたって、おまえさんを捕まえたきゃやってるさ。とっくに場所は割れてんだからな)

 そうでなければモビルスーツで長距離射撃をしながら、通信をかけてこられるわけもない。ようやく論理的な思考が働き、サトシは押し黙った。

 こいつは神でも悪魔でもない。

 自分を騙そうとした詐欺師、そして今は仕事を斡旋しようとしている詐欺師だ。

 いったい、なんのために?

 今度はどんな手で騙そうと――いや、すっからかんの自分を騙して彼に何の得がある? なにをどう考えたらいいのかもわからず、無為な沈黙を漂ううちに、(いいから来いって)と飲みにでも誘うようなエイジの声が続いていた。

(後悔はさせない。俺を信じろよ)

「信じろって……どの口が言うかな」

 言いながら、しかし木下と名乗っていた時のエイジ……金家は1度も口にしなかった言葉だ、と思い出す。(おまえさんの力が必要なんだ)と続いた声も、木下らしからぬ熱を耳朶を打ち、サトシはなぜか胸が高鳴るのを感じた。

(このまんま穴に落っこちたきりで、一生逃げ隠れするってわけにもいかないだろ。どっかのコングロマリットに闇試合組まれて、オンボロになるまで戦わされるのがオチだぜ。うまく立ち回れば、一生分の金と名誉が手に入るって話だ。しかも俺に仕返しできるってオマケもつく。とりあえず話だけでも聞いてみろよ)

 そう言って、エイジは話し始めた。

 俺への仕返し。

 その言葉が気になり、聞き返すタイミングをうかがったサトシは、1分後にはなにを聞き返そうとしたのかも忘れていた。

 どん底まで落ちたところに、したり顔で取引を持ちかけてきた悪魔が1匹――かまいはしない。これ以上失うものなどないのだから。

 今からログアウトして、国際空港まで、車を飛ばせば1時間とかからない。うまくすれば今日中に飛行機に乗れるかもしれないと思い、気がつけばサトシは数日振りに唇をゆがめていた。それをよそにエイジは計画を話し続けた。その語り口はよどみがなく、聞く者を引き込む勢いに溢れていて、他にも複数の相手に同じ話をしているのではないかと想像させた。

 

 

 

(これから永琳組って反社とフェアチャイルド財閥が戦争する。艦隊戦、モビルスーツ戦、電撃、強襲なんでもござれの大喧嘩だ。みんなにはその手伝いを頼みたい)

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