(これから永琳組って反社とフェアチャイルド財閥が戦争する。艦隊戦、モビルスーツ戦、電撃、強襲なんでもござれの大喧嘩だ。みんなにはその手伝いを頼みたい)
ツルギは、フォースバトル中にその通信を受けた。
いわゆる〝傭兵プレイ〟をしているところだった。
傭兵というのは、金やアイテムなどを目的に動き、さまざまな仕事をする古くからオンラインゲームにまでさかのぼる古いロールプレイングのひとつで、情報に通じている者にはとっくに知られている作法だが、ここGBNにもそういう傭兵は数多くいる。狙い目はC、Dクラスといった下位クラスのダイバーたちだ。あのアイテムが欲しいから、戦ってほしい。あのレイドボスを倒してほしいから協力してくれ、クラスを上げたいフォース達は気軽に、レアアイテムや金で雇ってくれる。そういった存在である。
まれにある悪質なのが、傭兵が特定のサイトに誘導させる奴だ。若いリーダーの悩みを聞いてやってほしい、サイトの契約はこちらでやるだと誘うと、GBNで役割を求めているリーダーたちは気軽にサイトに登録し、相手の悩みを聞くうちにメッセージの閲覧料で、100万単位のビルドコインを請求する。
ツルギはそんなことにはまったく興味はなく、やりたくもなかった。上位ダイバーに傭兵を紹介するコネだけはもっているだけは持っており、フォースネストの新築の際は、警備員として声をかけられることが多かった。
そして、傭兵プレイをするダイバーたちはそれぞれ個性が強く、依頼主もまた他種さまざまとなれば、相性の良い悪いは論ずる間もなく、ツルギのようなつなぎ役は結構いる。依頼主の依頼に契約違反が無いか確認をし、フォースらが戦う戦闘エリアに不備が無いか確認する仕事は、人当たりの良いダイバーでなければならない。無論、それだけでは大した稼ぎにはならないが、戦闘面ではいいトレーニングになる。
ブレイク・デカール事件直後は大きい仕事が多かったが、それ以上にマスダイバーに与してほかのフォースネストに襲撃する仕事は懲りた。彼らマスダイバーとは一線を引き、普通に真面目にこつこつやっているフォースたちの仕事を請け負うに限る。
大手フォースから颯爽と大金を騙し取る、エイジのような詐欺師になるのが夢である。傭兵稼業はバイト以上の意味は持たなかった。
だが。
どうも最近はこの詐欺というものにどうも気乗りがしなくなっていた。さっきも依頼主から再三の依頼料の値切り交渉を持ちかけられ、ツルギは心の中でひとしきり悪態をつき、今はしばしの現実逃避混じりに――愛機である<ゲルググ>を駆り別のフォースからの依頼のフォースバトルに――没頭していた。
ブレイク・デカール事件以来、傭兵になったのは、別エリアで被害にあった友人に申し訳ないという気持ちが働いたからだが、最近はその時と同じ胸苦しさを感じずにはいられない。
傭兵を依頼するのは、始めたばかりの初心者か、出来だけが良いモビルスーツをもつ金持ちの素人フォースで、傭兵を雇って勝ち星をあげていくのは結構だが、それは傭兵の実力で依頼主の実力ではない。あいつらは勝って余裕をこいているが、俺たちが敵に回った時は、そんなものは一切ない。依頼主の金をより多くふんだくるのが、俺たち傭兵の義務だ。などとのたまる傭兵仲間もいたが、それは信条の問題で依頼主ひとりひとりの罪ではあるまい。
結局、自分はマスダイバーの悪事と変わらない。
状況はブレイク・デカール事件のころとはかわっていない。
傭兵がこういう考えを改めない限り、それはもう逃れようのない事実だ。
もう、こういうのやめようかな。詐欺師でも傭兵のような仕事も……。
そんな時にかかってきたのがエイジからの電話だった。
傭兵としてのおまえの力を借りたい、と。
ツルギの仕事は戦争の偵察と永琳組の戦闘支援。フェアチャイルド財閥のエリアへ強襲を始めたら、何でも使ってもいいから時間稼ぎと動画の配信をやってもらいたいという。エイジの仕事なら実入りもそれなりに期待できるし、なによりマスダイバーとの悪事ではない。協力するのはやぶさかでなかったが、背後にいるついている大がかりな組織の気配がツルギにはひっかかった。
フェアチャイルド財閥と永琳会。
永琳組組織に世話になったとしても、仕事はエイジひとりで仕切るのが流儀だ。大手の、しかもフェアチャイルドという巨大な相手に事を起こすのは彼らしくない。なにかヤバイ裏があるのではないか。
そういう思いを率直にぶつけられるのも、ボスとしてエイジが優れているところだった。やばくないですか、と問うたツルギに、エイジは応じてこう言った。
(うまく運べば、その時にすべてわかる。おまえだけじゃなく、日本中の……いや、世界中のダイバーが、これから始めることの結果を見るはずだ。今までやってきた仕事とは違う。たぶん、笑うだろうし、信じられないと思うけど、おまえはこの仕事に関わったことを――)
誇りに思う、と思う。大真面目な言いように、またいつもの冗談かとツルギは笑ったが、エイジは笑わなかった。これはいよいよ本格的におかしい。一瞬、断るべきかと迷ったものの、誇りという一語は曖昧な危機感より強く、その時のツルギには重く響いた。
およそこれまでのエイジは口にしなかった言葉だし、戦いの手伝いに誇りもクソもなかろうと思うが、エイジは――金家栄治という男は、壮大な空論で相手を煙に巻くタイプではない。そして手間のかかることではないし、程度の低い連中と組んで戦うよりかは面白そうだ。それに万一、『誇りに思う』ような何かが仕事にあるのなら、友人も喜んでくれるかもしれない。詳しくは教えられないにしても、そう思えるというだけで自分には大きな勲章になる。
翌日の朝、ツルギはエイジの情報のもと、募集していた傭兵に参加して、ダイバーとして潜り込んだ。戦いが繰り広げられるであろう戦場から何千メートルの地点へ静かにむかった。ガンダムベースで買った特製のガンカメラと電子戦用の装備を<ゲルググ>に構えさせ、配信するためだ。
ガンカメラに備え付けられている、レーダーを確認すると、先遣隊であろう緑色のモビルスーツ<グレイズ>が数機、マシンガンやバズーカを装備している。モビルスーツが<グレイズ>で構成されているのは、情報通り、永琳会のもので間違いなかった。
対するフェアチャイルドの勢力は<GBNーガードフレーム>。
顔の細い頭部のモビルドールが中心に構成されている。モビルドールは運営の持つ独自勢力で、警備、マスダイバーのモビルスーツの拿捕などさまざまな用途で使われる。
ツルギは<ゲルクグ>を岩塊にひそませた。その合間に、コクピット・モニターの端っこに情報ウィンドゥを呼び出し、なにかこの戦いについての情報がないか総合掲示板で確かめてみた。
[GBNフォースバトルスレ]。
[情報を読んで、バトルに参加スレ]。
[巨大フォーススレ]。
まだ、永琳会とフェアチャイルド財閥のことは書かれていない。次いで会員制の質問欄。複数名義で参加できるサイトやさまざまなSNSにも情報を確認してみた。
それぞれの場所ではすでに情報を掴んでいた。
<永琳会が巨大なバトルを戦う。完全にノーマーク>
<アメリカ支部のフェアチャイルドが動いているのとこと。これはただの戦争ではない>
<なんでこのタイミングでアメリカと? すげー違和感>
<アメリカの運営と戦うのは非常に危険。素人が手を出すのは危険>
などなど。
ツルギのほかに動いているダイバーがいるのか、基本はお祭りが始まろうがごとくざわめいたが、基本はおこぼれに預かろうと言う者たちばかりだった。なにより多く見られた書き込みは、
<そもそもなんでこんなことになったの?>
その手の声があがった時点で、エイジの目論見は始まりつつあるように見えた。時間が経っていくと、ヲチカタ・コロニー、ELダイバー、情報保全など、ツルギにはさっぱりわからない単語の羅列だったが、閲覧者たちの討論は熱をあげつつあった。息を一息つくと、ツルギはいつ出番がくるのか……とセンサーの倍率のつまみを徐々にあげていった。
(詳しいことはメールで送るとして、概要だけ話しておく。フェアチャイルド財閥のアメリカGBNディメンションに強襲をかける。所在地はニューヨーク。ワシントンやらいくつかに、サーバーをわけている。ワシントンをメインに一般ダイバーに開放していて、一応、祭りをやっているらしいけど、今の情報があってからは中止している。今頃は祭りで大賑わいだが、そうはいかなかったのだろう。その代わり、警備のモビルスーツや移動砲台がわんさかならんでいるというありさまだ。次世代インターネットの導入しなくちゃいけないってのに、これは資金的に厳しいに違いない)
ガストがこの話を受け取ったのは、永琳組が整備スタッフの募集をかけていると同時のタイミングだった。元整備とはいえ、彼はこんな大きな仕事は受け取ったことはなく、現在は詐欺の片棒を担いで生計を立てている身だ。エイジからの突然の儲け話を物にしようと思えば、50の手習いでもなんでもしてみせるしかなかった。
知古の情報屋に一杯おごることで、今の現状はだいたい把握できた。
たとえばフェアチャイルド財閥。
この財閥はGBNのアメリカ側の運営で、日本と2分している巨大な金持ちなのだとわかった。
エイジはどうやら本気で戦いを挑むつもりらしい。いったいなぜ、と思いはしたものの、ガストは深く突き詰めることはしなかった。重要なのは、うまく運べば自分の方にも大金が転がり込んでくるという事実の方だ。多くの人間がそうであるように、ガストも金を欲していた。別れた女房への慰謝料と子供の養育費、いま囲ってる女を手元に置き続ける金。それにギャンブルでこしらえた山ほどの借金を返すための金、つまりビルドコインが必要だった。
ガストはエイジのチームの常連だが、他にも組んでいる相手は何人かいる。
現在、仕事中のものはビルドコインの資金洗浄絡みの詐欺で、ガストに与えられたのは仕事は相手たちの機体の整備兼スパイだった。整備の職人肌で、他人の機体を触るだけでその人の行動、性格、家庭環境はわかる。
いけるとなったら仲間に報告し、仕事をふっかける算段だが、定額報酬の仕事なので、ガストにとってはさしたる旨味はない。エイジとの仕事の間稼ぎにやっているバイトのようなものだ。ボスはこうるさい奴で気に食わないし、ダメ元でエイジの仕事に乗り換えても失うものは何もないか。少し考え、ギャンブル好きの虫にも背中を押されたガストは、この2週間あまりのスパイ活動をフィにする行動に出た。
昼時、相手は決まってカフェでひとり昼食を食べる。朝食はミーティングを兼ねてフォースメンバーといっしょに、夜はどこかしらのフォースリーダーと会食になるのが多いので、昼くらいは落ち着いて食べたいと言うことらしい。離れた席でバカ高いコーヒーを飲むのをやめ、ガストは黙々とフォークを動かす相手の背後に近付いていった。ひと声かけてから、相手の反応を待たずに正面の席にすわる。
30代、独身。
リアルでの相手はベンチャーが成功して、名だたるIT企業に入る若き経営者。GBNでも好成績を収めている。ガストにとってはほとんど異星人と思える経歴の持ち主でも、社会経験の浅い若僧であることはダイバールック越しでもわかる。驚き、戸惑う相手を見据え、「落ち着いて、自然に振る舞いなさい。あなたは見張られている」と最初の一撃を見舞ったガストは、瞬時に青ざめた相手に年長者らしい大人の目を向けた。
あなたはライバルフォースが雇ったタチの悪いマスダイバーに尾行されている。わたしはある依頼者の指示を受け、あなたの身辺を守ると同時にあなたの行動を観察してきた。依頼者の目に適った者だけに、特別な情報を伝えるためだ……と、ここまでは今の仕事の筋書き通り。
悪いが、ここから先は別の、もっと実入りが期待できそうな仕事に乗り換えさせてもらう。整備兵の職人のオーラに押されたか、食べたばかりの昼食を戻しそうな顔の相手から視線を離さず、ガストはおもむろに口を開いた。
「永琳組というフォースはご存じですよね。今、デカい相手にフォースバトルを仕掛けようとしているんです。ここ何日かの動きを調べてみてください。実は、ここだけの話――」
(ヲチカタから優秀なELダイバーが出たか問題じゃない。ようは、この祭りはまだまだ続くってことだ。時間的な制限があるから、とにかく超特急でフェアチャイルドのディメンションに突入するしかない。みんな、俺の知らない所で仕事してるだろ。デカいフォースには話を進めて、噂をじゃんじゃん流してくれ。うまくすればこちらに金が入ってくる。つまり、儲かる。正々堂々とな)
アニーダはこの情報を受け取ったのは、会員制のクラブでジンジャーエールを口にしようとしたところだった。ダイヤモンドルームと呼ばれたVIPルームには今日10人あまりの男女が顔をそろえ、酒を片手についてオークションが行われている。
メンバーは上位ランカー、起業家、フォースを支援する投資家がほとんどだが、彼らは彼らで集めた情報をもとに個人として、有志連合の資金を支援する。実際には彼らの一員として利益と責任をもとに個人として支援することを繰り返しているのだった。その豊富な人脈から情報の皮を被っているので運営も手が出せない。海外のダイバーたちも仲介にいれて、彼らは各々に名義を融通し合い、身元を完全に隠しているのだった。
エイジチームの常連、アニーダはその会員の一員だった。御多分に漏れず、会合場所はメンバーのひとりが経営するクラブ。アニーダ自身は彼らのような地位や財産はないが、そうした素性の知らない者たちは他にいる。元証券マン、元学者、反社がらみの繋がりのあるチンピラ上がり――振り込め詐欺などのチンケなしのぎで元手を作ったような連中――などなど。
彼らの多くは紹介屋や口利き屋、かつての職歴を活かして実際にエリアを切り売りするダイバーであり、この手の会合にどこからともなく入り込んでくる者たちだった。アニーダをこの会合に紹介したのも、当時付き合っていた元証券マンのダイバーだが、アニーダはこの会に加わるや、資産家の男に乗り換え、当の彼氏はフォースと土地取引で下手を打って逃走、行方知れずになってしまった。そのフォースは反社と繋がっていたらしく、東京湾か大阪湾に沈められたという噂があるが、真相はアニーダの知ることではない。
クラブの性格上、店の女の子をはべらせながらというわけにはいかないので、ダイバーであってもアニーダのような女性は重宝される。かいがいしくも水割りを作ってみせるだけで、男たちは警戒を解き、これから仕掛ける案件のみならず、会員たちの個人情報をこっそり耳打ちしてくれる時もある。
彼らの話に耳を傾けていれば、金儲け確実の非公開情報を入手するチャンスもあるし、なにより次のレアアイテムを見つける役にも立つ。バレたら会を追放されるだけでは済まないので、自分が顔出しする仕事ではつかえないが、仕事の情報を買ってくれる同業者は何人かいる。エイジもその中のひとりだ。
が、それだけではなく、将来は詐欺から足を洗い、女情報屋になってみたいという大望がアニーダにはあった。水商売時代の独学から始めて数年、実地を含めてその勉強をしてきた。貯金も1億の大台に乗って久しいし、スポンサーになりそうな男も何人かくわえこんである。じきに29歳の誕生日を迎えようとしている今、残された時間は多いとはいえない。女を武器にするのも限りがある。自分はそろそろ限界がくるということはアニーダは理解している。
そんな密かな焦りとは無関係に、唐突に飛び込んできたエイジからの連絡――あいつ、珍しく燃えてるんじゃない? というのが最初の印象だった。大がかりな大手フォースが動いているなら、便乗にはリスクが伴う。エイジの話が事実であるという保証もない。が、勘の部分では、信じていい話だとアニーダは判断していた。開け広げかと思えば妙に神経質なところもあり、遊び相手にするのも億劫なのがエイジという男だが、仕事に対する嗅覚と判断力は業界では指折りと認めている。そのエイジがここまでのめりこむ案件なら、無視する手はない。ここで恩を売っておけば、大きな見返りが期待できそうだ。
アニーダは、なにげない風に隣の政治家に永琳会とフェアチャイルドの話を持ちだした。この手の情報には聡いオークションのメンバーの面々だけに過半数の者がすでにその存在を知っており、なにかネタがあるのかと興味津々な顔をこちらに向けてくる。何人かがウインドウを呼び出し、今日のSNSを確かめる姿を横目に、アニーダはエイジから得た情報を少しずつ開示していった。
動いているのは永琳会であること。
風説の流布を始め、情報の灯を絶やさない算段が組織的に準備されているので、しばらくは戦いが続くであろうこと。現に一部では、ヲチカタがELダイバーがいることの噂がまことしやかに囁かれ、戦いはここ数日ますます過熱傾向にある。客観的に見て、この状況を利用しない手はない。彼らが戦いを終える直前にアイテムを売りつければ、確実に儲けることはができるのだ。
実際には、その戦いが終わるタイミングをいかに見極めるか、これを見誤ると、レアアイテムを送っても高架はなく、便乗組は売り損ねた借金に埋もれてしまうことになる。いまや話に引き込まれ、アルコールで充実した目に欲の光をたぎらせる一同を前に、必要な情報は得られる、とアニーダは確約した。彼らが求める対価をこちらが用意できさえすれば。
その対価とは。思わずというふうに身を乗り出した元関取を手でいなし、アニーダはVIPルームに集う全員の顔を見渡した。
「みなさんのなかに、GBNの関係者に知古のある方っておられるかしら。特にELダイバーとか、そっちの関係に詳しい方を紹介してくれればありがたいんですけど。もちろん、お金儲けに興味のある方をね」