(条件はひとつ。最低でも3週間は息切れさせないで、この大戦争を維持すること。いったん火がつけば、戦局を動かしてゆく技術とマンパワーがこっちにはある。戦いがおわるタイミングはこちらで教えるから、それまで抜け駆けはなしだ。うまく言ったら、大量のビルドコインの他に成功報酬はたっぷりはずんでやる。
俺たちがなにをやろうとしているのは3週間後にわかる。バカみたいに聞こえるけど、これはアメリカとの勝負なんだ。勝手な〝システム〟を作って、世界中を騙しているとんでもない奴とのな。これは超短期決戦だ。素早く動いて、がっぽり利用しろ。連中がしくんだ嘘を食い破ってやるんだ)
同じくエイジチームの常連であるオカジマには、何も知らされなかった。意地汚い金の亡者だったからではない。それを言うなら、スマートにガリガリ亡者をやってのけているアニーダらの方がよほどタチが悪い。エイジが彼らを疎外したのは、そうすればむきになって追いかけてくるとわかっていたからだった。彼らのような人間にとって、他人が儲けているのを傍観するほど腹立たしいことはない。
効果はてきめんだった。ガストやツルギ、アニーダの動向から噂をかぎつけた2人は、それぞれのコネを駆使して情報収集に励み、永琳会とフェアチャイルド財閥の陰にエイジの存在があることを突き詰めた。そして自分たちが仲間外れにされたと理解してからは、『スタンフォード』のフォースリーダーである、ルガールにこの話を持ちこんだ。
他人の戸籍をあてがわれ、永琳会の庇護下で仕事をさせてもらってる詐欺師が、あろうことか、なにかことを起こしつつある。道義上許せぬ、というイチャモンの定型句だが、座視すればフォースの面子が立たなくなるという点において、この時のルガールの怒りは本物だった。
彼はさっそくエイジの身柄を引っ張ってくるよう部下に命じたが、その足取りはようとしてつかめない。自宅はおろか、ガストらの仲間ところにも1カ月以上立ち寄った形跡はなく、どこのフォースにも匿われている気配もなかった。
かなりの規模で部隊を動かしているからには、相応の規模の拠点がしかるべきなのに、彼らのターゲットがフェアチャイルドなら、エイジチームが現地に飛んだのではないかと憶測する向きもあったが、だとしたら、ルガールの手に負える状況ではなかった。
家族はもちろん、恋人も友人もペットすらも持たない天涯孤独のダイバーは、こうなると糸の切れた風船に等しかった。エイジの捜索をあきらめたルガールは、せめてもの腹いせにエイジが関与しているらしい仕事を妨害する手に出た。子飼いの詐欺師を動員して、永琳会の戦いは嘘だ、でたらめだ。反社の連中が動いている、とGチューブで盛大に拡散したのだ。
反社とは反社会的勢力。その関与が噂された戦いは、日本GBNの運営に目をつけられ、もはや中止になると決まっている。反社の仕事ならそうそう下手な真似はしないだろうが、だからこそ戦いを中止にせざるを得ないと判断し、この戦いを支援しているダイバーたちは必ず泣きを見ることになる。手を出さない方がいい――ネットやSNSの至るところで吹聴されたこれらの声は、しかしルガールの正反対の結果をもたらすことになった。
始まろうとしている大戦争を、ロシアのフォース『スタンフォード』が潰そうとしている。この構図のみがクローズアップされたことで、逆に大戦争が本物らしい、その戦いがには根拠がある、という観測が掲示板に流れるようになったのだ。これはほぼ同時期に、『ヲチカタコロニーは、優秀なELダイバーたちがいる』との怪情報がリークされた結果でもあった。
ルガールが横槍を入れるのは、オカジマには確実に儲かる当てがあるとわかったからで、これは単なる大戦争ではない。ただ単に激突するだけではなく、『ヲチカタ・コロニー』の乗っ取りを目論み、傘下のメンバーを動員したのだろう。反社の世界進出が騒がれて久しいとはいえ、宇宙の片隅にあるオンボロコロニーにいったいどんな旨味があるというのか――。ダイバーたちの興味が十分に高まったところに投下された怪情報は文字通り爆弾と鳴って炸裂し、世界中のダイバーの目を『ヲチカタ・コロニー』に惹きつけた。半日後には、『ヲチカタ・コロニー』の他のコロニーのリストがネットに上げられ、複数の〝容疑コロニー〟が浮上。
一方で、永琳組とフェアチャイルドの関連を探る動きも活発していたが、こちらはこれといったトピックはなく、やはりガセかという空気が流れかけたその時、見計ったように第2の爆弾が起爆した。
『ヲチカタコロニーELダイバー名簿』と題された英文の資料は、枢要な数ページ分がネット上に流出し、出所不明の画像ファイルとして複数のGBNニュースやGチューバ―に掲載された。『ヲチカタ・コロニー』の内部資料という触れ込みだったが、無論のこと事実ではない。アニーダがオークションの伝手を使い、ELダイバーのことを研究している教授に書かせた資料で、ELダイバーが存在している資料として極めて有望と結論付けられているものの、実在するELダイバーの資料を一部改ざんしたしただけの代物なのだから当然だった。
ELダイバーたちのいる国は、『ヲチカタ・コロニー』。
あまりにもできすぎな情報漏れをいぶかしむ声も少なくなかったとはいえ、ほかにこれまでの経緯をひもとく合理的な説明はなく、ついには老舗の電子版に以下の見出しが躍るようになった。
[『ヲチカタ・コロニー』の謎、ELダイバーの存在が示す奇々怪々。噂は本当か]
Gチューバ―の人数が500人を超え、多くのダイバーが情報を求めるようになっても、新聞の電子版とGチューブとを隔てる壁は依然として高い。著名なGチューブが取り上げたことで、『ヲチカタ・コロニー』をめぐる動きは正真正銘の事件となり、少なくとも、GBNでは『ヲチカタ・コロニー』の名を知らぬ者はいなくなった。先行して騒いでいたGチューブの報道も過熱し、当の永琳組とフェアチャイルドの発表を含む記事も出回り始めて、真相を知るガストやツルギたちは固唾を飲んで日々のニュースを見守った。もはや他人事の面持ちで記事を眺めるとかないオカジマとルガールは、自分たちが火種に使われたことには終始気づかぬままだった。
[ヲチカタ・コロニーに優秀なELダイバー? 調査報告書の真偽をめぐって東大教授が「ありえない]
[GBNの広報担当が噂を否定。「ヲチカタで調査をしたのは10年も前の話。まったくの事実無根」]
永琳会とフェアチャイルドの大戦争が始まって、一週間余り。GBNの運営がようやく沈黙を破ったのも、経営陣の腹の探り合いが終わり、身内に裏切り者がいないと確認できたからであったが、そんな隠微な事情が一般に流布するものではない。遅きに失った反論は、返って多くの人々の疑惑を招き、噂の火に油を注ぐ結果になった。
――反論してる教授はELダイバーと関係のある外資から研究費をもらってる。わかりやすすぎだろ。
――必死だな、GBN。噂消すのに躍起じゃん。
――ヲチカタにELダイバーがいるのは事実。あそこには優秀な人材がわんさかある。
――コロニー整備に金使ってるから隠しきれてない。もう立ち往生しているのでは。
――つまりヲチカタ・コロニーに大きな人材がいるのは事実。日本の反社がそれをかぎつけて乗っ取りを画策。アメリカの運営はそれを阻止ってとこ。
永琳組とフェアチャイルド財閥の日々の戦況が、電子戦型に改装したツルギの<ゲルググ>を通して、それら流言を肯定するかのように二転三転し続ける。
永琳組の<グレイズ>部隊がフェアチャイルドの有する<GBNーガードフレーム>部隊を撃破し続け、9日目には第一ラインを突破。セントラルエリアの電光掲示板の前に立つGチューブの若者は、主要フォースバトルしか映さぬ掲示板をろくに見ていなかった。ウィンドウのタブに永琳組とフェアチャイルドとの戦闘を眺め、眼鏡を元に戻してから、仲間に連絡をとる。
「ねぇ、あの戦闘、本当なの?」
(さぁ、どうなんでしょうね。でも始まったばかりですし、引き際を間違わなければ稼げるかもしれませんよ〉
明言は避けながらも、密かにGチューバ―の血を騒がせているらしい仲間の言いように、若者が動画を流す決断をしたのが午後2時のこと。それから6時間後、アメリカGBNでは午前7時、ニューヨークはアメリカの南端の片隅でも、永琳組対フェアチャイルドの戦いを話題にしていた。
アメリカの朝は早い。ニューヨークのガンダムベースが開くころには、サンフランシスコのガンダムベースも開いているため、運営たちはGBNの動向を把握しておく必要がある。午前8時過ぎにはフォースの活動統計を発表するため、それはすぐさま電光掲示板に反映されるから、9時ころにはのこのこ仕事をしたのでは情報を発表できないのだ。
多くの関係者は午前7時半までに出社するのが通例で、コーヒー屋で買ったホットドックをかぶりつつ、連れ立って東方向へ歩く男たちも例外ではなかった。現在、ほとんどのGBN運営の者たちは東方向の高層ビルへの移転を終えており、東方面のアメリカGBNの大手会社が消えて久しい。
「ようするに、これは日本人のいう所の〝戦〟じゃない。そう見せかけて、ヲチカタを自分たちで乗っ取ろうという腹なんだ」
「ELダイバーが多数いるって公表できないのは、大手のフォースに吸収されてるのを恐れているからだろ? これでイギリスの資金増しとか言い出したら本物だよな。えーと、なんだっけ。なんとかいう僻地のコロニーは……」
「ヲチカタだろ。なぁ、ヲチカタって、つい最近なんか別のニュースでも聞かなかったっけか」
話す間にもホットドックをかじり、スマホのディスプレイに指を走らせる彼らが通りを歩いている間、彼らの上司であるマネージャーはすでにオフィスにいた。午前6時には出社し、あてがわれた個室で資料を目にするのが彼の日課だが、ロサンゼルス支社にいた時のことを思えば苦でもなかった。西海岸の運営支社は東部の時差を埋めるために午前3時の出勤を強いられる者もいるのだから。
その彼の机の上のパソコンは、いまヲチカタ・コロニーに関するニュース記事を映し出しており、手にした固定電話の受話器には遠くタイ支社の回線と繋がっていた。
「ちょっと言って調べられないのか?」
「無理ですよ。渡航制限がかかっているんです。ここ1週間、定期の輸送便も減らされている。アメリカ側の運営から聞いていないんですか」
「聞く? なんの」
「GBNのホームページに出てますよ」
タイの首都、バンコクは午後8時。自宅でくつろいでいたところを、時差を無視したタイ支社のマネージャーは苛立たしげに言ったが、ニューヨークのマネージャーが知らないのも無理はなかった。
アメリカの運営が介入できる廃棄コロニーは他にいろいろあり、その多くはコロニー間戦争に突入している。サイバーテロ組織が活動中とはいえ、無政府状態が常態化した名もないコロニーが注目される道理はなかったし、対サイバーテロ戦争という言葉にも以前ほど耳目を惹きつける力はない。現地にサイバーテロ組織が潜んでいるという云々、アメリカ運営が派遣準備をしている云々という話は、どこぞのサイバーテロ組織の幹部だか逮捕だかされたという話と同じで、一般的な右から左に流れる日々のニュースでしかなかった。
そんな状況は世界も変わらず、永琳組とフェアチャイルド財閥との戦いのなかで出てきたヲチカタ・コロニーとをすぐに考えられる者は少なかった。永琳組は新たなELダイバーたちを発見したのか、その真偽が重要事項で、場所がどこかという話は2の次だったからだが、時間の経過とともに両者を関連づけた報道が目立つようになってくる。
口火を切ったのがドイツの新聞者の電子版で、
[ヲチカタ・コロニーの存在。フェアチャイルド財閥が利権独占か?]
この見出しのインパクトは大きく、各国語に翻訳された記事が複数のGチューブで流されたのだが、中国のニュースサイトでは、
[また新たな戦争? ELダイバー確保のためのテロ国家疑惑]
こうなるとイギリスも黙っていなかった。ロンドンに本社を置く新聞は特ダネをものにし、
[(サイバーテロ組織はあるにはあるが、これといったつきあいもない)]
かくも急速に火が燃え上がったのは、永琳組が拠点を置く日本GBN――それも有名なジャパニーズ・マフィアであったことも大きいだろう。
そして誰もがこう確信した。
「この戦争で儲けよう」
「この戦争で儲けよう」
「この戦争で儲けよう」
「この戦争で儲けよう」