ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第八十話

 轟然と回転するローターが、ダウンウォッシュの強風を吹き付けてくる。それまで全身をなぶっていた風とは次元の異なる、頭上から叩きつける圧力のごとき風だった。ポニーテールにまとめていた深雪の髪がばたばたと泳ぎ、ヘッドセットをつけた誘導員が手にした誘導棒を水平に広げる。金家は目を細め、ゆっくりと降下を開始したヘリコプターの機体を見上げた。

 鮮やかな青と白で塗り分けられた機体は、東京でもよく見かける遊覧ヘリのものに違いないが、ここは東京ではないし、キャビンの乗客も空の散歩を楽しんできたわけではない。とっくに合流できていたはずが〝パーツ生成機〟がために、とんでもない大回りをする羽目になったあいつ。

 フィリピンからスタートして、ここに来るまで計何時間のフライトだったものか。額に浮き出た汗を拭いながら考える間に、そり状の着陸脚がごんと床を打ち鳴らし、着陸したヘリに駆け寄った誘導員が側面のスライディングドアを開けた。4人掛けのキャビンをひとりで占有していた乗客が、ふらつく足取りで機体の外に出る。こちらと視線を合わせたのもつかのま、誘導員に頭を低くしろと身振りで注意され、慌てて腰をかがめた背広姿は見間違いようがない。金家は苦笑を浮かべ、おっかなびっくりの体で歩き始めた男を注視した。

 ヘリはこのままとんぼ返りをするので、ローターの回転は一向に緩む気配がない。ボストンバックを両手で抱え込み、小走りに走る男の背後で、ヘリはすでに離陸体制に入っている。バカ高い特別チャーター料と引き換えに、こうした場所での発着経験があるパイロットに声がかけられたはずだが、キャノピーごしにうかがえる白人パイロットの顔は常以上に緊張しているように見える。この手の民間ヘリには、本来こうした場所に着地する機能はないと深雪は言っていた。大丈夫かね……と思った途端、ローターの捻りがひときわ高くなり、その音に驚いたらしい男が足をもつれさせた。

 そのままこちらに倒れこんだ男をも受け止めるや、自重を持ち上げるだけの揚力を得たヘリがが浮き上がり、向かい風に押されて凧さながら飛びすさってゆく。強い陽光がキャノピーに反射し、ぎらと銀色の光を閃かせるのを見上げてから、金家はほっと息をついて深雪と顔を合わせた。

 やはり安堵した表情で傾きつつ、深雪は金家にに支えられた男を見やり、なんだか頼りない感じ、とでも言いたげに肩をすくめてみせる。まったく童顔だが、GBNを前にした感じのこいつの図太さはは尋常なものではない。金家は腕に寄りかかった男の体を引き起こし、その背中を軽く叩いてやった。

「ちょっと変わった場所だって言ったろ?」

「ちょっとじゃないでしょ、ちょっとじゃ……」

 青ざめた顔でも、谷沼悟志は唇をとがらせて言い返す。こいつにやらせた〝買い物〟で、日本への到着を3日も遅らせることがなかったら、こんなハイコストかつ綱渡りな誘導手段は使わずに済んだのだが、まぁ、仕方がない。1度は騙された相手の誘いに乗り、あとにしてきたのだ。罠を警戒するのは当然だし、そのために台湾やら九州やらを経由して、陸路で会合場所にやってきた用心深さも責めるには当たらない。

 問題は、計画遂行のためには1日たりと無駄にできにい時間的制約と、アジトに選んだこの場所の特殊性で、すべての条件をすり合わせた結果、谷沼ひとりを呼び寄せるのに多大な金と手間暇がかかってしまった。深雪が付近の遊覧ヘリをチャーターする方法を思いつかなかったら、合流すること自体あきらめねばならなかった。

 今日が晴天に恵まれたのも幸運のうちだろう。こうした場所にヘリを下ろすには相応の技能が必要で、そのための装備を持たない民間ヘリなら好天は絶対条件。機体の相続距離も考慮に入れれば、今日が合流のデッドラインだと深雪に釘を刺されていた。そんなこんなを乗り越えて会えたのだから、やっぱりこいつとは縁がある……のか? 半ば本気で考え、埒もないと退けた金家は、東京では望めない鮮烈な青空に視線を転じた。

 じっとしていても汗がにじみ出てくる灼熱の中、ヘリは青空を汚す一点の染みになって遠ざかってゆく。その手前、ここより30メートルほどには先には巨大な鉄骨の柱がそびえたち、バカでかい鳥居にも似た構造物が陽光を浴びて照り輝いていた。他にもロープを渡した鉄柱が並び立ち、この場所の特殊性を象徴する一方、足元からはやはりこの場所ならではの鈍い振動音が這い上がってくる。併せて耳朶を打つ通奏低音は、間断なく吹き付ける風音と、絶えず押し寄せる波音が紡ぐ潮のざわめきだ。

 新しいアジトにしては、たしかに変わった場所に違いない。ひとり笑いをかみ殺し、金家は谷沼の肩を抱いて歩き出した。

 作戦開始から、10日。

 目下のところ順調に進んではいるが、まだまだ油断は許されない。たっぷり交通費がかかった分、こいつには人一倍働いてもらわなければ。

 

 

 

 特殊な場所には人を招き入れるには、特殊な手続きがいる。谷沼をこの場所の責任者に引き合わせ、あらためて立ち入りの許可を得る仕事は、もっぱら深雪の役目になった。

 責任者は日本語を話せないため、英語の堪能な深雪が前面に出るのはいつものことだが、それだけではない。

 責任者は、金とコネに物を言わせて乗り込んできた金家たちを嫌っており、深雪は緩衝材になってくれている。今回のヘリの受け入れにしても、契約にないとごねる責任者を深雪がなだめ、どうにか実現に持ちこんだのだ。下心丸出しのり態度には腹が立つが、ここでは彼らの機嫌を損ねたから生きていけないし、深雪もこの状況を楽しんでいるようなので是非もない。〝対策室〟で男も女もない扱いを受けてきた身としては、露骨に色目を使われるのが新鮮なのだろう。気の毒なのは、相手が雌ライオンだと気付いていない責任者の方か。

 その責任者と顔合わせを済ませたあと、今後のスケジュールを確認する仕事がある深雪を残して、金家は谷沼を〝オフィス〟へと案内した。

 責任者たちの部屋があるブロックから鉄階段を降り、この特殊な場所の大部分を占める広大ながらんどうに出ると、まずは所せましと並べられた大型トラックとトレーラーの列が目に入る。幅30メートル、奥行き200メートルを超えるがらんどうに、たっぷり50台以上のトレーラーが並ぶさまは、さながら大きな地下駐車場といった雰囲気だが、行き来する人の姿は見当たらない。それぞれ太いロープで床に固定したトレーラーはしんと動かず、ごうごうと捻る振動音だけががらんどうの中に響きわたってする。

「最近は自動化が進んでいるから、15人もいれば事足りるんだってよ」

 そう教えてやりながら、金家はがらんどうを横切り、そらに下層に向かう鉄階段を降りた。

 下層は振動音の源である機械室を中心に、狭い通路が縦横に錯綜する空間で、やはり大型ビルの地下室を想起させる。機械油と錆止めペンキが入り混じった独特の臭い、剥き出しの配管が天井を覆っているところなど、ビルの空調室まわりの風景にそっくりだ。

 〝オフィス〟はこの通路の並びにあり、開設以来、昼夜の別なく20人からの男がパソコンにかじりついている。

 時刻は日本時間午後1時、じきに上海や香港の運営も営業を始める。腕時計を見やり、足を速めた金家は、「あの……」と背後からかけられた声に立ち止まった。

「言われたとおりにやってきちゃいましたよ」

 周囲にひとけがないことを確かめた上で、なお口に手をあてた谷沼が小声で言う。ここに来る前に、谷沼にはちょっとした用事を頼んでおいた。他の連中には内緒で、などと注文をつけた覚えはないが、おおっぴらに話すのがはばかられる内容でであることは間違いない。自身、予想以上の重みにのしかかられた胸を感じながら、金家は「ご苦労さん」

 そう、受け流す声を出した。谷沼は傍らに並び立ち、

「何考えてんです?」

 と谷沼。

「あんなことしたら、あなたは――」

「いいのいいの。俺に仕返しできて、おまえさんも満足だろ?」

「そういう問題じゃないでしょ。そっちの方で巻き込まれるの、ごめんですよ」

 肘をつかみ、語気鋭く言った谷沼の目が、もう騙されるのは嫌だと訴えていた。そんなつもりはないことは、彼もおそらく心のどこかで承知している。

 これはすべて金家個人に帰結する問題。来るべき事態に備えた一種の保険だ。

 べらぼうに高い保険料を支払う覚悟はあるのか、ろくに熟慮する間もなく決めたことではあるが、後悔はしていない……否、これで後悔するくらいなら最初から勝ち目のない戦いだが後悔はしていない……否、これで後悔するくらいなら最初から勝ち目のない戦いだとそれだけは一点の曇りもなく確信している。谷沼の方へ向き直り、微かに血走った目と目を合わせた金家は、「必要なことなんだ」と自分にも聞かせる声で言った。

「他の誰にも迷惑はかけない。全部、俺が引き受ける」

「でも……」

「いいから。誰にも言うなよ。いまここで仲間割れなんてことになったら、ホントに血を見るぞ。〝財団〟やフェアチャイルドが手出しできない代わりに、ここには法律の手が届かないんだからな」

 ごくりと生唾を飲んだ谷沼の目は見なかった。金家は大股を歩き、胸の重みを振り切るように、〝オフィス〟の鉄扉を引き受けた。

 例によって、室内に滞留するタバコの煙が雲のごとき押し寄せてくる。本来、倉庫に使われる部屋の広さは30畳あまり。剥き出しの鋼材に支えられた天井は高く、20人分の事務机とノートパソコンとプラモパーツ生成機を詰め込んでも狭いということはないが、20人が20人が喫煙者、それもほぼチェーンスモーカーという状況は、空調システムの想定を超えた事態に違いない。換気装置の奮闘も空しく、今日も室内の空気は濁り切っている。

 〝オフィス〟。

 そう言い習わしていても、3日でパソコンのディスプレイが黄ばみそうな紫煙の渦、その中を回遊する男たちのがさつな気配は、タコ部屋と呼んだ方がまだ相応しいと金家は思った。そうでなければ、焼き鳥とタバコの煙が混然一体となった一杯飲み屋。それも日曜の夕刻にでもなれば、外れ馬券が床に散乱する場外近くの荒んだ飲み屋だ。

「Gチューバーさんたちにこの図面を拡散せなあかんと言うとるやろ! ここは全部見せないで、何個かにわけていく局面やて……アホ、自分ができたらわしが自分で指示出しとるわ」

「ここの羽根はとりつけるモビルスーツのバランスを考えると良くないって。カーレースつもりの速度出すんだから」

 そんな声があちこちで飛び交い、殺気だった空気を立ち込める紫煙の中に伝播する。一癖も二癖もある連中というのは良い言い方で、ようするにどいつもこいつも人相が悪い。場所柄、外回りに行くことがないせいか、服装もラフなことこのうえなく、ジャージにサンダル履きのやつもひとりならずいる。下っ腹の出たジャージ姿の中年男がプラモのパーツに接着剤をつける姿はまるで往年のプラモオタクという風情だが、彼らが扱うのは馬券でもないプラモデルのジャンクパーツだった。

 電話の相手も造形師だったり、プラモの造形に詳しいダイバーであったりと、見てくれとは裏腹に億単位の金を動かす力を持っている。プラモの造形に関しては右に出る者はいない、永琳組から派遣されてきた精鋭の造形師たちだ。

 いまやGBNを巻き込んでいるフェアチャイルド騒動の、震源地がここ。

 この10日間で永琳組とフェアチャイルドの紛争を10倍にも大きくさせ、なお膨れ上がりつつある最高司令本部がここだ。ガラも空気も悪いが、これも〝風〟には違いあるまいと思い。金家は谷沼の方を見やった。まとわりつく煙を手で払い、「こういうとこ、喫煙にうるさいんじゃないんですか」と顔をしかめるのに精いっぱいで、谷沼には〝風〟を感じる余裕はないようだった。

「逆逆、こういうとこはタバコに鷹揚なんだぜ。……ミカヅキ」

 パーツがどうの、資金枠がどうの、と衛星携帯電話で吹き込む男たちが飛び交う中で、ミカヅキはひょっこりと姿を現した。こちらに来るように手招きし、「あらためて紹介しとく。ミカヅキ。ヲチカタ・コロニー出身のELダイバーだ」と谷沼に言うと、「ヲチカタ?」と頓狂な声を出したのも一瞬、谷沼ははっと息を呑んだ様子で顎を引いた。

「岩戸さんは?」

 ミカヅキに問うた。ミカヅキは部屋の隅を顎でしゃくり、「紹介するなら、いまはタイミングが悪いと思う」

 そう、含んだ目で言った。

 4つある事務机の島のうち、出入口からもっとも遠い島の上空に、ひときわ濃い紫煙の渦が滞留していた。

 煙のもやに包まれて表情はうかがえないが、上機嫌でないのは見るまでもなくわかる。吸い殻がうずたかく積まれた灰皿にタバコを押しつけ、図面を引いている男こそ、最高司令官、岩戸孝之。反社会勢力と縁が切っても切れないこの業界にあって、自身が強面の男そのものといった風貌を持ち、フォースバトルでも数々の伝説的な戦果を挙げてきた大物だった。

 とうに還暦のはずだが、筋肉に脂を巻いた図太りの体躯に衰えは見えず、ヘマをしでかそうものなら電光石火で灰皿が飛んでくるので、万事にルーズな部下たちも岩戸の灰皿だけはきれいに片づけている。それでも追いつかぬ吸い殻の山、図面に挑みかかる鬼のごとき形相……確かにタイミングは最悪だが、谷沼を紹介しないという選択肢があるわけでなし、後回しにして仕事を滞らせるわけにもいかない。ぶつかるなら最初にぶつかっておいた方がいい、と自分を納得させた金家は、谷沼を誘って岩戸のほうに足を向けた。

 岩戸の面相に怖れをなすかと思いきや、谷沼は存外涼しい顔でついてくる。それどころかノートパソコンの画面をのぞき、ちょっと失礼、などと言い、図面をスクロールさせたりしている。男らが睨みつけても蛙の面になんとやらという感じで、揺らぎもない。ロシアの時はびびり通しだったのに、この肝のすわりようはどうしたものか。呆れる思いでその横顔を見つめた金家は、至極当然の推測を得て苦笑した。

 谷沼もGBN関係の人間なら、造形師とつきあいがないわけはない。反社の紐付きではあっても、ここにいるのは谷沼にとっては話の通じる連中なのだろう。

 今、図面を引いているのは、作戦行動のための最後のバスといったところだ。各々の造形師たちはその図面をひいては破いてゴミ箱の中に放っている。その為には資金が必要なうえに、綿密な分析とコンピュータ解析と、その上、職人の技……という超感覚が必要になる。 

 金家は岩戸の顔色をうかがいつつ、「問題ですか?」と声をかけてみた。岩戸はぎろと動かし、金家の背後にいる谷沼も素早く睨みつけた岩戸は、「問題なんてもんじゃねぇよ」と吐き捨てるように言った。

「どいつもこいつも造形ってもんを知らねぇ。普段楽してるもんだから、ここって時の踏ん張りがきかねぇんだ。スケールがちいせぇんだよ。俺たちが作んのは、おめぇらを送り出すバスみてぇなもんだ。そんなのを作んなきゃいけねぇのに、簡単なもんじゃだめなんだ」

 そのバスとは、モビルスーツの背中に取り付ける緊急展開用ブースターだった。ブースターは、艦のカタパルトから射出し、作戦地域に強襲降下させることが可能な使い捨ての飛行ユニットだ。

 <モビルドール・ミカヅキ>に取り付けるだけなら、そうは時間がかからない。だが、護衛に入る金家の<ガンダム>やミーユが調達してきた<ジェガン>には、その上に言質で掃除をするためにいろいろな兵装を装備すると、重すぎてまともに飛ばすことができない。推力も足りないし、翼面荷重も相当厳しい。肩部と背部のクリアランスも確保できないし、装備するなら空中に対応するレーダーがせいぜいだ。

 憤まんやるかやらないかといった調子で罵ってから、新たなタバコをやにで黄ばんだ指に挟む。永琳会の組長を言っていた通り、岩戸のような造形師は絶滅危惧種と言っていい。

 仕事を引き受け、制作したパーツや図面を元値で売って、依頼主に買って資金を受け取るという方式がある。

 が、そんなことは関係ないしにそんな状況でがんじがらめにされているフラストレーションから、岩戸は今回の仕事に燃えている。それはいまのところうまく作用しているものの、先はどうなるかわからないというのが金家の見立てて、彼が最後まで本来の目的に沿って動いてくれるかどうかも怪しい。局面次第では、仕事終了されてしまうのではないかという危惧は、組長に指摘されるまでもなく胸の中にあったが、そのための谷沼……というこちらの底意こそ、岩戸には従前お見通しのことだろう。

 老眼鏡をずり下げ、細い目を覗かせた岩戸が、こいつかといわんばかりに谷沼を睨みつける。愛想笑いで受け流し、紹介の口を開きかけた金家は、「いまは〝踏み固め〟の最中ってことですか」と発した谷沼を声にぎょっとなった。

「いろんな図面をひいて、そのどれかを組み合わせたり、選んだりする。その上で、仲間の図面を売り買いして、その元手でまたクオリティの高いパーツを生成機で作る。いやぁ、古典だなぁ、むしろ一周回って新しいレベルですよ」

「まさか、こいつが助っ人ってんじゃねぇだろうな」

 剣呑な声音に、周囲の男たちも谷沼に注目する。金家が言い淀む間はなかった。谷沼は臆する気配もなく前に出て、「でも、普通はパーツ図面をGチューバ―に宣伝してもらって、その料金をうけとるのが基本ですよね」と岩戸にたたみかけた。

「今回は相手がアメリカ運営、それも日本の運営とズブズブだから料金も、拡散も望めない」

「なにが言いてぇんだよ」

「もう戦争が始まっていることを、ダイバーたちは見抜いているって話だよ。ほら、踏み固めの局面なら図面の値段はもっとあがっていなきゃいけないのに、値段の動きが鈍いでしょ? 馴染みの造形師が動いているんでしょうけど、指示を無視してる証拠ですよ。このへんの値段なんか伝わってくるなぁ、迷ってる感じが。みんな、このまま店仕舞いになっちゃうのを警戒してるんだ」

 岩戸の背後に回り込み、谷沼はノートパソコンの戦況チャートを指さして言う。つられた様子でディスプレイに顔を近づけ、すぐにむっと唇を引き結んだ岩戸は「そんで?」と椅子の背もたれに寄りかかった。谷沼はにんまりと笑い、

「新世代の造形師を動かすには、もうひと押しが必要です。今、開発してるパーツ図面、公開しちゃいません?」

「どこにそんなコネがあるんだよ。だいたい、3週間の期限のある中で、せっかく図面を公開したって、拡散できるかどうか――」

「嫌だなぁ。本当にやるわけじゃないですよ。知り合いに、ロンドンで商いをしているダイバーがいるんです。そいつに話して、ヲチカタに潜入したっていう噂をながしてもらうんですよ」

 ぐっと詰まった岩戸の周囲で、他の男たちも虚をつかれたとばかりに顔を見合わせる。「もちろん、これをやってリスクがないわけじゃない。だが、これに見合うリターンはある」と続け、一同の顔を順々に見ていった。

「昔はインターネットの掲示板に乗せたり、週刊誌の記者を引き込んだり面倒だったんですけどね。今は、GBNがある。ヲチカタや新型パーツの噂が流れただけで、Gチューバーは目の色を変えますよ」

「そんな簡単にいくかよ。 そういう噂が流れりゃ、リスクを嫌って市場は売りに流れる。一時的な現象かもしれねぇが、何度もいうようにこの仕事は3週間でつけなくちゃいけねぇんだ」

 低く唸り、岩戸は押し黙った。いまや、〝オフィス〟にいる半数以上の者たちが注目する中、谷沼は飄々とした顔で岩戸のノートパソコンを操り、構成しているパーツ群を変えてはふんふんと頷いている。その目は谷沼の中に棲む魔物が舌なめずりするさまを幻視した。

「おめぇ、名前は」

「谷沼です」

 あらためて谷沼の顔を見やった岩戸は、「外人かよ、おめぇ」と小突いてみせた。

 そのやりとりを見て、金家は笑った。

「止められるもんなら、止めてみろ。おまえらの〝システム〟が、おまえらの首をしめあげるんだ」

 

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