ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第八十二話

「ちょっとまずいことになってる」

 仲間のひとりが呼びに来たのは、食堂で遅い夕食をとっている時だった。ほとんど青ざめたその顔に食欲も消し飛び、金家はミカヅキを肩にのせて〝オフィス〟に向かった。

 急こう配の鉄階段を降りきったところで、同じく呼ばれてきたらしい深雪と鉢合わせた。

「なんだ?」

 そうかけた声に、

「わかんない。急に永琳組の戦況が悪くなり始めたって」

 早口で応じると、深雪は振り向きもせずに〝オフィス〟の戸口をくぐってゆく。

 いまは2度目の〝踏み込み〟の最中で、戦況悪化を含んだ展開になっているはずだから、ただ戦況が悪くなったというだけで騒ぎになる道理はない。深雪に続いて戸口をくぐった金家は、しかしただならぬ室内の気配に思わず足を止めた。

 例によって20人からの男たちが詰め、雲のごときタバコの煙を立ち昇らせているが、妙に活気がない。机の上にパーツを散らばらせ、話し込んでいる者もいるのに、全体に沈んだ空気が漂っているのだ。

 じわりと滲み出した胃液を腹に感じながら、まずは手近なノートパソコンのグラフを確かめる。ほんの数時間前に見た時には1200を超えていた永琳組の勢力グラフが、900を割っていた。〝踏み込み〟で一時的に下がったとしても、1000は下らないというのが岩戸たちの見込みだったはずだ。金家は無意識に拳を握りしめ、その岩戸の方に足を向けた。煙の渦にも沈んだ空気を漂わせ、ノートパソコンを凝視する強面を微動だにさせずにいた。

 傍らで机に手をつく谷沼も、焦燥した表情を隠しもしない。金家が近づいても気づきもせず、岩戸とともにノートパソコンを凝視し続けている。金家が声をかけるより先に、「どうなってるの?」と深雪が問いかけ、谷沼は無精髭の浮き出た顔を挙げた。深雪を見てから、金家とも視線を合わせてから、「これですよ」と忌々しげにディスプレイを顎でしゃくる。

 GBNイギリス支部で経営するニュースサイトだった。ジャーナリストの署名記事で[巨大フォースと運営との戦いについてGBNアメリカがヲチカタ・コロニーを異例の調査]との見出しの下に、そのGBNアメリカの責任者らしい白人の顔写真が表示されていた。

[アメリカのGBN運営元であるフェアチャイルド財閥は、戦闘を仕掛け続けている永琳組に対して、「運営に対し、戦闘を仕掛けてきたことにしかるべきペナルティを与えなければならない。もし、このまま継続をする場合、フォースの適正縮小にするよう指導する」と異例の記事を発表した。

 ヲチカタ・コロニーは現在、優秀なELダイバーの発見の噂で保護権が高まりつつあり、GBN広報部が全面的に否定しているにも関わらず、他フォースからの増資などの情報が後が絶たない。今回の記事はこれら一連の騒動を受けたものだが、「指導に従わない場合はフォース強制解体もあり得る」と強いトーンで牽制しており、噂が流れただけの段階では極めて異例な発言であると……]

 すぐには理解できなかった。異例の記事であることはわかるが、増資は実際に行われているはなく、あちらの戦いを原資にする予定もない。GBNイギリス支部に先手をとられたところで、こちらには別に痛む腹はないはずだ。「これが……?」と金家は谷沼を見た。谷沼はがっくりと肩を落とし、「わかんないかなぁ」と苛立たしげに頭をかきむしった。

「この段階で、永琳組がピンチになるだなんてありえない。誰かが仕掛けたんですよ。ヲチカタ・コロニーは公式にGBNのものだって断定させて、戦争に水をぶっかけようって目論んだ誰かが。他フォースからの増資の計画だなんて実在しないってことは、向こうもわかってる。調査の中身がなんだろうと、GBNが目をつけてるって宣伝できれば結果は同じだ。優秀なELダイバーが多くいるなんて話は吹き飛んで、ヲチカタ・コロニーはヤバいって噂だけが独り歩きする。この戦争の熱気は一気に冷え込んで――」

「この調査の発表直後に、フェアチャイルドは殲滅兵器で一気に決める可能性がある」

 早口でまくし立てる谷沼を遮り、岩戸が重い口を開いた。「殲滅兵器は考えればいくらでもある。コロニーレーザー、大型モビルアーマー……、傍目には戦況をひっくり変えそうとして、GBNがこれを了承した。恐ろしく統制された動きだ。名義はばらばらでも、おそらく根っこはひとつ」

「フェアチャイルド……」思わずというふうに呟いてから、深雪は岩戸を見る。

「で、彼らはどれくらいの強さの兵器をもっているの?」

「すくなくとも全体の2割はひっくり返すくらいかな……」

「しかも向こうは傘下の部下を完全にコントロールしてる。寄り合い所帯の僕らと違って、もっと作為的に戦況を操作できるんです。現に連中はグループ内で会議を繰り返して、あっと言う間に戦況を押し上げてしまった」

「こっちが〝踏み込み〟を仕掛けて、わざと戦況が動いた瞬間を狙いすまして、な」

 どん、と拳を机に打ちつけ、岩戸は呻くように重ねた。「偶然なんて冗談はねぇ。誰かが防戦に動いてんだ。とんでもなく頭が切れて、GBNを動かせるほどの力を持つ誰かが……」

 マイケル・プログマン。

 いまだ会ったことのない男の名前が脳裏に浮かび、金家はうっすら痺れた手のひらを握りしめた。GBNに働きかけ、ヲチカタ・コロニーは、永琳組の戦争との関係を植え付ける。同時にGBNの運営部を介して、このままでは永琳組の負けは確実だからいまのうちに儲けをやめろと脅しをかける。まとまった金を手に入れたあとは、殲滅兵器で決める。実際の戦争と同じ手口だ。

 結局、おしまいを予測したダイバーたちが一斉にこの戦争から離れ始め、急激な戦況変化が始まった。この上、この戦況を向こうに手綱を握りしめられたら、主導権は完全に失われることになる。「もう俺たちだけじゃ支えきれん」と告げた岩戸の声は重く、金家は机に手をついてくずおれそうになった。

「ある一点を超えれば、仲間内のコントロールもきかなくなる。このご時世に、誰も価値のねぇもんを見たがらねぇからな。殲滅兵器が入る前にいち抜けいちまおうって、誰かひとりが言ったら連鎖的に……」

 言いつつ、ぎょろりと動いた岩戸の目が室内を見渡す。ノートパソコンのキーボードを叩いていた男が、視線を避けるように背を向ける。

 誰が裏切ってもおかしくないということか。

 言うべき言葉もなく、金家は800台まで落ち込んだ戦力図の数字を見つめた。「こいつは永琳組だけの仕事じゃない」と自身にも聞かせるように言い、岩戸は初めて金家の顔を見た。

「抜け駆けすればどんな目に遭うか、みんなよくわかってる。だから簡単には崩れんだろうが、だから簡単には崩れんだろうが……限界は、ある。その時は覚悟してくれ」

 威しでも開き直りでもなく、実直に現状を伝える声音が耳に痛かった。深雪は無言で立ち尽くしている。ミカヅキも肩に乗ったまま、動かない。「クソ!」と罵り、足元のゴミ箱を蹴り倒したのは谷沼だ。

 所詮は蟷螂の斧。フェアチャイルドが本気で潰しにかかってくれば、立ち向かう術はない。このままこの戦争が鎮静化したが最後、ヲチカタの名前は忘れられ、福田が遺した爆弾も効力をなくす。いや、いったん反社マネーの関与が囁かれた以上、ヲチカタに関するどんな情報もガセの色眼鏡で見られ、以後の巻き返しは不可能になる。

 打つ手なし――はめようとしてはめられた。その事実を受け止めきれない体から力が抜け、金家は手近な椅子にどさりと座りこんだ。目前のノートパソコンの勢力グラフが1ポイント下がっていった。

 

 

 

 

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