ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第八十五話

「永琳組の戦力グラフ、あがってるぞ! 第5防衛ラインまで戻してる!」

 ノートパソコンのディスプレイを見ている男が、〝オフィス〟全体に響き渡る大声で怒鳴る。「押し戻してる……てどないなっとんや」と呟いたのは、戸口をくぐってすぐのデスクに陣取る永琳組の若手だ。

「俺たちが広め始めた時よりペース速くないか?」

「ぐんぐん引き戻してる。どこのバカが動いてるんだ?」

「あんたんとこの監視係の報告で、各地からモビルスーツの大隊がやってきて援護してるらしい。だが、ひとつふたつの大型フォースやないで。アヴァロン……いや、有志連合が動いてるとちゃうんか?」

「なんだっていい。こりゃ至るとこに飛び火するぞ。それぞれの手駒に連絡して、ライン押しとどめておけって念押ししとけ。来るぞ、これは。早とちりで帰っちまった連中はご愁傷さんだ」

「そら早とちりかてするわ。こんな展開、誰に予想できるっちゅぅねん……!」

 青ざめた顔で罵った若手が、ノートパソコンを操作する。他にも10からの若手たちがノートパソコンのディスプレイにがじりつき、戦況グラフを見ている中、金家たちは〝オフィス〟に足を踏み入れた。怒号が飛び交うのは常のことにしても、いつものそれは殺気だったセールストークやはったりの類いで、計算された空元気といった雰囲気が漂うものだが、いま室内に充満する空気は明らかに違う。

 全員が戸惑い、驚き、本気で興奮している。

 ここ数日の沈んだ空気の反動のごとく、〝オフィス〟全体がかつてないほどの熱気に包まれ、湧き立っている気配が伝わってくる。

 戦況優勢の時も徹底的に冷静な永琳組の組員たちが、この取り乱しようはどうしたことか。先んじて部屋に入るなりノートパソコンのキーボードを叩き始めた谷沼から離れ、金家は最寄りのノートパソコンのディスプレイに表示された数値を確かめた。下降線一途だった永琳組の戦力グラフが、ここに来て急上昇し始めていた。

 現在までに判明している永琳組の戦略グラフは、この半日あまりでざっと1000万。総数1020の10倍……いや、100倍近くの数が動き、曲線グラフという曲線グラフが上昇曲線を描く異常事態は、まるで戦争の開始の再現だった。隠れている仲間が公開し続けているのに、新規公開されたわけではない戦闘がこうも動く道理はない。

 そう、誰かが仕掛けない限り――。

「Gチューバーたちもまた配信準備をし始めている。別の誰かが介入してるみたいだ」

 手近なノートパソコンのマウスを操作しつつ、谷沼が早口で言う。周囲の狂乱を引き移して、その顔にも興奮の色が浮かび上がっていた。戦況が不利になった永琳組の戦力をかき集めて、どこかの勢力がもう1戦仕掛けてきた可能性もないではないが、ほかのフォースたち、つまりダイバーたちで戦力を整えてやってきているとなると話は違ってくる。

 残党を集めて、ゴネ徳を狙おうという手合いのすることではない。その何者かは、ヲチカタの権利保護が実現する前提で札を張っている。

 彼らの本当の目的がなんであれ、その動きは金家たちがばらまいた風説するように働き、戦場は彼らが作り出した潮流に引きずられつつある。とうに破れて打ち捨てられるはずの提灯が、予期せぬ〝風〟に煽られて再び灯をともそうとしている。

 考えられなかった。

 客観的に見るなら、ヲチカタにELダイバーが実在する確証をつかんだ何者かの一気呵成……というところだろうが、もとより存在しないものの確証が確かめようはずもない。こんな買い上がり方をして、自分たち以外の誰が得をするというのか。永琳組と取引のあるフォース、GBNの一部門ELバースセンターがヲチカタに興味があるということもあることを確かめてから、金家は急ぎ岩戸が収まるデスクへと向かった。

 周囲が粟だたしく動き回る中、岩戸はひとり腕組みをして動かず、ノートパソコンのディスプレイをじっと睨みつけている。金家が近づいても顔を上げず、「わけがわからん」と呻くように言うと、思い出してように机上のタバコを取り上げた。

「誰が音頭盗ってるの知らんが、本気でヲチカタのELダイバーを信じてるわけじゃねぇってことは確かだ。何もかもが、永琳組がやってきたことを真似てやがる」

「フェアチャイルドの撃破や、差益見当ての介入じゃないってことですか?」

「だったらフェアチャイルドに加担した方がいい。もういっぺん戦況に提灯つけるために、ほかのダイバーに声かけてまでやろうなんざ、そこらのフォースの発想じゃねぇ。動かせるフォースの量がけた違いだから、こんなバカな真似ができるんだ」

 そこで言葉を切り、くわえたタバコに火をつけた岩戸は、不意ににたりと笑った顔をこちらに振り向けた。「わかるか?」と問うた声に金家は我知らず生唾を飲み下した。

「どこのどなたか何のためにやってんのかはともかく、こいつは〝踏み込み〟してくれてんのよ。フェアチャイルドの介入でダダ下がりになった戦況を、俺たちのためにな」

 言いきるや、岩戸は聞き返す間に椅子を蹴った。「仮眠取ってる奴も叩き起こせ!」と発した大音声に〝オフィス〟にいる全員がぎょっとして動きを止める。

「誰が何考えてんのか知らねぇが、どのみちこっちにゃ失うもんはねぇ。かたっぱしの配信者たちに、兵隊突っ込ませるよう頼んで、本丸に殴りこませろ。勝てるぞ、こいつは」

 勝てる――その言葉が実感を伴って胸に落ちるまでに、部下の面々は一斉に行動を開始していた。何人かが慌ただしく部屋を出入りし、机にいる者はそろってノートパソコンのディスプレイを見る。岩戸もノートパソコンにくらいつくように見て、携帯電話をかけ始めたと思いきや、すぐに別の番号にかけ始めた谷沼を横目に傍らに立った深雪と顔を見合わせる。事態を受け止めきれずにいるのは深雪も同じらしく、呆然と室内の喧噪を見回す目には喜び以上に戸惑いの色があった。

「まるで〝財団〟が動き出したみたいだ……」

 言葉もないといった様子で金家の肩の上に立っていたミカヅキがぼそりと呟く。ブースターの組み立てが始まろうとしている一方、ちらとこちらを見やった谷沼と目を合わせてから、金家は「あり得ないだろ」と口を開いた。

「〝財団〟がなんで俺たちの味方をするんだよ。リンさんが動くにしたって、〝財団〟の権限はフェアチャイルドに接収されてるんだぜ?」

「でも、他のどこにこれだけの力をまとめる人が? アヴァロンだってこんなヤバい案件に手を出すはずはないし――」

 言いかけた口をつぐみ、ミカヅキは微かにすがめた目を金家の傍らに向けた。つられて横を見た金家は、その場に立ち尽くしたまま、どこか一点を凝視する深雪の横顔を視界に入れた。

 視線の先にはノートパソコンがあるが、深雪の目にはそれは映っていない。戦況グラフの向こう、彼女にしか見えないなにかを見つめているのだとわかる。

 消えた提灯に灯をともし、戦場を再び狂乱の渦に巻き込みつつある何者か――それが誰か、彼女には見えている……のか? 半ば疑い、半ば直感しながら、金家は息を詰めて深雪の横顔を見据えた。やがてその唇が動き、ありふれた、しかし彼女にとっては重要な意味を持つ言葉を、かすれた声にして押し出していった。

「おじ様……」

 

 

 

「……うん、そう。有志連合の報酬についてはこちらで支援するから大丈夫。心配しなさんな、〝財団〟は関係ないんだから。ポケットマネーとは言わないけど、わたしにだって私的に動かせる資金はあるよ。……久しぶりに血が騒いだね。またの機会があるかわからないけれど、この借りはいずれ……ああ、もうこの歳で徹夜なんてするもんじゃないね。おやすみ、マギー」

 己が身を心配してか、まだ何か喋りたがっている相手を無視して電話を切る。呂名信彦は深々と息を吐き出し、ペットボトルの紅茶をひと口あおった。

 甘いばかりで味気がない。いつもの紅茶の香りが恋しかったが、そんなものを持ち込む余裕も、淹れる暇もない3日間できあった。デスクライトとノートパソコンの反射光だけが照らす薄闇を見渡し、空のペットボトルとコンビニ弁当が散乱する床の惨状に苦笑した呂名は、こわ張った腰をさすりさすり書斎机の前から離れた。雨戸の隙間ごしに白々とした光を差し込ませるサッシ窓を開き、かんぬきを外して雨戸に手をかける。

 がたがたと軋む音を立てて、雨戸は開いた。同時に冷たい風が室内に流れ込み、パソコンの排熱で濁った空気を一掃してゆく。人が住まなくなって久しい屋敷だが、管理人はそれなりに手入れをしてくれていたらしい。古びた感は拭えないとはいえ、埃ひとつ落ちていない縁側の様子にいまさら感心しながら、呂名は目を細めて早朝の光を浴びた。

 伊豆高原の秋は短い。

 11月も1週目を過ぎた今は、晩秋と呼ぶには冷たすぎる風が山から吹き下ろし、夜露に濡れた庭の草木も寒々と身をすくめているように見える。そのまま書斎に面する裏庭に出ようとして、予想以上の寒さに自分も身を竦ませた呂名は、畳敷きの書斎にいったん取って返した。カーディガンを羽織り、再び縁側に出ようとして、ふと誰かの視線を感じて立ち止まる。

 振り向くと、そこには壁にかけられた複数の写真があった。遠い昔、日本の財界に根を張る一大財閥を築いていた呂名家が、この別荘で催していた真夏の宴席。

 陰では『呂名詣で』と呼ばれ、華やかな宴の裏で数々の利害調整が為されていた。その頃に撮影されたのだろう一族の記念写真が十数枚、額に収められて年代ごとに飾られているのだった。

 アルスター・フレイヤの社長室長らを秘密裏に動員し、ここに3台のパソコンを運び込んだのが3日前。以降、父の書斎だった部屋にこもり、作業に専念してきたというのに、これまでろくに目に入らなかった。呂名は壁に近づき、目の高さにある写真の1枚に見入った。

 日付はかすれて、よく見えない。

 まだ女優だったころの艶を存分に蓄えて微笑む瀬奈と、その傍らでにこりともせずにいる30代の自分。

 今や、ほとんどが他界した親類たちを挟んで、弟の博司はひとりだけあらぬ方向を向いている。

 彼を〝隊長〟と慕っていた少年のころの雅彦、福田が日焼けした顔でプラモデルをかかげて笑みをたたえている。

 彼ら孫たちに挟まれ、薄く笑った顔をこちらに向けているのは父、呂名哲郎だ。

 ついこの間、7回忌で遺影を拝んだはずなのに。ずいぶんと久しぶりに顔を見た気がする。いや、こんな穏やかな心境でこの顔を捉えたのは、久かたぶりのことかもしれない。指先大の父の顔をまじまじと見つめ、それ以上に老いた自分の顔をガラスの反射の中に見出した呂名は、少し目くらましされた気分を味わって苦笑した。

 時は取り返しがつかない――本当に。

 今の私は、写真の中のあなたより年を取ってしまった。終の棲家としたこの家に、あなたはまだいるんですか?勝手に部屋を使わせてもらいながら、いままで挨拶もせずに失礼しましたね。しかしまぁ骨でしたよ、あなたの孫の友人たちに助け船を出すのは……。

 写真にではなく、この邸宅全体に漂う懐かしい気配に我知らず語りかけ、呂名は書斎机の上に鎮座するディスプレイを見やった。

 ノートパソコンの情報によると、永琳組とフェアチャイルドの戦略差は852。3日前は400を割り込んでなお下降線だったことを思えば、所定の目的は十分に達せられたと言える。

 まずは電話口に出ていたダイバー、マギーのフォース『アダムの林檎』とクジョウ・キョウヤの持つフォース『アヴァロン』で突破口を作り、〝財団〟関連の周辺企業が抱えている戦力を密かに誘導。日本のGBNの戦力は動かせなくとも、理事長として培ってきたコネクション、人脈の範囲で100億ビルドコインやそこらの金を動かすのは造作もない。一度提灯が消えた戦場、それも世界規模の範囲を持ち直すのは心もとなかったのは、そこは〝踏み込み〟過程の一時的下げだとGBNのダイバーたちに思い込ませ、とにかく攻めあげることでどうにか揚げ調子に持ち込むことができた。本来の永琳組の部下たちもこちらの目論見に気づき、再び攻め上がり始めたようだから、戦線離脱で泣きを見た連中が補填する分も含め、地球があと2回転もする頃には、開戦時の値に戻るだろう。

 実際、フェアチャイルドが投入してきた高速電磁弾丸『ダインスレイヴ』の掃射を、隊長格のモビルスーツが装備している戦闘ユニット、ミーティアのミサイルやビーム群で追撃。残りのモビルスーツ隊で永琳組の艦隊を防いでいる。その熱気にリレーしてさまざまなフォースが参戦しており、あと3時間ほどで日本のフォースもその影響下に置かれることは論をまたない。この流れをもう1度ひっくり返すのは、フェアチャイルドといえども容易ではないはずだ。

 無論、見る者が見れば自分の関与はすぐに露見する。今回、マイケルの手の者が血眼で〝財団〟理事長の行方を追っているだろう。ここが割れるのも時間の問題だが、少なくともこの3日間は車1台近づく気配はなく、閉めきった屋内で作業に集中することができた。呂名名義の資産であっても、この25年間はまったく寄りつかず、父の没後は管理委託業者に預けっぱなしになっていた別荘――あとしばらくの猶予はあろうと思い、呂名は写真の前から離れた。スリッパのまま縁側から降りて、母屋のリビングに面する方の庭へと足を向ける。

 清涼な空気が徹夜で熱っぽい体に心地よかった。数奇屋造りの書斎に相応しく、どこか枯れた趣の裏庭と違って、リビングに面した庭はひたすら広く、明るい。青々とした芝生が敷地いっぱいに広がり、小さな太鼓橋のかかった池と見苦しくない程度に刈り込まれた木々が朝陽を向こうでは、まだ山焼きされる前の大室山が緑色の尾根を晴天に際立たせている。もう6年も空き家のままにも関わらず、芝生の手入れまで行き届いているのも、管理人のまめな仕事ぶりの証左だろう。

 全面的に褒められたことではなくて、金は出しても口は挟まずのこちらの方針に付け込み、下請け業者とグルになって管理費を膨れ上がらせる可能性もある。なにしろ電気などの基本料金を支払われ続けていて、呆れたことに、父が契約したインターネット回線も解約されずに維持されていたのだから。

 当初はすべてモバイル端末で済ますつもりが、おかげで複数のパソコンを効率よく使うことができた。デジタル機器には無縁には生活を送ってきた父が、何を考えてインターネットを始めたのかは定かではないが、ここに来て助けられたという気分も呂名にはないではなかった。まるでこうなると予期していたように……いや、いまさらに驚くには当たるまい。

 どだい、あなたが始めたことだものな。

 胸中に呟き、この朝、2度目の苦笑を漏らした呂名は、いわし雲が整然と並ぶ早朝の空を見上げた。

 今日一日の青天を約束する淡い青空が、ひどく目に染みた。遠く星の光まで追えそうな透き通った空を見上げるうち、始まりの空という言葉がぽんと脳裏に浮かび、ヲチカタ・コロニーの空がそこに重なって見えたような気がして、呂名はあまりの突拍子のなさに当惑を覚えた。

 見たことはないし、見たいと思ったこともないのに。この3日間、永琳組とフェアチャイルドの文字を眺め続けて、くたびれた脳が誤処理を引き起こしたらしい。呂名は空を見上げるのやめ、つかのま目を閉じた。ひとつ深呼吸をしてから目をあけると、かつて1族の人間が参集した広大な庭に3つの人影が立ち、そろって空を見上げている姿が像を結んだ。

 3人ともこちらに背をむけているが、顔を見ずともわかる。

 青年時代の面影を残す呂名博司。

 小学生時分の雅彦と福田。

 書斎の写真から抜け出してきた3つの背中が、この始まりの空を無言で見上げている。

 そうか、おまえたちも見に来たのか。

 なんの不思議となくそう思い、胸を締めつけるほどの懐かしさに溺れそうになった呂名、きつく唇を引き結んで再び空を振り仰いだ。

 これから始まる……否、まだ始まるかどうかわからないヲチカタの空。

 GBNという魔物をつかって、人とELダイバーの新たな関係を築く契約の地となるか。

 あるいはこのまま無明に底に沈み続けるか。

 どちらにせよ、そこは我々にとって無縁にとって無縁な場所ではない。果てない擬制と試行錯誤の末に、最後かもしれない血筋が到達したスタート地点。呂名一族が70年かけてたどり着いた約束の地なのだから。

 父の、呂名哲郎の始めたことが、じきにひとつの結果を見る。遠く離れていても、同じこの空の下で。それぞれに反発し、孤独の殻をまといながら、根っこの部分では固く結ばれていた呂名の男たちと同様、この星を覆う空の下で。

「この空は、繋がっている……」

 いまだ見ぬヲチカタと。いつかすべての人類とELダイバーがたどり着く約束の未来と――。

 ひとり呟き、呂名は庭に立つ身内たちに同意を求める目を注いだ。そこには誰の姿もなく、一陣の風が庭の草木を揺らして吹きすぎていった。

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