ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第十二章 突入作戦、開始
第八十七話


(……通常、9月第3週の火曜から始まるはずが、今年は議事堂の改築で10下旬からのスタートとなった議事総会。これからのアップデートやマスダイバー問題、ブレイク・デカール拡大防止など注目されるトピックが討論されてきたわけですが、ここに来てまた驚くべきニュースが飛び込んでまいりました)

(はい、ヲチカタ・コロニーですね。サイバーテロ組織の拠点と名指しされて以降、同コロニーには渡航制限がかけられていて、アメリカ軍や有志連合の派遣の噂もあるわけですが、その運営代表が一般討論演説にオブザーバーを招く、と。サイバーテロ国家の嫌疑について、なんらかの声明を発表するものと思われますが、それ以上に気になる噂が同コロニーにはあります。この1か月近く、GBNを賑わせているELダイバーの真相です)

 アメリカの政治評論家らしい白髪の男が、キャスターを相手に訳知り顔で喋っていた。世界中どこでも見られる衛星放送だが、本場の目と鼻の先で見るそれには、特別な感慨を覚えないでもない。自分たちのガンプラに装備を取付作業を行っている〝オフィス〟の片隅で金家は事務机の上に置かれたテレビの音量を少しだけ上げた。

(このヲチカタ・コロニーの保護権をめぐって日本の永琳組フォースとアメリカ運営との戦闘は、依然として永琳組の優勢を続けていますが、議事堂の発表があってからは戦域によっては様子見の空気が流れてもいます。ヲチカタ・コロニーのスピーチは一般討論の最終日、すなわち本日夕方より行われる予定ですが、いまだオブザーバーの素性について正式な発表がないというのも異例のことですね?)

(ヲチカタについては、今も続いている戦闘も含めてかなりの注目が集められていますし、運営元であるフェアチャイルド財閥はこれを一集団の陰謀だとして、アメリカの運営に訴え出たと言う話もあります。これらすべての因果関係が、そのオブザーバーのスピーチにかかっているのですから、安全装置としてはやむをえないでしょう)

(グエン事務総長は、ヲチカタ・コロニーにかけられたテロ国家の嫌疑についても興味があり、土壇場での招へいを了承したという話も聞こえています)

(グエン総長はベトナム出身ですが、学位はフランスで修めており、その思想もフランスよりです。GBNフランス支部はダイバーたちによるクーデター以来、アメリカの対サイバーテロ戦略に疑義を挟み続けてきた経緯がありますから、まぁそういうことも関係しているのでしょうね。一般討論は世界上位ランキングフォースリーダー、支部の個人ランキング上位者、と続いていて、スピーチをする者の地位によって順番が決められていて、ランキング圏外のヲチカタのオブザーバーは当然ながらどん尻、一般討論の一番最後に割り当てられています。最終日ともなると、大国の大手フォースはとうにスピーチを終えて帰国してしまい、途上国の代表フォースがぽつぽつ残るのみということになりますが、今日は支部によっては上位ランカーのダイバーが居残っていると聞いています)

(GBNで行われるパレードを見物するためではなさそうですね?)

(いやぁ、今回はパレードはしてられませんよ。その代わり、厳重な議事堂周辺の警備がより厳重になっています。テロ組織の侵入を防ぐためでしょうな。議事堂のスピーチでは日本のビルドダイバーズのリーダーことリクさんが世界中のダイバーを動かし、GBN平和賞を受賞した例もありますが、大国のダイバーたちが廃棄コロニーのスピーチに注目するというのは……)

「絵描きが、完成した自分の絵を見てるってツラだな」

 突然、日本語の肉声が振りかけられ、金家はぎょっと背後を振り返った。指に挟んだタバコから煙をくゆらせ、岩戸がにやにやとこちらを見下ろしていた。

 押し出しの強い見てくれとは裏腹に、決して他人を自分の内面に立ち入らせないようにする男が、この時はひどく親身な空気を漂わせて笑っている。5日前に奇跡のV字回復を果たして以来、永琳組の戦線は押しに押している。

 GBN議事堂という檜舞台にミカヅキを送りこむべく、永琳組にフェアチャイルドの目を引きつける初期の目標はこれで達成。あとは戦場を介して儲けたビルドコインを山分けするとなれば、鬼の形相も緩もうとというものだろうが、それだけでは説明のつかない何かが岩戸の目にはあった。「てぇしたもんだ」と続けた声もしみじみとした響きを含んでいて、金家は顔がかゆくなる気分で協力してくれた造形師の頭領と向き合った。

「50億って元手があったにしても、舌先3寸でGBNを動かしちまったんだからな」

「岩戸さんたちの協力があったればこそですよ。それに、正念場はこれからです」

 〝財団〟理事長の援護射撃に救われたとはいえ、岩戸がいなければわずか3週間で事を達成するのは不可能だったに違いない。思った通りを口にした金家に、岩戸は照れくさそうに笑い、なにか言いたげな目を流した。金家はその目が開かれるのを待ったが、それより先に「2人とも、準備はいい?」と別の声が〝オフィス〟に響きわたった。

 携帯式のダイバーギアをもった深雪が戸口から顔を覗かせていた。「おう」と金家が応じる間に、テーブルの家にちょこんと立っていたミカヅキが、ぺこりと頭を下げて通路へと飛び降りてゆく。精一杯の謝意を示したのだろう姿に苦笑した金家は、自分も携帯式のダイバーギアを手にした。いよいよという思いを胸中に噛み締め、「じゃ、俺たちは行きます」と岩戸に向き直る。

「しっかりやってきな。ちゃんと暴れてこい。中継、見させてもらうぜ」

 肩ごしに投げた一瞥を最後に、返事を待つことなく自分の机に戻ってゆく。短い、しかし言わんとした思いのすべてが凝縮した言葉を受け止めた金家は、「はい」と一礼してその背中を見送った。

 背広を着こみ、すっかり出支度を整えた金家を見て、他の面々も「行くのか?」「がんばれよ」と声をかけてくる。ノートパソコンで戦況を確認している連中にも目顔であいさつしつつ、金家はダイバーギアを握りながら戸口の方へ向かった。と、タブレット端末を手にした谷沼が入れ替わりに〝オフィス〟に入ってきて、危うくぶつかりそうになった。

 頭をぼりぼりと掻きむしり、こちらを見ようとせずに脇を通り過ぎようとする。「しっかり稼げよ」と声をかけると、谷沼はタブレットの画面から顔を上げ、初めて気づいたという顔で金家と視線を合わせた。金家はすかさずその肩に手を回し、

「どうせ俺たちの知らない所で金流してたんだろ。もたもたしてると戦争が終わっちまうぞ」

「わかってますよ。そのために来たんだから、せいぜい稼がせてもらいます」

「その意気だ。ま、ロシアでの慰謝料と思って、遠慮なくやってくれ」

 皴の寄ったワイシャツの背中をぽんと叩き、通路へ出る。先に上に上がったらしいミカヅキと深雪を追おうとして、「金家さん」と思いきったように発せられた声に呼び止められた。

「すみません。ぼく……その例の件を、木城さんに……」

「知ってるよ。それも慰謝料で取っとけ」

 戦線が総崩れになって、もうすべてが駄目になるかもしれないという時であれば、秘密と命じたことがつい口について出ても責めるには当たらない。本当に申し訳なさそうにしている谷沼の様子が可笑しく、金家は含みのない笑みを返して離れる足を踏み出した。「その時に、聞いたんです」と急いで付け足し、谷沼が戸口の外まで追いかけてくる。

「〝A〟……呂名英一の本当の目的。そのために、金家さんたちがやろうとしていること……」

 ひとけのない通路に立ち、谷沼は見たことのない真摯な目をこちらに据える。余計な事、とは思わなかった。利害関係で繋がっただけと割り切るには、谷沼は事態に関係しすぎている。「本当に、実現できると思うんですか?」と重ねられた声には、少し責めるような響きもあり、金家は体全部を振り向けて谷沼に相対した。

「〝システム〟と戦うために、あなたは〝システム〟を利用した。嫌というほど見てきたはずです。人間はみんなELダイバー保護だの、言っているけど人間はみんな欲が深くて自分の事しか考えていない。ぼくだってそうだ。金家さんたちの目的なんか関係なしに、再起するのに必要な金があればいいと思っている。そんな連中を変えられるって、本気で思ってるんですか? いや、そもそもミカヅキさんがヲチカタに呼びかけたことだって、何人の人たちが理解できたか――」

「わかんね」

 皆まで言わせず、金家は肩をすくめてみせた。目をしばたたき、「わかんねぇって……」とうめいた谷沼の肩を現ことで小突き、「だからさ、やってみるんだよ」と半ば笑って押し被せる。

「わかりきったことならやんねぇよ。わかんねぇってことはそこになんかしらの可能性があるってことだろ?」

「そうでしょうけど……」

「確かに欲深で自分勝手だけど、それだけじゃ満足できない。面倒くさいんだよ、人間ってやつは。その面倒くささに賭けた一族にならって、俺もかけてみるさ。この歳になって、後悔はしたくねぇからな」

「……こういう時に、ぴったりの言葉がありますよね。ぼくじゃ画にならないかもしれないけど」

 納得できない――いや、納得する必要もないことらしいとあきらめた顔で、谷沼はいったん目を伏せた。タブレットを持っていない方の拳を握りしめ、意を決した様子で再び顔をあげると、

「ご武運を」

 大真面目に言い、これまで見せた中でいちばん自然な笑みを浮かべる。笑い飛ばそうとせず、金家はもういちど谷沼の肩を拳骨で小突いた。

 こいつともこれで最後……かな?

 ふと思い、それこそ答を出す必要のないことだと思い直して、2度と戻らない〝オフィス〟をあとにした。

 

 

 

 

 全長270メートル、排水量は空荷でも3万2300トン。かつての大戦の戦艦にも匹敵する巨体に〝オフィス〟を内包し、太平洋を横断してきた<マークス・センチュリー>。今も船脚を止めることなく洋上を航走し続けている。

 露天甲板上に5階建てのビルに相当する船脚構造をそびえさせ、その前方には巨大な鳥居のように見える荷揚げ用のポストとデリックを装備。後方にはヘリポートと、車輛デッキに搭載した車両を揚陸させるための可動式ランプウェイを備える。最大速度は24ノットと、この手の貨物船としては破格の速さを誇るが、それはこの船が元はシュガート級と呼ばれる軍用輸送艦であったためだ。

 今から数十年前、度重なる紛争で海上輸送の強化を迫られたアメリカ海軍は、デンマークの企業から4隻のコンテナ船を購入。しかしこれらが軍用に改装され、就役を果たす前に紛争は下火になり、軍縮時代を迎えたアメリカにとってこの時の大規模調達は予算的なお荷物になった。

 結果。

 4隻が就役するはずだったシュガート級は3隻に減らされ、余った1隻は改良前の段階で元の企業に売却されたのだった。

 もとは自前の民間船とはいえ、軍用に改装された後では使い勝手が悪いと、船企業が二束三文で買いたたいたのは言うまでもない。

 実際、貨物船にはおよそ必要のないヘリポートや、強力だが燃費の悪い機関を搭載した<マースク・センチュリー>は開運事業で使役するにはオーバースペックに過ぎるのだが、それこそ金家がこの船を〝オフィス〟にした最大の理由であった。

 現在、日本の港とアメリカを結ぶ直通の船便はないが、上海発の名古屋港経由便は常時運航している。しかし、名古屋からニューヨークまでの所要時間は、最短でも23日。当初は1カ月の期間を見ていたからそれでもよかったが、〝対策室〟は金家の身柄引き渡しまでの期限を3週間に区切ってきた。フェアチャイルドが外交ルートを通じて圧力をかける中、〝対策室〟としてもぎりぎりで算出した猶予期間であるから、これを引き延ばすのは難しい。

 本来、個別委員会でのスピーチを取り付けるはずが、事務総長の引きで一般討論演説に招へいされる可能性が持ち上がり、スピーチの日時が確定させられる方向で話が進み始めたという別の問題もあった。より注目の集まる舞台に立てる僥倖は僥倖でも、その予定日は奇しくも〝対策室〟が指定した3週間後と同日――。最悪、〝対策室〟を持ちかけるつもりでいたあまい魂胆は、これで完膚なきまでに叩き潰されることになった。

 誰にも邪魔されない海上で、永琳組とフェアチャイルドの戦争を配信しつつ、かつ期限までにアメリカにたどりつくにはどうしたらいいか。

 永琳組グループと別行動をとるにしても、空の便はフェアチャイルドの監視下にあろうし、船を西海岸につけてそこから大陸横断しながらGBNアメリカにログインするにもリスクが高すぎる。一般討論演説を辞退し、元通り個別委員会でのスピーチに切り替える選択肢も、身柄引き渡しのまでの期限を3週間と決められていては実質無効だった。

 議事堂の檜舞台で状況をひっくり返さない限り、どのみち金家たちに3週間後より先の未来はないのだ。あちらを立てれば、こちらが立たず、いくら抜け道を探そうとしても時間と距離の壁が立ち塞がってくる。これはもう計画を根本から見直すしかないかと諦めかけていたところ、さながら天祐のごとく、この<マークス・センチュリー>の情報が永琳組経由でもたらされたのだった。

 神戸の港湾事業の人足手配にも手を出しているだけに、永琳組という反社は海運業界に太いパイプを持っており、それも金家が永琳組を計画に引き込んだ理由のひとつでもあった。海運関係を取り仕切る下部団体からの情報によると、アメリカ輸送艦と同じ機関を搭載する<マークス・センチュリー>の船脚は速く、20日足らずで名古屋からニューヨークに到達できるという。

 問題は、上海を出港して航行中の<マークス・センチュリー>が名古屋に寄港するのは3日後、さらに1日かけて荷物の積み込みを行うというスケジュールの方で、それではせっかくの船脚があっても期限に間に合わなくなってします。

 結局、これもダメ――岩戸や谷沼たち、永琳組のメンバーは召集の目途が立ったのに、肝心の〝オフィス〟が一向に決まらない。

 その間にも期限は刻々と迫り、思い余った金家は今一度、暴挙に打って出た。永琳組のフォースリーダー・黒沢のもとに再び赴き、<マークス・センチュリー>の航路を変える手はないかと訴えたのだ。

 無論、尋常なことではない。

 航路変更で寄港すべき港に拠らなかったら、船主は荷主に対して違約金を支払うのみならず、代替え便の手配、港で立ち往生する積荷の保管料の支払いと、莫大な損害を被ることになる。会社の自己都合による変更では保険金も下りまい。それでも他に手はなく、無謀は承知の上での直訴だったが、黒沢は『ちょっと待ち』と言ったかと思うと、電話をかけただけで航路変更の手はずを整えてしまった。

 どこでどういう力学が働いたのか、そばで電話を聞いていても皆目想像がつかない成り行きだったが、やはり〝財団〟のひとりである大山リンがひと肌脱いでくれたことは間違いないだろう。『貸しやで』とだけ言った黒沢に肝を冷やされつつ、金家はそれから数時間後には岩戸ら造形師の面々を引き連れ、組の顧問格が所有する大型クルーザーに飛び乗っていた。名古屋港には寄らず、九州沖にアメリカ方面に直進することになった<マークス・センチュリー>と、海上で接触するためだ。

 深夜に神戸港を発し、所定の海域で<マークス・センチュリー>と接舷。船員らと協力し、すべての人員と荷物を運び終えた時には、水平線に朝陽が差す時刻になっていた。以後、船は大海へと乗り出し、〝オフィス〟を腹にかかえて太平洋を横断、赤道直下を通ってパナマ運河へ。

 大きな天候乱れに悩まされることもなく、傍目には平穏無事な航海だったが、その間に費やされたタバコの量、昼も夜もなくパーツ生成機から出るパーツの改造、ノートパソコンで戦況の確認をし続けた男たちの労苦は筆舌にしがたい。

 中でも苦労したのが、モビルスーツに使用する緊急展開用ブースター『ハヤブサ』だ。

 アメリカ本土に直接モビルスーツを必ず運ぶ。そのためのプランに必要な装備なので一分の妥協も許されなかった。

 この<マークス・センチュリー>はGBNの船舶にも登録されており、特徴なのは船舶下部にあった大型トラックの代わりに、モビルスーツ用の格納庫に変えられている。そこにはモビルスーツを格納することができる。出撃デッキでは整備スタッフがそこここに働いており、その中心にはガストが仕切っていた。

 特に、エイジの<ガンダム>とミーユの<ジェガン>、ミカヅキの<モビルドール・ミカヅキ>には機体前面には青色の特殊装甲が取りつけられている。

 背中には緊急展開用ブースター『ハヤブサ』が取りつけられていた。

 エールストライカーを基にしたこのブースターは、エンジンのパワーを高められており、飛行速度を爆発的に速くできる。岩戸たち造形師の至極の一品だ。

 これだけではない。

 3機には特別なフル装備といっていいほどの武装が施されていた。

 両腕には両腕のシールド、両手にはビームライフル。両腰部には可動式のガトリング砲、両膝には可変式の大型ナイフと、ブースターの主翼には計12発の対空ミサイル。

 そのひとつひとつが吟味を重ね、造形師たちの手で、製作した一級品。『フルアーマー』と呼ぶべき機体たちは、遠目に見ると人型に見えないほどのゴテゴテしたシルエットだ。

 これだけの武装を山積みしても、足りるかどうか。それほどまでに敵とこちらの戦力差は大きかった。

 ログインした金家――エイジはこの出撃デッキで固定されている<ガンダム>のコクピットに1足先に納まり、別モニターで海を見ていた。

 <マークス・センチュリー>は目的地のアメリカに近づきつつある。すでにアメリカGBNの領海内で彼方に見えるのは、北米大陸のものだ。

 今日が3週間の期限当日。

 ここにたどり着くまでに支払われた労苦、犠牲が報われるか否かは、すべてこれからの数時間にかかっている。操縦レバーをゆっくりと握ったエイジは、ぶるりと体が震えるのを知覚した。

 恐れのせいか。

 それとも、武者震いか。

 想像以上に外気温が冷たいせいかもしれない。日本を出た時はまだ残暑がくすぶっていたのに、GBNのアメリカはもう冬を予感させている……。

 そんなことを考え、我知らず口もとを引き締めた時、2つの通信ウインドウがモニターに表示された。先に機体に納まっていたミカヅキとミーユだ。どこか不安げな表情な面持ちな視線を絡ませたエイジは、大仰に伸びをし、「日本を出て、あとちょっとで3週間か。長かったなぁ」と能天気に独りごちた。

(それにしんどかった。パーツのフルスクラッチなんて神経使うのね)

 調子を合わせて、深雪――ミーユが声を出す。何も言わず、重苦しい顔をウインドウに映す目の端に捉えたエイジは、「船長にはモーションかけられるしな」とミーユに言ってやった。

 航海中に針路を変えさせた挙句、大量のパソコン機器とパーツ製造機とタバコの煙を船内に持ち込んだ珍客たちに、デンマーク人の船長が良い顔をするはずがない。ミーユが潤滑油になってくれていなかったら、どこかで衝突の火花が散っていたことだろう。

 むっと顔をしかめてみせたミーユに、エイジは「大丈夫だったか、あいつ」とからかう声を重ねた。

「フラれた腹いせに、土壇場で手のひら返さねぇだろうに。こっちはこれから出撃だってんだから――」

(ご心配なく。部屋に呼ばれた時に、携帯のデータ抜き取っておいたから。どっかの国にいる愛人とのやりとりが、残らず奥さんに送信かもって思えば、約束違えるような真似はしないんじゃない?)

「おっかねぇ」首をすくめながら、エイジはミカヅキの方を見やった。「これじゃ英一も逃げ出すだよ。なぁ?」

 ミカヅキは応えなかった。手にした携帯機器をしっかと握りしめ、遠くに目を注いではいるが、その目がなにも映していないことは明らかだった。

 不安。

 その一語に集約されている陰を張り付けた横顔を覗き込み、ミーユも口もとの笑みを霧散させる。また重苦しい空気が立ち込めるのを感じたエイジは、「なんだよ、そのツラは」はミカヅキをウィンドゥをひとつ、小突いた。

「舞台は整ったんだぜ。あとは当事者たるヲチカタの人間が口を開くのみだ。ヲチカタのELダイバーがどんな力をもってんのか、世界中のダイバーが興味津々なんだから」

(でも、いったいどれだけの人が応えてくれるか……。みんな、この間までGBNという世界しか知らなかったんだ。それを……)

 握りしめた携帯機器に視線を落とし、ミカヅキは風音にかき消されそうな声を出す。ヲチカタへの注目、議事堂へのスピーチ、前提条件は整った。が、それだけではなにも動かせない。最後の決め手は別のところにあり、その実現如何はその場に立たない限りわからないというのが為らざる実情だった。ミカヅキが提案した時には無条件で賛成したものの、いざその時を目前にすれば不安が先に立つのはこちらも変わらず、エイジは続ける言葉をなくした。代わりにミーユが前に出て、(大丈夫。応えてくれる)と力強く言う。

(あなたは、あのヲチカタ・コロニーのELダイバーなのよ。どんなに僻地だろうと、ELダイバーはいるし、仲間たちはたくさんいる。きっと、コロニーの人たちもわかってくれるわ。あなたのやろうとしていることも)

 祈るような、自ら聞かせるような声音に、ミカヅキは顔を上げてミーユを見渡す。不安を拭いきれない瞳の奥に、年齢相応の脆くまっすぐな光を見出したエイジは、「そうそう」ととっさに押し被せていた。

「コロニー政府が動いたのも、おまえに賭けようと思ったからだ。国の未来を託したんだよ、おまえに。事務総長も、テロ組織云々の真偽を確かめたがっているしな」

(奴らの思惑が裏目に出たってことよ。ま、仕向けたのはこの詐欺師のおじさんだけどね)

 ちらとこちらに流されたミーユの視線が、よくもまぁ……と笑っていた。自分でもそう思う。きっと、独りではなにもできなかったし、思いつきもしなかった。

 こいつらはなんなんだろう。

 出会って間もないし、いま目の前にいるのに、なんだか懐かしい。それぞれ別の思いがあるのに、互いに心を重ね合わせ、傷があったらかばわずにいれらないような……よくわからないが、家族というのはこうしたものかもしれない。ふと考え、頬と胸のあたりがじんわりと熱くなるのを感じたエイジは、「今だから言うけど、9分9厘、運」と照れ隠しにうそぶいた。

「期限を3週間に値切られた時には、目の前が真っ暗になったけどよ。運よく、この船をチャーターすることができたし」

(ヘリポートがついてたおかげで、谷沼さんを助っ人に呼ぶことができた。フェアチャイルドの連中も、まさか船をアジトにしていたなんて思わないでしょ)

「通信革命様々ってやつだ。今頃はアメリカの空港が監視されているだろうが、どっこいこっちがもう庭先に入り込んでる」

(松音の親分さんが永琳組の身内だったことも、永琳組に海運関係に顔が利く組織だったってことも、ぜんぶ偶然だったって言ったら偶然。ドレルさんやリンさんの協力を含めて、ひとつでも欠けたら私たちはここにいなかった。ついてるのよ、私たちは。議事堂の改装で、議事会の会期がずれてくれたってことも含めてね)

「もしくは呂名哲郎があの世から手を貸してくれてるか、だ。福田さんや英一の兄貴、他にも大勢……。おれたちの無念を晴らしてくれってな」

 黒須の親父も、きっと。そう思い、エイジは北米大陸の地平線をモニターに出した。

 ついにここまで来た。世界の〝システム〟を不可侵の〝システム〟に変え、よくも悪くも世界、そしてGBNを誘導した超大国。

 〝A〟と出会ってから……いや、公園の暗がりで黒須を看取った時から、ここに来るのは定められたことであったのかもしれない。

 時間は刻々と迫っている。

 出撃時刻は近い。

 エイジは思った。

 『A金貨』に狂わされたいくつもの人生が決着をつける時も、また――。

「才能は、あらゆる場所に……」

 いつか聞いた呂名英一の声を反すうし、両の拳を握りしめる。

 『A金貨』――『アファーマティブ・システム』の理念に触発され、〝システム〟に挑んで散っていった生まれも育ちも異なる者たち。

 誰でも持っているなにかに導かれ、命がけで戦ったものたち。

 彼らがその身をもって敷いた道を歩んでいる我が身を自覚し、エイジはひとつ息をついた。

「おまえが、その証明のひとつなんだからよ」と腕を組んで、

「どーんと伝えてやろうぜ、世界に。GBNは、そういう人間たちにをうけいれてきたはずなんだから」

 かすかに頬を緩ませ、ミカヅキは頷いた。出撃準備、と艦内オペレーターの声が吹き込まれ、3機のリフトがせり上がっていく。

(カタパルトハッチを解放する! <ガンダム>、<ジェガン>、<モビルドール・ミカヅキ>は発射口へ!)

 リフトが上昇しつづけ、カタパルトへ。一番先に<ガンダム>の足裏に固定具が装着され、あとに続いて<ジェガン>、<モビルドール・ミカヅキ>が固定された。

 接続完了。『ハヤブサ』のロケットモーターは待機状態に。各動翼が自動的に伸長。フラップを最長位置に。

「射出準備を完了した。いつでもいける!」

 すぐさまオペレーターが応じた。

(コントロールよりエイジ! 射出信号を受信した!)

「エイジだ。<ガンダム>、いくぞ!」

 電磁カタパルトとロケットモーターが同時に咆哮をあげる。

 爆発的な加速。

 巨大な見えない手が、エイジを背中へ押しつぶされそうな感覚が襲ってきた。

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