ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第八話

 GBN ラグランジュL3エリア。

 

「偵察ドローンから1報だと?」

 ドアをくぐるなり、トニーリーダーはブリッジ中に響き渡る声で問うていた。艦長室に収まるライル副リーダーが不快げな目を寄越し、「おかげで敵の座標が割り出せた」と仏頂面で応じる。

「コロニーの残骸にへばりついているらしい。周囲に他の敵影無し。あと3時間で射程圏内に補足できる」

「予想通りだな。連中は孤立している。敵勢力は大したことはない」

 にやと口もとを緩め、艦長席の背もたれに手をつく。無礼とされる行為だが、かまうつもりはなかった。艦を守ってもらう都合上、艦載機のダイバーにはランクを無視した越権的な言動が容認される空気があるが、トニーは、このフォースでリーダーを務める人物なので特別だ。苦虫を噛み潰した副長を尻目に、トニーは天井付近の航行用スクリーンに視線を落とした。

 L3の軌道に沿って弧を描く暗唱地域の一面に、目標を示す輝点が点滅している。

 目標まで、現状速度で3時間。

 加速をかければ到達はさらに早まるが、暗礁宙域内で船脚を上げ過ぎるのは面白くない。ユニバーサル仕様より詳細な暗礁海図を使っていても、すべてのデブリを回避するというわけにもいかず、今も砂ほどの宇宙塵が刻々と船体に衝突しているのだ。

 ライル艦長の判断に問題はないと判じたトニーは、10人からの女性オペレーターが勤務するブリッジをざっと眺めてみた。

 トニーリーダーがGBNから大枚はたいて買い上げて5年、ドゴス・ギア級戦艦<ゴールデン・トニー号>のブリッジはまだ新品の部類に入る。特にこの通常ブリッジは展望がよく、広々としているところがトニーは気に入っていた。

 特徴的なのは2層分をぶち抜いた天井の高さで、航法士席はクレーンに支えられて中空に張り出し、艦長の頭上でオペレートを行う構造になっている。1枚構造の窓を前面に配置して視界をよくする一方、3次元空間を効率的に使う配慮がなされているわけで、戦闘ブリッジを別途儲ける構造ともども、ミノフスキー時代の艦隊戦に対応した思想の極致といえた。

 船体の形状は連邦らしい質実剛健的な形状といえた。

 上面から見れば細長い直方体の木箱を2つ合体させた船体は、質実剛健を言葉にしたようなフォルムをしており、両弦に6基ずつ装備した推進剤タンクがポリタンクのように見える。

 旧ティターンズが建造した大型戦艦、ドゴス・ギア級の意匠を引き継いだ直系艦と言っても間違いではないが、黄金の船体色に関しては、トニーリーダーの座乗艦であったという事情が強く作用していた。

 宇宙人アルスの襲来において、第1波を務めたトニー達『グラウンド・ゼロ』――先陣をつとめ、戦い抜き、他のフォースの心を震わせた彼が座乗する艦は、金色に塗装されなければならなければならなかった。

 激戦の末、アルス軍は敗退し、アルス本人も行方知れずとなったが、勝利といっていい幕切れとなった。最強フォース、アヴァロンを始めとする有志連合軍も壊滅的打撃を受け、多くのフォースが失われた。

 残った戦力で、残存勢力を掃討すべきという考えがあったが、多くのリーダーが"宇宙人〟という未知の存在と戦った、という恐怖が根付き、多くのフォースからメンバーがPTSDになった。

 その中の生き残った女性ダイバーの大半は各個に連合から離れ、ほとんど抜け殻になった連合は廃墟同然の資源小惑星に落ち延びた。そして、朽ち果てるのを待った。トニーがその地に踏み、連合の女性たちをまとめ上げるまでは。

 それから、じきに2年。

 <ゴールデン・トニー号>に集まったメンバーたちのおかげで、今は『肩鷲』とあだ名されるフォース『グラウンド・ゼロ』の旗艦として機能している。艦長を始め、クルーを内実は一新されて、女性たちのみとなった。

 メンバーの中には出戻りの者もいるかもしれない。そのへんの事情は詮索しても始まらないし、する気もないとトニーは思っていた。

 1度は戦い抜きに抜いた連中が、勢いを盛り返したと知るや、戻ってきた連中だ。なんとか派だ、なんだと相争い、集合離散を繰り返してきた原理主義者たちも含めて、取るに足らない存在だとトニーは思う。

 このフォース『グラウンド・ゼロ』に必要なのは、若い情熱と勇気だ。

 負の歴史に囚われず、純粋にゲームを楽しんでもらいたいという若者こそ中核になるべきなのだ。わたしはそう思っている。アヴァロンには絶対にいいようにはさせない、持って生まれた勇気と才能をもってわたしが導き、ELダイバーの理想郷を実現しよう。その手に世界に担ってきたわたしの苦しみは、頭数でしかない凡俗にはわかるまい。

 ちらちらと羨望の目を見る目を向けてくるブリッジ要因らを見渡し、額にたらした前髪をたらしたトニーは、「我々は出撃準備に入る」とライル艦長に告げた。

「戦闘は10分で終わらせる。ライルはここで見物していればいい」

「ありがたい話だが、そう簡単にいくか?」

 ライルの小姑めいた口調に、返し変えた踵を止めた。

「あっちのフォースだって、暗礁宙域の光学観測ぐらいはしている。我々の動きも補足しているはずだ。普段なら見過ごしてくれるところだが、今回のフォース戦はビルドコインも関わっているんだ。金が関わっているんなら、我々の接近は敵艦に通報されているだろう?」

「相手は我々ほど臨機応変でもないよ。隠密に動かせる戦力には限りがある。今頃は対応を決める会議がもたれているだろうさ。責任をとりたくない、リーダーと副リーダーの間でな」

「だといいがな」

「傭兵の気配はないんだろう? 請け負うよ」形ばかりの笑みを浮かべ、トニーはドアの方に体を流した。「だいたい、強い奴らなら、我々はとっくに殲滅されている」

「失業者をよそに、運営がELダイバーに仕事を与えていってることを考えたら、たまにこうして相手の機体をデブリに変えるくらいどうということはない、か?」

「そういうことだ。だからこそ、こうやって仕事を増やす必要があるのさ。」

 ライル艦長はかすかに目を細めただけで、無言を返事にした。青いな、と言っている背中に、覚えておこうと、と胸中の声を返し、トニーはブリッジをあとにしようとした時、「そうだ」と歩を止めた。

「"荷物〟はどうなっている」

「あぁ、元気にしているよ。問題ない」

 ライルはにまりと嗤った。

 

 

 

 モビルスーツ・デッキに降りると、密閉空間にこもった油の臭いや人いきれ、過熱した電気コードの臭いが一斉に吹きかかってくる。ダイバールックに香らせたオーデコロンが殺されるのを気にしつつ、トニーはキャットウォークを蹴って広大なデッキに漂い出た。

 フォース『グラウンド・ゼロ』に保有するモビルスーツは12機。横に長いがらんどうの空間に整備用ハンガーが6台ずつ向き合う形で置かれ、ドム・タイプの最終系<ドライセン>を始めとした、それぞれの専用機が各々のハンガーに収まる形がある。機体たち自体には改良は施されていないものの、その右肩には鷲のマーキングが施されている。

 このデザインからこのフォースは『肩鷲』とあだ名される所以で、隊長機にはブレード・アンテナが施されている。

 そのリーダー、トニーの機体である隊長機<スーパーギラ・ズール>は、ジオン公国軍のザク・タイプを引き継ぐものだが、量産機らしからぬ拡張性を利用した個性を演出できる機体となっていた。

 両肩にスパイク・アーマーを装備し、右腰に大型ヒートホークを装備した攻撃的なシルエット。背部に備えた2基のブースト・ポッドは、両肩の上に張り出すほどの巨大な代物で、天使の羽根のようでもある。他方、やはり背部に備えられた推進剤タンク兼スタビライザーは尻尾さながら後方に突き出しており、全体的な印象は悪魔といった方がふさわしかった。

 軍団を統制する刺々しい悪魔――。

 事に、隊長たるトニーの機体は、全体的に青を基調に金色の彫をいれたカラーリングが施され、さまざまな機種のモビルスーツのなかでも異彩を放っている。自機の整備状況を確認しながら、トニーはハンガーの脇にあるプラットフォームへ向かった。整備員らが備品のチェックを続ける中、フォースメンバーに属する3人の女性ダイバーが目ざとく敬礼をする。

 すらりとした長身に金髪の長髪が見栄えがあるキューリーと青がかった涼しい瞳が特徴的なメロゥ、そして幼い面影を残しているのがジュリエッタだ。

 どちらも20代前半の女性のフォースメンバーで、ダイバールックの青い軍用制服がよく似合う。この2人に予備要員、整備員を含めて30余名が『グラウンド・ゼロ』の陣容だが、トニー自身の財力で、装備とモデラ―は良いものを取り寄せており、全フォースからスカウトした選りすぐったメンバーたちの実力は一騎当千に値する。プラットフォームに足を着けつつ、

「出撃は3時間後だ。それまでは待機」

 とトニーは告げた。

 キューリーとメロゥはそろって踵をあわせ、

「は、トニーリーダー」

 と唱和する。

「メロゥは、今日がフォースに入っての初陣だったな」

「は! このフォースに引き入れていただいた御恩は忘れません」

「気負うなよ。GBNも、世界もガンプラでの実力がものを言う。いつも通りにやってみせればいい。……もっとも、今日はその間もないだろうがな」

「私もがんばります!」

 とジュリエッタ。

 キューリーが含み笑いを漏らす横で、メロゥは怪訝そうに眉をひそめた。トニーは前髪をかきあげ、

「今日はわたしは前線に出る。君たちの仕事はないよ」

 と教えてやった。

「……リーダーが?」

「始まればわかる」

 ふっと口もとを緩めてから、トニーは背後の整備ダイバーに視線を映した。

「わたしも出るぞ。整備はしっかりしておけ」

 と命じると

「は、伝えます」

 と整備ダイバーの体がプラットフォームを離れてゆく。その姿を目で追ったトニーは、デッキに鎮座する自分の機体を視界に入れた。通常の<ギラ・ズール>よりひと回り大きい青の巨人。その腹部にあるコクピットを凝視した時、「噂は本当なのですか」と興奮したメロゥの声が耳朶を打った。

「リーダーは、出撃させる時、いつも最前線へ向かうとか」

 青みがかった瞳を輝かせ、メロゥの顔が『まるで……』と言っていた。まるで、ではない。そのもの、だ。内心に修正しつつ、「うむ。リーダーたるもの、常に前に出ていなければな」とトニーは応えた。

「そして、戦場に行っても返ってくる主義でもある」

 まだ少女の面差しを残すメロゥの顔が紅潮し、その目が青いモビルスーツに吸い寄せられる。誇らしげに微笑むキューリーを背に、トニーは主を待つ青い機体に目を向け直した。

 

 

 

 

 GBNにもモビルスーツを扱うゲームの都合上、ミノフスキー粒子は存在する。その粒子が電波兵器を無力化した時代、誘導弾という概念が戦場から絶えて久しい。絶対に外さないミサイルの応酬でケリがつく、いわゆる弾道ミサイル戦争はこのオンラインゲームには存在せず、互いに目視できる位置に戦力を並べて競い合う、中世期以前の戦場が宇宙に持ち込まれている。

 そこでは、前線に展開するモビルスーツが戦闘機の役割を果たし、後方の艦艇は移動陣地の役割に終始する。艦隊同士がすれ違う近接戦闘にでもならなければ、艦砲射撃など火矢にもならないのがこの時代だった。

 それでも長距離ミサイルの購入が中止されず、航宙艦艇の主要兵装のひとつとして目されているのは、古代の騎馬戦において大砲を重宝それた事実と根を同じくする。レーダー誘導によるピンポイント攻撃はできなくとも、目視で敵の位置を捉え、確実に当たるコースに乗せてやれば、ミサイルは愚直に目標へと突き進んでゆく。撃ちっぱなしのロケット弾と割り切れるなら、その射程の長さと破壊力は十分な脅威に値した。事に対艦用の大型ミサイルともなれば、2発の直撃で戦艦を葬ることができるのだ。

 今、その対艦用長距離ミサイルが真一文字に飛び、<ゴールデン・トニー号>の潜む暗礁空域に直撃した。

 最初の観測結果と、その後の時間経過から割り出されたミサイルの数は12基。そのうち、4本は目標は逸れたが、残る8本は、岩礁に阻まれ、弾頭に重点された炸薬を起爆させた。

 瞬間、青白い閃光が連続して膨れ上がり、各々か押し広げる衝撃波が干渉しあって、折り重なる8つの火球が大岩を包んだ。音速を超える衝撃波が外壁部分を引き剝がし、膨大な熱エネルギーが構造材を溶かしてゆく。岩礁を破壊したエネルギーは、その周辺に広がる岩礁を突き崩して装甲をへこませた。

 多くの大戦で引き裂かれてなお、岩礁のステージの面影をとどめていた場所は、ほんの1瞬前、霧のような煙に包まれた。周辺から砕かれたデブリが一斉に砕かれただった。

 同時に戦艦下部でわき起こった閃光は、1秒後には紅蓮の炎を滲みさせ、マグマのごとき奔流を噴き上がらせると、底が抜けた、なくなったという表現のままに真空の岩礁地帯を瓦解させていった。

 外周監視用のドローンを収容し、岩礁地域から1時離脱としていた<ゴールデン・トニー号>にとって、それは青天の霹靂と呼ぶべき事態だった。ドローンは、遠隔で操作する複合センサーで、この時は岩礁の外縁に放出され、艦の死角となる方位の監視に供されていた。移動のためにそれを収容した<ゴールデン・トニー号>は、残骸の裏側を見張る目を一時的に喪失したも同然であり、ミサイルはその瞬間に狙いすましたかのように殺到してきたのだ。

 真空の静謐にあった岩礁が突如として瓦解し、砕かれた岩礁がさらに細かくなった大量の瓦礫が<ゴールデン・トニー号>に激突する。

 大小のデブリ、

 さまざまな大きさの岩、

 半壊したモビルスーツなどが灼熱の尾をひいて、船体を直撃し、全長600メートル弱の超ド級戦艦がそれとわかるほどに身震いする。

 艦内では固定されていない物が残らず吹き飛び、クルーたちは天井と床の間を何度も跳ねまわった。重力ブロックも例外ではなく、ある者は食事のプレートと一緒に吹き飛ばされ、またある者は壁に叩きつけられた。

 モビルスーツ・デッキではクレーンや固定策がぎりぎりと鉄の悲鳴をあげ、整備長らが対処にかけずり回る中で、トニーやメロゥ、キューリーが自機のコクピットに飛び込んでゆく。破片の直撃を受けた対空機銃を始め、装備のいくつかが使用不能になっていたものの、ブリッジが艦の損害状況を把握するのはまだ先の話だった。警戒配備をとっていたとはいえ、ライル艦長も天井にしたたか頭をぶつける羽目になった。

 じんとしびれた頭蓋に、悲鳴と怒号、アラートの音色が一緒くたになって突き通る。灼けたデブリの奔流がブリッジ正面の窓をかすめ、無数の赤熱した残像を網膜に刻む。

「期間増速! 全艦、急速回答」

 なんとか椅子に座り直したライルが、叫んでいた。操舵員がすかさず復唱し、総舵輪に指定された進路をセットする。

 <ゴールデン・トニー号>の艦首が90度近く持ち上がり、岩礁のなかで垂直に屹立するのを見たライルは、次の手を頭の中で考えた。前進強速で逃げ切る手もあるが、瓦礫が散弾状に拡散している異常、まずは艦の被弾面積を最小限にとどめるのが望ましい。

「損傷確認急げ! 対空監視! なにをしていた!」

 ライルは声を張り上げる。ブリッジ付きの兵員から「周辺に敵影無し!」と怒鳴り声を返したセンサー長の声が耳朶を打った。

「レーダー圏外からの攻撃と推定」

「そんなはずがあるか。よく探せ。敵はすぐそばにいるんだぞ」

 次の一手を考えている間にも、瓦礫が船体に衝突する音が断続的に響く。眼下にあった大型のデブリが形を崩し、ゆっくり四散してゆくさまをモニターごしに確かめたライルは、左舷側に位置する索敵センサー画面に目を走らせた。

 対艦ミサイルの直撃――それも2発や3発といった規模ではない。至近距離から複数のミサイルを撃ち込んだ他の敵艦がいるのだ。偵察ドローンを収容し、センサー能力が半減した時間は1分未満。その間に敵艦が忍び寄り、ミサイルを撃って再びリーダー圏外に待避したなどという冗談は金輪際ありえない。

「レーダー時代の誘導弾じゃあるまいし、撃ちっぱなしのミサイルがこうも当たるはずがないんだ。しかも長距離から……」

 思わず口にしてみて、ひやりとした感触を覚えた。

 長距離からの攻撃。

 近くに敵影がないなら、それしか考えられない。

 宇宙を背景にすれば砂塵の一粒。たかだか1キロ四方のデブリをレーダー圏外から狙撃する方法はひとつ。目標の絶対座標を割り出し、進路上に障害物がなくなった瞬間なミサイルを射出することだ。

 そう、敵はこちらの正確な位置を知っている。先刻、まとわりつく<トロイホース>の母艦ににやけていた、あの時を――。

「ハメられたか」

 ライルが艦長席でぼそりと呟く。

「高熱源体、急速に近づく!」

 とセンサー長の声にぎょっと顔をあげた。

「敵は1。本艦直上より接近!」

 第一波とは方位が違う。包囲されている、という最悪の予測は脇に置いて、「またミサイルか!」とライルは問うた。

「いえ、この動きはモビルスーツ、ですが……」

 言い淀んだ声に、畏怖の色が滲んでいた。ライルはセンサー長の背中を見た。

「デブリの中をこのスピードで飛ぶなんて、あり得ない。先頭の1機は通常モビルスーツの3倍の速度で接近中!」

 コンソールから頭をあげたセンサー長が、青ざめた顔をこちらにふりむけて言う。「なんだって……?」とつぶやいた口がこわ張るのを感じながら、ライルはセンサー画面を凝視した。

 後続機を引き離し、艦に接近するアンノウンの起点が不気味に点滅する。チャンプか? あの可能性を秘めたモビルスーツ――。全身の肌が粟だち、ライルは我知らず艦長席の肘掛けを握りしめた。

 

 

 

 その白いモビルスーツの侵攻速度は、確かに従来のモビルスーツをはるかに凌ぐものだった。大出力に改造した背部のスラスター・ユニットと2基のプロペラントタンクがなさしめることだが、それだけではない。白いモビルスーツは進路上のデブリを蹴り、その反作用力をスラスター推力に掛け合わせる術を心得ていた。

 無数に漂う鋼鉄片や石ころの中から、自機の質量を上回るものを瞬時に選び出し、すれ違う一瞬に飛び石の要領で蹴る。同時にスラスターを全開にして次のデブリに取りつき、加速に加速を重ねて、暗礁地域を疾駆する。

 無論、デブリは軌道に沿って絶えず流動しているから、先々の足場を事前に設定しておくことはできない。デブリの動きを予測し、接触する直前に次の足場を見定めつつ、なお目標に対して最短軌道で到達できるコースを選び取る。

 大容量のコンピュータをもってしても計算が追いつかない、落石にわたって崖を駆け上がるがごとき神業だったが、白いモビルスーツ――RX-78-2<ガンダム>に乗っているダイバーにはそれができた。ランドセルのごとき背部の大容量スラスター・ユニットを閃かせ、デブリの奔流を飛び石伝いに渡りながら、白い機体がしなやかに宇宙を跳んだ。

 行く手には、隠れ潜んでいたデブリの残骸を打ち砕かれ、荒れ狂うデブリの中で立ちすくむフォースの黄金艦が1隻。もはや隠れる場所もなく、金色の船体を往生させる目標を見定めたダイバーは、顔をにやりと歪めた。ごつごつとした岩のような手が操縦桿を操り、ズボンを履いた足がフットペダルを踏み込む。腹部を赤と青をあしらった白い機体は傷ひとつなく、美しい。

「燃え上がる時が来たぞ、ガンダムッ……!」

 荒々しい黒髪が、その生気を吸って軽やかに波打つ。デブリの激流を渡る<ガンダム>のコクピットで、クロウが嗤った。

 

 

 

(艦首、新針路に固定。第1から第4まで、カタパルト・ハッチ解放。モビルスーツ隊、射出位置へ〉

 通信長の声とともに、カタパルト・ハッチが開放してゆく。

 <スーパー・ギラ・ズール>を前に出し、その両足をカタパルトに接合させたトニーは、ハッチの外に広がる光景のすさまじさに思わずうめき声をあげた。

「なんだとっ……!?」

 真空に向かって真一文字に第3カタパルト・デッキ――<ゴールデン・トニー号>の形状を長方形の箱だと例えるなら、右角に相当する露天甲板。天を覆って流れる大量のデブリが、その周囲を埋め尽くしていた。

 大小の石ころが艦尾から艦首方向へ流れ、たまにモビルスーツほどの大きさのある岩塊がカタパルトのすぐ横をかすめてゆく。まるでデブリの海を逆進しているかのようだったが、実際には<ゴールデン・トニー号>は前進していた。迫りくるデブリの奔流の中にいるため、飛散する瓦礫の奔流が後ろから前へ流れて見えるのだ。

 デブリの進行方向に同期すれば、相対速度を殺せるし、艦の被弾面積も最小限で済む。艦首から射出されるモビルスーツにとってもありがたい配慮だが、こんな状態で無事に発艦できるのか? 発艦した途端に、背後から飛んできたデブリと衝突してぺしゃんこ……いや、それ以前に、この汚れきった宇宙の中でどうやって敵を補足すればいいのか。

 ひとつ、咳払いをし、ひっきりなしに流れるでデブリを見回したトニーは、(タイミングの悪い時にすまない)と発した無線のライルの声に安堵の息を漏らした。

(敵がこんな手を使ってくるとはな)

(なに、これくらいしなければ面白くないさ)

 自らに憎まれ口を叩き、心を落ち着かせる。

(さすがはリーダーだ。嬢ちゃんたちの世話も頼むぜ)

 と返ってきたライルの声を聞きながら、この戦場でやれるか? と違うことを考えて、トニーは全機体のチャンネルの無線に合わせた。

(各機、私が敵陣に突入する。発艦後、全機シフト通りにトライアングル・フォーメーションを形成)

 トライアングル・フォーメーションとは、その名の通り編隊行動における3人1組行動による行動単位を指す。この場合、前衛が1機で、支援の2機。それゆえ、前衛は白兵戦に重きを置いた装備で、支援は支援用の長距離装備をしている。敵が2機とはいえ、総がかりでいかねばならない敵とは。兵員に差し込まれた弱気を察したトニーは、

〈敵は1機だ。数はこちらが確実に多い。落ち着いていけ〉

 兵員に発破をかけると、〈進路クリア、発信どうぞ〉と通信長の声が重なる。留まる気配のないデブリの奔流を見渡し、〈どこがどうクリアなんですか……〉と口中に毒づいたメロゥは「聞こえているぞ、メロゥ」と飛んできた通信長の声に「了解!」ととっさに応えた。

 男の通信長じゃなくて、女の通信でも雇おうかな、とトニーは頭のなかで考えた。雇うとしたら、どういう女性がいいかな。エメラルドの瞳、金髪もいい。凛とした横顔。この戦いが終わったら、引き抜きでもしようかな、と脳裏に描いたトニーは、<スーパー・ギラ・ズール>を中腰にさせた。

「トニーだ。<スーパー・ギラ・ズール>、出る!」

 露天甲板上を、トニー機が滑っていき、ブースターを点火させた。続いて左側の第2カタパルトから、支援用のビームランチャーを装備した<ギラ・ドーガ>が発進し、滑ってゆく。

 まぁ、考えるのはあとにしよう。

 勝てる戦いだし、負けはしない。

 絶対に勝てる戦いなのは、間違いないのだから。その時に取るべき道は見出せるだろう。

 

 

〈燃え上がる時が来たぞ、ガンダムッ……!)

 くぐもった無線の声がポッドを介して、強い声の通信を震わせる。

 とクロウの声を聞いたエイジは、<ジム・スナイパーカスタム>の全周囲モニターを最大望遠にして、金色の敵艦を見た。可変用のブースターユニットを背負った金色のモビルスーツが、カタパルト・デッキを滑って、虚空に飛び立っていく。

 エイジは10インチ大のモニターに目を戻した。

 現在、エイジの<ジム・スナイパー・カスタム>は岩礁に隠れて長射程のガン・カメラ――全長18メートルを超す円柱のそれを構えている。そういえば、うちのクロウはそんな人だったな、と思い出す間に、もう1機のモビルスーツのシルエットはたちまち遠ざかり、青白いスラスター光だけがモニターの中に残された。

 艦の周囲を流れるデブリをするすると避け、フレームの外に消えていく。先発した機体に較べたら、ぎこちない動き……というより、金色の動きが一番よくて、あとはあんまり……な軌道を描いていたような気がする。

 ガン・カメラを構えたまま、金色の敵艦の様子を見る。

 敵艦はすでにクロウの<ガンダム>による攻撃を受けており、モニターの向こうでは<ガンダム>が対艦戦闘を行っている。

 敵――『グラウンド・ゼロ』。

 宇宙人アルスの戦いで散り散りになったフォースをまとめ上げ、中でも女性実力者ばかり集めた集団……。低く唸ると、滑走を開始した<ドライセン>を注視した。カタパルトに乗った背中がみるみる小さくなり、滑走路の終点に差し掛かったかと思うと、ピンク色のビーム光が1本、ノイズがノイズがなにかなにかのように画面を斜めに横切る。刹那、真っ白い光が発艦間際のモビルスーツが膨れ上がり、モニターに小さな光を生み出した。

 同時にデブリが散乱し、戦場を震わせる轟音が全身を押し包む。

 真空に伸びるカタパルトデッキを発信口から捉えたモニター映像――そこにはあるべき滑走路はない。途中でへし折れ、焼け焦げた断面をめくれ上がらせるデッキがモニターに映えている。その向こうには、クロウの<ガンダム>と逆流するデブリがちらちらと閃く闇の虚空。再び瞬いたピンク色の光が画面に焼きつき、星に見えない暗黒に2つ、3つと爆光が膨れ上がる。

〈あの……俺たちは何もしなくてもいいのか? せめて援護射撃くらい……〉

「いいのいいの、あの人に任せておけば。俺たちはあのハーレムフォースの情報を集めればいい」

 敵は2機。もうこの戦いに、エイジと依頼人のフォース『ゴールドシチー』メンバーの面々が介入する余地はない。エイジは、<ジム・スナイパーカスタム>にガン・カメラを構えさせたまま、向こうの戦場を観測しながら、

「いるんだろ、君たちの仲間が」

 と何の抑揚ももなく言う。

「あのフォースには、ただのハーレムフォースじゃない。"裏〟の顔があったんだ」

〈裏の……?〉

 メガ粒子砲とわかるピンク色の光軸を見つめ、嘆息をついて、それだけのことを考えたエイジはあちこち痛み始めた体を何度かほぐし始めた。

 1キロ離れた先、同じく巨大ガンカメラを構えた<ガンダム・サダルスード>のデュアル・アイが光り、人がそうするように見る。

 反対隣りに位置する<ジェガン>も巨大カメラガンを構え続けている様子を視界の端に捉えたエイジは「ああ」と応じて、戦場を眺め続けた。

「あのフォースは、ELダイバーを強制拉致を行い、闇のサイバー組織に売りつけている」

 操縦桿を一旦、手から放し、前髪をかきあげる。さすがに喋りすぎたか? と思ったが、かまいはしない。この距離での無線は聞こえはしないし、あるいはあのはーれレムに会話記録を消されることだってあるのだ。

〈…………〉

 唾を飲み下す<ガンダム・サダルスード>ダイバーの音が耳朶を打ち、戦場の監視に戻ったエイジは、真実はつらいな、と内心に続けた。

 敵弾は飛来することがないから、こういうことができる。

 『ゴールドシチー』との共同作戦で、デコイとして艦に似たダミーバルーンを置いた。そして、<ゴールデン・トニー号>は見事にそれを敵として認識してくれた。その横から、<プロト・スタークジェガン>隊によるミサイル攻撃。それが見事にはまってくれたのは僥倖だった。

 その敵艦も、今やクロウの駆る<ガンダム>によって潰されようとしている。いまや、火砲も飛んでくることもない。敵艦は弾幕を張るのに精いっぱいだし、仮にこちらを狙う者がいるとしたら、その気配を生じたクロウが潰してくれる。

 いっそ自分なんて必要ないんじゃないか?

 いや、そんなことはない。

 クロウとの秘書代わりからお茶くみまでの雑用、主戦場に着くまでの護衛、敵の増援の監視と、あいつをサポートする仕事はいくらでもある。

 なにより、信頼されているこの気持ちがいい感覚こそが敵に対する壁になり、あいつの下にいられる。

 エイジは、錯綜するビーム光に<ガンダム>の機影を幻視した。じきに敵のモビルスーツは仕留められ、艦砲も沈黙する。もはや逃げも隠れも出来ず、敵艦は『荷物』を差し出さざるをえなくなるだろう。これが終われば本日の任務は無事終了する。それがどのような代物でさえ。そう、拉致されたELダイバーでも。回収作業は依頼人の、『ゴールドシチー』の戦艦に回収させればいい。

 それまでは、自分はまだエイジでいられる。この自分ではない自分に身を委ねていられる。

 "流星〟の疾駆する戦場――戦うクロウはかっこいい。ひときわ大きな爆光を映しながら、いつかあいつの力になりたい、と心中につぶやいた。

 

 

 そして、あいつの本業にもついていってもらうんだ――。

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