ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

91 / 91
第九十話

 海と川に囲まれたその地理的条件が、ニューヨークに世界の首都と呼ばれるまでの発展をもたらしたと言われている。なお、GBNにおけるニューヨーク・エリアと変わらない。

 GPデュエル隆盛時代においては、まず海運ルートを支える良港の有無がその価値を定め、経済的繁栄を遂げる絶対条件だった。北米大陸の形成しながら、錯綜する河川によって大小の島々に分かたれたニューヨークは、アメリカの玄関口として発展する要素をあらかじめ待たされていたのだ。

 ヨーロッパで起こった災害は、最盛期には1日2000人にも及ぶアメリカ移民を生み出し、彼らは一様に大西洋を渡ってニューヨーク港を目指した。移民の増加は消費の増加を招き、労働力の需要も増加させて、経済規模を倍々ゲームで膨れ上がらせている。当初は南端にあった街の中心地は、人口が増えるとともに次第に北上し、それでも足らずに建物の高層化を促していった。従来のヨーロッパ的豪華思考から、技術力と資本力に物を言わせた摩天楼の建立戦争へ。今世紀初頭から始まったこのムーブメントは、大型テロ組織による破壊活動によるトラウマを経ていっそう拍車がかかり、高層ビルの博覧会とでも言うべき光景をニューヨークに根付かせることとなった。

 他方、移民の街という原初のアイデンティティは失われず、ニューヨークでは多彩な文化とコミュニティが溶け合うことなく混在している。有名なチャイナタウン、リトルイタリー、ハーレムを始め、それぞれの国と民族と肌の色が寄り集まって独自の街を造り、そこでは英語を話す必要すらない。それでいて、誰もがニューヨーク市民と言う自覚を持ち、母国とは似て非なる文化を保ち続けているのがニューヨークという街だった。ガンプラバトル実力主義という側面は側面でしかないが、したたかなビジネス街、商売第一という価値観は住民すべてに共有されてもいる。人種のるつぼでありながら、国や民族を刺し貫く〝システム〟に律せられた街――「世界の縮図」という昔からの言い方は、グローバル主義が浸透した昨今、決して言葉だけのものではない。

 そのニューヨーク港から眼下にしたブルックリンにて、対空ミサイルが迫っていた。

「照準レーザーを確認! 対空ミサイル各4発! 12発くる!」

「ミーユ!」

「回避運動はできないわ!」

「くっそぉぉっ!」

 GBNの対空ミサイルはよほど高機動でないかぎり、回避するのは無理な仕様だ。が、そもそもこちらは戦闘機でもないし、SFSにも乗ってないのだ。

 回避運動も間もならないまま、電子的対抗もないまま3機は未明の空を突き進む。

 強引に突っ切るしかない。

「ミーユ、ミカヅキ、ガトリングを準備! 両方だ!」

「了解!」

 <ガンダム>、<ジェガン>、<モビルドール・ミカヅキ>の腰部後ろに接続された2基のガトリング砲。脇の下を回り込んで前へとせり出す。モビルスーツの共通オプション火器で威力は強くないが発射速度は高い。1秒間に100発もの80ミリ弾を吐き出すことができる。

「こうなったら、できることはみんなやる! ライフル、ミサイル、ガトリング! 全部だ!」

 両手にそれぞれ握っていたビーム・ライフル二門。

 脚部に装備された8発の脚部ミサイル

 3機がそれぞれ装備していた火砲を前面に。

 これでミサイルの迎撃を試みる。それでも撃ち漏らすだろう。そこは後から考えるしかない。

「距離のデータを俺にくれ! 俺の合図で一斉に射撃だ!」

「了解!」

 ミーユが叫ぶ。

 高速飛行中に兵装を展開して追撃態勢をとり、腕や頭を動かすのだからただでは済まない。乱流が発生して、機体が不安定になる。それでもブースターのフライトコンピューターは健気に動翼をコントロールし、飛行姿勢をなんとか維持した。

 あとは一瞬だ。

 距離は4000……距離3000……2000……。

「撃て!」

 煙る青天の空に、ばっとオレンジ色の光が染まる。3秒の斉射で大小1200発近くの弾丸がばら撒かれた。発射の反動で機体の速度ががくりと落ちる。

 失速寸前だ。

 だが、ブースターの推力はその反動すらものともせずに<ガンダム>を、<ジェガン>を、そして<モビルドール・ミカヅキ>をなおも前へと推し進める。

 弾幕にミサイル群が飛びこんだ。

 1発に命中。誰の弾が当たったかなどわかるわけがない。ミサイルがくるくる回りつつバラバラになって落ちていく。

 もう1発がずっと手前で分解。続いて1発。

 さらに立て続けで4発が爆発した。

 撃墜できたのはこれで全部だった。

 残りはもう、避けられない。

「シールド構え!」

 両腕のシールドで前面を防御。こだわりにこだわった、ガンダリウム合金製の盾。

 <ガンダム>の視界半分近くのがシールドで覆われる。至近距離でミサイル爆発。2枚の盾も砕け散った。機体の右側が跳ね上がる。

 ほとんど同時に襲い掛かった5度の爆発と破片を、<ガンダム>の盾が防ぎ切った。<ジェガン>の方も同様に防いだらしい。<モビルドール・ミカヅキ>もなんとか無事だった。

 モビルスーツ用のミサイルだから、どうにかふせいだものの、もっと強力な弾頭ならば、アメリカの大地に真っ逆さまだ。

「損害報告頼む!」

 エイジが言う。

「<ガンダム>のブースターの左翼に損傷あり! アクチュエーターも応答しないわ! 盾を喪失! こちらとミカヅキも機体の右翼がやられた! 盾を喪失!」

「機体は?」

「3機とも問題なし!」

 モビルスーツはダイバーの体の延長だ。機体そのものに何かあれば、それは問題になる。

 <ガンダム>の頭部を左に向けて視認する。左の主翼、4分の3から先がぼろぼろになっていた。気分が悪くなりそうな揺れが断続的に襲ってくる。機体全体の姿勢が左側に崩れてきりもみ状態になりそうなのを、フライトコンピュータが何度も何度も補正し続けているのだ。

 だが、3機は飛び続けている。俺たちは飛び続けている。このブースターのタフなことといったら、あいつらにそっくりだ。

「だが、次はもうねぇ……!」

 兵装切り替え。眼下の景色はブルックリンを通過した。

 

 

 

 川面にもモビルスーツの足音を響かせ、<GBN-ガードフレーム>型モビルスーツの1機が近づいてくる。ハウストン街のインターからもまた1機のガードフレームからも1機が合流して、飛翔体――全部で3機。空中で直線移動するモビルスーツの拿捕にしては妙に立ち上がりが早く、また物々しい。

 弾痕だらけのモビルスーツの機体を見ていたスタッフが、その旨を一報したからだろう。総会中の議事堂近辺という地理的条件も無関係ではあるまいと思いつつ、アローンは傾いたまま動かない<グレイズ>の機体を眼下に見下ろしていた。

 砲台による対空攻撃をした以来、あの3機は撃墜された。飛行隊の<ディン>の接近を警戒して後退したもののこちらの<ディン>は未だ撃墜されたモビルスーツたちをビルの屋上から捉え続けており、その映像は手元のシステムウインドウを通してリアルタイムで見ることができる。

 GPSを搭載し、住所を入力すれば自動的にその場所をズームアップする高性能カメラも、飛んでいるモビルスーツのコクピット内にいる人の動きを見直す力はない。このビルの屋上から肉眼で見上げるのと同様、ウインドウにはオレンジ色に発行した光の映像が映し出されていた。

 撃墜されれば守備隊に囲まれるというのに、なにもせずにいるつもりか?

 疑問に思うのとは違う、腹の底に突き上げる熱に駆られて口中に呟いたアローンは、(やっぱりやってこないわね)と発した黒人女のダイバーと発した声をイヤホンの中に聞いた。

(向こうにもプロがついているんだから、当然ね。部隊が身柄を拘留できれば、あとは簡単。あなたには〝面会〟に行ってもらうこともできるけど?)

「それでは〝狩り〟にならない」

 語気荒く言ってから、そうだと内心に押し被せる。さっきのモビルスーツたちの処理をするのに1時間、マンハッタンで待ち伏せの態勢を整えるのにさらに1時間半。あと1時間早く動けていたら、ここよりずっと安全なスタテン・アイランドで仕留められたのに、結局は議事堂の目前。それもその路上ので網を張るしかなくなった。しかもこの中身と言えば、対空ミサイルを装備したミサイルランチャーを装備した<GBN-ガードフレーム>に乗ったハンターを3人も配置しておきながら、足止めを食らわせて部隊に身柄を拘束させるという消極的なものだ。こんな駆け足で滑り込んだような無様な作戦に搦めとられ、おまえたちは座して死を待つのか? 拘留中のミカヅキを処理するなど、猿にでもできる。おまえとはもっと別の形で渡り合いたかったのに、こんなことで――。

 この自分が不満という感情を持ち、そうしたいという欲求している。その異常を異常と感じる神経も働かぬまま胸中に紡ぎ、屋上の手すりから我知らず身を乗り出した時だった。

(飛翔体、来る!)

 と別の声がイヤホンの中で弾け、アローンは全神経を視覚に集中した。捉えられた映像に、3機の機影が空中を駆け抜ける様子が捉えられていた。やってきたのか、と気を逸らせたのもつかのま、アローンはなにひとつ変わらぬ己の状況に気づいてびくりと片眉を跳ねさせた。

 先刻もそうであったように、対空攻撃を実行するのはアローンではない。スタイブサント・タウンと呼ばれるマンハッタン最大の住宅団地の一画、建築中のアパートの各部屋を陣取り、それぞれの窓から命令を告げるハンターたちだ。

 アローンはさほど射撃戦が得意ではない。

 スコープ越しでは目標の息吹きが感じられず、働くべき体内の回路が働かないからかもしれなかったが、バズーカの1挺も借り受けずにきたことが悔やまれた。せめてこの手でミカヅキを殺せば、腹の底の不可解な熱も多少は緩和できただろうに。

(モビルドールの撃墜を最優先。全長18メートル、細身。防空レーダーによると、ブースターに増加装甲を着用しているけど、偽装している場合もあるから――)

(目標補足!)

 黒人女の声を遮り、防空任務に就いていたSFSに乗った5機の<GBN-ガードフレーム>のうち1機からの一報がイヤホンを騒がせる。(爆炎の中から細身のモビルドールが1機、ブースターは損傷しています)と報告が立て続けに入り、(それよ。増援が来る前に仕留めて)と女の声が応じる。アローンは上空の光景とタブレットを交互に見た。

 ごてごてした装甲をまとったモビルドールが1機、高度をとれないまま上下に飛び続けている。砲台からの対空砲火が邪魔になって、ビル側からは見えない。ミカヅキにしては妙にふらふらした機動だが、時間稼ぎのつもりか? 映像ではその気配を感じ取れず、3機の<ディン>のが上空をよぎった後、(もう1機、モビルドールの上部より爆炎から<ジェガン>が飛びだしている。同装備)という声がアローンの耳朶を打った。

(続いて1機。機種は<ガンダム>……この機体も重装備を装備している)

(速すぎて、照準に入らない。こんなに早く飛び回れたらこちらが不利だ。指示を)

(撃って! 視界に入ったら、全機で撃ちまくりなさい!)

 入り乱れる通信音声を圧して、黒人女の声がイヤホンから噴き出す。手すりをつかんで様子を見守ったアローンは、その間に道路がスライドし、右曲がり角、突き当たりからのリフトでせり上がった。単眼のスコープをつけた<GBN-ガードフレーム>が次々と登場し、長身のビームライフルを構えたのを見た。上空から迎え撃つらしい。だが、今、ブースターを切り離しても、そのまま対空射撃で機体を撃ち抜かれてしまうだろう。

 自分の見識が正しければ、降下ポイントまであと2000メートル。

 3機の火災が大きくなっている。右のエンジンらしき翼はもう火だるまだ。右翼が炎に包まれようにしている。

 あと1000メートル。

 砲台から機銃が放たれ、さらに被弾。翼に大穴。高度が落ちる。速度も落ちる。炎が広がり、モビルドールの右肩が焼き始めていた。

 あと800メートル。

 ここで――。

 3機はすぐさまロックボルトを解放し、背中に接続されていたブースターを切り離した。

 だが、アローンは逃げなかった。

 機体たちが自由落下を始める。燃え上がるブースターがアローンの頭上を遠ざかり、くるくるときりもみ状態で回転し始め、爆発して砕け散っていった。朝日の火球がモビルドールの白い装甲を照らし出す。

 ここで自分の見識が正しければ――。

 3機はぎりぎりまで待って1次開傘。機体たちが全身のスラスターで急制動し始める。続いて2次開傘。減速しきるのを待たずにパラシュートを切り離し、モビルドールは1番先に高度100メートルから自由落下した。

 その先に道路手前、<ガンダム>が着地した。その近くに<ジェガン>がビルに激突しながらも着地した。

 そして、1番最後に、モビルドールが着地した。

(ガードフレーム、到着)

(全機、狙撃態勢!)

(目標、視界に入る)

 それぞれの<GBN-ガードフレーム>が、互いをカバーしつつ、長砲身のビームライフルを空へ狙いをつけた瞬間だった

(指示を!)

 と叫ぶガードフレームの射手。無線越しの声をアローンは同時に耳にした。一瞬の沈黙のあと、(撃って)と黒人女の声が発し、射手はライフルを斜め上に向け、火線を放った。

 撃破したわけではない。撃ち方から即座に判断したアローンは、すかさず手すりの前から後退した。

 黒人女の指示は間違っていた。ここで仕留めずとも、<ディン>部隊と地上のバックアップ班を連動させれば次の機会を狙えたものを、爆炎で目標を撃ち漏らすことを恐れてしまったのだ。案の定、<ガンダム>と<ジェガン>のビーム・ライフルによる対空射撃によって、<ディン>部隊はアリの子を散らすように散らばらせてしまった。

(報告!)

(目標の僚機が対空攻撃をしかけた。この装備では対処できない。撤退する)

 近距離で狙撃などすれば、反撃されるのが自明の理だ。この作戦に利はない。アローンは足早に屋上の階段口に向かった。(待って!)と黒人女がヒステリックに叫ぶ。

(まだ目標が撃破していない。3機全機まとめて仕留めて。任務を続行しなさい)

(不可能だ。この装備では敵に撃破される)

(任務続行するなら、装備を換装する許可を)

 これも当然の要求に、黒人女が絶句する気配が無線越しに伝わる。その間にアローンは早足で階段を下り始め、(目標複数、攻撃開始!)と別の声が無線を騒がせた。

(<ガンダム>・タイプと<ジェガン>・タイプ、モビルドール・タイプの3機。前進してくる)

(ビルの死角に入った。狙撃は不可能。装備の換装の許可を)

 錯綜する無線の声が、階段を駆け下りる自分の足音とともに聴覚を刺激する。見事な手際だ、とアローンは認めた。モビルドールで武装をして、目標の撃破を困難にした上、地形を利用してまんまと戦うとは。半分は目標の運任せの稚気めいたプランは、プロの発想ではない。

 おそらくはあの詐欺師、金家ことエイジの考えたこと――。

 腹の底の熱がまたじわりと上昇し、滅多にかかない汗を額に滲ませる。

(対象は依然として、部隊と交戦中。繰り返す。対象は部隊と交戦中)

 教える報告の声は、無人の非常階段を4階分駆け下りたところで耳に届いた。

(地上班、目標は依然として建造物を死角として交戦中。先行した敵モビルドールに2機は撃破された。指揮系統は3番機に移譲)

(本部、それはこの装備のまま、あのモビルドールを撃破しろということか?)

 地上班――インターの出口付近で待機するハンターのリーダーが、冷静に問う。黒人女は応えなかった。

(こちらの任務はモビルドールの撃破、及びそのELダイバーの削除だ。このままだと装備ではこちらの味方を巻き添えかねない。装備の射程が近すぎる)

(ビルの角から出てきたところで始末して。こちらが全滅する前に)

(いいのか)

 いいのか。

 それは現状の格闘装備で攻撃していいのか、というのだ。アローンは足を止めずに耳をそばだて、(……かまわない)と黒人女が呻くように答えるのを聞いた。

(目標の削除が最優先よ。現状の格闘装備で皆殺しにしなさい)

(了解)と地上班のリーダーが無感情に応じる。(サブフライトの観測状況は!?)と続いた黒人女の声は、対照的に感情の塊となってイヤホンを微震させた。

(目標機体、スロープを通過中。出口まで……待った、側壁から<ジェガン>・タイプが飛びだしてくる。反対方向から<ガンダム>が飛びだしてくる)

(地上班、聞こえてる!?)

(聞いている)

(確認した! 海沿いを南に向かって……3手に分かれた。一団は市街方面に――)

(またばらけた! ほとんど散り散りだ)

(目標は!?)

(上空では死角に入って確認できない)

(陽動だ。1機も逃がすな!)

(撃って! 撃ちまくりなさい!)

(無理だ。建造物が邪魔だ。待避する)

(ちくしょう!)

 あくまで冷静な地上班リーダーの声を吹き散らかして、黒人女の絶叫が耳をつんざく。運営上がりの精鋭が聞いてあきれる。アローンは飛ぶように階段を下り終え、1階の玄関口に向かった。

(奴らの行き先は議事堂よ。議事堂前で網を張って)

(総会の会期中だ。議事堂周辺の4ブロックは閉鎖されて、運営直営の精鋭部隊がごまんと繰り出している。そんなところで事を起こせば――)

(事はもう起こしてる❕議事堂の目と鼻の先でモビルスーツで降りられて、運営が動員がかからないと思う? 議事堂の警備を引き剥がしたって、こっちに人員を割いてくるでしょうよ)

 ほとんど聞き流していた黒人女の声が耳に突き立ち、アローンは思わず足を止めそうになった。

 そう、ニュースで聞いた憶えがある。

 今日、11月11日は、GBNカーニバル。全米のディメンションでパレードが行われている。だが、このニューヨークではカーニバルは中止され、警備が厳重ときている。ヲチカタ・コロニーの出身のオブザーバーは議事堂でスピーチをするその日に、たまさか議事堂近くは対空警備が厳重になっている……。

(これで目標を取り逃がしたら、私たちはそろって切り捨てられる。なんてしても――)

「場所は?」

 黒人女の弁を遮り、アローンは久々に袖口に仕込んだ送話器に吹き込んだ。(え?)と返ってきた女の声にかまわず、「誰でもいい。場所を教えろ」と重ねる。

(5番街、26丁目から52丁目の間。現場は砲台でごった返して――)

(アローン! どうする気なの!?)

 質問に答えた誰かの声を圧倒し、黒人女の声が響き渡る。アローンは何も言わず、左耳にはめたイヤホンをむしり取った。

 どうもこうもない。そこが奴らの墓場になるということだけのことだ。

 胸中に答え、上着の懐に収めた通信機をワイヤーごと放り捨てる。常に次善の策を用意をしているあの詐欺師が、この偶然を利用しない道理はない。灼熱する腹の底にその確信を抱き、アローンはモビルスーツの巨大な足音が響き渡る外に飛びだしていった。

 

 

 

 GBNにおいても、ニューヨークの地理は現実と変わらない。基本を覚えてしまえば実に明快だ。

 マンハッタン島を南北に走る道がアベニュー。日本語で訳せば〝街〟である。

 東西を走るのがストリート。訳するなら〝丁目〟。

 〝街〟は東から順に1番街、2番街、と数えてゆき、〝丁目〟は南から北へ1丁目、2丁目と数えてゆく。

 ダウンタウンなど1部の例外を除いて、〝街〟と〝丁目〟は直角に交わっており、途中で行き止まりになることもなければ、途中で行き止まりになることもなければ蛇行することもない。定規で引いたようにまっすぐな道が東西南北を交差していて、南北に細長いマンハッタン島に碁盤のように描いているのだ。

 この方眼紙のごとき都市構造のために、ニューヨークではエリアを聞けば地図上の位置をだいたい思い描くことができる。

 例えば1番街86丁目。そこは中央左寄りとわかる。

 例えば11番街27丁目は西端の南寄り。

 ブロードウェイ・エリアやマディソン街など、固有の〝街〟も数多いが、それにしても〝丁目〟さえわかれば南北の位置はおおむね判ぜられる。

 逆に。

 〝街〟の名前だけでは南北20キロ近い通りすべてが対象になってしまうので、場所の特定には〝街〟と〝丁目〟の両方が不可欠だ。

 緯度と経度の関係。

 これがいちばんわかりやすい説明だろう。

 島の左側沿岸を走るハイウェイを駆け、1番街へ。北へ直進すれば議事堂は1キロと少しの距離。ハンターの乗るモビルスーツどもが待ち受ける最短コースは避けたいところだが、エイジはそれを選ぶことにした。いったんミカヅキたちと散り散りに分かれたあと、時間を稼ぐ必要があることを選んだ。議事堂からは遠ざかる恰好だったが、ミカヅキが目的へと着けさえすれば、その甲斐はあったと得心できた。

 基盤のような都市構造ゆえ、マンハッタンの道は極度に見晴らしがいい。〝街〟にしろ〝丁目〟にしろ、見渡す限り1直線に通りが続き、道の端はほとんど地平線と一体化している。

 どれほどビルが密集していようと、GBN日本のせせこましい道路事情に慣れた目にはすべてが映画のミニチュアに見える所以だったが、本当は今日この日、5番街26丁目二以北に限っては、その一般論は当てはまらない――。

 はずだった。

 多くの車両が全面禁止された、楽器をもった一団が行進曲を鳴らしながら更新するはずだった。一様に軍服を着た彼らの後に、軍服で身を固めた100人からの列が従い、更新に合わせていくはずだった。前進するパトカーと白バイ、馬に乗った騎馬警官の列が続くはずだった。白と青のあざやかな着こなしをした聖歌隊が聖歌を弾ませるはずだった。その彩りが、華やかさが、ものものしい軍服の更新に添えられるはずだった。派手なクラシックカーもなく、砕けた空気が吹かせるはずもない。

 ひるがえるアメリカ国旗もない。

『アメリカよ、ありがとう』というプラカードを持った一団もない。

 手旗を持った何百、何千のダイバーらが沿道を埋めるはずだった。赤と白のストライプを際立たせて、先も終わりも見えない長いパレードを見送る――。

 ……はずだった。

 当時は『平和を尽くす戦い』と呼ばれたマスダイバーを相手にした数々の有志連合大戦、その終戦記念にちなんで制定されたGBNデー。以後、わずか数年後に新たな国同士の代理戦争に使われたのを皮切りに、朝鮮、ベトナム、アフガニスタン、イラクと代理戦争の場となってきたGBNが、有志のダイバーが称えるために制定されるために制定されるために制定した祝日が今日、11月11日だった。

 この日は多くのGBNをプレイする料金が無料になり、数多くのエリアが開放されログインもログアウトも自由になる。アメリカだけでも2600万人にも及ぶGBNダイバーが参加するパレードが行われるが、このニューヨーク5番街で開催されるはずのこのパレードは最大規模になるはずだった。

 個人ランキング上位のダイバー。

 山ほどの勲章で胸を飾りながら、ロボットさながらの無表情で歩くダイバー。

 彼らが情報大国アメリカの現実を仄めかす一方、パレードカーに広告看板をのせる企業や、ちゃっかり選挙運動に利用する知事候補らも行進に混ざっていて、総体的にいかにもアメリカらしいお祭り印象が先に立つ。むやみに騒ごうとせず、参加する全員がそれぞれのペースでイベントに参加する。

 ……そのはずだった。

「これで5機目!」

 <GBN-ガードフレーム>の長砲身のビーム・ライフルの銃身をビーム・ライフルの熱線で焼き飛ばす。そこから懐に飛び込んで、2連ビームガンを敵機の腹に押しつけた。

 射撃。

 ビームで腹の装甲を焼き飛ばされた<GBN-ガードフレーム>の機体は上下にわかれ、上半身がくるくるとビルへ突っ込んでいった。

 10階以下の建物はひとつもない通りがどこまでも続く中、敵機が撃破された。パレードなど何もない、オープンカーもない、楽しい行事は物々しい激戦となっていた。

 5番街の道路は十分以上に広い。だが、ガードフレーム部隊が要所要所に配備されていては駆け抜けやすいとは言えない。時間を稼ぐ身としては敵機らは視認しやすかった。

 時刻は午後3時32分。

 ヲチカタに割り当てられたスピーチの開始時刻まで、すでに1時間を切っている。このモビルスーツの数の多さを利用する腹積もりでいたのはいいが、まさかここまで警備が厳重だとは思わなかった。

 議事堂まで直線距離まで1キロ弱とはいえ、この調子までは到着まで30分はかかる。探知されるのを警戒して、こちらの識別信号はヲチカタ代表部にも伝えていないから、向こうは今頃やきもきしているだろう。少し遅れると連絡しておいた方がいいか? しかし、フェアチャイルドのハンターにでも傍受されたら――。

「エイジぃ……」

 突然、幽霊のような日本語の声音に物思いは断ち切られ、危うく明後日の方向にトリガーを引きそうになった。回線を開き、その声を聞いたエイジは、「親父さん!」と裏返った声を吹き立たせた。

「なにやって――」

 もとはお前のせいで……と言いかけたところで、エイジは口を閉じた。どこにハンターが潜んでいるかわからない街中を、このバカのせいで、より強固にさせてしまったとは。

「もとはお前らが暴れたせいで、こうなってるんだろうが」

「冷たい事言わんといてや……」

「あのなぁ……」

「あのノリスは、こうやて活躍しようとしたんやで?」

「どうでもいいっつの」

 誰のせいでこうなったと思っている、とエイジの責め立てる声にタダシは竦んだ声をだし、しゅんとした表情を見せる。

 意識がそっちに向いていたせいか、<GBN-ガードフレーム>がビルの陰から長砲身ビームライフルを構えているのが見えた。

 狙撃される。

 通話をきる。

 瞬間的にそう知覚したエイジは心の中で舌打ちをし、持っていたビーム・ライフルを投げつけた。長砲身ライフルが放たれたビームの火線がライフルを突き抜け、小さく爆発を起こす。その隙に「うおおっ!」と叫び声をあげ、<ガンダム>を突撃させた。

「ニーカッター!」

 右ひざに装着していたナイフが変形し、刀身が飛びだす。そのまま懐に飛び込み、少しジャンプ。飛び膝蹴りで<GBN-ガードフレーム>の胸部を貫いた。

 アラート。

 どうやら想定外の使い方でナイフが壊れてしまった。すぐさま、片膝のナイフをパージする。

 <ガンダム>はスラスター全開で移動する。

 そこここに長砲身ライフルをかまえた<GBN-ガードフレーム>からのビームを避けながら、北へ向かう。

 交差する〝丁目〟を順々に越えて30丁目台へ。

 包囲網は26丁目のマディソン・スクエア・パークを起点に、52丁目の交差点まで2キロ近い長さにわたって続く。

 進むにつれ、<GBN-ガードフレーム>の数はいよいよ多くなり、たくみにビームをかわして進んでいた<ガンダム>も止まることが多くなった。

 間断なくヘリの羽音がセンサーを感知している。

 頭上だ。

 普通ならば、パレードを空撮するテレビ局か何かだろう。だが、これはフェアチャイルド財閥がこちらの動きを

トレースするために動いている。だがハンターにしても、この数では思うように動けまい。

「この数がちとキツイな。でもハンターもキツイだろ」

 それでも見えない銃口に狙われる恐怖は拭いきれず、エイジは半ば自分に言い聞かせる声で言ってみる。それでも<ガンダム>の足を止めることなく、移動し続けた。

「だが、議事堂に行くには42丁目の角を曲がらないと」

 距離にして800メートル……。全力でブーストを吹かせば……。

 通信。ミカヅキからだ。

「どうした?」

 声をかけても反応せず、むっつけた顔を見せるだけだ。ミカヅキから送られてきた電子地図にマーカーがついた。エイジもそこをサーチしたが、対空砲台の列と、その向こうを機動するガードフレームがカメラに映るばかりで、注意をひくものはなにもない。

 もう一度ミカヅキの方を見やると、ミカヅキは顔を斜め方向に振り向け、よりいっそう鋭くなった視線をマーカーに向けていた。

「おい、まさか……」

 こんな様子のミカヅキを何度か見たことがある。サンクトペテルブルクの墓地で、ヲチカタ・コロニーの草原で――その時の戦慄、すぐ近くまで忍び寄っていた気配の正体が否応なく思い出され、エイジは再度周辺をサーチして見回した。

 どこを見ても、ガードフレームの残骸、残骸、残骸だが、あの何の変哲もない銀髪頭は見当たらない。ざわざわととした悪寒が這い上がってきた刹那、「たぶん、気のせいだ」とミカヅキの声が発した。

「急ごう、ここは場所が悪すぎる」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。