ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第九十一話

 罪咎を担おう 友なるイエスに

 打ち明けえるとは いかなる幸ぞ

 安らぎのなき者 悩み負う者

 友なるイエスをば 訪れよかし

 

 

 <モビルドール・アローン>、リフトにせり上がる漆黒の機体に搭乗しながら、アローンは思い出していた。

 昔、父に連れられて行った教会に行ったことがある。何度となく聞かされた。その英語の歌声が、自動的に脳裏に翻訳された。

 讃美歌だ。

 国や人はおろか、自分自身も信じられなかった男が、なにを考えて信仰の家に出入りし、己の業を凝ったかのような生命体にも同行を強いたのか。

 当時はなにも考えることなく、十字架に磔にされた男の像を見ても感じることのない、さざ波ひとつ立たない胸の内を漫然と眺めるばかりだったが、いまこの時は怖れとと形容できないこともない、不快なざわめきがアローンの胸中にあった。

 罪。

 咎。

 これまで概念上の言葉でしかなかった言葉が妙な重みを持ち、何度拭っても脳裏に深く食い込んでくる。断線していたなにかが繋がりつつあるこの心身が、罪の意識を覚え始めたなどという冗談はない。

 この不快は苛立ち、怒りと表現した方が近い。

 あの奇怪な磔の像の男は気づいているのだろうか? 人は罪深いものと嘆き、祈りながら、その実悔い改めるつもりは毛頭ない。便所で用を足すように教会で懺悔したあとは、己が良心の強度を競い合うように奪い、妬み、無知無関心の沼に浸り続ける人間の愚かさを。その罪のすべてを押しつけられ、2000年を経てなお磔にされた姿を世界中にさらし続ける我が身の救われなさを。

 父なる神がおまえにそのような宿命を与えた。我が身の業が生み出した出来損ないの者に、〝システム〟を守護するハンターという生き方をあてがった父と同様に。

 おまえは怒っていい、とアローンは灼熱する腹の底に言葉を紡いだ。

 おまえを2000年も磔に処し続ける父なる神に対して、おまえを罪や穢れの免罪符に利用し続ける人間たちに対して、はっきり異を唱えるべきだ。でなければ、

 おまえは。

 俺は。

 なんのために……。

 そこまで考えて、腹の底の熱が吐き気になってこみ上げるのが感じられた。

 アローンは我に返り、じっとりと額に滲んだ汗をぬぐった。頭のなかをまわりつづける聖歌を拭おうとし、口中に溜まった苦い唾を飲み下してから、のろのろとあがっていくリフトの壁を正面に見つめる。いろいろな機材が溶接されているなか、あいつのせいだ、という思いが全身を衝きあげた。

 議事堂へ直進するルートはたどらず、敵の<ガンダム>が迂回しながら時間稼ぎをしようとする魂胆は読み通り。三方に逃げた目標のうち、唯一、5番街に向かったあの〝対策室〟の女隊員を追跡した結果、労せず目標を発見できたのは僥倖だったが、その目標はまたしても自分の気配を感知した。

 5感では説明しきれないセンサーを働かせ、さまざまなビルの屋上を昇り、双眼鏡で覗くが、追尾してもこちらの匂いをかぎ取ると、あとひと息で絡み合っていたであろう視線をモビルドールの頭部が振り向けた。

 ロシアでの経験から、ミカヅキの追尾には常以上を慎重さが要求されるとわかっている。そのために、一定の距離を保ち、モビルスーツの影から接近しようと思っていたのに、こうも早く感知されるとは。逃亡中の緊張感が奴の緊張感が奴のセンサー能力を拡大しているのか、この腹の底に宿った熱がこちらの気配を増幅してでもいるのか。

 なんであれ、磔の男が云々というまったくもって無益な思考は、感知された動揺に引きずられて出たものに違いない。

 奴と、奴らと関わっているとおかしくなる。一刻も早く仕事を片付けるだけだ。

 この手でミカヅキを仕留められる。

 その予感にまた発熱の度合いを高めつつある腹の底を押し隠し、アローンは上昇し続けるリフトのなかで腕組みをした。

 目標の背中を注視せず、ビルの陰から飛びだして不意打ちすることにのみ意識を集中し、モビルドールのある格納庫へ向かい、搭乗した。

 イメージする。

 周囲のガードフレームらを、押し退けるにせよ、僚機のペースに合わせるにせよ、周囲のモビルスーツをモビルスーツと捉えて対処する神経が働くからで、単純に障害物と割り切れば回避するのにさほど労苦はない。

 身をよじる。

 目を走らせる。

 わずかな隙を逃がさない。

 <ジェガン>と、その前をスラスターで走る<モビルドール・ミカヅキ>を走る背中を視界の一端に捉える。

 左右に目を走らせる。

 背後を見渡す。

 ミカヅキは<GBN-ガードフレーム>と交戦しているだろう。

 センサーが正常に働かなくなるのを自戒している。

 せっかく感知した気配を誤認と断定したせいだろう。

 センサーは感知している。

 <モビルドール・アローン>をのせたリフトは地上へと運んでいった。

 

 

 試みの朝 泣き開かす夜

 気落ちせず すべて打ち明け奉れ

 我らの弱きを 知れる君のみ

 我らの涙の 元を読み給う

 

 

 頭の中に聖歌隊の歌が続いていた。

 リフトに固定される時間も惜しく、<モビルドール・アローン>は無理やり外した。

 ミカヅキの機体に背後から手刀でコクピット部分をぶちぬく。

 普通のモビルスーツでは感知できなくとも、ミカヅキは敏感に察して反応するかもしれないが、その時にはもう遅い。手刀によってぶち抜いたコクピットは装甲板ごとミカヅキの体を破砕し、機体は路上に倒れ伏すことになる。エイジの<ガンダム>が立ちはだかった時には、自分はもうこの場からとうに光学迷彩で姿を消している。

 これまでにも何度となく繰り返されてきた、単純な反復運動。

 そう、おまえらの弱きを知るおれだけが、おまえたちの生死をこの手に司る。

 壊れてはいない、俺は正常に機能している。

 瞬間、腹の底でくすぶる熱がすっとおさまり、手にしたレバーとペダルの感触だけが知覚できる唯一のものになった。<モビルドール・アローン>はスラスター全開に飛びだし、<ジェガン>が背後を振り返ったその一瞬、<モビルドール・ミカヅキ>の背中に一気に近づいた。

 追い抜きざま、その背中を押すように指をまっすぐにして、コクピットであろう部分へ指先をむける。バックパックの真下、範囲にして1メートル大のブロックへ。相手の全長から、見ずとも位置の判別がつくその1点へ手刀を叩きこもうとした瞬間、鈍い衝撃が頭をよぎった。

 どんな時でも規則正しい脈を打っていた心臓が跳ね上がり、つかの間――止まった気がした。

 誰かの手が、レバーを握る右手をしっかと掴んでいる。

 記憶がせりあがってくる。

 渋谷の交差点で削除させた福田輝義――。

 

 

 

 気疲れせし者 重荷負う者

 隠れ家なる主に すがれ直ちに

 汝ら友は嗤い 迫害すとも

 主は汝を抱き 慰め給わん

 

 

 

 静止した時間の中、教会で聞いた歌声だけが脳裏にさんざめく。

 つかんだ手首を離さず、福田は憐れみを含んだ眼差しをこちらに注ぎ続けた。

 もういい、もうやめておけ。おまえは壊れている。壊れていると自分で気づいてしまった。もう走れないんだ、おまえは。走る必要もない――。

 そんな声が歌声と一緒くたになって頭蓋の中を跳ね回り、アローンは生まれて初めて――。

 恐怖という感情を知った。

 ありえない。

 亡霊と、恐怖を感じている自分の両方を否定して、つかまれた右手をふりほどこうと身をよじる。福田の亡霊は消え去り、右手は自由になったが、わしづかみになっているような体の違和感は残り続けた。部下にやらせてしまった福田の削除、命と引き換えに遺していった烙印――亡霊でも幻でもない。

 あの男は生きている。生きてこの自分の体に宿り、俺を中から壊そうとしている。

 また猛烈な吐き気に突き上げられ、アローンは小刻みに痙攣し始めた身体を左手で押さえた。爪先が食い込むほど握りしめ、中に寄生する福田を握り潰そうとして、こちらを見つめる別の視線に気づいた。

 言ったでしょ、心がないELダイバーなんているはずがないって。

 池の底に沈んでいった少女が、濡れた顔に笑みを湛えてアローンを凝視する。

 次の瞬間、ぐにゃりと歪み、

 ミカヅキの顔と視線になって眼前に結実した。

 驚愕に見開かれたその目がすっと細まり、発散した殺気が圧になってアローンの全身を叩く。

 すべてが1秒以下の時間に起こった出来事。

 アローンはペダルを踏み、機体を急制動させ――ほとんど同時に<モビルドール・ミカヅキ>の回し蹴りがモニターの全部を埋め尽くした。

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