ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第九十三話

 叩きつけられる風圧と共に、機体からアローンの体が転落してゆく。そのアスファルトに粉砕されたアローンの肉の音をミカヅキは聞いた。<モビルドール・ミカヅキ>の右手を敵機から引き抜いたミカヅキは、コクピットハッチを開き出てきて、その様を静かに見やった。月の光を浴び、半ば放心した視線を転落したアローンに注いでいる。

「怪我はない!?」

 <ジェガン>ミーユ機がよろめいたように歩いて、こちらに近づいてきた。ミーユ機は片腕を失っており、ライフルと盾を失っている。機体の所々に装甲が亀裂が入り、溶け始めている。頭部のカメラアイにも亀裂が入り、とても五体満足とはいえない状態だった。

「どうにかな」

 外部スピーカーでそう応じて、<モビルドール・ミカヅキ>を降着姿勢に入らせ、コクピットからアンカーで降りる。機体の排熱を含んだ生暖かい風に、ちょろちょろと流れる排水溝。どこのGBNにも変わらない道路の暗がりに、ミカヅキは溜め込んだ息をようやく吐き出すことができた。

 この考えはエイジがミカヅキに言ったものだ。

 敵の狙いがミカヅキひとりにあるなら、逆にミカヅキを囮に使って駅近くまで誘い込む。移動中に襲われた場合を想定し、ニューヨークの地形を頭に入れておいたからできたこととはいいえ、上手く運んだのは幸運という以外にはない。ミーユが複数のハンターにやられていたら、こうはいかなかったし、アローンがミカヅキを見つけられなかったのもまったくの偶然だった。

 行く先々に現れては容赦のない死をもたらす、化物のようなハンターにしてはあっけない最後……だが、運としてはこういうことかもしれない。

 あっちがダイバーを殺す一流のプロなら、こっちは人を騙すプロ。それぞれのやりようでた戦いは、一方は死に、一方は生き残った。それだけのことだ。

 が、なにをどう繕おうと、この手でELダイバーを殺した事実に変わりはない。

 機体の後ろに近づき、手刀を重量にまかせてコクピットを貫いていた間にも、警備の兵士が来るかもしれない。一刻も早くここから離れなければならない。そう自分に言い聞かせ、息を吐いた時だった。

 ミカヅキは反応にまかせて背後を振り返った。アスファルトにいたはずのあるべき物がなかった。駅前のライトが照らすばかりで、転落した後の血のあとがない。心臓がどくんと鳴り、まさか……と思った時には、ミカヅキは後ろに飛び退いていた。

 突如として、横から何かが通り過ぎる。それを見たミカヅキは自機の装甲に背中を打ちつけ、体勢を崩してしまっていた。

 ミーユが機体から降りて叫んでいる。どうにか体勢を整えたミカヅキは――。

 アローンの姿を見た。

 鼻と額から血を流し、ほとんど血に染まった顔がこちらを見返す。その腕には、鉄パイプが握られており、視線を完全にこちらに向けていた。よほど強い力で鉄パイプを握っているのか、この指のあいだからは血が滴り落ちている。

 血まみれの顔面はぴくりと動かさない。

 確実に落下させたはずなのに。

 あのタイミングでどうやってその場から離れた?

 考える間もなく、アローンは鉄パイプを片手に飛びかかってきた。

 左に避ける。

 アローンが袈裟に振る。

 右にどうにか避ける。

「もうお前は私を倒せない。降伏しろ」

 瞬間、それまで石のように動かなかったアローンの瞳がわずかに動き、表情らしきものがアローンの顔面に浮かんだ。

 優越。

 傲慢。

 嗜虐的……というのか?

 すっかり忘れていたことを思い出したかと言いたげな、戸惑いと驚きの入り混じった表情が浮かび上がったかと思うと、俺にそんなことを思わせるおまえは何者だ? といぶかる視線がこちらに据え直される。普通ならからかわれると受けるべきところだが、アローンは普通の範囲で量れる相手ではないし、またそれ以上考える余裕もミカヅキにはなかった。エイジなら言ったことが通じたのかもしれない……が、その一縷の望みにかけてミカヅキは態勢を低くした。無駄だ、と言おうとして、「投降はしない」と発した声に遮られた。

「初めてだ、こんなことは。投降はしない。投降はしない……」

 ぶつぶつと呟き、もうミカヅキなど目に入っていない様子で瞳を左右に動かす。唇の端がじわりと吊り上がり、血だるまの顔が笑みの形を作り出して、それまでとは別種の戦慄が体を冷やすのをミカヅキは感じた。

 壊れた機械。壊れた音声デバイス。

 それが奇妙な抑揚で喋り始め、偶然でも感情をもっているかのように感じる違和感。気色の悪さと言った方がより正確か。

 こいつにも感情はあるかもしれない。

 だが、何にせよ、それは正気から紡がれたものではない。

 確信し、我知らず身を引いたミカヅキは、<ジェガン>ミーユ機のコクピットが開く駆動音を耳に留めた。視線だけずらすと、ミーユが銃でこちらに狙いを定めている。あちらから狙撃する気か。それをやるなら、時間が必要になる。是非もないことと思い、

「お前もプロだ。そしてELダイバーという同じ仲間だ。仲間同士がこんなところで殺しあっていいのか? 無駄な殺生してもいいのか?」

 ミカヅキはアローンの目を見つめ、戦闘を中止しようと無言で促した。

「俺は、お前が死ぬところがみたい」

 はっきりと伝わる殺意。アローンはこちらに飛びかかり、鉄パイプを振り回してこちらに突撃してきた。

「正気か!」

 ぎりとミカヅキは歯ぎしりをした。

 その間にも鉄パイプを持ったアローンがこちらに向かってくる。

 使うしかないのか、〝あれ〟を。

 アローンの目は期待と興奮に満ち溢れている。やぶれかぶれで突進すれば、突き飛ばせる距離だが、そうすればアローンはまた邪魔してくるだろう。

 うわごとのように何かを言い、微かに天を振り仰いだその目からひと筋の涙がこぼれ落ちる。口は笑ったまま、濡れた瞳がうろうろと震え、総体的には困惑と言っていい表情を血まみれの顔面に浮かび上がってゆく。

 ロシア。

 ヲチカタ。

 そこで向き合った、あの冷気のごとき気配はどこにもない。

 やはり、こいつは壊れている。

 壊れた機械があちこちで配線をショートさせ、制御できない感情の火花を飛び散らせている。鉄パイプを振り回し続けるアローンの一撃が直撃してしまわないように、ミカヅキは後ろに下がり続けた。「動くな!」と怒声を飛ばし、アローンは鉄パイプを持つ腕の力を強める。

「おまえはぐしゃぐしゃになれ。おれがみたいんだ、〝システム〟なんて関係ない。このおれが見たいんだよ……!」

 吠えた口から吐しゃ物が吹き出し、アスファルトの上に飛び散る。アローンは苦し気に身を振り、よろけ、つられて動く鉄パイプがゆらゆらと揺らめくのをミカヅキは見た。

「ああ、入ってくる、入ってくる……そんないっぺんには無理だ……ハハハ、誰か止めてくれ。無理だ、無理だよぉぉぉぉ……!」

 いくつもの感情が一斉に噴き出し、ぶつかりあい、笑ったままの口から笑いを噴き立たせる。その両目からはとめどなく涙が溢れだし、血で汚れた頬を洗い続けていた。感情の火花をはぜられて悶絶する〝システム〟の防衛システム――なにかがこいつを狂わせたのか、狂ってしまったものが治った結果がこれなのか。ふと考えたのも一瞬、ミカヅキは悶え苦しむアローンに観察の目を注ぎ、次いでやったきた足音に視線をむけた。

 ミーユだ。

 自動拳銃をむけているミーユの目も素早く動き、意思を湛えた瞳がこちらを見渡す。

 あなたは行って――短く伝えた瞳に殺気が宿り、待て、とミカヅキが心中に叫ぶより早く、敏感に気配を察知したらしいアローンの目がぎろとミーユのほうに身体をねじる。直前、ミーユは足を踏ん張って、棒立ちになっていたアローンの足元に銃弾を撃ち込んだ。

 アローンの手から鉄パイプが落ち、彼の体が後方によろける。アローンの体に当たったかどうか、確かめる暇がなかった。

 ミカヅキは体勢を崩したアローンの腕を取り、引き寄せると一本背負いの要領でアローンの体を宙に跳ね上げた。最大限に利かせた腰のばねにつきあげ、ほぼ1回転したアローンの体が背中からアスファルトに叩きつけられる。

 ミカヅキはそのままよろけるようにアローンから離れると。血と涙とよだれでべとべとになったアローンの顔面が驚愕一色に染まり、憤怒の色に塗り替えられていく。

 こいつ、まだ生きている!?

 ミカヅキを見上げ、アローンの口からほとばしった雄たけびをする。ミーユは何発も銃弾に叩きこみ、ミカヅキは無我夢中でアスファルトを蹴った。

 今にも飛びかかろうとするアローン。近づかせてたまるかとアローンの目を見ることなく、ミカヅキは渾身の力で繰り出した前蹴りをその腹に叩き込んだ。

 すでに肋骨が折れているのか、奇妙にぐにゃりとした感触が右の脚に伝わり、新たに血を噴き出したアローンが仰向けに倒れる。ミカヅキはそのまま、拳を下から振り上げる形でアローンの顎に叩き込み、そのまま右、左とアローンの頬に打ち込み、そのまま倒れ込んだ。

 その刹那、ミカヅキはその朱に染まりきった顔を見て、涙を流し込んだ顔を見、涙を流し続ける目と目が合った。

 助けて。

 そう言っている瞳と同時に3発の銃弾を脇腹に喰らい、その後に何発もの銃声が響く。ミカヅキは飛び込んで、両手で頭を抱えた。

 ミーユはマガジンをよどみない操作で自動拳銃に装填し、すぐさま銃声が何発も放つ。

 アローンに銃弾を撃ち込まれ、骨と肉が粉砕される音が今度ははっきりと聞こえる。それとタイミングをあわせ、短い気合。共に右脚を大きく振り上げ、アローンの顔面に打ち込み――地面にたたきつけられた。

 左右を見て、自動拳銃をもって走ってくるミーユを視界に入れる。立とうとして膝に力が入らなかった、そのまま近づいてきたミーユは手を差し出し、そのままゆっくりと立ち上がる。

「あなたは行って! 世界の、ために」

 こくりと、ミカヅキはうなずき――

 走り出した。

 

 

 

ミーユはウインドウを呼び出し、アドレス帳の中からひとつを呼び出した。躊躇の念が生じるより先に、発信ボタンを押した。

 すでに1枚噛まされてしまった金家の……エイジの最後の切り札――この一報で、彼の命運は決まる。その重さを全身で受け止め、現れた通信画面を見たミーユは、応対した相手に日本語で語りかけた。

「私です。例の被疑者の所在が特定できました。……逃亡の怖れがあるので、関係部署に速やかに連絡を。私も同行します。場所は――」

 

 

 

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