ガンダムビルドダイバーズ 〝A〟   作:ジ ュ ン

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第九十五話

(全ユニット。容疑者のモビルスーツの1機は撃破できたが、犯人のダイバーは確認できず。今だ容疑者は捕まっていない。引き続き、警戒は解除しない。繰り返す、警戒は――)

 42丁目の通りに出たところで、路肩に停まっていた装甲車の通信が漏れ聞こえてきた。装甲車のところで警備員同士、立ち話をしているところに、ミカヅキはさりげなく装甲車に近づき、無線の音に耳をそばたてた。

(容疑者は3名、アジア人。ひとりは、女性。細身。髪は長くまとめている。身長は――)

(容疑者のうち1名、モビルスーツに搭乗し、なお交戦中――)

 無線を聞きつけた兵士たちが慌てた様子で装甲車に乗り込む。ミカヅキは立ち上がって、誰とも目を合わせずに歩き出した。ひとつエンジンの駆動音を鳴らした装甲車が急発進する。殺気だった気配にシャッター街を守っていた歩兵たちは足を止めていた。

 が、過ぎてしまえばどうと言う事もなく、平素と変わらぬ空気が42丁目通りに舞い戻る。遠く近くに装甲車の駆動音が鳴り響いているが、モビルスーツを使った大立ち回りを起こした騒動はここまでは届いてこない。どこか騒然とした気配に気を取られながらも、通りを行き交う兵士たちに別段緊迫した様子は見られず、日本のそれと大差ないぞっ党が周囲にはある。

 エイジのおかげで、モビルスーツ部隊の目はすべてそちらに引きつけられた。当人にそのつもりがなくても、特長だらけの風体は格好のおとり役に違いない。

 行きあたりばったりなようでいて、随所に計算を働かせているエイジの判断が、ここでも図にあたったというわけだ。彼とミーユがいなかったら、自分は今頃どうなっていただろう? ふと考え、いまだ地上で敵と渡り合っているエイジの姿も想像したミカヅキは、もう少しで足を止めそうになった。

 可能なら、すぐにでも引き返して加勢したいが、それはできない。エイジとミーユ。あの2人がいなければ、自分は決してここにはたどりつけなかった。まして、これから為すことなど思いつきもしない。〝A〟と離れて以降、自分の行動を定めてきたのはあの2人だ。ミーユが行けと命じたのだから、行くしかない。〝A〟に命じられた時と同じように……と考えを繋げ、意識して足を動かし続けたミカヅキは、しかしそれだけでは割り切れないものを感じて下唇を噛んだ。

 そうではなく、あの2人はとの関係はもっとやわらかい。〝A〟との関係が堅苦しかったというわけではないが、このひと月で熟されたエイジとミーユとの繋がり、信頼関係が紡ぐ肌合いはもっと身近で、もっと対等なのだ。少なくとも、〝A〟を自分にとっての〝神〟と規定した時の心象とは異なる。畏敬の念をもって付き従うのではなく、お互いを補い合い、支え合うのが自然と思える人との関係――もしかすると友という人の関係はこうした感触を指すものなのかもしれない。

 議事堂まで、あと400メートルあまり。

 会期中は1番街と2番街の間の4ブロックが閉鎖され、兵士が立哨しているので、200メートル先の2番街までたどり着けば、GBN運営の庇護下に入れる。予想外に生じた甘苦い気分を脇によけ、ミカヅキは3番街の交差点を早足で渡った。

 警戒中の兵士が鋭い目を向けてくる。

 無線機から漏れ聞こえるやりとりがあわだたしい。マンハッタン中のモビルスーツ部隊がエイジに向かっている途中で、フェアチャイルド財閥のハンターもまだ自分を追跡している。

 アローンは単独で動いていたようだが、議事堂周辺で待ち伏せる敵は1人や2人では済まないだろう。交差点を渡り切り、兵士の視線から逃れたところで、ミカヅキは腰に隠した拳銃にそっと手を振れた。

 米軍制式のハンドガンは、日本で永琳組傘下の組員から銃器の提供を受けた際、ナイフや手りゅう弾に紛れてついてきた余禄だ。エイジとミーユは武器の持ち込みを禁じていたが、これだけはこっそり船から持ち出さずにいられなかった。

 兵士に職質をかけられたら面倒になるとはいえ、ここから先はもう自分の他に頼れる者はいない。フェアチャイルド財閥の手がどこまで浸透しているかわからない以上、素性を明かして兵士に保護を求めるのは自殺行為だ。議事堂の敷地に、管理閉鎖区域に足を踏み入れるまでは、自分の力で道を切り開かねばならない。

 その閉鎖区域まで、残り100メートル。

 頼む。このまま行かせてくれ。

 通りを歩く全ての兵士に目を走らせ、視線が合うたびに総毛だつ思いを味わいながら、ミカヅキはイーストリバー沿岸まで至る直線道路を見通した。

 ここまで来れば議事堂ビルがうかがえるかと思ったが、まるで見えない。通り沿いに建つビル群が高すぎて、陰にかくれてしまっているらしい。

 いや、本当にこの先に議事堂ビルがあるのか?

 ここは本当に42丁目の通りか? 

 どこかで道を間違えてしまっているのではないか……?

 怖かった。〝A〟と出会ってから――いや、ずっとその前から、死は常にこの身のすぐ隣にあった。

 自分の消滅という概念に漠然とした不安は抱きはしても、本気で怖いと感じたことは1度もなかったはずなのに、今はどうしようもなく怖い。死が怖いと感じたことは1度もなかったはずなのに、今はどうしようもなく怖い。死が恐ろしいのではなく、為すべきことを為せず、課せられた責任を果たせなくなることが恐ろしい。ここで死んだら〝A〟を救い出す計画は水泡と帰す。エイジとミーユも進退窮まり、ヲチカタで芽吹きかけた可能性も立ち枯れする結果になるだろう。彼らを失意の底に残し、自分独りだけがこの世から消滅する。それは無念だとかくやしいとかいう言葉では表現しきれない、受け入れがたい恐怖だ。

 その感情の乱れが、感知して然るべき気配の感知を妨げたのかもしれない。

 殺気が孕んだ人影がふたつ。

 わずか10メートルあまりの距離をあけてミカヅキの背後に迫ってきていた。

 そのどちらも作業着のようなジャンパーを羽織り、こちらとの距離を徐々に詰めつつある。カードサイズの鏡をかざして肩ごしに確認した途端、向かいの歩道から背広姿の男が車道を渡ってきていて、ミカヅキの斜め前にぴたりと張り付いた。追い越そうとすると男も歩みを速め、一定の距離を保って歩き続ける。その間にも背後の男たちは刻々と近づき、通り沿いのビルからまた別の人影が立ち現れるや、行く手を遮るように歩道の真ん中を歩き始めた。

 閉鎖区域まで70メートル弱。

 2番街の交差点を渡った先には車止めが置かれ、立哨する兵士らの姿が行き交う車越しに見え隠れする。

 ここまで来て、これか。

 己の迂闊さを呪い、ミカヅキはジャケットのポケットに突っ込んだ両の拳を握りしめた。こちらを包囲するハンターは、見える範囲で4人。それぞれが徐々に距離を詰めつつあり、このペースでは交差点にたどり着くまでに完全に取り囲まれてしまう。逃れるには走る他ないが、それをすれば彼らも行動を起こし、即座に戦端が開かれる結果になる。アローンのような異常な冷気は感じなくとも、4人のハンターが相手ではこちらに分がない。第一、ここで傷害沙汰を起こそうものなら、警戒中の兵士に取り押さえられることになる。

 だから、ハンターたちはこれまで沈黙を保ってきたのだ。もろとも警察に取り押さえられようと、自分を議事堂の敷地に入れなければ彼らの任務は達成される。

 残り50メートル。

 もう閉鎖区域で立哨する兵士らの視界に入っているはずだが、彼らはこちらを見ようとしない。ハンターたちはいよいよ包囲の輪を縮め、その息遣いが感じ取れるほどに近づいてくる。

 やるしかないか……。

 腰のハンドガンに手をやり、ミカヅキはその瞬間を測って息を詰めた。と、小走りに近寄ってきた別の気配がハンターとミカヅキの間に割り込み、「それをこちらへ」と押し殺した声が耳元に吹きかけられた。

「あなたは手を汚してはいけない。あとは我々に」

 浅黒い肌に、精悍な目を走らせる30絡みの男を言う。罠と疑う余地もなく、思わずその横顔を見返してしまったのが、その特徴がヲチカタのELダイバーのそれだと知ったからだ。ヲチカタ・コロニーにあって、浅黒い肌は一応は、共通している特徴だった。その特徴が、こんな時に役に立つとは。すぐには状況が理解できず、同じアジア系の特徴を持つ横顔を凝視したミカヅキは、「有志のヲチカタ人、とご理解ください」と続いた男の声を聞いた。

「ここにいれば必ずお会いしできると信じておりました。あなたが国に向けての発信したメッセージは、我々の耳にも届いています。さ、早く」

 強い瞳に促され、ミカヅキはとっさに腰のハンドガンを手渡した。受け取り、上着の下にそれを隠した男の目が背後に注がれ、やはり浅黒い肌を持つ男たちがわらわらと近づいてくる。総勢7、8人の彼らが包囲の輪の中に入り込み、同じ歩調で同行し始めて、異変に気付いたハンターたちが互いに目を見交わすのもミカヅキは見た。

 こいつらはなんだ。どうする、やるか。

 微かな動揺を示しながらも、素早く結論に達したらしいハンターたちの目が獰猛に閃き、年齢も服装もバラバラなELダイバーの集団を一瞥する。ひとりが作業着の懐に手をいれるのを見たミカヅキは、傍らを歩く男に焦れた目を向け直した。

 数はさほど多くはないが、ヲチカタのELダイバーの出稼ぎ労働者は世界中のGBNに散らばっている。ほとんどがマスダイバーと繋がる違法ツール組織の手引きを受け、違法なルートで密入国した者ばかりだ。ジャンパーを羽織った者、工事現場で働いてきたと思えるツナギ姿の者。傍らの男も襟の黒ずんだ上着を羽織っており、長年の労苦と貧困を骨ばった横顔に滲ませている。

 彼らでは、ハンターには勝てない。

 ハンターもまた殺しはしないだろうが、ここで乱闘騒ぎを起こせば結果は同じだ。兵士に拘束されたが最後、ビザをもたない彼らは本国に強制送還されることになる。密入国と引き換えに莫大な借金を背負い、少しずつ返済しながら異国で働く彼らにとって、それは死と同義の結果に違いない。

 ハンターたちの動きに留意しつつ、ミカヅキは決然とした顔で歩く男にそれとなく体を寄せた。「危険だ。相手はプロだし、警察に捕まったら――」と早口で告げた言葉を遮り、「ご心配なく」と男は正面に向けた顔を動かさずに言った。

「このアメリカで生き抜いてきたヲチカタの民です。身を守る術は心得ている」

「でも……」

「我々が救うのではない。あなたが我々を救うのです。お行きなさい、ヲチカタのために。我々の声を伝えるために」

 その時だけは目と目を合わせ、男ははっきりと言いきった。内面の覚悟をたたえて鈍く輝く瞳は、きっと彼の中の〝神〟を見つめている。そこに自分の瞳を重ね合わせた途端、男はいきなり路面を蹴り、横合いをあるくハンターに体当たりを食らわせた。

 同時に背後にいた別の男が走り出し、前方を歩くハンターに飛びかかってゆく。否も応もなかった。背後のハンターにも複数の男が襲いかかる気配を感じ取り、ミカヅキは自分も路面を蹴った。

 2番街の交差点を目指して全力で走る。

 警笛が鳴り、兵士らの怒声が弾けたが、位置を確認する余裕もなかった。頭上に張り出すアーケードの下を走りに走り、信号が赤になろうとしているのもかまわずに横断歩道に踏み出した。

 危うく急ブレーキをかけたジープが盛大にクラクションを鳴らし、騒然とした空気に拍車をかける。男たちの妨害を振り切って横断歩道に出たハンターのひとりが、行く手に立ちふさがったジープのボンネットを乗り越え、飛ぶようにしてこちらとの距離を詰める。

 閉鎖区域まであと20メートル、警備の兵士がこちらに気づく。

 ライフルに手をかけるが、間に合わない。

 ハンターの指先が触れ、追いつかれると予期したミカヅキは、胃を決して背後を振り返ろうとした。

 直前。

 猛然と横断歩道を走ってきた男がハンターの背中に飛びかかり、路上に引き倒した。ともに路面に転がりながら、名も知らぬヲチカタのELダイバーの目がこちらを見て、次の瞬間にはハンターの肘打ちを喰らって吹き飛ばされる。

 立ち止まったのも一瞬、ミカヅキは歯を食いしばりながら走った。

 走って、走って、走り続け、ライフルに手をかけたまま、「止まれ!」と一瞥した中年の兵士に両手を挙げてみせ、「議事堂会議の出席者です!」と全身を声にする。

「ヲチカタ代表でまいりました。ミカヅキです」

 中年の白人兵士を始め、封鎖線にいた警官たちが一斉に表情を変える。GBN運営部がオブザーバーに呼んだ顛末は、彼らにも周知のことであるらしい。思う間もなく、体勢を立て直したハンターがすぐ背後まで迫り、「ここから先は立ち入り禁止だ! 退がりなさい」と若い黒人兵士の怒声が弾けた。

 ハンターは弾かれたように立ち止まり、黒人兵士が構えたライフルの筒先を見て、憤怒をたぎらせた目をミカヅキにむけると、あっという間にその場から立ち去ってゆく。いまこの瞬間にも狙撃されるかもしれない。周囲に建つ高層ビルを見渡し、無数に穿たれた窓に目を走らせたミカヅキは、兵士の指示を待たずに封鎖線に近づけるだけ近づいた。

 中年の兵士に断わりを入れ、検疫所に預けられていた入館証を懐から取り出す。受け取った警官が確認する間、じりじりした思いでその場に立ち止まり続けたミカヅキは、「どうぞ」と言った兵士の声に溜め込んだ息の何分の1かを吐き出した。返された入館証を首にかけ、兵士にまねきいれられるまま封鎖線を踏み越える。普段はなんの変哲もない道路、議事堂総会会期中は国際領土となる道路に足を着けて、ようやく額に浮き出た汗を拭うことができた。

「国のために!」

 肘打ちを喰らって頬を腫らした男が、交差点の真ん中で拳を振り上げる。ミカヅキが応じるのを待たず、男は刹那の笑顔を残して2番街の方に取って返し、他のヲチカタのELダイバーも四方八方に逃げていった。「おい待て! おまえたち!」と叫んだ黒人兵士が彼らのあとを追い、他の兵士が手にした無線になにごとか吹き込む。「なんなんです、あいつらは?」と半ばあきれた声を出した中年の兵士に、「同郷の人たちです」とミカヅキはためらいなく答えた。

「暴漢に襲われたのを助けてくれたんです。彼らに罪はない。他の兵士たちにも伝えてください」

「被害は? なにか盗られたり、怪我はしませんでしたか?」

「いえ」と応じつつ、男たちが去っていった方に視線を飛ばす。自らを危険にさらすのを厭わず、ヲチカタの声を世界に伝えるために行動を起こした同胞たち。彼らの今後は、ひとえにこれからの自分にかかっている。独りではない……と確信した心身から不安や怖れが剥がれ落ちていき、ミカヅキはひとつ深呼吸をした。「同郷と言うと……」と判然としない顔の兵士に向き直り、「すぐにGBN運営部に連絡してください」と押し被せる。

「迎えを待つ間も惜しい。スピーチの準備があるんです。わたしはこのまま議事堂に向かいますから、玄関に迎えを寄越すようにと」

「ちょ、ちょっと待って。いま部下に送らせますから――」

「先に行きます。あとからついてきてください!」

 静止の声は聞かなかった。ミカヅキは路面を蹴り、人も車も立ち入りが制限それた通りを走り始めた。

 スピーチ前に下準備があることは事実だし、じっとしていたら狙撃される危険性もあったが、それより一刻も早く議事堂が見たい。間違いなくたどり着いたのだと、逸る心身に証明したい。通り沿いに建つ高層マンションの前を通りすぎ、無人の道路をひた走ったミカヅキは、200メートルあまりを走破して封鎖区画を抜けた。チューダーシティ・ブレイズの高架をくぐり、1番街の交差点に出ると、それまで高層ビル群に遮られていた視界がいきなり開けた。

 一気に走り抜けるつもりでいた足が無意識に止まった。じきに夕暮れを迎えつつある空を背景に、議事堂がりつ然と立っているのが見えた。手前に横たわるダグ・ハマーショルド図書館の向こうで、地上39階の威容を際立たせ、総ガラス張りの壁面に暮れかけた陽光を映す事務局ビル。その足もと、敷地の中央には議事堂議場が広大な面積を確保して地鎮座し、ドーム型の採光窓にやはり黄色がかった陽光を反射させていた。

 〝A〟と行動を共にするようになって以来、テレビや動画で何度となく目にしてきたGBNの本拠地が、目の前にある。その白亜の建物群を前にして、内奥から湧き出た震えが全身を揺らした。

 ついに来た。

 すべてはこれからに掛かっている。

 両の拳を握りしめ、ミカヅキは議事堂に向かって最初の一歩を踏み出した。

 議事堂安全保障の車両や、マスコミの中継車がまばらに路肩に停まるばかりで、1台の車も走っていない1番街の交差点を横断する。

 渡った先。

 全支部国の国旗がアルファベット順に並ぶ万国旗の中に、ヲチカタのそれを探す余裕は持てなかった。ミカヅキは息を詰めるようにして歩き続け、世界と言う名の対戦相手が待つリングへ近づいていった。

 

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