第九十六話
エイジの乗る<ガンダム>は歩を進めていた。
モニターから流れていく数値を見ていると、この機体も限界が近いことがわかった。
フレームまでがたつきが入り、装甲の至るところに亀裂が入っている。普通ならば、ここいらで戦闘をやめるところだが、そうはいかない。それどころか五体満足というほうがおかしかった。
追加装甲全損。
シールド1枚。
サーベルはまだ喪失していない。
ビームライフルのエネルギーも残りわずか。
だが、まだやるべきことがある……とエイジはレバーを強く握っていた。
フェアチャイルドセンターはマンハッタン島の中枢、セントラル・パークの南端に位置する7番街58丁目にある。
アールデコ調の尖塔を頂部にいただく地上77階のビルは、市内でも1、2を争う古さだの摩天楼だが、中の設備は最新のものだ。セキュリティも民間企業とは思えぬほど厳しく、通用口で待ち受けていた2機の<GBN―ガードフレーム>は後退していった。マイケルと連絡をとっていなかったら、この地点に辿りつけず、やられていたに違いない。煤だらけ、傷だらけの1機のモビルスーツが歩いてきたら、どこのエリアでも同じく扱うだろうが。
ともあれ、ここまではなんとかこれた。が、この先はどうなるかわからない。
「いまさらジタバタしたって始まらねぇか……。だけど、こっちが手ぶらじゃないってことは向こうもわかってるはずだ。お互い手持ちのカードを出しあうだけだ」
軽い口調をしてみせたが、いつになく険しい表情がモニターに薄く浮かんでいた。そう、議事堂に送りこんだミカヅキという持ち札の他に、エイジにはもうひとつの持ち札がある。谷沼に仕込ませ、自分もすでに1枚噛まされてしまった最後の切り札――本当につかうのか? と最後に確かめようとした瞬間だった。
開きかけた口を閉じ、瞬間的にレバーを引いて、全速で―機体がイカレない程度には―退かせた。
その足もとにはビームの痕跡で焼けただれたアスファルト。素早く損害報告を視界に収めて、呑み込んだ息を吐き出せなくなった。
その正体に目を凝らそうとした時、「はじめまして、というべきかな?」という通信がふきこまれた。
同時に周囲のビルに据えられたライトがつき、空を乳白色に浮かび上がらせると、反射した光が7番街を照らしてゆく。
道路の向こうに、暗闇から大柄なモビルスーツ、<ターンX>がその姿を露にし、ゆるやかな足取りでこちらに近づいてくる。「エイジ……いや、金家か」と今度は通信ウインドウが開き、口を開いたマイケル・プログマンは、ふっと嗤ったようだった。
「快適な旅とは言えなかったみたいだね」
<ガンダム>の損傷を見て、エイジは無言を返した。
直に会うのは初めてだ。しかし、そういう気がしない。この1か月の間……いや、もっと以前から、その存在とどこかで向き合い続けてきたという実感がある。
怜悧。
酷薄。
野心家。
〝財団〟の被膜越しに聞こえる噂は枚挙にいとまがないが、こうして機体越しに向き合うと、その醸し出す気配は狡猾な管理人というだけではない。
『A金貨』をめぐる日米関係の象徴――否、若くして死んだ一族の末が、亡霊を代表として会いに来たかのようなと言った方が、この場には相応しいか。
「なんだ、へらへらした若僧じゃんかよ」
エイジが日本語で呟く。緊張して損したと言わんばかりの口調だったが、彼にもこの威圧感が伝わっていないはずはない。
(アローンの所在を知りたい。近頃はなにかと物騒でね)
こちらに据えた碧眼を動かさず、<ターンX>はゆっくりと手のひらを突き出す。「彼はどこに?」と無表情に問いていた。
「やっこさんは死んだんじゃないか?」
彼にとってはいくらでも取り換えの効く道具だろうに……通信ウインドウに少し変化が混じったのは気のせいか?
「まぁいいや。ここから先は俺とこの人の問題だからな」
マイケルに据えた視線に微動だにさせず、エイジが熟れた発音の英語を続ける。
(あなたの評価を誤っていたよ)
「留学してたんでね」
(ほう、どこに?)
「駅前」
にこりともせずに応じたエイジに、(エキ、マエ……?)とおうむ返しにしたマイケルが怪訝な顔になる。はっきりと笑い、自分を鼓舞するがごとく両頬を叩いた。
むしろ好都合。俺は俺を信じる。
ほんの数秒で熱を体に送りこむ。
「もう、野暮なことはいいよな」
そう、ゴングの始まりだ。
白い機体同士が轟音をあげてぶつかった。
顔を合わせるのは、これが初めて……だが、ずっと以前から顔見知りのような気がするのは向こうも同じなのかもしれない。
<ガンダム>と<ターンX>がフェアチャイルドセンターの前でサーベル同士を鍔迫り合いをしている。
マイケルは薄く笑い、
エイジはこの目を見返し続けた。
この1か月あまり、さんざん身を煩わせてきた宿痾の源。青い瞳に映るのはその程度のものだろうが、こちらは違う。
俺はずっとお前の目を見てきた。
あの公園の闇の中、黒須を喪って以来、何十年もの長きにわたって、その視線を感じてきたのだ。
「よくできてんじゃないか!? そのモビルスーツ!」
(最高の原型師に作らせた最高のモビルスーツだ! 君とて同じだろう!)
「よく言うぜ。まずは……」
(そうだな……っ!)
嘲笑混じりに言ったのを皮切りに<ガンダム>はスラスターを全開にして地を蹴る。
兵装選択。
選ぶようなものはほとんどない。
ビーム・サーベルを手に、突撃する。
<ターンX>は左の溶断破砕マニピュレーターから、光刃を飛びだし突撃する。
ぶつかり合う光の刃。
「バカでかいビルだな。ここでどんな話し合いするんだ? 今年度の我がグループは――」
<ガンダム>は右に体をひねり、
「ちょいと派手過ぎないか!?」
ビーム・サーベルを横に振る。
(時には世界の舵取りも――)
<ターンX>は幾分か早くビーム・サーベルを下から振り上げ、<ガンダム>のビームサーベルを――。
(しなければならないんでね! ある程度の格式は必要だよ!)
平然と受け流し、<ターンX>はこちらに向き直る。(あなたこそ、どんな気分だ?)と真正面に声がふりかけられ、エイジは頬がひくと痙攣するのを自覚した。
(一介のダイバー、いや詐欺師がいまや日本外交の将来を左右する立場に置かれたんだ。日米同盟の人柱にされた気分というやつを聞いて見たいものだね)
「そんなつもりはねぇ!」
言いざま、バルカン砲を撃つ。
<ターンX>はふわりと浮き上がり、ビルの影にかくれてすぐさま体を飛びだたせた。
おまえのペースには乗らない、と宣言したつもりだった。
「あんたすげぇダイバーだな。相手にはこまらないだろ?」
マイケルは一瞬目を険しくしたのも一瞬、すぐに笑みを取り戻した顔を心持ち伏せた。
戦闘操作。ステップを踏みながら、バルカン砲を打ち鳴らす。
(話を聞こうか)
装甲をはじくばかりで、<ターンX>にはダメージは通らない。
<ターンX>の装甲表面にはIフィールドの膜が張られている。そのせいだろう。
「簡単だ。じきにミカヅキのスピーチが始まる。あんたと福田さんの会話記録も、その場で流す手はずだ。が、あんたが取引に応じるなら、会話記録は引っ込めてやってもいい」
(呂名英一の身柄か)
伏せた顔を上げ、マイケルは即座に言う。「あんたの命綱だ」と応じて、<ターンX>の機体を見やった。
(もうスピーチは誰にも止まらない。ヲチカタ・コロニーの封殺作戦は失敗だ。そこにあんたの名前が出たら、あんたは確実に削除される。〝A〟を俺たちに引き渡したと知ったら、フェアチャイルドの連中も黙っちゃいないだろうがな。殺したことにして、別の名前で暮らさせたっていいんだ。いまのあんたにしてみりゃ悪い取引じゃないとおもうがね)
今にも飛びかかりたいのを堪えて、一語一語を噛んで含めるように投げつける。じっと目を伏せて聞き入ったまま、マイケルはゆっくりと<ターンX>を下がらせた。
拒絶。
その2文字を感じ取った途端、無視してビームライフルを射撃。
(納得しかねるな)
涼やかな声が耳朶を打ち、<ターンX>は回避。エイジはレバーに置いていた手の平をじわりと握りしめた。
(そうだろう? わたしと福田の会話記録は、ヲチカタ・コロニーにかけられた嫌疑を晴らす唯一の物的証拠だ。それを引っ込めて、どうやって陰謀を立証する? ミカヅキというELダイバーの言葉で自体が覆るとでも? いや、それ以前に議事堂の場でスキャンダルが暴露させるかもしれないのに、我々がただ手をこまねいていたと思うのか?)
マイケルが獰猛な笑みを浮かべてこちらをにらみ据える。エイジはレバーをふって、<ガンダム>を影へと隠れさせる。(仕方のないこととはいえ、議事堂というタネを明かしてから3日も間を空けたのはまずかったね)と続いた声に、エイジは跳ね上がった心臓の音とともに聞いた。
(その間、我々にどれだけのことができたか。想像できないあなたではないだろ?)
「……はったりも、あんまり度がすぎると痛々しいぜ。さっきから、私はここの主ですみたいな顔してるけど、あんた、フェアチャイルドの小間使いみたいなもんだろ? 極東の島国の秘密資金担当なんて、どう考えたって本流じゃないもんな。そいつがしくじったらって、上の人が手を貸してくれるもんかね。全部の責任をあんたにおっかぶせて、切り捨てた方が早いんじゃないの?」
俺ならそうする、と出かけた言葉を呑み込み、ビームライフルを手に相手の反応を待つ。
どんなものでさえ、感情は人の判断を鈍らせる。
激した勢いで手の内を明かしてくればしめたもの。
――なはずだったが、マイケルはいたって冷静だった。「もうそういう問題ではないのだよ」と応じた声には憐れむ響きさえあり、エイジは腹の底が冷たくなるのを感じた。
(永琳組を動かしたのは見事だった。しかし、あなたたちはやりすぎた。聞こえてこないか? このフェアチャイルド財閥の不変の歴史が)
<ターンX>は立ち止まり、両手を広げて見せた。
(怒ってはいない。だが、不快には思っている。世界の〝システム〟に楯突く愚か者たち、その独善と不確実性に依り代とした『アファーマティブ・システム』の理想に。つまらぬ策を弄して我々の金を掠め取り、今また譲歩を引き出そうとする詐欺師の浅知恵に)
マイケルは舞台俳優さながらの大仰さでいい、見開いた目をぎらとモニター越しに閃かせる。笑おうとして果たせず、エイジは手のひらに滲み出た汗を握り潰した。「あなたは何もわかっちゃいない」と押し被せ、マイケルはこちらに近づく一歩を踏み出した。
(彼らに不快に思われるということが、なにを意味するのか。私個人がどう思おうかは問題ではない。世界中の先進国にマネーを浸透させ、強固な血脈で人的ネットワークも張り巡らせている一族が、あなたたちの存在を不快に思っている。あなたたちに味方する者はいないし、理解を示す者もいない。議事堂だろうとなんだろうと、同じGBNにあるからには例外はない。あなたたちの努力は無駄に終わる。その声は誰にも届かない。そう断言できるだけの時間を、あなたは我々に与えてくれた)
ほとんどひと息に言いきり、マイケルは<ターンX>を<ガンダム>の数メートル手前で足を止めた。溶断破砕マニピュレーターにエネルギー反応。腰を溜める体勢で、(できれば、すべてわたしの手で処理をしたかった!)とビームを三方に発射する。
スラスターを焚いて回避。
ビルは飴のように溶けきる間に、<ガンダム>は飛びずさって転がった。コクピットモニターがごろごろと回転する。その反動をもろに受けたエイジはシェーカーの中の氷だった。
瞬間、違う反動がエイジを襲う。いつの間にか<ターンX>が<ガンダム>の両肩をつかんで、その顔を見つめていた。
(こうなってしまってはしょうがない。わたしの面子は丸潰れだが、あなたたちはそれ以上に大きなものを失う。どうする? まだ戦うか? 敗けるとわかった上であの貧困コロニーのELダイバーを議事堂の、GBNの中心に立たせるか? それとも、まだ私の知らない切り札を持っているのかな?)
人間でいえば息が吹きかかる距離で<ターンX>が顔を近づける。
マイケルは笑っている。確実だ。
その口調に、焦りが滲んでいた。
おそらくハッタリではない。
議事堂での暴露を備え、彼がなんらかの対応策を仕込んでいるのは確かだ。だが同時に警戒してもいる。会話記録を公表せずにして、なおヲチカタに対する世界の印象を一変させる何か――こちらが準備した最後の仕掛けの存在を嗅ぎ取り、吐かせるために、マイケルはこういう話し方をしているのだ。
こいつも勝負に臨んでいる。フェアチャイルド一族の協力を取り付けて、あとがない大勝負というわけだ。
「またずいぶんと張りこんだな」
そう言い、エイジは左のレバーとペダルを同時にふむ。<ガンダム>は<ターンX>の顔を殴り、スラスターを焚いて脱出し、距離を取った。なにかを隠し持った顔で、促す目をマイケルにむける。
その勝負、乗った。おまえも自分の持ち札を出せ。
<ターンX>は距離を取り、あとずさった。
(良いものをみせてやる)
そう通信からマイケルの声が吹き込こまれると、ほどなく通信の音が鳴る。通信ウィンドウを開き、映像に映った顔を見て、エイジはあやうく立ち上がりそうになった。
こちらとウィンドウ越しに視線を合わせるや、呂名英一も驚いた様子で目を見開き、その場で表情が固まっている。
やっと会えた。
生きていてくれた。
そんな、感慨に浸る間はなかった。
なんとか英一を救出すれば、ここを脱出するのは容易ではない、か? 自問した胸中で衝動が噴きあがり、エイジは辺りを見回した。
追加した兵装など、武器になりそうなものは先の戦闘で失ったとはいえ、なにか代用できるものがあれば、あのモビルスーツの足を止め、<ガンダム>の機能を使って英一を救出することができる。電信柱ひとつない道路を見て、なんならこの<ガンダム>を突撃させて……と頭を働かせたが、それも<ターンX>の右手がフェアチャイルドセンタービルに手を突きつけ、(下手なことは考えるな)と告げる。ウィンドウの中の英一は静かな視線をエイジに向けた。落ち着いて、と言っている目と目を合わせて、半ば浮かしかけた腰を椅子に据え直したエイジは、ありったけの抗議を込めて<ターンX>を睨み据えた。「お互い、カードは揃ったな」と微かに声を震えさせ、マイケルはにやりと口もとを歪めてみせた。
(これで、記録の公表を中止しろと君に要求することもできる。さぁどうする。エイジこと金家さん、あなたもカードを明かしたらどうだ?)
左のマニピュレーターからビームが連射し、<ガンダム>はステップをしながら右に避ける。そこの位置から予測したように<ターンX>は近づいて苛烈な連撃を食らわせ、<ガンダム>の装甲を痛めつける。
最低限、ウインドウで見た限りでは、痛めつけられた様子はない。ジャケットにノータイのワイシャツもこざっぱりとして見える。
最低限、あいつには嗜虐趣味の持ち主ではない。
簡単に暴発するタイプでもなければ、脅しと割り切って、あのビルを壊すバカとも思えない。エイジはレバーを動かし、<ガンダム>のビームサーベルを振りながら牽制をしながら、くっと表情をこわ張らせた。
手強い。
そう思う。
細いと1本で理性を保ち、こいつは自覚的にキレている。我をなくして人質の命を消す心配はなくとも、もうこちらのペースにはひきこめない。
キレた相手には口先の交渉など通用しないと示すために、マイケルは自らのビルに、人質の英一を狙ってみせたのだ。
同じテーブルに着かせるなら、こちらも手の内を明かすしかない……が、そうすればまた相手の妨害の機会を与え、なにもかもご破算。ということにもなりかねない。
無為に出る脂汗を拭うこともできない。
サーベルでの鍔迫り合いをしながら、エイジは答を待つマイケルと睨み合った。「マイケル」と英一が不意に口を開き、膠着した空気に静かな波紋を投げかけた。
(さっき話したこと、あなたはなにもわかっていないんだね)
視線が英一にずれる。(エイジさんは、あなたの自由にはならないよ)と続けて、(すべてを犠牲にして命を救っても、ぼくが救われないことを知っている。理屈じゃないんだ。エイジさんが救おうとしているのは、ぼくの心なんだから。あるいは彼自身の……)そう言い、(本当にここまで来ちゃいましたね、エイジさん)とかけられた声に、エイジは返す言葉もなくその瞳を見返した。
(才能はあらゆる場所に……。ぼくの説の正しさが、またひとつ証明されたみたいだ)
悪戯に成功した子供の笑みが英一の顔に拡がってゆく。
ぼくといっしょに世界を救ってみませんか。
初めて会った時に見た微笑、わずかな光も見逃すまいと見開かれた瞳がそこに重なり、エイジは張り詰めた空気がふっと緩むのを感じた。
今日までなにをしてきたのか。
自分はなぜここにいるのか。
すべての事々が明白になり、久々に再会した〝A〟に我知らず微笑みを返していた。
最初に聞いた時はとんだ与太だと呆れたが、今は違う。〝A〟も自分も、世のため人のためと体を張ったことは一度もない。ただ、他の自分を、自分の魂を救う術がないとわかっていたから、こうする以外になかった。世界を救ってみないかなどとうそぶきながら、実は自分自身を救おうとしていた〝A〟――みんなそうだ。この世界に対する違和感、絶望、ひとつ仕事を終えるたびに押し寄せる不快の波、それらを押し退けた先にある風景を見たくて、俺はこの仕事に乗った。
世界を救うとは、すなわち自分を救う事。
〝A〟の身を持った処し方を見て、自分もまた知らず知らず同じ道を歩み、学び取っていた。
世界なくして自分はあり得ず。
自分がなくては世界もその主観的な存在意義を失うのであれば、あらゆる意味において世界と自分とは等価であることを。
どちらかを犠牲にする生き方は意味をもたず、自分が変われば世界もその様相を変える。
そんな個々の意識が寄り集まり、互いを信じて才能を共振させれば、それは〝システム〟さえ変える力となって世界に働きかけるのだということを。
自ら世界を変えようとした呂名哲郎。
それによって後世に託された『アファーマティブ・システム』。
その真の目覚めを促すには、託された者たちの自己変革。その意思も必要とされたのかもしれない。
多くの犠牲を経て、呂名一族は変わった。
ミカヅキも、
深雪――ミーユも。
自分を変えることを恐れなかった。
もはや機能不全に陥った〝システム〟にしがみつき、いまもって変わろうとしない者には、この場においてただひとり――。
つかの間閉じていた目を開き、<ターンX>を……その内部にいるマイケルに視線を捉えた。(心……)と呟いた拍子に<ターンX>の剣先を揺るがせた。
(つくづくお前たちはおめでたいな!)
左手から伸びるビーム・サーベルを弾き、連撃を加える。
(なにが救われる!)
仮借ない連撃。
(御伽噺はたくさんだ! 現実の話を!)
ビーム・サーベルが振り下ろされる。が、エイジは目を閉じ、<ガンダム>を操作する。
目を開く。
それはお前の現実であって、俺たちが捉えた現実とは違う。そう言っても、時間の無駄か。
エイジはレバーに手のひらをのせた。ペダルを踏む。<ガンダム>の背部ブースターを焚いて、肩からのタックルを受け、<ターンX>は体勢をよろめかせた。刹那、<ターンX>の両肩をつかみ、「GBNの世界に、スクリーンをおこせるだろ?」
と出した声に、通信ウィンドウのマイケルは怪訝そうな眉で応じた。
「できるんなら、やってみろ」
刹那、空中に大小のスクリーンが埋め尽くされた。議事堂に埋め込まれた彼の〝仕掛け〟が読めた気がしたが、いまさらなにができるものでもなかった。
スクリーンの映像が起動し、議事堂のニュース映像が投映される。バカでかい会議場ではあるが、スクリーンの大きさは小さくても20メートルは下らない。ライヴのテロップの向こう、民族衣装を着た黒人のダイバーが演壇に立ち、身振り交えて話す姿にはちょっとした迫力があった。
議事堂より、フォース・ナビミア代表のリーダーのスピーチ。
刻々と新着ニュースのヘッドラインが更新される中、画面下に大きく表示されたテロップを読み取ったエイジは、腕時計に午後4時28分の時刻を確かめた。ヲチカタのスピーチはナミビアの次、一般討論演説のトリに割り当てられている。15分の持ち時間をオーバーするのも珍しくない一般討論演説だが、今日はおおむね予定通りに議事が進行しているらしい。
スクリーンをの方に身を乗り出した英一の気配をウインドウで知る。
普通、最終日の中継は専門チャンネルかGチューバーくらいしか流さないものだが、今日は無論のこと、普通の日ではない。
これでわたしの討論は終わります。ありがとうございました。
訛りのある英語でナミビアのフォースが言い、会場から拍手が起きる。
ウインドウを介して伝わるその音の大きさも、今日が普通の議事堂最終日でないことの証明だった。
広大な議事会議場が満席になるのは、先進国の首脳たちが演壇に立つ最終の1週間のみ。日を経るにつれて聴衆の数は減り、最終日ともなると閑古鳥が鳴くありさまになるはずが、この満場の拍手はどうだろう。
今日、スピーチを割り当てられた小国支部のフォースだけではない。大国を含む多くのダイバーや代表部が総会議場に集まり、これから始まる最後のスピーチに注目している。
さすが上位クラスのは帰った後だろうが、200に届かんとする各支部の代表が顔をそろえ、ひと月前までは意識の端にもなかった僻地のコロニーを待ち受けているのだ。
金の鉱脈か。
それとも、国際サイバーテロ組織の巣窟か。
いまや全GBNの世界注目の的となったヲチカタ・コロニーの正体を見極め、それぞれが次の一手を決めるために。
画面が総会議場の全景に切り替わる。
大規模な改修工事がなされても、基本的な構造に変わりはない。巨大なドーム型の天窓が見下ろす中、弧を描いて配置された椅子と長机に各国の代表が収まり、エンブレムを背負った議長席と演壇がそれらと対面する形で設えられている。
議事堂に漂う空気。
やはり当たり前の劇場とは異なる。さすがにすべての空気は埋まらなくても、ほぼ満席と言っていい総会議場の様子を確かめたエイジは、レバーをそっと握りしめた。
ここまでは完璧なしつらえ……。
だが、勝負はここからだ。
ミカヅキを議事堂に送りこむのとセットで、もうひとつ仕込んだ秘策。
それが実現するか否かは、その場にならない限り分からない、秘策の性格上、一度でも実行すればフェアチャイルドの監視網に触れてしまうので、事前確認しようがないのだ。
一方で、マイケルもなんらかの対策を講じている。
チャンスは一度きり。失敗したらそれまで。
ショウダウン。
いよいよ互いのカードをオープンにする時だ。
<ターンX>から放たれるビームの応酬を下がりながら、後方にジャンプしながらサーベルで切り裂いていく。その中で、エイジは空中に表示されているスクリーンだけを見つめ続けた。
やがて――ミカヅキと思しき人影が壇上に姿を現した。