聖杯合戦絵巻   作:Roku左衛門

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拾ノ巻 虎の口

皇紀2680年 平成32年 7月24日 午前 10時33分

 

 

 

ヘリコプターでセイバー陣営を追っていた猫戸たちは突然の衝撃と暴風に

巻き込まれていた。

 

「何!?何なの!」

「皆さん!大丈夫ですか!?」

ヘリコプターのパイロットの羽田がヘリコプターに乗っている報道チームに声をかける。

衝撃が発生した場所からは離れていた影響のおかげか、ヘリコプターは大きく

揺れただけで機体事態に問題は無いようである。

 

「猫戸さん見てください!あれ龍ですよ!龍!」

 

ADの史野が指差す。

先程までそこには何も無かったはずだった。

しかし今、目の前には鮮やかな緑色の巨大な龍が空に浮かんでいた。

 

「ウソでしょ…」

 

猫戸は聖杯合戦のリポーターの仕事をするに当たって記録が残っているものだけだが、

過去の聖杯合戦の映像や資料を確認していた。

当然参加したサーヴァントのデータも確認しているのだが、ドラゴンや龍を使役していた

サーヴァントは片手で数えるほどしかいなかった。

それほどまでに珍しいのだ。

 

「誰かいる!?」

 

史野が指差した龍の頭の付近に人が座っているように見える。

背丈はあまり大きくないようだが…

 

「ありゃ泉小太郎だ。」

 

機体が大きく揺れた際にも黙々とカメラを回していたベテランの影井

が初めて声を出した。

 

「影井さん、知っているですか?」

「俺の田舎の伝承でな。お前らも昔話のアニメ見たことあるだろ?

 あれのオープニング出てくる竜の子太郎ってやつの話の元になったやつさ。」

 

猫戸は目の前の光景に改めて戦慄していた。

同時に今回の聖杯合戦は普通ではないと予感した。

 

 

 

皇紀2680年 平成32年 7月24日 午前 10時34分

 

 

 

龍に乗った少年。小泉小太郎は上機嫌であった。

 

「虎のおっちゃんの言う通りだったな。おっかあ、これでオイラたち勝ちさ。」

 

小太郎はカラカラと笑いながら言った。

その言葉に反応するように龍は首振って合図している。

「え?まだ油断するなって?大丈夫だって。絶対倒したから。」

小太郎の宝具の一撃で舞い上がった土煙でセイバー・アーチャー組の安否は

まだ確認できない。

全員絶対倒したと小太郎自身は思っている。

それほど自身の宝具の威力に自身があるのだ。

土煙が少しづつ晴れていき、辺りの様子が徐々に確認できるようになってきた。

 

「なんだあれ!」

 

全く予想もしていなかったものが煙の中から現れ、小太郎は驚きの声を上げた。

 

 

 

…………………………………………………………

 

 

「みな、無事か!」

 

正成の声に司は我に返った。

さっきの閃光のせいでまだ眩暈がするが、どうやら無事なようだ。

 

「おい、どーなってんだよ!」

「さっきのは敵の攻撃だ。ここに踏み込んだ瞬間、ドデカいのを撃ち込んできたんだよ。」

 

錬矢に【ナナシ】が素早く状況を説明する。

十兵衛の目線の先、車の前方には巨大な壁、いや山が聳え立っていた。

彼らには山に見えたかもしれないが正確には山では無い。

正確に言うならこれは城、山城である。

これこそが楠正成の宝具。

太平記において鎌倉幕府軍の坂東武者100万騎の攻撃を跳ねのけた難攻不落の名城。

千早城である。

敵の攻撃にもっとも早く対応したのが正成であった。

攻撃がくるより一瞬だけ早く、車外に飛び出し千早城を前面に展開。

敵の宝具での一撃を防ぎ、味方を全滅から救ったのだった。

フロントガラスが全壊のおかげで素早く飛び出せたのは怪我の功名であった。

正成は城の上から辺りを確認しようとしていた。

攻撃を仕掛けてきた敵が次にどうくるか見定めなければならない。

土煙が徐々に晴れ周辺が確認できるようになってきた。

 

「おいおい。」

「これは…マズイでござるな。」

「あかん。」

 

視界が開け最初に飛びこんできたのは空中に緑鮮やかで巨大な龍。

さらに遠くに自軍を囲むように展開した赤色の敵兵たちの姿であった。

兵数もこちらと同じくらいるようだ。

 

「ブチかませ!」

 

最初に動いたのは正成だった。

正成の号令と共に城の中の人影が動きだす。

よく見るとそれらは人では無い。

藁人形だ。

鎧兜を装備した藁人形たちが弓や礫を持ってそれらを一斉に龍に向かって放った。

しかし龍はゆらりと動いたたけで矢や礫を全て回避してしまった。

 

「今のうちや!撤退するで!」

 

城からは雨あられと矢と礫を放ち続ける中、正成が城から飛び降り車の前に降り立った。

 

「何でだよ!敵の陣地は目と鼻の先だぜ。それなのに戦わずに逃げるのかよ!」

「アホ!今しかへんのや!」

 

練矢の発言を正成は怒鳴り一蹴する。

 

「こっちの策にハメるつもりが逆に敵に誘い込まれた形になってもうた。

只者やあれへん。敵に包囲されサーヴァントの数もわからんこの状況で戦うたら全滅や!

せやけど今は完全には包囲されとらん。今ならまだ逃げられる。今しかあれへんのや。」

 

正成の言葉に全員が黙るしかなかった。

戦場でも常に余裕を持った態度の正成がここまで必死な表情を見たことが無かったからだ。

それ程までに状況は切迫しているのだ。

 

「ワイが殿をやる。十兵衛はん、マスター達を連れて先に道を逃げてや。」

「承った。」

「死ぬんじゃねぇぞ!おっさん!」

「みんな!気を付けて。」

 

十兵衛が車を素早く反転させると急発進して来た道を猛スピードで引き返し始めた。

それについて行く形で霊兵たちも撤退を始めた。

 

「何やってる。自分らもはよ逃げな。」

 

すでに車から降りていた【ナナシ】と教経に正成は声を投げかける。

 

「今日はまだ一戦もしてないから体が鈍ってしょうがないんだよ。

 それにこっちの方が面白そうだしな。」

「左様!退却するにせよ敵軍に我らが力を思い知らさねばならぬ!」

 

2人ともサーヴァントとして呼ばれるほどの英霊である。

この窮地に対して少しの気後れも無いどころかむしろ楽しんでいる様子だ。

 

「アホが!勝手にせい!これより退却戦開始するぞ!」

 

3人は霊馬を召喚し同時に跨ると一目散に退却開始した。

 

 

 

…………………………………………………………

 

 

 

「あいつら逃げようとしているな。」

 

小太郎は城から延々と飛んでくる矢や礫が飛んでくる状況に対して攻めあぐねていた。

空から状況を確認していたが、セイバー・アーチャー陣営は退却を開始しようとして

いるのは見てとれていた。

 

「逃がすもんか。おっかあ、追いかけよう!」 

 

敵が逃げるならこんな城、飛び越えて無視すれば良いだけだ。

小太郎が追いかけようとした瞬間、何かの機械音がし始めた。

携帯電話の着信音だ。

小太郎は懐から携帯を取り出しすぐ電話に出た。

 

「もしもし。」

「坊よ。何をしておる。」

 

電話の相手は年配の男性のようだ。

声を聴いただけでもある種の威厳をかんじる声色だ。

 

「あいつらが逃げようとしてるから追いかけて…」

「ならん。最初の取り決め通りにせよ。出会い頭の宝具で仕留めきれなかった

場合には追撃をわしに任せるという手筈のはずじゃ。」

「ちゃんと戦えばおいらとおっかあは負けないよ!」

「確かに、戦えば坊たちが勝つであろう。しかしおぬしらが戦えば大量の魔力を消費する。

 今後の事を考えれば出来るだけ魔力の消耗は避けるべきじゃ。わかるのう?」

「でも!」

「坊よ…」

 

電話の声の主のトーンが一段階下がる。

 

「2度は言わぬぞ。引け。」

 

これ以上駄々をこねればどうなるか分かっているのだろうなという意味が込めれた言葉

なのは明白であった。

 

「わ、わかったよ…虎のおっちゃん。」

 

小太郎は渋々といった感じだが従ったようだ。

はねっかえりの強い小太郎でも声の主に一目置いているようだ。

小太郎とのやり取りを終え声の主は電話を切り、また電話を掛ける。

1コールですぐに相手は電話に出た。

 

「もしもし?」

 

電話の相手は女性、【おつる】だ。

 

「敵が網にかかりおった。そちらはどうじゃ?」

「動かずに防衛に徹するようですね。あなたの予想通りです。」

「それは重畳なり。手筈通り戦闘は小競り合い程度に抑え暫くは

 敵を引き付けておいてくれ。30分程度で良い。」

「承知しました。」

 

【やかた殿】は電話を切ると持っている電話をまじまじと見る。

 

「それしても便利な物だ。これ持って家督相続の頃からやり直したいわい。

 

そうして展望台から眼前を見る。

 

「城を盾に退却するか。うむ、良い判断じゃ。」

 

戦において攻めるのは簡単で、撤退するのは極めて困難である。

タイミングを見誤れば大損害を出してしまうからである。

ましてもう少しで財宝が手に入る場面で手を伸ばしてしまうのが人情というもの。

だがその迷いこそが命取りである。

一瞬の判断の遅れがが致命傷となり、敗北していった者たちを【やかた殿】自身何度も

この目で見てきたのだ。

だがセイバー・アーチャー陣営は朱引陣という財宝を投げ捨て逃げるという判断を

瞬時にやってのけた。

正確な状況判断とそれを信じる強固な精神、すぐさま撤退戦に切り替える頭脳。

並みの将にはこれは出来ない。

 

「菊水の旗か…」

 

【やかた殿】は城に掲げられてた旗に注目していた。

旗印とは武家の誇りであると同時に合戦においては敵、味方の識別をする役割を持つ。

菊水とは家紋の一種である。

家紋を見ればどこの武家の者なのかたちどころに分かる。

菊水の家紋の旗を掲げ、宝具と思われる城を持つサーヴァントといえば…

 

「敵は大楠公か。面白くなってきのう。」

 

【やかた殿】は膝を打って喜んでいる。

 

「ではボチボチ行くとするかのう。皆の衆。」

 

【やかた殿】が軍配を掲げると、遠くから法螺貝と陣太鼓の音が聞こえてきた。

 

 

 

…………………………………………………………  

 

 

 

「おい、なんだこの音は?」

 

ライダー陣営の包囲が唯一敷かれて無かった道から撤退していた。

【ナナシ】たち最後尾の耳に何かの音が聞こえてきていた。

 

「気ぃ付けい!来るぞ!」

 

後方からの音はどんどん大きくなっていき地響きまで聞こえるようになっていた。

【ナナシ】たちを何かが猛然と追ってきている。

それも大軍が。

 

「バカな!早すぎる!」

 

選択した武装によっては霊兵の進軍速度は多少は変わるが、それでもこの速度

はありえないことだ。

だが追手の姿を見た瞬間に答えはすぐに分かった。

 

「騎馬武者やと!?」

 

追ってきていたのは騎兵だったからだ。

 

「我が矢を食えい!」

 

敵の姿が見えた瞬間、教経は即座に矢を放った。

しかし騎馬武者たちは軽々と教経の強弓を躱した。

その一糸乱れぬ淀み無い動き一つで騎馬武者たちが並みの兵士では無い

事は明らかであった。

徐々に近づいてくる騎馬武者たちの全容を【ナナシ】たちは眼前に捉えていった。

まず目を引くのが全身赤色の鎧である。

ライダー陣営の霊兵たちも赤色の鎧を装備しているが、目の前の騎馬武者たちの赤色はそれよりも

さらに深い色、真紅の輝かしい色をしている。

その真紅の鎧を騎馬武者全員が装着している。

そして極めつけは旗である。

日の丸の旗、諏方南宮法性上下大明神と書かれた旗、花菱の旗。

大小様々な旗を騎馬武者たちは背負っている。

その中でもっとも目を引く旗にはこう記してある。

 

疾如風  徐如林

侵掠如火  不動如山

 

「真紅の鎧に騎馬隊、そして風林火山の旗!敵は…!!」

 

…………………………………………………………  

 

「ここからは詰め将棋よ。さて、どう詰めるかね。」

 

武田信玄は静かに戦場を見据えていた。

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