皇紀2680年 平成32年 7月22日 20時12分
「こりゃひどいな。」
ベージュのトレンチコートを羽織った刑事が呟くように言う。
年は四十代の半ばくらいだろうか。
深く刻まれたシワが彼の経歴を表しているようだ。
「これで7件目ですね。河道さん。」
「ああ、世も末だな。まったく。」
遺体の状況を見ながら若い刑事、折田刑事と話す河道警部補。
賑やかな繁華街の裏の路地が凄惨な事件の現場だ。
「死因は鋭利な刃物で首を一撃で切断。被害者は即死。痛みを感じる暇もなかったようです。」
「首を一撃で切断なんて犯人は剣術の達人か?で仏の首はどこに行ったんだ?」
残された遺体はバラバラに刻まれていた。
それも丁寧に部位ごとに分けられ解体されていた。
残っていたのは胴体と右足のみ。
遺体は飲食店の裏のゴミ箱に入っているのを従業員が発見、通報で発覚した。
「内蔵もすべて摘出されているそうです。そこは今までの事件と一緒ですね。」
「なんだって頭と内蔵は必ず持って行くんだ?悪趣味な野郎だな。」
東京ではここ一週間の間に6人のバラバラの遺体が見つかっているが、ある共通点があった。
他の無い部位はマチマチだが、頭と内蔵はどの遺体も無いのである。
遺体から離れ、河道は一息つくためにタバコに火をつける。
河道は頭を抱えていた。
今週に入ってから東京各地で毎日のように遺体が見つかる。
目撃者は無し、防犯カメラにも何も写って無い、聞き込みも効果無し。
痕跡や証言が何も出てこないのである。
犯人はまるで煙のように消えてしまっているのだ。
「たく、犯人は幽霊とでもいうのかよ。」
河道を苛つかせているのは事件だけでは無い。
先程から頭上で上がる花火も苛つきに拍車をかける。
「さっき始まったらしいですよ。聖杯合戦。」
「知ってるよ。やかましいからな。あんなものありがたがるヤツらの気が知れん。」
河道は不機嫌そうにタバコの灰を携帯灰皿に落とす。
折田は河道の合戦嫌いを良く知っているので気に止める様子は無い。
「この辺りも戦闘区域に入るみたいですよ。早めに離れた方が良さそうですね。巻き込まれたら自己責任ですから。」
「自己責任ねえ...」
聖杯合戦において発生した損害は全て、国よって補填される。
むしろ終わった後、観光名所となる場合もあるため、うちで戦って欲しいという意見もあるほどだ。
ただし人命は別だ。
お祭り気分で見に行って死んでも自己責任で片付けられる。
「たまたま隕石が降ってきて当たっても、てめえが悪いってんだから笑えるよ。」
河道は戯けた口調で言うがその目は一切笑っていない。
「...」
折田も一切反論はしない。
その通りだと思っているからである。
しかし表立って批判すれば、反政府的な思想の持ち主とされてしまい、矯正施設という名の独房で一生を過ごす事になるだろう。
それ故に巻き込まれるのを恐れて期間中は開催都市に住んでる者は都市を離れる人々も少なくない。
「それでも参加したいってヤツが後を絶たないなんて世の中分からんな。」
聖杯合戦の開催直前になると開催都市は観光客が倍増する。
理由は二つある。
聖杯合戦の見物。
もう一つが参加である。
マスターは聖杯が都市の中からランダムで選出するため、いるだけで参加する資格があるのだ。
「優勝の商品を考えれば命を懸ける価値があると思う人もいるのでしょうね。」
「お前も参加したいか?」
まさかと折田は河道の問いに首を振る。
聖杯合戦を勝ち残った者には万能願望機である聖杯が与えられる。
優勝すれば何でも願いが叶うと聞けばこぞって参加しようとする者も多い。
過去にもそれで億万長者になった者達もいる。
河道は世の中は自分より馬鹿な者達が大勢いる者だと呆れていた。
「河道さん、そろそろ戻りましょう。これ以上は手掛かりは無さそうですし。」
「あいよ。」
煙草を携帯灰皿に押しつけしまい、車に乗ろうと歩き出そうとした時だった。
壁に貼ってある古びたポスターの一文に目を奪われる。
聖杯合戦、東京で開催決定!最高のエンターテインメントをあなたに!
「最高のエンターテインメントねぇ...」
何かの本で見た事がある。
人間にとって最高の娯楽は戦争であると。
ならばのポスターの謳い文句は全く偽りでも無いだろう。
そんな事にを思いを巡らせて河道は現場を後にした。
皇紀2680年 平成32年 7月22日 19時39分
花火の音が上がっているのを壁越しに感じながら、高城司は腰を抜かしたまま動けずにいた。
広いとは言えない廊下で自身を除いた4人の男女が対峙している。
1人は自分を襲った黒い武者。
1人は黒髪の巫女服を着た少女。
1人は左目に眼帯を付けた侍。
1人は軍服を着た坊主頭の剣士。
「流石にこの人数では手狭に…」
黒い武者の話が終わる前に最初に少女が斬りかかり、他の2人が続いて斬りかかったようにに見えた。
剣戟音だけが響くがその動きを目で追う事が出来ない。
速すぎるのだ。
テレビ越しに何度も聖杯合戦の映像は見たことはある。
しかし間近で見るのは司にとってこれが初めての出来事であった。
伝説の英雄同士の戦いに冷や汗が止まらず、喉がカラカラに乾く。
廊下から飛び引き、居間に躍り出る武者。
それを追う3人。
「ここならば少しは槍を振えよう。」
あの狭い空間で長槍を振るい、なおかつ3人の剣士を相手に一歩も引く事なく互角の戦いをを見せていた武者であるが、まだ本領を発揮出来ていなかったようである。
驚嘆すべき腕前であると言わざる終えない。
「ぬん!」
武者は左半身の正眼の構えから渾身の突きを繰り出す。
「受けるな!」
槍の一突きに対応しようとした軍服の男に少女が注意を促す。
しかしその声が届く前に軍服の男は槍の穂先を刀で捌く。
瞬間軍服の男の左腕から鮮血がふき出した。
「何だこや!」
軍服の男は思わぬ負傷に驚きの声を上げるがすぐに相手との距離を取る。
不可解であった。
槍の刀身を刀で払ったのみにも拘らず、全く関係無い左腕に槍傷らしきものが現れているのである。
「無作法お許しあれ。我が愛槍は切れ味が鋭すぎるゆえ触れるだけで傷つけてしまう。」
ニヤリと笑いながら武者が答える。
「その黒い鎧に鹿の角の兜、肩から掛けている数珠、そして槍とそれを操る腕前。よもや過ぎたるものと謳われた御仁ではござらぬか?」
眼帯の男が静かに武者に語りかける。
「名が広まっているというのは不便なものよなぁ。のう柳生の。眼帯にその剣の腕は誤魔化せんぞ。」
「確かに不便ですな。お互いに。」
「おい、お前。」
少女が武者にぶっきらぼうに話しかける。
外見は可憐な少女で声も可愛らしいのだが、喋り方がまるで男のようで愛想のかけらも無い。
「いい加減観念しろ。逃げられると思っているのか?」
「思っているさ。俺の相手ばかりしていていいのか?合戦は既に始まっているのだぞ。」
その言葉を言い終わらぬうちに少女が斬りかかる。
だがそれよりも速く武者は後方に跳躍。
そのまま窓ガラスを突き破り、ベランダから地上に向かって落下していった。
すぐにベランダに駆け寄るが既に武者の姿は何処にも見えなかった。
「どげんすっ?追か?」
「いや、やめておこう。彼奴の言う通り合戦は既に始まっておる。それに我らが主をいつまでも玄関先に座らせておくわけもいかんしな。」
と言うと眼帯の男はふふっと笑った。
皇紀2680年 平成32年 7月22日 19時52分
黒い武者が去って十数分たち、荒れ果てたリビングの真ん中で椅子に座りながら、
高城司はやっとこれが現実の事であると受け入れつつあった。
蛍光灯は割れ、ベランダの窓はバラバラになり、壁や天井は傷だらけで、廊下に繋がるドアはひしゃげて転がっていた。
悲惨状況の部屋であるが、サーヴァント同士の戦い巻き込まれたにしては軽微な損害であると言える。
「主殿、どうぞ。」
眼帯の男がキッチンでお茶を入れ、司の前に出す。
「あ ありがと。」
熱いお茶を一口飲むと、胸がじんわり暖かくなる。
だいぶ心が落ち着いてきた。
「主殿もだいぶ落ち着かれてきたようですので、ここで情報の整理と自己紹介をすべきだと思うが、みな異存はないか?」
「そんなことしてる暇あるのかよ。時間の無駄だろ。」
1人だけ離れ、窓際で立っている少女がブスっとした態度で口を挟む。
白衣と緋袴を着て、千早を羽織っている。
黒く美しい長い髪を丈長でまとめている。
顔立ちも同じ人間とは思えないほど整っており、凛とした瞳は強い意思を感じさせる。
口調が荒々しいことを除けば、完璧な大和撫子といえるだろう。
「これから背中を預け共に戦うのだ。お互いの名前も知らんと言うのはいかがなものだろうか?」
そう問い返されると少女は不機嫌そうにそっぽを向いてしまう。
眼帯の男はやれやれとかぶり振るが意に介さず話を進める。
「まずは拙者から。柳生十兵衛三厳と申す。以後お見知りおきを。」
十兵衛と名乗った男は頭を下げる。
「そん眼帯はまさかかと思もたが、やっぱい十兵衛どんでしたか!」
軍服の男が、嬉々として驚きの声を上げる。
柳生十兵衛。
歴史に詳しく無い人間でも剣豪の名前を1人挙げよと言われたら、宮本武蔵と二分にするほど知名度を誇る大剣豪である。
「拙者のことを知っているようだがお主は?」
十兵衛が軍服の男に問いかける。
「わがは桐野利秋と申しもす。中村半次郎の名前のほうが有名かな?よろしくお願いしもす!」
「幕末四大人斬りの1人、人斬り半次郎か。頼もしい男が味方になったのう。」
「うんにゃ、そやこっちの台詞もはんど。」
2人の男はお互いに豪快に笑う。
「そいで、おはんの名は?」
桐野が少女に聞く。
「名無しの権兵衛だ。」
「はぁ?」
少女の答えに桐野が呆れた声を出す。
「冗談にしては面白くないな。」
十兵衛の発言に少女はこう返した。
「召喚が不完全な上に突然だった影響かもな。名前どころか自分が何者なのかも分からない有り様だ。」
【ナナシ】はやれやれといった感じに両手を振る。
「ふうむ。それは困ったのう。」
「うんにゃ、そやおかしだろ。3人同時に召喚されてないごてわいだけがそなっちょっんだ。」
「心配ないマスターは私が守る。俺は強いからな。」
【ナナシ】は司の手をギュッと両手で包み込むように握る。
「こあ!無視するな!」
桐野を無視して。
「さっきから五月蝿いな。芋侍。」
「だいが芋侍だ!取り消せ!」
「喋り方が田舎臭いから芋で十分だ。」
「なんだと!」
売り言葉に買い言葉。
二人の口論はヒートアップしていく。
このままではマズイと思い、司は仲裁に入る。
「まあまあ、桐野さんもナナさんも落ち着いて。これから一緒に戦っていく仲間なんだから。」
「大将に免じて今回は引き下がっが次はねからな」
桐野は渋々といった様子で引き下がる。
「マスター、ナナというのは俺のことか?」
「ほら女の子だから名無しさんってのもあれだから…。いやだった?」
ななはそんな事は考えもしなかったという表情でキョトンとしていた。
「いや…ナナか…悪く無い名前だ。」
クスっと少し笑いななは少し照れたような表情を見せた。
気に入ってもらえたようだ。
「さて自己紹介も終わったようなので、我らの方針を立てたいがよろしいか?」
話が一段落したのを見計らい、十兵衛が本題に入る。
「我らが領地に隣接する空白地がある。速やかに兵を出し制圧すべきだ。」
「よーし善は急げだ。全員でひとに…」
「これこれ、他の陣営がどう動くも分からん状況で全員で攻め込むべきではないだろう。」
十兵衛が諭すように桐野に話しかける。
「俺が行こう。」
【ナナシ】が会話に割り込んで答える。
「頼めるか?」
「十兵衛どん。ちっと待った!」
桐野が手で制して十兵衛を止める。
「わがの名前もわからんやつに大仕事を任せられん。おいが行こ。」
「いや、信用出来ないからこそ良いのでござる。」
桐野の意見に反論しつつ十兵衛はこう答えた。
「この戦いでどの程度実力で忠誠心はあるのかといった事が測れる。試金石といった所でござる。」
「そんな事しなくても裏切ったりなんかしないがな。」
【ナナシ】は面白く無さそうな顔で答える。
「申し訳ない。しかし名無しの者に領地の防衛を任せるわけにもいかんのでな。」
「フン。まあいいだろう。後、マスターは俺と同行させたい。聖杯合戦がどういうものなのかを肌で感じさせたい。」
「うんにゃ!そらへ…」
「いいだろう。」
桐野の口を抑えながら十兵衛が許可を出した。
「マスター心配しなくてもいいぞ。そこの二人合わせたより俺の方が強いからな。どんな奴が来ても平気だ。」
【ナナシ】が笑顔でそう答える。
その顔からは邪な気持ちは一片も感じられない。
【ナナシ】が司から少し目を話したスキに十兵衛が司の耳元でこう囁いた。
「主殿。もしもの時は令呪で我らをお呼びください。」
【ナナシ】が裏切った時は自分達を呼べと言っているのだろう。司は十兵衛に向き直り答えた。
「ナナさんはそんな人じゃ無いから大丈夫。」
その言葉を聞いた十兵衛はにこりと笑い
「そうですか。今のは忘れてくだされ。」
と言った。
「兵はどうする?」
「足の早いのを3000連れて行く。マスター早く行こう。こっちだ。」
と【ナナシ】は誘導するが、何故か玄関とは逆のベランダ方に歩き出している。
「ナナさんこっちは出口と逆…」
「こっちのほうが早いだろ。ほらほら。」
猛烈に嫌な予感を感じた司はなんとか方向修正しようとするが、ナナは凄い力でグイグイと司を引きずっていく。
小柄な体格から一体どうしてそんな力が出るのか不思議なほどだ。
【ナナシ】が軽く司を抱きかかえる。
司の嫌な予感は的中しようとしていた。
「じゃあ行くぞマスター!」
「ナナさん!ちょっとまっあああああ!!」
制止を無視してななはマンションのベランダから飛び降りた。
司をお姫様だっこしたまま。
地上がどんどん迫ってくる光景が見え、司は目を閉じるが激突の衝撃はいつまで経ってもこない。
目を開けるとななは司を抱いたまま透明な馬に乗っていた。
霊馬。
聖杯合戦に置いてサーヴァントやマスターの足となるものだ。
「飛び降りる必要無かったよね…」
「この方が早い。」
半泣きの司からの言葉を【ナナシ】は斬って捨てる。
「勇敢なる我が精鋭達よ!今こそ我が元に集え!」
ななが勇ましく号令を掛けると、何も無い空間から人が現れる。
背中に旗指物を指し、胴鎧に陣笠を被り、刀を持っている。
これぞ霊兵・足軽。
朱引陣の霊脈から生成される魔力を元に作成された兵士達である。
「目指すは千代田区!いざ進まん!」
号令と共に一斉進軍を開始する足軽達。
その先頭を霊馬で駆けるななと司。
高城 司の初陣が今幕を開けた。