皇紀2680年 平成32年 7月21日 午前12時12分
墨田区 某中華料理店
「よう。昨日振りだな。」
アーチャーのマスターは昨日と同じく帽子にマスクの出立ちで座敷に座っていた。
昨日はじっくりと確認することが出来なかったが、近くで見ると年齢は司とそう変わらないようだ。
「おい、ボサっとしてないで戸を閉めて座れよ。話ができないだろ。」
アーチャーのマスターに催促されてはっとする。
これからする話は人に聞かれてはマズイものだ。
司は戸を閉めてそそくさと席に着いた。
司が席に着くやいなや、何も無い空間から人が現れた。
霊体化していたナナシ達とアーチャー陣営側のサーヴァント達だ。
お互いに3人づつ、計6人が突如として出現した。
それなり大きな部屋だったが司達も含めると手狭に感じる人数だ。
対面にいるサーヴァント内1人は、昨日見た関西弁の壮年のアーチャーだ。
後の2人は初めて見る。
1人は大鎧を身に纏った大柄な男だ。
鎧の下からでも筋骨隆々である事がわかるほどの体だが、それに対して顔つきはシャープな美形である。
大柄な体と小顔がアンバラスであり何とも滑稽な姿になっている。
もう一人は金髪のセミロングに修道服を着ている女性だ。
「約束通りちゃんとサーヴァントは3騎とも連れてきたみたいだな。」
帽子とマスクを取り素顔を見せるアーチャーのマスター。
「まずは自己紹介から始めようや。俺は岸 錬矢。大学1年。18才だ。お前は…てもう知ってるけどよ、改めて自己紹介ってことで。」
「高城 司です。高校生で年は17です。」
「おう、よろしくな。高城。別に敬語じゃなくていいぜ。年も近いしな。」
錬矢は髪を茶髪に染めて言葉遣いも荒いが、意外に律儀な性格なようだ。
「主君が名乗ったならばそれがしも名乗らねば、我こそは…」
「Piacere!私の名前は…」
「お前ら勝手に名乗ろうとすんじゃねえ!このデカイのが【能登】でこっちの女が【シスター】だ。そっちは?」
2人が勝手に名乗ろうとするのを錬矢が慌てて止めてこちらに促してくる。
司も自分のサーヴァント 達を紹介した。
「【ナナシ】に【般若】に【隼人】だな。よし分かった。」
「なあ、ちょい提案があるんやが。」
関西弁のアーチャーが司に話しかけてきた。
「お互いに1人だけサーヴァントの真名を明かさへんか。」
「真名をですか?」
「せや。同盟を組んだ以上はある程度はお互いの情報を共有したいのと真名を知るだけで戦力を測る事もできるちうわけや。もちろん教えたくないなら教えんでかめへんぞ。真名を教えるのはリスクが大きいさかいな。」
なるほど。
たしかにお互い手の内ををある程度知っておくことが重要であろう。
今後の協力して作戦を立てる上でも役に立つだろう。
司はナナシ達の方を見る。
3人とも頷く。
異論は無いようだ。
「分かりました。良いですよ。」
「おお、さよか。ほなまず言い出しっぺからやな。ワイは楠木正成や。改めてよろしゅう。」
正成が名乗ると少しナナシ達が騒ついた。
「南北朝の名将、楠木正成殿でござるか…」
「大楠公が味方とな頼もしか!」
あまり歴史に詳しく無い司でも聞いた事がある名前だ。
十兵衛達の反応にも納得だ。
向こう側が名乗った以上次はこちら側だが…
誰を選ぼうか?
「主殿。では拙者が。」
十兵衛が真っ先に手を挙げたので任せる事にした。
「柳生十兵衛三厳と申す。以後お見知り置きを。」
般若の面を外して十兵衛は名乗った。
「あの高名な柳生十兵衛殿やったとわ。」
「お味方でなければぜひお手合わせ願いたかったのう!」
やはり十兵衛の名前は絶大のようだ。
「お互いに紹介も終わったし、メシでも食おうぜ。注文はすでにしておいたぜ。」
机の上にはすでに色々な中華料理が並んでいた。
しかし司は今朝の事件が頭をよぎり料理に手をつけるのを躊躇した。
「どうした?食べないのか?」
司の様子がおかしかったのを察して練矢が話しかけてきた。
「実は…」
司は今朝の一件やこれまで自分にあった出来事をすべて練矢に話した。
「メシに毒をね…なるほど」
練矢は司の話を聞いて何か考え込んでいるようだ。
「マスター。念のため俺がこの食事の毒味をする。サーヴァント なら人間の毒なら大丈夫だからな。」
ナナシが提案してきた。
練矢を信じてない訳では無いがこちらとしては安全を確かめたい。
「その辺は好きにしていいぜ。それよりも司。ホテルが敵バレてるのが不味い。これからは毎日拠点にする場所を変えろ。いいな。」
練矢は強い口調と表情で言う。
「でもおかしいくないか?聖杯合戦てサーヴァント 同士を戦わせるものだろ?マスターは人間だぞ。それは殺人じゃないか!」
「違うな、高城。マスター殺しは1番効率的な方法だ。むしろ常套手段と言っていい。」
「な…」
練矢の言葉に司は言葉を失う。
「でもそんな話テレビでも新聞でも聞いたことがない!」
「マスコミも政府も隠蔽してるのさ。だから一般人は知らない。テレビで殺し合いの生中継が行われていることもな。」
司は絶句した。
しかし思い返してみれば自分はすでに3度も命の危機に会っている。
最初のランサーの襲撃。
アサシンらしき者の不意打ち。
そして今朝の毒入りの朝食。
司も聖杯合戦の黒い噂は少しは知っている。
開催に反対した人達は反政府主義として有無を言わさず矯正施設送りなるという話だ。
あくまでそんなものは噂でしかないと思っていたが。
「こんなの狂ってる…」
「イカれてるのさ。この国は。」
何も知らなかったとはいえそんなものを喜んで見ていた自分にも嫌になる。
「ビビったかい?まあ辞めるなら近くの教会にでも…」
「辞めない。」
司は今までに無くキッパリと言い切った。
「確かに怖いけど殺し合うなんて間違ってる。だから殺し合いを止める。」
司の強い口調に錬矢は少しあっけに取られた。
「聖杯合戦をどう止めるのかしらんけど、まあビビッて降りるって言われるよりはマシか。」
ボリボリと頭を掻きながら錬矢は話を続ける。
「そんなイカれた国のイカれたイベントだが喜ぶべきことが1つある。」
「喜ぶべき事?」
「聖杯さ。聖杯の力は本物な所だ。」
「確かに拙者達が召喚されている以上。効力は本物でござろうな。」
十兵衛が顎を触りながら会話に入る。
「そう力は本物だ。どんな願いでも叶えるという力はな。」
続けて錬矢が喋る。
「元々聖杯合戦ていうのは、冬木という土地で行われていた聖杯戦争が元らしい。
冬木の聖杯を引きついでルールをいろいろ変えたのが聖杯合戦なんだよ。」
「おずややけに詳しな。」
桐野が質問した。
「確かボウズのとこのひい爺さんが魔術師だったんやろ。」
「じいさんの頃には没落して親父は普通のサラリーマンさ。俺も魔術なんて欠片もつかえねぇよ。
ただカビ臭い本だけは腐るほどあるからな。普通ヤツよりは詳しいわけ。」
「魔術師?」
「冬木の聖杯戦争のマスターの条件は魔術師であることらしいからな。まあ聖杯合戦は関係なく完全にランダムらしい。」
一通り説明すると錬矢は喉が渇いたのか水を飲んでひと息ついた。
「聖杯合戦の概要についてはこんなもんでいいだろ。そろそろ本題に入るぜ。おっさん、説明頼むわ。」
「待ちくたびれたで。よっしゃ、こっからは戦略の話や。」
正成は予め用意してきたであろう地図を出した。
東京23区を色分けした地図のようだ。
昨日、十兵衛が作っていたものと似たようなものだ。
「ワイらの提案としてはここ。ライダー陣営を一緒に攻めて欲しい。」
正成が赤く塗られた場所を指差した。
「攻める理由を聞いても宜しいかな。」
十兵衛が正成に質問する。
「まず第一に、ライダー陣営が接しとるエリアがワイらアーチャー組にとって後方に位置するってこっちゃ。」
なるほど。
ライダー陣営が抑えている地区は、江戸川区、葛飾区、足立区、北区の4つ。
陣地が23区の最も東に固まっている。
「ワイらとしてはあんたらと同盟を結べた以上は次に後方の安全確保をしたいってのが本音や。」
確かにアーチャー陣営のエリアはほとんどライダー陣営と接している。
司達と敵対しなくなったということでライダー組に戦力を集中させたいのは道理だ。
「どうりで気前良く陣地をくれるわけだ。」
毒味していたナナシが食べながら口を挟んだ。
ほっぺにはベッタリと赤いタレが付いている。
「まあそういうことや。二つ目にライダー組は初日でバーサーカー組から陣地を奪っとる。
こないな積極的に攻勢に出てくるとこは危険や。次の標的はワイらかもわからんさかいな。早めに叩いときたいんや。」
「ovviamente。ライダー組を攻めるメリットは私達だけでなくあなた達にもありますヨ。陣地が接しているのは同じですカラ。」
その通り。
司の陣地である荒川区、文京区はライダー組の陣地に接している。攻め込まれる可能性はゼロでは無い。
「なあ、ちょっといいか?」
練矢が挙手して司に聞いてきた。
「えっなに?」
「一つツッコミたいんだけどよぉ・・・ナナシ!おまえ食いすぎだろぉ!」
練矢の発言でナナシの方を見ると机に並べられた料理がいつの間にか綺麗に無くなっていた。
とても1人で食べられる量ではなかったはずだが。
「いやいや、話に夢中でまったく気がつかなかった!実に見事な食べっぷりよの!」
【能登】がガハハと豪快に笑う。
「笑ってるんじゃねえ!俺達のメシだぞ!サーヴァントはメシ食わなくても大丈夫だろうが!いったいどういうつもりだ。」
練矢が激昂しながら【ナナシ】に詰め寄る。
「なんだ別にいいだろ?聖杯合戦参加者は無料なんだし。ケチケチするな。」
【ナナシ】は悪びえる様子も無く言った。
「俺の金だよ!顔バレするのがいやだったから払ったんだよ!」
「おかわりいいか?」
「無視すんな!あとまだ食うのかよ!」
漫才のような2人のやり取りを横目に、正成が話を続ける。
「ワイらの提案としては以上なんやが…どや?」
この提案に乗るか?ということらしい。
司も何か方針があったわけでは無い。
この提案に乗らせて貰うことにした。
「分かりました。それで行きましょう。」
「おおきに。ほんでライダー陣営を攻める手筈なんやが…」
「おい司、コイツ知ってるか?」
声をかけられた方を見ると練矢がいた。
わざわざ厨房の方まで行って注文を取ってきた後のようだ。
練矢の手には携帯があり、その画面を見せてきた。
報道番組のようだ。
画面中央でインタビューを受けている男を知っているか?ということか。
イケメンだが、どこか軽薄そうな印象を与える
確かに司はこの男に見覚えがあった。
「確か、来栖拓也だったよね」
この男の姿を知らない日本人おそらく少ない。
第十六次聖杯合戦の優勝者にして、第十七次聖杯合戦にも出場した有名人だ。
テレビに映る来栖は右手の甲に刻まれた令呪を見せびらかしている。
それが意味することはつまり…
「こいつも今回のマスターらしい。この映像自体は一週間前のものだ。調べたがこの番組以降、来栖は目撃されていない。賢いヤロウだぜ。」
三回連続の聖杯合戦の参加は聖杯合戦史上、1人もいないはずだ。
しかも一度目は優勝している。
これは強敵だ。
「これで3人のマスターが確定したわけだね。」
俺と錬矢と来栖拓也の3人だ。
「いや、たぶんもう一人は予想できる。」
「えっ?心当たりがあるの?」
「秋津の魔術師だ。見たことは無いがな。」
秋津?誰だ?
「秋津は政府お抱えの魔術師だ。代々この国の魔術防衛を担ってきた一族らしい。さっき冬木の聖杯戦争の話したよな。」
「うん。」
「聖杯合戦は基本的にランダムで選出と言われているが、元になった聖杯戦争の参加条件は魔術師であることだったらしい。おそらく聖杯合戦
でも魔術師である方が参加しやすいと俺は考えている。」
確かにその可能性は高い。
歴史ある家の魔術師か...これも油断できない相手だ。
「おい、これ見ろよ。」
練矢がまた携帯の画面を見せてきた。
今度はなんだ?
画面を見ると場面は先程の報道番組のスタジオからは切り替わっていた。
どこかの町を上空から撮影している映像のようだ。
速報のテロップを見るとそこにはこう書かれていた。
歌舞伎町付近でランサー陣営対バーサーカー陣営激突!
「おっぱじめたみたいだぜ。さてどっちが勝つかな。」
当たり前だがこうして司達が話している間にも聖杯合戦は進行しているのだ。
「おい、どこ行くんだ?」
立ち上がって扉に手をかけた司を練矢が呼び止めた。
「止めないと。」
「ランサー組とバーサーカー組か?ほっとけよ。お互いにに潰しあってくれた方がライバルが減ってくれて助かるしな。」
「ランサー組はマスター殺しも躊躇しない連中だよ!バーサーカー組のマスターが危険だ!ほっとけないよ!」
自分もランサーに殺されかけた。
ナナシ達がいなければどうなっていたか想像もしたくない。
他の人にもそんな恐ろしい目に遭って欲しくない。
「ごめん。練矢、もう行くよ。」
言い終わるか終わらないうちに司は飛び出して行った。
「ライダー組と戦いどうするんだよ!…ってもういねぇか。」
錬矢が声を掛ける前に司の姿は無くなっていた。
【ナナシ】達もいない。
大方、霊体化して司の後を追ったのだろう。
「たく、何なんだアイツ。」
錬矢の第一印象としては司はどこかオドオドしていて、頼り無い印象だった。
それが殺し合いを止めると宣言したのだ。
どういう心境の変化だ?
ここ一番だと肝がすわるタイプか?
変なヤツ。
錬矢は人物像を少し改めた。
「慌せやけどいヤツやな。」
「おっさんはどうみる。司は。」
「うん?せやな。」
正成は少し考えて口を開いた。
「ええんちゃうか。少なくともいきなり裏切ってはこないやろう。」
カラカラと笑いながら正成は答えた。
「まあ、そうか。」
「それよりも坊主。一つ気になった事がある。」
先程より正成の声のトーンが少し下がる。
重要な話のようだ。
「なんだよ。」
「高城が襲撃された話があったやろ?」
「三回な。」
「気になったのは最初のランサーの襲撃や。まだサーヴァントを召喚する前やったのに、何故マスターだと分かったんか?」
言われてみればそうである。
ランサーは司をマスターだと何故分かったのか。
サーヴァントが近くにいるなら気配でわかるだろうが、ナナシ達は召喚されていなかった。
司から魔力の気配を感じたのか?
いや魔術師ならともかく司は一般人だ。
令呪の魔力も相当接近しなければ特定出来ないはずだ。
たまたま偶然遭遇したのか?
馬鹿な。この皇都に何千万の人がいると思っているのか。
「あくまで推測でやけど、ランサーのヤツは初めから知っとったな。話を聞く限り動きに迷いがあれへん。」
「知ったって…どこでだよ?」
「そんなん知らへんわ。あくまで推測や。」
「そこが重要なんだろ!そこがよ!」
そんなやり取りをしていると
「すいません。お料理お持ちしました。」
と店員が部屋の外から声を掛けてきた。
一瞬で正成たちは煙のように消えた。
「まあ、なんにせよ。メシ食ってからからにするか。」
錬矢は1人、運ばれてきた料理を食べ始めた。