皇紀2680年 平成32年 7月21日 午後13時07分
文京区 公道
練矢たちと別れ、司たちは台東区に一度、戻り兵を率いててからランサー陣営と
バーサーカー陣営が戦っている新宿区を目指す事になった。
司たちの乗っている霊馬は、通常の生きている馬の最高速度である
60キロ〜70キロくらいの速度で走る事が出来る。
しかも普通の馬がその速度を維持出来るのは数分なのにたいして霊馬のスタミナは無限。
トップスピードも維持出来る。
さらに操作も乗り手の意思を汲んでくれ自動で進んでくれる。
現に馬に乗ったことのない司でも問題なく乗れている。
しかし…
「うわ!おとと」
司はバランスを崩しかけ、馬にしがみつく。
当たり前と言えば当たり前なのだが馬という生き物は走っているのだからかなり揺れる。
今の速度は霊兵たちを率いるので速さを合わせているので大体20キロくらいか。
馬としては駆け足くらいの速度だ。
ただそれでも揺れる。
これが土の上ならまだ少しはマシだろうが、コンクリートジャングルの大都会東京ではそれも望めない。
車の快適さとは雲泥の差だ。
司のように馬に乗り慣れていない者は乗っているだけでも疲れてしまう。
「みんな止まれ!あいを見れ!」
桐野の言葉にみな進軍を停止して指差された方を見る。
見上げた先にあるのは街頭モニターがあった。
そのモニターにはニュース映像が映っている。
速報 新宿区陥落 ランサー陣営の勝利
「間に合わなかった…」
テロップを見た司がうなだれる。
どうやらバーサーカー組が破れ、新宿区はランサー組のものになったようだ。
「いや、マスターまだ終わってないようだ。」
【ナナシ】の呼びかけに反応して司はモニターを再度見上げる。
映像の中の緑の旗を掲げている兵士たち、ランサー陣営の兵士たちは既に敵がいないにも関わらず進軍を止める事はない。
どこかに向かおうとしているようだ。
「ありゃつっの朱引陣に攻め込む気じゃな。」
「マスター!目標変更だ。豊島区に向かおう!。」
ランサー組はこのままバーサーカー組の最後の陣地に攻め込んで、そのままバーサーカー組を敗退させるつもりのようだ。
思い通りにさせるものか。
「主殿!こちらの道でござる。」
十兵衛が先導して豊島区に進軍を再開する。
しばらく走るとなだらか坂を上り、料金所が見えた。
ここから先は首都高だ。
そのまま無人の料金所を突っ切り、一直線に進む。
既に一般の車は退避した後なのだろう。
道路には1台も車は無かった。
「いつの間にこんな道を覚えたんだ?」
「暇さえあれば地図を見ていたおかげでござろう。」
司と【ナナシ】達は豊島区を目指して首都高を疾走する。
皇紀2680年 平成32年 7月21日 午後13時18分
豊島区 サンシャインシティ付近
普段ならば人が賑わうこの場所も今は戦場となっていた。
視界にうつる場所全てで霊兵同士が刃を交えている。
その戦場の最前線から少し離れた場所で1人、戦場を見守る者がいた。
全身黒色の具足に槍を携えた武者。
初日で司を襲撃したサーヴァント だ。
約2万もの兵士たちを引き連れ、バーサーカー組から新宿区を奪いとったのは何を隠そうこの男だ。
黒色のランサーはその勢いのままにバーサーカー組の最後の陣地を奪い取りにきていた。
それもすぐに終わるだろう。
緑色と灰色の霊兵たちが至るところで戦闘しているが、一方的な展開をみせていた。
どこを見てもランサー陣営の兵士が圧倒している。
バーサーカー陣営の兵士たちは何とか凌いでいるが、数の上でもランサー陣営が優っている。
この陣地が陥落するのは時間の問題なのは誰の目に明らかだった。
「分せんな。」
戦況を見ながらランサーはつぶやいた。
霊兵の強さは生前に名将として歴史に名を刻まれた者や、大軍を率いた事のある将軍や王など
のサーヴァントが指揮するほど霊兵はそれに合わせて強さを変える。
これほど兵たちの強さに差があるのは率いる将の能力に問題があるのである。
加えて兵の数でもランサー陣営が2万近く、バーサーカー陣営がせいぜい3千ほどだろうか。
軍勢対決では最早戦局を覆すことは極めて困難であろう。
それならばサーヴァント自身の個人的武勇を持って前線で戦い戦況を打開するのが道理であろう。
しかし。
「打って出て来ないか…」
これだけのピンチでありながらもバーサーカー陣営のサーヴァントは姿を表さない。
先程の新宿区での戦いでも最後までバーサーカー陣営のサーヴァント やマスターが姿を表すことは無かった。
近くで兵を指揮はしているのだろう。
気配は感じる。
だがなぜ戦わない?
それとも戦えない理由が他にあるのか?
「いかんな。悪い癖だ。」
ランサーは少し自省した。
強者と戦い、武を競い合いたいという願望。
サーヴァントとして呼ばれる者は英雄として歴史に名を刻まれた者達だ。
間違えなく、猛者であろう。
異なる時代で英雄として名を残した者たちと戦う。
まさに武人としてこれ以上に無い夢のような戦場である
自然とどこか心が踊ってしまっているようだ
だが今は自身の願望を優先出来る状況ではない。
新たな主のためにただ勝つこと優先すべきだ。
敵の状況を考察するのは良い、が配慮する必要は無い。
戦わないなら好都合。
陣地を奪い取るまでだ。
朱引陣を失えばたとえサーヴァント が生き残ったとしても魔力供給の手段を失い、事実上敗退となる。
自分は余計な事を考えずに敵を倒すことに専念するべきである。
「ランサー、聞こえるか?」
ランサーの頭の中で声が響きわたる。
周囲には霊兵とランサー以外の人はいない。
実際に声をかけられたのではなく、魔術のよる思考通信である。
「殿。どうなされた。」
「敵が来る。セイバー陣営だ。さきほど連絡があった。」
北区の面している場所は自分たちの陣地だけではない。セイバー組の陣地も隣接している。
攻めこんで来てもおかしくはない。
「なるほど。漁夫の利ということですな。我らが疲弊したところで横から奪い取ろうという魂胆。」
「いや、それはない。」
声の主、ランサーのマスターはその予測を否定する。
ランサーは若輩だが常に冷静で魔術師としても優秀な自身のマスターに信頼を置いているが、いつになく語気が強い返答を少し訝しんだ。
「ではその根拠は?」
「セイバーのマスターがお人好しだからだ。」
「お人よし?」
「おそらくただ単純にバーサーカー陣営が困っているだろうと考えて助けに来たのだ。」
「マスター同士が知り合いの可能性は?」
「バーサーカーのマスターは確認出来ていないがおそらく違う。それに合戦が始まってから接触はしていない。」
「戦の最中に赤の他人の世話をするとは。セイバー陣営は余裕ですな。」
ランサーはカラカラと笑う。
セイバーのマスターは馬鹿か剛毅かその両方だな。
「後、数分でここにくる。【権兵衛】と共に迎撃しろ。」
「御意」
バーサーカーの軍はすでに抵抗力は薄い。
最低限の軍勢を抑えにあてれば問題無い。
「あれか。」
ランサーは頭上にある高速道路に目をやる。
確かに青い旗をたなびかせた軍勢が見えた。
ランサーはすぐさま首都高の出口に軍勢を移動させ、迎撃準備をする。
はたして地響き共に青色の兵士たちが殺到してきた。
「かかれ!」
ランサーの一声で緑色の兵士たちが踊り掛かる。
あっという間に辺りは兵士で入り乱れ乱戦状況になった。
その乱戦状況の中、兵士をかき分け、騎乗した者が一直線にランサーの元に向かってきていた。
遠目からでもランサーはその人物がすぐにわかった。
「来たか!セイバー!」
セイバーこと【ナナシ】は手綱をひきつつ馬上に直立した。
馬の疾走している勢に乗せ、馬上から跳躍。
そのままランサーに斬りかかった。
「でやあああ!」
「ふん!」
気合一閃と共に振り下ろした【ナナシ】の一撃をランサーは迎撃する。
甲高い金属音が辺りに響き、お互いの武器から衝突した際に火花が零れる。
【ナナシ】は着地に成功するとすぐにランサーの方に向き構える。
ランサーもゆっくりと馬から降り、ナナシの方を向く。
ランサーはすぐに周りの状況を確認する。少し離れたところにセイバーのマスターを確認。
護衛の兵がガッチリと守っているようだ。
手を出すのは難しそうだ。
「1人か?お仲間がいなくて大丈夫かな?」
ランサーはナナシに問いかけた。
目の前以外に他のセイバーの姿はいないようだ。
「はっ!テメェなんざ俺1人十分てことだよ。本多忠勝さんよぉ!」
「ほう…」
おそらく柳生十兵衛から聞いたのであろう。
だが自身の真名がバレるのは時間の問題だ。
初めから分かっていたこと。
仔細ない。
「その意気は良し。セイバーよ。お主の名は?」
「名前なんてねえよ。名無しの権兵衛さ。」
「では【ナナシ」よ。ぞんぶんに武を競おうぞ!」
忠勝、【ナナシ】両者同時に踏み込み獲物を振りかぶる。
忠勝は表情には一切出さないが、内心歓喜していた。
バーサーカー達との戦は歯応えが無く、どうにも物足りない戦だった。
だが目の前のサーヴァントは一目で分かる。
強者であると。
待ち望んでいた戦が今こそ来た。
願わくは長く楽しみたいものだと。