聖杯合戦絵巻   作:Roku左衛門

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漆ノ巻 秋津の魔術師

皇紀2680年 平成32年 7月21日 午後13時12分

文京区 首都高

 

 

 

「1人で戦いたいだと?」

 

時間はランサー陣営と戦闘に入る少し前に遡る。

北区を目指して首都高を走っている司たちは【ナナシ】の意見に眉をひそめていた。

 

「ああ、本多忠勝とは俺1人で戦わせてほしい。」

「またワガママをゆやがって。そげん目立ちたいのか。」

「お前と一緒するな。オレはちゃんと考えて戦ってるんだ。」

「なんじゃと!」

「やるか?単細胞。」

「待て待てナナシ、なぜ1人で戦いのか聞かせてくれぬか?我ら3人を軽くあしらったほど相手だ。危険では無いのか?」

 

すぐにでも喧嘩を始めそうな2人を制して十兵衛がナナシに促す。

十兵衛の懸念はもっともだろう。

初日の襲撃の際に忠勝と交戦したが、3人掛りにも関わらずまんまと逃亡を許してしまった。

その相手と1人で戦うのは些か無謀に感じるのは無理の無いことだ。

 

「何となくなんだが、本多忠勝はああいう戦いが得意なんだと思う。」

「ああいう戦いとは?」

「1対多数の戦いだな。実際に戦ってみてそう感じた。だからアイツとの戦いでは数の優位は意味が無いと思う。

むしろ敵が多ければ多いほど忠勝は勢いづく。飢えた猛獣に羊の群れをやるようなもんだ。」

「なるほどそれで1人で戦うと。」

「そうだ。」

 

一理ある。

本多忠勝の多くの逸話では、自軍が少なく戦局が劣勢の場面での活躍が多い。

そういった逸話が昇華され、サーヴァントの本多忠勝には何らかの能力が与えられている可能性がある。

 

「かんげて戦うちゆっるわれいな根拠はカンなんじゃな。」

「うるさいぞ、かっぺ。」

「おずやいちいちむかっぱらがつくのう。」

「よく分った。ナナシよ、おぬしの意見を採用しよう。」

「な!よかか十兵衛殿!けつん勝手にさせてん!」

 

反論する桐野を手で制して十兵衛は続ける。

 

「してマスターの護衛はどうする?」

「マスターはオレの後方に置く。お前らは他の敵の相手を頼む。なぁに忠勝を相手しつつマスターを守るなんてわけないさ。」

「承知した。そしてナナシよ一つ言っておきたい事がある。」

 

少し十兵衛の語気が強くなる。

 

「おぬしのわがままを許しているのは、おぬしの戦いのセンスが我が陣営の利益になると信じているからでござる。

もし少しでも不手際があれば、直ちに拙者たちの指示に従ってもらう。その事をゆめゆめ忘れるな。」

 

般若の面の下からでも鋭い瞳がナナシの姿を見据えているだろうというのがわかる。

 

「好きにすればいい。まあそんな状況になることはないがな。」

 

ナナシは鼻で笑ってそう答えた。

 

「桐野。もしナナシが崩れるかマスターの危機があった場合は我らですぐ救援できるように備える。これで手打ちとしてはくれんか。」

「…あらよう十兵衛殿がそげんゆじゃればおいはよかぜ。」

「主殿もよろしいかな?」

「う、うん…」

「うむ重畳、重畳。では皆、力を合わせて共に戦おうぞ。」

 

十兵衛のみがワハハと豪快に笑うが、場の空気は重い。

桐野はまだ不満があるような顔つきで、ナナシに至っては完全にそっぽを向いてしまっている。

チームワークが取れてるとはお世辞にも言えない状況だ。

こんな状況で戦えるのかな。

心中では不安に思っているが、それを口に出すことはなく司は先を急ぐことにした。

 

 

 

皇紀2680年 平成32年 7月21日 午後13時18分

豊島区 サンシャインシティ付近

 

 

 

十兵衛と桐野は手筈通りにナナシたちとは別行動を取ることになった。

すでに戦端は開かれており前線の兵たちはランサー陣営の兵と戦闘を開始している。

数が多いな。

敵軍を一目見て十兵衛はランサー軍の兵の数が自軍より多いのを察した。

十兵衛たちは約1万5千の兵を連れてきている。

ランサー陣営は約2万といったところか。

バーサーカー陣営の協力を得たいが、なにせ今まで攻め込まれていたのだ。前線を維持することでで精一杯だろう。

いや、突然別の陣営の軍が現れたのだ。最悪の場合こちらを新たな敵と認識する可能性もある。期待は出来ない。

ランサー陣営が両面に敵を抱えている今こそが攻め時である。

 

「フン!」

 

十兵衛たちは馬を疾走させながら、馬上から刀を振るい次々と敵兵を仕留めていく。

霊兵1人1人ならやはりサーヴァントの足元にも及ばない。

突然、十兵衛たちのいる位置のさらに前線で味方の兵が宙を舞う。

なにかに吹き飛ばされたのか真っすぐにこちらに飛んでくる。

咄嗟に身を低くし、吹き飛んできた兵を避ける。

危ない。

もう少し遅ければ直撃して馬から叩き落されるところえあった。

 

「【般若】殿!サーヴァントや!」

 

やはりというか、ランサー陣営も忠勝1人ではなく別のサーヴァントを連れて来ていたようだ。

直ぐに兵士が吹き飛ばされた方向に馬を走らせる。

程なくして敵のサーヴァントの姿が見える。

だがそのランサーのサーヴァントは異様であった。

陣羽織をはおり、背格好は成人男性くらいで見た目は普通である。

異様なのは手に持っている武器だ。

それは武器というにはあまりにも大きすぎた。

大きく。

分厚く。

重く。

そして適当すぎた。

それはまさに巨木だった

 

「みんな棒は持ったな!!、行くぞ!」

 

ランサーのサーヴァントは棒…と呼ぶには大きすぎる丸太を振り回して突撃してきた。

 

「危ねぇ!」

 

ランサーが振るってきた丸太を避けるため十兵衛と桐野は同時に馬を乗り捨て、大地に降りる。

さっきまで乗っていた馬にランサーの一撃が直撃。

2頭とも吹き飛ばされ遥か後方に飛んでいきあっという間に姿が見えなくなった。

 

「さあ始めようか!死合い(しあい)を!」

 

ランサーは一声かけると丸太を振るって十兵衛たちに突進してくる。

 

「うおおおおおお!」

 

雄たけびを上げ連続で丸太を振り回すランサー。

反撃に出たい桐野であったがその圧倒的なリーチと振り回す速度に成す術がない。

 

「ちっ!」

 

自然と防戦一方となり、後ろに下がり距離を取る他ない。

しかし桐野が避けられても近くにいた味方の兵が逃げ遅れ、ランサーの攻撃に巻き込まれてしまう。

ランサーが丸太を振るたびにで5、6人がまるで強風の中の木の葉ように吹き飛ばされて宙を舞う。

ただの振り回しでこちらの被害はどんどん増えていく。

だがこちらも手をこまねいて見てるだけではない。

 

「いまはだ!放てい!」

 

ランサーが突出したところを狙って桐野が弓兵たちに一斉射の命令を下す。

僅かな一瞬の間隙をぬっての不意打ちである。

加えて10人以上の弓兵の一斉射撃。

避ける事は不可能だ。

だが…

 

「ふんっ」

 

ランサーは丸太で一閃。

飛んできた矢を全て叩き落とした。

何本かは丸太に突き刺さっているが、それでも見事に防ぎ切った。

 

「なっ」

 

流石の桐野も驚きを隠せない。

通常ならば必中といって良いほどのタイミングで放った矢だ。

いくら強力なサーヴァントであっても全てを防ぐのは不可能であったはずだ。

相手が常識内の武器であったならば。

だが目の前のランサーの持っている武器は普通では無い。

武器とも呼べないたかが木の幹と侮っていたが、盾代わりにも使える厄介な武器だとは予想外だ。

 

「ハっ!こんなもんか?大した事ねえな!。」

「ちっ、待っとれ!いっきうてしてやる。おずやら!下がれ!下がれ!けするぞ!」

 

ランサーの挑発に流しつつ、桐野は冷静に兵を下がらせる。あの巨大な獲物のせいで兵をいくら繰り出しても打ち取れまい。

ならば自分が戦うまで。

 

「【隼人】よ、待て。」

突撃しようとしていた桐野を十兵衛は片手を上げ静止させた。

 

「【般若】殿、なして止むっ!」

 

桐野が言い終わってから気づく。

なるほど、2人で戦えば良いということか。

それならばあの丸太相手でも有利であろう。

だが十兵衛の返答は違った。

 

「拙者にやらせてくれまいか?」

 

この状況でこの返答を返すということは…

 

「…一騎打ちで戦おごたっちゅう事じゃなあ。」

 

桐野はジっと十兵衛を見据える。

その意味が分かっているのかとという目で訴えている。

理に合わない。

果たし合いなら反対はしない。

だがこれは戦だ。戦ならどんな汚い手を使ってでも勝たなければならない。

負けてしまえば取り返しがつかない事になるかもしれない。

ここは2人掛りでランサーと戦い迅速かつ確実に対処すべきだ。

 

「頼む。」

 

十兵衛は一言だけそう言った。

般若の面で顔は見えないが、桐野には十兵衛がどんな表情はしているかすぐに想像できた。

桐野は少しだけ笑い。

 

「まこて!しょうがなかとう!うちん連中はどいつもこいつもわがままなやつばっかいじゃ!」

 

桐野は刀を納め、十兵衛の後ろに下りドカっとあぐらを組んで地面に座った。

 

「かたじけなし。」

 

そう言うと十兵衛はランサーのいる位置に向き直り、ゆっくりと歩いて行く。

理にかなっていないのは百も承知。

だが痛いほど良く分かるのだ。

聖杯合戦という別の時代を生きた英雄と戦えるという舞台において、自身が生涯かけて磨いてきた技がどこまで通用するのか、

どこまで戦い抜けるのか。

試してみたくなるのだ。

これは武で名を上げた人物にとっては避けては通れない性さがとも呼べるものだ。

そして何よりもう一つの理由は。

見てみたい。

十兵衛の戦いをこの目で見てみたいのだ。

 

柳生十兵衛三厳。

 

数ある剣豪たちの中でも抜群の知名度を誇る人物であるが、具体的な戦歴や戦い方は後世には記録として殆ど残っていない。

本当に強いのか?

どう戦うのか?

是非見てみたい。

桐野は嬉々としてこの戦いを見守るつもりだ。

 

「あんたが十兵衛だな!本物の柳生十兵衛!」

 

対峙した十兵衛に対してランサーが嬉々として言った。

こちらが忠勝の正体を知っているように、十兵衛の真名もランサー陣営に知れ渡っているらしい。

 

「なるほど。面は不要のようでござるな。」

 

十兵衛は般若の面をとり、投げ捨てて刀を構える。

左足前にして、刀を返して刃を上に向くように置く、耳の横や肩の高さに刀を位置させ、柄をクロスさせるように握り、切っ先を相手に向ける。

十兵衛が最も得意とする構え。霞の構えだ。

 

「柳生十兵衛三厳。参る。」

「行くぜぇ!」

 

言葉と同時にランサーが踏み込み薙ぎ払いを放つ。

左からの横一閃。刀が届かないこの距離でもランサーからは十分に射程内だ。

対する十兵衛は一歩も動かない。ランサーの攻撃は丸太の横振りとは思えないほど鋭く早い。

このままでは直撃だ。

 

「十兵衛殿!ないばしちょっ!」

 

動かない十兵衛を見かねて桐野が声を上げる。

だが桐野が予想していた事態は起こらなかった。

何故ならランサーの攻撃は十兵衛に当たらなかったからだ。

 

「なっ」

 

桐野とランサー同時に驚愕声を上げる。

左横からの薙ぎ払いである。

外れることはありえない。

確実に直撃コースであった。

だが目の前の光景は十兵衛は構えたままの状態で微動だにしていないままである。

 

「があああああああ!」

 

ランサーはありえない光景を振り払うかのように猛烈な連撃を浴びせる。

突き、右袈裟、左薙ぎ、右薙ぎ、怒涛の如き攻めである。

だが当たらない。

十兵衛にはかすりもしない。

 

「何だコイツ!凄ェ避けるぞ!」

「凄ェ!流石、十兵衛殿!」

 

桐野もランサーもここにきて気が付いてきた。

何故十兵衛にランサーの攻撃をが当たらないのか?

答えは簡単、攻撃を避けているからである。

問題はその避け方だ。

十兵衛は大きく回避行動をとるのでは無く、ほんの少し、ほんの少しだけ僅かに後ろに後退しているのだ。

桐野とランサーが十兵衛がまるで瞬間移動したかのように錯覚するほど僅かな移動距離と素早さで。

ランサーの連続攻撃で初めてそれがわかったのだ。

衣服にかするか、かすらないかぐらいギリギリのところで躱している。

一つでも読み間違えば致命傷を負うであろう攻撃を巧みな足捌きだけで回避している。

完全に見切っていなければ出来ない事だ。

流石の桐野も舌を巻く。

こんな芸当が出来る者は今まで見たことが無い。

 

「ふんっ」

 

真っ向からの振り下ろしも難なく躱す。

地面に叩きつけられた一撃はドスンという重い音と共に地面を少し揺らす。

その一瞬を十兵衛は見逃さなかった。

攻撃を避けるとすぐさま跳躍し、丸太の上に着地する。その丸太を足場に駆け出す。

一転攻勢。

これでランサーとの距離を一気に詰めるつもりだ。

 

「危ねェ!」

 

危ういと感じたランサーはすぐさま丸太を跳ね上げ、十兵衛を振り落とした。

空中に投げ出された十兵衛だが危なげなく着地。

再び刀を構える。

 

「闇雲に武器を振り回しているように見えてその実、術理に裏付けされた技の数々、見事にござる。

だが少々獲物が大きすぎるな。その大きさと重さゆえに大振り成らざるおえず、攻撃を見切られやすい。」

 

桐野のには適当に丸太を振りまわしていると見えていた攻撃だったが、しっかりとしたランサーの技だったようだ。

ランサーはハァハァと肩で息を息を切らせ丸太を構えている。

対照的に十兵衛は息一つ乱さずに構えている。

ランサーの攻撃に対して十兵衛は全て最小の動きで回避していた。

そのため無駄に動く事が無く、体力の消耗も最低限で済む。

また回避する移動距離が少ないほど間合いを離す必要が無くなり、回避してすぐさま反撃に転ずる事も容易に出来る。

紙一重で回避する十兵衛の戦闘術理とはまさにここにあった。

ランサーが息を整え終える。

その顔は笑っていた。

 

「大した腕前だ、感じ入ったよ。だがこっからは俺も本気でいかせてもらうぜ。」

 

空気が変わる。

先程と変わらずランサーは中段に構えたままだが、明らかに様子が違う。

攻撃をすべて躱され激高するものかと思われたが、意外にも冷静であった。

 

「フッ」

 

まず中段突きから始まる。

早い。

さっきまで突きよりもさらに早く鋭い。

だが十兵衛は難なく回避。

ランサーは意に返さずそのまま突きから左横薙ぎに移行。

真向からの振り下ろし、右からの横薙ぎ。

十兵衛も変わらず避け続けるが、ランサーの連続攻撃はどんどんスピードを上げていく。

力任せに丸太を振るっていた先程と違い、今のランサーは丸太を完璧に操っていて丸太の重さをまるで感じさせない。

ある種軽やかさのようなものを感じさせるほどである。

 

「ぬっ?」

 

猛攻を避け続けていた十兵衛であったが、後ろに下がりすぎてしまったため、自軍の兵士の列に突っ込んでしまった。

 

「もらった!」

ランサーは構う事なく丸太を振るう。

十兵衛自身は跳躍して攻撃を避けるが、兵士たちは避けられない。

5、6人ほど立っていたそのまま真っ二つに切り裂かれた。

 

「なっ。」

「なんと。」

 

十兵衛と桐野は同時に驚きの声を上げる。

兵士たちはまるで鋭利な刃で胴体を切断され、粒子になって消滅した。

ただの丸太で人間を切断するのは有り得ない。

人間の出来る技術の領域を超えている。

即ちこれは貴い幻想ノウブル・ファンタズムこと宝具による力。

 

「突けば槍、払えば薙刀、打てば太刀と謳われたその技の数々。夢想権之助殿とお見受けする。」

「バレちまったか。まあしょうがねぇな。」

 

ランサーこと夢想権之助は悪びれることなく十兵衛の問いに答える。

夢想権之助。

その名前は桐野も聞き覚えがあった。

 

「気をつけ!十兵衛殿!そんたは宮本武蔵に勝ったただぞ!」

 

十兵衛と権之助は再び武器を構え対峙する。

 

 

 

皇紀2680年 平成32年 7月21日 午後13時22分

豊島区 サンシャインシティ付近

 

 

 

剣道三倍段という言葉がある。

一般に流布している意味では、武器を持っている剣道に対して、無手の空手や柔道などの武道をしているものが相対する時は、

段位としては三倍の技量が必要という意味であるが、本来の意味は違う。

槍または薙刀を相手にするために剣術の使い手は三倍の技量が必要という意味である。

つまり槍と剣のリーチの差はそれほど大きいということだ。

では槍術の腕前が達人レベルだった場合はどうなるか。

 

甲高い金属音が連続して聞こえる。

武器同士がぶつかりあうたびにその速度と衝撃ため火花が発生しては消えていく。

忠勝が槍を片手で大きく振り回す、それを回避するためナナシが大きく後退し距離を取る。

スキが無い。

刀対槍との戦いはつまるところ距離の戦いである。

刀側は如何にしてリーチの差を埋め、一足一刀の距離まで迫れるか。

槍側は如何にして懐に潜り込まれずに有利な距離を保てるか、そこに尽きる。

だがナナシは近づけない。

リーチの差もあるが、忠勝の腕前がそれほど凄まじかったからだ。

中段の構えから忠勝が踏み込んで仕掛けてきた。

頭部、上半身、下半身を狙った三連突きだ。

当然どの突きも当たれば一撃で勝負が決まるほどだが、忠勝は罠を仕掛けている。

一撃目と二撃目は陽動、本命は三撃目にあった。

頭と心臓はサーヴァントといえど致命傷になる弱点だ。

確実に守らねばならぬ箇所である。

そこに注意を割くことによって下半身の防御が疎かになったところを狙うわけである。

まず機動力を奪い、そこから有利な展開にするのが忠勝の算段だ。

しかしナナシは一撃目、ニ撃目、本命の三撃目も難なく剣で捌く。

しかも刀身である穂の部分に触れずに口金で捌き切っていた。

 

「ほう。見事なものだ。」

「相変わらずクソ煩わしい槍だな!オイ!」

 

忠勝の持つ宝具、蜻蛉切りは刀身に触れた者に体のどこかに無作為にダメージを与えるという能力があるが、

すでに【ナナシ】たちにもタネがバレているためそうそうダメージは与えられない。

再び対峙した2人であったが、ここにきてナナシは構えを変えた。

先程までは刃を下に向け、脇構えのような構えだったが、今は剣を上に振り上げ、上段の構えのような姿勢に変化していた。

忠勝もその変化に合わせて穂先をやや上に上げて目標をナナシの上半身に合わせる。

お互いに構えたまま微動だにしない。

迂闊に動けばそれが致命傷になってしまうことをこの2人は熟知しているためである。

周りでは両陣営の兵士たちが乱戦を繰り広げる最中ではあるが、2人が対峙しているこの空間だけはまるで空気が違い静寂といえる。

ナナシはスゥーと少しだけ息を吐き、整えると次の瞬間飛び出した。

神速のような速度で突撃してくるナナシにも忠勝は焦ることなく狙いを定める。

大上段の構えで体が大きく開いている上半身に渾身の突きを放つ。

だが槍が到達する瞬間ナナシの姿が消えた。

否。消えたのでは無い。

上段の構えから重心移動を行う事によって、屈むような姿勢に切り替えて、槍を掻い潜ることに成功したのである。

いける。

すでに相手の懐のうちだ。

槍を戻すのは間に合わない。

狙うは相手の逆胴。

このまま鎧ごと切り裂く。

そう考えていたナナシの目の前に何かが見えた。

金属同士がぶつかり合う音。そして衝撃。

石突だ。槍の刀身とは逆の部分である石突での打撃だ。槍を半回転させる事によって近接戦でも対応出来る攻撃なのであろう。

ギリギリで剣の握りの部分で防御したが、直撃していたら肋骨が2、3本は折れていただろう。

予想していなかった攻撃に虚をつかれ、ナナシは後ろに下がる。

せっかく距離を詰めたのにまた開けられてしまった。

 

「ランサー、何を遊んでいる。早くトドメを刺せ。」

 

突然、誰かの声が聞こえる。

周囲のビルに反響して響いて聴こえてくるため、何処から喋りかけけているのかは分からない。

だが声の主はすぐに姿を表した。

ナナシたちが戦っているすぐ近くのビルの屋上のから突然、人影が出てきた。

大方、魔術で姿を消して戦況を見ていたのだろう。

ランサーのマスターとの初遭遇だったが、司はその姿に見覚えがあった。

 

「あ、綾姫…」

 

ビルの上にいた人物は司と同じ学校の同級生の綾部 安那だったのだから。

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