舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第10話 集い離れの烏合

 商業施設には場違いな破裂音。

 ひとつやふたつではない、たくさん連続して聞こえるそれ。

 

 風船でも割れたのだろうか。開店祝いにクラッカーでも鳴らしたのだろうか。

 

 最初こそ、そう思っていた――――――いや、思い込みたかった。

 

 人の波や慌てふためく様子。

 逃げ惑う姿。

 鼓膜を叩く銃声。

 

 しかし視界に映るその全てが、平和ボケしていた思考を塗り潰す。

 

「見ちゃダメッ!」

「えっ、なぁにお姉さん?」

 

 ヒナちゃんの反応を聞く限り、私の腕で覆い隠した彼女はその惨状を目の当たりにしていないだろう。

 私たちの眼前に迫りつつある脅威は、幼い子供に見せて良いものではない。

 

 鳴り響くベルの音は火災報知器か。

 燃え盛るフードコートと、物騒な装備などが見て取れる。銀行強盗やその類であれば、銃を突きつけて脅せば済む話。

 

 となると、それ以上の何かだ。

 彼らの叫びは現地語で支離滅裂だが、何かの怒りを訴えている事は見て取れる。

 破壊自体を目的としているのではと疑うほどに弾丸の雨を浴びせる様子から、現金を渡して解決する相手ではなさそうだった。

 

 店頭に掛けられた「対テロ特別警戒中」の文字が視界に入る。

 まさかこの言葉を意識させられる日が来るとは。

 

 脳内で状況が整理されたところで、腕の下から呻き声が聞こえた。

 

「お姉さん、くるしいよ。くるしい……」

「ごめんね! ちょっと我慢しててね」

「ねえお姉さん。この音、なんの音……?」

「…………火事よ」

 

 いくら視界を遮っても、銃声やベルの音は聞こえてしまう。そして悲鳴も。

 新しいアトラクションだよと言って言い逃げできる状況ではない――――――もちろん、本当のことを言える筈もなかった。

 

「煙が出てきたから、下を向いてハンカチを口に当てて。絶対頭を上げちゃダメよ」

「うん……」

 

 大丈夫、私は嘘を吐いていない。とにかく避難させればいいのだ。

 

 護身用の武器は持っていないし、仮に持っていてもヒナちゃんの前では使えない。

 今のところは自由な脚を払ってスチール机を転倒させると、バリケードのように気休めの防壁を張る――――――木製だろうとプラスチック製だろうと銃弾は防げないだろうが、私たちのことは隠してくれるはずだ。

 

 武器を持たない私に出来るのは、とにかく敵に見つからないように気配を消すこと。

 出口まではたどり着けなくとも、柱やレジ裏に逃げ込むだけで危険性は格段に減るはずだ。

 とにかくこうして救助を待つ。ここはウエノ島、ミクロネシアの警察だって無力ではないはずだし、空港には空自の警備隊だっている。大丈夫、大丈夫だと言い聞かせる。

 

 誰に? もちろん、自分にだ。自分が不安になってしまっては、聡いヒナちゃんが気付いてしまうから。

 

 ――――――底抜けに明るい声が聞こえたのは、そんな時だった。

 

「せーのっ」

 

 それは一瞬のこと。

 クラウチングのように身を伏せていたのだろう。文月がバネ仕掛けのように飛び掛かる。

 

 犯行グループとの距離は目視していても100メートルを越えている。それでも熟練した者であれば、駆け寄ってくる敵を撃ち殺すには容易い筈。

 しかし文月は違った。

 

 元々小柄で当たる面積が少ないのと、獣のように姿勢を低くし身体を傾けた状態の疾走は彼らに距離感を狂わせたのだ。

 

「文月ッ、殺しちゃ駄目だっ!」

「うぃっ!」

 

 続いた皐月の制止にコクリと頷いた彼女が戦闘を続行する。

 

 その掌底はまさしく彼らの得物をたちまちに奪い。肩口まで背負う恰好でライフルを構えた文月は容赦なくトリガーを引いた。

 

 反動をものともせず三人の武器を叩き落とすと、弾倉を引き抜いて空にする。

 今度は長物として振り落とし、相手の頭部を狙う。

 

 やや出遅れた皐月も、どこかのウェイターが落としたお盆をフライングディスク宜しく投擲すると、近場にあった椅子を軽々と持ち上げて振り下ろす。

 

 所詮小娘と侮ったなら、まとめてお陀仏になっていただろう。

 拘束までたったの2分。それも関節を無理やり外して無効化するなど、縄などないとはいえ少々荒っぽいやり方でだ。

 

「どぉ? あたしたち強いでしょー」

「……す、すごいわね」

 

 型破りと言うべきか。対テロ訓練、というか人間を相手にした訓練は受けていない筈。

 呆気に取られた私に、皐月はウインクしながら答える。

 

「ボクら睦月型の出力じゃ、ヒト型の装甲は抜けないことの方が多いからねー。自然と格闘戦がメインになっちゃうんだよ」

 

 普段後方の瑞鶴さんは、あんまり見えないだろうけどねと続ける皐月。

 艦載機を使う空母は自然と遠距離戦がメインになる。だから深海棲艦と人間では戦い方が違うと勝手に思い込んでいたが、なるほど戦いの本質は相手の武器を無力化し、打ち倒すこと。

 今度彼女達にやり方を教えて貰おうか――――――そんなことを考えていた私は、胸元で震える少女の存在をすっかり忘れていた。

 

「ヒナちゃん大丈夫?」

「殺し、ちゃったの……?」

 

 「殺す」という言葉の意味を、果たして彼女は分かっているのだろうか。

 

 分かってなどいまい、私だって戦場に出るまで分かっていなかったのだ。

 それでも肩を震わせる彼女は、確かに「殺す」という言葉に敏感に反応していた。

 

「大丈夫、殺してないよ。悪い人達は文月が捕まえてくれたから、もう安心」

 

 安心させるために抱きしめて、宥めるように背中を撫でてあげる。

 肩の震えは徐々に収まって、伝わってくる鼓動も落ち着いていく。

 

「よし、ヒナちゃんは強い子だね」

「うん……私つよいよ。お父さんの子供だもん」

 

 励ますように私は言う。

 少女は状況を半分も把握していないだろう。それでも彼女は、この場所の空気、私たちの言葉。犯人……いや文月の殺気を確かに感じ取って、怯えていた。

 

 もしかすると、それが子供なのかもしれない。無知のようで誰よりも物事が見えていて、無邪気なようで聡明で。それとも提督さんが育てたからこんな子供に育ったのだろうか。

 

 いや、そんなことを考えるのは後だ。

 犯人を押さえて少しは安全になっただけ。そこら中の店が燃えている状況は変わりない。今はとにかく安全な場所に避難しなければ。

 

「……瑞鶴さん。これ、おかしいよ」

 

 皐月がそんなことを言ったのは、その時だった。

 

「こんなことが起きたのに、館内放送がない。もう警備員が駆けつけてもいい頃なのに」

「まさか」

 

 まさか。犯人グループは彼らだけじゃないと言うのか。

 この広い大規模商業施設に、他にも同じような連中が入り込んでいるのか。

 確認しようにも火災報知器の狂騒と鳴り止まない悲鳴の渦に遮られて確認が出来ない。せめて偵察機の一つでも持ってきていれば確認が出来るのだが、あいにくというか当然というべきか、艦載機の持ち合わせはなかった。

 

「……ううん、考えるのはあと。とにかく今はヒナちゃんを」

 

 その言葉の続きが放たれる事はない。

 

 爆発。その瞬間を目の端で捉えて振り返る。飛び散るカケラは毛糸。それも何かの形を模したもの。人形だ。子供向けにと配置されたインテリア。そこに備品のように収められていたマスコットキャラクターのぬいぐるみ。

 同じものは、私達が座っていたテーブルにも置かれていて……。

 

 銃弾からヒナちゃん護る為にテーブルを蹴り倒したまではよかったはずなのだ。そのせいで、置かれていた物が何処に転がったまでは見逃していた。

 

 襲撃に怯えていたヒナちゃんが、近場にあった影を引き寄せようと手を伸ばしていた。

 

「くまさん……こっち……」

 

 

 

 ――――――それだけは駄目だ。

 

 

 

 無差別な殺傷が目的であれば、人間だれしもが警戒しないものに忍ばせると相場が決まっている。

 

「く――――ッ!」

 

 間に合うかなんて思考はとうに捨てていた。彼女の身体を護るように飛び出した頃には周囲を炎が嘗めていた。今にも起爆しそうな凶器を蹴り飛ばす。

 

 

 ――――刹那、閃光。

 

 

 咄嗟に抱きかかえた状態のまま吹き飛ばされる。無事に受け身はとれただろうか。

 

「ヒナちゃん……大丈夫?」

 

 庇った所為で、転がり込んだ際の衝撃か全身が痛い。

 組み伏せた彼女の表情が怯えに染まる。そのシルクのような青白い肌に、ぼたりと粘度を持った液体が赤く広がっていく。口に感じるのは鉄の味。

 

「痛いところ……ない?」

「お姉さん……血が、血が……」

 

 良かった。彼女は無事だ。安堵と共に、張りつめていた気が緩む。一拍遅れて湧いてきたのは倦怠感と激痛だった。

 

「あー。慣れっこ。これ位だったら……」

 

 治る。そう言おうとして首が傾いた。

 彼女を抱えて立ち上がろうとした所で、ふらついた。

 いや倒れ込んだという方が正しい。力が入らない。空はこんなにも青かっただろうか。

 

 生暖かさが服を伝っているのが分かる。そういえば、ここは戦場じゃなかった。丘にいれば、艦娘だって只の人間だ。傷口は勝手に塞がらないし、まして致命傷を負えば助からない。

 

「瑞鶴さんっ! 大丈夫!?」

「基地に……司令官に電話ッ! お願い繋がって!」

 

 いつもののびのびとした態度から豹変した文月と、端末を慌てて操作する皐月。その姿も、声もいよいよ感じなくなって。

 

 

 

 視界が暗転する頃には、その正誤すら判断がつかなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 


 


 

 


 

 

 


 

 

 

 

 

 

「えっ、爆破?」

 

 なんでもない日曜日の筈だった。

 空調のよく効いた、関係者専用のおかげで静謐さを保った部屋にそんな物騒な言葉が木霊する。

 その声の主は慌てて声を潜めると、ジェスチャーだけで連れに謝り席を離れる。

 

「……どういうことです」

『そのままの意味だよ。チューク州とポンペイ州、いずれも商業施設で複数の爆発、あと銃乱射とのことだ』

「ミクロネシア連邦の銃規制はさほど厳しくないはずです。突発的な事件の可能性はありませんか?」

『冗談だろう? 千キロ単位で離れた場所で銃撃戦が同時に起きたんだぞ』

 

 携帯電話を握った男は周囲を見回しながら会話を続ける。いくら緊急の話題とはいえ、この場所でするにはあまりに不適切な話題だ。

 しかし一方で、関係者席で幸いだったとも思う。まだ速報の段階、下手に公衆の面前で聴かれてゴシップなどになれば「こと」である。

 

「おとーさん!」

 

 そんな逡巡を遮る声、男が顔を上げると。そこには頬をぷくりと膨らませた少女の姿。

 

「もう返し馬始まってるよ! はやく来て!」

「……あぁ、分かったから。スグ戻るから先に見てなさい」

『どこにいるんだ?』

 

 一瞬だけ気の弱そうな父親の顔をした男を元の表情に引き戻す電話越しの声。

 それに男は苛立ちを隠さずに返した。

 

船橋法典(なかやま)ですよ。ノゾミが観たいっていうもんですから」

『……それは悪いことをしたな。終わってからでいいぞ』

「いえ構いません。どうせ――――」

 

 そこまで言いかけた時、携帯の着信を報せる電子音。彼の使っている()()()()()ではない。

 もうひとつの携帯。それが意味することは、ただひとつ。

 

「――――呼び出されますから」

『……みたいだな。気張れよ』

「当然です、では失礼します」

 

 それだけ言って男は通信を切る。それから流れるようにもう一つの携帯端末を手に取った。

 

「はい、飯田です。……ええ、把握しております。武蔵野線の船橋法典駅付近です、はい。すぐ向かいます」

 

 

 さて、娘はピザ何枚で許してくれるだろうか。

 そんなことを考えながら、男は座席へと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、南太平洋地域で発生したテロは合計21件。

 標的とされたのは商業施設に港湾、発電設備に給水塔など、日本の紐付き(タイド)ODAにより建設された社会インフラ。

 

 深海棲艦と戦うために組まれた新自由連合盟約(ニューコンパクト)加盟国の連帯に、綻びが生じはじめていた。

 

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