舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第100話 狂乱最中のヒロイズム

 最近の深海棲艦はすっかり静かで、ショートランド分遣隊から最前線の看板は下ろされてしまった。

 そうなれば本土にとっての重要度も下がる、私が告発した燃料弾薬の横領についての監査は日に日に人員を減らされて、結局最後には打ち切り。

 再発防止策とかいう謎の書類だけを置き土産にした彼らは、結局なにも解決してはくれなかった。

 そして、分遣隊の時間は何事もなかったように進み始める。毎週金曜日は皆が大好き『やまづき』カレーを食べて、無人艦艇との接舷訓練を繰り返す。そんな風に、毎日が過ぎていく。

 それはつまるところ、時間がたっぷりあることを意味していて……そのせいで私は言い訳も出来ず、目の前の白紙と向き合っている。何度か文字列が産まれては消えるの繰り返し。それが永遠に続きそうで、私は凝り固まった身体をほぐすように大きく背伸び。

 

 暴露本という発想は、正直新鮮だった。

 それは私に言わせれば八つ当たりだ。だって、私がショートランドで受けた仕打ちを公表したところで誰も得をする人はいない。私が受け止めた罪は変わらないし、暴露本が大きな話になれば国防軍は今以上の人手不足に喘ぐことになる。よくて私への風当たりがまた強くなるだけだろう。

 そのせいか、真っ白な紙には『綱紀粛正』なんて大層なお題目だけが転がっていて。消しゴムで消すのも億劫で、私はそれを丸めて潰す。

 

「ホント、馬鹿みたい」

 

 暴露本を描くというのは、なるほどワクワクしない訳ではなかった。面白おかしく(コミカルに)、もしくは誰もが気持ちよさ(カタルシス)を感じられるように。それでも国防軍の闇をはっきりと切り取る。そんな本がコミマで炸裂したらなるほど面白いことになるのではないだろうか。

 いや、それはあまりにも反社会的ではないだろうか。私がそんな話を描けば、きっとそれは国防軍の、いや国を守る軍隊の根本的なところに触れてしまう。

 いや、私程度が動いたところで、変わらないか。

 

「反社会的、かあ」

 

 それでも、その『反社会的』という言葉には大きな重みがある。例えばそれは校舎裏で煙草を吸う学生で、平和を叫びながらドラッグを撒き散らす平和主義者で、そして暴露本を胸に抱えたこの私で。

 

 この物語は、きっと忘れ去られるためにある。

 

 鉛筆が走る。今度はくしゃくしゃにしてしまった再生紙の上じゃなくて、原稿用紙の上を走る。この物語の書き出しは、ずっと昔から決まっていたかのよう。

 

 ――私は、後悔していない。

 

 物語は単調に進む。架空の国家オセアニア諸国連邦構成国、秋津洲(ひのもと)に産まれた主人公は南洋の一大交通拠点であるグアム島に赴任するところから始まる。

 地名やら国名やらを弄ったのは、まあ一応創作物(フィクシヨン)ですよと言い訳が出来るようにするため。

 グアム島は延々と続く戦争の最前線なのだけれど、この戦争は一種の永久戦争(出来レース)というヤツで、実は両陣営共に(てきもみかたも)戦争を終わらせる気はなくて。最前線は名ばかりになってしまっていて。そんな腑抜けた最前線に憤った主人公は、頑張って改革を進めようとする。

 

「でも、ここで改革を邪魔する奴らが出てくる」

 

 紙の上には主人公に対峙する先任下士官の姿。彼の仕事は秩序ある軍隊を守ることで、改革を行う主人公を止めようとする。主人公は理想論ばっかりで、改革は決め手を欠いている。それで主人公は……。

 

「横領を告発、上層部から(トツプダウンで)改革を進めようと……」

 

 ところが、そこで手が止まる。多分これでは主人公の改革は失敗してしまうだろう。というか本当に永久戦争であるなら、それを崩そうとする主人公は上層部にとっての敵ということになってしまう。

 

「じゃあ志向を変えて、横領に理由付けをしよう」

 

 そう呟いて、それから私は奇妙なことに気付いた。今、この紙面で進んでいる物語は今日までの私を元にして、それを百倍くらい大袈裟に描こうとしている。だから横領も監査も説得力がある、そう思っていたけれど……本当に説得力はあるだろうか。随分と浮ついた話ではないだろうか。

 深海棲艦との永遠に終わらない戦争を永久戦争と仮定したのは我ながら面白い発想だと思う。これで改革を進めようとする主人公と上層部の対立に話を持っていけばどこかのディストピア小説みたいな作品が完成するような気がする。だけれど横領は……なんで横領は起きたんだろう? 永久戦争であれば世界は徹底的に管理されているはずで、横領が起きる理由がない。

 横領は悪いモノ。国防軍には許されないモノ。

 私はその程度にしか考えていなかった。横領がなんで起きたのかなんて、考えもしなかった。

 横領、官品の横流し。それは不正利益を得るためのもの。理由なんていくらでもあるだろう。ギャンブルにお酒、あとはクスリとか。お金欲しさになんでもするというのは、まあ不思議な話ではない。

 でも一つ。一つだけ問題がある。

 

 艦娘用の弾薬や燃料は、お金にはならないはずだ。

 

 横領というのは、民間市場が必要としていて、なおかつ政府が優先的に確保している物資、例えば配給品などで起こるモノ。

 海上輸送網が安定している現在では配給制なんて敷かれてはいないし、なんとか売れそうなものを探した結果として軍の装備品に手が伸びるのは分かる。

 でも、果たして艦娘の燃料弾薬が標的になるだろうか。なにせ艦娘用の燃料は民生品で使えるような代物ではない。いや、燃料はまだしも、艦娘の武器は民間市場に出回るようなものではない。規制があるとかそういう話ではなく、単純に実用に耐えないからだ。

 深海棲艦用にカスタマイズされた武装と弾薬は、なんというか中途半端なのだ。人相手に使うには反動が大きく、かといって戦車や建物を壊すには威力が足りない。その上艦娘の艤装を使いこなすには相当な期間の訓練が必要で……横流しでテロリストやらが手に入れたところで、使いこなせるはずがないのだ。

 

 いつの間にか、メモ用紙の上には闇の流通ルートやら反政府組織やら、とにかくバトルアクション重視の作品に出てきそうな文字列がならんでいる。

 

「市井の人間が艦娘の武器を使うことはありえない。じゃあ現役とか退役した艦娘が欲しがるとか……? いや、なんの為に、さ……」

 

 そこで、私は固まる。いや、私はもう答えを言っているじゃないか。

 艦娘の艤装を使いこなすには相当な期間の訓練が必要で、テロリストに使いこなせるはずがない。

 違うだろう、だったらテロリストが訓練していればいいのだ。訓練施設は本土にも海外にも山ほどある。

 

「え……ちょっと待って。嘘でしょ?」

 

 私は原稿用紙に目線を戻す。主人公にむけて先任下士官が組織の常識とやらを説いているシーンだ。彼だって軍人だったのなら、永久戦争などというお題目のために自分と部下たちが使い潰されるのを黙って見過ごしたりはしないはず。もしも武器弾薬の横領が彼の仕業で、それが上層部を打ち倒すモノだとしたら?

 

 武装蜂起(クーデター)

 

 面白くなってきた、そう思ってしまった自分がいた。それが原稿用紙を眺める神サマの視点だということには勿論気付いていた。

 これから主人公は、この戦争を終わらせる気のない上層部と、そして戦争を終わらせるために国内で血を流そうとする武装蜂起(クーデター)派と戦うことになるのだ。作品として、これほど面白いことはないだろう。

 でも、その面白さを引き出すには乗り越えなきゃいけない壁がある。恐らく主人公の居る基地は武装蜂起(クーデター)派の巣窟だ。ここで主人公は武器弾薬の横領を告発しようとしている。

 それを果たして、先任下士官は許すだろうか?

 

 ああ、許されるはずがない。武装蜂起(クーデター)派は自分たちの理想のために血を流そうとしている。そこに一人や二人の犠牲が増えたところで気にしやしないだろう。

 主人公が助かるには、途方もない運が必要で。

 

 ――――そして主人公(わたし)に、そんなツキはない。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 それは叩きつけるように、ボツボツと艤装を叩いて止まない。中部太平洋はソロモン諸島。第7護衛隊群が担当するメラネシアの空は荒れに荒れていた。

 

「ああもう、こんな時に!」

 

 叫びながら主砲を放つ。飛び出してきたイ級が爆発。分かりやすく単調な攻撃を見抜くのは容易いけれど、こう何度も繰り返されると厳しいものがある。

 

「秋雲、増援要請は!」

 

 状況は良くもあり、悪くもある。先ほどから狂ったように鳴り響く雨と雷(スコール)は、確かに私を敵艦載機からは守ってくれるだろう。ただ一方で、近接戦闘をするには視界が遮られて仕方ない。今の私にはほんの数十メートル先にいるはずの僚艦の姿すら見えなかった。

 

《もうとっくに出してるっての! 突破するよ!》

宜候(よーそろー)!」

 

 それでも答えが返ってくるということは、まだ私たちはなんとか持ちこたえられているらしい。

 

《とにかく私から離れないでよッ! 風雲!》

 

 秋雲の声が聞こえる。私だって離れるつもりはない。時折聞こえる爆音を頼りに、点けられているハズの航海灯を探す。無線機が壊れなかったのは奇跡と言うべきなのだろうか。

 

「うわっ……! これは、不味いわよね……ッ」

 

 目の前に現れた軽巡に魚雷を叩き込んで、爆発も確認せずに駆け抜ける。哨戒任務(パトロール)とはなんだったのか。進めば進むほどに敵の数も、等級も上がってきている気がするのは気のせいだろうか。

 いやまさか、これが気のせいなわけがない。深海棲艦を中心とする生態系は奇妙な均衡の上に支配海域(あかいうみ)を作り出す。それが確かに、私たちの足下に広がりつつあった。離脱どころか、敵の中枢に向かっている。

 

「秋雲……これ、絶対おかしいよ」

《分かってる。でも、下がるのも無理でしょ?》

 

 無線の向こうで秋雲が笑うのが見えた。こんな状況でも悲壮を漂わせない秋雲が、羨ましい。

 次発装填装置が装填完了を伝えてくる。これで魚雷の残弾は発射管の中だけ。誘爆の心配が減るのはいいけれど、弾薬が残り少なくなっていくことは不安でしかない。

 

 そうだ。弾薬だ。

 

 事の始まりは、私が弾薬消費量の水増しに気付いたことだった。いや正確には……()()()()()()()()

 私は単純で、何も分かってなくて。ただ書類が書き換えられていることに納得がいかなかった。

 その結果が、これだ。私は多分、触れてはいけないものに触れてしまった。

 艦娘の艤装を使いこなすには相当な期間の訓練が必要で、テロリストに使いこなせるはずがない……その理屈にもっと早く気付けば、弾薬が『なんのために』横領されていたのか察することが出来たはずなのに。

 そしたら、私は直属の上司に報告すること何てなかったのに。休暇を使って、国防本省に駆け込めばよかった。本当に信頼できる友人だけに相談すればよかった。そっちの方が絶対に正しいはずだったのに。

 そんな私の失敗で……秋雲まで巻き込んでしまうなんて。

 

「秋雲……!」

 

 なんて言えばいいのだろう。逃げて? そんなことは秋雲も知っているだろうし、そして今私たちは逃げようとしている。この出撃は仕組まれていたのだ。私を消すためだけに、私を消す名目が必要だったから。一隻で最前線に放り出す訳にはいかないから、秋雲を巻き込んだのだ。

 ああもう、本当に嫌になる。私はあの人に憧れて、あの人と同じ空に辿り着きたくて。あの人の空を一目見たくてここまで来たのに。

 いや、まだだ。私は絶対諦めない。だって私、ここまで来ても後悔してないから。絶体絶命? 知ったことか、是が非であっても生き残って、必ず武装蜂起(クーデター)を止めるんだ。向こうの理由なんて知ったことじゃない。あの人が守っ()この国を、武装蜂起なんかで汚さないために。

 

《風雲! 戦術リンクに友軍艦艇(フレンドリー)出たよ!》

 

 戦術リンクの装備が壊れた……いや、()()()壊されていた私に秋雲は教えてくれる。所属は第七護衛隊群、艦番号331『きんもくせい』。頭の中でそれが繋がって、私は息を吐く。大丈夫『きんもくせい』は無人艦艇だ。武装蜂起(クーデター)派の息はかかっていない。

 

「秋雲! 支援砲撃要請は出来る?」

《もうやってるよ! 一〇秒後に有効射程……》

 

 何か考えるような間を置いて、秋雲は言う。

 

《……風雲は敵味方識別装置(IFF)が壊れてるんだよね》

「うん……他も一通り、全部ね」

《私の後ろにぴったり付いてきてね。そうすれば、撃たれないハズだから》

 

 自信満々で笑って見せた秋雲。

 彼女は、知っていたのだろうか。

 無人戦闘艦のシステムは友軍保護を重視するということを、友軍艦艇(あきぐも)の真後ろにピッタリついた不明艦(ボギー)を最重要目標と認識することを。

 哨戒艦『きんもくせい』がスコールの向こうに見える。剣のように研ぎ澄まされた艦首に備え付けられたのは、対空・対水上両用の3インチ速射砲。

 それが、秋雲を追尾する()()()()に指向される。

 

 発砲。初速900キロメートル毎時の砲弾が迫る。

 

 それを知って……秋雲は私に笑ったのだろうか。

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 この会話を、いったい何度聞いたのだろう。

 

「ねぇ聞いた? 今日『やまづき』カレーだって!」

「やった! アタリじゃん!」

 

 顔も知らない駆逐艦娘が駆けていく。それを制止するのは決まって秋雲で。

 

「あーほらお二人さん、危ない危ない」

 

 手を振って制止させた秋雲は、そのまま決まり切った動きで私の方を振り返る。

 

「あれ、それで何の話してたんだっけ」

「うん。もう終わりにしない?」

 

 その一言で、世界が止まる。駆け足を止めた駆逐艦娘も、食堂のテレビも配膳台も。全部止まった。

 秋雲は小さく息を吐いて、身体ごと私に向ける。それから困ったように頭を掻く仕草。

 

「そっか」

 

 多分ソレは、何もかも全部、知っていた顔で。信じたくもないことを信じろと言われているようで、突きつけられているようで。胸が締め付けられた。

 

 ああ、本当にそうなのか。

 

 本当に、秋雲は――――私のことを。

 

「私を殺したのは……秋雲(あなた)なんだね」

 

 その問いに、秋雲は答える。

 

「そっか。そうなっちゃたか」

 

 どこか諦めたように、力なく笑った。

 

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