第103話 2018/2/14=>2013/2/14
〈西暦2018年 2月 14日 ミクロネシア連邦 ウエノ島〉
「……お姉さん、なにしてるの?」
湯煎がもの珍しいのだろう。台所を覗き込んできたヒナちゃんが手を伸ばしてくるので、危ないよと手で制する。
「チョコをね、作っているのよ」
「作る? チョコって作れるの!? お姉さんスゴいっ!!!」
目を輝かせるヒナちゃん。ヒナちゃんにとってのチョコは高級品で、お店で買うもの。
「チョコを作る」だなんて、魔法使いでも出来ないようなことなのだろう。
「あ、いやえっと……流石にカカオから作るのは……」
「カカオ?」
「あーと、つまりね。チョコの原料、カカオを使ってチョコを作るのよ」
「ふーん。どうやって?」
遠い水平線の先、見たことすらない異国の地で作られたカカオの実……それをはるばる輸入して、煎ったり……それと、あと何かして。
「何かして……何かするのよ」
「?」
「とにかく! チョコを作るのにはスゴい時間がかかるの! で、それを溶かしたモノがこちらになります」
テレビのおばさんみたい、と漏らすヒナちゃんを横目に私……瀬戸月ハルカはボウルの中を覗き込む。製菓用チョコレートは既に液体へとその姿を変えており、どろりと滑らかな光沢の向こうに自分の顔を幻視する。
――――――瀬戸月、か。
私の名前は瑞島ハルカ。産まれた時から……この海で散るまで。この名前は変わらないと思っていた。
姉から逃げるように入った防衛大学校。そこで宣誓文を読み上げた日から、私は
ともかく、私はそれで十分だった。少なくとも防衛大学校は私を巨大な組織の
もっとも、それは深海棲艦が現れるまでの僅かな期間だけだったけれど。
「お姉さん?」
「ううん、なんでもない。さ! あとはこれを型に流し込んで……」
どろり、と。音もなくチョコレートが重力に引かれてボウルの淵から落ちていく。それは真下で待機している型によって受け止められ、適当にナッツを散らせば……それなりの見映えにはなったと思う。
「これでよしっと」
あとはチョコから粗熱が取れるのを待つだけ、その後は冷やして固めて……そこまで考えて、うっかりミスに気付く。包装紙がない。
「ヒナちゃん。ラッピング……なんか包み紙とかないかな?」
「分かった!」
いちおうこれでもキッチンの備品は把握しているが、ラッピングや盛り付けといった食事を彩るためのグッズは殆ど用意されていないのが瀬戸月家である。瀬戸月ミナト……提督さんがお弁当を作るなんて、それこそヒナちゃんとピクニックに行くことでもなければないだろう。
流石に望み薄かと思っていたが、ヒナちゃんはスグに戻ってくる。
「これでいい?」
「うーん……新聞かぁ……」
確かに包むのには使えそうだが、流石に新聞から出てくるチョコはイヤすぎる。
「今から買いに行くのは……流石に無理か。どうしよ、クッキングシートで誤魔化す?」
半透明のシートでは中に何が入っているかスグに分かってしまいそうだ。肌触りだってお世辞にも良いとは言えない。
「お姉さん。準備不足……」
「うっ、それは否定しないけれど。しょうがないでしょ、これまで貰う専門だったんだから」
もちろん貰ったらお返しはするけれど、それについては1ヶ月間の猶予期間があるからどうにでも出来る。実際、これまではそれでなんとかなってきた。
「……じまん?」
「………………」
ヒナちゃんの指摘はご尤もで、準備不足は事実なのだ。
なにせ
「あ!」
パン、と手を叩いたヒナちゃん。何事かと聞くより早く駆け出していった彼女は、しばらくしてから同じ勢いで戻ってくる。
「じゃーん! リボンあった!」
「それ、どこで」
「お父さんにもらった! かわいいリボン欲しいって言ったらくれたんだ!」
そして無邪気に残酷に、私の予想を肯定する。
「……そっか」
「プレゼントなんだよね。だったら、リボンもいるよね、ね!」
ああ、そうだろう。
プレゼントなんだから、リボンが着いているのは当たり前だ。
「うん。でも、ヒナちゃんの大切なものを使えないよ」
「いいよ、あげる!」
「大丈夫。別にリボンなんかなくても……意味はちゃんと伝わるから」
そういえば、えーそうなのと残念そうなヒナちゃんの声。急に萎んだそれを聞いて、そうか彼女も女の子だったなと思い出す。
恋に恋するお年頃、なんて。まさに彼女みたいな小中学生らしい話だ。
「ヒナちゃん、知ってる? プレゼントするお菓子にはね、それぞれ意味があるのよ」
「いみ?」
「そ、花言葉とおんなじ。お菓子言葉って言うんだけれどね……」
そっと、記憶の傷をなぞっていく。カサブタが剥がれないように、けれど傷痕を思い出すように。
「チョコレートの意味は、特になし」
「ないの!?」
「正確には、改めて伝えるまでもないよね? ってこと。だから『あなたと同じ』って感じかな」
バレンタインデーの習慣が先か、お菓子言葉が先かは分からない。そもそもこのお菓子言葉だって、誰が付けたのかさっぱり謎。
けれど、人はそういう意味付けに頼って生きている。
私だって、瀬戸月だとか瑞島だとか……挙げ句の果てには預かり物に過ぎない特務艇艤装の名前までも引き合いに出して生きている。
私は〈瑞鶴〉――――――刀折れ矢尽きても、最期まで空を睨んだ航空母艦。
そうあり続けることが、いまの私の使命。
「ふーん。他のお菓子にはどんな意味があるの?」
私の内心を知らずに、ヒナちゃんはお菓子言葉へと想いを馳せている。私は知っている限りのお菓子言葉を教えていく。
「飴玉はね、口のなかで長い間なめるでしょ? だからずっと一緒に居たいですって意味があるの」
「わぁ~! 告白だね!」
何も知らないまっさらな幼子に、私の中途半端な知識が注ぎ込まれていく。こんなこと教えてしまってもいいのだろうか。そんな不安も知らず、好奇心旺盛なヒナちゃんは次は次は? なんて聞いてくる。
――――――これで、リボンのことはすっかり忘れてくれただろうか?
ほんと、世界って狭いよね。
もしそうなら。
今日は、マシュマロのお菓子言葉は教えないでおこう。
なにせ。
お菓子言葉が、全部良い意味とは限らないのだから。
〈西暦2013年 2月 14日 日本国 東京〉
もはや誰の目から見ても、この世界がおかしくなってしまったのは明らかだ。
漁獲量は過去最低。条約機構が「特別な軍事作戦」の実施と事実上の失敗を認め、あらゆる先物取引の価格が跳ね上がり……そして、期日になっても届けられることはなくなった。
もはや昨日までの契約が履行される保証はどこにもない。
不履行に伴う補填も、訴訟を起こす権利すらも守られない。
それでもなお、人々は世界がおかしくなったとは口にしない。
それはきっと、口にしたら最後だから。
バケモノの存在を認めることは、化け物に勝てないと認めることだから。
「先輩」
昼過ぎ、それも平日となれば都心といえど人はまばらで、地下鉄駅の構内には静寂が反響していた。わずかに見える人も忙しなく足を動かすばかりで、コートにマフラーを巻いて帽子を被ってしまえば表情もわからない。
「先輩? せーんぱい?」
だから、ぼうっと低い天井を見上げる先輩の考えは、道行く人の誰にも推し量れないことだろう。
……いや、そもそも気にとめることもしないか。みんな自分のことが大切で、他の人のことなんか二の次なのだから。
「もしもーし……?」
とはいえ人間は身勝手なもので、他人を気にしないくせに自分が無視されると不機嫌になるものだ。ソースはもちろん、今の私。
手をパタパタと振っても気づかないって、どういう頭の中身をしているのだろうか。
「…………っと、すまない。待たせたかな?」
ぱちりと目を瞬かせて、焦点をこちらに合わせてくる先輩。
その黒い瞳に私の姿が映っていることを認めて、ようやく私は頬を膨らませる。
「もう、それはこっちの台詞ですよ。これでも10分前に来たのに、なんでもう着いてるんですか」
「地元じゃ列車が2時間に1本でね」
この言い訳も、もうどれだけ聞いたことだろう。
地元がどうとか関係なく、ここは東京、5分に1本のペースで列車が時刻通りにやってくる街だ。郷に入っては郷に従えと、彼の故郷では習わないのだろうか?
「いいんだよ。女性を待たせるのはしのびないからね」
ずるいひと。
そうやって適当なこと言っておけば誤魔化されると思って。
毎日顔を合わせるくせに今日だけはそっと手を取って。
いつもの白衣じゃないのに。
髪もまとめず下ろしているのに。
化粧だって、してきたのに。
「……じゃ、いこうか」
私の女の子の部分を全部無視するくせに、所作だけは女性扱いするのだから。
暴落すると思われた貨幣価値は、一部では「コメ本位制」なんて呼ばれる子供騙しの救済措置で辛うじて均衡を保っている……らしい。
「大変申し訳ございません。本日取り扱い分は終了しておりまして……」
らしい、というのは――――――食料品以外は物不足でそもそも手に入らないから。
「やっぱり売り切れでしたね」
「分かって来たんじゃないのかい? そもそもチョコレートなんて絵に描いたような嗜好品が、当日なんかになって手に入るわけが……」
「いま、何か言いましたか?」
キッと睨み付ければ、先輩は肩を竦めるだけ。
「先輩は一言多いんです。素直に『残念だったね、次の店にいこうか』って言ってくれればいいんです」
「いや、それは私の本心では……」
「な に か、いいましたか?」
「……こういうのをね、理不尽って言うんだよ。世間様は」
「あら? 浮世離れしているんだけど先輩が常識を語るなんて、明日は雪でも降るのかしら?」
2月は冬真っ只中なのだから、雪が降ってもおかしくはない。けれど今は、冗談でも「槍が降る」なんて言いたくはなかった。
……槍はおそらく、降る。
特務艇艤装は間に合った。けれど肝心の乗組員が足りない。いや足りたとして、軍人ですらない素人集団では化け物とやりあうことは望めない。
そして肝心の自衛隊は、この期に及んで霊力戦の有用性を認めようとはしなかった。国家の暴力装置たる自衛隊の組織力を生かして化け物に立ち向かうというプランは日に日にぼやけて、絵空事へと形を変えていく。
米軍は、まもなく負ける。
ハワイが陥落する。
そうなれば、全部終わりだというのに。
「出来ることはやったさ」
先輩がそんなことを言ったのは、3店舗目の百貨店を出た時。
「警告は間に合った。食料の増産は本当にギリギリだったが……この冬はなんとか、誰も死なずに乗り切れそうだ」
統計上は、まあそうだろう。まだこの国は餓死者がいないことを把握できる程度には行政機構が機能している――――――もしくは隠せる程度に、秩序が保たれている。
けれどそれも、果たしていつまでか。
節電のために半分ほどの街灯が消された街並み。流石に首都ともなれば自動車がゼロということはなく、時折通り過ぎるライトが先輩の横顔を辛うじて読み取らせてくれる。
「うん。考えてみれば、私たちはよくやっている」
満足げな顔。なにも心配することはないさと……どこか脳天気にすら思える横顔。
けれどまだ、最悪のシナリオを脱しただけ。
輸入が完全に途絶えた場合に出るとされた餓死者は出なかった。しかしそれが本当に休耕地の再開墾によって賄われたと?
そんなハズはない。この冬を乗り越えられたのは、社会が一致団結して混乱を起こさなかったからだ。店舗には保存食が準備されていた。関東圏に雪が降ろうとも、石油備蓄基地には十二分な在庫があった。
そしてそれらの蓄えを減らさない程度には、まだ人類は海を保っている。
「……先輩って、時々妙に楽観的ですよね」
「そうかな」
「そうですよ。全部のデータが悪い現実を示しているのに」
「けれど”最悪”ではない。そうだろう?」
2007年に奴らを「発見」してから6年。私たちに与えられた猶予はたったのそれだけだった。
それを考えれば、確かに私たちは「よくやった」のだろう。
けれど。
「このままでは、ダメですよ」
「大丈夫だろう。試算では連中が海を埋め尽くすのにあと30年はかかる。それまでにはいい方法が見つかるさ」
「先輩、それ本気で言ってる?」
思わず敬語が崩れる。先輩の前に躍り出る私。
彼の目には今、どんな風に私は映っているのだろう。
それとも先輩――――――瀬戸月ミナトは、私のことなんて見てなどいないのだろうか。
「本気さ。
嗚呼、まただ。また彼の悪い癖が始まった。
「私、その話は嫌いです」
「そうだろうね。誰だって、都合の悪い現実から目を逸らしたくなるものさ」
「……っ、私は」
違う。そう言いたかった私の口は、先輩の人差し指でそっと塞がれる。
私の片方と繋ぐために手袋もつけられていなかった彼の手は、吹きさらしで冷え切っていて……それでも、煮えたぎるように温かい。
「いいじゃないか。君もこれくらい利己的で」
耳を塞ぐ権利くらいあるだろうと、そう言って私の横をすり抜ける先輩。その背中を私が追うと知って、語りかけるように呟いていく。信じられないくらいに静かな繁華街に、彼の声だけが零れ落ちてゆく。
「君は怒るのだろうけれど、私は手の届く範囲にしか興味がないんだよ」
知っている。
「だから世界がどうなろうと、戦争に負けようと構いやしない」
バケモノを見つけ、闇の中に光を当て……海に沈むはずだったこの国を掬いだしてみせた貴方がそんなことを
「そんなことを言うから、海洋開発機構を追い出されるんですよ」
「ああ違うよ。アレはこっちから辞表を叩きつけてやったんだ。もう顕微鏡はいらないからね」
そんな強がりを言いながら、あろうことか自衛隊へと志願した貴方。
実地試験の方が効率が良いなんて言い訳して、
「だが……いや、だからこそ。私は
先輩。
利己的な人間を自称しながら、
「
私の問いに、先輩の脚がほんの一瞬だけ止まる。すぐに歩みを再開したその歩調が、わずかに早くなる。
「私は
「あの子だって他人です。他人が一緒になるのが家族です」
私はあえてギリギリのラインを突く。自分では「コブ持ち」なんて言うクセに、家族を
「
「手遅れです。私はどうしようもなく関わってしまいました」
ああ、そうだろうねと。どこか苛ついたような声が先輩から漏れる。
「みんな同じ事をいうよな。ヒナタを
お陰で、あと60年は世界を守らないといけなくなった。押しつけられてもなお背負おうとする先輩。世界はひとりで背負い込むには広すぎるというのに。
「60年も護る気なら、その隣にもうひとり居てもいいじゃないですか」
「父親どころか、旦那でもあれと? 勘弁してくれ」
旦那でいるほうが余程楽ですよ、とは言わない。先輩の人となりは知っているつもりだ。
本来背負うべきではない物、ヒト1人ではどうしようもないことを勝手に背負おうとする……背負えてしまう彼。
孤独であれば、これ以上なにかを背負わずにすむから……そう言いながら世界の運命を背負おうとする彼を、愚かと呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。
「先輩」
先輩の世界は、深く狭いものであるべきだ。
そうでなければ、先輩の思念は広がりきって……やがて散ってしまう。
海に溶けた塩が、もう二度と取り出せぬように。
「先輩!」
私の声に足を止める先輩。くるりと振り返った視線。吐く息が黒い闇を仄かに白へと染める。彼の瞳に――――――「わたし」が映る。
「こちら、貰って頂けませんか?」
取り出したのは手のひらサイズ。僅かな装飾がきらきらと散りばめられたビニール製の袋で、口はお洒落なリボンが結ばれている。
そんなビニール袋から覗くのは、雪のように白いマシュマロ。
「幻滅させてしまったかな」
さして残念と言うわけでもなく先輩がそう漏らす。
『あなたが嫌いです』。
それが、マシュマロのお菓子言葉。
インターネットが発達した現代において、表層的な情報は簡単に手に入る。
だから先輩がマシュマロのお菓子言葉を知っているのは当然のことで、今の会話の流れで
「ダメですよ、先輩。学会を追放されようと、あなたはこの世界を引っ張っていく学者さんなんですから」
勝手に決めつけるなと。そう伝えてリボンをほどき、マシュマロを取り出す。ふんわりと柔くて中身のないお菓子は、その
「動かないで、くださいね?」
「
ぐいと身体を前に出して、左手で掴んだ先輩の身体を引き寄せて。
そうして吐息が交わりそうなほどに近づいた先輩の口に、右手でマシュマロを押し込んだ。
沈黙。
「……なぁ」
吐き出すわけにもいかず、やむ無しといった体でマシュマロを咀嚼していた先輩が漏らす。
「チョコが手に入らないから、買い物に付き合ってくれって話だったよな?」
「そうでしたっけ?」
いやそうだろ、と。先輩のむなしい反論が静かな大通りに消えていく。分かっていたくせに、なんて言ってあげるのは意地悪だろうか?
私が先輩に食べさせたのは、チョコ入りのマシュマロ。
空虚なだけじゃない。想いを純白の優しさで包み込んだお菓子。
「ハッピー・バレンタイン、です」
さて、これで私の気持ちはキチンと先輩に伝わっただろうか?
「……こんなの、いつのまに」
「ごめんなさい。流石に手作りするほどの時間はなくって」
「だろうな。なら、どこから取り寄せたんだ?」
「特配です」
トクハイ、言葉だけでは何のことだか分かりもしないだろう。聞き馴染みのない言葉だから。
けれど顔を歪めた先輩の表情を見て、やっぱりと私は鼻を鳴らす。
その存在を知っている時点で、先輩もまたトクハイをもらった人間に他ならない。
「いけませんね、先輩。こんな大事なことを私にすら教えてくれないなんて」
「君には関係ないだろう」
「あります。そんじょそこらの男性ならともかく、先輩の配属先は間違いなく特務艇部隊でしょう?」
なにせ先輩は霊力戦の第一人者である。自衛隊が今さら彼に声をかけたのも、学会を追放された今こそ彼の知見を国防に取り込むチャンスだと考えたからに違いない……その一方で霊力戦そのものは否定するのだから、チグハグさは拭えないけれど。
「特務神祇官は女性ばかり、こんなに慕ってくれる女の子がいるのに、オンナの園に逃げ出そうなんて」
「…………君、分かっているのか。遊びじゃないんだぞ」
遊びだなんて、誰が思うものか。
これは戦争だ。
政府が有害鳥獣駆除と言い張っても関係ない。バケモノと
どちらかが滅びるまで、決して終わることのない戦争だ。
「抜け駆けは許しません。だって先輩、死ぬおつもりじゃないですか」
「そんなことはないさ」
嘘吐き。
世界を背負おうとして、世界が滅びると知っていて――――――それで狂わない人間が、どうしているというのか。
「私が死ねない理由になってあげます。自衛隊に入るなら私は前線へ、先輩が前線に出ようとしたなら最前線へ。私は、常にあなたの前に征く」
背負って、背負って、背負いすぎて……それで最後に潰れて消えようとしている先輩を。
私は確かに、正面から
「断ち切ってあげますよ――――――あなたの壮大な
「……」
先輩は、何も返さなかった。
耳元で囁くには最悪な愛の誓いを、彼は黙って受け止めていた。
2013年、真冬のことである。
2013(平成25)年 4月
アメリカ合衆国、在アジア米軍撤退へのロードマップ発表。
2013年10月
海上自衛隊、自衛艦隊隷下に深海棲艦対処専従の「哨戒艦隊」を設置。
2014年10月
8月におこなわれた自由連合盟約の改訂を受け、米軍はマーシャル諸島・パラオ・ミクロネシア連邦への防衛力提供を停止する。日豪を中心とする有志連合軍による緊急避難・防護活動が開始される。
2015年 6月
日本・マーシャル諸島・パラオ・ミクロネシア連邦・北マリアナ諸島により新自由連合盟約(COMPACT OF FREE ASSOCIATION)が発足。防衛義務に基づき日本国自衛隊は中部太平洋へ大規模派兵を「正式に」実施――――――
――――――のちに「ミクロネシア戦役」と呼ばれる一連の戦闘行為がはじまる。