舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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もう頼れるのは田中角栄先生しかいないらしいので初投稿です。

【補足情報】
飯田ケイスケ……立憲友民党の参議院議員。第43話で名前だけ登場。
飯田コウスケ……第3部の主要登場人物、国防海軍幹部(第4部では横須賀総監)。飯田ケイスケの息子。
飯田ハルヒデ……飯田インダストリーグループ(IIG)専務取締役。本話初登場、飯田ケイスケの甥、飯田コウスケの従兄弟。



第104話 とある弁士の駿冬砂漏(フェブラリーステークス)2035

 

 

 

〈西暦2035年 日本国 東京〉

 

 

 

 

 飯田ケイスケと言えば、どこにでも現れることで有名な国会議員である。

警察署に消防署、図書館に公民館、水道局に発電所……とにかく気を抜けば何処かにいる。

 あるときは通学路に、あるときは公園に、国会が開催されていなければ街に繰り出さない日はない。

 

「要するに、暇なんだな」

「国会が開いている今言うことではないような気もしますが……」

 

 父である飯田ケイスケの物言いに、思わず息子のコウスケは言葉を濁す。

 例年通り1月末から開会した通常国会。主として予算の審議を中心に与野党の攻防が繰り広げられるそれは、国会議員が絶大な発言力を得るために避けては通れぬ決戦場である。

 なにせ国会議員、地方各地より選出された代表の仕事とは。端的に言ってしまえば「地元に予算を持ち帰る」ことなのだから。

 

「こんな話をしっているか、かの田中角栄先生はいくつか競走馬を持っていて、そのお陰でエリザベス女王は彼のことをたいそう気に入ったらしい」

 

 エリザベス女王といえば、馬好きであることを公言して憚らなかった英国女王。世界各地に彼女の名を冠したレースが存在することからも、それは明らかだ。

 

「しかし田中角栄自身は政務集中のために競走馬を手放すことを勧められていた……でしたよね?」

「そうとも。そして事実、彼は競馬から身を引いた後に総理大臣となる」

 

 それが幸福だったのか不幸だったのかは、今ではもう分からないが。そう結んだ父の言葉に、私……飯田コウスケは小さく息を吸った。

 

 父が競馬のことをどう考えているのかは、知らない。

 だが父が私を競馬場に呼びつけた時、ろくなことはひとつもなかった。

 

「しかしやはり、趣味の時間は大切にしないとな」

 

 それは、遠回しな引退宣言のようにも聞こえた。いや事実、父はそのつもりで言っているのであろう。

 そうでなければ、まさか競馬から身を引いて栄達を果たし、その後に装備品調達のゴタゴタ(ロッキード事件)で失脚した政治家の話をしたりはしないだろう。

 

「……ハルヒデ兄さんが見当たりませんが」

調教師(せんせい)のところだ、今回は意気込みが違うらしいぞ」

 

 露骨に話をそらすこちらに、事も無げに応じる父。行き着く先は決まっているとばかりに、父は単調に言葉を並べる。

 

「聞いたか。瀬戸月ファームからの『買い物』をしなくなって以来、ヨイハル軍団は絶好調らしい」

 

 ヨイハル、それは飯田ハルヒデ所有馬につけられる冠名。責務だの因習だので始める羽目になった馬主活動を、従兄弟はなんだかんだと楽しみ続けているようである。

 

「羨ましいです」

「なら、お前も何か始めろ」

 

 まるでどんな趣味でも構わないと言わんばかりに……いや、実際なんでも構わないのだろう。

 間もなく還暦を迎えようとする飯田コウスケにとって、この趣味がないという状態は危機的なものであった。

 

「とは言われても、始めるほどの時間もありません」

 

 ただしそこには「今はまだ」という注釈が付く。全力稼働を続ける国防軍の幹部に余暇はない。しかしいかなる高官であろうとも規則に定められた定年を迎えれば職を辞することになるわけで、そうなってしまえば暇は有り余ることになる。

 

「それになにより、趣味と呼べそうなものはひとしきり齧ってしまいました」

 

 人付き合いの一環で、もしくは危機感を抱いたが故の「趣味探し」として。

 趣味として全力を傾けられそうなものを、彼は見つけることが出来なかった。

 

「……そもそも、今がロスタイムみたいなものです。私は12年前に死んだのですから」

 

 息子(コウスケ)の自嘲に、父親(ケイスケ)は表情ひとつ変えない。

 2023年。この国のあり方を恐らく根幹から変えてしまったあの事件。やれミクロネシア疑獄などと叫んで誤魔化した現実。

 

 

 

 それは今日も、重くのし掛かっている。

 

 

 

 




 

 

 

〈西暦2024年 日本国 兵庫〉

 

 

 

 飯田ケイスケと言えば、どこにでも現れることで有名な国会議員である。

警察署に消防署、図書館に公民館、水道局に発電所……とにかく気を抜けば何処かにいる。

 あるときは通学路に、あるときは公園に、国会が開催されていなければ街に繰り出さない日はない。

 

 そしてそれは、彼の地盤の脆さを意味している。市井との交流を重視するということはつまり、自らを選んだ有権者(オーナー)と交流し続けないと見放されかねないということ。

 

「だからこそ、趣味の時間は大切にしたいものだな」

 

 違うかね?

 そう心にもないことを言ってのける生物学上の父親を見て、彼は小さくため息。

 

「ハルヒデ兄さんが見当たりませんが」

調教師(せんせい)の所だ。良い心掛けだよ」

 

 趣味だからこそ全力で取り組まねばならないと、そう父親に言われ彼は――――自身に明確な趣味と呼ぶべきものがないからこそ――――バツの悪そうな顔をする。

 そんな息子を無視して、父は手を挙げる。手のひらをひらひらと振って、その人物へと声をかけた。

 

「あぁ、瀬戸月さん!」

「……これはこれは、飯田さん」

 

 恭しく応じた初老の男性、父はずかずかと踏み寄せて握手。

 

「いつも甥がお世話になっております」

「……いえいえ、こちらこそ。飯田ハルヒデさんには御贔屓にして頂いて……」

「とんでもない。価値あるものに価値を支払う、自由経済の大原則ですとも」

 

とんだ茶番だ。父親たちの会話を聞き内心でため息を吐く彼。

 瀬戸月家はともかく、瀬戸月ファームの「商品」が価値を産み出したことなんて数えるほどしかないというのに。

 

「なんでも、今日走る……ええと、なんでしたかな……まあとにかく、それの親はトンデモない成績をお持ちだとか」

「……はぁ、えぇ。その通りではございますが……」

 

 向こうも強くは出られない。当然だろう、庭先取引(おもてにでない)のを良いことに法外な値段――――この場合は、信じられないほどの高額で――――で買い取っているのだから。

 

「父が偉大なら子も偉大でなければならない! ……瀬戸月家のお方なら、当然ご理解いただけると思いますが?」

 

 いい加減可愛い甥っ子(飯田ハルヒデ)に恥を掻かせるな、とたっぷり言い含んで――――実のところ瀬戸月以外から買い付けた商品も大した価値を生み出していないので、これに関しては若干の八つ当たりであったが――――それから彼は続ける。

 

「さて、そのような付帯事業(いいわけ)は脇に置きまして……本日は大事なご相談があります」

「……っ」

 

 びくりと、肩を震わせる初老の男性。彼自身も話は見えているのだろう、父は息も継がせず続けた。

 

「我々も身の振りを考えねばならない……そう言っているのです」

「既に死んだ一族の恥晒しが、ここに至ってまでご迷惑をおかけしたとは思えませんが……」

 

平身低頭に弁解するその様を見下ろす父は、そのまま静かに告げた。

 

「……我らは新田の門に降らせていただく」

 

沈黙。

まさかそれが意味することを分からぬ相手ではないだろう。故に彼はそのまま続ける。

 

「もちろん、すぐにとは言いません。当面は挙国一致、党利党略の出番はありません……しかし、20年先を見据えるとなると話は別だ」

 

 政府と議会は今、混乱の局地にある。

 たった3日、襲撃が続いたのはそれだけの期間。それでもたったのそれだけ彼らは数十の補欠選挙を実施させることを強要し、日本国民の抱いていた平和な時代への幻想を打ち砕いた。

 だからこそ、父は飯田家を率いるものとしての即決即断を叩きつける。

 

()()の覚えめでたく、10年先には総裁の座を仕留めるに違いない新田氏、幸いにしてこの飯田ケイスケも元自衛官、取り入る隙はいくらでもあります」

「で、では……」

「あぁそうだ」

 

 何かを言いかけた震える声、それが意味のある文字列に変わるのを制するように飯田家の当主は続ける。

 

「その新田が……なんでしたか、なんでも()()()()()()()()を用いているとかいう話がありましたな。久世(でじま)の分家も用いたと聞いている。あれは、やられないのですか」

 

 その言葉の意味を寸分の違いなく理解したであろう初老の男性は、だからこそ眼を僅かに見開く。

 肩を震わせ、先ほどまでの窺うような表情を怒りのそれへと変えて。

 

「それもこれも、全て彼奴(あやつ)が……!」

 

 父は今更、そのように家の不始末も自前で処理できないから手を引くのだとは説明しなかった。

 

「さて、()()()()()()()()()。兵庫に小さな牧場があるのですが、先日それをうちの競馬バカ(ハルヒデ)が買い取りましてな……ぜひ我々と深い縁で結ばれた瀬戸月さんに切り盛りして頂きたい」

「お待ちください、では北鎮は誰が担うというのですかッ!」

「言ったでしょう、新田の門に降ると」

 

 話はこれで終わりですと打ち切る父に、隠すことのできない絶望を顔に出す初老の男性。

 瀬戸月ファーム――――この国を霊的に守護する役目を担ってきた「蝦夷の瀬戸月家」が隠れ蓑にする牧場――――における売上の9割には飯田家が絡んでいるのだから、飯田が手を引くことはそのまま破滅を意味しているのだ。

 

 怒りや絶望が入り乱れ、足下すら覚束ない男性を見送り、父は深くため息をついた。

 

「まったく、少しは我が娘(ハルナ)のように言い返して欲しいものだ。そうすれば後ろめたさも覚えずに済むのだが」

 

 その言葉、その物言いに息子、飯田コウスケは眉をひそめた。

 

「……蝦夷の瀬戸月が関わっていないのは明白です。やりすぎでは」

「コウスケ、示しがつかんのだよ。手元(ひょうご)に置いておけば安芸の瀬戸月も文句は言うまい」

 

 保護者失格の風評(レッテル)だけは貼られたくないのだと続ける父親。家長としては正しいのであろうその判断に、息子は疑問を投げ掛ける。

 

「だから処罰すると、なんの関係もない蝦夷の瀬戸月を?」

「関係なくはないだろう。連座制も知らないのか?」

 

 現行法では認められていない処罰基準を持ち出す国会議員。

 だからこそ、息子は遵法性(そこ)には触れない。

 そもそも血の話をするのであれば、北方に暖簾分けをした安芸すらも罰しないのか……とも、口には出さなかった。

 

「……怨恨の連鎖にご留意ください」

()()()と瀬戸月に具体的な交流はない。大義名分にこそなれ、動機にはならんよ」

 

 大義名分になる、それが問題なのではないのか。心配事を察したのか、父は苦々しい表情を浮かべる。

 それはさも、自分の本職は研究であって右も左も知らぬ学生に教鞭を振るうことではないのだ、と宣う大学教授のようであった。

 

「瀬戸月ミナトは……あの忌まわしき第3分隊の司令は人柱に過ぎない。延々と太平洋の防衛線を拡充し、喉元に刃を突き立てるまで己が身の危険すらも知ろうとしなかったわが祖国のカナリアだったのだ。だからこそ、一石を投じる為に……死んでこその価値があるというもの」

 

 にも関わらず彼は()()()()()()と、そう父は断ずる。

 おかげで数え切れないほどの炭鉱夫が犠牲になったのだと断罪する。

 

「それは、あまりに非道ではありませんか?」

「非道? それは、彼の死を利用し国家の転覆を企てた者達にこそお似合いだろう。そして、お前も傷を負わされた」

 

 弾丸が抜け、処置はしてあるといえど擦れば嫌でも思い出す。同期の必死の叫びを。

 

『哨戒艦隊が何をしたっていうんだ。国を護るための英雄たちが何をしたと』

 

 そうだ、彼らは()()()()()()()()

 しかし炭鉱で啼かない(なにもしない)カナリアに飯を食わせる必要があるのかと、父はそう言っているのである。

 

「仮に……です。瀬戸月1佐と直接論ずる場があれば、このクーデターは行われなかったでしょうか」

 

 そう問いながらも、息子はその答えを知っていた。他でもない彼が、瀬戸月の信奉者となってしまった同期に突きつけている。

 

「米国崩れが日本を揺るがしかねない派閥を作ってしまった。瀬戸月は奴らにミクロネシアという土地を与えてしまった。その功罪は捨ておけんよ」

 

 国家を揺るがしかねない派閥。国家の統制下にあるべき暴力装置がその統制を外れることにより生じる勢力。

 

 

 それを軍閥と、歴史(ヒト)は呼ぶ。

 

 

 国家の行政能力を担保する軍権を握る遠征軍が中央の意向に背くことにより形成される国家から産まれた別の国家。

 その存在は歴史を見れば数多あり……また必ずしも中央と対立する存在ではなかった彼ら。

 とどのつまり、彼らが反乱を起こす(そうなる)まで追い込んだのが問題なのである。

 

「まるで、朝廷に唆された(みすてられた)義経公のようです。誰よりも頼朝に忠誠を誓い、誰よりも頼朝のために働いたというのに」

「だが最後には頼朝公(鎌倉の殿)の手で殺された」

「……彼を殺したのは日本という国そのものだったとでも?」

()()()。そして彼の信奉者によって復讐は成し遂げられた」

 

 そして何処かに彼らを唆した者が、策謀を巡らせた存在があるのだと、そう一族を預かる男は読みきってみせる。

 大したものだと、息子は穏やかでない心持ちで父親をみやる。()()()()()()()()()の彼は、まるで全てを見透しているかのよう。

 

「私の不手際です。申し訳ありません」

「いい、内戦は回避できた。政権の簒奪も起こらなかった、今はそれで満足している」

 

 今回の事件は防げるはずだった。それこそ未然に防がれるはずだった。

 それが上手く行かなかったのは、ひとえに信奉者たちが……信奉者に策を授けた者が上手だったというだけのこと。

 

 戦争とは始まる前から結果が見えているもの。深海棲艦などという()()に手一杯であった日本に、勝ちの目などなかったのだ。

 

「まぁ、精々気に病むことだな」

 

 だが、生真面目な息子はその「言い訳」を許さないだろう。計画を破綻させた人的理由を探すだろう。

 

 そしてその矛先が、己自身に向くことに疑いの余地はない。

 だから責めるなとは言わない。責任を取れと彼は口にする。

 

「幕僚長はハナから期待していない。だが将官会議には出られるようになっておけ」

 

 欲を言えば将官としての実績もあるといい、そんな無理難題を彼は平然と押し付ける。

 

「頃合いをみて代議士に転向、それが国防大臣への最短コースだ。元将官なら軍部も拒否する理由がないからな」

「私は軍人です、政治家には」

「お前は優しすぎる」

 

 ばっさり切り捨てた父の言葉に反論はない。それだけで十分だった。

 何十、何百万人の命が己の双肩に懸かっていると知ったとき――――震えたことだろう、我が息子よ。父は内心で語りかける。

 

 自分が見知りもしない他人の命を握る感覚など、知らずに済んだほうがマシだと、きっとお前はそう考えているに違いない。

だが、それでは駄目なのだ。

 

 なんのために教育を施したか忘れたと言わせるつもりはないと、父親は息子に語りかける。

 なんのためにお前を産んだか、知らないとは言わせないぞと、父親は息子に語りかける。

 

「責任を取りたまえ。お前が()()()()()()()()98万人を幸せにしてみせろ」

 

 我々は敗北したのだと、そう彼――――参議院議員の飯田ケイスケは息子に告げる。

 

「犠牲者のリストをみたか?見事なまでに調整役を刈り取られた。目立たぬ実務派もな」

 

 議会の混乱を生み出し、官僚(ぐんぶ)の優位を確立する。それが実行犯の目的だろうと、父は断ずる。

 政権転覆まで至れば、それは成功したのだろうが――――――そこまで考えを巡らせ、父はある仮定に辿り着く。

 もしも策を弄した者が「政権転覆までは至らせない」という筋書きを描いていたとすれば?この国を盗ることではなく、半身不随の国家を作りあげることが目的だとすれば?

 国家百年の計を語らぬ政治家に意味はない。銃口に怯え、国民の顔色しかみられなくなった政治の行く末は先の大戦が証明している。

 そしてそれにより、最も益を得るのは――――――そこまで考えた彼は、詮無きことだと思考の渦から這い出ることにした。

 根拠がひとつもない仮定、仮定に仮定を重ねた結論は目を曇らせるだけである。

 

 いずれにせよ、やるべきことは決まっていた。

 

「クーデターは成功した。ここから先は軍部が政治を動かすことになる。せめてもの慰めは、国民が軍部を信用していないことくらいか」

 

 だから軍部に食い込むことこそが最優先なのだと、軍部に国会、深海棲艦さえ抑えればあと十年は盤石だと父は息子に言う。

 

「軍部を掌握しろ。反瀬戸月、反クーデターを掲げれば主流派閥は取り込める」

 

 敵がいるなら利用しろと、その政治家は助言をする。

 

「そしてお前は英雄になれ。崩壊寸前の国軍を建て直し、忌むべき腐敗と責任転嫁を赦さない志士となるのだ」

 

 ――――――それは、貴方が言う叛逆者(せとづき)と同じ神輿に成れという事ですか。

 口には出さなかったが、意図は伝わっただろう。父は深い溜息を吐く。

 

「その甘さは武器だな。理想を口に出来ない政治家に価値はない……お前は政治家に向いているよ、コウスケ」

「……ひとつ、聞いてもよろしいですか」

 

 そして息子は、父親の顔をみた。

 

「我らの行いを傲慢とは、身の丈に合わぬ驕りとは思わないのですか」

 

 それはもしかすると、長年の疑問の発露であったのかもしれない。

 

「逆に聞くが、他の者に任せられるとでも?」

 

 瀬戸月が撒いた鮮血のカーペットを踏み歩くのは我々だと豪語する。

 

「これが飯田家(わが血族)の誇りだ。我が息子コウスケよ」

 

 強くあれと、父は子に願い(のろい)をかける。

 

 

 




 

 

 

 

 

〈2035年 日本国 東京〉

 

 

 

 

 そうして、あれから12年の歳月が過ぎた。

 

「……悔恨の極みです。私は、またも失敗した」

 

 ポートモレスビーの事件が「大規模な通信障害」として処理されてから幾月か、今なお議会に収まる父親に呼び出された息子が言うべき言葉は決まっていた。

 

「失敗した? クーデターは()()()起きなかったじゃないか」

 

 そして父親が息子にかける言葉も、当然このように決まっていた。

 本気で言っているのですかと息子が顔を歪めるところまで、父親にとっては予想の範疇であった。

 

「武装蜂起は止められたはずなんです」

「鎮圧騒ぎになってみろ。国防軍は現場に責任を押し付ける、むやみに特務艇艤装とその要員が喪われる、最前線は崩壊する……こういうのを、世の中では『踏んだり蹴ったり』というんだ」

 

 それはそうだろう。『子供』を追い込み武装蜂起を起こさせ、それを理由にして戦線の縮小整理を図る……それがあのポートモレスビーに描かれていた青写真だった。

 

「お前だって分かっているだろう。艦隊派は欲を出しすぎた。艦娘派、無人艦艇派……そして瀬戸月。全部を一網打尽にしようとした」

 

 

 艦娘が武装蜂起を主導する。

 その過程で無人艦艇のシステムが悪用される。

 

 そして武装蜂起の主導者は――――――ミクロネシアの英雄こと瀬戸月ミナトの娘。

 

 

「劇薬が過ぎる。もはや薬とは呼べん」

「しかし、これで軍内部の拮抗が崩壊します。もとより艦娘派優位な状況で、無人艦艇派が崩壊したんです」

「艦娘派なら崩壊してもよかったのか?」

 

 父親の問いかけに押し黙る息子。既に3つの桜を戴く国防海軍海将となっている息子に、父親は無感情な視線を投げ掛ける。

 

「仮にも中立派を名乗るなら、もう少し好き嫌いは隠しておけ」

「……中立派が肩入れして、辛うじて均衡が保てていたのですよ。父上」

 

 先般の新型DDH建造に向けての会議がその最たる例だろう。

 

 是が非でもと艦娘母艦建造を迫る艦娘派、一方の艦隊派に無人艦艇派は意見が割れ、艦娘派に対する満足な反論が成立していなかった。

 そもそも航空機を搭載するDDHの新型を検討しているのに艦娘母艦という言葉が飛び出すこと自体、国防海軍においていかに艦娘派の発言力が大きいかを示しているというもの。

 そしてその傾向は、ポートモレスビーの事件で確定的なものとなった。

 

今回の件(ポートモレスビー)で艦隊派も無人艦艇派も有効な策を講じることは出来なかった。これからの国防海軍は艦娘派の独壇場です」

「艦娘だけで何かが出来ると?」

「あなたは分かっていない」

 

 もう、12年前とは違うのだ。

 艦娘たちは着実に力をつけた。ミクロネシア戦役で瀬戸月が撒いた種は、確実に芽吹きはじめている。

 

「やはり、塩でも撒いておいた方がよかったかな」

「……雑草の駆除に塩を用いてどうするのですか」

 

 生物学上の父親に息子は小さくため息。

 塩なんて撒いたら最後、あらゆる草木は枯れ、建物は朽ち……今後数十、数百年は不毛の大地が広がることになるというのに。

 

「お、そろそろ始まるらしいな」

 

 それを無視してガラスの向こうへと視線を向ける父親。歓声に包まれる巨大な競馬場とこちらを隔てるのは、透明な全面ガラス張り。スタンドの上層階ということもあり、そのガラスは分厚く頼もしい。

 

「開戦世代の時代が終わる」

 

 そこに映し出された父親は、記憶より幾分かしぼんだように見えた。

 

「艦娘だけの話じゃない。政治家(わたし)も、軍官僚(おまえ)も間もなく引退だ。ここから先は後継者争いが始まる」

 

 息子は何も返さない。馬場に次々躍り出てくる4本足の動物を見下ろしながら、父親の言葉を耳にいれていく。

 

「偉大な父の子は偉大でなければならない。お前はそれに報いた。()()()お前にしか任せられない」

 

 

 次の衆院選に出馬しろ。

 

 

 端的に、息子の意思を問うこともなく。

 父はそう言いつけた。

 

「……拒否なさるとは思わなかったのですか」

「趣味がないんだろう。無趣味な老後は暇だろうに」

「先ほど『暇だ』と」

「辞めることにしたからな。アガリが見えれば心持ちも変わる」

 

 誰が聞いているとも分からぬ……とまでは言わずとも、決して密室でない場所で父はそう宣言する。

 

「新田先生は私に次の議長を任せてくれるらしい。彼なりの()()()()といったところか」

 

 もちろんそれだけではないだろう。政界における国会議員議長職は衆参問わず名誉職的な側面が強い。主戦派を自称する飯田ケイスケがその席に収まれば、彼の政界引退を内外にアピールすることが出来る。

 しかし、参議院議長は昨年(2034)夏の参院選後に交代したばかり。そして昨年選挙で改選されていない飯田ケイスケが参議院議長になるということは、少なくともあとあと一回当選して任期を全うするということになる。

 

 要するに、これは恐らく「引退を勧められた飯田ケイスケ」の「回答」。

 最低でもあと8年、政界に居座るつもりだぞと。そういう宣言なのだろう。

 

「……」

 

 間もなく還暦を迎える息子からしてみれば、年齢からして引退してもいいのでは? と言いたいところだが……。

 

 分かるな? と父の眼が語りかけてくる。なぜこのタイミングで引退を、すなわち2037年の任期満了を以て出馬を取り止めることを打診されたのか。

 

「確信があるのですね?」

「勘だ。根拠はない。だが()()するなら次の衆院選が締め切り(デッドライン)だな」

 

 

 窓ガラスの向こうの熱がにわかに高まる。ファンファーレの音色が熱気を調律し、歓声と拍手が曇天の東京競馬場に広がっていく。

 

 結果は分からない。

 しかし勝負が決まるのは、いつだって一瞬だ。

 

 

 

 

 

 

 

 




 飯田コウスケ(孝介)をはじめとする飯田家のキャラクターは、拙作「模倣の決号作戦(連載停止)」およびそれを下敷きとする同人誌にも登場するオリキャラです。
 一応、作者お気に入りのキャラと言うことになるのかな? とは思うのですが、どうしても「便利だから使っている」感じが否めない。

 代弁者なんですよね。今回の書き下ろしにおける彼らの役割って。


 来週はアンケートにて受け付けました本作に関する設定解説を公開する予定です。
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