〈2024年 長野県 信濃川流域〉
その日の無線は、いつもよりも雑音が多かった。
「ホワイトスワンよりCP、こちら現場――――――」
海域、と言いかけた舌を噛む。このバカ舌め、言葉には気をつけろ。
「――――――現場
『CPよりホワイトスワン、問題ない。貴艦の位置情報は衛星で把握している。そこからおよそ400m先、まだ流されていない民家があるはずだ。確認できるか?』
思わず悪態を吐きかける。この無線はヒトの話を聞いていたのだろうか?
「繰り返すが視界不良。五寸先も見えない」
目の前に広がるのは雨のカーテン。重力に惹かれて無数に落着するその滴たちは、無駄に光を反射して数メートル先すらも覆い隠してしまう。
『了解。それでは誘導する。国道沿いに直進し三個先の角を右に。国道から逸れるな、座礁の危険がある』
「……いやだから、どこが国道なんだよって話なんですが?」
豪雨災害、という言葉が当たり前のように――――それこそ、深海棲艦絡みの災害よりも多く――――聞かれるようになってから随分と経った。深海棲艦は純然たる軍事力で押し返せばいいが雨雲となるとそうはいかない。
泥水に浸かった信号機を視認、一つ目の交差点を通過。
……浸水は2m、いや3m? いくらんでも、これは酷すぎる。
「どーせそこに居るんでしょうから言わせて頂きますがね、少佐殿は艦娘使いが荒すぎます。こんな天気で動員された日にゃ、私はおかしくなってしまいますよ」
『口を慎めホワイトスワン、貴様は任務の遂行だけを考えろ』
「おっと、お疲れ様です少佐殿」
しれっと回線に割り込んでくる『少佐』。そのどこか苛立っているようにも聞こえる声色が、回線の向こうでふんぞり返る彼女の仏頂面を想像させる。
「こっちは
向こうで鼻が鳴ったのを聞き、私は推進器の出力を上げる。先ほど『少佐』は任務の遂行だけを考えろと言ったが、遂行さえしていれば雑談程度は許されるだろう。
「それにしても珍しいですね。少佐が我ら下々の働きを直接ご覧遊ばされるとは……やはり今回は『黒鳥』絡みですか」
部隊長の彼女がウォッチしているとなると、やはりこの任務は重要なのモノなのだろう。『少佐』にとって重要な案件となると「黒鳥」ぐらいしか思い浮かばない。
ところが彼女は、私の想像を鼻で嗤った。
『馬鹿だな貴様。こんな豪雨で「黒鳥」が飛べるとでも?』
「
『悪いけど言葉遊びには付き合わないわよ。あと200m、事前情報だと街路樹が一部車道にせり出している。注意しろ』
雑談と周辺情報を織り交ぜた「少佐」の声が無線に乗る。知ってのとおり、この国に少佐という階級は存在しない。本来ならば3佐と呼ぶべきところ。
「はいはいっ、と……前方に目標らしき民家を視認。屋根の上に人影」
『速やかに確保しろ』
この任務に文句はない。
豪雨災害、取り残された市民の救出。
私たち特務神祇官、「艤装」と呼ばれる小型一人乗りの艦艇を操る特技兵の面目躍如。
ただ、この水害には上流ダムの崩落が関わっている。ただそれだけで、ヤツの影がチラついて仕方が無い。
知性を持つ、恐るべき
総理を暗殺し、軍の上層部を皆殺しにして、国中を恐怖のどん底に陥れた存在。
ヤツを倒すまで、私の戦いは終わらない。
ウワサを聞いた。それは取るに足らないウワサ。
だけれども、どうしてこんなに。心揺さぶられてしまうのだろうか。
「艦娘は歳をとらない?」
その日は珍しく、休憩室で艦娘の話題が出た。
「おうよ。艦娘は若いもんばっかりだろ? だから歳を取らないんじゃないかって」
「ふーん」
興味なさげに生返事を返すのは1個上の先輩。賭け事が大好きで、なんにでも本気で取り組むのだが……どうも実利が、自分が損するか得するかの瀬戸際に立たないとやる気が起きないのだとぼやいているサボりの常習犯。
「なんだい興味ないのかよ。歳を取らないってことは不死身ってことだぞ?」
歳を取らないからといって不死身という理屈はおかしいだろう。よく分からないことを言うのは健康に目がないライン長。先週も新しいサプリメントを買ったとか自慢していたから、まさかその話も健康絡みの話題だと思っているのだろうか。
「不死身ねぇ。まあ昔は興味あったよな」
「人間死ぬときに死ぬのが一番よ」
「まあしかし、その話が本当なら政府は色々隠してるってことになるよな?」
話題が欲しいのだろう。コロコロと主題を変えながら話は続いていく。
彼らにとっては、艦娘の話題――――つまるところ安全保障の話題――――も、昼食のデザートに添えるようなものでしかない。それはもちろん、分かってはいたけれど。
「――――――そういえば、お前さん艦娘と付き合ってたよな? どうだった?」
ほらきた。ため息を吐きそうになる本音を押さえ込んで、笑顔を作る。
「いや。分かりませんよ。だって本当に、短い付き合いでしたから」
この街は、海からあまりに遠い。
電車で何分だとか、自動車で何分という話ではない。深海棲艦なんてバケモノに海を占領されても、海が山の向こうときては実感がわかないのだ。
ただそれでも、この部屋にはつい最近まで――――もっとも、もはや最近だったような錯覚を覚えるだけだが――――潮の香りが充満していた。
信じて貰えるだろうか。まあどだい無理な話だろう。
なにせ今の部屋はヒドいモノだ。生活用品が散乱し、それでいて汚れきっていない――――――使われていないが故の汚さを誇る部屋。こんな場所に、容姿端麗な艦娘が居座っていたなんて、誰が信じるものだろうか。そして実際のところ、よく分かっていないのだ。
なぜ彼女と付き合えていたのか、どうして彼女が興味を持ってくれたのか。
始まりは、本当に突然だった。
「へえ。上手いじゃん」
それは、海沿いの街に出張で行ったときのこと。あの山に囲まれた街がそんなに好きではなかった私は、こういった出張をいつも楽しみにしていた。
それは知らない景色に出会うため。まだ見ぬ景色を切り取って、何かの足しにするため。何の足しになるのかは分かっていない。そのくらいにあの頃の人生は、目標と呼ぶべきモノのないつまらないモノで。
「なにそれ? 写生してる感じ? アタシにもみせてよ」
半ば強引に見られたそのスケッチブックに詰め込まれたのは――――――そんな半生の写し絵。それを彼女はまじまじと眺めて、それからニヤリと笑う。
「いいね、これ。特にここに書き込まれたヤツとか」
彼女はどうやら、写生に埋め込まれた空想上のオブジェクトが気に入ったらしかった。なかなか変わった趣味だなと――――自分のことは棚に上げて――――思ったのはよく覚えている。
そこから先は、なんというか。光陰矢のごとしとでも言えばいいのか。
嗚呼。
「本当に、あっという間だったな」
よろよろと、疲れた身体を労るように床へと座り込む。やるべき事は山積みだ。
近所のスーパーで買ってきた割引シール付の惣菜を温める。
温めたら炊飯器の中で眠っている白米を取り出して一緒に腹に収める。
食休みが済んだから着替えを用意して……風呂を張るのは面倒だから、今日は銭湯にでも行こうか。
そんなことを考える。
考えても、身体が動いてくれるわけではない。
『もっとシャキッとしなさいよ』
彼女がいれば、そんな風に言うだろうか。
あの頃は毎週末に向けて整理整頓していた部屋も、今ではがらんどうになってしまってゴミばかりが溜まっている。
本当に、短い間の出来事だったのだ。
年にすると何年だろうか。
3年?
……いや、コミマが四回だから長くて2年半か。
そう思いながらカレンダーに目を遣れば、もう間もなくコミマの開催日だということに気付く。
「艦娘になる前はさ。漫画なんて描いてみようなんて思わなかったんだ」
ふと、目の前に放置された
「なんていうの? インプットが増えたっていうかさ。自分の中に集まったものをうりゃ~って吐き出したくなる感じなんだよね」
それは、世の中で言うところの創作論。
インプットにアウトプット、プロレタリア文学とエンタテイメントの違い、売れる作品と名作の違い……およそ枚挙に暇のない数の議題を並べて、眠れない夜を過ごしたこともあった。
それらの想い出を振り返って、ふと思う。
そういえば、二人の関係はなんと表せばよかったのだろうか、と。
昼休憩で同僚や先輩達は「付き合っている」と言ったが、あれはこの特殊な関係を説明するのが難しかったから。
「なあ、俺たちは付き合ってたのか」
それならどうして、いきなり消えたりしたんだ。そんな次の句を用意して、口から疑問が飛び出す。それは炬燵で温まる幻影に突き刺さって、そのまま抜けて――――――
「うーん? その答えは、コミマにあると思うよ?」
そんな返事を、影が返した。
山の中で生きていく分には、海を見なくても済む。もちろん近所のスーパーには鮮魚や寿司が並ぶけれど、それらに海を結びつける要素はない。
実のところ、彼女に会うまでは戦争が起きているかどうかも疑っていたのだ。
なにせ魚は普通に売っている。
電気も水道も、ガスだってちゃんと通っている。
ガソリンは確かに値上がりしたが、それすらも許容範囲での値上がりでしかなくて。
そんな非現実だった戦争を、彼女はこの
「――――――いってきます」
そう、誰にでもなく宣言して扉を閉じる。
一昔前、ただいまおかえりと冗談半分に言い合った声は聞こえてこない。それを知って、大地を踏みしめる。
久しぶりだけれど大丈夫だろうか。
ちゃんと装備は一式持っただろうか。
買う予定のリストは?
サークルチェックは?
ご挨拶の品は?
そんなことを確認しながら駅に着く。さてここから会場まで何時間だろう。
まばらな乗客を抱えた車内を広く感じて仕方がない。ああそうだ、会場に着くまでの時間。彼女とずっと話していたんだっけ。あまりにも他愛のない話で、もう内容もすっかり忘れてしまった。
「でもそれでも、私たちはここで一緒に居たんだよ」
ドアの向こう、小さな硝子窓の向こうで彼女が微笑む。
そうだ、キミは艦娘で、つまるところ軍人だから頑なに座ろうとしなかったんだったな。
だんだんと座席が埋まっていく車内で、満員になるまでずっとドアの脇に立っていたんだったな。
まるで記憶を辿るように、車両の中にヒトが詰め込まれていく。
座席が埋まり、つり革が埋まり……そしてやがて、両脇に大荷物。あれと呟くと、彼女はまた笑う。
「なーに惚けてるのさ。そりゃ新刊もってかないとコミマ始まらないでしょ?」
なるほど、それもそうかと納得したところで列車が止まる。
待ってましたと言わんばかりに駆け下りていく乗客達。
それを追うように、大荷物を抱えて歩いて行く。はっきり言って歩きづらい。
どう考えても持つべきでない荷物の量、どう考えても適切ではない荷物の量。
恐らくその殆どを送り返すのであろうという確信に似た予感を抱いて、逆三角形が象徴的なコミマの会場へと足を運ぶ。
不思議な関係だった。国の守護神たる艦娘と、どこにでもいる工場労働者。
そんな二人が、コミマなんていうアマチュア同人誌の即売会へと向かっている。
一緒に肩をならべて、歩幅を合わせて。
「ねえ。コミマは楽しかった?」
どうだろう。楽しかったような気もするし、そうでなかったような気もする。
もうアレが中止になってから2年も経つのだ。忘れもするよ。
「また機会があったら、やりたいと思う?」
そんなことを彼女が聞く。2年経っても彼女の顔は昔のまま。なるほど確かに、艦娘は歳を取らないなんて噂が出回るわけだと、妙な納得をしてしまう。
「ああ、でも。違うんだよ」
そう声に出す。何もかも整合性がとれていない世界で、自分だけが思い通りに動けている――――動けているのは、口だけだったけれど――――のが妙に安心する。
「コミマそのものが楽しかった訳じゃないんだ。コミマに至るまでが」
至るまでが楽しかったんだ。その言葉を聞いた彼女は無言で頷く。
そうだ。朝霧が晴れるように記憶が明瞭になっていく。彼女とは確かにパートナーだったけれど、それは創作のパートナーだった。少なくとも、出発点はそうだった。
毎週のように集まった。軍隊の寮じゃ出来ることが限られるとか言って、隙をみつけては家に入り浸っていた。段々と二人は様々なパートナーを兼任するようになっていったけれど、それでも大前提は変わらなかった。
「なあ、昔に戻れないのか」
口を突いて出た答えは、少なくとも彼女に解決できる問題ではない。
覆水盆に返らず。既に終わってしまったものを、元の鞘に収めることは叶わない。
「うーん、どうだろうね?」
それなのに、彼女は言うのだ。
期待させるような素振りで、思わせぶりな言葉を使って。
「その答えは、コミマにあると思うよ?」
「……夢、か」
奇妙な。それでいていやに現実感のある夢だった。
まるで自分の記憶を
「コミマにある、か……」
そして布団から眺めるカレンダーには、確かに開催の迫ったコミマの日程が記されているのだった。
来てしまった。
彼女が去ってから、ずっと離れていた場所に。来てしまった。
『それでは、ただいまより――――――』
「列とぉりまあぁす!」
「走らないで! 走らないで!」
喧騒だ。喧騒が巨大な空間を占領している。
それは行き場を喪った熱のようで、そこら中に並べられた本やグッズが、誰かの情熱を加工して変換した証明になる。
彼女は、この空間の何が好きだったんだろう。
机と机の間を彷徨うように歩いて行く。目につく派手な本はいくつも見た。しかしどうにも、心に来ない。
なぜだろうと自問する。とっくに気付いている答えから目を逸らしながら。
並ぶ本、本、本。
コミマはあらゆる創作物が存在を許される場所。
ゲームや音楽を収めたCDーROMが並び、よく持ち込んだなと思ってしまうくらい大きな液晶画面にサンプルと思しき動画が表示されている。
それでも探しているのは、結局の所。彼女の横顔だけ。
歩きながらに思う。
自分はなんて、つまらない人間になったのだろうと。
その実、昔はこれでも結構真面目な参加者だったのだ。
買い物リストを編集し、会場地図と付き合わせながら巡回順序を定めて、必要があれば他の友人達にも依頼を回して。これでも結構、楽しんでいたつもりなのだ。
それなのにどうして、こうもやる気が出ないのだろう。
どの机に並んでいるモノも代わり映えしない量産品のように見えて、少し興味を引かれた頒布物はなんだか何時かみたような出来映えで。
「ああ、つまらないな」
そりゃそうだ。夢で答えに辿り着いているのだから。
「そっか、残念」
ふと、そんな――――――酷く懐かしい声が――――――聞こえた気がした。
「ここに結構、いやかなーり面白い本。あるんだけどな」
考えるより早く、身体が動いていた。どうして気付かなかったのだろう。服装も髪型も、なんなら顔の形までも少し違う。だけれどこの声は彼女だ。
「さっ、そこのお兄さん。新刊ひとつ、持っていきませんか?」
「あっ、えっと……」
それから値札を探すために視線を這わせるけれど、値札らしき表はどこにも見当たらない。
おかしいなと思いつつ財布を取り出そうとすると、今度はその財布がない。何処かに落としたかと辺りを見回せば、今度はその「辺り」が消えてしまう。
「えっ、あれ?」
「ん? お金がないんです? だったら新刊交換しましょうよ」
その言葉の意味を理解するのに、ほんの少しだけ時間を要したのは仕方のないことだったと思う。なにせ新刊なんて持っていなかったし、交換なんてのも、しばらくしてこなかったから。
「いやでも。私新刊もってなくて……」
「? 何言ってるんです? そこにあるじゃないですか」
言われてみると、何故か新刊が手元にあった。まるで誰かに渡すためのように、綺麗な包装紙にまで丁寧に包まれている。
まるで夢のよう――――――それとも、ここもまだ。夢の続きなのだろうか。
ああ、それでも。
「はい、じゃあ交換ね! いつもありがとう」
新刊を手渡してくる彼女の笑顔は、とても素敵で。
彼女が本物なら、後は全部偽物でもいいやと、そう思えるほどで。
「……いつも、お疲れ様です」
そんな言葉と共に、新刊が交換される。
そして、世界が――――――弾ける。
とっても、懐かしい夢を見た。
昼下がりのこと。大陸で少し流行ったらしい新種の
自宅待機を命じられた私は、机につっぷして考えていたのだ。
休みはいい。どうせ働きづめだったのだから、むしろ丁度いいくらい。
自宅で待機するのも構わない。私はパチンコとか麻雀に精を出すタイプじゃなかったし、むしろどっちかと言えば家でやりたいことが沢山ある人間だから。
「でもまさか……こんなにヒマだなんてね」
ぐるりと、そんなに大きくないはずの部屋を見回す。いつもは二人で場所を譲り合いながら使っている部屋も、一人になってしまえば妙に広くて落ち着かない。
でも、退屈の一番の理由は――――――そうではなくて。
「あはは、私。思ったよりもアイツのこと、好きなんだな」
口に出してみた言葉は思った以上に重たい。口から出切らなかった言葉が喉まで降って、身体の中へと落ちていく。
暖房が切れているせいだろうか。心なしか寒い。
春先のはずなのに、外では大雪が降っている。
「ねえ、寂しいよ」
返事はない。返事はなくて…………。
突然、頬にあったかいもの触れた。
「何が寂しいって?」
「うひゃあ!」
慌てて飛び退く私を見越してか、彼はパッとマグカップを逃がして回避。
「……ちょっと、脅かさないでよね」
「はは、ごめんごめん」
反省してなさそうな調子で笑う彼。まったくもう勘弁してよと私が言えば、彼は暖房のスイッチに手を掛けながら続ける。
「暖房もつけずに寒い寒い言ってるから、大丈夫かと心配したんだぞ。そしたら変なこと言い始めるし――――――」
「ちょっと待った! もしかして、もしかすると聞いてた感じ?」
「さぁどうだかなぁ?」
「うっわ! それ絶対聞いてるヤツじゃん!」
あははと笑った彼。私はああちくしょう覚えてろよと、ペンを手に取る。
それは文明の利器。パソコン接続の液晶ペンタブを動かす魔法の杖。
「それで? 進捗はいかがですか、先生?」
「誰かさんが居てくれないお陰で、ミゴト
それは大変だと笑う彼。手伝ってよねと
「さーて、こっから追い込みますよ! アシストよろしくね!」
「おうよ。任せとけ」
春先の大雪。
明けない冬の季節だけれど――――――今だけは、春が訪れている。
ねえ、でも。知ってる?
この世界は、もう。
とっくの、むかしに。どうしようもないくらい。
おかしくなって、しまっているんだってコト。
「おはよう。たのしかった?」
真っ白な天井。冬を思わせる景色に、私は想わず身震い。
けれど身体の周囲には加熱器が張り巡らされていて、身体は重い。
「……彼、元気でしたよ。今回はココアを入れてくれました」
そう報告する私に「少佐」は微笑む。
「モニタリングでは、カップの中までは見えなかったけれど」
「いつもココアだったんですよ。原稿がヤバいときはいつもそう」
そんな私に「少佐」が向けるのは、果たして哀れみだろうか。
「霊力の補給は上手くいってるみたいよ。良かったわね」
よかった、か。私はそっとため息。
「でも、もう随分と真っ白になってしまいましたよ。彼の世界は」
というか驚いたんですけれど、
「戦争は、技術を10年分は押し上げると言われているわ。今の私たちはさながら浦島太郎みたいなものだし、あながち間違いでもないんじゃない?」
「いやだなぁ。若作りなのはもう
それに、と言いかけた私を「少佐」は遮る。
「ヤツが帰ってくる」
「…………」
そうか。ついに、来てしまったか。
私は彼の寝そべるベットを眺める。
彼を物理的に生かすための点滴、各種生命維持装置。
それを繋いでも尚弱っていくばかりの魂を支えるための、私の
「ねえ、はやく目覚めてよ。私、ずっと待ってるんだからさ」
そう問いかけても、返事はない。返事のないまま、もう何年もの月日が過ぎた。
「感傷に浸る時間は終わりだぞ、
そしてその声が、私を現実へと引き戻す。
「…………分かっていますよ『少佐』」
本当に、早く目覚めてほしいものだ。
そうしなければ――――――私の
「それで。私はどうするんです?」
「当面は『彼女』のさせたいようにさせてやれ。ヤツには『彼女』の親友が導いてくれる」
「『少佐』はそれで良いので?」
私の問いに、愚問とばかりに肩を竦めるだけの『少佐』。そうだろう、未練たらたらの私と違って、あなたは全部捨てられる人だ。
そうやって自分のことは全部捨てて、護ろうとしてきたヒトだ。
立派だとは、思う。
けれど私は、到底あなたみたいにはなれないと思う。
なりたいとも、もちろん思わない。
「安心しろ。彼の命は繋いでおく……それを生かせるかどうかは、あなた次第だけれど」
「ええ。契約は続行でお願いしますよ『少佐』」
この国に少佐という階級は存在しない。
この国に少佐の居る場所は存在しない。
それは少佐と契約を結ぶ「私」にも、同じ事。
ああ、けれど。
あなたにお別れも言ってないのに。
とても苦しくて、出来ない。