舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第108話 智に働けば角が立つ

 国防省ビルA棟の某所で、今日も今日とて立て付けの悪い扉が音を立てて開く。

 

 

「おはようございます」

 

 

 国防省大臣官房監査課行動係の朝は早い。なぜなら、構成部員の約半数が通勤時間ゼロ分だからである。

 その半数を占める瀬戸月ヒナタ――――駆逐艦〈陽炎〉は鞄からラジオを取り出すと自らに割り当てられたデスクの上にセット、電源を入れると聞き慣れた体操の歌が流れ出す。

 

 ブラインドを上げれば東京の街並みに反射した朝日が差し込み、それを全身に浴びるようにしながら朝の体操をこなしていく。

 陽炎がこのように早朝出勤に勤しむのは彼女が勤勉な国防軍人だから……ではない。この朝の時間こそ、彼女に許された数少ない自由時間だからである。

 

 

「いっちに、さんし……」

「いやー、精が出るねぇ陽炎ちゃん」

「当たり前です。毎朝のルーティーンなんですから」

 

 それに、課業開始までずっと陽の差し込まない()()に押し込められているようでは息も詰まるというもの。

 

「ということはこの部屋には盗聴器の類いはないんだ?」

「いくら監視対象がいるからといって職場に盗聴器を設置するのは現実的ではないですよ。それは『悪しき前例』を作ることになります」

「ま、確かに()()()()()()()相手なんかに前例は作りたくないか……ここら辺は国防軍(わたしたち)の官僚()()()()()主義に感謝しなくちゃね」

 

 ラジオ体操を終えた陽炎。彼女は併設されている駐屯地の食堂――国防省ビルが林立する市ヶ谷地区は国家枢要の防御拠点としても機能しており、陸空軍の部隊が駐留している――まで軽く走る。

 

「前から考えてるんだけれど、陸と空の食堂往復したら2回食べられないかな?」

「幹部とは思えないケチな発想ですね。ちなみにそれ、以前問題になって処分下ってますから」

「へーそうなの」

 

 

「…………というか」

 

 

 そのような調子で幹部食堂で朝食をかき込んでいた陽炎は、ようやく隣に座る謎の人物へと目を向けた。

 

 それは陽炎と同じ海軍の幹部制服。

 波飛沫へと舞い降りる錨に落下傘の水上空挺徽章が示すのは精鋭たる証。

 歴戦を示して余りある略綬がはち切れんばかりに膨らんだ胸部――本人曰く「被弾面積が増えて困っちゃう」と悩みの種であるらしいが、本当なのかは疑わしいところ――にずらりと並ぶ。

 

 陽炎としては本当は、心の底から無視したい相手なのだが。ここまで付きまとわれてはもはや無視することも叶わないであろう。

 

「なんでここにいるんですか?」

 

 陽炎の問いに、相対する豊満な体つきの彼女が両人差し指を頬へと当てる。

 

「なぜって、そりゃ……私が艦娘だから?」

「ぶりっ子ぶっても無駄ですからね」

 

 丸顔寄り、僅かに垂れた眼。血色のいい肌。そして極めつけは左右に流した黒髪を房としてまとめた典型的なツインテール。

 そんな顔を備える彼女が指で頬を指せばそれはもう「絵」になる。

 

「えぇ~? 別にいいじゃんねえ。駐屯地に艦娘はいるもんだし」

 

 そしてこの甘ったるいしゃべり口調。どんなに首の下に厳つい略綬が並ぼうとも、多くの男性は、いや女性ですらもその顔立ちと胸に目がいってしまう。霊力再生とメイクで誤魔化しているとしても、ここまでくると一種の芸術だろう。

 そしてこのヒトは息を吐くようにそのポテンシャルを活用するのだ。これは時代が流転しても変わらないのだろうと陽炎は思っている。

 

「それで、なんでここにいるんですか?」

「いや、だから私が艦娘だからって……あーはいはい分かった分かった」

 

 答えりゃいいんでしょと、なぜか投げやりな調子で言われる。彼女はただでさえ主張の激しい胸部を陽炎に突き出すように張ると、威勢の良い調子で言ってのける。

 

「私、この片桐アオイはね……あなたの援護に来たのよ!」

「……陥れに来たの間違いじゃないですか?」

「ヒドくない⁉」

 

 大げさに天井を仰いでみせる片桐。国防軍の一等海佐である彼女は、陽炎が引き起こしたポートモレスビー事件の関係者だ。

 

「だいたい、片桐1佐はなんでお咎めなしなんですか」

「国防軍は命を張った者こそを優遇するんだよ。陽炎ちゃん」

「……命を張った?」

「あれ忘れちゃった? わたしってば主犯に銃で脅されたんだけど。やーん怖い」

「…………」

 

 保身の鬼め。

 

 陽炎はほとんど空になった朝食のトレイへと視線を戻す。わずかにこびり付いたご飯粒を箸でつまむようにして、納得のいかない心をなだめる。

 主犯側に回って状況を制御しようとした陽炎に対して、片桐のとった行動は被害者ぶることであった。本当はクーデターの件を事前に察知していたことはもちろん、それを力尽くで鎮圧する手段すら用意していた。

 

 

『殺せるもんなら、殺してみなさいよ』

 

 

 しかし片桐は土壇場で動かなかった。

 陽炎の動きを止めることすら……それ自体は陽炎の脅迫により出来なかったのだが、その後の処理を見ていると体よく責任の全てを陽炎に押しつけたともとれる。

 

「あいつらを撃てるくらいに残酷なら、あなたも苦労しなかったのにね」

 

 そうすれば、全部私がやってあげたのに。

 

 片桐の言葉は聞き流す。

 2年前のあの日、あの場所で、陽炎が武装蜂起(クーデター)を防ぐどころか起こす側へと回ったのは()()()()()()()()()だった。

 

 回避が絶望的となったあの戦場で、せめて死傷者を出さないためについた苦し紛れの嘘――――国防軍が陽炎を「飼い殺す」選択肢をとったのも、そんな綻びだらけの嘘と辻褄を合わせようとしているから。

 

 なにもかも、全部ウソだらけ。それが国防軍の現実であった。

 

「とにかく。査問会が開催されるなら私はそれで満足。1佐の口添えは結構です」

「口添えだなんて、私は真っ当な証人として陽炎ちゃんを援護しようと」

「あなたの援護が『真っ当』だったことなんてないでしょうに」

「うーん。それはそうかも……あ、ちょっとちょっと! まってまって!」

 

 背後で慌てて片付ける気配を聞きながら、陽炎は食堂を後にする。片桐はすぐに追いついてきた。

 

「いいじゃない証人になってあげるんだからさ。陽炎ちゃんだってこんな状態早く脱したいでしょ?」

「それはそうですが、1佐に私をどうこうできる権限はないでしょうに」

「や、それはそうなんだけれど……でもほら、出来ることは色々あるでしょ?」

「本当にやめてください。小河原海将補には奥さんが張り付いてます。1佐のやりかただと却って心証を損ねますから」

「海将補なんて実行部隊(したっぱ)に突っ込んでどうするのよ、私が狙うのはもっと()に決まってるでしょ?」

「ですから、そういうのを止めてくださいと言っているんです」

「堅い、堅すぎるよ陽炎ちゃん! そんなんで勝てると思っているの?」

 

 片桐は嘆くような素振りで陽炎の前に躍り出る。

 

「勝つも負けるもありません」

「もっと単純に考えよう。陽炎ちゃんは前線に復帰したい、これはオーケー?」

「当然です」

 

 陽炎は焦っていた。

 なにせこの厳重な――下手をしなくともいくつかの基本的人権を侵害していそうな――監視下に置かれてから既に2年、空費してはならない時間を彼女は喪っている。その間にも国防軍は、艦娘は戦い続けている。

 

「深海棲艦は相手が『子供』であろうが真っ当な日本人であろうが見境なく命を奪っていく」

 

 今この瞬間も、陽炎の戦友たちは戦い続けているというのに。

 電話越しにしか話すことの許されない彼女たちが、いつ散ってしまうかもしれないのに、指を咥えて見ていることしか出来ない。

 

 それが不甲斐なかった。悔しかった。

 だからこそ彼女の中には焦りが募る。

 

「どうして私がこんな風に留め置かれなきゃいけないっていうんですか」

「……そうね。ひと言で説明するなら、残酷だけれど――――」

 

 片桐はそこでいったん言葉を切ると、まっすぐに陽炎の眼を見てひと言。

 

「陽炎ちゃんの適性が低いからよ。貴女を全線に出すリスクは、戦果(リターン)に見合わない」

「……えぇ、知っています。知っていますとも」

 

 そしてそれは、片桐1佐が既に復帰していることの理由でもある。

 

 あの武装蜂起の起きたポートモレスビーに、片桐1佐は分遣隊副司令として務めていた。当然ながら反乱を防げなかった責任は重大。しかし彼女には降格処分どころか懲戒処分すら下っていない。

 

「『理由』なんていくらでもでっち上げられるの。でも、それが出来ない。私ってば天才だからね、必要とされてるんだな~」

「本当の天才なら、上層部に取り入ろうなんてしないのでは?」

「おっと手厳しい。でも正解、本当の天才は上層部に取り入ろうなんてしない。自分の力だけで全てを手に入れる」

 

 私に言わせればそれは最悪の選択なんだけれどね。片桐は付け足すように言って笑ってから、言葉を繋ぐ。

 

「真面目な話をすると、厚遇されているのは陽炎ちゃんの方なんだよね」

「私がですか? まさか」

「不思議な話でもないわよ。私は職責さえ与えなければいいけれど、陽炎ちゃんは『再発』の危険性があるわけだし……」

 

 片桐の表情は笑っているようには見えなかった。少なくとも、陽炎の認識では。

 

「やばいんだよね。ポートモレスビーは小火(ぼや)で済んだ。けれど次は? その次は?」

 

 緒戦における急激な戦線拡大、ミクロネシアでの大敗北、そして20年に渡る戦線の維持……日本は常に艦娘不足に悩まされてきていた。だからこそ艦娘としての適性が高い「子供」たちを外部から補充する必要があった。

 しかしそれは国家ぐるみの人身売買、もしくは拉致行為に手を染めるということ。

 

 だからこそ情報は徹底的に隠匿され、全容が明らかにならないように分散された。

 

「私たちは『子供』たちの全容を知らない。孤児院とかで育てられたなら把握しやすいでしょうけれど、陽炎ちゃんみたいに里親によって育てられた場合は……」

「私みたいに、養子である事実自体が抹消されている?」

 

 片桐は首肯。それから空を仰ぐ。

 

「つまり、陽炎ちゃんの脅しはまさに国家の根幹を揺るがす問題だったってワケ。艦娘が『子供』によって成立しているだけなら()()()()なの」

 

 

 もしも『子供』が民間の労働者としても「供給」されていたとしたら?

 

 移民を、難民ですらも受け入れを拒んできたこの国が、労働者として必要な『子供』だけを搾取していたとしたら?

 

 

「あくまで仮定の話よ。でもそれが明らかになったら最後、地獄の釜が開く」

 

 だからこそ陽炎は「厚遇」されているのだと片桐は言う。しかしそれでは、このタイミングで査問会が開かれた理由が分からない。当事者としては不本意であるだろうが、陽炎だって自分のことを()()()世間から隔離するのが正解なのは理解していた。

 

「でもそれなら」

「言わせないわよ。そんなこと、私が許すわけないじゃない」

 

 片桐の眼に宿っていたのは、おそらく怒気。そして陽炎は、彼女がそこまで怒る理由を理解できない。

 

 片桐にとって陽炎とは、目にかけた一人の部下で。

 可哀想な『子供』の一人で。

 それ以上の存在ではないはずなのに。

 

 そんな自分に言い聞かせるような陽炎の内心を知って知らず、片桐は言葉を紡ぐ。

 

「いい? 私はいい人なんかじゃないから、貴女みたいに全部の『子供』を守ろうとは思わない。けれど貴女は特別なの」

 

 特別。

 嬉しくもない言葉だ。

 

 海将補も目の前の片桐も、どうしてか陽炎のことを「特別」にしたがる。

 それが陽炎にとってどれだけ不本意で不愉快なのか知っているだろうに、彼らはみんな陽炎を特別扱いする。

 

「なにせ貴女は、アイツの娘なんだから」

「……また、瀬戸月1佐の話ですか」

 

 陽炎とて分かってはいたが、この問題の根の深さに感嘆するしかない。

 

 瀬戸月ハルカ1等海佐――――〈陽炎〉艇長である瀬戸月ヒナタの義理の母親。

 

「天才だったよ。それで、深海棲艦を倒すことしか頭にないようなヤツだった」

 

 貴女と一緒ね、と片桐は呆れるように言う。実際、信じられないくらい似てしまったものだと陽炎も思う。

 

「私を愚かだと思いますか」

「まさか。陽炎ちゃんは針の穴を通すような『最適解』をあの土壇場で編み出してみせた。きっとお母さんも誇りに思っているはずよ。いつか褒めてもらいなさい」

 

 私には褒める権利がないからと、そう片桐は言外に告げるのだった。

 

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