舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第11話 伝書鳩は突然に

「目が覚めたかい?」

 

 隣の机に大量の書類を広げて、ペンで書き込む音が聞こえる。

 壁際からこちらに視線を向けた彼。その目は暗く、私を責め立てるように見えた。

 

 そうだ。あの時、間に合わないと悟って炎に身を投げたのは覚えている。

 

 提督さんはきっと私を許さないだろう。

 小遣いを貰って子守に就いたのだ。

 例え偶発的なテロだったとしても、娘の身に大事があったのならばどんな親だって怒り心頭だろう。

 

 反射的に頭を伏せた。

 彼からの視線に耐え切れなかったのもある。それ以上に、任務を達成できなかった部下として謝罪しなければならない。

 

「本当にすまなかった」

「申し訳ありませんでした…………って。え?」

 

 被せられた詫びに、私は目を丸くした。どうして。

 

「そっちこそ、どうして君からそんな台詞が出る」

「ヒナちゃんを危険に晒しました。家政婦失格です……ッ」

 

 身体を起こそうとした私は激痛に身を捩ることになる。脂汗を浮かべ身悶える私を提督さんは丁寧な手つきで戻していく。

 

「しかも、非番の日におめおめと負傷しました。非常時に毅然とあるべき自衛隊員としても不適格です」

「いいから。安静にしていなさい」

 

 呼吸が落ち着き始めたところで、彼は切り出した。

 

「そんな事で(なじ)ったりしないよ。娘を護ってくれてありがとう」

 

 それは親としての感謝と、部下を労わる上司としての言葉――――――釣り合わない天秤に私としては裏があるのではないかと、過剰に警戒してしまう。

 

 すると彼は鞄から一通の便箋を取り出した。片手も満足に動かせない私に、提督さんが封を切って中身を見せてくる。

 

 

お姉さん、早く元気になってね。

 

 

 続くのは平仮名交じりの文章。ご丁寧に色鉛筆で描いたイラストもついている。

 ()()()()()の手を引いていくのは、黒髪のツインテール。これは私だ。

 

「娘が君の事が大丈夫かと何度も電話を寄こすんだ」

 

 おかげで交換手にも迷惑をかけていてな。どう懐かせたか知らないが、大層気に入っているらしい。提督さんの表情は幾分か疲れているように見える。

 それから彼はこう切り出す。

 

「どうだ。完治まで2週間、療養やリハビリでさらに2週間だ。病欠扱いにするから、娘と一緒に居てやってくれないか?」

 

 なるほど、家政婦の契約は続行か。

 そして私は納得する。疲れているように見えたのは肩代わりしていた家事が回ってきたツケだろう、と。

 

 あったものがないようにはすぐに戻せない。ヒナちゃんに普通の生活が加わった以上、彼としては簡単になくしたくはないのだろう。

 良いか悪いかは別として、嫌われていないのは吉報だった。

 

「提督さんって、クールに見えて親バカよね」

「打算的に動いているだけだよ。君がいれば娘の機嫌をとれるし、私は帰らずに仕事が出来る。家族ごっこはやはり私には似合わないということだ」

 

 ()()()だと彼は言った。導き出されるのは、長門隊長から聞いた仮定の話。

 

「やっぱり、ヒナちゃんは引き取ったんですか?」

「引き取った……他人から見れば引き取ったんだろうな。実際は()()()に他ならないよ」

 

 彼は室内にも関わらず、制帽をわざわざ目深に被って私の視線から逃れた。

 

()()()()の折だ。南太平洋のある島で捨て子を拾った」

 

 その口から語られるのは、驚くべき過去。

 

「その対価に金銭の有無なんて関係ない。ヒナタは親に売られて、()()が買い取った。双方の同意があっても、あの子から実の家族と切り離したのは俺だ。だから、彼女の父なんて名乗る資格はないんだよ」

「資格……?」

 

 ヒナちゃんが本当に欲しいのは提督さんとの時間だ。

 血が繋がってるかなんかどうでもいい筈。彼女は愛情を持って育ててくれた彼に少しでも寄り添いたいだけなのだ。

 

「違います。ヒナちゃんは提督さんの娘です」

「法律的にはそうかもしれない。このご時世だ、世間も許すだろう。しかし事実を知れば、ヒナタは俺を許さない。今の生活がまやかしで、偽善で与えられたものだと知ったら……」

 

 本当の家族の所へ戻りたいと言い出すに決まっている。

 

 言葉にはされなかったが、彼の考えは読みとれた。この分からず屋。私の感情の針は一気に振り切れた。

 

「そういう所が、ヒナちゃんを苦しめてるって何で提督さんは分からないの!?」

 

 

 あの子は、ただ提督さんに――――――。

 

 

 それから先の言葉は続けられなかった。

 彼があまりに悔し気な表情をしていたから。

 

「分かってるさ。俺は彼女の父親になんてなるべきじゃなかった」

 

 冷酷無比で、艦娘の事なんて戦場の駒としか思っていない彼もらしくない言葉が飛び出す。

 

「他に方法がなかったなんて言い訳は不要だ。これは俺の罪であり、償いでもあるんだからな」

 

 罪、償い――――――およそ父娘(おやこ)関係からは想像のつかない言葉が飛び出す。

 ヒナちゃんが提督さんの娘でないことは暗黙の了解ではあったが、提督さんの口から聞いたのは初めてだ。

 

「……提督さん。あの子と、ヒナちゃんとちゃんと向き合って」

 

 そして、これは転機(チャンス)だ。歪な家族関係を清算する時。

 

「ヒナちゃんは提督さんと家族でありたいと思っている、これは本当よ」

「そんなことはないだろう。むしろヒナタは、君にこそ懐いて……」

「私のことは関係ないでしょ」

 

 これは提督さんとヒナちゃんの問題だ。そこに外野の私は必要ない。

 

 なのに。提督さんの返答はない。

 

 彼は時計を見て、クリアファイルに紙束をまとめ始める。続いてノック音。入れ替わるように扉口に現れたのは、同じ部隊の磯風さんだった。

 

「司令、時間だ。執務室に戻ってくれ」

「悪いな磯風。後を頼む」

「任された」

 

 そうして逃げるように後姿を見せた彼に、思わずため息。

 

 間違えたことだけは言ってないはず。彼は否定をしなかった――――――という事は、彼の中で最初から結論は出ていることになる。

 あと一押しだった。こんな風に勝ち誇る私を何事かと磯風さんは呆けて見ていた。

 

「何があったのかはあずかり知らぬがすまんな、瑞鶴。司令もたいがい多忙でな」

 

 説明は磯風の担当だと、彼女は続ける。

 

「口下手な司令に代わって言おうか。まずは生還おめでとう」

「海上自衛官が陸で死ぬなんて、別の意味で有名になっちゃいますから良かったですよ」

「こちらも護衛対象が非戦闘時に殉職されると、トンボ釣りの面目も丸潰れになるからな」

 

 そういって、腕をまくって見せる磯風さん。

 純粋なパワー比べなら艤装の出力は()()の方が上だ。しかし、日々の研鑚を持ち出されれば磯風さんは神通さんとのツートップだ。

 

 気のせいかこの前より日に焼けたのだろうか。赤くなっている皮膚を気にせず彼女は続けた。

 

「傷の方はどうだ?」

「まだ麻酔入れているらしくって。ふわふわしてて実感ないですけれど」

「霊力再生の弊害だな。復帰した時に吐くなよ?」

 

 医療用レポートを流し読みする彼女から解説を聞いて、軽く死の淵から舞い戻ったらしいと聞かされた。

 そんな重篤だったのかと尋ねれば、磯風さんは感心したかのように返す。

 

「よく生きていたよ。もちろん皐月や文月の応急処置が優秀だったのもある。しかし霊力再生を用いて命を繋ぎ留めていたに過ぎん。最後はお前の力だよ、瑞鶴」

 

 そう大した事でもないのに褒められても。生きていられたのは手厚い救護のおかげ。

 これが艦娘だからであるとするならば、心苦しい。他に助けるべき一般市民もいただろう。

 

「……ほかのヒトは」

 

 炎に包まれた商業施設。犠牲者はいかほどだろうか。

 そう聞けば、磯風さんは口の端を結んだ。その反応を見て、あぁ死者が出たのだと推測するしかなかったのだ。

 

 助かっただけで奇跡だよ。そう彼女が呟いた。なぞるのは私の頬や首筋。突然の事に硬直していると、傷跡を確認していたようだった。

 

「やはり消えないものもあるようだな」

「消えるって……傷がですか?」

「あぁ、その通りだ。瑞鶴の火傷の跡。完全には消えなかったので気になってな。入渠担当も不思議がっていたよ。霊力再生は未解明といえど効果は絶大だ。なのに治らないなんてとな」

「これは戦いのじゃないから。私が艦娘になる前のものだし」

 

 一つ目のバケモノによって日常が終わった時。

 両親が他界し、姉が豹変した際の()()

 

 病院着を捲り上げると、素肌には幾重も不自然に硬化した皮膚がある。

 

 茹で上がった卵が元に戻らぬように、この肌の傷も消えることはない。

 学校の水泳や部活の合宿なんてあろうものなら、忌避されるのは間違いなく。

 

 学生時代は女子の取り巻きが多かったおかげで大事はなかったが、異性に言い寄られれば勝手に幻滅させたことだろう。

 

「戦闘職なら、勝手に名誉の負傷ってことにされるから気が楽ですよ」

 

 だから気にしないで欲しい。言外にそう伝える。

 

 憐みなんか欲しくないし、傷が消えないからといって世界に怒る気にもなれない。

 それは姉にとっては両親の死と同じく、バケモノの所業を表す生きた証。だから苦々しく思う。こんな物がなければ、姉も狂わなかったのだろうかと。

 

 しかしそんな仮定をしたのなら、今の私を構成している全てが溶け落ちてしまいそうで。

 

 家族を喪って変わらなければ弓道に進まなかった。

 深海棲艦と戦うなんて考えなかったし、提督さんやヒナちゃんとも出会わなかった。

 薄氷を踏むような偶然で、この身は成り立っている。

 

 そういう事か。

 

 一人で納得する。提督さんの罪がなければ、私もここまで必死になってヒナちゃんを護ろうとしなかっただろう。彼女は本来いない筈なのだから。

 

 私が出来るのは、彼を責めたり甘やかすのではない。

 

 彼の家族がどうありたいか、見届けるだけなのだ。感じる一抹の寂しさを、麻酔の副作用だと私は胡麻化すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫く経って――――――ようやく指先の感覚が戻ってきた頃のこと。

 

 その日のリハビリも順調で、もう数日で歩けるかなと看護師さんに言われた昼下がり。ベッドの上に固定された通信端末に通話の呼び出しサインが浮かんだのである。

 

 提督さんではないだろう。

 副司令の業務は長門隊長が肩代わりしてくれているので、わざわざ端末で呼び出す理由がなかった。

 

「いったい誰が……」

 

 端末に表示されたのは、意外にも見慣れた名前であった。

 それはつい半年ほど前まで私の上官だった人物。

 

 ビデオカメラのマークが表示されているということは映像通話。ひとまずカメラをオフにした状態で対応することにする。

 

「久しぶりだな瑞島(みずしま)2佐、身体の調子はどうだ?」

「それは皮肉でしょうか?」

「その返しが出来ると言うことは元気そうだな、安心した」

 

 相変わらず嫌味なヤツである。私は話を逸らす意図も込めて、彼の姿に言及する。

 

「それにしても、随分とラフな格好ですね」

 

 てっきり制服を着込んだ姿が現れると思っていたが、意外にも向こうはポロシャツ姿。

 指摘する私に、向こうは軽く笑った。

 

「公務中に個人的な電話がかけられるものか。今日は貴官の見舞いだよ」

 

 ほら、リモート見舞いだぞと言いながら画面にバナナが大写しに。お気持ちだけ頂きますと返す私。

 どうも彼は公務員としての真面目さに欠けるように思う。提督さんとは大違いだ。

 

「しかし今回の件は大変だったな」

「ご存じなのですか?」

「ご存じもなにも……新聞からネットニュースまで大騒ぎだぞ? 談話ですら取り上げられている。しかし、よくぞ日本人の命を守ってくれた。私も感謝するよ。ありがとう」

「…………どうも」

 

 そんな大仰なことはしていない。

 

 私はただ、ヒナちゃんを助けたい一心で動いただけ。そこに自衛官としての信念とか、そういうものはなかったと思う。

 

「しかし、何があったんだ? 日本人があんな凶行に及ぶとは思えん。こっちだと移住者の犯行だとか報じられているが、実のところ現地住民共の犯行なんじゃないのか」

「まさか」

 

 確かに、聞き取れない言葉を口走っていたことは覚えているけれど。

 

新自由連合盟約(ニューコンパクト)()()だ。それは分かる。しかし真実を隠してまで彼らを庇う理由があるのか、私には理解しかねるよ。そもそも……」

 

 続く言葉は、ODAへの依存度が急激に高まっただの、米国主体の自由連合盟約の頃から援助頼みだったクセに勝手なことをなどと。

 どうも画面の向こうは、あのテロを現地の不満が爆発したモノだと考えているらしかった。

 

「現地住民の保護は確かに大事だがね、我々にはもっと守るべき航路があると思うんだが……あぁ、今のは独り言だ。忘れてくれよ」

 

 それにしてもその言葉の節々にはミクロネシア連邦国民への蔑視が潜んでいるような気がして、そのような本国の態度が引き起こさせたんじゃないかと私に思わせる。

 

 私に聞かないでくださいよと告げれば、まあそれはいいのだと相手は言った。

 

「ところで、分遣隊司令の調子はどうだ?」

「提督さ……司令の調子ですか?」

 

 口を滑らせてしまってからではもう遅い。

 

()()()()か。なんだ、随分打ち解けてるみたいじゃないか」

 

 提督さんはチューク分遣隊の皆からは「提督さん」と呼ばれているけれど、階級は1等海佐なので厳密には提督ではない。

 加えて言えば、提督という呼称自体が敬称なのでさん付けするのもおかしい。

 

「申し訳ありません」

「いやいや。堅物だったお前をそこまで砕けさせたヤツがどんなのか、ますます顔を拝みたくなったよ。そっちに送った甲斐があるというものだ」

 

 その言葉に疑問が浮かぶ。彼は提督さんの調子はどうだと言ったはずだ。

 

「お知り合いではないのですか?」

「防衛大どころか、幹部学校すら出ていない特命幹部だぞ? 知るはずがない」

 

 そういえば、長門隊長も提督さんは民間の出だというようなことを言っていたっけか。

 

「なんでも海洋開発機構から出向の研究者で呪術・霊力戦のエキスパートだとか言う話だが」

 

 海洋開発機構?

 呪術・霊力戦は私たち特務神祇官(かんむす)の仕事だからいいとして、提督さんが海洋開発機構の出身だなんて聞いたことがない。

 

「なんだ。何も聞いていないのか」

「ええ、まあ。あまり、プライベートなことは話さないので」

 

 もう少し正確には、提督さんと話すプライベートな話題はヒナちゃんに関するものばかり、思えば私は提督さん本人のことは殆ど知らなかった。

 

「勿体ないな。ブラックボックスの塊を知る数少ない男だというのに」

 

 私が上を目指すのであれば指導を請えということだろうか?

 それを聞いたところで、当然のようにはぐらかされるのだけれど。

 

「良くも悪くも情報が不足していてな。お前から聞ければと思ったのだが仕方がない。まあともかく、ヤツの指揮はどうだ。そっちは上手くやれているのか」

 

 ともかくそのような調子で、私は古い上司と情報交換をしていく。

 チュークに駐留する海空部隊の連携は取れているかと言ったような確認から、幕僚監部はこういう作戦を計画しているなんていう雑談。

 

 チュークを離れないかなんて言葉が飛び出したのは、そんな時だった。

 

「怪我の程度を聞いたが、随分と重いらしいな。どうだ、本土の病院に入るっていうのは」

「もう治りかけですよ。あと一週間ほど治療を続ければ……」

 

 そう言ったときに、画面の向こうは表情を暗くする。

 

「それは、霊力再生を行った場合の話だろう」

「……」

「話は聞いた、艤装に強制接続したらしいな」

 

 そこまで調べてあるのか。

 ということは、私を本土の病院に入れるのがこの通信の目的だったらしい。

 

「知っているだろう。霊力再生の安全性は未解明だ。火傷や失血はやむを得ないとして、治せるところは現代医療に任せるべきだ」

「霊力再生は最新鋭の技術ですよ。問題があるとは思えませんが」

「しらばっくれるな。要するに、帰ってこいと言っているんだ」

 

 今この状況で、私に帰れというのか。

 

「先程も言っただろう。そちらの司令官は艦娘の生い立ちに関わっている。貴官の治療は周りの反対を押し切って……いや、霊力再生を過信したと言うべきか。ともかく『それならば貴官を救える』という発想の時点で根っからの反艦隊派だよ」

「反艦隊派?」

 

 聞き慣れない……正確には、この場所に似つかわしくない言葉に眉をひそめる私。

 

新自由連合盟約(ニューコンパクト)は米国マターの案件だった。対等な同盟には防衛義務が不可欠……しかし、防衛義務とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「仰ることが分かりません」

「気にするな。傍受されるようなヤワな通信回線でもないだろうに」

 

 そうではない。本当に分からないのだ。

 鬱屈しそうになる心を押さえつけて、私は端末に向き直る。

 

 

 

 提督さんの声が、少しだけ恋しくなった。

 

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