舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第109話 情に棹させば流される

 仮眠室という名の独房に戻り、軽くシャワーを浴びてから制服に着替え、今度こそ正式に出勤。

 

 業務開始前にやるべきことは単純。部屋の掃除、平たく言えば上司兼監視役兼査問会主催への()()()だ。

 部屋中のチリとホコリを消し去り、電子ケトルに水を補充し、茶葉をはじめとする各種消耗品が補充されているか確認する。

 

「まるで昭和のオフィスレディね、陽炎ちゃんがやるような仕事じゃないでしょ」

「それで結構。媚びへつらう程度で復帰できるなら、なんでも……というか、いつまで見てるんです、暇なんですか?」

「なに言ってるの。待つのが仕事でしょ、私たちは」

 

 そうして課業開始のきっかり五分前。小河原海将補が入室。

「おはよう……なんだ、片桐1佐まで来てるのか」

「おはようございます!」

「やっほー小河原クン、こちとらおたくらに無戦研(はばつ)を潰されて以来ヒマでね」

 

 直立からの最敬礼を繰り出した陽炎とは対照的に、デスクに手をついて挑発するように言ってのける片桐。

 ちなみに「無戦研」とは無人戦闘システム研究会の略称で、ポートモレスビー事件で無人艦艇が『暴走』して以来勢いを失いつつある「無人艦派」のことである。

 

 つまり片桐1佐は小河原海将補に「よくも責任を転嫁してくれたな」と文句を言っている訳であるが、それを意に介することもなく小河原は手狭な部屋の最奥に設置されたデスクに座った。

 

「海将補、珈琲をいれましょうか」

 

 駆け寄った陽炎に片桐は白い目。しかし陽炎はあくまで媚尽くすつもりである。

 

「いや結構。今日はこれがあるんでね」

 

 小河原は首を横に振って、鞄の中から魔法瓶を取り出した。そしてコップを取り出すと、熱い珈琲を自分で注いでしまう。

 

 出鼻を挫かれた陽炎を傍目に、うんいい香りだと小河原は呟く。それから陽炎を見て言った。

 

「妻に持たされた時は妙に気が利くとしか思わなかったが……なるほど、そういうことか」

「あらら、ばれてーら」

 

 呆れ顔でため息交じりに言うのは片桐。小河原は頭を抱える素振り。

 

「非公開で非公式とはいえ、査問は査問だ。この程度で覆るとでも?」

「表に出せない事柄には表に出せないやり方があると学びました」

「君は国防軍でそんなことを学んだのか」

出世街道(いきのこるの)が最優先です」

 

 口を挟んだのは片桐だった。彼女は陽炎を押しのけるようにして前に出ると、小河原の目の前に胸を張って……いや突き出して言ってのける。

 

「我らが(たお)れれば、背後の祖国が滅びることになる……ミクロネシア撤退戦の際、救援に向かっていた護衛艦隊に転進を命じた大迫海将の言葉です」

 

 小河原は「それがどうした」と虚勢を張ることはしなかった。続けてみろと、顎で片桐に促してみせる。

 

「古今東西、目的は手段を正当化して参りました。日本列島のために南洋を見捨てた大迫海将と同様、私たちも国家防衛に殉ずる『戦力』の保持を図る必要があった」

「それが命令違反、独断専行の根拠となってはならないだろう。そも片桐1佐、帳簿外の物資を隠蔽することはいかなる理由があろうと国家国民への背信行為で……」

「ならば」

 

 どん、と小河原のデスクが音を立てる。片桐はそのまま熱のこもった声で続けた。

 

「ならば、マーシャル諸島にミクロネシア連邦を見捨てた日本国には、いったいどのような権能があったのですか。かの国々を見捨てたことは新自由連合盟約(ニユーコンパクト)に定められた防衛義務に明確に違反しております」

「はぁ……1佐、これは私からわざわざ説明することなのか?」

 

 小河原は大げさにため息をついてみせると、そのまま片桐をにらみつける。

 

「条約における防衛義務とは、即ち参戦義務だ。侵略行為が発生した際に軍隊を派遣するまでが条約の履行であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 事前の取り決めで雌雄を決することが出来るなら、軍備の放棄だって容易だろう。そんな理想論は存在しないのだと小河原は言う。

 

「そもそも、深海棲艦はその性質から『敵対的な生命体』として分類することしか出来なかった。我が国がマーシャル、ミクロネシアの両国を援護したのは災害発生に伴う人道的支援でしかなく、戦争ではないのだよ」

「だから護衛艦隊は参戦しなかったと? ろくに艦艇も配備されていなかった哨戒艦隊を捨て駒として派遣し、条約を履行したフリをしたと?」

「履行するフリもなにも、履行する状態でもなかった。友邦の民を救うための『災害派遣』で『急を要するから』と、どうにか国会の事後承諾を取り付けていたんだ」

 

 そしてそれこそが『裏帳簿』を産み出した。ポートモレスビー事件の直接的な原因が『子供』なら、『裏帳簿』はその武装蜂起の手段となった。

 

哨戒艦隊(げんば)が『裏帳簿』を使わざるを得なかったのは分かる。弾は積み上げておくにこしたことはないし、定数通りの艤装で戦ったら整備も追いつかない」

 

 だからこそ許容されてきた。国防軍も目を瞑ってきた。

 

「しかし、ポートモレスビーの一件はその関係をぶち壊した。もう少し正確にいうと、その信頼関係が妄想に過ぎないことを知らしめた」

 

 帳簿外の兵器が不満分子の手に渡る可能性。その不満分子が既に軍内部に浸透している事実。果たして国防軍は今まで通りに『裏帳簿』の存在を許せるだろうか。

 

「国防軍が反乱を防止するのは賛成だけれど、『裏帳簿』なしでどう戦うっての?」

「帳簿内で戦えばいい。戦えるもんならな」

「全ての弾を命中させ、あらゆる攻撃を回避すればまぁ、可能でしょうね?」

 

 茶々をいれる片桐の表情にも余裕はない。陽炎は足下がぐらつくのを感じた。

 

「(そんな、じゃあ今。最前線にいる不知火(あのこ)たちは――――)」

 

 つい昨日の会話が思い出される。

 

『暇でなければ応じませんよ。今日は艤装の整備でオフなんです』

 

 そうだ。考えてみれば整備の都合でオフになるなんておかしいじゃないか。量産できる特務艇艤装と違って、それを操る特務神祇官は才能頼みの希少存在。だから国防軍は『裏帳簿』を用意してまで彼女たちを酷使しなければならなかったハズなのに。

 

「だから言っただろう。()()は明らかになるべきだったんだ、そうすれば――――」

 

 小河原の言葉を最後まで聞く余裕は陽炎にはなかった。なにせ、彼の言わんとすることは陽炎にも――彼女に刷り込まれた幹部教育の知識から――理解することが出来たのだから、聞く必要もなかった。

 

「ちょ、陽炎ちゃん⁉」

 

 床を蹴って、魔法瓶とコップだけが置かれた海将補のデスクへと跳躍。そのままヒトの名を騙る肉塊へと鉄拳を食らわせようとして。

 

 

 ――――突然、自分の腕を空気に捕まれた。

 

 

 腕があらぬ方向に吹き飛んで、関節で接続された胴体もつられて吹き飛ぶ。

 視界から海将補が消えるのと、眼前にリノリウム張りの床面が現れるのはほぼ同時だった。

 

「ったく……まさか本当に殴りかかるとは思わなかったわよ。媚を売るって話はどこへ行ったんだか、この戦闘狂(ウォーモンガー)め」

 

 陽炎が事態を理解したのは、ヴンと空気が揺れるのと共に聞いたばかりの声が耳に届いた時。

 どうやら、空軍(そら)特務神祇官(かんむす)に投げ飛ばされ床に組み伏せられたらしい。

 

「……媚はまもなく発売しますので、どいて頂けますか?」

「いやーキツイっしょ。駆逐艦は喧嘩っ早くて(これだから)困るんだよねぇ」

 

 戦闘機乗り(あたしら)余所(ひと)のこと言えないけれどさ。そう言いながらも陽炎に腕一本動かさせないのは小河原三等空佐。デスクでため息を吐く小河原海将補の妻を名乗る女性。

 

彼女(かげろう)には私を殴る権利があると思うがね。そして、彼女に殴られることで彼女に実刑判決を言い渡すまでが私の仕事だ」

「ダーリンさぁ、将官になったクセにまーだこんな鉄砲玉みたいな仕事してるの? というか、この私以外の女に傷物にされるとか絶対許さないから」

「君が私に傷をつけることはないだろうに」

「へへ、まーねっ♪」

 

 今日も茶番劇か。

 

 しかし陽炎とてタダで終わる艦娘ではない。関節を固められているのなら、()()()()()だけのこと。

 

「しっかしそれ、スゴい擬装ね。というか擬態? どうなってるの?」

「飯田製造謹製の試作多用途潜入任務用装備……まぁいわゆる熱光学迷彩ってヤツですよ。片桐1佐みたいにハイレベルな神祇官には効かないでしょうが」

「ホントよ。せっかく見逃したってのに。こんな茶番をやるためだったなんてね」

 

 部屋を見回す。状況を俯瞰していた片桐はもちろん、制圧したと見切っている小河原空佐も状況は終了したと思い込んでいる。

 

「さて。それでは本題に入ろうか」

 

 そして小手調べは終わったとばかりに、小河原海将補は書類をデスクの上に広げて立ち上がる。

 

「(今ッ!)」

 

 顔面を床に押しつけられていようとなんのその、陽炎は一瞬で関節を外して軟体動物へと変態する。小河原空佐が表情を変えるより先に半身の拘束を抜け出すと、ありったけの筋肉を総動員して身体を捻る。

 

 そして仰向けになった陽炎の視線の先に捕らえるのは――――小河原海将補。

 

 

「喰らえいっ!」

 

 

 床は撃鉄、踵は雷管。僅か数百グラムの革靴とて跳べば凶器。

 

 陽炎が放った――正確には蹴り飛ばした――靴の一撃は、そのまま小河原海将補へと横軸縦軸のブレがなく向かった、が……。

 

 ゴン、ドン――――ゴシャ。

 

「……」

 

 その場にいる誰もが沈黙した。

 

 ちなみに、最初の「ゴン」は靴がデスクのヘリに当たった音。全ては仰々しく整えられた無駄に奥行きの広い執務机の所為。

 「ドン」はヘリに当たってその勢いのまま跳ねた靴が天井に激突した音。

 最後の「ゴシャ」は落下した靴が――天のイタズラか知らないが――デスク上のコップに見事墜落(クリーンヒツト)した音である。

 

「あ、あぁ……」

 

 そして最初に重い口を開いたのは、陽炎の「狙撃」を許した小河原空佐であった。

 彼女は青ざめた後に赤く顔を染め、絞り出すように声をあげる。

 

「よくも、私の淹れたコーヒィーをぉ!」

「違う、そうじゃない」

 

 片桐のツッコミを無視して陽炎に掴みかかる小河原空佐。

 

「待て待て小河原三佐。彼女関節が外れたままだ、まずはくっつけてだな……」

「ダーリンはいいの⁉ コイツ私たちの愛の結晶を踏みにじったんだよ文字通り!」

「や。そうかもしれないが……」

「いやいや。どう考えてもデスク、デスクでしょ」

「なにを1等海尉風情が……ん? デスク?」

 

 小河原空佐がデスクを見遣れば、そこには現在進行形で広がっていく珈琲の津波。

 小河原海将補が並べていたのであろう書類が次々と黒い波に呑まれていく。

 

 大慌てで陽炎を放置してハンカチを取り出した小河原夫妻に、片桐が肩を竦める。

 

「陽炎ちゃん、そういう所は真面目よね……自分のことは棚にあげるくせに」

「書類を無下にしてシワ寄せが来るの、残念ながら私なんですよね」

 

 じゃあ蹴らなきゃ良かったじゃない、とは片桐は言わない。小河原海将補本人がそう言ったように、陽炎には「殴る権利がある」と考えているのである――――陽炎が行使したのは蹴る権利だったが、それは言葉の綾というものだろう。

 

 それよりも。

 

「……片桐1佐、知ってましたね?」

「知ってたよー。もちろん口止めもされてたけど」

 

 クーデターは闇に葬られた。

 

 主犯格を騙った陽炎ですら処罰()()()()というのに、まさか『子供』たちを処罰できるハズがない。だから処罰はせずとも反乱を防止するために『裏帳簿』を絶つ。

 

 その結果がもたらすのは……全戦線の崩壊。

 それもじわりと、真綿で首を絞められるような緩慢な死。

 

「許せないのは分かるよ」

「ええ許せません。私自身のことが許せません」

 

 守れたと思っていた。良い方向に導けたと、本気で思っていた。

 しかしそうではなかった。状況はもっと、ずっと悪化している。

 

「にしても、関節外しで海将補にダイレクトアタックはやり過ぎなんじゃない?」

瀬戸月(わたし)は勝つためなら手段を選びません」

両親(おや)両親(おや)なら、子も子ね……呆れた」

 

 片桐のこれみよがしなため息を聞き流しながら陽炎は関節をはめる。その様子を見ていた小河原海将補が落ち着き払った様子で言う。

 

「ま、安心するんだな。裏帳簿は消したが物資を摘発した訳ではない。元より正規の補給は届けさせているからスグに枯渇はしないだろう」

「閣下は、もしや2年という数字を甘く見ておられるので?」

 

 陽炎のその言葉に、小河原は却って目つきを鋭くする。

 

「誰が甘く見るものか。『子供』が()()()()()()()()()()までに2年かかったんだ。いったいどれほどの弾薬を保管していたのやら……」

「ダーリンちょっと訂正、あれは霊力媒体の消費期限切れを狙ったのであって弾薬じゃないよ。霊力再生(ゾンビアタツク)さえ防げれば反乱は起こせないって寸法」

「あ~、医療設備系統の再編ってもしかしてそのため? どうりで病院船の予算承認が早くなるわけだ……」

 

 小河原海将補、小河原空佐、片桐がそれぞれ勝手に喋る。陽炎にとってはどれもこれもが初耳の話ばかりであり――――それらの情報が開示されているという事実が、ひとつの示唆となっていた。

 もはや「子供」が反乱を起こすことはない。そして「子供」を扇動したり、はたまた担がれる可能性もなくなった陽炎を放置しておくほど、国防軍の人材は厚くない。

 

「私に、なにをさせるつもりなんです?」

「いつも通りの書類整理だ。書類上はな」

 

 そう言いながら海将補はデスクに手を伸ばし……引っ込めた。それから咳払い。

 

「あー、そうだな1尉。仕事だ、書類を印刷してくれ」

「仕事ですか。ええ、いいですよ仕事なら。それが私の仕事ですからね」

「……」

 

 よく言うよ、と視線を陽炎に向ける一同。誰かさんがデスク上の書類を珈琲で汚さなければ仕事は増えなかったのに、と誰も言わなかったのは英断だろう。

 

「それで、これなんの書類なんです?」

「任務の書類だ――――君の、誇るべき復帰第一号任務のな」

 

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