舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

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第110話 意地を通せば窮屈だ

「くぅ~! 来たわよ北の大地!」

「テンション上がってきたわね。ね、ダーリン!」

「……ああ、そうだな」

 

「いや、なんなんですか?」

 

 北海道千歳市。

 

 およそ一時間半のフライトを経て陽炎たちは石狩平野へと降り立った。

 ちなみに一行の装束はフォーマルスーツに海軍将官服、空軍幹部服に特務神祇官(かんむす)用の戦闘装束。はっきり言って統一性がない。

 

「さて、観光しているヒマはないぞ。このまま南千歳で陽炎の艤装を受領し、そのまま専用機で一度北稚内まで移動する」

「北稚内? ははーんなるほど」

 

 片桐は納得顔。何のことか分からない陽炎が目配せすると、彼女はそっと耳打ち。

 

「北稚内ってのは樺太(サハリン)の隠語よ。あそこの領有権って厳密には確定していないから」

「ああ……そういうことですか」

 

 深海棲艦により世界秩序が壊れても、世の中には変わらないものもある。

 

 それは例えば日本政府の北方領土に対する見解であったり、国民も国土も捨てることは許されないが極東に割くほどの軍事力は持たないロシア政府であったり。

 そして、生きるには食料と燃料が必要という古今東西普遍の大原則であったり。

 

「知っての通り、南樺太およびオホーツク海への日本国防軍の『侵入』をロシア政府は拒否している。我が軍としても国境未策定地域に『入国』する事態は避けたい」

 

 小河原海将補が日露両政府の建前を述べる。しかしそんなのはお構いなしに深海棲艦はやってくるわけで。

 ロシアは特務艇を保有しておらず、日本は燃料・食料輸入国。のっぴきならない事情が双方に妥協を強いることになった。

 

「……で、それがこのコスプレ大会みたいな格好ってワケですか」

「やだなぁ陽炎ちゃん、全員正装だよ?」

 

 呆れたような陽炎の台詞に、ニコニコしながらフォーマルスーツ姿の片桐がIDカードを取り出す。

 

「私は予備特務神祇官の片桐アオイ。民間企業K&Iセキュリティーの軍事顧問」

「いや片桐さんはバリバリ現役ですよね? いつ予備役になったんです?」

「今日!」

 

 もはやどこから突っ込んだらいいのか分からない。

 

「しょうがないでしょ~? サハリン州政府と契約を結んだ民間軍事企業(PMC)は特務艇艤装や軍事物資の持ち込みを許可されているから、こうやって()()するしかないの」

 

 そう言いながら片桐は小河原夫妻に目をやる。

 

「あ、ちなみにこちらはロシア連邦軍サハリン統合軍集団との交渉任務にあたる自衛艦隊司令部の小河原海将補。そして……」

「航空支援集団所属、第408輸送隊の小河原三等空佐。北部地域には民間機の飛行制限があります故、国防空軍の民間支援として輸送業務を務めさせて頂きます」

 

 片桐の言葉を継ぐよう恭しくお辞儀をする小河原空佐。わざとらしさは一〇〇%。

 

「……えぇ」

「安心しろ。あれでもU4操縦経験者だ」

「転換訓練は受けてないから、本当は任務に従事しちゃダメなんだけどねー」

「書類上は受けている。安心しろ」

 

 全く安心できない。しかし突っ込んでいては始まらないし突っ込む気力すらも起きないので、陽炎は己の任務に集中することにした。

 

「それで、私の肩書きはなんなんです?」

「国防省大臣官房監察課行動係の特務艇〈陽炎〉艇長」

「……ん? それ私だけ変わってなくないです?」

「変える必要がないからな」

 

 なんでも、将官クラスには国防軍特務艇の巡洋艦クラス以下であれば1隻帯同させても問題ないということになっているらしい。

 

「……要は、他国の将官(VIP)の安全を保証することすら出来ないと?」

「穿った見方が過ぎるよ。護衛官の1人くらいはいても良いではないか」

 

 それはそうかもしれない。とはいえ、護衛()では過剰防衛な気もするが。

 

「君の任務は()()()()樺太(サハリン)滞在の間、我々をあらゆる脅威から保護するように」

「交戦規定は?」

 

 あらゆる脅威、と海将補は言った。軍人がこのように曖昧な言い方をするのは、何か()()がある時だけだろう。

 

「無制限。ただし護衛対象(ダーリン)には当てないようにね」

「小河原空佐、割り込んで勝手なことを言うな」

 

 小河原海将補はそう窘めつつも、その言葉自体を否定することはなかった。

 

「……そんな初歩的なヘマはしません」

 

 なにせ、この任務には陽炎の前線復帰が掛かっているのである。そして前線では、戦友(しらぬい)たちが死に物狂いで生き残ろうとしている(たたかっている)

 

「私は、早く帰らないといけないんだから」

 

 決意を固める陽炎。あ、と声を上げたのは片桐だった。

 

「小河原クン、便の出発までどれくらいある?」

「……艤装の受領を勘案にいれるなら、スケジュールに猶予は」

相分った(あいわかった)、即座に否定しないなら多少の時間はあるね? よーし! ラーメン食べに行くわよ、陽炎(ヒナタ)ちゃん」

「いえ、行きませんが?」

 

 仮にも任務中である。あなたはもう少し自覚を……と言おうとして、今の彼女は民間人扱いであったことを思い出す。保身の鬼である片桐アオイに建前を持たせることは、まさに鬼に金棒だ。

 

「えぇ~、いいじゃん行こうよ! 私、バターコーンホイップマシマシラーメン食べたい!」

「いや、なんですかその冒涜的商品名は……じゃなくて! 行きませんからね! 片桐さんはともかく私は任務中なんですから!」

 

 そうでしょう? と一応の上官である海将補を振り返れば、彼は曖昧な態度を取る。

 

「君、仮にも幹部(1尉)だろう。なんでもかんでもコッチに振るのはやめてくれ」

「そうそう。官民交流を図るのも仕事のうちじゃない?」

 

 判断を投げる小河原海将補に、すかさず援護射撃をいれてくる小河原空佐。どうやら陽炎の味方はいないらしい。

 とはいえ実際、出張先で美味しい思いをするのは官民問わずの「あるある」であった。別に彼らの言い分も、非常識というほどおかしなものではないのだろう。

 

 

 とはいえそれは、世の中が「平時」であればこその話だ。

 

 

「とにかく、私はいきませんからね」

「あっ、どこ行くのよ」

「食糧を調達してきます!」

 

 陽炎はツカツカ歩みを早める。若干どころか相当に馴れ合いの匂いがする任務に、早くも彼女は辟易としていた。

 本当はこんなことをしている場合ではない。この任務は陽炎の「忠誠心」を試す任務。手を抜くことは許されないが……それにしても、なんとも守る気力が失せる面子だった。

 

 つまるところ、

 

「(どいつもこいつもヘラヘラと……私たちは戦争の真っ只中にいるのに!)」

 

 というのが陽炎の偽らざる心境であったのである。

 

「ちょっと、陽炎ちゃん」

 

 しかし苛立ったまま勢い任せに歩くというのは危険な行為である。まして、多くの人が行き交う国際空港のターミナルともなればなおさらのこと。

 

「うっ」

「……あっ。これは失礼しました!」

 

 ドン、と陽炎は前からやってきた女性に正面衝突。女性は倒れるかと思われたが、驚異的な体幹能力を発揮してよろめくだけで堪えた。

 

「すみませんお怪我は……って、え?」

 

 相手の無事を確認しようとした陽炎。そこに居たのは、国防軍の人間なら知らない者はいない人物であった。

 

「はぁ……なんでこんな目に……不幸だわ……」

「せっ、戦艦〈山城〉……!?」

 

 

 戦艦。

 

 

 数ある特務艇分類の中で最も排水出力の大きな艦艇。一人乗りの軍艦である特務艇艤装に乗せられる限界を突き詰めた大口径主砲を搭載し、その火力でもって深海棲艦を文字通りに吹き飛ばす……高出力ゆえに、操作できる人間はほんの一握り。

 

 その戦艦艤装使いの一人が、陽炎の目の前にいる。

 

「はぁ……どいつもこいつも、困るのよね……」

 

 そして何が気に障ったのか――――十中八九、陽炎が激突したことだろうが――――彼女は血色の悪い顔で陽炎を見下ろす。

 あまり背丈が高い方ではない陽炎は見下ろされることには慣れているつもりであったが、その山城が放つ圧力、蔑みすらも同居していそうな威圧感に、思わず後ずさりたくなってしまう。

 

 彼女は小河原のように制服と階級章といった権威を着込んだ人間ではない。

 神祇官としての隠せない才能を持つ強者、自然界で言うところの「捕食者」なのである。

 

 とはいえ、それで引き下がるようであれば瀬戸月家(ちちはは)の、ひいては駆逐艦娘の名折れである。陽炎は後ずさりしかけた足をあえて前に出し、山城へと一歩近づく。

 

「ご無礼はお詫びいたします。しかし『困る』とはどういうことでしょうか?」

「……は?」

「…………おいおい瀬戸月1尉! いきなりおっぱじめるのはやめてくれ!」

 

 本名で呼んでまで――――基本、作戦行動中の艦娘は艦名で呼ぶのが通例である――――止めに入る小河原海将補。いやぁうちの部下がすみませんと山城に謝るのは小河原空佐。お前は上司じゃないだろうと陽炎は思ったが、まずは目の前の上官を睨む。

 

「なぜ止めるのですか」

「そりゃ止めるだろう。私は君に殴られるのが仕事だ。しかし彼女は違う」

「いやいや小河原クン、君の仕事は殴られることじゃないと、一般人たる片桐さんは思うのだけれどねぇ?」

 

 山城と陽炎に小河原が割って入ったところで一触即発に変わりはない。そこでさらに片桐が割って入ろうとするが……。

 

「片桐顧問は黙っていて頂けますか」

「片桐さんは関係ないでしょ」

「おぉう……」

 

 見せ場もなく撃退。小河原海将補はため息の後、陽炎にひとこと。

 

「君の仕事は任務の遂行だ。もう少し外交的に振る舞ってはどうかな?」

「お言葉ですが、私は駆逐艦特務艇艤装要員乗り組み特務神祇官です。たとえ戦艦相手であろうと、馬鹿にされて黙っているワケにはいきません」

 

 駆逐艦には駆逐艦の流儀がある。ひとりの駆逐艦娘を侮辱することは、全ての駆逐艦娘を侮辱することと同義なのだ。

 

「馬鹿にはしてないだろうに。山城くん、君からもいってやってくれ」

「駆逐艦は苦手です。戦艦を絶対的な存在か何かだと思い込んでいるようなので」

「山城くぅん?!」

 

 小河原海将補はもはやたじたじである。山城は仮にも海将補である小河原を押しのけるようにして陽炎の前へ。

 

「駆逐艦が戦艦(あたしら)をどう思ってるか知らないけど。そういうのやめて、単純に迷惑」

 

 外交的に振る舞うとは何だったのか。いや、もしかすると山城なりに外交的に振る舞ったのかもしれない。

 しかしそれは、駆逐艦(かげろう)にとっては宣戦布告(ケンカをうられた)に等しかった。

 

「なんですって? 駆逐艦がいなければ魚雷探知すらも出来ないくせに……」

 

 駆逐艦が戦艦に抱く感情は複雑だ。

 陽炎のような幹部ならまだしも、幼年学校や訓練学校出の駆逐艦は最低限の才能しか持てなかった者たちの行き着く場所。空母や戦艦のように大出力の霊力運用は当然ながら、潜水艦のようなに特殊な霊力運用をすることすらも叶わない。

 

 そして、才能がなかった者たちに宛がわれる特務艇艤装が――――――駆逐艦。

 

 駆逐艦乗りとは、いうなれば「出涸らし」のような存在。彼女たちは戦場の駒(てつぽうだま)、だからこそ唯一の武器であり矜持である「駆逐艦」を馬鹿にされることを本能的に嫌うし、同系艦種(くちくかん)の間には強い連帯感が生まれる。

 

「はいはいはい! やめやめ! 双方用具納め!」

 

 だからこそ小河原海将補は止めに入った。無理矢理にでも割り込むべきと判断した。今の陽炎――――幹部の幹部たる所以も喪いかけ、追い詰められた駆逐艦――――は手負いの獣に等しい。本人がそれを自覚していないので余計に質が悪い。

 

「ですが海将補!」

「そうだ、私は海将補だぞ。海将補の命令が聞けないのか?」

 

 これでも上官、それも海将補(ていとく)の命令である。陽炎はしぶしぶと言った様子で引き下がった。山城は憮然とした表情のまま。小河原は咳払いを一つ。

 

「さて、これで全員揃った訳だが……」

 

 揃った? ということはまさか、山城も連れて行くのか。陽炎は思った。

 今回は幸いにも理性的な反射――――――即ち、ロシアとの協定により戦艦特務艇艤装は持ち込めないはずでは、という疑問であった。

 

彼女(やましろ)は通訳だ。現地との折衝にはロシア語話者が必要だからな」

「……ちなみに、海将補はロシア語の方は」

「もちろん出来ない――――――と、いうことにしておかないと通訳は連れ込めないな」

 

 なんとも言えない沈黙が流れる。知ってたと言わんばかりの片桐、流石はダーリンと言い出しそうな小河原空佐、方便だらけではないかと呆れる陽炎。

 

「じゃあなんですか。私は要らないのに呼ばれたんですか」

 

 そして、負のオーラを隠そうともしない山城。

 

「まあ待て、そう結論を急ぐな。喋れない方が都合がいいんだよ」

 

 悪びれもせずに事情を説明するのは小河原海将補だ。

 

「まずひとつ、通訳を挟めば返答までの時間が稼げる。ふたつ、言葉が通じないと分かればふとした時にスキをみせるかもしれない。そして最後に……」

 

 そこで小河原は言葉を句切ると、陽炎たちにだけ聞こえる声量でぼそりと言った。

 

「ロシアが戦艦級艤装を持ち込んだとの情報がある。対抗するための戦力が欲しい」

 

 

 

 


 

 

 

 

 サハリンは、果ての地である。

 

 

 ロシアの極東、日本の極北に位置するこの土地は、かつては日露の雑居地であった。

 それはつまり、双方の行政権が行き届かない程に遠い果ての地であったことを意味している。そして樺太(サハリン)は、北方の要衝。果て同士の2ヶ国を繋ぐ橋でもある。

 

「基本的に、ロシアは領土割譲を認めない。なにがあってもね」

 

 それは大国の意地。しかしそのちっぽけな意地も守れないようでは、大国は大国たり得ない――――――厄介な話だよねと、片桐は苦笑。

 

「でもそれって、裏を返してしまえば()()()()()()()()()何をしてもいいということ。だから樺太(ここ)を守るのが日本製の特務艇艤装であっても、南樺太の経済特区からロシア人がほとんど閉め出されていても、ロシア政府(クレムリン)は文句一つ言わない」

「……()()を払っているってワケですか」

 

 陽炎がため息交じりに言ったのに、そうそうとフランクフルトに齧り付く片桐。片手には薄っぺらい新聞紙が握られている。

 

「悲しい話よね。いくら自国領土と言い張ったところで、守る軍隊がいなければ行政権すらも維持できない」

「古来より軍権と政権は等しい存在です。当然のことでは?」

 

 ばっさり切り捨てたのは小河原3等空佐。こういっては何だが、小河原海将補(だんなさん)さえ居なければ彼女も真面目な軍人であった……いや、本当に真面目だろうか。

 

「……あの。もういい加減突っ込んでいいですかね」

「つっこむ? なにに?」

 

 とぼけるように片桐が首を揺らす。つられてツインテールが青空になびく。馬群じゃないですかと小河原空佐まで呆けてみせるので、陽炎は拳を握りしめる。

 

「だぁーかーらぁ! なんで樺太くんだりまで来たっていうのに――――――!」

 

 

 

 ――――――私たちは競馬場なんかにいるんですか!

 

 

 

 そんな陽炎の叫びもむなしく、ユジノ=サハリンスク仮設競馬場の第4レースは出走したのであった。

 

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