舞い降りし軍艦鳥   作:帝都造営

113 / 129
今さらと言えば今さらなのですが、Web投稿においては結構追加で加筆しております。
これは同人誌という文字数(ページ数)に制約がある状況で、エンタテインメント性を重視した結果です。政治や世界観設定に触れる箇所、また過剰な感情描写など、作品において枝葉になりかねない(かつ描写すると分量が多くなりがちな)要素は可能な限り簡潔に描写するように心がけていました。

さて、なぜこのタイミングでこんな話をするかといいますと。
しばらく重い話が続くからです。

さくっと読めて楽しめる同人誌版もよろしくね!!!(なお文字数は30万字ほどある模様……)


第112話 ショウ・ザ・フラッグ(1)

 忘れられるはずがない。あの少しだけ酸っぱい香りを。

 それを包み込むような、硝煙と、炎の匂いを。

 

 

 

『ごめんね。じゃあ怖い思いをさせちゃったよね』

 

 養父、瀬戸月ミナトは自身が自衛官であることを隠していた。

 その理由は分からなかったけれど、あの頃の私は、とにかく養父やお姉さんがとんでもない隠し事をしているのが怖かった。

 

 私は、あの場所を「居場所」だと思えていなかったのだ。

 なぜなら、他でもない養父が……あの家を、あの場所を。

 

 

 私の居場所とは、思っていなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

〈西暦2018年 ミクロネシア連邦 チューク州〉

 

 

 お姉さんは、今日は楽しい日にしようと言ってくれた。

 しばしの別れとなる我が家に、早く帰ってきたくなるようにと。

 

「すまない、ヒナタ」

 

 そんなタイミングで「あの話」をした養父は、一体何を考えていたのだろうか?

 

「父さんはな。お前の本当の父さんじゃないんだ」

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

〈西暦2036年 ロシア連邦 サハリン州〉

 

 

 90を超える連邦構成体を抱えるロシアにとって、サハリン州は僻地に過ぎない。

 

 しかし僻地といえど、そこは立派なロシア連邦の一部な訳で。

 

 

 

「目標16番沈黙……っと、これで全部かな?」

 

 艦載機からの報告を確認した片桐がこちらに目配せ。しまったと陽炎は口を開く。

 

「テルペニエ湾への深海棲艦の侵入は阻止されました。これにて作戦を終了します」

 

 無線に陽炎がそう吹き込めば、受信先では日本語の報告をロシア語に変換、それから同地に展開する日ロ両司令部の認可をもって作戦の終了宣言は正式に受理される。

 

『ご苦労だった、帰投してくれ』

 

 現場にいる陽炎ですらそのプロセスを知っているのだから、実際の行程はさらに煩雑で複雑なことだろう。これが国際合同作戦の煩雑さ、面倒臭さというものである。

 

「なるほどね、こりゃ日本も新自由連合盟約(ニユーコンパクト)なんて枠組みを作るわけだよ。作戦を終了するのにすら相手国の認可が必要なんじゃやってられない」

「作戦自体は楽なんですけれどね……」

 

 ぼやく片桐に陽炎が同意を示せば、よく言うわよと彼女は口を尖らせた。

 

「陽炎ちゃんは私の護衛していただけじゃない」

「……いや、駆逐艦の仕事は空母の護衛ですが?」

 

 なにを当たり前のことをと言わんばかりに反論する陽炎に、片桐は肩を竦める。

 

「やー、それはそうなんだけどさ。なんというかズルいものはズルいというか? というかこれなら全部空母(わたし)だけでよくない?」

 

 実際、火力投射だけを考えればそうであろう。空母の特性は遠距離に対する艦載機を用いた攻撃。近接戦闘に持ち込む前に射程外から(アウトレンジで)倒すという戦術教義(ドクトリン)だ。

 しかし、それで済むならとうの昔に深海棲艦に勝利しなければおかしいわけで。

 

「……おっと。同志カタギリ、そうも言ってられないみたいだよ?」

 

 横から割り込むのはソプラノの日本語。随分と流暢なそれを使いこなしながら空色の影が加速して、次の瞬間にはドカンと水柱が立つ。

 

「あれま。()()()が残っていたのね」

「…………」

 

 見落としてたわねと後頭部に手を当てて舌をちろりと出す片桐に、そんな彼女を呆れたように見やる陽炎――――それからしばらくして、ぷかりと浮いたのは乗用車ほどのサイズがありそうな駆逐級であった。

 それを素早く屠ってみせたのは、ロシア連邦海軍の誇る快速の特務艇乗り(かんむす)

 

「役に立ててよかったよ。こういうのをメンボクヤクジョっていうんだよね?」

 

 妙に間違っていることわざを披露する彼女の艦名は〈タシュケント〉と言った。

 

 

 

 


 

 

 

 

「で。どうなんだ」

「想像以上に練度が低いです。ここまでとは思いませんでした」

 

 中部サハリン、ポロナイツク市。ロシア軍高官との協議に臨む小河原海将補を護衛する名目で戦闘を繰り広げる陽炎は、当然ながら上官に対する報告義務がある。

 

「そこまで低いのか」

「実戦経験が殆どないのでしょう。基礎的な動作は問題ありませんが、勘が足りないと言いますか。今回の出撃でも、片桐1佐が()()()()駆逐級が雷撃必中圏ギリギリに近づくまで気がつかなかったようです」

 

 ちなみに、ここまでの会話は全て携帯端末の画面を見せ合う形――――つまり筆談形式で行われている。

 

「……最終コーナーからの追い上げを見たときは『いける』と思ったんだがな。何事も思いどおりにはいかないものだよ……」

 

 従って、部屋に仕込まれているであろう()()()には小河原海将補が昨年の公営賭博で大負けした時の不幸自慢が延々と記録されていた。

 

『これでは華を持たせるのも難しい。次回からは日本の単独任務で行うことにする』

「『了解』……とにかく、次から1頭軸流しで買うのはやめた方がいいですよ」

「次はボックス買いでいくことにしよう、付き合わせて悪かったな」

 

 それを合図に解散、陽炎は海将補に割り当てられた部屋を出る。

 ここはポロナイツク市最大のホテル。様々なゲストを迎えることを想定しているのだろう。陽炎が歩く廊下の装飾も大変豪勢なものとなっていた。

 

「やっほ、陽炎(ヒナタ)ちゃん。我らが海将補(ボス)の様子はどうだった?」

「酷いですね。競馬(かんむす)の愚痴ばかりでした」

サハリン競馬(ロシアかんむす)は導入されたばっかりだからね。長い目で見てあげましょ」

 

 誰に聞かれても構わないように言葉を置き換えながら、陽炎は片桐に海将補からの話を伝えていく。

 いくら監視の目が厳しいとはいえ、満足に会議も出来ないのは問題であった。

 

「なにか良い方法はありませんか?」

「うーん。私は防諜(そういうの)専門外だし……とりあえず知り合いに聞いてみようか」

 

 

 

 

 

 

 とはいったものの。

 

 もちろん国外に知り合いなんてそうそう居ないわけで、当然相談相手は共にサハリンに来た人間ということになる。

 

「…………で、なんでその流れで私のところに来るのよ」

 

 完全に巻き込まれる格好となった中島3佐(やましろ)は、苛立ちを隠すことなく片桐を睨み付けた。

 盗聴や尾行を警戒しつつ、ポロナイツク市街を歩きながらの作戦会議である。

 

「いやー。三人寄れば文殊の知恵っていうじゃない?」

「素人を集めたところでどうしようもないわよ。そんなことも分からないの?」

「いや~手厳しい」

 

 へらりと頭に手を当てて見せる片桐。とはいえ、遥々サハリンへと来た目的が果たせていないのは事実であった。

 

「私たちはロシアがサハリンに持ち込んだとされる『戦艦』を探しに来た。けれど、まだその影すらも掴んでいない……というか、そもそも調査に取りかかれていない」

 

 ひとまず各地を回ったことで、南サハリンの経済特区がどのような状況なのかは把握できた。事前に目を通していた統計は案の定役に立たず、整備された街区から一歩踏み出せばそこにはバラック街が広がっている。

 治安はもちろん、衛生状態も決して良いとは言えなかった。

 

「……そもそも、本当に彼らは『戦艦』を持ち込んでいるの?」

 

 あえて食いつくのを待っているとしたら? と中島3佐(やましろ)は言う。

 

「こうして現に、国防軍(わたしたち)主力特務艇(せんかんくうぼ)が2隻も拘束されている」

「あー、それ言っちゃう?」

 

 否定は出来ないのよね、と片桐は漏らした。

 

「日本にとっては大問題なのよね。ロシアが『戦艦』を持ち込むことって」

 

 南サハリンの経済特区は、日本が防衛力を、ロシアが領土を、そして最後に中国が労働力を提供することで成立している。軍閥化しているサハリン統合軍集団と手を組むことで辛うじて主導権(イニシアチブ)は抑えているが、それはあくまで砂上の楼閣だ。

 

「だから反応すること自体は必要なのよ。サハリンを抑えるためならこれだけの軍事力を動員する気概がある。それはキチンと示さないといけないじゃない?」

 

 サハリンは海上輸送を介さず――――厳密には僅かな距離を海上輸送する必要があるが――――日本に天然ガスを持ち込める唯一のルート。

 日本にとっては生命線だ。

 

「その生命線をロシアがこのタイミングで脅かす……ま、理由はひとつしかないわよね」

「『兵器としての天然ガス』ってワケね。ホント最悪」

 

 片桐の振りに、不幸だわと返す中島3佐(やましろ)

 資源大国であるロシアは、深海棲艦により大混乱した国際社会においてその資源をひとつの武器として利用している。

 

「トランス=ドニエプルの混迷は深まる一方。北大西洋条約機構(NATO)や中国、新自由連合盟約(ニューコンパクト)に付け入る隙を与えないためにも、ここで軍事大国としてのロシアを見せつけておきたいのよ」

 

 実際、情けない話ではある……2人の会話を聴きながら、陽炎は思う。

 ロシア連邦は極東に、正確には深海同艦に振り向けるだけの兵力を持たない。ウラジオストクの太平洋艦隊は壊滅して久しく、新造艦や特務艇戦力は欧州への影響力を維持するのに欠かせないガスパイプライン(ノルドストリーム)防御に回されてしまう。

 

 そのようなロシアにとって、サハリンに戦艦特務艇艤装を持ち込むことは利点しかない。分解すれば鉄道輸送も可能な特務艇艤装は、極めて使い勝手の良い影響力(ブレゼンス)だった。

 

「……でも、それなら『戦艦』にも共同戦線を張ってもらえばいいのでは?」

「素直にそうしてくれれば、それで良いんだけれどねぇ」

 

 一番問題なのは共同戦線を張ってくれなかった場合なのだと片桐はため息。

 

「サハリンを守っているのはあくまで日系企業、つまり雇い主はロシア。やろうと思えば彼らはいつでも日本をサハリンから排除できるのよ」

 

 それをこれまでしてこなかったのは、単純に軍事力が足りないから。均衡を崩す手段をロシアは常に確保しているのだ。

 なるほど日本が慌てて主力艦を2隻も送るわけだと、陽炎は他人事のように納得した。

 

「……というか、そんなことはどうでも良いのよ。私たちは()()()()()()()()()()()()()。なんとかして自由に動ける理由を作れない?」

 

 そして、それが目下の課題であろう。小河原海将補の護衛としてやってきた陽炎はともかく、片桐は民間軍事企業の社員であり、中島3佐(やましろ)に至っては通訳。これでは艤装に触れることも出来ない。

 

「そういうのを考えるのが片桐1佐の仕事では?」

「ううん? わたしはただの会社員だよ?」

「なら私も一介の通訳ですので。瀬戸月1尉(かげろう)、アンタが考えなさい」

「んな無茶振りなアリですか!?」

 

 とはいえ、命じられたらやるしかないのが軍人の宿命である。

 陽炎はひとまず、思いつく限りの案を出してみることにした。

 

「現状でも片桐()()は艤装を企業への依頼の範囲内で艤装を動かせている訳ですから、より活動したいのであれば営業活動によって現地の民間と契約を結べばいいのではありませんか?」

「いいわね、採用」

 

「中島通訳の問題は艤装に接触出来ないことですが、艤装自体は持ち込めています。なので後はこれを起動させれば良いだけですから、問題はないと思いますが」

「確かにね、これは盲点だったわ。採用!」

「……」

 

 嘘つけ。

 

「監視そのものが問題なのでしたら、深海棲艦の電波障害を利用して……」

 

「却下、守るべき市民を危険に曝すなんて軍人として非常識なんじゃないの?」

「これだから駆逐艦は……」

「そこまでいいますかッ!?」

 

 これはキレてもいいのではないだろうか。完全に言わされている流れだというのに。

 そもそも何故こんなことを言わされなければならないのか、陽炎の口から言おうが言うまいがやることはどうせ同じだろうに……と怒りに沸いた所で、そういえば国防軍は自分を罰したがっているのだと思い出す。

 

 なるほど、いざとなれば責任を押し付けようって魂胆か。

 

「……くそっ」

 

 静かに毒づく。ポートモレスビー以来、こんなことばっかりだ。

 

 責任を取らないヤツ、責任を見ようとすらしないヤツ、責任を押し付けようとするヤツ……そうして義務を果たさない奴らが国家単位で蔓延った結果、最前線で戦友たちが()()されていく。

 なるほど、ポートモレスビーで武装蜂起もしたくなるわけだ。それすらも最前線に責任を押し付けるために仕組まれたものなのだから笑えないが。

 

「こらこら、そうやって悪い方向にばっかり考えないの」

「やめてください」

 

 肩に乗せられた手を振り払うと、困ったように笑う相手。もちろんこんなことをするのは片桐だけだ。

 

「何事にも建前が必要なの。陽炎(ヒナタ)ちゃんなら分かるでしょ?」

 

 陽炎には幹部艦娘として積むことになった経験があった。国防軍は暴力装置である以前に行政機構に組み込まれた官僚組織。そこでは前例と、法令が重視される。

 そのような場所において、建前は物事を前進させるための原動力だ。

 

 しかし、だからといって。

 誰かを犠牲(いけにえ)にしないと前に進めないのだろうか。

 

 ふいに、海将補にぶつけた問いが口から零れ落ちた。

 

 

「……国防軍に意思があるとして」

「国防軍に意思はないわ」

 

 陽炎の声を遮って、片桐は言い切る。

 

 

「それは、私たちが決めるの」

 







少し迷ったのですが明日と明後日もこの時間に更新します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。